Call of Lyrical 4_10

――誰かと思えばお前か。七年前の飲み代とタクシーの代金、いつになったら返すんだ?


――もう時効だ、マクミラン。それに佐官になったんだろう? たかだか上物のウイスキー七本分の代金くらい、気にしなくていいはずだ。



――お前こそ中将になってるんだろう、タクシー代くらいすぐ払えるはずだぞ。


――ゲイズ家の財布は娘の手で管理されている。


――……お前、結構苦労してるんだな。


――司令官になってから苦労続きだ。予算も無ければ人員も少ない、こんな状況で治安を維持してきた先代の連中には頭が下がる。


――そして、今回も苦労を抱えて俺に電話してきたと。まさか、愚痴を言うために我が大英帝国政府と管理局のホットラインを使った訳じゃあるまい?


――さすがにお見通しか。そうだ、お前に一つ頼みがある。


――金以外の話なら、承ろうか。



Call of Lyrical 4


第10話 父の罪/ジャージ男を追え!



SIDE 時空管理局



四日目 時刻 2105
ロシア政府軍駐屯地 射撃訓練場
クロノ・ハラオウン執務官


手渡された品物は、使い慣れた魔法の杖と違ってどこまでも金属質だった。
バリアジャケットを解除して露になった素手、そこに伝わるひんやりとした質感、ずしりと来る重量感。とは言え、普段使っているデュランダル、それ以前のS2Uと比較しても頼りないように思う。
こんなチャチな工業生産品に――M1911A1コルト・ガバメント。マン・ストッピングパワーの高い四五口径拳銃の代表格――彼らは命を預けているのか? 実に信じがたい話である。
傍らにいる戦友、チャチな工業生産品に命を預ける張本人は、しかし気を悪くした様子はない。むしろ、ニヤニヤとした気色の悪い笑みを浮かべて、クロノに一枚のコインを渡す。

「いいか? コインを銃身の上に載せるんだ。弾が入ってない状態で、引き金を引く。コインが落ちなきゃよく出来ました、とね」
「落としてしまったら?」
「その時は下手くそって言ってやるよ」

それは嫌だな、と。
教えてもらったばかりの銃の操作を行いながら、クロノの表情は動揺の欠片も感じられなかった。スライドを引いて、M1911A1の銃身の上にコインを載せる。ツーハンドホールド、両手で拳銃のグリップを握り、しっかり保持。引き金に右手の人差し指をかけ――カチンッと、弾の込められていないM1911A1は小さく機械音を鳴らすだけ。だと言うのに、同時に生じた微かな反動は、銃身の上のコインのバランスを大きく崩す。あっと間抜けな声を上げた時にはもう遅く、地面に金属音が鳴った。

「下手くそ」

戦友、ソープは宣言通り魔法使いの彼に言い放つ。むっと表情を曲げるクロノからM1911A1を奪い取り、同じようにコインを乗せてスライドを引き、引き金を引く。コインは、落ちない。
どんなもんよ、と自慢げに笑うSAS隊員に、しかし彼は納得した様子ではない。

「――どうせ僕は使わないよ」
「そういうなよ、もしかしたら使う機会があるかもしれないだろ?」

無い、とクロノは頑なに否定。登録さえすれば管理局員でも銃の類は使用可能とされているが、そうまでして使うつもりは彼には無かった。使い慣れた魔法の杖の方がやり易いし、何より実績がある。今回だって、ソープから「試しに」と誘いがなければ彼は銃に見向きもしなかっただろう。
そうかい、と戦友の反応にソープは少し残念そう。射撃訓練場を管理するロシア政府軍兵士に拳銃を返し、クロノを連れて出て行くことにした。
休憩の大半は、睡眠で終わってしまった。死地を脱してまだ一日も経っていない彼らは、再び戦場に舞い降りることになる。



「よし、親玉の一人は片付いた」

ブリーフィングルームで、陽気な黒人が赤ペン片手に一枚の写真を手に取っていた。諜報機関が苦労して入手したと言うそれは要するに、超国家主義者の重要メンバーが一同に会した場面を写した
もの。テロリストの親玉たち、悪人たちの集合写真。もっとも写真の中のそれは、あまり和やかなムードとは言えないのだが。
黒人、米海兵隊所属のグリッグは赤ペンのキャップを外し、写真の中の一人に×をつけた――ベレー帽を被った軍服の男、アル・アサド。中東の大爆発を引き起こし、グリッグの仲間を数万人単位で奪った張本人。仇を取ったとしたいところなのだが、それにしては浮かない表情をする面子がいた。SAS、イギリス陸軍特殊部隊の面子である。

「まだだ。奴は君の戦友を殺した真犯人ではない。残念だが」

髭面の指揮官、プライスはグリッグより写真を奪い取り、手近にあったホワイトボードに貼り付ける。
無論、中東で核爆発を――厳密には違う、と言う報告もあがっているが――引き起こしたのは間違いなくアル・アサドだ。だが、彼をそうした凶行に走らせた者が背後にいる。麻薬の常習犯を逮捕しても、売人を捕まえない限り同じ悲劇が繰り返されるだろう。
プライスの視線が写真の中の一人に注がれ、それに気付いた副官ギャズが口を開く。

「イムラン・ザカエフですか? 奴は神出鬼没ですよ、諜報部は行方を見失っています」

とんとん、と。人差し指で件の人物を叩くギャズの言う通り、一連の事件の元凶、イムラン・ザカエフは現在行方知らずだった。CIAにしろMI-6にしろ管理局の諜報部にしろ、彼の動向は依然として掴めていない。ザカエフとは、すなわちそういう男である。

「そこで、奴を探し出す計画がある」

だけども、まったくの打つ手無しと言う訳ではないらしい。プライスの言葉に、グリッグがすばやく反応する。

「続けてください」

無言のまま、指揮官は写真の中の一人を指差す――青いジャージを着た男。

「息子か」
「ヴィクトル・ザカエフ。超国家主義者たちのナンバー2と言ったところだな」

プライスは諜報部より受け取った件の人物の写真を何枚か持ち出し、テーブルの上に。それまで黙っていた二人の若者、ソープとクロノはそれぞれ写真を手に取り、怪訝な表情を露にする。
ソープが手に取った写真――ジャージの男がリュックサックを背負い、どこかの爆発炎上する施設を背景に立ち去ろうとしていた。狙って撮ったのだとすれば、諜報部の人間は間違いなく確信犯であろう。だって、ジャージである。青ジャージである。おそらく破壊工作か何かの途中だったのだろうが、ジャージ一枚でこの男は任務を完遂したのか。とんでもない鉄人、いやジャージ人である。
クロノが手に取った写真――ジャージの男がAK-47を手に、死体や装甲車の残骸がゴロゴロ転がっている最中を平然とした顔で歩いている。ジャージさえ写ってなければ、戦争の悲惨さを捉えた一枚として何かしら賞を取れそうな気もする。しかし、ジャージである。青ジャージである。ジャージ一枚が写り込む、たったこれだけで写真の持つ残酷な光景のイメージが、完膚なきにまで破壊されている。ジャージ恐るべし。
何だか書いてて疲れてきた。COD4なんてドンパチしかない話とクロスするもんだから、こういうギャグに使えるネタは貴重だと思ったのだが。ちょっとやりすぎたかもしれない。反省するばかりである。しかしジャージ一枚のせいでこんなメタな文章を書かせるのだから、本当にジャージって恐ろしい。
――閑話休題。もうジャージはそっとしといてやろう。
写真を手に目を白黒させる若者たちを余所に、プライスとグリッグはてきぱき話を進めていく。

「ロシア政府軍のカマロフが居場所を突き止めた」
「で、この息子なら父親の居場所も当然知っているだろうと」

父の罪か、とギャズの呟き。なるほど、息子もテロリストの一味には違いないが、父の行いに口を挟む余地はないだろう。彼は、父親の居場所を聞き出すためだけに狙われることになる。
その時、ようやく写真から目を離したソープが質問です、と手を上げた。僕も、とクロノも続く。指揮官は怪訝な表情を露にしつつも、質問を許可した。

「このザカエフの息子なんですが」
「どうしてジャージなんでしょう」
「知らんがな」



SIDE SAS



五日目 時刻 0634
ロシア南部
ジョン・"ソープ"・マクダヴィッシュ軍曹


まだ太陽が顔を出して間もない頃。早朝のうちに駐屯地を発ったSAS一行は、ロシア南部にあるスクラップヤードに一旦集合した。今回はロシア政府軍の協力を得られており、カマロフ軍曹率いる陸軍部隊も同行している。
さて、本日の武装は――ソープは、両手にずしりと頼もしい重さを感じさせる木と鉄の塊に目をやった――レミントンM700狙撃銃。初登場は一九六二年と古いが、単純かつ堅牢な構造に優れた命中精
度は現代に至ってなお色褪せない。ボルトアクションライフルの代名詞とも言うべき名銃である。
あとはサイドアームとしてM1911A1拳銃。こちらも歴史と伝統のある傑作自動拳銃だが、今回はそう使うことはないかもしれない。

「……にしても、お前はいつも同じ格好だな」
「これがミッドチルダのスタンダードなのさ」

傍らにいる少年、クロノに声をかける。異世界より現われし魔法使いの彼は、ソープと違っていつもの黒いバリアジャケット、魔法の杖たるデュランダル。任務に合わせて装備を変更するのはどこで
も共通のはずなのだが、魔法とやらの汎用性は九七管理外世界の常識を超えているようだ。軽そうで羨ましい、とは後のソープのぼやき。

「ブラボー6、こちらヴァルチャー16だ。ECM起動、通信を妨害中。いつでもどうぞ」

唐突に、ヘリからの通信。了解、とプライスが答えて左手を振り下ろす。前進、兵士たちは駆け出していく。
スクラップヤードを抜けた先には、超国家主義者たちの検問があった。元は道路を行く通行人を目当てに営業していたガソリンスタンド、店主がいなくなってもお客様だけは迎えていた――みんなテロリストばかりだけども。事前の情報収集により、あと二時間もすれば目標の人物がここを通過することが判明していた。早急に敵を片付け、SASとロシア政府軍は待ち伏せする構え。

「ソープ、そこのゴミ箱に陣取れ。合図したら監視塔の敵を撃て。残りは俺に続け」
「了解」

指揮官に命令されるがまま、ソープは古びた鉄のゴミ箱に飛び乗る。M700の銃床をしっかり肩に押し当て、左手で銃身を握る。グリップを右手で握り締め、狙撃スコープを覗き込む。レンズの向こ
うに見えた監視塔、その上で銃を手にした敵兵が二人。交代が来るのが遅れているのか、揃って欠伸をしていた。これなら事前に気付かれる、ということもあるまい。
人差し指をひんやりとした引き金にかけ、兵士は命令を待つ。

「ソープ、撃て」

ほら来た。息をすっと吸い込み、酸素を閉じ込めるようにして呼吸を止める。そのままではフラフラと落ち着きなく揺れていた照準が静かに止まり、敵兵への狙いが定まった。二度目の欠伸をする敵の頭部目掛けて、撃つ。
ドンッと銃声。反動で銃口が跳ね上がり、しかし決して訓練された兵士は動揺しない。狙撃スコープの向こうで敵兵がひっくり返るのと同時に、ボルトを握って引き、奥に戻す。銃の命たる銃弾が押し込まれ、空になった薬莢が金属音を鳴らして弾き出される。わずかに一呼吸を置いただけで再び照準、何事かと慌てるもう一人の敵を狙う――発砲、射殺。これで監視塔から狙い撃ちされる恐れはなくなった。
Move! Move! Move! 指揮官の号令が飛び、兵士たちは一斉に飛び出す。惰眠を貪っていた敵兵たちは銃声によって叩き起こされ、今度は銃弾によって再び眠りについていく。違いがあるとすれば、今度は二度と目覚めないことだろう。
狙撃スコープをずらしてみると、テロリストたちの寝床になっていたガソリンスタンドの屋上に人影が見えた――まずい、と彼は口走る。RPG-7、対戦車ロケットを持った敵兵が複数。対戦車と名は付いているが、威力と射程は歩兵にとっても充分過ぎるほどに脅威となる。ただちに狙い撃とうとして、スコープの端に青白い閃光が映った。
屋上に降り立ったそれはRPGを持った敵の背後に忍び寄り、魔力付与された打撃を持って相手を薙ぎ払っていく。クロノめ、それは俺の獲物だぞ。
とは言え、奇襲を受けたテロリストたちになす術などなかった。最後の銃声が止み、スタンド内に乗り込んだグリッグが左手で親指を立てている。クリア、敵はもういない。

「クリア、楽勝だな」
「よし、死体を隠せ。敵の服を奪うんだ」

はい?と突拍子もないことを言い出したプライスに、兵士たちは目を丸くする。待ち伏せするのに、どうして敵の服が必要なのだ。

「敵は検問を潰されたとは思ってもないはずだ。変装して欺くぞ――カマロフ、部下を配置してくれ。奴らの運転手と話しをさせて時間稼ぎだ、息子を見つけるまでな」

なるほど、そういうことか。納得してみせたソープは、しかしふと思う。服を奪ったからと言って、そう簡単にロシア人を騙せるものなのだろうか。
疑問を余所に、プライスは急かすように指示を下す。

「時間がないぞ、すぐに取り掛かれ」



――二時間後。

「お前、ひどい格好だな」

ぷぷ、と露骨に笑う黒人に、兵士は不機嫌な表情を露にした。もちろん好きで着ている訳ではないのは分かっているはずだが、それにしても笑うことはないだろう。
予定通り、超国家主義者たちの服を奪い変装したソープではあったが、ほとんど無様と言っていいほどに似合っていなかった。新米、それもピッカピカの一年生なSAS隊員がアウトローでテロリストな連中に成りきれるはずがないのだ。
まぁ俺もロシア人には見えっこないからな、と語るグリッグの言うように、変装したはいいがとてもテロリストを騙せるようなものではないと判断された者は地上ではなく、監視塔に回された。唯一例外としてクロノだけが、地上で姿を隠している。拘束魔法が今回のような"誘拐"任務には――言い方は悪いが間違ってはいない――適しているとプライスの判断だった。

「ブラボー6、こちらヴァルチャー16」

通信機に、天の声。現場上空を監視している友軍ヘリからだ。そろそろか、とソープは立ち上がり、先ほどのM700とはまた違った重さを両手にもたらす銃を手に取る。RPD軽機関銃、設計は一九四四年と非常に古い。後継のRPKが配備されるようになってからは、当の昔に現役を引退しているような銃である。テロリストに変装しなければ、おそらく使うことはなかっただろう。
大丈夫かな、こんな古いので――不安を余所に、天の声は情報発信を続けた。

「そちらへ向かう敵の車両を発見した。数は六」
「ブラボー6、了解。各員、俺が命令するまで撃つなよ」

了解、とソープは首元のマイクに向けて指揮官の命令に答える。とりあえずはコッキングレバーを引いて銃弾装填、いつでも撃てる体勢を持って監視塔より道路を見下ろす。
やがて、道路の奥より軍用の輸送トラックを先頭にした車両の一団が姿を見せた。装甲車もBMPが二輌、それからジープが一輌。あとはみんなトラックだが、ここからではどの車両に目的の人物が乗っているのか判別できない。

「奴だ……大尉、三輌目のジープに目標を発見。今、前を歩いてます」

これはギャズの通信か。怪しまれない程度に身を乗り出し、ソープは監視塔の下にいる車両の群れを見下ろす。ジープの助手席に、確かにジャージ男の姿があった。本当にジャージだったのか。その前を、大胆にも変装したギャズが堂々と歩いていく。気付かれた様子は、ない。

「了解――全員、射撃準備だ。目標はジープのジャージ。クロノはバインドの準備を」
「了解、待機します」
「奴は生け捕りにするんだ、発砲に注意しろよ」

頼むぜ、戦友。隠れている魔法使いに向け、聞こえるはずもない言葉を送る。RPDのグリップを握りなおし、引き金に指をかけた。

「スタンバイ……スタンバーイ……」

不意に、妙に懐かしい感覚。プライスの口癖、もはやSASの伝統と言ってもいい。
敵兵たちは狙われているとも知らず、周りの兵士たちをみんな味方だと信じきっているようだった。
やれ、と指揮官の号令が飛ぶ。途端に兵士たちは銃口を車列に突きつけ、一斉射撃。一方的な火線がトラックの荷台に浴びせられ、中にいた敵兵たちは反撃もままならない。唯一銃弾に耐えうる装甲を持っていたBMPのみが砲塔を回し反撃体勢――直後、爆発。ロシア政府軍の放ったRPG-7が直撃したのだ。
大混乱に陥った敵の車列を見て、自身も射撃を加えつつソープは思う。なるほど、これは楽勝だ。今回の任務はすぐ終わる。ジャージを確保してしまえば、あとは情報部の仕事となる。



SIDE 時空管理局



五日目 時刻 0836
ロシア南部
クロノ・ハラオウン執務官


「出番だ、クロノ。いけ!」

プライスの命令で、魔法使いは身を潜めていた物陰より飛び出す。敵の車両は先頭と後続を潰され、もはや前進も後退もままならなくなっている。
狙うはジープの助手席で拳銃を手に必死に応戦する、ジャージの男。生け捕りにする上で、彼のバインドはこれ以上ないほど都合のいい武器となるだろう。だからこそ、指揮官はどう足掻いてもテロリストに変装は出来そうにない――一応変身魔法と言うのもあるが、戦闘以外で魔力の消耗は抑えたい――この少年に、頼んだのだ。期待に応えなければなるまい。

「デュランダル!」

手にした魔法の杖の名を叫ぶ。主人の意図を察した杖は必要な術式を展開し、詠唱を代行。あとはクロノのタイミング次第だ。
周りの敵兵たちがおおむね制圧されるのと同時に、デュランダルを振り抜く。行使するのは、捕縛の魔法。対象をまったく傷付けることなく無力化することが可能な、SASやロシア政府軍兵士から見れば、文字通り魔法としか言い様が無い手段。
ザカエフの息子は飛び出してきた異世界の魔法使いに銃口を向ける――だが、引き金を引くよりさらに速く、地球のどの物質とも似て非なる縄が絡みつく。ジープのシートの上で、強制的に縛り付けられる。それがバインドである、ということなど理解しようがないだろうが、身動き出来なくなったのは他ならぬ事実だ。屈辱と驚きに満ちた表情が、クロノを睨む。
やった、と少年は確保成功を確信した。敵は未だ抵抗しているが、SASとロシア政府軍は大して苦戦することなく銃撃を浴びせている。ジャージの男を確保できれば、あとは連れ帰って父親の居場所を話してもらうだけだ。もっともその辺りは情報部の仕事になるだろうが。
――警告。不意に、手中の相棒が警戒するよう主に訴えかけてきた。ほとんど同時に、SASの上空支援を行っているヘリ、ヴァルチャー16より通信が飛び込む。

「ブラボー6、警戒せよ。北方より敵増援。歩兵、それから装甲車を含む――待て、なんだ、あいつらは」
「どうした、はっきりしろよ!?」

テロリストに変装したままの格好で銃撃戦を繰り広げていたギャズが、天に向かって頭上にいるであろうヘリに向け怒鳴る。敵の増援が来るとなれば、はっきりしてもらわなければ困るのだ。それなのに、ヴァルチャー16はまるで発見した敵影が何者なのか判断しかねている様子。
後になって、クロノは思う。彼らが言葉に詰まったのは無理もない。空から高速で迫る奴らを目撃し、同時にデュランダルが示した反応を見た時は自分自身を疑ってしまった。
現れたのは、同じ魔法使い。ただし、執務官の彼と違って背負う目的は正義でもなければ大義でもない。テロリストの一味に加わる、違法魔導師たちだった。

「なんだぁ!? おいクロノ、知り合いか!?」
「冗談、犯罪者に知り合いはいません」

どこかで逆恨みは買ってるかもしれないけど――ひっそり呟きながら、デュランダルを構える。違法魔導師たちは、とっくに各々杖を構えてSASに襲い掛かってきていた。銃弾と爆音で埋め尽くされた戦場に、まったく異なる色が混ざり戦いをカラフルに染め上げていく。
クロノはスティンガーレイ、魔力の刃を形成して周囲に展開し迎撃開始。一斉に空に向けて放つも、敵も同じ世界の出身らしい。防御魔法を展開させて凌ぎ、そのまま何人かを上空援護に残し地面に降り立つ。途端にSASとロシア政府軍からの銃弾が彼らに集中するが、魔法の壁を貫通するには至らない。逆に、魔力弾の応射。光の弾丸は障害物を容易く撃ち抜き、ロシア政府軍の兵士たちを容赦なく蹴り飛ばす。

「くそっ」

指揮官の方から、苦々しい声。地面に降り立った魔導師たちは何をするのかと思いきや、ジープの上で縛られたままのザカエフの息子に駆け寄っていた。
まさか、とクロノは駆け出そうとした。しかし、足元を銃弾の雨が駆け抜けすんでのところで被弾を免れる。はっと視線を向ければ、道路の北側より装甲車と歩兵で組織された超国家主義者の一団が迫りつつあった。ヴァルチャー16の言っていた敵の増援、もう到着したのか。
そうこうしているうちに、彼の懸念は現実のものとなってしまう。せっかく目標を縛り付けていたバインドが、違法魔導師たちの手によって解除されてしまっていた。行動の自由を得たジャージの男は、そのまま魔法使いたちに手を引かれジープより降りる――まずい、逃げられる。焦りが思考を乱し、それでも飛び交う銃弾はクロノの足を強引に引き止めた。
ドンッ、と銃声。連射音ばかりが響いていた戦場で、単発のそれは妙に目立った。同時に、それまで防御魔法で銃弾をものともしなかった違法魔導師が突如として崩れ落ちた。額には大穴、まるで
狙撃でも受けたかのよう。もう一度銃声、ザカエフの息子を離脱させようとした違法魔導師がやはり倒れる。魔法の壁は、確かに銃弾を弾いていたはずなのだが。
疑問の答えは、すでに味方のものになっている監視塔の方にあった。狙撃銃の銃口が、異世界の招かれざる客をしっかり睨んでいた――なるほど、ソープ。今日は狙撃手に徹している戦友か。
魔法といえども、全能ではない。思わぬ方向から撃たれれば、防御魔法の存在価値など無に等しいだろう。ましてや、威力の高い七.六二ミリ弾ともなればバリアジャケットなど紙も同然だ。
救援を目の前で打ち倒されたジャージの男は――それでも、諦める姿勢を見せなかった。何を思ったのか一度降りたジープに飛び乗り、ハンドルを握る。車体を一度バックさせると、躊躇することなくアクセルを踏み込んだ。
力強く大地を蹴って、ジープは猛然と加速する。正面には、ソープのいる監視塔の支柱があった。



五日目 時刻 0848
ロシア南部
ジョン・"ソープ"・マクダヴィッシュ軍曹


この、ジャージ野郎め!
大きく足元が崩れたのと時を同じくして、彼は力の限り叫んでいた。ただのやけくそか、それとも狙ってやったのか。ザカエフの息子の駆るジープはあろうことか、ソープたちのいる監視塔目掛けて突っ込んでみせた。木造建築だった塔はジャージ野郎の青春込めた体当たりを受け、脆くも崩れようとしていた。
ファック、とグリッグの声が聞こえたかと思った次の瞬間、ついに監視塔は折れた。地面が物凄い勢いで迫り、どっと強い文字通り叩きつけられたような衝撃。肺から空気が抜けて、視界が真っ暗になる。一瞬のことだったのか、数十秒だったか、それは分からない。ただ、ぼやけながらも戻ってきた視界の中で、青いジャージを着た男がジープから飛び降り、目の前を俊足で駆け抜けていくのが見えた――しかも運動靴だ。こりゃあ足が速くて当然だ。

「おい、ソープ、起きろ!」

誰かに肩を持ち上げられて、ハッとなる。同じく監視塔から投げ出されたはずのグリッグだった。そうだ、目標はあの男の確保だ。
ぼんやりする思考を、首を振って強制的に叩き直す。痛みがないと言えば嘘になるが、プライスの怒鳴り声が彼を奮い立たせた。

「ソープ、グリッグ、クロノ! 奴を追え、俺たちはここでこいつらを片付ける! GO! GO!」

了解、と返事して、ソープはそこでふと手にしていたはずのRPD、違法魔導師を狙撃するのに使ったM700が手元にないことに気付く。M1911A1のみが太もものホルスターに収まっていたが、拳銃一つではあまりにも不安だ。
突然横から、ぬっと木製の銃床が視界に入る。振り向けば右手に魔法の杖、左手にAK-47を持った執務官の姿があった。使うだろ?と差し出された銃をありがたく受け取り、念のためコッキングレ
バーを引く。金属音と共に実包を込めたままの薬莢が飛び出し、新たな弾丸が装填される。時間があればもっとしっかり点検したいが、そうも言ってられない。

「急げ、二人とも。野郎の足は速い、クロノは飛んで先回りしてくれ!」
「了解」
「了解した!」

グリッグに急かされるがまま、兵士と魔法使いは駆け出した。
任務は単純、ジャージ男を追え。



「こちらヴァルチャー16、目標を追跡中。こいつ足速いぜ」

ザカエフの息子を追って、スクラップヤードを駆け抜ける。途中、天より大地を見渡すヘリから通信が入った。目標の位置を逐一報告してくれる彼らの存在は、神の声と言っても過言ではない。
廃車の群れを通り抜けて、廃屋へ。ここを抜ければ道路に出て、ジャージ男を視界に捉えることが出来るだろう。AK-47の銃口を下げて、ソープは全力疾走で大地を駆ける――唐突に現れた、目の前の黒い影。嫌な予感が脳裏をよぎる頃にはもう遅く、超国家主義者たちが放った軍用犬が飛び掛ってきた。強力な脚力と鋭い牙は、訓練された兵士であっても脅威のほかならない。

「お座りっ」

銃声。軍用犬が、突如見えない壁にぶち当たったように空中でひっくり返る。悲鳴を上げて絶命した犬をすぐ脇を、黒人兵士が通り抜けていった。グリッグ、なかなかやるじゃないか。
ソープはグリッグの背中を追う形で廃屋に入り、すぐに出口へ。道路に飛び出すと、はるか奥に力強く大地を蹴って戦場を駆けるジャージを見つけた。まるで青き流星、こちらもフル装備とはいえ全力疾走中のはずなのだが、距離はぐんぐん離れていく。やっぱりジャージの力は恐ろしい。

「現在目標は北に移動中。奴は町外れに向かっているな。気をつけろ、ここは敵の勢力圏内だ」

通信機に神の声。ヴァルチャー16からの情報は的確だった。道路の向こうに並ぶ住宅街、わらわらと敵兵が現れてジャージ男を庇うように防衛線を張る。ちょっとやそっとでは、突破は難しいかもしれない。
ヒュンッと銃弾が身を掠め飛び、狙われていることに気付かされる。当てずっぽうの威嚇射撃ではあったが、恐怖を生み出すには充分過ぎる代物だ。感情を押し殺し、ソープは弾丸の雨を掻い潜る。住宅街に辿り着くと、ただちに壁に身を寄せ行く手を伺う。ザカエフの息子は――やはり止まらない。畜生、どこまで逃げるつもりだ。
AK-47の銃床を右肩から左肩に当て変え、スイッチング。銃口と左半身を壁から突き出し、ひとまず行く手を阻む敵兵たちに弾丸を叩き込む。運悪く狙われた者が胴体を撃ち抜かれ倒れ、お返しにとばかりに他の敵が応射する。今度は先ほどの当てずっぽうとは違う、明らかに狙った射撃。銃弾が身を潜めていた壁を叩き、砕き、粉砕していく。たまらず引っ込み、苦々しい表情を露にした。代わってグリッグがM4A1で銃撃するも、状況を打破するには至らなかった。

「頭を下げろ!」

聞き覚えのある声が、片耳にセットされた通信機のイヤホンに飛び込んだ。ヴァルチャー16ではない、青臭さの抜けきらない少年の声。クロノか、と空を見上げる。飛んで先回りするようにと指示は出されていたはずなのだが。
疑問を余所に、住宅街上空に黒衣の魔導師が現れる。テロリストたちは見慣れない相手に一瞬戸惑うが、構わず敵と判断し銃口を突きつけた。それより速く、クロノはデュランダルを振り下ろす。
放たれるのは、青い閃光。多少の障害物など容赦なく薙ぎ倒す破壊の光、ブレイズカノン。非殺傷設定こそ解除されていないが、テロリストたちを一掃するには充分だった。バリケードごと吹き飛ばされた敵兵たちは、情けなくも後退開始。

「今だ、行け!」

援護してくれた戦友に言われずとも、ソープとグリッグは前へと駆け出した。まったく魔法様々だな、と呟かずにはいられない。ヴァルチャー16によれば、左手にある路地を抜ければ先回りが可能だと言う。どうせまともに追いかけっこしても勝ち目はない。何しろ敵は運動靴にジャージである。
ちらっと、ソープは背後に視線をやった。住宅街上空に浮かぶ戦友の姿が、少し気になったのだ。援護を終えた彼はまっすぐ飛び出し、自分たちとは別ルートで目標を追う――瞬間、クロノの身体が突如揺れた。横合いから突然、何者かに殴られたように。一瞬だが確かに見えた、飛び散る鮮血。高度を保てないのか、フラフラと戦友は住宅街の中に落ちていく。
スナイパーか――足を止めて、ソープは反転。グリッグが何か叫んでいたが、彼の耳には届かない。ザカエフの息子の確保は確かに優先されるべき事項ではあるが、そのためには彼の捕縛魔法があった方がいい。何より、戦友が目の前で撃たれた。
どこだ、どこだ、どこにいる。住宅街に視線を走らせ、ソープは敵を探す。狙撃スコープの反射光を見つけたのは、間もなくのこと。素人め、偽装が甘い。駆け出し、距離を詰める。
居場所がばれたことを悟った敵狙撃手は家屋の二階から飛び降りるが、背中にAK-47の照準を合わせられていることには気付けなかった。短い連射音が鳴り響き、まともに銃弾を食らった敵は前のめ
りに倒れ絶命する。
他に敵はいないか警戒しつつ、ソープは落ちた戦友の元に駆け寄った。壁に寄りかかるクロノ、とりあえず意識はあるようだ。こちらを見上げた顔に、安心感が宿っている。

「……油断した。そうだ、スナイパー。いざとなれば防御魔法があるからって、考えが甘かったよ、君が目の前で実践してたのに、くそ」
「魔法使いも無敵じゃないってことだな。歩けるか?」

どうってことない、と。黒衣の左肩こそ血が滲んで赤黒く染まっているが、クロノは立ち上がる。モルヒネやろうか?と兵士はバックパックの救急キットから痛み止めを差し出すが、首を振って断られた。代わりに右手を負傷した部分に当てて、淡い光を発生させる。初歩的な治療魔法とのことだが、ソープにはもちろん分からない。とりあえず、魔法とは便利なものだ。

「さぁ行くぞ。ジャージを追う」



ヴァルチャー16からの情報によれば、目標は町外れのマンションに入ったとのことだった。敵の妨害はどこに行っても続いたが、決して無限でもなければ無敵でもない。敵兵を排除しながら突き進むSASとロシア政府軍は、ついにザカエフの息子を屋上へと追い詰めることに成功する。

「銃を捨てろ、捨てろってんだ!」

ギャズが怒鳴り、銃口を突きつける。もはやどう抵抗しようとも、敵に一太刀浴びせることすら敵わないことを悟ったザカエフの息子は、しかし拳銃を捨てようとしなかった。両手こそ上げているが
何を仕出かすか――否、誰にも予想は出来ていた。考えられるうちで、最悪のパターンを。

「足を撃ちますよ」
「駄目だ、危険は冒せない」

M4A1を構えるグリッグに、プライスは首を振る。ここは屋上、目標はギリギリにまで後退していた。どこかを撃てば、バランスを崩してそのまま地面に転落の可能性もあった。
クロノ、と指揮官の声。こういう時のために、プライスは彼を連れてきたのだ。もはや何も言わずとも承知していた魔法使いは一歩踏み出し、デュランダルを振る。途端に、青白い色をした縄がジャージに絡みつき、行動の自由を奪う。こうなればもう、拳銃で自殺など出来ないはずだ。

「よし。ソープ、そいつを連行しろ。戻って尋問だ」
「了解」

今思えば、誰もが油断しきっていた。ザカエフの息子はバインドによって自殺も出来ず、あとは情報部の連中に引き渡すのみ。任務達成と言う緊張の緩みが、彼らの警戒心を強制的に下げていた。
だから――ソープが彼に手を伸ばした瞬間。突然、本当に突然、息子の頭部が何者かによって射抜かれた時は、誰もがあっと悲鳴にも似た声を漏らすしかなかった。脳漿と血が入り混じった体液が地面に広がり、ザカエフの息子はそのまま倒れ込んだ。
どこかに、狙撃手がいた。息子が捕まると情報が漏れる、敵はこちらの狙いを理解していたのだ。

「なんてこった、息子だけが奴に繋がる唯一のチケットだったってのに」
「――いや、仕方あるまい」

苦々しい表情を露にするギャズに対して、当のプライスは何故か表情の変化に乏しい。まるで、打つ手はまだあるかのように。

「俺は奴を知っている。必ず動くぞ、ザカエフは」









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最終更新:2010年06月15日 17:48