新暦76年 9月24日 ミッドチルダ 時空管理局本局
「何、これ・・・?」
なのはは、目の前の画面に映し出された光景に絶句していた。
ミッドチルダの市街地の一角で、ブラックホールのような物が、周囲の物体を飲み込みつつ増殖していた。
「これが初めて現れたのが6年前、そん時はまだゴルフボール大の大きさやった。それがどんどん成長して、この様や」
「何で本局は隠してたの!?」
「対処のしようがないんや。これはあちこちの次元世界に発生して、次々と成長していってる。発表したところで、皆がパニックを起こすだけ・・・って説明をうけたわ」
八神はやて二等陸佐は、ため息を吐きつつ言った。
「じゃあ、このまま世界は飲み込まれるだけなの・・・・・・?」
フェイトは呆然と呟きつつ、画面を眺めた。
「いや、このブラックホールみたいな物を作り出している『原因』には対処できるって、本局の人が言ってたわ」
「原因・・・・・・?」
リリカル自衛隊1549 第3話 「転移」
新暦76年 9月25日 ミッドチルダ 時空管理局本局 ブリーフィングルーム
「ホール対策特別部隊の隊長、八神はやて二等陸佐です。皆よろしく」
はやてはそう挨拶し、ブリーフィングルームを見渡した。普段は100人程入れるブリーフィングルームは、殆ど満席だった。
「それでは今回の作戦の概要を説明します。資料の3ページを捲ってください」
今回進行役を勤めるリインフォースⅡ曹長が言うと、室内には一斉にページを捲る音が響き渡る。
「皆さんは一応知っているかも知れませんが、改めて説明します。今回わたし達が対処しなければいけないのは、ホールと呼ばれる空間です」
はやてがそう言うと、室内前方に立体映像が浮かび上がった。ミッドチルダで3週間前に発見されたホールの映像だ。
「ホールとは、ありとあらゆる物体、更には光まで吸い込んで成長する、ブラックホールのような物です。最も、成長速度はブラックホール程早くは無いのが幸いですが・・・」
はやてはそう言うと、少し顔をしかめた。1週間前に見た、ホールによって頭を消滅させた少女の姿を思い出してしまったのだ。
今はこうして何とか復帰できたが、こうして対策部隊長となり、ホールの映像を見るたびにあの光景が浮かんでくるのだ。
「ホール対策室」は地上部隊や次元航行部隊関係なく、全て志願者で構成されている。志願者ははやてを含め404人で、実際に現場で行動する「ホール対策特別部隊」は64人だ。機動6課のメンバーも殆ど志願しているので、はやては見知った顔が多いのに安堵していた。
はやてが部隊長に就任した理由は、ただ単に実績があるからだけでなく、第97管理外世界で偶然ホールを発見してしまったからだ。どうやら管理局の上層部はこれ以上ホールと関わる人を増やしたくないらしく、はやてがホールを発見した3日後に対策特別部隊長就任を打診してきた。
「ホールの大きさは、現在確認できた中では最小でゴルフボール程、最大の物では直径100メートル近い大きさまで成長しています」
そこで画面が切り替わった。「第97管理外世界 日本国 富士山麓」と右下に書いてある立体映像を表示した途端、室内が一斉にざわめいた。
富士山麓に、巨大な大穴が開いている映像だった。周囲にはオリーブドラブ色のトラックが何台も停まり、迷彩服や白い防護服を着た人影が、周囲からホールを覗っているのが映っている。
「現在このホールは現地政府の治安維持組織によって、富士山麓に偽装基地を設置するということで、一般人の目には触れないようになっています。周囲には人口雲も展開され、全く外からは見えません」
はやてはそう言うと、手元のリモコンを操作して次の映像を映し出した。こんどは表とグラフが表示される。
「ホールは現在、93の次元世界で存在が確認され、その数はおよそ1万を超えます。その殆どは管理局によって隠蔽されてますが、これ以上は隠し切れないのが現状です。現に、次々と新たな次元世界にホールは出現してきてます。このままだとホールの発生した次元世界全てが、ホールに飲み込まれて消滅するでしょう」
表やグラフの内容は、各次元世界に現れたホールの数及び、その大きさである。ミッドチルダを例に挙げると、
ミッドチルダに出現したホールの総数:82個
ホールの最小の大きさ:直径約5cm
ホールの最大の大きさ:直径約46m
一日に出現するホールの数:平均2.4個
などだった。
その時、席に座っていた一人の陸士の手が挙がった。はやては発言を許可する。
「陸士105部隊のレベッカ・グレイ一等陸士です。質問ですが、ホールを消去させる方法はあるんですか?または対処法は?」
「残念ですが、未だに発見されていないのが現状です」
はやてが即答すると、レベッカ一等陸士は少し困惑した顔をして着席した。同時にブリーフィングルーム内でも、対処法が無いという答えでざわついた。隣の人同士と話し合い、中には絶望したような表情を見せる人もいる。
「でも!ホールを発生させてる原因には対処出来ると思います!!」
収拾がつかなくなってきたので、はやては大声でその事実を告げた。その言葉に、室内の人間の視線が一斉にはやてに向けられる。
「資料の12ページを捲ってください」
リインフォースⅡがそう伝え、皆が一斉にページを捲った。
「なになに?『ヘリ墜落。200名死亡』?」
対策部隊に志願していた、スバル・ナカジマ二等陸士はそう呟いた。
「『昨夜防衛省は、陸上自衛隊東富士演習場で演習中の一個中隊約200名が、弾薬を積載したヘリの墜落で死亡したと発表した・・・・・・』。何コレ?スバル、意味分かる?」
「ううん。私もわかんない、ティア」
スバルと一緒に志願していた、ティアナ・ランスター二等陸士が隣のスバルに声をかける。スバルも困惑した表情を見せたので、ティアナは資料の続きを読んだ。
どうやらその資料は、第97管理外世界の新聞のコピーのようだった。一応訳してあったので、ティアナにも簡単に読めた。
「八神部隊長。この新聞のコピーは?」
一人の陸士が、意味が分からないといった表情で質問した。はやてはそれに、得意げな表情で答える。
「それが、ホール発生の原因です!」
はやてがそう言った途端、皆が「?」という表情をした。はやて自身、まだ完璧に理解しているとは思っていないが、とりあえず知っている事を全て話す。
「6年前、第97管理外世界である実験が行われました。詳細はわたしも理解できてないけど、軍用通信網を守るためのシールドを生成する実験のようです」
リインフォースⅡが立体映像を切り替えた。映像に直径数百メートルの円内に集められた、ありとあらゆる質量兵器とそれを囲む鉄塔が映る。
映った質量兵器の数々に、あからさまに顔をしかめる参加者が多くいた。質量兵器がご法度の管理局では、質量兵器は忌み嫌われる物なのだ。
「実験には現地の治安維持機関『自衛隊』が参加、シールドが装備品及び人体に与える影響を調べるため、シールド下に200名の1個中隊、『第3特別実験中隊』を展開させました」
「提供:日本国政府・防衛省」、「20××/10/13」のテロップが入った映像の中で、実験が開始された。ただシールド下で通信をやり取りするだけの実験で、外からは変わった所は見られなかった。
しかし数分後、突如として霧が発生。やがてその霧は渦を巻き、第3特別実験中隊を完全に覆い尽くした。
「実験は失敗しました」
そう言った直後、映像にノイズが走った。やがてカメラが動いているのか映像もかなりブレ、そしてすぐに画面に砂嵐が映った。
2秒ほどして、画面の砂嵐が消えた。だがカメラに映っていたのは、先ほどまで実験中隊が展開していた造成地ではなく、ススキが生えている草原だった。鉄塔の内部がきれいにススキ群と入れ替わっているのがわかる。
「え・・・?」
「どういうこと・・・・・・?」
スバルとティアナは呆然と画面を見つめ、他の参加者も同じような言葉を口にする。
「第3特別実験中隊は消滅、変わりにススキの生えた土地が現れました。土壌の調査の結果、この土地は460年程前の地層と一致しました。つまり、460年前の土地が、現在の土地と入れ替わってしまったんです。そして一週間後・・・・・・」
また映像が切り替わった。「20××/10/20」と右下に表示されているので、1週間後だとわかる。
誰もいないススキ群を、突如発生した霧が覆い隠した。霧は一週間前と同じく渦を巻き、そしてまた画面が砂嵐に切り替わった。
数秒後、画面が回復すると、そこにはススキ群ではなく造成地があった。元に戻ったのだ。
ただし、展開していた第3特別実験中隊は、そこにはいなかった。
「ねえ、あれ・・・?」
スバルが画面を指差したので、ティアナはスバルの指先に視線を巡らせた。
良く見ると画面の上方、つまり造成地の中心辺りで何か動いていた。カメラがズームし、動いていた物の正体が明らかとなった。
動いていたのは、馬に乗った武士だった。鎧兜を身につけ、背中から何本か矢のような棒が突き出ていた。
スバルもティアナも、武士というのはミッドチルダで放送していた第97管理外世界の大河ドラマでしか見たことがなかったが、それでも馬上の人物が本物だと悟った。
武士は馬から落ち、しばらく地面を這っていたが、やがて気絶したのか動かなくなった。
「保護されたこの武士の証言により、武士が来た時代は1543年・・・。つまり第3特別実験中隊は460年以上前に飛ばされてしまったと推測されます」
先程までの喧騒はいつの間にか収まり、ブリーフィングルーム内を沈黙が満たしていた。皆が真剣な表情ではやての報告を聞いている。
「ホールが現れ始めたのは、第3特別実験中隊が過去に飛ばされた直後。そして日本国の各地史跡にホールは現れはじめました。このことから勘案すると、第3特別実験中隊がホールの原因だと考えられます。そこで、わたし達ホール対策特別部隊の任務を発表します」
はやてはそう言って水を一口飲み、そして続けた。
「現地治安維持機関『陸上自衛隊』と合同で前回のタイムスリップした状況を再現します。そして我々も過去にタイムスリップし、第3特別実験中隊を現代に連れ帰ります!!」
最終更新:2009年11月04日 18:27