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知られざる真実

夢の中でノエルは、乃恵瑠と同じ顔をした女と、鏡合わせのように向かい合っていた。
透き通るような白い肌に、腰まで届く銀の髪。
しかし、同じ顔のはずなのに、そのアイスブルーの瞳に宿るのは――この世の物ではない冷酷さ。
その女に、ノエルが詰め寄る。

「勝手に乗っ取るとはどういうことだ!」

「我に身を委ねよ。まずは女王を抹殺し、古のあるべき世の姿を取り戻すのだ。
人と共に生きるなどそなたには所詮叶わぬ夢――希望を持てば、絶望が深くなるだけだ」

「お前だな? 昔の僕を暴走させたのも、お姉ちゃんを孤独な戦いにいざなったのも……」

「勘が良いな、流石は我が器。いかにも。力を振るえれば理由なんて何でも良い。
何故なら、我は全てを埋め尽くしあらゆる生命の息の根を止める深い雪の概念そのもの。
深雪――とでも名乗ろうか。クリスには仮の宿りにしてはよく働いてもらった。
あやつはそなたが我を制御できる器になるまでという条件で我を引き受けることを承諾した。
しかしどうだ、幼いみゆきの姿をとって少しそそのかしてやれば一発だったわ、哀れなり愚かなり!」

「それはどうも、これからは僕の下で働いてもらう。覚悟しとけ」

「ふははははッ! 器の分際で我を制御できると思っておるとは……笑止千万!
知らぬなら教えてやろう、女王が犯した過ちを。
そなたは元より望まれて生まれた後継者などではない。
一族が背負う業の権化、厄災の化身、人に仇成す事を宿命付けられた呪われた魔物だ」

「なんだって……!?」

「その昔、今は雪女と呼ばれる妖怪は、神々の末席に名を連ねていた。
雪女だけではない、全ての精霊系妖怪がそうだった。
人に仇成すことが無かったわけではない、それすらも含めて畏れ敬い恩恵に感謝する包容力が人の側にあったのだ。
いつしか人の意に沿わぬものは討伐・制圧する対象となっていき、多くの精霊が神の地位から転落し、妖怪と呼ばれるようになった。
そんな中、人間社会に紛れ人と馴れ合うことで生き残りを計ろうとする者が現れる。
その者達にとっては、旧来からの本来の生き方を貫こうとする者達の存在は不都合だ。
そこで奴らは《妖壊》という概念を作り上げた。
あいつらは自分達とは違う、だから怖がらないでください、攻撃しないでください、とな。
しかし思われたようになるのが妖怪というものだ。
《妖壊》とレッテルを貼られた者達は、それを受けて更に苛烈な本物の化け物となっていった。
必然的に、人間社会に阿って生きようとする者と、本来の在り方を貫こうとして《妖壊》と化した者の争いが始まる――
同郷の同族同士の間ですらも。
それを良しとしなかった雪の女王は、人間界との拘わりを最小限として閉鎖社会を作り上げることによって対立の発生を防ぐという手段に出た。
そもそも関わらなければ、馴れ合う事もなければ危害を加えることも起こらない。
何故有史以来――そう、現女王が即位した頃以来、雪女に強力な個体が発生しなかったか分かるか?
女王が、強力な力の片鱗を見せた者は、雪ん娘のうちに《妖壊》であるとして間引いてきたからだ。
自分に刃向い雪妖界の秩序を壊しかねない危険因子であるとしてな。こうして長きに渡って表面上の安寧が続いた。
しかし起こるべき変化を無理に抑え込んだ反動は必ず後から返ってくる。それも、元より大きくなってな。
蓄積された歪みは、ついにとてつもない魔物を生み出すに至った。――それが我でありお前だ。
もう分かっただろう? 我が消滅させられなかったのは単にそれが不可能だったから。
お前は我を制御するための器となることを期待して生かされただけに過ぎぬ! 決して愛されてなどいないのだよ!」

思い返してみれば、クリスが全身で表現していたのは雪の女王への激しい憎悪。
《妖壊》を倒し無辜の民を守る集団にノエルを引き込んだ橘音達――人間に阿って生きる妖怪たちへの憤怒。
そして、そんな《妖壊》としての彼女とは相容れぬ、みゆきの力を預けられる前と、ノエルが力を取り戻してから最期に見せた、穏やかな笑顔。
きっとやっぱりあれこそが本当のクリスで。
厄災の力に翻弄されながらも、みゆきへの愛情だけは決して忘れずに貫いたのだとしたら、全ての辻褄が合う。

「……。そうか、そういうことか」

ノエルは暫しの沈黙の後、納得したように頷いた。

「確かに……望まれて生まれたわけじゃないかもしれない。
でも母上は……僕ならお前を手懐けて、次代の雪の女王として雪妖界を変えてくれるかもしれないと、希望を託したんだ。
それに君を持って生まれなかったら、この世にこんなにも大きな愛がある事を知る事ができなかった。
きっと誰にも理解されない、だけど僕だけは知っている――
《漂白》されたのは……僕の方だった。《妖壊》深雪は数百年の時を超えて漂白された。
君は……僕はもう厄災の魔物じゃない!」

クリスは、みゆきが力を制御できる器になるまで深雪を引き受けるという使命を見事に果たしたのであった。
ノエルは因縁の戦いの果てに姉を見送ることをもって、ついに器を完成させたのだ。
結果的に厄災の力を抑えきれずに暴走したとはいえ、それでもクリスに力を預けた判断は正しかったと言えよう。
もしも本来の器であるみゆきがあのまま力の言いなりになっていたとすれば、クリスが齎したよりも遥かに甚大な被害を及ぼしていただろう。
それとも、まさか、まさか――最初から全てを承知で厄災の力を引き受けたというのか。
誰からも感謝されず、それどころか極悪人と謗られ最後は朽ち果てることを分かっていながら、その身を捧げたというのか。
一族の業を一身に背負って死んでいったというのか。何という気高い――《漂白者》なのだろう。
もちろん全ては憶測だ、今となっては確かめようは無い。
ノエルの力強い宣言を受けた深雪は、さめざめと泣いていた。

「お前が妬ましい……そんなに愛されて。我だって、生きたかった、愛されたかった!」

ここでノエルは、ほぼ確信に近いレベルに至った推測を口にする。

「君って、今までに間引かれてきた雪ん娘達だよね……?」

《妖壊》と化した者を雪ん娘のうちに間引くのは救済――女王はそう言っていた。確かに嘘ではないだろう。
しかし、自我が無いから、消される事に絶望が無いなんてことはなかった。
たとえその時本人は認識しなくても、その無念の欠片は確実に蓄積していったのだ。
ノエルは深雪をそっと抱きしめた。

「ねたむ必要なんてある? 君は僕なのに。
やっと生きるチャンスを得たんだ。折角願いが叶ったんだから恨んで憎んで生きるなんて勿体ない!
孤独な戦いの日々はもう終わりだ。僕には仲間がいる。一緒に行こう、僕に守るための力を貸して! 
確かに君の言う通り、今の世界が完璧だとは思わない……でも、誰かを傷付けなくたって変えていくことはできるはずだ」

「器の分際で我に意見するとはいい度胸だ……勘違いするな。隙を見せればいつでも乗っ取ってやる……!」

言葉ではそう言っているものの、もう深雪に反抗の気配はない。
半透明になった深雪は、ノエルに重なるように一つになった。

「……もう君を厄災の魔物にはさせない。いつか完全にノエライズしてやる」

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「…めさま、姫様!」

目を開けてみると、従者達が心配そうに顔を覗き込んでいる。

「良かった、突然気を失って心配したんですよ」

事の経緯はこうだ。
深夜に嫌な予感がして魔法の鏡を見ると、何故か髪の長いバージョンの乃恵瑠みたいな珍獣が外に脱走していた。
尋常では無い気配を感じ慌てて追いかけたところ、彼女は深夜の公園で、現代日本の公序良俗に対して孤独な戦いを挑んでいたのであった。
人が作り上げた世の秩序の破壊と、原初の楽園への回帰を遂行しようとしていたとも言う。
具体的には、ありのままの姿の素晴らしさを訴える歌を大声で歌っていた。全裸で。
慌てて取り押さえたところ、「裸だったら何が悪い」と激しく抵抗した後に力尽きたように気を失ったというわけだ。

「ごめんごめん、いきなり自分の力を取り戻したから負担が大きかったみたいで……。
でももう大丈夫。お母さんのところにいって借りてた力を返してくるね」

そう言って、ノエルはさっさと準備して雪山に出かけてしまった。
ノエルを見送った後、カイは感慨深げに言った。

「良かった、姫様……厄災の魔物を無事に手懐けたんですね……」

「もう少し気付くのが遅かったら危うく逮捕されるところだったけどね!? 手懐けたというか少なくともノエライズされてる事は間違いないな!」

「それより多分当分男装しとくように言われて帰ってきますよ。呼び方どうします? やっぱり姫様はまずいですよね。若様……? なんかしっくりきませんね……」

「……姫様のままでいいんじゃね? 姫様(男)的な意味で」「じゃあそれで」

一方のノエルは、力を取り戻した発作が深夜の公園で騒ぐだけですんで誰も傷付けずに済んだ事に心底安堵していた。
以前尾弐に渡された破魔の刃をポケットから取り出して見つめる。
返そうと思いつつ返し忘れて未だに持っていたものだが、もう暫く借りておこう――そう思うのであった。
ブリーチャーズにまだいたいって言わなきゃいけないけど、許してもらえるかな。駄目だったら反抗して家出してくるしかないな。
何百年手元に置いて大事に育てた娘が3年東京にいただけで男装にハマってキャラも変わっちゃってたら戸惑うよね、
実は自分はこっちだったことに気付いたって言ったほうがいいのかな、どうしよう……等と色々思い悩みつつ、
雪の女王の住まう御殿に辿り着いてしまったのであった。

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最終更新:2017年10月03日 23:14