新暦76年 10月6日 9:00
なのはは途方に暮れていた。
本来ならなのは、フェイト、はやての3人で鹿島の説得に来るはずだったのだが、はやては昨日から突然時空管理局本局からお呼びがかかり、フェイトはまた別のところから呼び出されてしまった。
そんなこんなでなのはは隣にいる、マッチョなサムライと2人っきりで鹿島の住む安アパートにやって来た。
リリカル自衛隊1549 第9話 「説得」
今日は休日なので鹿島は部屋にいると思ったのだが、何度インターホンを鳴らしても鹿島は出て来なかった。家の電話にかけても、留守電に設定されていたのだ。どうやら出かけているらしい。
「困ったな・・・・・・。早く話さないといけないのに・・・・・・」
なのはがそう焦る横で、連れの侍―――七兵衛はずっと黙っていた。体格はがっちりしていて、顔立ちも整っている。
取り敢えずなのはが鹿島の勤める会社に電話すると、鹿島は営業に行っているとの事だった。休日出勤してまで働いているのは、おそらく営業成績が悪いせいだろう。
鹿島が営業に行っていると聞き、なのは達が出直そうとアパートを出た、その時だった。
「なんか用か?」
聞き覚えのある声で振り向くと、背広を雨で濡らした鹿島がそこに立っていた。
「俺が着替え終わったら、さっさと出て行ってくれ。平成のサラリーマンは忙しいんだ」
どうやら鹿島は営業先に傘を忘れてきてしまったらしく、雨に濡れながら着替えに戻ってきたらしい。
鹿島は濡れた背広を脱ぎつつ、なのは達にに言った。他人と関わるのが面倒だとあからさまに言っているようなものだ。
「武士が刀を捨てて商いか」
と、七兵衛が鹿島に問いかける。鹿島は最初、七兵衛が侍だったのに驚いていたが、すぐに慣れたようだった。
七兵衛の問いに、鹿島は
「俺は武士じゃない。第一、今の世の中に職業の貴賎はねえんだ。6年もこっちにいたら、それくらい知ってるだろ」
と、ぶっきらぼうに言い放った。濡れた背広をハンガーにかけ、クローゼットから別の背広(とても安そうな背広だった)を着た鹿島は、
「それで、俺に何の用だ?どうせ俺を連れて来いって頼まれてんだろうが」
となのはに言った。
やはり、この男は鋭い。なのははそう思いつつ、正直に答えた。
「はい・・・。といっても、やっぱり駄目って言うんでしょうね?」
「当たり前だ。こんな世界、守る価値も義理もない。消えた方が、むしろすっきりしていいんじゃないか?」
鹿島の最後の一言に、なのはは少し怒った。
―――わたし達がどんな気持ちで今回の作戦に参加したか、知らないくせに。
なのははそう思い、少し強い口調で話そうとした直前、七兵衛が鹿島の部屋を眺めながら言った。
「おぬしは己の性分に背を向けているように見える。それが平成の世の生き方というなら、わたしもおぬしの言い分を認めよう。そんな世界、消えてしまった方がよい」
「七兵衛さん、何言って―――」
なのはは七兵衛に抗議しようとしたが、七兵衛はなのはの肩を掴み、顔を寄せて
「男同士で話し合った方が早いこともある。高町殿は少し、席を外してくれないか?」
「でも、七兵衛さん・・・」
「頼む。必ず翻意させてみせる」
そう頼まれたので、なのはは渋々部屋から外に出た。傘を広げ、
(これじゃあ来た意味ないじゃん・・・・・・)
と思いつつ、なのははひたすら外で待った。
なのはが部屋を出て行った後、七兵衛は鹿島に向き合った。
鹿島は着替え終わり、さっさと帰れとばかりの視線を向けていたが、七兵衛は無視し、
「おぬしは先程、職業に貴賎はないと言ったな。だが、わたしは貴賎はあると思う。職業ではなく、人の心に」
「・・・・・・」
「うつけが一国の主になることもあれば、無学な百姓に天賦の才が宿ることもある。それが戦国の世だった。
しかしこの平成の世はどうだ?己の思うが侭の行動がとれ、己の才を活かせる。平和で民百姓も死ぬことの無い。それはそれで、十分守るに値する世界だと思うが」
淡々と続ける七兵衛の言葉を、鹿島は黙って聞いていた。
訛りとは違う、400年以上の歳月で変わってしまった日本語のイントネーションが、七兵衛の言葉を重々しく聞こえさせているのだろう。
「・・・だが、この世界は平和なようでいて歪だ。この国は平和だが、他の国じゃ毎日数え切れない人間が、一部の人間の利益の為の紛争で死んでいる。
この国だって、『意見を言わないことが意見』なんて詭弁がまかり通る国だ。政治は国民のご機嫌取りが第一で、国家の為の政治なんて行っていない。俺はそんな世界の為に働きたくはない」
「おぬしは見返りを求めて行動する男なのか?」
最後の一言に、鹿島は虚を突かれた気がした。鹿島は窓から、表に立っているなのはの顔を見つけ、Fユニット時代の自分を思い出した。
あの時、鹿島はは何か守るべきものがあると信じ、Fユニットに参加した。たとえそれが見返りのない行動で、それを知っていても鹿島達はFユニットに居続けた。
いつからだろう。それが虚しいことだと感じ始めるようになったのは?
Fユニットの解散が決まった時?それに抗って的場1佐について行った時?最終的にFユニットの存在そのものが消し去られ、それに失望した時?それとも、その判断に従った的場1佐に、魅力が無くなって、自衛隊を去った時・・・・・・?
「おぬしの過去について、わたしは知らない。知ろうとも思わない。だが、過去は変えられない。変えられるのは、現在という時だけだ」
「変えられるのは、現在だけ・・・・・・」
「わたしと一緒に来た高町殿には養子がいるらしい。その子供は過去につらい経験を重ねてきたと、高町殿は申された。
同時に高町殿は、その子供の為に希望のある未来を残したい、だから作戦に参加したとわたしに語った」
なのはの瞳の輝きは、昔の自分や仲間のに似ていた。その瞳は、何か守るべきものを持つ者の瞳だった。
「神崎殿は、自分の過ちで失ってしまった的場殿を連れ戻したいと言っていた。自分の功名心がゆえに、実験を中止しなかった、そのせいで的場殿達は過去に飛ばされてしまった、と。
最後にもう一度言う。おぬしのような考えの人間ばかりがいるような世界ならば、そんな世界は消え去ってしまえばよい。
だが、おぬしに助けが必要な人間もいることを忘れるな。希望のある未来を求め、そのために全てを投げ出す覚悟のある人間の言葉を、おぬしは無視するのか?」
そう一息に言った後、七兵衛は頭を下げ、鹿島の部屋から出て行った。
すぐに窓から外を覗いた鹿島は、七兵衛となのはがこちらを振り返り、何事か話し合った後車に乗り込むのを見た。
鹿島は部屋の机の引き出しを開け、そこにあった一枚の写真を取り出した。
その写真には、迷彩服を着た若き日の鹿島と仲間達、それと的場が並んで写っていた。
鹿島はその写真をしばらく眺め、そして引き出しに戻し
「やれやれ・・・・・・」
と呟いた。
「七兵衛さん、どうでした?」
なのはは戻って来た七兵衛に対してそう訊いたが、七兵衛は無表情のまま答えた。
「あの男には昔のわたしに通ずる物があると感じた。わたしは思った事を全て伝えた、あとはあの男がどう判断するかだ」
「そんないい加減な・・・・・・」
「なに、今は少し拗ねているようだが、じきに何が正しいことかわかるだろう」
七兵衛はそう語り、鹿島の部屋を振り返った。なのはも鹿島の部屋を眺め、鹿島が窓からこちらを見つめているのに気づいた。
鹿島はしばらくこちらを眺めていたが、すぐに部屋に引っ込んだ。
なのはは七兵衛に促され、不安を感じつつ車に乗り込んだ。
それと同時刻、時空管理局本局にて。
「・・・という訳で私達ホール対策特別部隊は、1週間後の10月13日、12:05に現地治安機関の一部隊『ロメオ隊』と合同作戦を決行。1549年に向かい、歴史の歪みの原因となっている第3特別実験中隊を救出、1週間後に発生する揺り戻しによって現代に帰還します。何か質問はありますか?」
はやては目の前に並んだ管理局のお偉方に向き合い、作戦概要の説明をしていた。この作戦は極秘であり、今まで管理局の大半の幹部はほとんど作戦自体を知らなかった。
そういう作戦を知らない幹部達に現状と作戦の説明のために、はやては本局に呼び戻されたのだ。
「あ~、どうして第97管理外世界の部隊と合同で作戦を行わなければならないのかね?こちらでその、人工磁場シールド装置とやらを作り、タイムスリップしてしまえば良いのでは?資料は現地政府から手に入れたのだろう?」
髭を生やした偉そうな幹部の1人が、いかにも不満であるという口調で言った。管理局では質量兵器は嫌われていて、その質量兵器を扱うロメオ隊と合同作戦を行うのが不満なのだろう、とはやては考えた。
「こちらで人工磁場シールドを建設し、時間転移するという案は既に実行されています。ですが、それらの案は全て失敗しました。
いくら似た状況を作り出しても、何かが違うんです。電磁波、大気成分、重力、磁力・・・・・・。それら以外の何かが。だから、今は第3特別実験中隊が時間転移した東富士演習場で前回と同じ状況を再現し、我々も時間転移するしかないのが現状です。
それに、管理局の存在を知らない第3特別実験中隊と遭遇した場合、彼らがわたし達を敵対部隊と判断する可能性もあります」
はやてが説明すると、髭の幹部は不承不承といった風に頷いた。
実際、管理局は日本政府から「友好的に」手に入れた研究成果を用い、既にあちこちの世界で人工磁場シールドを建設した。しかし、そのどれらも機能しなかった(「友好的」というのは、管理世界化を推し進める云々という脅し文句と、他世界の資源の無償提供という利益をちらつかせたのだ)。
すると、別の若そうな幹部が手を挙げた。
「八神2佐、この作戦に参加する人員の数と、装備の説明をお願いします」
「今回作戦に参加する人員は、陸戦・空戦魔導師、ヘリパイロット、車両運転手や整備員合わせて64人、ロメオ隊の方は、戦闘員、ヘリパイロット、車両運転手とそれら整備士、そして通信士を合わせて58人です。なお装備の方は通常の携行デバイス、銃器の他に、わたし達はJF704式改ヘリ2機、指揮通信車両1両を装備。
ロメオ隊の方は装甲車両6両、指揮通信車両1両、偵察用バイク4台、輸送トラック3両、燃料タンク車2両。航空機は、大型輸送ヘリ2機、偵察ヘリが1機、そして攻撃ヘリコプターが1機です。
ロメオ隊の武器弾薬は、土中分解する薬莢を用いた麻酔弾を主な装備としていますが、通常の実弾も装備・・・」
「ちょ、ちょっと待ってください!実弾はいいとして、何で攻撃ヘリなんで重武装の装備まで持っていくんですか?彼らは戦争をしに行く訳じゃないんでしょう!?」
はやての弁を遮って、中年の女性幹部が声を張り上げた。
そんな事はロメオ隊に言って欲しい、とはやては思いつつ、仕方ないので説明する。
「第3特別実験中隊が意図的に歴史を改変している可能性も考えての結論です。いざという時には、『歴史を狂わせる要因の排除』の為に、第3特別実験中隊の殲滅もやむなし。と、第97管理外世界の政府は考えているようです」
はやてがそう言うと、中年幹部は黙って席に着いた。長話する手間が省けた、とはやては考えつつ、また幹部達を見回した。
「それで、他に質問は?」
最終更新:2009年12月06日 18:38