THE OPERATION LYRICAL_13

ACE COMBAT04 THE OPERATION LYRICAL




第13話 陸と海の境界線、そして動き出す欲望




翼を得た者は飛ぶ――例え、その翼が法に触れていようと。
欲望は動き出そうとする――人知れず、だが着実に。




地上本部が『G空域』と呼ぶ、洋上高度三万フィートの青空。
メビウス1は、新たな愛機であるF-2のコクピットで周囲を警戒していた。雲の量はそこそこ多い方ゆえに、どこから敵機が飛び出てくる
か分からない。
レーダーで索敵しようにも、画面に映るのは妨害電波で出たり消えたりする欺瞞信号ばかりでアテにならない。完全に目視だけが頼りだ。

「――見つけた」

小さく呟き、メビウス1は操縦桿を捻る。F-2は素早く翼を翻し、獲物を見つけた鷹の如く猛然と加速する。
彼の視線の先には、瞬きすれば見失いかねない小さな黒点が二つあった。まだ距離があるので機種の判別は出来ないが、事前情報でメビ
ウス1は敵機の正体を知っていた。F/A-18Fスーパーホーネット、ユージア大陸の国家では運用されていない戦闘攻撃機だ。
ホーネットなら戦ったことあるんだが――。
対峙した経験のない機体を相手するゆえ、それなりの不安が付きまとう。だが、メビウス1の駆るF-2は敵機に悟られることなく、確実に後
方に回り込んでいた。F/A-18Fの後方下位に位置したメビウス1は、ウエポンシステムを操作して赤外線ミサイルのAAM-3を選択する。

「高度を高めに取ったのは正解だぞ、アヴァランチ……だが」

AAM-3の弾頭が、F/A-18Fのエンジン熱を捉える。それと同時に、敵編隊が突然二手に分かれた。ようやく気付いたらしい。

「僚機にも警戒を徹底させておくべきだったな。ロックオン、フォックス2――ブリザード、キル!」

ミサイルの発射スイッチを押して、目の前のF/A-18Fのパイロットに撃墜宣告。悔しそうに空域を離脱していくブリザード機を尻目に、メ
ビウス1は急上昇で逃げを図るコールサイン"アヴァランチ"のF/A-18Fを追いかける。
高度があるなら下に逃げろ、加速性のない機体じゃ尚更だ――胸のうちでアヴァランチに問題点を指摘しながら、メビウス1は相手との
距離を縮め、機関砲の引き金に指をかけた。
機体の火器管制システムが表示した、機関砲の着弾予想地点にF/A-18Fが入る。迷わず、メビウス1は引き金を引いた。

「ガンアタック……アヴァランチ、キル!」



「あーあ、負けちゃったよ」

メビウス1とアヴァランチ隊による空戦訓練が終了してから二〇分後。地上本部所属の、クラナガン郊外にある野戦飛行場では、二人の
パイロットが双眼鏡を手に、着陸態勢に入ったF-2とF/A-18Fの異機種合同編隊を眺めていた。
訓練前のブリーフィングで、彼らの間ではある約束事があった。この訓練で勝者は編隊の先頭を行くというものだが、合同編隊の先を行
くのは尾翼にリボンのマークをつけたF-2だ。
先ほどぼやいたのは"スカイキッド"というコールサインを持つパイロット。元は地上本部の陸戦魔導師だったが、今回パイロットに"転職"
した。

「これでうちの部隊は全員負けか、ホント洒落にならん強さだな」

スカイキッドに続いてぼやくパイロットはコールサイン"ウィンドホバー"。彼もスカイキッドもそうだが、地上本部戦闘機隊はもともと
陸戦魔導師だった者が多い。魔力量が少なく魔導師ランクも低い彼らに、『本局の空戦魔導師と互角に戦える』という謳い文句で始まっ
たパイロットへの転向訓練は夢のような話だった。
そんな彼らの前にある日突然現れたのが、コールサイン"メビウス1"の名を持つ出身世界不明の男だった。彼はどこで身に着けたのか豊
富な実戦経験と天才的な操縦技術で、現在地上本部戦闘機隊の指導を行っている。ウィンドホバーもスカイキッドもその指導を受け、見
事に"撃墜"された。同僚のアヴァランチは「俺が仇を取ってやるさ」と自信満々に離陸した訳だが、結果は案の定敗北であった。

「メビウス1って、よく俺たちのミスを一つ一つ言えるよな。あんな空戦機動真っ最中に」
「ああ……後ろに目がついてるような反応も見せるしな。味方でよかった」

スカイキッドの言葉にうんうんと頷きながら、ウィンドホバーは視界の隅に現れた誰かの影に気付く。

「彼は……メビウス1はよくやっているようだな。水を得た魚、翼を得たリボン付きと言ったところか」
「――へ? え? レ、レジアス中将!?」

ようやく影の正体に気付いたウィンドホバーは慌てて敬礼。スカイキッドも冷や汗をかきながら敬礼しようとして、レジアスは「楽にし
たまえ」と手を振った。

「どうだ、メビウス1の指導は?」
「は、ハイ! 非常に的確で、で、で、えーと」
「メビウス1が指導するようになってから、技量は大幅に向上したと自認しております」

緊張のあまり呂律が回らず焦るスカイキッドに、ウィンドホバーが助け舟を出す。レジアスは頷いて見せて、

「そうか、喜ばしい限りだな。これからもよろしく頼む」

と言って二人の下を去っていった。地上本部の総司令官ともあろう方が、一人でわざわざ歩いて末端のパイロットに声をかけるなど、本
来あり得ないことだ。

「……驚いたな。寿命が縮まるかと思った」
「俺もだ。しかしウィンドホバー、そういう割りに結構冷静に対応してたじゃないか」
「伊達にお前さんより歳は取ってないからな」
「それは俺がガキだって?」
「さて、どうかな」

とぼけてみせるウィンドホバーを、スカイキッドはジト目で見る。実際、スカイキッドは三〇代が大半を占めるパイロットたちの中で、
彼は二〇代だったりする。だからスカイ"キッド"なのだ。
とは言うけど、あの人だって俺とそう変わらんだろうに――。
着陸し、駐機場へたどり着くなりコクピットを降りて、機体の点検を始めたメビウス1の背中を遠目に見ながら、スカイキッドは不機嫌な
面を露にさせていた。



飛行場のブリーフィングルームに入ったレジアスは、アヴァランチに模型の飛行機片手に今回の飛行の問題点を指摘するメビウス1を見つ
けた。

「ああいう時はだな、素直に急降下した方がいい。速度が得られて、その後の反撃もしやすい……ん、中将?」
「なるほど、勉強になる――うわ、レジアス中将!?」

熱心に聞き入っていたアヴァランチはレジアスが近くに来たことではっとなり、慌てて敬礼する。一方で、メビウス1はまるで腐れ縁の知
人でも見つけたような反応だ。

「元気そうだな、メビウス1……ああ、アヴァランチと言ったか。ご苦労、少し彼と話がしたいんだが、下がってもらっていいか?」
「は、はい……じゃあ、後でなメビウス1、また頼む」

レジアスに言われるがまま、アヴァランチはメビウス1に一声かけてからブリーフィングルームを立ち去った。

「……短い間に、ずいぶん慕われているようだな」

二人きりになったブリーフィングルーム、レジアスはここまで歩いてきた道のりの最中、部下たちから聞いたメビウス1の評判がよいこと
に気付いた。それと同時に、部隊の士気が大きく向上していることも。

「ええ、まぁ――みんな熱心にやってます。これなら本局の連中にも勝てるって」

地上本部に出向し、教官紛いのことをやっているうちに、メビウス1は地上本部内の凄惨な状況を目の当たりにした。
優秀なものは多くが本局に引っこ抜かれ、地上に残るのは戦力的に見劣りするランクの低い魔導師ばかり。そうなると自然に、本局の人間
にはエリート意識が生まれる。一方で地上では劣等感を抱く者が増えて、本局に行くために優秀になろうとする。そうして本当に優秀にな
った者が本局に行き――悪循環だった。
おまけに、地上本部指揮下であっても出世や昇格のため、本局に寄り付く部隊すらある。実質的に命令系統がもう一本存在するようなもの
だ。真の意味で、地上本部の指揮下にある部隊はわずかである。

「どこの国でも陸軍と海軍の仲は悪いといいますが、これはひどいもんです」

両手を上げて、呆れたような声でメビウス1は言った。地上本部は陸、本局は海という通称があることから、彼は元の世界でも似たような
構図が存在するのを思い出したが、正直予想以上だった。

「耳が痛いな」

率直な感想を述べたISAF空軍のエースの言葉に、レジアスは思わず苦笑いするしかなかった。

「君の言うとおり、本局と我々の対立は根深いものがある……戦闘機にしてもそうだ、案の定本局から抗議が来た」
「なんと?」
「質量兵器を封じてきた先人たちの気高き行いをどうたらこうたら――馬鹿馬鹿しい、では質量共に劣る我々はどうしろというのだ」

そう吐き捨てるレジアスの言葉が、メビウス1の思考に引っかかる。今の言葉、六課の連中が聞いたらどう思うだろうかと。
同時に、メビウス1はレジアスの指揮官として、現状をどうにか打破しようとするその姿勢に好感を覚えた。
最近、地上本部内では急速に部隊の再編成が進められている。元の世界で士官教育を受けたメビウス1の意見を取り入れつつ、同時に本局
寄りの人員をなるべく重要なポストから遠ざけた。いざという時に、命令に従わないような者を部隊長にしておくのは危険だ。
装備も改修が進められている。被視認性の低い迷彩服に、魔力によって実体弾を発射する自動小銃の導入。これなら魔力量が少なくても、
弾丸の雷管にわずかな魔力を流し込んで発火、発砲するだけなので継戦能力は大幅に向上する。問題点といえば、弾が無くなれば魔力が余
っていてもどうにもならないことだった。

「……失礼、今日は愚痴を言いにきたのではない。来週、公開意見陳述会があるのは知っているな?」
「ああ、あれですか」

メビウス1も、通達でその話は聞いていた。管理局の各部の代表が集い、報道陣の前で意見を述べるのだ。事が事だけに、警備はきわめて
厳重になる。確か、機動六課も参加するはずだ。

「陳述会の前に、本局の空戦魔導師と演習を行う。四日後だ、勝利した方が陳述会会場の上空を防衛する」
「またえらく急な話ですが……さしずめ、陳述会で戦闘機について批判してくるであろう本局を、演習結果で黙らせるってとこですか」
「察しがよくて助かる。勝てるかね?」

レジアスの問い。メビウス1は少し考えるような素振りを見せて、しかし答えは決まっていた。

「……やれますよ」

――とはいえ、ただ一方的にやるんじゃ演習の意味がない。
言葉とは裏腹に、メビウス1にも考えはあった。



翌日、機動六課。
ベッドの中で、もぞもぞとティアナは目を覚ました。寝ぼけた目で時計を見ると、もう昼近い時刻だった。

「あー……寝すぎた」

オフをもらったので目覚ましをセットせずゆっくり寝ようと考えた訳だが、言葉通りさすがに寝すぎたせいで、身体が少しだるい。
どうせ今日は一日休みだし、二度寝しようかなぁ――。
日々訓練に晒されて鍛えられはするけども、同時に同じくらい悲鳴も訴える身体からは、容赦ない眠気が来る。
瞼を閉じようとして、窓の外から久しく聞いてないような音が聞こえてきた。
ああ、なんだろうこの雷みたいな音。おっかしいな、空はよく晴れてるようなのに――。
次の瞬間、ズゴーッと轟音が隊舎の上を駆け抜けていった。腹に響く、それはそれは凄い轟音であった。寝ぼけた人間を起こすなど朝飯前
だろう。

「うわぁああああ!? 何、何!?」

ベッドから跳ね起きて、彼女は寝癖や薄い肌着はそのままに窓を開けてみる。見れば、リボンのマークをつけた戦闘機が六課隊舎上空をぶ
んぶん飛び回っていた。騒音問題で訴えたら勝てそうだ。

「……あの、リボン付き。人の惰眠を邪魔して」

撃墜してやりたい気分にもなったが、心のどこかで喜んでいる自分がそこにいる。それに気付いたティアナは一人赤面し――素早く着替え
と洗面を始めた。
――帰ってきた、のかな?



「ほれ、地上本部の戦力再編成案」

"航法訓練"の名目で、久しぶりに訪れた機動六課、はやての執務室。メビウス1は、手にしていたメモ帳をはやてに手渡す。

「おおきに。悪いなぁ、こんなスパイみたいなことさせて……」

受け取ったはやてはパラパラとメモ帳の中身を確認しつつ、申し訳なさそうな声で言った。
記憶媒体に入れず、わざわざ一つ一つメモを取ったものを渡すのは、地上本部内で記憶媒体の持ち出しが厳禁となっているからだ。
身内にさえ信用できない人物がいる――レジアスはそう言っていた。最近は、地上本部内を本局の者と思しき人間が調べて回っているとも聞
いた。

「ISAF空軍からこっちに迷い込んで六課で戦って、今度は地上本部に出向いて教官やって、さらにスパイもやって……組織を二股どころか三
股。俺はオセロットか」
「いいセンスや……冗談、冗談やから怒らんといて」

自嘲気味な笑顔を浮かべるメビウス1をはやては茶化すが、不機嫌な表情になった彼を見て慌ててなだめる。

「なるほど……査察官にでさえ、情報公開を求められても拒否する訳やな。これはまたブラックに近いグレーな兵器」

メモ帳に記されていた情報の一つ、地上本部戦力再編成に伴い、新規開発された自動小銃の項目に目を通しながら、はやては呟く。

「他にも迷彩服、戦車、ことごとくグレー路線。各部隊の隊長もレジアス派ばかり。こりゃあ今度の陳述会で叩かれるで」

やれやれ、と言った具合にメモ帳を閉じたはやての言葉。

「――それほど、彼らは戦力不足なのさ」

だが、地上の実情を目の当たりにしてきたこの男は、地上本部を庇うような言葉を発した。

「八神、お前さんの言うとおり、レジアス中将はどっか裏がある。けど……」
「けど?」
「あの人の地上を何とかして守ろうという気概は、本気だと思う。問題発言があるのは事実かもしれんが、俺はそこまで悪い人に思えん」

はやては、ただ黙って聞いていた。なんとなく気まずい雰囲気になるのを感じたメビウス1は、言葉を続けた。

「本局は戦闘機や他の武器のことを質量兵器紛いだとか言って批判するが、そういうのを導入せざるおえないほど、地上の戦力は深刻なん
だ。そして、そんな事態にまで追い込んだ責任は、優秀な人材を引き抜き続けた本局にもあると思う……だからと言って、皆が皆責任は本
局にあるとは言わない。中将の手段が強引過ぎて、自ら離れていった者も多いようだし。何が言いたいかって言うと、あー、つまりだ」

そこまで言って、メビウス1は苦々しい表情を浮かべ、こめかみを突く。言いたいことがうまくまとまらない

「要するに、メビウスさんは地上本部に出向して、向こうの実態を見てきた。想像以上にひどかったから、あまり彼らを悪く言わないでや
って欲しい?」
「そう、そういうこと」

それまで黙って彼の話を聞いていたはやてが、口を開く。メビウス1は彼女の分かりやすい解釈に感心しつつ、何度も頷いた。

「ふーむ……正直な話、陸の実態はよう分からんところがあったんよ。だから、メビウスさんの言うことは信用するしかないと思う。けど
なんて言うかな、理解は出来ても納得は出来んって言うか……中将に黒い噂が絶えんのも事実やし」
「それで充分だ。俺も一〇〇パーセントあの人を信用した訳じゃない。現場の連中は信じてやって欲しいが」
「うん――まぁ、現状戦闘機に対抗可能っぽいのはうちと地上本部だけっぽいから、いざとなったら協力することもあるかもしれへんな。
その時はメビウスさん、悪いけど掛け橋になってや」
「望むところだよ」

ひとまず、この話題はそれでお終いとした。地上の凄惨な状況を知ってもらう、それだけでもメビウス1は充分だと考えた。

「さて、辛気臭い話題は置いといて……今日の用事は、これだけじゃないんだ。これから先は六課にとって美味しい話だぜ」
「ほう? 期待してええかな?」

にんまりと笑ってみせるメビウス1に、はやては同じように笑ってみた。
そして、彼の言う六課にとって"美味しい話"とは、確かに美味しいものだった。



「ん……?」

ひとまず用事を終えたメビウス1だったが、帰投予定時刻まではまだ時間がある。
しょうがないので六課の敷地内をぶらぶら歩いていると、どこからかひどく歪んだ、高い音色が聞こえてきた。
近いな――。
何気なく音がした方向に向かって歩いてみると、ベンチに座った小さな少女が――おそらくはエリオやキャロよりも幼い――顔を真っ赤に
して、精一杯手にしたハーモニカを吹いていた。
緑と赤のオッドアイに金髪の髪を、可愛らしく結っているのが印象的だった。

「……あ」

少女はメビウス1に気付き、しばらく彼を見つめると――何故だか、どんどん涙目になっていく。
――まずい!
なんとなく嫌な予感はよぎったか、時すでに遅し。少女は声を上げて泣き出してしまった。おそらく結構な人見知りなのだろう。

「うぇええええんっ」
「あぁ、ごめんごめん。驚かせちまったな、よしよし……」

慌てて泣く少女をあやしてみるが、そういった経験皆無のメビウス1にこれは強敵だった。おそらく、ある意味で黄色の13より手強い。
そこでふと、彼の視線にあるものが止まる。彼女が手にしていたハーモニカだ。子供向けの玩具なので彼にはかなり小さいが、他にいい手
が思いつかなかった。

「悪い、ちょっと借りるよ」

少女に一声告げてから、メビウス1はハーモニカを咥えて、唯一吹ける曲を少女に聞かせた。
曲名は、いまだに知らない。ただ、ユージア大陸のある酒場で、よく流れていたのを何度も聞くうちに覚えてしまった。
――あれはなんて店だったか。「SKY KID」とか言ったか? 壁に黄色中隊の撃墜数が書かれていたな。
ふと、懐かしい記憶が脳裏をよぎった。曲を終えて少女を見ると、今までが嘘のようにパタリと泣き止んでいた。

「……どうだ、上手だろう?」

得意げな笑顔を浮かべる彼を見て、少女は安心したのか、興味津々な目で何度も頷いて見せた。

「もう一回……」
「お、アンコール? OKだ」

彼女の望むまま、メビウス1はもう一度ハーモニカを咥えて曲を吹き出す。
独特の優しい音色が気に入ったのか、演奏を終えると少女は笑顔を浮かべて拍手を送ってきた。

「はは、ありがとう……お嬢ちゃん、お名前は?」
「ヴィヴィオって言うの。おじさんは?」
「おじさんはね……おじ、さん?」

メビウス1は どうよう している!

幼い彼女の容赦ない言葉にひどく狼狽していると、後ろから笑い声がした。振り返ると、そこにいたのはツインテールの少女、ティアナだっ
た。

「あ、てめ、笑ったな」
「あははは、エースパイロットもおじさん呼ばわり。ホント、子供って正直ですよね」
「そりゃ俺がおじさんと?」
「さぁ?」

意地悪く笑ってみせるティアナに、メビウス1は少し不機嫌な表情をしようとして、ヴィヴィオの存在を思い出し、かろうじてポーカーフ
ェイスを維持する。

「おじ……もとい、お兄さんはメビウス1って言うんだ、よろしくなヴィヴィオ」
「うん、よろしくお願いします」
「いい子だ」

ちょこんとお辞儀をするヴィヴィオの頭を撫でてやって、メビウス1はティアナの方を向いた。

「しかし、どうしたんだこの子? 誰かの子供か?」
「それは……」
「なのはママとフェイトママの子ー」

答えは、ヴィヴィオの方から出てきた。ティアナも「まぁ、そういうことです」と言って彼女の答えを肯定する。
だが、これは彼にあらぬ誤解を生み出してしまった。

「何……高町とハラウオンの子? え、いや、ちょっと待て。あの二人いつの間に、いやいやそうじゃなくてあり得るのか生命学的に? だ
ってお前、二人とも女だろ? は、まさか恐るべき子供たち計画……」
「メビウスさーん、MGSネタが好きなのは分かりましたから、いい加減気付いてください。養子みたいなもんですよ」
「あ、なるほど……」

よくよくティアナから話を聞くと、以前のガジェット迎撃戦の際に保護した女の子で、身元が分からないので六課で預かっていると言う。
そうして懐かれたのがなのはだったので、ヴィヴィオの「ママ」になっているそうだ。同時にフェイトも後見人になったので彼女も「ママ」
ということらしい。

「俺がいない間に、結構大事になってたんだな」
「大事ってほどでもないですが。まぁ確かに、色々ありましたけど……」
「ふむ……ん、なんだいヴィヴィオ?」

ふと視線を下ろすと、ヴィヴィオが本を手にして、メビウス1の飛行服の袖を引っ張っていた。

「メビウスおじさんに、読んで欲しいの」
「ああ、この本をね……おじ、さん」

メビウス1は どうよう(ry

必死に笑いをこらえるティアナに「後で覚えてろよ」と一瞥し、メビウス1はヴィヴィオの持っていた本を受け取る。

「んーっと、何々……姫君の、蒼い鳥?」

どこかで聞き覚えのあるタイトルだな、と胸のうちで呟き、メビウス1は本の内容を、ヴィヴィオに向かって読み上げ始めた。



どこに行っちゃったのかな――。
六課の敷地内を、なのはは歩いていた。少し目を放した隙にヴィヴィオの姿が消えていた。目下、彼女は「娘」を捜索中な訳である。
幸いにも、ヴィヴィオはすぐ見つかった。途中でハーモニカの音が――知らない曲だったが、優しい音色だった――聞こえたので、それを
頼りに進んでいくと案の定、いた。メビウス1とティアナも一緒だった。

「ヴィヴィオー、もう、どこ行っちゃってたの……え?」

ベンチに腰かけて、メビウス1に本を読んでもらっているヴィヴィオに声をかけようとして、メビウス1の発した言葉を聞いた彼女は、動
きを止めた。

「歴史が大きく変わる時、ラーズグリーズの悪魔は現れる……っと、よぉ高町。どうした?」
「あ、なのはママー」

ベンチから飛び降り、元気よく飛びついてきたヴィヴィオを受け止めて、なのははメビウス1に問う。

「メビウスさん……今なんて言いました?」

まったく予想だにしていなかった。カリムの予言の言葉が、まさか彼の口から出るなんて。



歴史が大きく変わる時、ラーズグリーズの悪魔は現れる――リボンをつけて、現れる。
歴史が大きく変わる時、ラーズグリーズの悪魔は現れる――黄色い翼を身につけて、現れる。



気がつくと、懐かしい場所にいた。
酒場の外では、本日ついに五機目の敵機撃墜を果たした部隊の若手パイロットが、同僚たちからやっかみと酒を浴びせられている。
五機撃墜すれば、"エース"と呼ばれるのが彼らの慣わしであった。
視線を正面に戻すと、褐色の肌の落ち着いた雰囲気の女性が――しかし、羽織っているフライト・ジャケットには誇り高き航空兵のワッペ
ンがある――紅茶を飲んでいた。彼女は酒が苦手なのか、それともそうしている方が好きなのか、外の騒ぎを楽しそうに眺めていた。
だが、彼は気付いてしまった。その女性は、もうこの世にはいないはず。不調機で上がり、"リボン付き"に撃墜されたのだ。
つまりこれは過去の記憶、それも都合のいい部分だけで固めた夢なのだ。

「――?」

ふと、誰かの視線を感じて顔を向けると、ハーモニカを持った少年がいた。「どうしたの?」と言わんばかりに首をかしげている。
なんでもない、と彼はその犯しがたい面に笑顔を浮かべ、傍らのギターを手に取った。言わなくても分かる、少年のハーモニカと演奏する
のだ。
少年がハーモニカを咥え、彼はギターの弦を弾こうとして――突如、全てが消え去った。夢がお終いなのは理解できた。
そうだろうな、と彼はため息を吐く。俺は、彼の家族を殺したも同然なのだから。彼を一人にしたのは、俺なのだから。
夢だろうが現実だろうが、彼と演奏する資格も、生きる資格も、当の昔に――。



「13、起きて下さい。13、ドクターが呼んでるッスよ」
「う、むぅ……」

ようやく現実世界に戻ってきた黄色の13が最初に目にしたのは、教え子の一人であるウェンディであった。

「どのくらい、眠っていた……?」
「四時間ってとこッスかね。なんか疲れてるように見えるんスけど、大丈夫ッスか?」

口調は相変わらずだが、彼女なりに心配してくれているようだ。黄色の13はわずかに笑って

「大丈夫だ、伊達に鍛えてない」

と言ってみせた。妙な夢を見たせいだろうか、肩が重苦しいが、そこは歴戦の古強者だ。ベッドから立ち上がるなり、きびきびした動作で
ウェンディに疲れていないように見せた。
二人は適当に雑談を交えながら、地下ゆえに自然な日の光ではなく人工的な明かりで照らされた通路を歩いて、あのマッドサイエンティス
ト――スカリエッティの元に向かう。

「いったい何の用だ、スカリエッティは」
「さあ? あたしは何にも知らされてないッス。ただ呼んできてくれって言われただけで」
「……前々から思っていたんだが、なんで君たちナンバーズは奴の言う事を聞くんだ?」

抱えていた疑問を、黄色の13はウェンディにぶつけてみた。あの悪趣味で何が望みなのかさっぱり分からず、とりあえず命の恩人である
こと、その後の衣食住を保障してくれていること、あとはウェンディたちの指導を任されていることを除けば、付き合うのを避けたい人間
に無条件で付き従う彼女たちを、黄色の13は理解しかねていた。

「んー……」

腕組みをして、たっぷり三分は考えただろうか。しかしウェンディは特に疑問も無さそうに、彼の問いに答えた。

「親みたいなもん、だからッスかね」
「親……?」
「そうッス。ほら、あたしたちってドクターに造られたじゃないッスか。だからドクターは親で、あたしたちはその子供。子供が親の言う
こと聞くのは、当然ッス」

あとはあたしが一発派手に暴れてみたいのもあるッス、とウェンディは付け加えるが、黄色の13にその部分は聞こえていなかった。
親、と言う言葉を聞いて彼の脳裏に蘇ったのは、何故か夢に出てきたあの少年だった。少年の親は、黄色の13が撃墜したISAF空軍機の残
骸によって、家ごと消滅してしまった。少年はもう、親孝行などしたくても出来ないのだ。

「そうか――なるほどな」

これが罪滅ぼしになるとは思わない。だが、彼が痩せこけてしまったと思っている良心が疼く。
親を奪った者として、今度は親孝行の助けをするべきだ、と。例えそれがどのような結果になろうと、彼女たちが望むなら。

「納得したッスか?」
「ああ――ありがとう」

頷き、笑って見せる。
ウェンディはあっという間に納得してしまった彼に首を傾げつつも、お礼を言われて「えへへ」と嬉しそうに頬を緩めた。
そうこうしているうちに、ブリーフィングルームに辿り着いた二人は扉を開けて中に入る。

「ドクター、13を連れてきたッスよー」
「ああ、ご苦労……下がっていいよ、ウェンディ」

ブリーフィングルームには、データ端末を熱心に覗き込むスカリエッティがいた。彼は顔を上げようともせず、言葉だけウェンディに送る。

「了ー解、じゃあ13」
「ああ、後でな」

言われるがままウェンディは黄色の13に別れを告げてから、ブリーフィングルームを去った。

「……画面からは、なるべく離れて見なさいと母親に教えられなかったか?」
「あいにく親の顔など見たことも無くてね」

呼び出しておいて、端末から離れようとしないスカリエッティに嫌味の一つでも言ってから、腰を下ろす黄色の13だったが効果がないよ
うだ。不機嫌な表情を露にさせていると、ようやくスカリエッティは端末のキーを叩き、顔を上げた。

「そう怖い顔をしないでくれ。今日は君に、話がある」
「手短に頼む。あと三〇分もすれば彼女たちの訓練指導を行う」
「ほう。どんなメニューなんだね、その訓練とやらは」

興味があるのか、スカリエッティは少しばかり楽しそうに聞いてきた。

「コンビネーションを主にやっている……突撃と援護、回避と牽制、捜索と警戒」

黄色の13は面倒臭そうに答える。魔法のことはよく分からないが、彼はかつての黄色中隊の指揮官として、個々の技量に合った訓練方法
と指導を行っていた。

「なるほど……では、本題に入ろう。13、いよいよ私は動こうと思う」

感心したように頷きながら、スカリエッティは端末のキーを叩いて、画面を表示させる。そこには、彼の今後の行動計画の全てが網羅され
ていた。その内容を黄色の13は最初のうちこそ興味なさげに見ていたが、徐々に顔色に明確な変化が現れた。

「貴様……これは、本気か?」
「本気だよ。我々の戦力なら、可能さ」
「誇大妄想を広げる政治家たちは山ほど見てきたが……」

呆れたような、感動したような。どちらとも取れる表情を浮かべて、黄色の13は言った。

「世界に挑もうというのか、スカリエッティ?」
「挑むのではない、変えるのさ」

ぞっとするような、不敵な笑みを浮かべるスカリエッティ。
無限の欲望は、人知れず、だが着実に動き出そうとしていた――。




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最終更新:2009年02月21日 16:18