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ACE COMBAT04 THE OPERATION LYRICAL Project nemo



第10話 アヴァロンへ



息を吸って、吐いて、吸って、吐いて。自らの呼吸音、生命の鼓動とそれに入り混じる形で耳に入る電子音。操縦桿とエンジン・スロットルレバー
に手を添えて、高いGに晒されても耐えられるよう傾けられたシートに少女は居座っていた。
視線を上げれば、カラフルな色で染め上げられたブームが愛機に向かって伸びている。見えるはずもないが、腹ペコの荒鷲を満腹にさせようと現在
給油中であった。燃料計の数値が、じわじわと高くなっていく。
今ならいいかな、と彼女は考え、計器にセットしたカード型の相棒に向かって操縦を委任する旨を告げた。相棒、クロスミラージュは快く承諾し、
主人に代わって機体のコントロールを握る。とは言っても空中給油が終わるまでの間、愛機の進路をそのままに維持してもらうだけである。
操縦桿から完全に手を離し、後頭部で束ねた橙色の髪を一度解く。ぱらっとゴム一本で留められていた髪が背中に広がり、それらを指でかき集める。
髪を束ねなおしている最中、ふと少女は自分の首筋に奇妙な違和感を感じた。指先に感じる、かすかな水分。どうやら、汗をかいているらしい。
緊張してんのかしら、あたし――自問自答し、きっとそうなのだろうと頷く。
周囲に眼を走らせなくとも、レーダーを見れば分かる。電子の眼が捉えた友軍機の数は多く、戦闘機と空戦魔導師がそれぞれの編隊を保持していた。
JS事変以来の、大編隊。これだけの数をもって管理局が制圧に乗り出したと言うことは、敵もそれ相応の戦力で待ち構えているはずだ。緊張するの
も、ごく自然のことであろう。
束ねた髪をゴムで留め、ヘルメットの中に押し戻す。時を同じくして、燃料計の数値はほぼ満タンになろうとしていた。もうすぐ、給油が終わる。
少女、ティアナ・ランスターは相棒に一言礼を告げて、操縦桿に手を戻す。間もなく電子音が鳴って、クロスミラージュが機体のコントロールを明
け渡してきた。愛機、F-15ACTIVEは再び我が手に戻ってきた。

「よし、いいぞメビウス2。ディスコネクト」

がっと機体に軽く振動があった。通信機に入って来た空中給油機からの連絡、ほとんど同時に愛機に突き刺さっていたブームが収納されていく。
たっぷり燃料を補給したF-15ACTIVEは、満足したようにひらりと主翼を翻す。ゆったりと、雲が多いために灰色に染まりがちな空を泳ぎ、仲間たち
の元に戻っていく。
普段ならば、ティアナに僚機はいない。尾翼に描いたリボンのマークは、常に単独を持って戦場を駆け回る。だが、この日ばかりは事情が違った。
酸素マスクを固定し直して、彼女は後方に振り返る。お待たせしました、と敬礼すると、キャノピーの向こうにいた白い羽衣の少女も手を振って応
えてくれる。今日の僚機は、エースオブエース。ティアナにとっては頼もしくもあり、わずかに心配を抱かせる原因でもあった。

<<やっとエースらしくなってきたね>>

通信機を介さない、念話による通信。なるほど、僚機は復帰後この日に向けて訓練を続けてきたと言う。エースらしくなった、とは技量を取り戻し
てきたのだろう。後ろは頼みますね、とティアナはかつての上官に念話を送る。OK、とエースオブエースは気軽な返事を寄越してきた。

「各機、給油が済み次第編隊行動に戻れ」

今度は通信機に入って来た、渋い空中管制機の声。コールサイン"ゴーストアイ"、強力なレーダーと電子戦能力を持って戦場全体を見渡す彼からの
指示は、もうすぐ作戦予定空域に入ることを示していた。レーダー画面にも動きがあって、がっちり組まれていた戦闘機と魔導師の合同編隊は距離
を開き、戦闘態勢に移行していった。
ちかっと、キャノピーの向こう、正面で何かが光る。こちらへの攻撃ではない、先行して対空砲火を潰しにかかった部隊がいよいよ始めたのだ。
眼下できらめく、戦闘機の赤いジェットの炎。魔導師たちの軌跡。迎え撃つ対空砲火の光。もうすぐあの中に、自分たちも飛び込むことになる。
ティアナは計器に手を伸ばし、クロスミラージュと共に最後の機体確認。異常がないことを確認し、火器管制のセーフティを解除する。

「行くぞ、ペイバックタイムだ!」

主翼を翻し、鋼鉄の翼たちは速度を上げた。JS事変も戦い抜いたベテラン、アヴァランチのF/A-18Fが先頭に立って空を突き進む。

「アヴァロンまで一直線だ!」

魔導師たちも、決して遅れは取らなかった。カートリッジを惜しみなくロードし、溢れ出る魔力を高速飛行に転換。小さな体躯とは不釣り合いな勇
猛さを持ち、武装隊より今回の作戦に加わった赤い軌跡、ヴィータが先頭になって戦闘機隊の後を追う。
あたしたちは、こっち――突き進んでいく味方の背中を見つめながら、愛機のコクピットでティアナは視線を下ろす。緑で覆われた大地、それを切
り裂くように刻まれた割れ目は、アヴァロン、王の土地へと続く谷。事前に行われた偵察の結果、敵の対空砲火がここがもっとも手薄であることが
判明している。無論、戦闘機にとっては文字通り狭き門であり、相手もそれを承知して対空砲の配備を強化している可能性はあるが――

<<なのはさん!>>
<<うん――行こう、ティアナ>>

顔を見合わせ、二人のエースはそれぞれ鋼鉄の翼、魔法の翼を翻し高度を下げる。大気を引き裂くように増速、待ち受ける谷に向かって戦闘機と魔
導師が突っ込んでいく。
アヴァロン・ダム。王の眠るとされる土地の名を冠したこの場所に、彼らはいるはずだった。



黄色中隊――かつてのナンバーズ、戦闘機人からなる事前偵察は、今回の作戦に置いて非常に重要なものとなった。地形情報だけでなく、対空砲火
の配置、進入路、迎撃機の予想会敵地点さえもが、出撃前のブリーフィングにて明らかにされた。
作戦の目的は至って単純。アヴァロンにて監禁されているパイロットたちを、全員救出すること。その中にはおそらく、JS事変で名を馳せたエース
パイロット"メビウス1"も含まれている。
問題は、アヴァロンに続く道である。険しい山脈に囲まれたかの地は、陸路からの進入を阻む。数少ない整備された道路が閉鎖されているのは、誰
もが容易に想像出来た。水路も傾斜が激しく、下流から昇っていくのは困難なことこの上ない。
必然的に残ったルートは、空。管理局にとってJS事変以来の、大規模航空作戦である。とは言え、相手もそれは見越している。黄色中隊の偵察によ
り、無数の対空砲火が入念な偽装の上配置されていることが判明していた。位置こそ掴めども、全て潰していてはキリがない。
そこで、まず囮として戦闘機と魔導師からなる合同編隊が上空より強襲にかかる。敵の注意を引きつけている間に、少数精鋭の戦闘機と魔導師たち
が低空より進入。山間部を抜けた先、迎撃機と対空砲展開のため貯水を抜いたダムに突入し、内部にある発電システムを爆撃、破壊する。
電力供給の途絶えた対空砲火は威力が衰えるはずだから、その隙に陸士を載せたヘリがアヴァロンに着地し、兵員を内部へと送り込む。
陸士たちは妨害を排除し、パイロットたちを捜索救助。一連の事件の首謀者も、可能ならば確保する。
言葉にするだけならば、おそらく誰にでも出来よう。
だが、実際に敵弾の飛び交う戦場に立ち、実践し成功まで持っていくのは誰にでも出来ることではない。
だから、彼女たちは危険な山間部の間を抜ける低空飛行を任された。だから、彼らは自ら対空砲火の中に突っ込む真似をする羽目になった。
与えられた役割を、ただ果たすために。平和な日常を、取り戻すために。穏やかなる日々を、もう一度この手に。
灰色の空に煌めく対空砲火の妖しい光が、そんな彼らと彼女らを迎え撃つ。



キャノピーのすぐ向こうで、黒々としたガン・スモークが咲き乱れる。あそこに飛び込むのはまずい、生存本能が警鐘を鳴らす。すぐに引き返せ、
無理に突っ込むことはない。
馬鹿言え、それじゃ何のためにここまで来たんだ――脳裏で抵抗する本能を押さえつけ、ウィンドホバーは操縦桿を薙ぎ払う。愛機F-16C、ファイテ
ィング・ファルコンの名を持つ鋼鉄の翼は主翼を翻し、大きく旋回。灰色の空の片隅、咲き乱れる黒い花畑に機首を向けた彼は、ちらっとサブディ
スプレイの方に視線をやった。データリンクを通じて垣間見れる友軍の現在地、こちらの意図を察した魔導師の識別信号を持つ光がまっすぐ対空砲
火の根元に向かって突き進んでいく。
頼むぜ、と酸素マスクの中で呟き、エンジン・スロットルレバーを押し込む。速度を増した戦う隼は、自ら激しい大地からの抵抗に向かって突撃を
敢行した。たちまち、自殺願望のような動きを見せたF-16Cに攻撃が集中。大小多数の機関砲弾が飛び交い、主翼を掠め飛ぶ。ウィンドホバーはもち
ろん恐怖で顔を引きつらせながら、ラダーペダルを交互に踏んで操縦桿もでたらめに動かし回す。ジンキング、機体にわざと不安定な動きをさせて
狙われにくくするのだ。とは言え、機動だけでは限界がある。どっと愛機が大きく揺れて、彼の背筋は一瞬凍りついた。ダメージコントロール、チ
ェック。大丈夫、機体もエンジンも無事。高射砲弾が近くで炸裂したのだろうが、被弾には及ばなかったようだ。

「早くしてくれ……」

情けない言葉が、思わず口から漏れてしまった。サブディスプレイに浮かぶ魔導師の識別信号、画面上ではすでに対空砲火に取り付いたはずなのだ
が。キャノピーのすぐ傍で、どんっと炸裂音。反射的に操縦桿を右に倒し、愛機を勢いよくロールさせる。急激な回避機動、どうにかダメージは免
れた。黒い花畑は、依然としてウィンドホバーを取り囲むようにして咲き続ける――

「悪ぃ、待たせた。離脱してくれ」

通信機に飛び込んできた、少女の声。待ってましたとエンジン・スロットルレバーを叩き込んで、アフターバーナー点火。F110エンジンの力強い咆
哮、背中にあった軽い衝撃さえもがパイロットの心に安心感を与える。大気を切り裂くようにして、F-16Cは鋭い上昇、離脱を図る。
一方の地面、無人の対空砲たちが、逃げを打った鋼鉄の翼を狙い撃とうと砲塔を回転する。仰角最大、ほとんど直角に近い角度で天を睨む。
空に叛いた彼らが牙を剥こうとしたその瞬間、無機質なレンズの瞳が赤い影を捉えた。
あっと気付いた時には、何もかもが遅かった。魔法と言う名の破壊の力、それを纏った鉄槌が振り下ろされ、砲身もろとも対空砲を粉砕する。
赤い影――ヴィータは、それだけでは飽き足らず、叩き込んだグラーフ・アイゼンを引っこ抜くと同時に視線を走らせる。ふっ、と口から気合を入
れて、もう一基手近なところにあった対空砲に向け、鉄槌を横に振りぬく。先端で光る、魔力の鈍い輝きは容赦なく砲塔をぶち破った。

「っと――」

危ね、とヴィータは口走り、大地を強く蹴って跳躍。数瞬遅れて飛び交うのは、彼女を捕捉した対空機関砲。ミサイルに比べれば威力は劣るが、対人
に用いるにしては明らかに過剰な威力を持っている。避けたはずなのにぶんっと、空気が唸るのを肌で感じた。直撃すれば赤い外套、彼女の騎士甲冑
も段ボールも同然だ。
退避を、と手中の相棒が警告するも、しかし肝心の主は従わず。命を脅かされてもなお、上唇をぺろりと舐める余裕があった。
その間にも、質量兵器の銃口が光で瞬いた。ヴィータは小さな身の丈をアテにして、被弾を恐れず正面から突撃を敢行する。突っ込む赤い閃光、迎え
撃つは機関砲の放つ赤い曳光弾。赤と赤の交差は、魔導師が質量兵器をすれ違い様に叩き割ることで終結を見せた。
ヴィータは振り返り、ふぅとわずかにため息を吐く。己が撃破した対空砲の残骸、ウィンドホバーが囮となってくれたおかげである。それでもまだ、
ほんの一部に過ぎないのだが――あっ、と悲鳴のような声が彼女の口から漏れる。全て潰したと思っていた対空砲、その中の一基が死んだふりをや
めたように突如、折れた砲身を天に向けた。否、砲身はカモフラージュだ。砲塔の脇に、小さなしかし恐るべき獣、対空ミサイルが搭載されている。

「ウィンドホバー、ミサイルだ、撃たれる!」

空の戦友に向かって怒鳴るも、それより一瞬速くミサイルがロケットモーターに点火。白煙を大地に向けて撒き散らし、放たれたそれは天へと昇る。
反応の遅れたF-16C、ウィンドホバーはフレアを散布する間もなく。地面からの猛威が、鋼鉄の翼を引き裂こうとしていた。
爆発、閃光、衝撃。ウィンドホバー機のはるか手前で、ミサイルはその身を空中に散らせた。黒煙と戦闘機、間を駆けるはベルカの騎士、シグナム。

「間に合ったか。無事か、ウィンドホバー?」
「あんたか! 助かったよ、帰ったら一杯おごるぜ」

撃ち上げられたミサイルを、空中で切り裂く。そんな離れ業を見せてなお、彼女は浮かれた様子を一切見せなかった。傍らを飛ぶ戦友を気遣い、そ
のまま低空へと降りてヴィータに合図する。来い、編隊を組む。

「悪い、あたしの不注意だった。気をつける」
「反省はいいが、今は後回しだ」

指示に従い空中に舞い上がったヴィータは、烈火の将に向けて謝罪の言葉。シグナムは大して気にかけた様子を見せず、愛剣レヴァンティンの剣先
を虚空の彼方に突きつけた。
あぁ?と剣先に向けて鉄槌の少女は振り返り、幼顔がぎょっとなる。上空より多数、味方識別信号のない戦闘機が接近しつつあった。
戦闘機はいずれも鮫のような鋭いシルエット、機種はおそらくSu-35フランカー。パワフルなエンジンに優れた空力特性、現代の戦闘機の一つの到達
点、決して油断していい相手ではないはずだ。敵機を確認した味方機も、迎撃のために一斉に上昇していく。

「遅れるなよ、待つことは出来ん」
「誰に向かって言ってんだよ」

そうか、失礼したな。ふっと不敵に笑みを交わし、古代ベルカの魔導師たちは急上昇。上空より迫る敵機に向けて、高速で立ち向かう。
気負いすぎるな。闘志で心ざわめくヴィータだったが、自分の任務が何なのかまで忘れることはなかった。
こちらはあくまでも囮に過ぎない。本命はこの下、山の合間を通り抜けるエースたちだった。



アヴァロン・ダムより南、ムント深谷。王の地へと続くこの道は、深い谷間によって対空砲火から道行く者を守っていた。はるか上空ではジェットの
轟音、魔法の軌跡、対空砲の閃光が吹き荒れ、囮として強襲を仕掛けた部隊が敵の注意を引いていることも、ここまで無傷で来れた要因の一つである
に違いない。

「スターズ1、メビウス2、アヴァロンまでは低空で向かえ。上からの侵入は狙い撃ちされる」

空中管制機、ゴーストアイの渋い声が耳に入る間でもない。ちょっと視線を上げればそこは戦場、それも激戦区。不用意に高度を上げようものなら、
あっと言う間に地面からの盛大な歓迎が待ち受けている。
とは言え、ちょっとこれはきついかしら――翼を持たぬが故に掴んだ、鋼鉄の翼。愛機の主翼が山を掠めそうになって、ティアナは背筋に冷たいもの
を感じた。愛機F-15ACTIVEのコクピット、先ほどから合成された無機質な音声による警報が鳴り止まない。音声は計器にセットした相棒、火器管制担
当のクロスミラージュのものではない。もともと機体に組み込まれていた警戒装置が、危険だから高度を上げろと訴えているのだ。
このままだと地面にキスする羽目になる、だから早く高度を――うるさいわね、そんなヘマはしないわよ。
計器の片隅にあるスイッチが並ぶ部分に、少女の飛行手袋に覆われた指が伸びる。少し強引にスイッチを操作、合成音声をカット。これでようやく、
静かになった。ふぅ、と静かになったコクピットにため息を漏らし、ティアナは正面を見つめなおす。
ファーストキスは、まだ譲れない。対空砲火から守ってくれる山の壁面は、しかし彼女にとっては立ちはだかる障害でもある。操縦桿を繊細に動かし
エンジン・スロットルレバーを微調整、少女の駆る荒鷲は谷間の中を突き進んでいく。

<<メビウス2――ティアナ、無茶はしないで。墜落したら元も子もないよ>>

一方で、F-15ACTIVEより先行する形で谷間を進むのはエースオブエース、久しぶりにコールサイン"スターズ1"の名を拝命したなのは。白い魔法の羽
衣も風に揺らし、本来魔導師よりも優速な戦闘機より前を行けるのは、人間と言う小さな身を持つ故だ。全長一九.四二メートル、全幅一三メートル
の巨体を持つ荒鷲では、谷間と言う狭い空間を飛ぶのは非常に難儀である。
僚機の墜落を恐れて念話で警告してみたが、ティアナからの返事はない。代わりに彼女の駆るF-15ACTIVEは、ほとんど閉鎖空間も同然な谷間をぐいぐ
い抜けてついて来る。大丈夫、問題ありません。荒鷲の機動からは、そんな意思が読み取れた。
そのまま速度をほとんど落とさず、二人のエースは谷間を進み続けた。しばらくして、なのはのレイジングハート、ティアナのF-15ACTIVEの後方警戒
レーダーが、背後より複数の機影を捉える。敵機か、と身構える二人に、念話による通信が飛び込んだ。

<<無事だね、二人とも? こちらライトニング1。アヴァロンまでエスコートするよ>>
<<フェイトちゃん?>>

後方よりやって来たのは、フェイトと数機の戦闘機からなる友軍部隊だった。アヴァロン・ダムへの到達をより確実なものにするため、護衛を受け持
ってくれるとのことだ。久しぶりの親友と共に飛ぶ空、なのははやって来た金髪の執務官と顔を見合わせ、一瞬だけ頬を緩ませた。
戦闘機の方は、Mir-2000からなる編隊。指揮を取るのはスカイキッド、JS事変でも活躍したベテランだ。

「スカイキッドより各機、お前ら、ビビるんじゃないぞ。ティアナばっかりに美味しいとこ持っていかれるな」
「スカイキッド、いや、でも」
「頼むよ、カッコつけさせてくれ」

横に並んでやって来たMir-2000のコクピットで、パイロットがティアナに向けてラフな敬礼を送ってきた。酸素マスクとヘルメットで見えなかったが
彼はもしかしたら、不敵に笑ってさえいたかもしれない。戦闘機隊は速度を上げて先行、ティアナたちを護るようにして前に立つ。
上の方も派手にやっている。対空砲火の黒煙はいくつも咲き乱れ、その合間を縫って味方と思しき戦闘機の飛行機雲が駆け抜ける。中には敵か味方か
分からない、炎上しながら落ちていくものさえあった。その後を追う魔導師も、追撃に来たのか救助に向かったのか判断がつかない。
失敗は許されない。なのはとティアナ、二人のエースはキャノピー越しに顔を見合わせ、それぞれ意思を確認したように頷いた。
谷間を駆け抜ける、鋼鉄の翼と魔法の翼。このままひたすら突き進めば、いずれ出口が見えてくるのだが――

「……っ、正面に対空陣地!」

編隊の前を行くスカイキッドが、通信回線に向けて怒鳴っていた。はっとなって、F-15ACTIVEのコクピットでティアナは視線を下ろす。クロスミラー
ジュに命じて、APG-63レーダーを対地走査モードに切り替え。メインディスプレイに映ったのは複数の地上物、そこから放たれた飛翔体と思しき反応。
ミサイル! 少女の口が、酸素マスクの中に答えを言いかけた瞬間、正面から白煙を吹かしつつ迫る物体があった。あっと気付いた時にはもう遅く、運
悪く編隊の前衛に立っていた味方のうち一機に直撃。真正面からミサイルを食らい、パイロットを放つ間もないままにMir-2000が粉砕された。

「っく」

飛び掛る味方機であった破片、ティアナはばんっと乱暴にラダーペダルを踏みつける。F-15ACTIVEは強引に機首を逸らし、破片の直撃を避けることに
成功した。なのはたちも、瞬時に障壁を正面に展開して難を逃れたようだ。
畜生、と通信機に入る誰かの声。正面に向き直れば、谷間の中に展開された対空ミサイルの陣地があった。そこに迫るはジェットの炎、奇襲攻撃を受け
て憤怒した名も知らぬMir-2000の一機が、抱えた爆弾で敵討ちを図ろうとしていた。
Mir-2000は搭載していた爆弾を全弾投下。黒いゴマ粒のような物体が陣地目掛けてばら撒かれ、大地の上で紅蓮の炎に成り代わる。衝撃と爆風、対空
ミサイルは粉砕されるも、爆撃のために速度を上げたMir-2000は谷の壁に自ら突っ込もうとしていた。

「畜生、壁が迫って……」

どっと、鋼鉄の翼は谷に吸い込まれたのと同時に通信途絶。谷間に響く激突音は、断末魔の如く響いた。
谷底に散らばったMir-2000の残骸を通過し、なのはは思わず振り返ってしまった。パイロットはどう考えても生きてはいない。遺体さえもが原型を留め
ているかどうかも絶望的。それでも、目の前で散った仲間を見過ごすようなことは出来なかった。そんな彼女に、傍らを飛ぶフェイトが声をかける。

「なのは、今は前を向いて」
「でも――」
「なのはたちを護るのが、私たちの任務なんだ。だからなのはも、今はまっすぐ」

それだけ言って、親友は正面に向き直る。ここは戦場、人の死に構っていたら自分も後を追う羽目になるだろう。
それでも甘さを捨てきれないのは、療養と言う惰眠を貪っていたからだろうか。エースの名を背負う少女は、本当は覚悟さえもが実戦から遠ざかってい
たことを思い知らされた。



敵はムント深谷からの進入を予測していたのか、要所要所に対空陣地を設置してあった。事前偵察でも発見し切れなかったのは、管理局の攻撃を予見し
て後から増設したからだろう。それらを一つ一つ飛び越え、その度に戦闘機が一機、また一機と盾となって犠牲になっていく。対空砲火に構う時間はあ
まりない、長引けば敵はこちらの意図を察し、発電システムに何らかの防護策をかける可能性があった。

「っく……左翼をやられた、すまない! サべージ4離脱する!」

何度目かの対空陣地を越えたところで、デルタ翼に被弾したスカイキッドが引き連れてきた最後の僚機が上昇、離脱。これで攻撃部隊は護衛のスカイキ
ッド、フェイトを含め残機四。
対空砲火の雨を掻い潜り、鋼鉄と魔法の翼の編隊は旋回、カーブのようにくねった谷間を曲がる。なのはたちはまだいいが、戦闘機に取ってはぎりぎり
の領域。腹を擦りつけないかと不安に駆られながら、ティアナ機とスカイキッド機は旋回を終えて水平飛行に戻った。
カーブを抜けたところで、前からかすかに光が見えてきた。薄暗かった谷底を照らす、天からの輝き。空は曇りのはずなのだが、多くの犠牲を払って乗
り越えてきた道だ。明るく見えても仕方ない。
あと少し。希望の光が心を照らし、ティアナはクロスミラージュに全ての搭載兵装のセーフティを解除するよう命令する。なのはも相棒、金色の杖にカ
ートリッジをロード、気合と共に魔力を高めて攻撃態勢に。
――警報。警戒システムが、突如として鳴り響いた。同時に、ゴーストアイからの警告が飛ぶ。

「敵機、後方より接近! 数四、まずい……っ」

背後より迫り来る黒い影。鮫のようなシルエット、Su-35フランカーだ。生命反応はやはり無い、無人機。いつの間に谷に飛び込んできたのだ。
ばっと、金の閃光が反転する。後方からやって来た質量兵器の群れ、それらに向かって真正面からフェイトは飛び込んだ。あっ、と敵機を止めに入った
親友に手を伸ばしかけて、なのははしかし正面に向き直る。Su-35に立ち向かった彼女の顔は、語っていた。先に行って。
瞬きする間に数百メートルの速度、あっという間に黒の羽衣を着た親友は見えなくなっていく。直後、背後で煌く閃光、爆炎、衝撃。パラパラと戦闘機
の残骸が、谷底に落ちていく――三機分のみ。残り一機のSu-35は、フェイトの迎撃をすり抜けてきた。

「俺がやる。お前さんたちは行ってくれ、頼むぞ」

最後まで気楽に――部下を失って、一番悲しいのは彼だろうに――スカイキッドはラフな敬礼をキャノピー越しに、二人のエースに送った。Mir-2000は
ぐっと速度を落とし、編隊から落伍していった。こんな狭い空間で、彼は後ろからやって来た敵機と格闘戦をやるつもりなのだ。
スカイキッドの姿が見えなくなって直後、ぽっと小さな赤い炎の塊が谷の奥に現れた。データリンクシステムは、スカイキッドの健在を示している。

<<なのはさん!>>
<<了解――行こう!>>

障害は、仲間たちが排除してくれた。アフターバーナー、点火。カートリッジ、ロード。ジェットの轟音が唸り上がり、魔法の翼が羽ばたきを強くする。
薄暗い谷の中から飛び出す、二つの翼。F-15ACTIVEとエースオブエース。



キャノピーの向こう、ティアナはようやくその眼に捉えた王の地、アヴァロン・ダムを睨んだ。こいつが、一連の事件の元凶。水を抜かれたダムはもは
やダムではなく、各地に展開した対空砲火と水底に隠されていた滑走路のおかげで要塞のようになっている。

「二機抜けた!」
「抜けたのはどいつだ? スターズ1とメビウス2!?」
「了解、全機上昇! 対空砲火をもっとこっちに引きつけるんだ、派手に飛べ!」

これまで上空で囮を続けていた味方が、谷間から飛び出した二人のエースの姿を見て一気に高度を上げていった。戦闘機も魔導師も、あえて狙われやす
い高度を取って対空砲の眼を引きつけるつもりだ。撃墜の危険性はこれまで以上に高くなるが――そうはさせない。操縦桿とエンジン・スロットルレバー
を握りなおし、ティアナはF-15ACTIVEのコクピットから眼下を睨む。アヴァロン・ダム内部にある発電システムを潰せば、対空砲の大半は沈黙する。

<<ティアナ、あそこ>>

傍らを飛ぶなのはが、念話で何か見つけたらしい旨を伝えてきた。彼女の指差す方向に眼をやれば、本来なら湖があるであろうダムの水底。水が抜かれ
た今は無機質なコンクリートの肌と滑走路、空に向かって撃ち上げる凶暴なガン・タワーしかない。否、エースオブエースの示す方向はどれとも一致し
ない。視線を走らせた先にあったのは、内部へと繋がる巨大な排気口。すでに半分ほど、扉が閉まりかけている。
よし、とコクピット内で意気込み、ティアナは僚機に内部へ突入することを伝えた。僚機、なのはは今更躊躇を見せず快諾する。
操縦桿を捻り、ラダーペダルを踏み込む。主翼を翻した荒鷲は機首を深めの角度に取って、アヴァロンへと向ける。降下開始、まっすぐ排気口へ。バッ
クミラーにちらっと視線を送ると、桜色の閃光がしっかりついて来ているのが分かった。
事前偵察で、排気口の奥に発電システムがあるのは分かっている。谷間に続いて再び閉所に飛び込む羽目になったが、もはや今更だ。
突入、二人のエースはアヴァロン内部へと突っ込んだ。途端にティアナを待ち受けるのは、猛烈な乱気流。ガタガタと愛機が震え、彼女の集中力と体力
を容赦なく奪おうとする。しっかりしなさいよ、と愛機と自分を叱咤し操縦に集中。主翼が壁面を引っかきそうになるが、何とかアヴァロン・ダム内部
を突き進んでいく。

「っ! あれね……」

操縦桿を握る少女の視界に、巨大なジェネレーターらしきものが現れた。爆撃を想定して頑強に設計されているそうだが、そのために彼女らは二人で飛
び込んだのだ。後方のなのはにバンク、主翼を振って攻撃の合図。
主の意図を読んだクロスミラージュは、素早く使用する兵装を選択。今回は対地攻撃装備のため、使用するのは五〇〇ポンド無誘導爆弾。無誘導とは言
っても、火器管制装置の爆撃照準はかなり正確だ。しっかり狙えば、外れることはほとんどない。問題は閉鎖空間のため、投下のタイミングを誤れば自
分もなのはも、爆発に巻き込まれる。
マスクから送られてくる酸素をたっぷり吸って、ティアナは操縦桿の引き金に指をかけた。やり直しは出来ない、その間に排気口の扉は閉じられてしま
う。ラダーペダルを踏んで進路を微調整、HUDに表示される照準とジェネレーターがぴったり重なった――駄目、まだ早い。今投下したらあたし諸共吹き
飛ばされる。瞬きする間に数百メートルの速度、それにも関わらず一瞬でそこまで状況を読むのは、エースのなせる業。

「――投下!」

がっと、わずかに衝撃があり、機体が一気に軽くなるのが分かった。主翼下に抱えていた五〇〇ポンド爆弾六発は全て主人から切り離され、使命を全う
すべくジェネレーターへと降り注いだ。着弾と同時に、起爆。爆風が酸素を糧に燃え広がり、衝撃と轟音がダム内部を大きく震わせた。
それでも、ジェネレーターは無事だった。堅い外殻は木っ端微塵となったが、中核はまったくの無傷――そこに現れるのは、桜色の閃光。
金色の杖、レイジングハートをジェネレーターに突きつけたなのははカートリッジをロード。一〇年来の相棒は機械音を鳴らし、主の魔力を爆発的に高
めていく。溢れんばかりの力を糧に、詠唱開始、術式展開。

<<Divine Buster>>
「これで、トドメ……!」

ごう、と空気の唸る音。わずかに残った外殻など役に立つはずもなく、桜色の光の渦がジェネレーターを壁の向こうにまで貫通していた。中核を射抜か
れたジェネレーターは、一瞬膨らんだかと思うと爆発。その身を散らし、アヴァロン内部に断末魔の轟音を鳴き轟かせる。これで、地上の対空砲火への
電力供給は絶たれたはずだ。
もう充分だ。確かな手ごたえを感じ取り、なのはは先に行った若きエースの後を追おうとした。戦闘機は自分と違って止まれない、おそらく先に脱出し
ているところだろう。

<<Master,Warning!>>

アクセル・フィンを羽ばたかせ、ダムから出ようとしたその時、レイジングハートが突如として警告を送ってきた。何事かと振り返った瞬間、強い衝撃
がバリアジャケット越しに伝わり、彼女の意識を一撃で刈り取ってみせた。
何が――最後までなのはは状況の把握に努めたが、視界はあっという間に闇に包まれ、同時に思考も暗闇に消え、戻ってこなかった。



閉じる直前だった排気口から何とか切り抜け、ティアナは即座に振り返る。先ほどから、念話でも念話と交信可能な通信機でも、なのはと連絡が取れな
いでいた。嫌な予感がする。彼女は、エースオブエースはちゃんと出てきてくれるだろうか。
予感は、最悪の形で現実となった。閉まりかけた排気口から炎が溢れ出し、天まで届くような勢いで彼女のF-15ACTIVEを追いかけてきた。上擦った悲鳴
を上げて、エンジン・スロットルレバーを押し込む。加速した荒鷲、リボンのマークが輝く尾翼に炎の魔の手が伸びたが、かろうじて難を逃れた。

「な……これは」

対空砲火は、確かに大部分が沈黙したようだ。ジェネレーターを破壊されたことで、電力供給を受けられなくなったのだろう。
だが、今の爆発は違う。ジェネレーターを一つ壊したにしては、明らかに度が過ぎている。まるで、自ら爆破を選んだかのように。
謀られた。そんな言葉が、脳裏をよぎる。もしかしたら、敵はもうここを抜け出したのではないか。出会う敵に、みんな生命反応は無かった。だとした
ら、奴らの狙いは――

「なのはさんは……!?」

どっと、アヴァロンの大地が内側から膨れ上がる。炎が灰色の空を焦がし、黒煙が立ち昇っていく。
土足で踏み入れられた王の地は、逆鱗に触れたかのように怒りを露にしていた。





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最終更新:2010年01月01日 12:03