本編1160~1163

『砂漠のボーイ・ミーツ・ドリフターズ』-1

作者・ユガミ博士、凱聖クールギン
1160

東京・都立陣代高校***


林水「なるほど…。夏の終わりのちょっとした冒険といったところか」

ブレイバーズのブリアン島キャンプから何とか無事帰国した千鳥かなめは、
陣代高校の生徒会室で、生徒会長の林水敦信に長々と土産話を語っていた。

かなめ「ちょっとどころの騒ぎじゃありませんでしたよ。
 もう怪獣は出るわ、Gショッカーには攫われるわ、
 終いには島は大爆発して消し飛んじゃうわで、本気で死ぬかと思いました」
林水「…と言う割には、まんざらでもなかったような顔だが?」
かなめ「まあ、楽しかったって言えば楽しかったですけどね。
 海は綺麗だったし、大勢の子供達と仲良くなれたし、
 後はみんなでバーベキューにして食べたタコの怪獣が、なかなか珍味でした」
林水「ともかく、キャンプの手伝いの任務ご苦労だった。
 ところで相良君はどうしているかね?」
かなめ「ソースケは…、何かまた急用みたいで、
 5時限目から欠席してます」

ミスリルのサージェントである相良宗介は、
ブリアン島から戻って早々、新たな任務のためメリダ島基地へ召集されたのだった。

林水「ふむ…」

林水は思案顔で机の上の新聞を手に取り、国際面を開いて熟読する。
サラジア軍がアダブとの国境近くで挑発とも取れる軍事演習を行ない、
あわや中東戦争勃発の危機になった――と、その新聞は報じていた。

林水「…嫌な雲行きだな」

西の空から流れて来る淀んだ暗雲を眺めて、林水は呟いた。


サラジア共和国・副大統領官邸***


サラジア共和国副大統領、アフマド・アルハザード。
彼の前半生は謎に包まれており、サラジアでは誰もそれを知らない。

秘書N「昨日のサラジア軍による大規模演習について、
 アダブ王国政府から改めて抗議の文書が届いています」
アルハザード「フン、相当怖気づいたようだな。
 アメリカ政府は何と言っている?」
秘書R「アメリカはこの件に関して沈黙を守っています。
 現在まで、いかなる声明もホワイトハウスからは発表されていません」
アルハザード「マイケル・ウィルソンめ。
 アメリカの手前勝手な中東政策など、
 いつか根底から覆してくれるわ」

熱いコーヒーをすすったアルハザードは、
机の上の書類をまとめている二人の女性秘書を眺めて満足そうにほくそ笑んだ。

秘書N「副大統領、いかがなされましたか…?」
アルハザード「いや、どうしたという程の事でもない。
 ただ、お前達も随分大きくなったと思ってな」
秘書R「急に何を仰せられます…?」
アルハザード「憶えているか?
 お前達はまだ小さかった頃、身寄りのない孤児だったのを私が拾い、
 今日まで手塩にかけて育てたのだ」
秘書N「そのご恩は、一生忘れません」
秘書R「副大統領のためならどんな事でも行ない、
 恩義に報いたいと思っています」
アルハザード「フフフ…。それは祝着。
 だが、私は今になって一つ後悔している事がある…。
 昔、私に仕えていたカシムという少年兵を憶えておろう。
 今では立派な若者になっておるはずだが、
 もしあの男を手放さず、お前達のように懇ろに育てていれば、
 今頃は奴もお前達と同じく、私の忠実な部下として働いていたのではないか…? とな」

アルハザードはそう言って回想に浸った。
カシムという少年が彼の元にいたのは数年前の事である。
今、そのカシムがどこで何をしているのかアルハザードには知る由もない。
いや、ないはずであった――。

1161

それは、アルハザードが副大統領になる前の事である。

秘書N「お屋敷の門前で、アルハザード様にお仕えしたいと申している者がいますが…」
アルハザード「ほう、傭兵の志願者か。ここへ通せ」

まだ政情不安定だった当時のサラジアでは、
政治の世界にテロリズムが持ち込まれる事は決して珍しくなかった。
一議員から副大統領へ昇り詰めるまでの間に、
栄達の影でアルハザードが始末してきた政敵は数知れないし、
アルハザード自身も、何度となく政敵に暗殺されそうになりながら生き延びている。
護衛や殺し屋として、多数の傭兵を配下に抱えていたアルハザードはある日、
仕官してきた一人の少年兵を面接した。

アルハザード「ふうむ…。君の名前は?」
宗介「カシム、であります」
アルハザード「歳はいくつかね」
宗介「14歳であります」
アルハザード「出身は? アラブ系の顔には見えんがね」
宗介「日本であります。ただし、幼少の頃にいただけですので、
 日本の事はよく憶えておりません」
アルハザード「ほほう日本人か。面白い。採用しよう。
 私の屋敷で見張り番として働きなさい」

カシム――本名は相良宗介。
日本人という点に興味を引かれ、アルハザードはこの少年を雇ってみる事にしたのだが、
まだ年少でもあり、その実力には半信半疑であった。

秘書N「提出された履歴書によれば、
 彼はソ連の特殊機関ナージャで訓練を受けた後、
 ヘルマジスタンでゲリラとして活動していたとの事ですが…」
アルハザード「本当かどうかは分からんな。
 自分を高く売るためのでたらめかも知れんが、まあ構わん。
 子供の背伸びだとしたら可愛いものだ」

余りにも波乱に富んだ宗介の生い立ちについては、
さすがのアルハザードもすぐには信じる気になれなかった。

秘書R「あのような子供が、役に立つのでしょうか?」
アルハザード「役に立たなくとも良い。
 なかなかの美少年ではないか。傍近くに置いておくだけで目の保養になる」

アルハザードに気に入られ、
ともかく他の傭兵達と屋敷の警護をするようになった宗介。
そんな彼に、本領発揮の機会が間もなく訪れる――。

1162

その夜、アルハザードは不吉な夢を見た。
蒸し暑い南の国で、自分がマラリアに苦しみ死んで行くという悪夢である。
この夢を見たのは一度や二度ではない。
目を覚ましたアルハザードは立ち上がり、水を飲もうと寝室を出た。
寝室が轟音と共に真っ赤な爆炎に包まれたのは、その直後であった。

アルハザード「…!?」

ロケットランチャーの一撃が窓ガラスを破り、彼のベッドに命中したのだ。
そんなはずはない……とアルハザードは訝った。
屋敷の内外では、精強な傭兵達が寝ずの見張り番をしている。
彼らを倒さない限り、狙撃などできるわけがないのだ。

アルハザード「…何事だ!?」

室内で銃声が聞こえたので、アルハザードは戦慄した。
敵がもう屋敷内に踏み込んで来たのか…?
しかし、リビングルームで銃を撃っているのは敵ではなかった。

アルハザード「…カシム!?」
宗介「ご主人様! 敵襲です!
 殺し屋がこのお屋敷を包囲しています!」

そう言いながら、宗介は窓の外に向けてアサルトライフルを撃ちまくる。
庭の木の上にいた敵が撃ち落とされたのが、闇の中でも分かった。

宗介「使用人のハッサンが敵に内通し、
 庭へ殺し屋を入れてしまったようです。彼は逃げました」
アルハザード「他の兵どもは何をしている!?
 ユーゼフ! アブー! オベイド! 早く馳せ参じぬか!」
宗介「三人とも既に射殺されました。
 残っているのは自分だけであります」
アルハザード「何だと…!?」

アルハザードは驚愕した。
信頼を置いている三人の屈強な傭兵がいとも簡単にやられた事も驚きだったが、
それ以上に信じられないのは、彼らを倒すほどの強敵を相手に、
この少年が一人で互角に渡り合っているという眼前の事実である。

宗介「ここは危険です。お下がりを!」

ソファーを盾にしてアサルトライフルを撃ちながら、
声に一分の焦りもなく宗介は言う。

アルハザード「(あの経歴は本物だったか…)」

ソ連の特殊機関ナージャで訓練され、
ヘルマジスタンのゲリラとして鍛え抜かれた宗介の確かな実力を
アルハザードもここに来て認めざるを得なかった。

アルハザード「お前達は無事か」
秘書N「アルハザード様!」
秘書R「このような不始末、申し訳ございません!」
アルハザード「早く私を夜の闇に包め…!」

屋敷を包囲していた暗殺者達が一瞬で死体に変わったのは、
それから数分後の事であった。
これには宗介も驚いたが、とにかく敵が一掃されたのを確認し、
アルハザードの元へ駆け寄る。

宗介「ご主人様、お怪我はありませんか」
アルハザード「おおカシムよ…。よくやってくれた。
 お前のような優秀な戦士を配下に持てて光栄に思うぞ…」

宗介の強さを大いに称えたアルハザードだったが、
同時に底知れぬ恐怖も感じていた。
もし敵に買収されたのがハッサンではなくこのカシムだったら、
さしもの自分も命は無かったのではあるまいか――。

結局、猜疑心に苛まれたアルハザードは、
宗介を長くは傍に置いておかなかった。
理由をつけて契約を更新せず、宗介を解雇したのである。
羽振りのいいアルハザードから多額の報酬を受け取った宗介は多くを語らず、
また次の傭兵稼業へと旅立って行った。
彼がミスリルに所属するようになる、わずか1年前の事であった。

1163

メリダ島・ミスリル西太平洋戦隊基地***


夕刻――。
召集を受けてメリダ島へ急行した宗介は、
テレサ・テスタロッサ大佐とリチャード・マデューカス中佐に謁見した。

宗介「お呼びでありますか、大佐殿」
テッサ「お待ちしていました、サガラさん。
 かなめさんはお元気ですか?」
宗介「はっ。変わりありません」
テッサ「ブリアン島では、二人きりのバカンスを満喫されたそうですね…」
宗介「い、いえ…。他の子供達との合同キャンプでしたので、
 決して二人きりというわけでは…(汗」
マデューカス「あ~、ゴホン…!」

話が妙な方向に逸れそうになったところで、
副長のマデューカスが咳払いをし、一歩進み出て宗介に訊ねる。

マデューカス「ところで軍曹、
 近頃の中東情勢については把握しておるかね?」
宗介「はっ。相変わらず緊張状態にあると理解しております。
 昨日、サラジア軍がアダブとの国境付近で軍事演習を行ない、
 アダブ側も軍を出動させて一触即発の事態になったという件は耳にしました」
マデューカス「よろしい。
 君を呼んだのは他でもない、そのサラジアについての事だ。
 承知の通り、近年のサラジアの発展に伴う急速な軍備拡張は、
 ただでさえデリケートな中東のパワーバランスを大きく変動させる危険性がある」
テッサ「特に危険と見られているのは、
 副大統領を務めているアフマド・アルハザードという人物です。
 カリスマ性に優れた敏腕政治家として国民の多大な支持を集めていますが、
 その経歴には謎が多く、とりわけ政界へ進出する前の半生についてはほとんど分かっていません」

アルハザードの名を出されて、宗介の表情がわずかに引き攣ったのを
テッサもマデューカスも見逃さなかった。

マデューカス「だが、一つだけはっきりしている事がある。
 アルハザードの素性が何であれ、彼は覇権主義の野心家であり、
 将来的には中東戦争や、更に大規模な世界大戦をも引き起こしかねんという事だ。
 ここ数ヶ月のサラジア軍の活発な示威行動は、その前兆と見る事もできる」
テッサ「私達ミスリルとしては、ここで一度サラジアの内情について、
 そしてアルハザードという人物について、
 今の内に可能な限り洗い出してみる必要があると考えています」
宗介「偵察任務、というわけですね」
マデューカス「本来ならば、本件はインド洋戦隊の管轄だが…。
 敢えて君が選ばれた理由は一つ。
 君はかつてアルハザードの傭兵部隊に属しており、
 サラジアに土地勘があるばかりか、アルハザードの手の内をよく知っている」
テッサ「サラジアへの潜入は危険を伴います。
 しかし、あの国の地理、アルハザードの屋敷の内部構造、
 彼が抱える傭兵部隊の戦力、そしてアルハザードの人となり…。
 サガラさん、あなたはそれらについて、
 ミスリルの他の誰よりも実際の経験に根差した生の知識があります」
宗介「了解しました。
 相良宗介軍曹、サラジアへ出動します!」

準備を整えた宗介は、メリダ島からその足でサラジアへ直行した。


○相良宗介→かつてアルハザードに傭兵として雇われていた。偵察のためサラジアへ向かう。
○テレサ・テスタロッサ→相良宗介を偵察のためサラジアへ派遣する。
○リチャード・マデューカス→相良宗介を偵察のためサラジアへ派遣する。
○千鳥かなめ→林水敦信にブリアン島キャンプの土産話を語る。
○林水敦信→千鳥かなめからブリアン島キャンプの土産話を聞く。
●アフマド・アルハザード→かつて相良宗介を傭兵として雇っていた。

【今回の新規登場】
○林水敦信(フルメタル・パニック!)
都立陣代高校3年生で、生徒会長を務める。
類稀なる頭脳の持ち主で、本来はもっと上のランクの高校へ行けたはずだが、
訳あって陣代高校へ入学。以来、大物政治家である父親とは不仲になる。
株で生計を立てており、生徒会は彼が資産運用によって10倍に膨らませた
「C会計」なる怪しげな資金源によって運営されている。
相良宗介からは会長閣下と呼ばれており、何かが通じ合ってしまう仲。

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2020年11月22日 14:19