Call of Lyrical 4_11

Call of Lyrical 4


第11話 最後通告 前編/"簡単な話"



SIDE SAS
六日目 時刻 0619
ロシア アルタイ山脈付近
ジョン・"ソープ"・マクダヴィッシュ軍曹


簡単な話だ、と作戦前のブリーフィングで、彼らの指揮官は語った。
ロシア、アルタイ山脈付近にはまだこの国がソビエト連邦と呼ばれていた時代より存在する、弾道ミサイルの発射基地がある。息子を殺害された超国家主義者たちのリーダーは怒り狂い、そこを占
拠したばかりか、ロシア国内に駐留する米英軍を撤退させなければ、基地にある核弾頭をアメリカ東海岸に向けてぶち込むと言う最後通告を行ってきた。
もちろん、そんな要求を呑めるはずがない。駐留軍が撤退すると、ロシアの現政府支持派の軍のみでは超国家主義者たちは抑えられないだろう。そうなれば彼らは今度こそソビエト連邦を復活させ
て、世界は再び冷戦の時代に戻ることになる――冷戦。米ソが互いに核を向け合って、第三次世界大戦の勃発がそのまま、世界の滅亡を意味する時代。
と言って、そのままミサイルが打ち上げられるのを黙って見ている訳にもいかない。米海軍は大西洋艦隊を集結させ、迎撃準備を整えているが、発射されるミサイルは複数に及ぶ。対弾道ミサイル
の切り札、スタンダードSM-3迎撃ミサイルはまだ配備が思うように進んでいなかった。管理局の次元航行艦隊にしたところで、マッハ10を超える複数の飛翔体を一発漏らさず迎撃するのは困難だ。
だったらどうするか。答えは冒頭で述べた通り、至って簡単な話である。ミサイルを撃たれる前に、発射基地を奪還すればいい。

「って、簡単に言うけどよ」

降下用に使ったパラシュートを手早く片付けながら、ソープは自分の吐息がえらく白いことに気付く。無理もない、八月とはいえここはロシア、本来ならば極寒の大地。早朝の山脈付近ということ
もあって、寒さは野戦服越しであっても刺すようにして身体を包み込んでいた。任務でなければ、こんなところからはさっさとおさらばしたい。
パラシュートの撤収を終えて、まずは装備の確認。M203グレネードランチャー付きのM4A1、サイドアームのUSP拳銃、ナイフ、医療キット、通信機――確認のために通信機のスイッチを入れようと
した途端、聞き慣れた声がイヤホンに舞い込んできた。集合しろ、と指揮官からのお言葉だ。
コッキングレバーを引いて、銃に命たる弾丸を吹き込む。まだ太陽も顔を出していない、薄暗い森の中を抜けて、彼は空中より降下した後に予定されていた集合ポイントを目指す。
M4A1を構えたまま進んでいくと、森からはすぐに抜け出すことが出来た。霧がかかった視界の奥で、蠢く影が一つ、二つ、三つ。相手の顔に立派な髭を見出したところで、安心したように銃口を下
ろす。我らが指揮官、プライス大尉だった。その傍ら、付き添うように現れるのは副官ギャズ。

「ソープ。異常ないか?」
「おかげさまで……あとの三人は?」
「呼んだかい?」

わぁ! と世界でも屈指の特殊部隊の隊員らしからぬ悲鳴。尻餅ついて振り返った先には、およそ戦場には似つかわしくない黒衣に身を包んだ少年がいた。顔は、情けないものでも見ているかのよう
な表情。武器と思しき魔法の杖を手にしている彼の名前は、クロノ・ハラオウン。
心臓に悪い現れ方をするな、と文句をつけてみたが、魔法使いは聞く様子なし。そのままソープを無視する形で、プライスに異常がないことを告げる。
しかし、まだこれで全員が集まった訳ではない。あと二人、アメリカ人が集合地点にやってくるはずなのだが。

「大尉、お待たせしました」

通信機で呼びかけてみようか、とギャズが提案したところで、M4A1を手にした海兵隊員が姿を見せた。ポール・ジャクソン米海兵隊軍曹。中東の大爆発の生き残りであり、クロノの出身世界である
ミッドチルダ経由で作戦に合流した屈強なる兵士だ。
よく来た、とベテランの合流を手短に歓迎する指揮官は、しかし眉をひそめた。合流すべきアメリカ人は、あと一人いる。

「グリッグはどこだ。あの能天気な黒人は」
「知りません」

副官からは、素っ気無い返答。ソープはチラッと合流したばかりの海兵隊員に視線を送るが、同僚であるはずのジャクソンでさえ首を振った。いったい、グリッグはどこに行ったのだろう。
作戦司令部からの人工衛星を中継した通信が届くのと、それまで会話に参加せず小さく杖を振って何かをしていた魔法使いが口を開くのは、ほぼ同時の出来事だった。

「ブラボー6、グリッグが緊急救難信号を発した。彼は現在地より南西、五〇〇メートルの位置にいる」
「大尉、こっちでも確認しました。風にでも流されたみたいです」

探知魔法を行使していたらしいクロノの言葉を受けて、情報の精度を確信したプライスは頷き、立ち上がった。司令部に「了解、これより救出に向かう」と告げて、分隊全員に出発を命じる。
やれやれ、回り道か。着陸地点を誤ったドジっ子を助けに行こうとして、ソープはふと前を行く海兵隊員、ジャクソンがクロノの持っている魔法の杖を――確か"デュランダル"とか言った――物珍
しそうに見ていることに気付く。
肩を叩いて、よう、と声をかけた。お宅、魔法は初めて? と尋ねる。

「いや、そういう訳ではないが」

自分よりいくらか年上の海兵隊員は、少し返答に困ったような笑みを浮かべた。わずかな逡巡の後、答えを口にする。

「俺が見せてもらった魔法は、でっかいハンマーだの剣だの、そんなのだったからな」
「ハンマーに……剣?」

そりゃ魔法使いの持ち物と言うより、戦士の得物だろうに。
若いSAS隊員の考えを見抜いたかは知らないが、だからさ、とジャクソンは付け加える。

「やっと割とスタンダードな魔法の杖を見れた気がする」
「ああ――」

なるほど、ハンマーや剣に比べればクロノの得物はいかにも魔法使いらしいものである。
任務中であるにも関わらず、ソープは胸を縛るように纏わり付いていた緊張の糸が、少しほぐれたような気がした。
ただ一人、事情を把握していない異世界の魔導師だけが二人の視線に気付き、怪訝そうに首を捻っていた。



ここが敵地であると言う認識は、誰にもあった。あったからこそ、わずかに歩みを進めた時に正面に見えた車のライトに素早く反応出来たのだろう。
指揮官自ら先頭に立ったプライスが左手を握り拳で上げて、分隊に停止を指示。散れ、と喉元のマイクに小さく呟けば、訓練された兵士たちはサッと各々物陰へと身を隠していく。
敵さんかな? ほとんど確信の下に生まれた疑問。ソープはM4A1のダットサイトの向こうに、道路を走ってきた四輪駆動車を見出した。わざわざ道のど真ん中で止まると言うことは、降下してきた
自分たちに何かしらの"用事"があるのだろう。
車の扉が開かれ、予想通り武装した兵士が降りてくる。数は二名、どちらもAK-47を持ち歩いていた。協力関係にあるロシア政府軍との合流はまだまだ先であるから、これはもう敵に違いない。

「好きに撃て」

指揮官の命令は、単純明快。ご丁寧に霧の中でライトまで点灯してくれた敵兵に対し、銃口を向ける。狙われているとは考えもしない彼らは次の瞬間、霧を突き破って現れた銃弾に命を奪われる。
難なく倒すことに成功したが、敵がこれだけとは思えない。案の定、持ち主がいなくなったジープの傍を通り抜けた先には、敵の二個分隊ほどが霧の林の中を掻き分け、前進しつつあった。
チラッと、ソープはプライスに眼をやった。部下からの視線に気付いた彼は、決まっているだろうと言わんばかりにM4A1を前に突き出す。
霧が出ているのは幸いだった。この敵兵たちもライトを手にしているが、視界の悪い中でその光は自らの居場所を晒しているも同然だ。皆の銃にはサイレンサーが付いているから、一人ずつ正確
に狙い撃っていけば無傷で勝てる。
そうと決まれば話は早い――トボトボと進んでいく人工の光に向けて、ダットサイトを照準。息を吸って、吐いて、吸って、止める。呼吸に伴う手ブレが弱まり、頃合を見て引き金を静かに引く。
耳を澄まさなければ聞こえないほどの、小さな銃声。しかし、放たれた銃弾は紛れもなく殺傷能力を持っていた。霧の向こうでライトがひっくり返り、標的を仕留めたことが理解出来た。
もう一匹、と銃口を次の獲物に向けようとしたところで、AK-47の派手な銃声が響き渡る。襲撃に気付いた敵が、とにかく撃ち返そうと照準も適当のまま発砲してきたに違いない。
適当とは言っても、二〇人近い人数が一斉に銃撃を行ってきた。どこに飛んでいくか分からない銃弾はそれなりに脅威であったし、現に新米SAS隊員の目前で兆弾した弾が土を巻き上げていった。

「頭を下げろ」

上擦った悲鳴が喉から出そうになったところで、自己紹介とはじめましての挨拶が済んで間もない米海兵隊員、ジャクソンがソープに伏せろと指示。言われるがまま頭を下げれば、飛び交う弾丸
を恐れもせずにM4A1に搭載されているM203グレネードランチャーを突き出す。
ポンッと軽い発射音。弾き出された榴弾は着弾するなり起爆し、炎と衝撃を持って辺りにいた超国家主義者たちをまとめて蹴散らす。二発目も同様に発射、爆風を食らった敵兵が宙を舞ってひっく
り返る。これで少しは大人しくなるだろう。
残った敵を掃討しようとして、青白い発光体が霧の中を突っ走って行くのが見えた。発光体は逃げるテロリストを誘導弾の如く追いかけて、弾着。アッと短い悲鳴が上がり、しかし幸運にも意識
を失った程度で済まされた。こんな魔法みたいな攻撃をする奴は――

「相変わらず非殺傷設定か、魔法使い」
「言ったろう。これが僕の戦い方だ」

デュランダルを片手に持つクロノは、どうあっても自分の戦い方を変えないらしい。
もっともおかげで、銃弾は節約出来るのだが。



SIDE U.S.M.C
六日目 時刻 0627
ロシア アルタイ山脈付近
ポール・ジャクソン 米海兵隊軍曹


まだ太陽は昇る様子を見せない。吐息は白く、寒さは野戦服を通り越して身を震わせるのに充分なものだった。
ついこないだまで灼熱の中東でドンパチやって、一昨日まで平和の真っ只中にあった日本で美味い和食を食べて、昨日まで魔法の世界ミッドチルダにいたはずなのだが。
アメリカ生まれアメリカ育ちの海兵隊員は、つくづく思う。地球は狭いな、と。地球どころか、別の世界との行き来だってもう大して時間はかからない。
果たしてここ数日で、どれほどの距離を駆け抜けたのやら。ジャクソンは、自分が時の旅人になったような錯覚を覚えた。
任務中なのに、なんて呑気だ。自嘲気味な苦笑いを一瞬浮かべ、彼はチームの先頭に立っていた。いわゆるポイントマンのポジション。
超国家主義者たちの尖兵を蹴散らし、はぐれたグリッグ二等軍曹を救出すべく前進を再開した分隊は、霧の中にある山の麓で二階建ての家屋を見つけた。木造建築らしいが、立派な作りだ。

「この先だ」

魔法の杖を持った少年が、家屋の玄関を指差す。ここから通り抜ければ、グリッグの元へ近道出来る。
それも魔法か? と尋ねると、クロノは頷いた。曰く、探知魔法をかけているらしい。原理はよく分からないが、八神家で魔法がいかなるものかは見せてもらった。今はその力に頼ることにしよう。
とは言え、この辺りは敵の勢力圏内だ。家屋は元の住民ではなく、テロリスト共の根城になっているかもしれない。背後の仲間に合図を送ると、ギャズ、ソープが飛び出し、目標とする玄関の前
に纏わりつく。
何事もチームワークは大事だが、敵が立て篭もっている場所に足を踏み入れる時などは特に連携が大事だ。ギャズが扉を開けて、ジャクソンが突入。ソープはその援護となる。
静かに開かれた玄関、その奥へと海兵隊員がこれも静かに突入する。敵影無し、「クリア」と右手でM4A1は構えたまま左手で親指を立てた。安全が確認されるなり、仲間たちも家屋に足を踏み入れ
ていく。
二階へと移動。階段を昇ると、反射的にジャクソンは銃口を跳ね上げた。こちらに背を向ける形で、敵兵が窓際に突っ立っていた。口元から白い煙が見える、タバコを吸っているのだろう。
引き金に指をかけたところで、誰かに肩を叩かれる。立派な髭面の指揮官、プライスだった。首を振って、「俺がやる」と言わんばかりに前へと出た。
何をする気だ、この人は――海兵隊員は、見守るしかない。その間にもプライスは忍び足で敵に迫る。右手には、いつの間にかナイフが握られていた。
あっと言う間の出来事だった。タバコの煙をフッーと吐き出したテロリストの喉に、刃が襲い掛かる。直前で口を押さえられた哀れな敵兵はろくに悲鳴も上げられず、その場へと崩れ落ちた。

「覚えておけ海兵隊、こうした方が弾を節約出来る」
「撃った方が早くないですか?」
「それはお前次第だ」

そうですかい、とSAS流を見せ付けられて、ジャクソンは敵地真っ只中であるにも関わらず苦笑いする。
とは言え、静かに敵を排除出来たことに変わりはない。仲間たちが次々とクリア、と左手の親指を上げて、周囲に敵影がないことを確認。階段を上って二階へと上がり、小部屋の一つにテロリスト
が椅子に腰掛け居眠りしているのを発見した。
それじゃあ、アメリカ流といこうか。ジャクソンはM4A1を肩に引っ掛けて、右太ももに装着していたホルスターから拳銃、USPを取り出す。狭い屋内であれば、銃身の短いこちらの方が小銃よりも
手早く目標を撃ち倒せる。
獲物へと忍び寄る兵士の肩を、誰かが叩く。何だ、と振り返れば、魔法使いの少年が首を振っていた。まるで、駄目だとでも言わんばかりに。どうして、と問いかけると、耳元に小声で囁かれた。
壁に阻まれて見えないが、目の前の敵兵のすぐ隣にもう一人いる。こっちは少なくとも居眠りはしてないから、下手に撃てば気付かれる。例え消音機で銃声は誤魔化せたとしても、いきなり隣の
仲間が射殺されれば誰でも警戒するだろう。

「こういう時は管理局流だ」

立ちはだかる難問に、クロノは回答をとっくの昔に用意していた。魔法の杖を少しばかり振るうと、突然目の前にいたテロリストの身体に青白い縄が絡みつく。
足首、胴体、口元。訳も分からないまま身体の要所を封じられた敵兵は、そのままゴロリと床に転がって無力化された。小部屋に首を突っ込んでみれば、彼の言った壁に隠れて見えなかった敵も同
様の状態に追い込まれていた。むーむー開くに開けない口で喚いているが、これでは助けも呼べないだろう。
涼しい顔で左手の親指を立てる魔導師に、ジャクソンはまたしても苦笑いするほかなかった。
まったく、愉快な仲間たちが揃ったものだ。




SIDE U.S.M.C
六日目 時刻 0635
ロシア アルタイ山脈付近
グリッグ米海兵隊二等軍曹


「仲間ハ何処ニイル?」

相変わらずヒデェ訛りだな、と。
目の前のイワン(ロシア人)が何度目かになる質問を投げかけてきたが、彼に答えるつもりは一切なかった。両手を縛る縄さえなければ、さっさと殴り飛ばして仲間と合流するところである。
降下地点をミスしたのは痛かった。パラシュートで降り立った地は超国家主義者たちの巣窟と化しており、抵抗する余地はほとんど無い。くそったれ、と悪態一つを漏らすのがやっとで、結局この
グリッグ二等軍曹は現在、捕虜と言う形で椅子に座らされていた。
否。果たして彼らに捕虜と言う認識はあるのだろうか? 面倒臭そうに周囲を見渡す黒人の瞳は、部屋の中に血のついたノコギリがあるのを見つけた。なるほど、以前にも使ったことがあるらしい。

「グリッグ二等軍曹、認識番号は六七八-四五-二〇五六、であります」

今まで黙秘を貫いてきたが、試しに彼は質問に答えてみた。
もちろん、テロリストたちの言う仲間がどこにいるか、と言う問いに対してではない。ジュネーブ条約、戦時国際法に従えば捕虜が敵側より質問されて答えていいのは名前と階級、認識番号の他は
所属部隊と出身地程度である。逆を言えばそれ以外、部隊の配置や暗号の意味など戦争の経緯に関わるようなことは答えなくてよいとなっている。グリッグは、それに従ってみた。彼らが思ってい
るよりマトモなら、仕方が無いと諦めてくれるところなのだが――

「答エロ。ジュネーブ条約ハ理想的ダガ、理屈ニ過ギン」

あちゃあ、と。両手を縛られていなければ、彼は頭を抱えたくなった。どうやら超国家主義者たちは、国際法規を守るつもりは無いらしい。

「簡単ナ質問ダゾ、何故答エナイ?」

敵は、続けて質問を浴びせてくる。仲間の人数は、装備は、居場所は。
答えなければどうなるかなど、もちろんグリッグは理解していた。

「グリッグ二等軍曹、認識番号は六七八――」

無論、だからと言って答えなどしないのだが。

「誰ノ差シ金ダ、言エ!」

いよいよ我慢の限界に達したらしいロシア人は、ついに怒鳴り声を上げて迫った。
うるさいな、と内心うっとうしい気分になりながら、彼はようやく名前と認識番号以外の言葉を口にする。

「じきに忙しくなるぜ。へへ……俺ならもう逃げ出してる」

大丈夫、すぐに仲間が助けに来る。救難信号も打っておいたし、何よりうちのチームには"魔法使い"が一人いる。たぶん、どうにかなるだろうし、すぐに来てくれるだろう。
目の前の尋問者が苛立ちを露にしながらノコギリを持ち出した瞬間、扉の方で動きがあった。動き、すなわち爆発。木造の扉を簡単に吹き飛ばし、たまたま近くにいた敵兵は不運にも爆風に巻き込
まれ、吹き飛ばされていった。
ほら来た、と黒人兵士は、どこか他人事のように呟いた。




SIDE 時空管理局
六日目 時刻 0635
ロシア アルタイ山脈付近
クロノ・ハラオウン執務官


はやてを連れてこなくてよかったな、と少年の心は思う。
決して、同行するこの世界の兵士たちのやり方に口出しするつもりはない。相手は民間人だろうがお構いなしに銃口を向ける集団であり、事実として彼は、超国家主義者たちの非道をその眼で目撃
してきた。ヴェロッサ、友人である管理局の諜報員を救出した時でさえ、奴らは村の住民を追い出し、あろうことか他の村や町に向けてロケット弾攻撃を行っていた。
現地の法律で裁けば、まず死刑は免れない。どの道、管理外世界の住人同士の衝突やいざこざには管理局が介入する余地はない。今回だって、テロリストにロストロギア"レリック"が渡っているこ
とが判明しなければ、クロノはここにいなかっただろう。
――ならばこそ。血生臭い戦場に、年端もいかぬ少女を駆り出すことは彼の理性が許さない。敵は、非殺傷設定の魔法など使ってこない。鉛の弾丸と鋭い刃を持った、本当の意味での殺人集団だ。
そんな考えが脳裏をよぎったところでふと、彼は周囲の仲間を見渡す。彼らは、果たしてどうなのだろう。武器や装備は連中と同じ、ガチガチの質量兵器であるが。

「突入準備」

指揮官の一声で、副官ギャズが動く。
辿り着いた家屋の二階、着地地点をミスしたグリッグがいると思われる場所は、超国家主義者たちのねぐらだった。扉越しに聞こえる会話の様子から、彼はおそらく捕虜となって尋問を受けている
に違いない。
救出方法は、至って簡単。ギャズが扉に爆薬を仕掛け、突入役のソープ、ジャクソンが待機。クロノは探知魔法で敵とグリッグの位置を彼らに教えておく。これなら誤射の心配は無い。
準備が整った。副官は親指を立てて見せ、プライスがGO、と静かに呟く。スイッチオン、途端に巻き起こる爆風、行使される破壊の力。
部屋の制圧には、一分とかからなかった。扉の近くにいた敵兵は突入時の爆風でまとめて吹き飛ばされ、難を逃れた者も驚いている間に二人の兵士が突入し、これを射殺し無力化する。教本通りの
救出劇、見ていて惚れ惚れするほどだった。

「……遅かったな。置いていかれたかと思ったぜ」

解放されたグリッグは余裕そうに肩を回し、テーブルの上に置いてあったM249 MINIMI軽機関銃を手に取る。捕虜になってから没収されたものだ。

「最初はそうしようかと思ったがな。C4はお前しか持ってない」

黒人兵士のぼやきに応えたプライスだったが、プッとソープが吹き出しそうになるのをクロノは見逃さない。
どういうことだい、と尋ねると彼は指揮官に聞こえないよう、小声で囁いた。
C4とは任務遂行に必要なプラスチック爆弾だが、持っているのはグリッグだけではない。要するに、我らがプライス大尉は嘘をついたことになる。
何故、と問う少年に、若い兵士は「知らないのか?」と意外そうな表情で答えた。

「こういうのを"TUNDERE"って言うんだぜ。別にあんたのことが心配で来たんじゃない、C4が必要なだけだってな。好意の裏返しだよ」
「あぁー……」

なるほど、とクロノは納得しかけた。そういえば、日本の海鳴市にいた時にそんな単語を聞いたような気がする。
とりあえず安心した。超国家主義者たちと武器や装備は同じ質量兵器でも、彼らは違う。共に行動するチームの皆は、人間味のある連中に違いなかった。
捕虜の救出に成功した分隊は、ようやく本来の任務に取り掛かる。






おまけ 作戦前夜


「ジャクソン、何だそれは」

その日の前の晩のことである。
夕食の時間だと言うのに、グリッグは戦友ジャクソンが食堂に行く様子を見せないことに気付く。
このロシア政府軍駐屯地の食堂は、あまり美味いものを出してくれない。食に頓着しないと言われる彼らアメリカ人でさえ、思わず顔をしかめたくなるほどの味だった。
それでも腹は減るので食堂に行こうとしたのだが、ジャクソンったら部屋から出ないでゴソゴソと四角い箱を持ち出しているではないか。

「これか?」

問いかけられた同僚は、どこか楽しそう。箱を包んでいた布を解く仕草一つにさえ、まるで少年のようにワクワクとした様子だ。
気になるグリッグは、彼の手元を覗き込む。広げられた桃色の布の上にある四角い箱、蓋には日本的な絵柄で山と木が描かれていた。パカッと開かれれば、中に入っていたのは色とりどりの料理の
群れ。テレビやネットでしか見たことの無いジャパニーズ・フードだ。

「これはな、日本の"OBENTO"だ」
「オベントー? あぁ、それなら知ってるぞ」

確か、テレビで見たことがある。鏡の前で変身したヒーローたちが、技を繰り出す際にカードを取り出すのだ。そのカードが確か、何とかベントとか言っていた気がする。む、そういえばアレも元
は日本の特撮番組だっだと聞いたな。と言うことはこの"オベントー"がその由来なのか。いや、きっとそうに違いない。

「……何か、勘違いしていないか?」
「そんなことはない。知ってるぞ、それ。ファイナルベント!」

他にもストライクベントとかあるんだ、と得意げに語る戦友をはいはい、と適当にジャクソンはあしらう。付属していた箸を手に取り、美味そうに弁当箱の中に入っていた料理を食べ始める。なる
ほど、これが彼の夕食らしい。

「しかしお前、どこでそんなものを手に入れたんだ――このチキン美味そうだな、くれよ」
「構わんぞ……これはな、俺がハヤテの家で世話になって、出て行く時にもらったんだ」

あぁあの子か、と適当に鶏肉を摘みながら、グリッグは思いを馳せる。中東で行方知らずとなった戦友を助け、ここまで連れてきた栗毛色の髪をした少女のことだ。独特のイントネーションを持つ
彼女は、間違いなく将来美人になるだろう。この弁当は、きっとその子が手土産に作ったものに違いない。
ヒョイ、と鶏肉を一つ口にする。そこで、海兵隊員の動きがピタリと止まった。

「――うん、美味い。シャマルはきっといい嫁さんになれるな。いや、いっそ俺がもらうのも……どうした、グリッグ」

ジャクソンが弁当から視線を戦友に移した時には。プルプルと震え出し、口元を押さえながら扉を開いてどこかに駆け出していく黒人兵士の後姿があった。
着地地点をミスしたのは、これが原因だったとかそうでないとか。

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最終更新:2010年09月26日 13:34