From the nothing, with Love. by伊藤計劃
レジュメ:掘江弘己

 伊藤先生カムバック!!
 著者の紹介は「虐殺器官」の方に紹介されているはずなので、簡易版を。
  • ’74年生まれ、’09年没。
  • 虐殺器官が左京賞の最終選考に残ったところから「虐殺器官」でデビュー。
  • 著書は3冊、「虐殺器官」、「ハーモニー」、「MGS4」。後は中短編のみ。

あらすじ
 意識を移植され、総体として生き続ける「私」は、イギリスの諜報機関に所属している。「私」はある日、その後継者達が次々と殺されているという情報を受け取る。後継者は存在すら女王陛下に知らされていない極秘事項で、「私」はその調査に乗り出した。
 だが、後継者の選定委員であったアクロイド博士の追跡調査をしているうちに、「彼」はとんでもない事実に気づいてしまうのだった。

ネタ
 タイトルはイアン・フレミングの「007」シリーズ、「ロシアより愛をこめて」(原題:From Russia, with love)から来ている。アクロイド博士はアガサ・クリスティの「アクロイド殺し」、世紀のコント「まさかの時のスペイン宗教裁判」で有名なモンティ・パイソン(注:放送はBBC)、「虎よ!虎よ!」や「トゥームレイダー」で引用されたウィリアム・ブレイクなど、イギリスモノで統一している模様。聖書が清教徒仕様なのかは分かりません。007を下敷きにしているだけあって、ボンドは俳優が変わってもやることは同じ──というところにメタな構造を突っ込んだりしている。

テーマ
 「自我を他人に移し変えることで永遠に生きる」という「転写」のシステム下で、その実在に疑問を持つ主人公の悲劇。行動に先行する意識(注:事実)や、記憶の欠落があったりと、「私」は自分が自分であることを疑い始める。人格をコピーしていくうちに擦り切れてしまう記憶と同一性。どこか、グレッグ・イーガンに通じるところがある。身体から乖離した精神は、一体全体どこを漂うというのだろうか。劇中では雲散霧消し、死を経験することのない生の中で、「私」は無間の地獄を味わうことになる。彼の死ぬ時は、彼の女王が死ぬ時。彼を必要とする全てが死に絶える瞬間まで、彼はどこまでも生きる。生きさせられる。

寸評
 23日まで遠征しててまだ疲れが取れません。私の意識に安らぎあれ。
 ──とまあ冗談は置いといて、これが伊藤先生の遺作だなんてあんまりすぎる。次回作の冒頭部分は少し前のSFマガジンに載ってたけど、酷い話だ。死に関する哲学がふんだんに散りばめてある辺り、死期を悟っていたのではないだろうか。それでも足掻き続けて「屍者の帝国」を執筆していたが、一足及ばなかったようだ。心の底から冥福を祈る次第。
最終更新:2009年11月07日 01:53