ACE COMBAT04 THE OPERATION LYRICAL
第12話 取引材料
渦巻く陰謀――翻弄されるのはリボン付き。
「臨時査察――?」
市街地及び海上でのガジェット迎撃戦後、はやての漏らした言葉にフェイトは眉をひそめていた。
「うん、地上本部から」
「地上本部の査察って言うと……すごく厳しいことで有名だよね?」
はやては俯きがちに頷いた。ただでさえ機動六課は突っ込み所の多い部隊である。かと言って、今更シフトや配置変更を行うのは部隊の
運用に大きな悪影響をもたらすのは目に見えていた。
「ふぅむ……一応、査察を回避する方法はあるんよ」
「え!?」
はやての思いがけない一言に、フェイトは思わず驚いた。
「査察の通達と同時に、レジアス中将から連絡が来てな――メビウスさんを、貸して欲しいそうや」
「メビウスさんを……?」
異世界からやって来たエースパイロットの名が上がり、二人は怪訝な表情を浮かべた。
「目的はやっぱり……」
「間違いなく、あの新兵器――って言う必要もないか。独自開発したって言う戦闘機の、アドバイザーをやって欲しいんやろな」
迎撃戦の最中、突然姿を現したレジアス中将指揮下の戦闘機部隊、それに高度な情報収集力を持った空中管制機。エンジントラブルで窮
地に陥っていたメビウス1の救援にやってきてくれたのは、他ならぬ彼らだった。
「最近六課に対する批判をやめていたのは、そのため?」
「やろうなぁ、こっちのご機嫌取ってゆくゆくはメビウスさんを、ってつもりやったんやろうけど」
今回の戦闘でそれが早まった、と付け加えて、はやては渋い顔をする。
「おまけに、メビウスさんを貸してくれたら今後六課に対する批判や圧力があれば、優先して擁護してくれるそうや」
「ずいぶんサービスしてくれてるけど……メビウスさんに、この件はもう?」
「一応伝えたけど、どうなんやろな……どうも人を取引材料にするのは嫌やな」
とは言え、はやては本人からF-22のトラブルは深刻だと聞いた。もしかしたら、エンジンを丸ごと交換の必要があるかもしれない、と。
今は六課の技術陣総出で修復、併せてエンジンそのもののコピーを建造しようとしているが、どちらにせよ飛べないメビウス1は戦力外
と言っていい。ならば、六課に少しでも役に立つ方向に――そこまで考えて、はやては自分の考えに対してひどい嫌悪感を抱いた。
漂流者として保護されるはずの身なのに、ここまで戦ってくれた仲間を、あたしは売る気か――!?
そのメビウス1は、シグナムの運転する乗用車の後部座席で、首都クラナガンの道路を走っていた。
「すまねぇな、俺の用事なのにわざわざ車出してもらって」
運転するシグナムにメビウス1は詫びの言葉を言ってみたが、大して気にした様子もなく、彼女は慣れた手つきでステアリングを動かし
ていた。
「何、高町を聖王医療院に送るついでだ」
「にゃははは……本当ならそれは私が言う台詞ですよ、メビウスさん」
助手席に座っているのはなのは。彼女の方は彼女の方で、ガジェット迎撃戦にて保護された女の子が気になって、収容された聖王医療院
に出向くそうだ。
事の発端となった女の子の保護とレリックの確保には成功した機動六課だったが、今回姿を現した召喚師の少女に融合騎、さらに女の子
とレリックを載せたヘリの撃墜を目論んだ二名の女性は、途中介入してきた地面に溶け込む能力を持つ女性によって取り逃がしてしまっ
た。そして、メビウス1のF-22のエンジントラブル。併せて出現した地上本部所属を名乗る戦闘機部隊。
現在彼が向かっているのは、その地上本部だった。
「しかし大丈夫なのか、一人で? 何ならついて行くが……」
「ガキじゃあるまいし、大丈夫だよ。向こうも迎えを出してくれるそうだからな」
地上本部は初めてのメビウス1にシグナムが気にかけてくれてくれたが、彼は断った。事前に向こうには連絡を入れてある。
――まずは、会ってみないとな。実際に行くかどうかは、その時決めればいい。
命からがら帰還し、重大なトラブルを抱えた愛機のことで頭を痛めているところに、はやてから伝えられた地上本部への出向と言う話。
何でも親玉のレジアスとか言う男は、自分のことを大層お気に入りのようで、是非戦闘機部隊のアドバイザーをお願いしたいそうだ。
"もしメビウスさんが行ってくれたら、機動六課は査察を回避できる"
苦々しげな表情と共にはやてはそう言った。不本意なのは当然理解できた。レジアスは有能な男だがその手段は時として強引で、穏健な
本局、強硬な地上本部という組織間の対立が出来上がっているらしい。
どこにでもこういうのはあるんだな、とメビウス1は思う。所属するISAFも正式名称は独立国家連合軍、要するに国家間の軍事同盟だ。
前線で兵士たちが必死になって戦っているはるか後ろで、各国の首脳たちは自国の利益のために動いている。当然、衝突や確執もあった
ことだろう。
「着いたぞ、ここが地上本部だ――」
深く考え込んでいると、シグナムから声をかけられてメビウス1ははっとなる。窓の外に、高層タワーとその周囲を取り囲む数本のタワー
がそびえ立っていた。ここがその地上本部らしい。
「立派なタワーだねぇ……ありがとう、帰りの足はこっちで確保するよ」
「分かった。私たちは、予定通り聖王医療院に向かう」
「何かあれば、連絡してください。それじゃあまた後で、メビウスさん」
車を降りて、シグナムとなのはに別れを告げたメビウス1は地上本部を見上げる。
鬼が出るか蛇が出るか――行ってみるか。
地上本部に入ったメビウス1はレジアスの副官を名乗るオーリスと言う女性に案内され、彼の執務室へ向かうことになった。
「……しかし、地上本部と言うだけあって、なかなか立派な建物ですな」
特に会話もなく、淡々と案内されることに一人気まずいものを感じたメビウス1はオーリスに声をかけた。
「ええ、指揮管制能力としては十分なものがあります――もっとも、動くべき戦力は本局に比べて不足していますが」
特に深い意味もない言葉を投げかけてみたのだが、意味深な返答をされてメビウス1は答えに詰まった。どうやら本局と地上本部の対立
は相当深いもののようだ。
「ですが、もうその心配はありません。魔力資質のない人間でも、空戦魔導師と互角以上に戦える力が手に入りましたから」
「……戦闘機のことですか。まさか、質量兵器の使用を禁ずる管理局があんなものを配備されるとは」
「あの戦闘機は質量兵器ではありませんよ? 随所に魔法を応用した技術を投入してますから――あなたが飛ばしているものと同じように」
「…………」
どうも自分のことは調べ尽くされているらしい。返す言葉が見当たらないまま、メビウス1はレジアスの執務室に到着する。
部屋に入ると、恰幅のいい髭面の男が待ち構えていた。この男がレジアスなのだろう。
「よく来てくれた、私がレジアス・ゲイズだ」
「どうも……ISAF空軍第118戦術戦闘飛行隊、現機動六課所属、メビウス1です」
いっそのこと"お会いできて光栄です"も付け加えておくべきだったか?と胸のうちで呟きながら、メビウス1は敬礼してみせた。レジア
スも答礼し、「まぁかけたまえ」とソファーに彼を案内する。
「君の噂はよく聞いているよ。次元漂流者の身でありながら、この地で起きている事件の対応に協力してくれているそうだな」
「いえ……戦闘機についていた国籍マークが、元の世界の敵国のものだったので、協力したまでです」
お世辞のようなレジアスの言葉に適当に返事。まずはこの男がどんな人物か見極めるのが大事だ。
「いや、それにしても君はよくやってくれているよ……魔力資質が無いにも関わらず活躍する君の姿は、私に希望を与えてくれた」
「それはどうも……その希望とやらが、戦闘機ですか?」
核心を突いたメビウス1の発言に、レジアスは堂々と頷いて見せた。
「失礼ですが、あの戦闘機はどこから手に入れたんです?」
「どこからも何も、我々が独自に開発したものだよ」
嘘だな、とメビウス1は考えた。戦闘機の開発はそう短期間で行えるものではない。おそらくは彼も自分と同じように、この世界に飛ば
されてきた戦闘機を使用しているのだろう。もしくは、何らかの形でデータを手に入れてそれを元に複製したか。
「……そうですか。まぁ、いいでしょう――で、俺に戦闘機のアドバイザーをやって欲しいと?」
「はっきり言ってくれるな。その通りだよ、我々は開発はできてもその運用方法はまだ手探りに近い。是非とも、君のようなベテランに
指導してもらいたいのだ」
本題に入ったところで、メビウス1は自分自身に質問をする。果たしてこの男は信用できるのか、と。
機動六課の皆は腹黒さが一片たりとも感じない、悪く言えばお人好しばかりだったが、それゆえに心置きなく協力する気になれた。
だが、この男は確実に裏がある。地上本部の代表とだけあって、権謀呪術に長けていないとやっていけない部分もあるのだろうが、そこ
がまたメビウス1の判断に影響を及ぼしてくる。
「……もちろん、タダとは言わんさ」
メビウス1の心中を察してか、レジアスが口を開いた。やはり何かしら企んでいるらしい。
「六課の査察についてでしたら、聞いております。俺はそれを含めて、あなたに協力するか否か考えてます」
「いや、それだけではない。君個人に、プレゼントしたいものがあるのだよ」
思わず、メビウス1は眉をひそめた。レジアスは立ち上がり、「ついて来たまえ」と執務室を出ようとする。メビウス1も後を追った。
彼の後に連なって歩くと、エレベーターに乗り込み地下に移動。エレベーターを降り、レジアスは目の前にあった厳重にロックされた扉
に暗証番号を入力して、中に入った。
「君はたしか、前回の戦闘で機体にトラブルが発生したそうだね?それで、今は飛べない身になっている」
「よくご存知で。それで?」
「君に、こいつをプレゼントしよう」
地下室の、天井のライトが点灯される。その瞬間、メビウス1は視界に映ったものを見て表情を一変させた。
「……F-2だと!?」
単発だが大出力を誇るF110エンジンに、必要な性能をコンパクトに収めた機体。F-2A支援戦闘機が、彼の目の前に駐機されていた。
「どうだろう? F-22にははるかに劣るだろうが、これもなかなか優秀な戦闘機だ。君には、これに乗って私の戦闘機部隊を指導してやっ
て欲しい」
どこか信用ならない、だが笑みを浮かべるレジアスの顔を、メビウス1は睨んだ。確かにF-22ほどではないが、翼の無い今の自分にはこ
の機体は喉から手が出るほど欲しい。
だが――これに乗ると言うことは、この男に手を貸すことを意味する。それは何故だか、六課の皆を裏切ってしまうような気がした。
目の前の力か、それとも仲間との絆か。物言わぬ鋼鉄の翼を見上げて、メビウス1は思考の海に沈んでいった。
「……ラーズグリーズ?」
聖王教会。六課設立の本来の目的――カリムの預言のことを、なのはとフェイトに説明しようと彼女たちを連れてきたはやてだったが、
そのカリムの口から、最近また新たに予言が加わったことを知らされた。
「そう、ラーズグリーズ……私もこの単語は初めて聞きました」
予言について解説するカリム自身、この新たな預言は正直どう解釈していいか分からないらしい。
前回はやてが聖王教会を訪れた時も、このようなことはあった。追加された預言は"恐ろしい御稜威の王が蘇り、救うべき者を無償で救
う"という内容だった。
そして今回のものは――"歴史が大きく変わる時、ラーズグリーズの悪魔はその姿を現す"――ただ、それだけだった。
はやては視線をずらし、なのはとフェイト、さらに六課後見人のクロノを見てみるが、誰も彼もが怪訝な表情を浮かべるばかりだった。
「とりあえず悪魔、と言えば……」
「ああ……」
「なるほど」
「ふむ」
「ふぇ?」
突然皆からの視線が集中して、なのはは当惑気味な声を上げる。確かに、一部からは"管理局の白い悪魔"と言うありがたくない二つ名で
呼ばれているが、本人は理解できていない様子だった。
「な、なんでみんなこっち見るのかな?かな?」
「いや、何でもないよぉなのはちゃん」
とぼけた返事でお茶を濁すはやてをなのははジト目で見るが、 そこはクロノが軽く咳払いして、話の話題を逸らす。
「――とりあえず予言の方は置いておくとして、はやて。以前頼まれたことを調べてみたんだが」
「あ、うん。どうやった?」
クロノは以前調べるようはやてから頼まれた、レジアスの新兵器たる戦闘機について、詳細をまとめた端末を開く。
「まず……皆の知っての通り、新兵器は戦闘機だった。自己開発と彼らは言っているが、その割りに開発予算の請求が僅かしかない。た
ぶん、どこからか戦闘機そのものを手に入れたか、データだけ手に入れて生産したか」
クロノが端末を操作すると、レジアスが前回の戦闘で繰り出したF-14の詳細なデータが皆の前に浮かび上がった。
「これって、どう見ても質量兵器では……」
「僕はそれは思ったよ。ただ、アコースの調べによれば随所に魔導技術を組み込んで、そういった指摘を回避してるらしい……メビウ
ス1のように」
もっともな疑問を口にしたフェイトに、クロノは用意していた回答を出した。その言葉には、どこか刺がある。
「……あと、知っているだろうが、レジアス中将はメビウス1を地上本部に引き入れるつもりらしい」
「あぁ、確かに来とるよ、その話。判断は本人に任せとるけど」
言葉を途中で区切って、はやては一つ、ため息を吐いた。
「任せとるけど……これは、仲間を売ったも同然やな」
数日後のことである。
機体の各部に、異常は見当たらない。まだ真新しいコクピットも、事前にマニュアルを熟読したためか、各種操作に手間取ることはなかっ
た。嘆くべきは、これが自分で選んだとはいえ、レジアスの手のひらに自ら飛び乗ることになったということか。
まぁ、これで六課が少しでも救われたのなら――。
誘導員の指示に従って、メビウス1は機体を滑走路端にタキシングさせながら、自分に言い聞かせた。どうせあのまま六課にいてもF-22
はいつ飛べるようになるか分からないし、地上本部の厳しい査察を受けて問題点が浮上し、最悪六課そのものが解体されるような結果に
なるよりはよほどマシである。
「Mobius1 Cleared for takeoff」
通信機を通じて、耳に入ったのは六課の副官と航空機用の管制官を兼任してくれているグリフィスの声ではなく、地上本部所属の女性オ
ペレーターだった。高い声は聞き取りやすいが、それが余計にメビウス1の肩に重い事実となって圧し掛かる。
"どうして地上本部になんか行くんですか"
かつて対峙した若き銃士の言葉が、脳裏をよぎる。事情を説明したが、彼女は理解を示しつつ、納得が行っていない様子だった。
「――Mobius1?」
「あ……Roger.Cleared for takeoff」
返答がないため呼びかけてきた管制官に返事をして、メビウス1はエンジン・スロットルレバーを押し込む。F110エンジンが咆哮を上げて、
機体は一気に加速していく。
日の光を浴びて、輝いて見えるリボンのマークはいつもの通りだが、機体は青い迷彩が施されたF-2Aだった。
最終更新:2009年02月21日 16:04