東北大学SF小説研究会読書会
貴志祐介「新世界より」
1 作者紹介 貴志祐介
1959年生まれ。京都大学経済学部卒。大学卒業後は、朝日生命保険に勤務。その傍ら執筆活動を開始、1986年に第12回ハヤカワSFコンテストに「新世界より」の原点となる「凍った嘴」(岸祐介名義)が佳作入選。30歳で退職し、執筆・投稿活動に専念。1996年に「十三番目の人格 ISOLA」で第3回日本ホラー大賞長編賞佳作、1997年に「黒い家」で第4回同賞大賞を受賞。「硝子のハンマー」で2005年、第58回推理作家協会賞(長編部門)受賞。「新世界より」で第29回日本SF大賞受賞。寡作ではあるが、コンスタントに良作を出している。
2 登場人物
渡辺早季
主人公。物語は早季の書いた手記という形で進行。
朝比奈覚
早季の幼馴染。ほら吹きの気あり。意外に頭脳派。
秋月真理亜
早季の親友。女王様
青沼瞬
早季の幼馴染。優秀な呪力を持っていたが……
伊東守
早季の幼馴染。真理亜の付き人。
鏑木肆星
安全保障会議顧問。最強の呪力をもつ
朝比奈富子
覚の祖母。倫理委員会議長。御年267歳。特殊な呪力で長生きしている。
スクィーラ
バケネズミ。後に野狐丸の名をもらう。小悪党。
奇狼丸
バケネズミ。バケネズミ界の義経。
無瞋上人
清浄寺の和尚。最高の人格者。出番はあまりない。
稲葉良
瞬の後釜。
日野光風
最高の呪力をもつが性格がいささか歪んでいる。職能会議代表。
3 ストーリー
Ⅰ 若葉の季節
1 早季の回想。神栖66町、水車の郷で生まれる。母は司書。父は町長。司書の方が偉い。神栖66町の周囲には八丁標があり、外からの悪い物を防いでいるとされている。家畜以上人間以下のバケネズミは信用されていない。町で忌まれている悪鬼と業魔の話。神栖66町は茅輪、松風、白砂、水車、見晴、黄金、橡林の七つの郷の集合体。遊びの帰りにミノシロを目撃。
2 回想。小学校、和貴園には謎の中庭がある。覚の話によれば、そこにあるのは多くの墓で卒業しなかった生徒のものだという。瞬が見たのは、複数の煉瓦の物置。ネコダマシを中庭への扉の近くで見たという話もある。ミノシロの大きさは数十㎝~1m、でかいのは2m以上。八丁標の内部はとても安全。四季の祭り、追儺の儀式。ポルターガイストが起きて小学校の卒業。早季の前に子供が居たらしい。
3 呪力の発現が卒業の条件。上人との対面し、呪力の封印と再度付与と真言を受ける。全人学級では呪力を使う。早季は全人学級を呪力によって動植物を改造する妙法農場のように感じた。
4 全人学級では判分けして呪力の訓練。放課後、早季たちはバケネズミを助ける。バケネズミはコロニーをつくる。授業の一環の搬球競技。
5 決勝の時に誰かが呪力を使って干渉した可能性がある。いつの間にか麗子と学が消えていた。夏季キャンプに行く。覚が風船犬とミノシロモドキの話をする。託卵の性質を利用する蛇カヤノスヅクリ。夜、瞬と覚が全人学級の中庭の話をする。中は和貴園と同じで、ツンとする匂いと動物の唸り声がする。早季は町に、視覚障害者や聴覚障害者が居ないことに気づく。
6 ミノシロ、トラバサミとトラバサミの攻防と交渉を目撃。霞が関を渡
り、ミノシロモドキを目撃。いじりまわすうちに、ミノシロモドキは移動型自動国会図書館つくば館であることが判明。ミノシロモドキによると、悪鬼はラーマン・クロギウス症候群の患者で、業魔は橋本・アッペルバウム症候群の重篤期患者。
7 ミノシロモドキのPK講義。PKは2011年からだんだんと増加し、能力者対一般人の戦争も始まる。戦争は能力者が勝利したが、文明はリセットされた。東北アジアはPKの君主を戴く奴隷王朝、非能力者の狩猟民、家族単位で移動するPKの掠奪者、先史文明の生き残りの科学者の四つの集団に分化した。掠奪者がまず衰微、奴隷王朝も衰微、新しい社会ができた。新しい社会の最大の課題は人間の攻撃性の封印。ボノボを参考とし、攻撃抑制しようとし、愧死機構を設けた。愧死機構とは誰かを攻撃しようと思った瞬間に心停止させるもの。離塵によってモドキは燃焼。早季たちは呪力を凍結される。
Ⅱ 夏闇
1 連行。ミノシロモドキが見せた映像による愧死機構の効果。連行中、外来種バケネズミの襲撃を受ける。僧侶による大虐殺。風船犬の自爆テロで離塵は死亡。
2 逃走。早季と覚はバケネズミの捕虜になる。早季を捕虜にしたバケネズミたちは合理的に改造されている。覚たちはカヤノスヅクリの偽卵を使って見張りを殺害し、槍を奪って脱出。
3 塩屋虻コロニーのバケネズミに救われる。早季たちを捕らえたのは外来種土蜘蛛コロニー。スクィーラ登場。塩屋虻と土蜘蛛は戦争中。バケネズミの戦争は囲碁のルールに則っている。早季たちはバケネズミの女王に会う。土蜘蛛は既存のルールを知らないため、奇襲攻撃を行う。
4 早季たちはまた逃走し、土蛍を明かりにして進むも迷子になる。洞窟を歩いているうちに精神が朦朧としてくる。土蜘蛛の毒ガス攻撃を受け、避難してさらに迷う。早季は意識のレベルが下がった状態を利用して覚の呪力を復活させる。
5 覚は呪力を使って毒ガスを除去、土蜘蛛に反撃する。調子のいいスクィーラは攻撃を主張する。在来のものとは明らかに違い、組織的に戦う土蜘蛛
6 覚は電池切れし、撤退しようとする。撤退中に、大雀蜂コロニーの援軍が来て土蜘蛛を制圧する。土蜘蛛の大将は自爆テロを敢行するが覚に阻まれる。バケネズミの変異個体を生み出すのは女王。
7 早季たちは今度は大雀蜂コロニーから逃走。覚は危険な子供の排除はバケネズミの仕事ではないかと推測し、スクィーラをごまかして逃走。風船犬はバケネズミが品種改良したものと覚は推測する。
8 他の3人と合流し、カヌーに乗って町に戻る。業魔よけのお守りの中には白い紙とガラスの円盤があった。円盤の中に見えた無垢の面が業魔の面になる。早季は瞬の呪力も復活させる。
Ⅲ 深秋
1 神栖66町に帰る。太陽王と面接するが、真理亜、守、早季は高熱を出す。その後、全員呪力を取り戻す。二年後、瞬と覚の関係が変化するも、なぜか破局する。全人学級で見学に来た鏑木は瞬へ奇妙な対応をする。また、瞬の呪力にも異常が現れる。
2 様子がおかしい瞬。学校にも来ず、一人で引きこもる。早季は瞬からネコダマシよけの首輪を貰う。様子を見に行くと、瞬の家のある松風の郷に八丁標が設けられ、松風の植物に異変が見られる。クレーターの中心に瞬の家がある。両親に聞くと瞬は行方不明とのこと。早季は自分に姉がいたと考える。真理亜は全人学級の中庭を除き、業魔化する前に瞬に不浄猫を送るということを聞く。
3 瞬の家に行こうとする早季。不浄猫に襲われるが、首輪のおかげで難を逃れる。瞬の周囲の動植物は異形と化している。早季は八丁標は人から漏れ出す呪力を外に出すためのものと知る。動物の急激な進化は呪力の影響。瞬は業魔になり、クレーターの底に沈んだ。
Ⅳ 冬の遠雷
1 早季には良に対する違和感があった。早季の家にあった魔鏡に映し出されたのは吉美という文字。早季が知っていたのは良ではない。七つの郷の名前の中には朽木の郷がある。朽木の郷には真新しい八丁標と大きな湖。良ではないX。魔鏡から早季の姉は視覚障害者だったのではないかと推察する。早季たちは覚の祖母の呼び出しをうける。
2 早季は富子と面談する。富子は悪鬼YKと業魔湫川泉美の話をする。Kの血統を取り除くためにバケネズミを使った。また、人権発生の期限を17歳まで伸ばし、危険な因子を持つ子は不浄猫で処分する。早季は富子の後継者候補だと告げられる。
3 守が家出する。良をごまかして四人で追跡。橇の跡を辿ると、バケネズミが守を追っている。辿り着いたかまくらの中に守と以前助けたバケネズミがいた。守はネコダマシに怯えている。守と、守の話を聞いた真理亜は町に戻らないことを決意。
4 教育委員会の尋問をうける。早季は守失踪の理由を伝える。當子の言葉によると、外にいては二人が危ないという。早季は當子の本当の年齢を聞き、富子の呪力は早季にもあると言われる。覚と二人で二人を連れ戻しに行く。
5 かまくらのあった場所には何もなかった。探しているうちに塩屋虻コロニーにたどり着く。塩屋虻は発展していた。地上生活と物質文明を成立させている。塩屋虻は女王にロボトミーを施し民主制になり、大雀蜂と並ぶコロニーになっている。覚はバケネズミへの不安を覚える。
6 バケネズミはミノシロを捕食している。塩屋虻は木蠹蛾と小競り合いをした。早季は真理亜の置手紙を受け取る。手紙によると、異常な町には帰らないと言っている。収穫なしで町に帰る。覚は呪力の正体について考える。早季は真理亜は死ななければならないという彼のメッセージを受ける
Ⅴ 劫火
1 早季は26歳になり、バケネズミの実態調査と管理を担当し、覚は妙法農場で働くようになった。鼈甲蜂コロニーが奇襲を受けたが管理課は知らなかった。鼈甲蜂コロニーの襲撃についての月例会議にトップ3が集結する。現在のバケネズミ事情を説明する。従来の大雀蜂系と革新的な塩屋虻系とその他中立。奇狼丸と野狐丸を両方呼んで議論させるも、結論なしに散会した。大雀蜂と塩屋虻の戦争に発展する。火縄銃まで使用するバケネズミ。塩屋虻軍は敗北するが、別方面では鼈甲蜂が裏切って勝利。本隊同士の決戦では大雀蜂の惨敗という結果になった。
2 安全保障会議。バケネズミはミノジロモドキを入手しているのではないかという疑惑が生まれる。鏑木は大雀蜂を壊滅させたのは核でも毒ガスでもなく、スーパークラスター爆弾でもなく呪力だという。大雀蜂軍の死骸は武器をもっていなかった。真理亜と守ではありえないと言われる。夏祭りは中止されずに行われた。十二年前の天災の影響で朽木の郷は数年間祭りに参加してなかった。化け物役の子供がいて、八丁標の中に蚊がいた。化け物たちのふるまった酒を飲んだ男性が死亡、花火と同時の爆発、黒く塗られた矢の雨、火縄銃による襲撃を受ける。バケネズミは風上から来た。群衆は広場に集結した。
3 毒ガスをも防ぐ日野光風だが、人間に偽装していたバケネズミの銃弾を受け死亡する。鏑木の活躍によりバケネズミは撤退。鏑木の指示に従い、五人組になってバケネズミの掃討をしようとする。覚はバケネズミには奥の手があると考える。
4 病院には繭が三つあった。捕まっていた人たちは様子がおかしい。彼らによると、病院にいた人たちはみな殺された。早季たちのグループのメンバーが呪力で殺された。バケネズミの奥の手は悪鬼だと判明。早季と覚は呪力によって逃走。逃走中に町の運河にバケネズミの突然変異体を発見。
5 突然変異体による粉塵爆発。坂井進の話。人間だと思っていなければ愧死機構は働かない。バケネズミはゲリラ戦を仕掛けた。早季たちは学校へ、さらに清浄寺へ避難。群衆の集まった広場が陥没し、悪鬼登場。悪鬼は真理亜の子供ではないかと考える。悪鬼の呪力によって鏑木は死亡。
6 バケネズミの目的は人間からの解放。清浄寺に到着。寺では悪鬼調伏をしようとするが、精神に訴えかけるものなので効果のほどは怪しい。塩屋虻コロニーの駆除は悪鬼のために失敗していた。バケネズミの狙いは人間の赤ん坊だと判明。奇狼丸は生きていた。東京に呪力をもつものを殺すサイコバスターがあると伝えられ、太陽電池式自走型アーカイブ・ニセミノシロモドキを受け取る。早季たちは潜水艇で奇狼丸・乾と共に東京に行く。その中で、サイコバスターは炭疽菌だと知る。東京に着いたところで、バケネズミの斥候に発見される。
Ⅵ 闇に燃えし篝火は
1 東京地下道探検。追跡者は悪鬼と野孤丸とその他少し。洞窟の生物講座。洞窟で特に危険なのは黒後家壁蝨。進んでいくと地下河川に出くわし、潜水艇が必要と判明。
2 取りに行くのは早季と乾になった。乾は奇狼丸に対する疑惑を口にする。浜辺で大鬼磯女に出会うも撃退し、潜水艇に乗って進む。悪鬼じゃないというメッセージを受ける。集合場所に行っても覚と奇狼丸が居ないので、そのまま出発する。壁に行き当ったので水中歩行で向かう。水中で乾は早季をかばって死亡。早季は地上に出て金庫を発見する。
3 金庫の中には十字架に入ったサイコバスターがあった。しばし仮眠と
ると、瞬の記憶が復活。奇狼丸と覚と合流。覚と奇狼丸は敵と戦っていたという。奇狼丸は早季か覚が囮になり、ここで悪鬼を討とうと提案する。早季は守と真理亜の子供は悪鬼かという疑問を抱く。
4 悪鬼登場。早季たちは悪鬼を誘い込もうとするが、野孤丸の計略にはまる。逃走中、ニセミノシロモドキを投げて足止め。早季は、覚の鏡で悪鬼に自分の姿を見せることで攻撃抑制を呼び起こそうとする。サイコバスターは失敗、奇狼丸が駆けつけて逃走。奇狼丸が以前東京に来たのは大量破壊兵器を探すため。やはりバケネズミはミノシロモドキを持っていた。悪鬼は野孤丸と合流する。
5 たった一つのやり方。早季は守の子供は悪鬼ではないと推測。彼の愧死機構は人ではなくバケネズミに対して働く。奇狼丸を攻撃しなかったのがその証拠。準備として奇狼丸は覚の服を着る。奇狼丸が突撃し、呪力でバケネズミを殺すふりをし、悪鬼に攻撃させ、正体を現す。悪鬼は愧死機構のせいで死亡。早季たちは野孤丸を拘束して町に戻り、戦後処理。バケネズミに対する報復裁判。
6 元に戻った日常。覚はバケネズミは呪力を持たなかった人のなれの果てだと告げる。早季はスクィーラを安楽死させる。その後、早季は倫理委員会議長に就任。さらなる業魔の出現におびえつつ、未来について考えて、手記を終える。
4 ガジェット
超能力
SFに限らず多分ほとんどのジャンルで出てきそうなガジェット。いまさら特に語ることもないような気が……。
バケネズミ
ハダカデバネズミと人間の混合物。被差別民の象徴とも考えられる。精神文明に対する物質文明という見方も出来るか?
その他の奇妙な生き物
人間の時代の後の進化と放射能などによる突然変異との折半のような感じを受ける。現在にも人間が滅んだ後の生物を想像している本はあるが、少なくても100万~1000万年単位。時間の流れよりも呪力による影響という側面を意識して作ったのかもしれない。
5 感想
貴志祐介は細かいディティールと高いリーダビリティーを両立させていることに定評があるが、この作品でもそれが遺憾なく発揮されている。というよりも、其の真骨頂といっても差し支えないかもしれない。SFではあるけれどホラーの要素もあり、伏線の回収にはミステリーのような部分もあり、ジャンル分けがしにくい作品かもしれない。ガジェットにしても、未来の人類の歴史、ボノボを見習った社会造り、愧死機構、悪鬼や業魔、ミノシロやバケネズミを始めとした動物たちなどの色々な要素を使っているけれども、それを見事に纏めて書ききっているあたり、「新世界より」は貴志祐介の集大成といえるかもしれない。
この作品で書かれている神栖66町は一見平和に見えるが、その裏ではバケネズミを酷使したり、危険な因子を持つ子を抹殺したりしている。一切の争いをなくした理想郷を実現するために、それに対するすべてのリスクを未然に抹消しているという点では、ディストピアものという側面もあるのかもしれない。そういう色々な方向から読めるという点でもこの作品は貴志祐介の現時点での最高傑作だと思う。
6 著作
十三番目の人格 ISOLA 角川ホラー文庫 1996 ホラー 未読 2000年映画化
黒い家 角川書店 1997 ホラー 1999年 映画化
天使の囀り 角川書店 1998 バイオホラー
クリムゾンの迷宮 角川ホラー文庫 1999 ホラー
青の炎 角川書店 1999 倒叙ミステリー 2003年映画化
硝子のハンマー 角川書店 2004 ミステリー
新世界より(上・下) 講談社 2008 本書
狐火の家 角川書店 2008 短編集 ミステリー
- いろいろアニメ化ですね。10月から -- happyfish (2012-09-20 00:09:27)
- ↑間違いました。「いよいよ」です。アニメ最高でした! -- happyfish (2012-10-02 15:51:23)
- キロウマルを殺したらキシキコウが発動したんなら、どうやって呪力で大雀蜂の本隊を殺したんでしょうか? -- アニメめっちゃ良かった (2013-04-01 20:04:24)
- ↑俺もそれ気になる -- 名無し (2013-04-03 21:40:28)
- ↑呪力で直接殺したわけじゃなく、悪鬼は大雀蜂の武器を呪力で無効化しただけで、実際の殺害は塩屋虻の戦隊が行ったのでは? -- 菜那 (2013-04-09 19:56:41)
最終更新:2013年04月09日 19:56