フラットランド
本作の主人公は二次元世界フラットランドに住む数学者の正方形である。主人公が我々スペースランドの住人に向けて書いたという形式の作品。第一部ではフラットランドの説明、第二部では正方形が体験した他次元への訪問が描かれる。
著者紹介
正方形。フラットランドの住人。数学者。1999年の年末、スペースランドからやってきた球により、三次元の存在を知るとともに、四以上の次元を持つソートランドの存在に思い至る。三以上の次元の存在を主張したためにフラットランドでは終身刑を宣告される。
編集者紹介
エドウィン・アボット・アボット。イギリスの教育者、神学者、英国国教会の司祭。1838年生まれ。1884年に本書「フラットランド」を発表。「フラットランド」の初版ではアボットの名は表記されずに、作中主人公の正方形(A Square)が著者となっていた。後年の版では編集者という形でアボットの名前が出されるようになった。
あらすじ
第一部 この世界
主人公の語りによってフラットランドという二次元世界の紹介が行われる。気候や住まいから始まり、階級社会の構造や相手の形を認識する方法、色と色彩事件、最後には聖職者についても解説される。
第二部 ほかの世界
1999年の年末、主人公は夢の中で一次元世界ラインランドを訪れる。ラインランドの王と出会い、一次元世界の暮らしを聞く。その後、二次元世界を説こうとして失敗。目を覚まし、年越しのタイミングで三次元世界から球が現れる。球は主人公に、ラインランドで主人公が行ったように三次元世界の存在を説くが、信じることができない。最終的に球に連れられて三次元世界へと赴く。主人公は三次元世界スペースランドの存在を知ったことで、思考を発展させ、四次元世界ソートランドの存在に思い至る。フラットランドに戻った主人公は夢の中で再び球に出会い、ポイントランドを訪れる。ポイントランドの王に二次元以上の存在を説こうとするが、ただ一点のみの空間を占める王は他者の存在を決して認識することができなかった。再び夢から覚めた主人公は、三次元の存在をフラットランドに広めようと決意するが、すでに三次元思想を唱えることを禁止すると議会によって決議されていた。仮想世界を用いることで論文をかくなど手段を模索するが、公の場で自身の経験を包み隠さず話してしまうという失態をおかし、主人公は三次元思想者として終身刑となった。
登場人物
フラットランド
〇正方形
二次元世界、フラットランドの住人。数学者。本作の語り手。第一部ではフラットランドの紹介を行い、第二部では、夢の中で訪れたラインランドとポイントランド、現実で球に連れられ訪れたスペースランドを見聞する。球から受けた三次元の啓示をフラットランドに広めようとして失敗。終身刑を受ける。
〇パントサイクラス
フラットランドにて色を付ける技術が開発された時代に活躍した円階級の長。名前は全円を意味する。万民色彩法案の提出や色彩暴動など色彩を巡る騒動を解決した。
〇正方形の家族
五角形。四人いる。人柄、身分ともによい。評判の良い医師。強い愛国心を持ち、盲目的に円を崇拝している。
六角形。主人公に数学の才能を認められている。まだ幼いわりに早熟。主人公から数学を教えてもらっていた際に、三次元の存在に思い至る。三次元思想を禁ずる法をすぐに理解すると、自身の発言を撤回。
優秀で完全に対称な正方形。最高議会の事務長を務める。2000年最初の日に行われた密議の最中、球の出現を目撃したことを受けて終身刑を受ける。
ラインランド
〇ラインランドの王
一次元世界ラインランドの住人。ラインランドを訪れた主人公と問答を繰り返す。ラインランドで最も長い16.401センチの線分。二人の妻を持ち、王の前後には15人の男性と3人の女性がいる。
スペースランド
〇球
三次元世界、スペースランドの住人。千年周期でフラットランドに三次元の啓示をもたらす役割を持つ。主人公にスペースランドの存在を理解させる。主人公の四以上の次元の存在に批判的な態度を示した。後に主人公が見るポイントランド訪問の夢では、主人公をポイントランドに連れていった。
ポイントランド
〇ポイントランドの王
ゼロ次元世界の住人、ポイントランドでただ一人の存在。一点がポイントランドの占める空間の全てであり、ポイントランドの王のみが存在する。竹内薫訳では、ポイントランドの王のセリフが全てひらがなで表記されている。自身の存在以外を知覚することができず、存在すること(すなわち空間を占めること)と思考することに幸せを感じている。
所感
読んでいてとても面白かった。第一部ではフラットランドの世界説明が行われるが、人によっては退屈に感じるかもしれない。第一部で退屈に感じた人も第二部からはかなり楽しめたのではないだろうか。
球が主人公を連れてフラットランドの全景を見せる場面は、どことなくディケンズ「クリスマスキャロル」にて最初のゴーストが主人公を連れ、過去の情景を上から覗いていた場面を思わせる。球の来訪は至福二千年になったばかりの話であり、「クリスマスキャロル」はクリスマス前夜に主人公の前に三人のゴーストが現れる話である。どちらも、記念すべき日に起こった出来事である。主人公の考え方が物語冒頭と終盤で真反対ともいえる程に変化する点も共通点と言える。本作は、イギリスでは当時からかなり有名であったディケンズによる名作「クリスマスキャロル」の影響を受けていたかもしれない。
主人公は三次元世界をフラットランドに広めようとした際に、論文にて架空世界を用いた理論的主張を行おうとした。こうした仮想世界を用いた理論の展開は現実の歴史上にも例がある。デカルトは「方法序説」第五部の中でこの世界とは違う仮想世界を神が創られたと想定し、その中で論理的推論を行うという形で自身の考えを展開した。「フラットランド」の作者が神学者であることを踏まえると、本作には、こうした仮想世界を用いて思想を展開する手法との共通性を感じる。
本作において、個人的に特に面白いと感じた部分は各次元の生命体がもつ視覚である。一次元世界の住人はゼロ次元(点)の視覚情報を受け取り、二次元世界の住人は一次元(線)の視覚情報を受け取っている。私たち三次元世界の存在も同様に、視覚は二次元画像を明暗と遠近から三次元的に解釈している。日常生活においてこうしたことを意識することは少ない。本作を通して、三次元世界の存在である我々を振り返り、普段意識しない事に気づくことができる作品と考えると、ある意味本作はセンス・オブ・ワンダ―ものといえるのかもしれない。
本作が名作であることは確かである。ただ一つ言いたいことがあるとすれば、1900円はさすがに高い。ページ数も少なく、読みやすい作品であるだけに、より手に取りやすい形になってくれると嬉しい。
おまけ
ウンベルト・エーコは『小説の森散策』において本作に触れている。作者は仮想世界にもっともらしさを与え、読者は仮想世界を現実にあるものと仮定しながら読書を進めるというエーコの主張の中で、『フラットランド』は一見不可能な世界を現実にある事象と類比することにより、その世界の存在可能性を示す作品の一例に挙げている。
岩波文庫、和田忠彦訳、ウンベルト・エーコ『小説の森散策』を参照
本作において四次元世界は数学的アプローチによってのみ言及され、四以上の次元を持つ世界をソートランドと呼んでいる。本作では、四つ目の次元を既存の三次元に対して直交する新たな方向であると説明されるにとどまる。一方、物理学や多くのSF作品においては四つ目の次元を時間とした四次元を扱うことが多い。
せっかくなので、四次元を扱う作品について触れたい。ヴォネガット『スローターハウス5』に登場するトラルファマドール星人は、時間を四つ目の次元とした四次元的な視覚をもつ。『フラットランド』の設定を参考に、n次元の生物は(n-1)次元の視覚情報を得ると考えるとトラルファマドール星人は五次元の存在なのかもしれない(ヴォネガットが『フラットランド』を読んだことがあるかはわからないが)。トラルファマドール星人は決定論的世界の中で生きており、決して変えることのできない運命にある始まりと終わりを見ることができる。それゆえ、つらいことは無視し、楽しいことに意識を向ける。
ヴォネガットは作品を通して、諦観だけでなく、人間の強さや、変えられるものを変える勇気の大切さも描いている。『スローターハウス5』という作品は「変えられないことを受け入れる落ち着きと、変えられるものを変える勇気とそれらを分別するための良識」をテーマにもつ作品だ。ハヤカワSF文庫版『
流れよわが涙、と警官は言った』の巻末に収録されている大森望による解説ではヴォネガット作品について軽く触れられている。「人間の悲惨を描きながら、『そういうものだ』という言葉で切って捨てるヴォネガットの諦観」という評価については、個人的には不十分なものであると考えている。特に「切って捨てる」という言葉は不適切ではないだろうか。ヴォネガット作品からは、独特なユーモアと、寛容さともいえるやさしさが感じられる。
最終更新:2026年07月10日 23:34