project nemo_16後編

バックミラーに、強い光が反射する。振り返って確認するまでも無い、夜明けだ。任務の終わりを知らせるように、朝日が山の向こうから昇り始めたのだ。
いい眺めだな、とゆったりシートにもたれ掛かり、メビウス1は大空から眺める景色を楽しんでいた。
夜討ち朝駆けとはこのことか。搭載してきた爆弾を全て投下した愛機、残すは短距離空対空ミサイルのAAM-3が二発、機関砲弾が五一二発。静かにエンジンを唸らせるF-2、どことなく疲れているようにも見えた。
まぁ、慣らし運転もそこそこだったし、な――これまでの働きを労うように、計器をこつんと指先で叩く。同時に胸のうちで生まれた、妙な不満。何だろうと探ってみると、脳裏に浮かぶのは本来の愛機、F-22。使い慣れたあの機体なら、ティアナに獲物を奪われなくて済んだかもしれない。

「……いや、違うな」

ふっと自嘲気味な苦笑い。爆撃を外したのは自分の技量不足だ。二番機の彼女は上手に立ち回った。機体に責任を転嫁するのは、パイロットとして恥ずべき行為。

「どうかしました?」

独り言が、通信機越しに聞こえてしまったらしい。傍らを飛ぶF-15ACTIVE、コクピットにいる少女が心配そうにこちらを見つめていた。
何でもないよ、と答えて適当にあしらうつもりだった――朝日の輝くバックミラーに、瞬きすれば見失いかねない小さな黒点を見つけるまでは。
ティアナの質問に答えず、リボン付きは振り返る。夜明けを知らせる日の出、光の根源の奥に何かいる。くそ、眩しすぎるぞ。

「メビウス2、太陽の方角に何か見えないか? 俺の目玉じゃ眩しくて見えない」
「え、えぇ? えっと――」

魔法の眼なら見えるだろう。そんな期待を込めて、二番機に命令を下す。戸惑いつつも、メビウス2は振り返って背後にある太陽を睨む。大して間を置かずに返答が来た、半分悲鳴のような形で。

「後方、七時方向より、所属不明機……数、八、九、一〇……何あれ!?」

報告を受けて、ようやくメビウス1の眼にも太陽より迫る不明機が見え始めた。一つ、二つ、三つ、一〇まで数えて見るのも嫌になる、おそらくは四〇機ほど。通信にも応答しない、どこの誰だか分からない――いや、こういう場合あの手の奴らが何者なのか決まってる。
まずい、と思考に不愉快な感覚が走った。空対空装備満載なら蹴散らしてやれるが、今回はそうも行かない。二発のミサイルと機関砲、これだけでやるしかない。事情はティアナも同じ、せいぜい短距離空対空ミサイルが二発ほど多いだけ。
援軍は――通信機に手を伸ばし、リボン付きは表情を歪めた。ヘッドホンに入ってきたのは耳障りな雑音、ただそれだけ。
振り返って二番機に眼をやる。彼女も耳に手を当て、通信が駄目だと身振り手振りで伝えてきた。ベルカの連中、お決まりのECMか。

「――逃げてばかりでも、しょうがないな」

絶望と言えば、そうかもしれない。だけども、エースは諦めない。例え本心は泣き出したくて逃げ出したくても、だ。
やるぞ、とメビウス1はキャノピー越しにティアナに伝える。意思が伝わったらしい彼女は驚きつつも、はっきり親指を立てて頷いた。
圧倒的な戦力差。それにも構わず二つのリボンは大きく旋回して反転、不明機編隊に正面から立ち向かう。



冗談じゃないわよ。
太陽の方角から湧いて出てきた大群。ティアナが表情を歪めるのも無理は無い。蜂の巣でも突いたかのように、所属不明機の群れは一切迷わずこちらに向け直進してくる。蜂の巣、あの核弾頭がひょっとしてそうだったのか。もっとも、出てきたのはF/A-18ではなく――愛称はホーネット、すなわち蜂――ではなく、F-35Bだったが。弾薬も燃料も心細いと言うのに、あんな数など相手に出来るものか。通信機も駄目だ、おそらくはジャミング。
だけども編隊長はやる気らしい。F-2のコクピットで、パイロットが右の拳を突き上げやるぞ、と伝えてきた。驚きつつも、彼女の胸のうちには一種の諦めが芽生えていた。どうせ援軍も呼べないのなら、暴れるだけ暴れてやろう。通信がシャットアウトしたため、左手の親指を立てて頷く。それを認めたメビウス1は主翼を翻し旋回、敵編隊へと向かう。ティアナも操縦桿を薙ぎ払い、ラダーペダルを踏み込む。追従旋回、編隊長機の後を追う。

「レーダー探知できる?」
<<Negative Contact>>

駄目元でクロスミラージュに尋ねてみたが、やはりレーダー探知は不可能らしい。さすがステルス戦闘機、頼れるのは己の眼と腕のみか。
夜が明けたばかりの青空、数で勝る敵編隊は青のキャンパスの上に大きく広がり、包囲する構えだ。中距離空対空ミサイルは撃って来ない、重量軽減のために軽装備なのだろう。無駄だと思いつつ、彼女は火器管制担当のデバイスにAPG-63レーダーをドックファイトモードに切り替えさせた。
セオリー通りやるなら、自分は編隊長の援護に徹するべきだ。メビウス1が攻撃を担当し、ティアナは邪魔が入らないよう後方から援護する。二機編隊の基本だが――一番機、蒼い翼に眼をやる。コクピットにいる彼は、手を振って何らかの指示を出してきた。
――散れ。

「了解……!」

編隊長の意図するところを理解するや、ティアナは操縦桿を右に倒す。左主翼を垂直に立て、愛機はたちまち右旋回。メビウス1のF-2と別行動を取る。
敵機は四〇機以上、編隊を固持しても大して意味は無い。懐に飛び込んで掻き回す。そこまで考えて、少女は思考の回転を止めた。あとはひたすら、本能の赴くままに飛ぶだけ。
アフターバーナー点火、己が心臓の鼓動を爆発的に強め、荒鷲は超音速の世界に行く。まっすぐ突っ込んでくるティアナ機を認めた敵機の群れ、右と左に一〇機ずつに別れ包囲する構えだ。途端にコクピットに鳴り響く、不快な甲高い高音。F-35Bが一斉にロックオンを仕掛けてきたのだろう。
フレアを、と計器に伸びようとした少女の手が止まった。戦闘の最中であったにも関わらず、ティアナは酸素マスクのうちで何か思いついたように笑みを見せた。

「クロスミラージュ、合図したら詠唱代行して」
<<OK>>

マスターの意図を察したデバイスは、ただちに準備に入った。その間に、ティアナは青空に浮かぶ二〇個以上の黒点と距離を見極めるべく睨めっこ。
三、二、一と心の中でカウント。数字がゼロになった瞬間、クロスミラージュに向けてやって、と命令を下す。
瞬間、F-35Bの編隊に明らかな動揺が走った――ロックオン警報が鳴り止む。目論みは当たった。
一機しかいなかったはずのF-15ACTIVEが、六機に"分裂"してみせたのだ。どれも機動はまったく同じ、影も形も瓜二つ。例によって生命反応が検知出来ない敵機は大きく混乱し、本命以外のものをロックオンしている。フェイクシルエット、幻術使いの彼女だからこそ出来る、高度な妨害手段。
ほら、どいたどいた――動揺する敵編隊に機首を向け、少女の駆る荒鷲は逆襲を開始――手加減なんか利かないんだから。

「フォックス2!」

適当な目標をロックオンし、クロスミラージュが事前に選択しておいた兵装、AIM-9サイドワインダーを発射。主の命を受けたミサイルは魔力推進のモーターに火を灯し、敵機に向かって白い尾を引きながら突撃する――フェイクシルエットで生み出した、ダミーも同じく。もちろんダミーの放ったAIM-9もまたダミーだが、見た目の上では六機編隊の一斉発射、実質一発しか放たれていないミサイルにF-35の編隊はワラワラと逃げ惑う。
不幸にもその一発の標的にされた敵機、必死に回避を試みるも、無慈悲な一撃がそれを粉砕する。撃墜、青のキャンパス上で赤い炎の花が咲く。
燃え落ちていくF-35Bの残骸には気にも止めず、次、とティアナは口走った。五機の幻影は役目を終えて、さっと姿を消す。
バラバラになった敵編隊の合間を突っ切り、F-15ACTIVEは一旦離脱。少女の右手が操縦桿を手前に引く、急上昇。
残りの奴らは――ビリビリと、ハイパワーなエンジンの鼓動で揺れるコクピット。圧し掛かるGは体重のおよそ三倍。首は動かせないが、目玉だけはしっかりバックミラーに映る敵影を捉えていた。仲間を喰われたF-35B、編隊を組みなおし追いかけてくる。
決して、振り切れない訳ではない。少女の駆る荒鷲は、一時は世界記録すら保持するほどの上昇性能を持っていた。
だけども、彼女の下した判断は――エンジン・スロットルレバーにかけた左手を、思い切り引く。狂ったようにダンスしていた高度計の数値、動きが途端に鈍り、F-35Bとの距離が一気に縮まっていく。

「よっ、と」

勢いのなくなったF-15ACTIVEは、もうフラフラだった。高度を維持するのが精一杯、これ以上余計な操作が入れば、失速してしまうほどに。
ティアナは、それをやった。右足でラダーペダルを踏み込む。垂直尾翼の方向舵がくっと曲がり、機首が右に傾く――ガクッと、重力に引かれたように愛機は反転した。ストールターン、失速反転。同時にコクピットを包む、身体が浮くような感覚。ほぼ0G、宇宙空間と同じだ。
天から大地へ、進む向きを変えた荒鷲は正面に自分を追ってきた敵機を捉える。高速で迫る彼らは、しかしいきなりの急反転に戸惑ったまま、すぐ傍らを通り過ぎていく。
どっと衝撃。翼と翼が掠め合い、ぎりぎりのところで正面衝突は避けられた。怖くない――嘘だ。うわ、とティアナは短い悲鳴を上げていた。

「死ぬかと思ったわ――」
<<Still alive>>

まだ生きてますよ、とデバイスが主の呟きに答えた。それを聞き、恐怖に染まっていた少女の表情が笑みに変わる。その通り、まだ生きている。勝負はこれからだ。
ずれかけた酸素マスクを固定し直し、短く深呼吸。押し下げたエンジン・スロットルレバーを、今度は奥まで叩き込む。通常推力最大、さらに操縦桿を引く。圧し掛かってくるような強いGがティアナを襲い、F-15ACTIVEは鋭く主翼先端から白い糸を引きつつ、降下から水平飛行、水平飛行から再び上昇に入った。すれ違った敵編隊が、再び彼女の眼に映る――あれ、と夜明けの青空に奇妙な違和感を覚えた。
自分に群がってきた敵機はおよそ二〇機。一機は撃墜した。そのはずなのだが、青の世界に浮かぶ黒点は一五機ほどしかいない。残りはどこに行った。
疑問を抱えたまま、しかし背後に敵の姿はない。いや、それよりもだ――目の前に獲物がいる。
奥まで叩き込んだエンジン・スロットルレバーを、さらに奥へ。メカニカルな音を鳴らし、アフターバーナー点火。背中に軽く蹴られたような衝撃があって、速度計の数値が吹っ飛ぶ。天へと向けて、荒鷲は赤いジェットの炎を持って突き進む。敵編隊は左右に散開するが、もう遅い。逃げ遅れた哀れなF-35Bを見つけ、ロックオン。IRトーンと呼ばれる電子音が耳に入るなり、ティアナは操縦桿の頂点にある発射スイッチに指をかけた。

「当たってよ、フォックス2!」

主翼下、AIM-9が主の命令を受けて飛び出す。あらかじめ発射母機が加速していたため、ロケットモーターに火を灯してからの速度は半端なものではない。
直撃。クロスミラージュが「Kill」と撃墜を確認、青空の向こうでミサイルの直撃を食らった敵機が木っ端微塵に吹き飛ぶ。
これで二機目――甲高い高音。喜びを噛み締めるティアナの耳に、死神の笑い声が入ってきた。ロックオン警報だ。

<<Master,Check 6>>

デバイスからの警告。そこで初めて、彼女は後方に四機のF-35Bが食いついていることを知った。上空に逃げた奴らと、別れて行動していたのか。だとしたら――屈辱に少女の顔が歪む。敵機の狙いは最初からこれだった。罠に嵌るとは、なんて無様な。
忘れていた。JS事変の時に現れた無人機と、今回の敵は違う。同じ無人でも、彼らは人間、拉致したパイロットたちのデータをコピーしたもの。策の一つや二つ、練っていてもおかしくないのだ。
そこまで考えて、ティアナは思考を断ち切った。警報は鳴り止まない、今はひたすら逃げるべきだ。
ラダーペダルを交互に、かつランダムに踏み込む。左右に機首を振って、F-15ACTIVEは逃げ惑う。ガクガクとコクピットで身体を揺らされ、それでも少女は決してめげない。何とかして振り切らなければ。
荒鷲を追う四機のF-35Bは、二機ずつの編隊に別れた。一個編隊がティアナ機の後方上位に位置し、もう一個が後方下位に。

「上昇も降下もさせないつもり!?」

揺れるコクピットの中で背後を振り返るティアナ、露骨に舌打ち。上に逃げれば食いつかれるし、下に逃げれば待ち伏せされる。どうあっても、敵機はこちらを逃がさない魂胆だ。
追う者が一転、追われる者に。歯を噛み鳴らし、彼女はフレアの放出ボタンを叩いた。右へ左へダンスしながら、F-15ACTIVEはチャフ/フレア・ディスペンサーから赤い炎の塊を散布する。途端に、機内を支配していた甲高い高音が鳴り止んだ。敵機からのロックオンが、フレアに移行したのだ。
この隙に――酸素マスク内で、彼女は難解な詠唱を口走る。終わった瞬間、一匹だった荒鷲は三匹に分裂した。フェイクシルエットに、囮になってもらう。
ぶんっと、何かがキャノピーの外で掠めた。はっとなって振り返れば、少女の顔が驚愕と恐怖に染まる。視界いっぱいに広がるのは、自身を狙って飛んできた赤い曳光弾。
ぐるりと洗濯機にでもぶち込まれたかのように、視界が反転。無意識のうちに、ティアナは操縦桿を倒していた。主翼を跳ね上げ、F-15ACTIVEは大きく左にロールする。計算も何もない我武者羅な機動、放たれた弾丸は一発たりとも命中しなかった。生と死の交差、死すべき運命から、紙一重で逃れられた。
暴れる機体をどうにか立て直し、ようやく彼女は敵機の意図を読んだ。機関砲なら、フレアをばら撒かれても支障はない。純粋に機動で回避するしかない。
そうだ、フェイクシルエット――藁にもすがる思いで周囲を見渡す。キャノピーの向こうに、自分が生み出した幻影はいなかった。機関砲弾を食らって諸共殲滅されてしまったか。

<<Master,break!>>

クロスミラージュからの警告が聞こえた時には、もう遅かった。振り返った先に、敵機の姿があった。機関砲の必中距離、どう動いても回避不能。
迫るF-35B、ティアナは決して目を逸らさない。睨みつけてやるが、精一杯の抵抗だった。
――真横から、赤い弾丸の群れ。完璧な不意打ちだったのだろう。F-35Bはボロ雑巾のように弄ばれ、ガクッと機首を落とす。その直後、青空のはるか向こうから蒼い翼が姿を見せる。F-2、尾翼にリボンのマーク。

「メビウス1……!?」

散開の指示を出した後も、彼はしっかり二番機の様子を見ていたのだろうか。ともかくも敵機を撃墜したリボン付きは、ティアナ機に接近し、ハンドサインを送る――逃げろ。
手短に命令を伝え、F-2はさっと翼を翻す。急速反転、逃げを打った新たな獲物に、敵機の群れは狼の如く飛び掛っていった。せっかくのチャンスを潰された挙句、仲間を奪われたF-35Bの動きには怒りすら感じられた。
駄目。青空の向こうにかっ飛んでいく鋼鉄の翼たちを見て、ティアナは叫んでいた。いくらメビウス1と言えど、あんな数を一度に相手したら。
決して、彼の技量を甘く見ている訳ではない。だが、現に蒼い翼は上下左右に踊り狂うも、敵編隊は少しずつ包囲の輪を縮めつつあった。
この、と彼女は操縦桿を前に突いた。引っ張られるようなマイナスG、血の巡りが頭部に集中し、視界が赤くなっていく――構ってられない。身体強化の魔法を行使、どうにか血の流れを正常な状態に押し戻す。降下に入ったF-15ACTIVE、一瞬だけ水蒸気の白いマントを羽織り窮地に陥る一番機の元へ向かう。

「邪魔っ」

ティアナ機の接近を察し、一機のF-35Bが目標をメビウス1からメビウス2へ変更。反転してきた黒い影に向けて、彼女は怒鳴っていた。併せて引き金を引く――事前に相棒が火器管制装置を操作、M61A1をセット。
わずか一秒、空に響いた野獣の唸り声は敵機を粉砕するのに充分なものだった。F-35Bは頭から一〇〇発もの二〇ミリ弾の直撃を浴び、バラバラに砕け散る。
撃墜機数をカウントする余裕はない。少女の瞳はまっすぐ、逃げ惑う編隊長にのみ向けられていた。もう少し、周りの敵に機関砲の一連射でも浴びせることが出来たら。
愛機のコクピットで悲鳴が上がる。誰のものかと思えば、自分のものだとティアナは気付いた――敵機、ミサイルを発射。一発ではない、複数、六発。青の世界の中で、無慈悲な質量兵器の白煙が伸びていく。その先にいたのは、リボンを付けた戦闘機。
避けられない。間に合わない。届かない。絶望を意味する言葉が、脳裏をよぎっていく。
これじゃあ、名前負けよ。あたしのコールサイン、"メビウス2"は――!
レーダーに魔力反応があったのは、まさにその瞬間であった。



これは、無理か――!?
二番機の危機を見つけて飛び出したはいいが、今度は自分が危機に陥っている。コクピット内に響くミサイルアラート、死神の鎌はもうすぐそこまで迫っていた。振り返るメビウス1の視線の先にあるのは、見るのも嫌になるミサイルが複数。フレアを撒いても駄目だ、必ず何発かはこちらに突っ込んで来る。
回避機動も間に合わない。ならどうすれば――逃げ出したい本心とは裏腹に、本能は最後の瞬間まで戦闘機乗りであろうとした。
キャノピーの向こう、迫るミサイル。横から見覚えのある影が飛び出して来なければ、愛機F-2は炎に包まれただろう。
誰だ、あれは? 言いかけて、背中に衝撃があった。ハーネスで固定していたはずの身体が、前のめりになってしまう。その体勢で、メビウス1は計器に手を伸ばす。ダメージチェック、機体、パイロット共に損傷無し。ひとまず死ぬのは免れたようだ。

「まったく、世話が焼ける。エースパイロットってのはこんなもんかい?」

命の恩人が愛機のすぐ傍らにやって来て、彼はかっと眼を見開いた。誰かと思えば、あの優男は――

「ユーノ!? お前飛べたのか!? ミサイルは!?」
「なんか屈辱的な驚き方だな……」

ポリポリとこめかみを書き、メビウス1のF-2と併走するのはユーノ。普段は無限書庫でオフィス勤務も同然だろうに、この時ばかりは法衣にも似たバリアジャケットで実戦装備の様子だ。
――警報。感動の再会ではないが、敵機は話す暇もくれないらしい。ミサイル攻撃の第一波が防がれたことで、第二波が襲来したのだ。青空に描かれる白線の数は先ほどより多い、八本。まっすぐ戦闘機と魔導師を狙う。

「よく見ておいてくれ。これが、僕の戦い方だ」

リボン付きがフレアの放出ボタンに手を伸ばそうとした瞬間、傍らの司書長は何を思ったか上昇反転、迫るミサイルに真っ向から立ち向かう。
あの馬鹿、何するつもりだ。バックミラーに浮かぶユーノは、足元にミッドチルダ式と呼ばれる魔法陣を展開。複雑な詠唱を手早く終えて、緑色に光る障壁を張った。
小ざかしくも前に立ちはだかる魔導師、質量兵器の群れは加速し己が使命を果たそうとして、魔法の壁に突撃――衝突、起爆。八発に及ぶ直撃弾、炎と衝撃がユーノの周囲を弄った――爆炎が晴れる。障壁には一切のダメージ無し。
驚愕のあまり、メビウス1は思わずヘルメットのバイザーを上げた。信じられないものを見たように、今度は振り返って直接確認。しつこく機関砲で打撃を浴びているはずなのに、障壁を生み出した本人は得意げに笑う余裕すら見せた。
魔導師、いや、司書長恐るべしか。攻撃魔法の類は持ち合わせていないようだが、空対空ミサイルとは言え何発もの同時着弾を耐え抜く防御力は、それだけで立派な武器と言える。こいつに後ろを守ってもらえば、逃げ切ることも不可能では――知らず知らずのうちに、彼の思考は口から漏れていた。それを聞いて、ユーノの声が否定に入る。

「僕はともかく、彼女やあの人たちが逃げるとは思えないな」
「何――」

疑問の言葉を口走った時には、もう遅かった。空が割れるとは、きっとこのことだろう。
雲一つもないはずなのに、天から雷の矢が降り注ぐ。メビウス2、ティアナ機に付き纏う敵機を狙ったそれはことごとく直撃し、片っ端から撃墜していく。
烈火の炎が、鋼鉄の翼を大気諸共燃やし尽くす。逃げる奴らは容赦なく、空から降ってきた鉄球によって胴体をぶち抜かれる。
かろうじて難を逃れたF-35Bはどうにか編隊を再編成し、自分たちを追い詰めた憎い敵に向けて反撃を試みる――それを遮る、ミサイルの雨。よりにもよって自分たちのそれと同じ攻撃手段を浴び、なす術もないまま彼らは追い立てられていった。
通信回復。途端に、聞き覚えのある声が次から次へと入ってきた。どれも頼もしい、仲間たちのもの。

「ライトニング1、交戦。遅れてごめんね、二人とも」
「ライトニング2、シグナムだ。今までの礼といこう」
「こちらスターズ2、戦闘開始。よぉ、おい。生きてるな?」
「フェイトさん!? シグナム副隊長、ヴィータ副隊長まで……」

追撃から解放されたばかりの二番機から、驚愕の声。
本局からの増援。フェイト、シグナム、ヴィータ。かつての機動六課の主要な空戦戦力、これだけでも相当なものだが、味方はこれに止まらない。

「スカイキッド交戦。パーティーならここで開こう!」
「ウィンドホバー、戦闘空域に入った。メビウスチームを支援する」
「こちらアヴァランチ、ツケを返しに来た。天使とダンスだぜぃ」
「お前ら……わざわざ来てくれたってのか」

ミッドの同じ戦闘機乗りたちの出現、一番機からは感激の声。
地上本部戦闘機隊、スカイキッド、ウィンドホバー、アヴァランチ。それぞれMir-2000、F-16C、F/A-18Fを駆る彼らの実力は、メビウス1もよく知るところである。これで、本局と地上の合同エース編隊。並みの戦力では立ち向かうことすら叶わない集団に、どうしてF-35Bの編隊が勝てようか。

「空中管制機ゴーストアイより全軍、敵機を叩きのめしてやれ」
「ゴーストアイから通信を借りて、こちらロングアーチ。もう遠慮はなんもいらんで!」

耳障りなジャミングをECCMで止めてくれたのは、E-767、空中管制機ゴーストアイ。同乗して指揮の補佐に入るのははやて。
こいつは――文字通り、片っ端から蹴散らされる哀れな敵機を見て、メビウス1はため息を漏らすほかなかった。諦めなどの負の感情ではない。かつての戦友たちが、一挙集結して助けに来てくれたのだ。感嘆のため息の他に、何を漏らすと言うのか。

「なるほど、オールキャストか。感謝するよ」
「まだ早いよ」

すでに追われる心配はなくなった。友軍を連れてきたユーノに視線を向けて、キャノピー越しにリボン付きは感謝の言葉。
だと言うのに、彼は首を振ってまだ何かあるような言い草をした。今度は何だよ、と喜び疲れたような顔でメビウス1は顔を上げた。
――空から、桜色の閃光。人智を超えた破壊力を秘めたその光は、もはや逃げることもままならない敵編隊に向けてその力を解き放つ。大気に穴が空きそうな一撃は、最後の一機に至るまで敵機を飲み込んでいった。
嘘だろ、とリボン付きは呟く。だって彼女は、もう飛ぶにはあまりにも危険な身体のはずなのに。

「お待たせしましたっ」

そのはずなのに、一仕事終えた後の笑顔は妙に爽やかで。やたらと不敵な様子で。隠している不調など、微塵も感じさせずに。

「スターズ1、最後の敵機をキル。これで貸し二つですね、メビウス1?」

ご丁寧に数字まで付けて、彼のコールサインを呼ぶのはエースオブエース、高町なのは。
もはや、リボン付きの脳裏に言葉は思いつかなかった。なんでお前らここにいる。市民たちはどうなったんだ。ユーノ、どうして彼女を連れてきた。なのは、身体は、眼の調子は大丈夫なのか。聞きたいことは山ほどあるが、目の前で繰り広げられた一方的なダンスパーティーは、彼に考える力を与えない。
だから、精一杯、今言える言葉を。ゴーストアイが戦闘終了を宣言し、全機に帰還を命令するのを待って、メビウス1を口を開く。

「ありがとよ、エース一同」



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最終更新:2010年01月11日 11:10