THE OPERATION LYRICAL_14

ACE COMBAT04 THE OPERATION LYRICAL




第14話 特別演習空域"円卓"




全てを賭けて、鋼鉄の翼は駆け上る――かの地、円卓へと。




地上本部戦闘機隊のブリーフィングルーム。
そこではパイロットたちが、緊張した面持ちで地上の司令官レジアス自ら行う今回の演習の解説を聞いていた。
ただ一人、メビウス1だけがえらくリラックスして、同僚たちの顔を観察している。
正面右にいるアヴァランチ、左のウィンドホバー、そして後ろのスカイキッド、みんな最近の間に技量は跳ね上がったのだが、それでも
今回の演習はある意味地上本部の名誉を賭けた戦いのため、緊張しているようだ。
まるで以前の自分を見ているようだ、とメビウス1は苦笑いを浮かべた。ユージア大陸での一年に及ぶ激戦は、彼にそういった感情を忘
れさせてしまった。

「――演習は、廃棄都市の上空を区切って行う。地面のことは気にしなくていいが、安全のため規定高度を設ける。高度一万フィートを
切った者は敵味方問わず、戦闘機動を中止。その間は攻撃されてもノーカウントだ……聞いてるか、メビウス1」
「……ええ、聞いてます」

途中で刺すような視線を向けてきたレジアスに、メビウス1は姿勢を正して返事をする。レジアスは軽く咳払いをして、解説を続けた。

「演習空域は、半径100キロのこの円形の内部だ」

レジアスが視線を動かすと、傍らにいた副官のオーリスが頷き、端末を操作する。直後、演習空域の詳細がブリーフィングルームのモニ
ターに映し出された。
画面の中央、廃棄都市を中点に大きな円が描かれている。それを見た瞬間、メビウス1ははっとなった。
――こりゃ、まるで円卓じゃないか。
元の世界での、戦闘機乗りにとって自身の技量を試される激戦区。かつて無敵を誇ったベルカ公国空軍の、絶対防衛戦略空域。通称を円
卓と呼ぶ。ユージア大陸出身の彼にとっては海の向こうの地であるため訪れたことはないが、戦闘機乗りとして興味はある土地だ。
その円卓と、今回の演習空域は酷似しているのである。しかも、レジアスは

「我々は、この空域を円卓と呼ぶことにする」

とまで言った。偶然なのだろうが、メビウス1は吹き出すのを我慢せざるをえなかった。
公開意見陳述会を目前に控えて行われる、今回の本局所属空戦魔導師との合同演習。合同とは言うが、事実上の対決である。
随所の動作を魔力に頼っているとはいえ、質量兵器に限りなく近い地上本部の戦闘機に、本局が陳述会で批判してくるのは明らかだ。
そこでレジアスは一計を講じた。それが今回の演習であり、勝利した方が陳述会会場の上空警護に就く。もし、本局が何か言ってきたら
こう言えばいいのだ、「あなたの頭の上を守っているのはその戦闘機です」と。
無論、敗北すれば本局はそれ見たことかと猛烈な批判をしてくるだろう。最悪、戦闘機隊は解体されるかもしれない。まさに地上本部に
とって、この円卓での勝敗は己の運命を左右する決戦なのだ。

「この演習で勝利し、本局の鼻っ柱を叩き折ってやれ。以上、解散」

ブリーフィングルームに、レジアスの力強い言葉が響く。パイロットたちは立ち上がり、一斉に敬礼した。彼らにしても、自分たちの立
場を守るため、この戦いへの意気込みは特別なものがあるのだろう。

「必ず勝とうぜ、そしたら一杯やろう」
「いいな。じゃあその時は俺がおごろう」
「さすが、太っ腹だな。やる気出てきたぜ、なぁメビウス1」
「ん? ああ――そうだな」

盛り上がりを見せるアヴァランチ、ウィンドホバー、スカイキッドとは対照的に、メビウス1は曖昧な頷きを見せた。彼には彼で、今回
の演習に別の意味を見出していた。
――さて、六課の皆はどこまで見せてくれるかな?



二日ほど時間は遡り、機動六課。

「ふーむ……」

一冊の子供向けの絵本を手にして、はやては自身の執務室で思案顔。絵本のタイトルは「姫君の蒼い鳥」、先日ヴィヴィオがメビウス1
に読んでもらっていたものだ。
内容はそこまで重要ではない。問題は、絵本の中にカリムの予言と一致する言葉が出てきたことだ。すなわち、ラーズグリーズの悪魔。
さらに言うなら、この絵本とまったく同じ内容が元の世界にある、というメビウス1の証言も気にかかる。

「一応、出版社とか調べてみたよ。けど……」

絵本について調べたフェイトだったが、その表情には曇りがある。

「けど、どうやった?」
「元の出版社は、だいぶ前に倒産してた。今、この本を出してるところにも資料は残ってない。作者の名前も分からないし――」
「要するに、何も分からないってことだよね」

そう結論付けたのはなのは。フェイトはなのはの言葉に頷く。

「予言では、歴史が大きく変わる時、ラーズグリーズの悪魔は姿を現す、だったかな。そして、メビウスさんの世界にこれと同じものが
ある……まさかとは思うけど」

証拠も何もない、ただ漠然とそう考えてしまうだけ。だが、はやての思考はなのはとフェイトと同じだった。

「ラーズグリーズの悪魔……やっぱり、これはメビウスさん?」
「だと思う。スカリエッティって線も否定できないけど」
「スカリエッティは、むしろこっちと違うかな」

はやては端末を引っ張り出して、カリムの予言、ラーズグリーズとは別のものを表示させる。それは、メビウス1がミッドチルダに現れ
てからしばらくして出てきたものだ。

「――恐ろしい御稜威の王が蘇り、救うべき者を無償で救う。私としては、こっちの方がスカリエッティに似合ってると思う」
「無償で救う、って言うのが矛盾してるけどね。彼がやってるのは破壊行為だし」

フェイトの指摘に頷きつつも、しかしはやては自分の考えを口にする。

「そうなんやけど……王様から見たら、自分の破壊活動も正当な行為やろ?」
「あ、なるほど――そんな王様は迷惑極まりないけどね」

乾いた笑い声を上げて、なのはは話題を切り替える。

「そういえば、二日後の演習なんだけど」
「ああ――本局の方から、お知らせが来とったわ」

再び端末を操作して、はやては今度は別の画面に切り替える。画面のタイトルは「メビウスさんの美味しい話」と言う妙なものだったが
その内容は、びっしりとメビウス1考案の魔導師による対戦闘機戦の戦術が書き込まれていた。
これが、前回メビウス1の言った六課にとって美味しい話である。

「本局も本気や、演習に投入されるのは最低でも、ランクAの魔導師。それが六〇人程度……こっちにもお呼びがかかっとる」

はやてはなのはとフェイトを交互に見て、「いけるか?」と言った。二人が頷いたのは、言うまでもない。



演習当日の演習空域"円卓"。
高度三万フィートの空を、鋼鉄の翼の群れが編隊を組んで飛んでいた。先頭を行くのはリボンのマークをつけたF-2、メビウス1だ。その
後方にはアヴァランチ率いるF/A-18F、ウィンドホバー率いるF-16C、スカイキッド率いるMir-2000がそれぞれ四機ずつの合計一三機。

「こちらゴーストアイ、各機聞け」

そしてはるか遠くの距離から空中管制を担当するE-767、ゴーストアイ。直接戦闘には参加しないが、高度な情報収集力をもって部隊の戦
闘の手助けを行うのが任務だ。

「ブリーフィングでも通達されたが、もう一度確認する。今回の演習では、より実戦に近い状況を生み出すため、ミサイルと機関砲弾に特
別なものを用意した」

――ああ、これか。
ウエポン・システムを起動させて、メビウス1はディスプレイに表示されるF-2の搭載兵装を確認する。
ミサイルは中距離用のAAM-4、短距離用のAAM-3が四発ずつ。機関砲弾は五一二発。どれもボタンを押す、引き金を引くなどすれば実際に発
射されるが、ミサイルは通常炸薬の代わりに、爆発しても"見た目"だけな非殺傷設定の魔力式、機関砲弾は実弾の代わりにカートリッジを
積めた魔力弾、これも非殺傷設定。ただし弾道特性や誘導性能は実弾と変わらない優れものである。

「これは、ISAF空軍に是非導入したいな」

感嘆しながら、メビウス1はゴーストアイからの通信に耳を傾ける。

「なお、撃墜判定はこちらと本局、双方の司令部が行う。抗議は認められない。賄賂を贈っても無駄だぞ」
「ゴーストアイ、お前のお袋の頼みだったら?」
「それはやむを得ん……待て、何を言わせるアヴァランチ。撃墜判定を出すぞ」
「冗談だ」

編隊内で笑い声が上がる。戦闘前に張り詰めた空気が、一瞬だけ解けた。

「――待て。こちらのレーダーに反応がある」

だが、次の瞬間ゴーストアイの言葉で、皆の気が引き締まった。メビウス1も、酸素マスクの固定を確認し、データリンクで送られてくる
ゴーストアイが捉えた円卓の全体図を注視する。
いくつもの光点が、円卓の中心部に向って接近しつつある。その数はざっと二〇といったところだが、これは第一波と見るべきだろう。
ゴーストアイのレーダーが、円卓の外部からさらに接近中の魔力反応を発見した。

「ちょ、ちょっと待て、本局の連中はいくら戦力を投入して来るんだ? 俺たち一三機だぞ?」
「投入する戦力の制限については特に明言されていなかったからな……出せるだけ出したってとこだろう」

戸惑うスカイキッドに、ウィンドホバーは冷静な思考を口に出す。その瞬間、編隊内で軽くブーイングが発生した。

「演習でランクA以上の魔導師これだけ投入するか、普通」
「何が何でも本局は俺たちを潰す気ってことか。畜生め」
「本局からの勧誘、蹴って正解だったぜ。こんな小汚い真似するとは思わなかった」
「……愚痴を言いたくなるのは分かるが、これも任務だ。奴らを全て叩き落せ、お前たちはそれが出来る。そうだな、メビウス1」

ブーイングをひとまず鎮圧したゴーストアイは、確認するようにメビウス1に問いかけてきた。彼は笑って、答える。

「ああ――もちろんだ。円卓の空は俺たちのものだ」
「と、言うことだ。各機、戦闘態勢に移行せよ」

ブーイングを続けていたパイロットたちも、「仕方ない、やってやろう」とヤケクソと自信が入り混じったような感情の元、兵装のセーフ
ティを解除させる。
編隊が円卓の中央に到達すると、ようやく各機のレーダーにも反応があった。魔力反応が二〇、まっすぐ突っ込んでくる。

「来るぞ。各機、交戦を許可する」

ゴーストアイからの命令。パイロットたちは待ちわびていたように、エンジン・スロットルレバーを叩き込み、機体を翻させる。

「Como On! It's Paybacktime!」



エンジンが彼らの闘志に応えるように、咆哮を上げる。主翼が大気を引き裂き、空が震える。
そこには下座も上座もない、条件は皆同じ。
――生き残れ。異世界であっても、それが"円卓"と名のついた土地の、唯一の交戦規定だった。



本局の空戦魔導師たちは、この日のために集められた精鋭揃いだった。それゆえ、彼らは戦闘機を見ても驚かなかった。それどころか、質
量兵器紛いに何が出来る、と侮ってすらいた。
だが、その自信は脆くも打ち砕かれた。

「くそ……!」

もう一〇人も撃墜された。一人の魔導師は悪態をつきながら、先ほどから圧倒的な動きを見せるリボンのマークをつけた戦闘機に狙いを定
めた。
手にしていたデバイスから魔力弾を放って"リボンつき"を撃ち落そうとするが、いくら撃っても当たらない。機体の各部を絶えず動かして
ランダムな機動を繰り返す"リボンつき"は、今度は上昇し、主翼の先端から水蒸気による白い糸を引きつつ、魔力弾を回避する。

「ダメだ、速すぎる……それにあいつ、後ろに目でもついてるような動きをしやがる」

肉薄して距離を縮めようにも、一度戦闘機がアフターバーナーを点火すればぐんぐん引き離される。死角からこっそり、しかし高速で近付
いて一撃を浴びせようと企んだ魔導師だったが、この"リボンつき"はそれすら回避してみせた。
ところが、次の瞬間"リボンつき"は突然速度を落とした。尾翼のラダーを動かして左右に機体を揺らしているが、その姿が、彼には挑発し
ているように見えた。"ほれほれ来いよ、俺はここだぜ"と。

「舐めるなぁ!」

魔力を収縮、一気に放出して急加速。"リボンつき"を必中距離に収め、魔導師はデバイスを構えようとして――側面から、強い衝撃を受け
た。なんだと思って振り向くと、頭上を轟音が駆け抜けていく。間もなく、念話で司令部の方から自分が撃墜されたことを知らされた。

「何故です、自分はいつ……」
「たった今だよ。実戦なら君はとっくにミンチだ……もうすぐ、切り札が到着するんだ。今回は下がりたまえ」
「くそ……了解」

無念の思いを噛み締めながら、彼は降下して空域を離脱する。あまり"死人"が長々と戦場に残っていたらもう一撃もらいかねない。
一方で、魔導師に機関砲弾を浴びせて見事撃墜したのはアヴァランチのF/A-18Fだった。

「二人目! ナイスワークだぜ、メビウス1」
「人間サイズが相手じゃ機関砲もそうそう当たらないが、こうすりゃだいぶマシになるだろう」
「まったくだ」

先ほどまで魔導師からの執拗な攻撃を回避していたメビウス1は、自身が囮になることでアヴァランチのサポートを行った訳である。
さてと、残りは九――辺りを見渡しながら、メビウス1は搭載兵装の残弾を確認する。
ふと見ると、魔導師たちが三人塊になっているのが見えた。個人個人で挑んでいては勝てないことにようやく気付いた彼らは、戦力を集中
させることで対抗しようとしているのだ。スカイキッドの編隊の三番機が挑もうとして、大量の魔力弾の応酬を浴びてやむなく引き返して
いる。

「固まって弾幕を張ったか……考え方はおかしくない。けど、距離を詰めすぎだな」

メビウス1がそう言った瞬間、スカイキッドの編隊は魔力弾の射程外から威力の大きい中距離ミサイルを放つ。案の定、魔導師たちは回避
しようとしたが間に合わず、ミサイルが炸裂。三人まとめて見た目だけはえらくリアルな爆風を浴び、撃墜判定を食らった。

「それにしても一方的だな――っと」

はるか上空から見えたかすかな閃光に気付いたメビウス1はラダーを踏み込んで、F-2を横滑りさせる。次の瞬間、魔力弾がすぐ傍を駆け
抜けていった。視線を上げれば、魔導師がデバイスを構えて、もう一度射撃を試みようとしているのが見えた。
不意討ち大いに結構。だが失敗したらすぐ逃げろ――。
エンジン・スロットルレバーを叩き込んで、機体を急上昇させる。魔導師は慌てて逃げ出そうとしたが、もう遅い。針路を先読みし、魔導
師の逃げる方向に向って機関砲を放つ。赤い非殺傷設定の魔力弾の雨に自ら突っ込む羽目になった魔導師は驚愕し、撃墜判定を下されて渋
々空域を離脱していった。
メビウス1は一息ついて、ただちに周辺警戒を実施。撃墜した後、この瞬間は緊張の緩みや勝った喜びから油断しやすい。
案の定、後方から迫る敵影を彼は目視する。
――甘い!
コクピットの正面上位に設置したバックミラーに、接近中の魔導師の姿が映った。メビウス1はただちに操縦桿を左に倒し、機体を横転さ
せる。機体が水平になったところでエンジン・スロットルレバーを押し込んで急加速、上昇。首を上げて魔導師の位置を確認しつつ、操縦
桿を引き、宙返り。機首をはるか眼下の魔導師に向けさせると、短距離空対空ミサイルAAM-3の弾頭が、魔導師の魔力反応を探知。

「メビウス1、フォックス2!」

スイッチを押して、AAM-3を発射。後ろから一撃浴びせようと考えていた魔導師は、いきなり動き出して挙句反撃してきたメビウス1に驚
き、とうとう一撃も放つことなくAAM-3を食らって撃墜された。
一息ついて、ディスプレイに視線を送って残弾を確認。AAM-3とAAM-4がどちらも二発ずつ、機関砲弾は三四〇発。
もう1ラウンドいけるかな――絶えず周囲を警戒しつつも、どこか他人事のように胸のうちで呟く。ちょうどその時、ウィンドホバー隊が
本局の魔導師第一派最後の一人を撃墜した。

「こちらウィンドホバー、ターゲット撃墜。おかわりを頼む」
「ゴーストアイよりウィンドホバー、あいにくだがみんな早食いでな。もう少し待て、北西より第二派が接近中」

余裕の表れか、仕事はばっちりこなしながら、ゴーストアイすらも軽口を叩く。
サブディスプレイにはゴーストアイが捉えた円卓の全体図がデータリンクを通じて、映し出されていた。彼の言うとおり、北西より魔力反
応が接近してくる。

「って、おいおい――」

思わず、メビウス1は声を上げた。数は四〇、先ほどの倍である。負けるつもりは一切ないが、全て食いきれるかどうかが不安だった。

「ウィンドホバー、お前がおかわりって言うから奴さん大盛り出してきたぞ」
「……その、なんだ、すまん。みんな、一緒に食べてくれ」
「こちらスカイキッド、手伝うぜ。まだまだ食い足りない」
「アヴァランチ、同じくだ。次はもう少し歯応えのある奴がいいな」

ところが、戦闘開始直前と違って彼らの士気は高かった。編隊を組みなおし、各部隊は高度二万フィートで北西へと進撃していく。
――思えば、この時彼らは調子に乗っていた。油断していたと言っていい。自分たちの技量と愛機の性能に酔いしれ、これまで絶対に勝て
なかった空戦魔導師たちを蹴散らせたことで、警戒が疎かになっていた。
間もなく、それを彼らは思い知ることになる。



北西方面に現れた新たな獲物を求めて進撃した地上本部戦闘機隊とメビウス1だったが、途中彼らは雲の量が明らかに増えていることに気
付いた。飛行前の天候確認では、今日は快晴そのもののはずだったのだが。
しかも、雲の色がえらく不気味だった。雨雲と言ってもいい。あんなところに飛び込めば、たちまち視界ゼロの暗黒の世界が待っているはず
である。

「……ゴーストアイ、聞いていいか? 魔法で雲を増やすなんてことは出来るのか?」
「出来ないことは無い。手間はかかるが、局地的に雷を落とす魔法もある」

なんとなく、嫌な予感がメビウス1の脳裏をよぎる。レーダーがあるとは言え、機関砲は基本的に相手を視認した状態で使うものだ。雲に
相手が隠れれば、機関砲は使えなくなる。要するに、攻撃の手段をひとつ封じられてしまうのだ。

「各機、レーダーだけに頼るな。目視による警戒も厳とせよ」
「ウィンドホバー、了解」
「スカイキッド、了解した」
「アヴァランチ了解」

とりあえず各編隊に指示を下し、メビウス1も周囲への警戒をいつも以上に厳しくする。
こういう時は、単純に視覚による情報だけでなく第六感、カンという奴も必要だと彼は考えていた。科学技術の結晶である戦闘機を駆る者
としてはおかしなものだが、ときどきそういうものも当たる事があるということを、メビウス1は経験から知っていた。
レーダー画面に視線を送ると、正面に多数の魔力反応があるのが分かる。その数はざっと見て二〇と言ったところだ。

「……待て、残りはどこに?」

当初、捉えた魔力反応は四〇だった。残り二〇の魔力反応が、レーダーから消え失せている。

「ゴーストアイ、残りはどこだ? そっちのレーダーには何も映ってないか?」
「ゴーストアイからメビウス1、いや、どの魔力反応も正面にいるぞ。数四〇、固まっている。全て編隊の正面だ」
「何……固まっている?」

確かに、ゴーストアイが捉えた全体図を表示するサブディスプレイには四〇個の光点がしっかり映っていた。
その瞬間、メビウス1は背筋に寒いものを感じ、はっとなった。直後、レーダー画面に映っていた魔力反応が分裂を始める。
二〇が三〇、三〇が四〇に。あっという間に、魔力反応は増えていった。

「なんだこれは、いったい……!?」

戸惑う彼らを他所に、魔力反応は分離。反応が戦闘機隊を取り囲むような陣形を組んだ瞬間、メビウス1は叫んだ。

「まずい――全機ブレイク!」

直後、雲を突き抜けて四方八方から、魔力弾の雨が彼らに降り注ぐ。寸前でメビウス1が警告したため、被弾した機体はいないようだが、
編隊は完全に崩れてしまった。おまけに、魔力弾の雨は少しも止む様子を見せない。このままここに止まっていては、いずれ撃墜される。

「右も左も魔力弾だらけだ、どっちに逃げればいい!?」
「避けきれない――うわぁ!?」
「退避だ、退避」
「どこに退避するんだ、畜生!」

混乱する編隊。とうとう撃墜された機体も出てしまったようだが、この状況でどの編隊の者なのかは知り得なかった。

「こちらメビウス1、撃ち落されたくないなら上昇だ! 全速力でこの雨を突っ切るぞ!」

叫び、メビウス1はエンジン・スロットルを叩き込む。アフターバーナー点火、F-2のF110エンジンが咆哮を上げ、軽量化された機体の速
度を押し上げる。
なかなか、小癪な真似をするじゃないか――!
音速を突破し、魔力弾の豪雨の突破を図る最中、メビウス1は何故か笑みを浮かべていた。
ゴーストアイの装備する極端に大きなレーダーならともかく、戦闘機に搭載されるレーダーはどうしても機体のサイズの関係で性能がある
程度制限されてしまう。二つの目標を捉えても、距離が近すぎればシステムが一つの目標と判断してしまう。あの魔導師たちはそういった
戦闘機の搭載するレーダーの性能の限界を知った上で、この奇襲を仕掛けてきた。

「となれば、これから先に出てくるのは……」

六課に託した、自身が考案した対戦闘機戦の戦術。その中に、確かに「極端に距離を詰められるとレーダーは複数の目標も単一と判断する」
と言うのがあった。上手く利用すれば、奇襲を仕掛けられるとも。
雲を突き抜けると、魔力弾の豪雨はもう降ってこなかった。周囲には、青一色の空が広がっている。
振り返ると、どうにか突破できた味方戦闘機がいた。ウィンドホバーのF-16C、アヴァランチのF/A-18F、スカイキッドのMir-2000。しかし
ただそれだけだった。残りは突破できず撃墜されたか、今もあの雲の中で逃げ回っている。

「こちらメビウス1……お前たちだけか、突破できたのは」
「こちらウィンドホバー、そうだ。俺の隊は二機やられた……」
「スカイキッドだ。一機撃墜されたようだが、残りはあの雲の中だ」
「アヴァランチより各機。俺の方はみんな無事のようだが、突破できずにいる……メビウス1、俺たちだけでも充分戦える。反転して魔導
師たちを蹴散らそう、タネが分かっちまえばもうこっちのもんだ」
「そうしたいのは、山々だがな……」

レーダーに、あらたな敵影。今度の魔力反応は、今までの比ではないほど大きい。それらが四つ、高速で接近してくる。

「ゴーストアイより各機、まずはそいつらを落とせ。友軍はまだ持ちこたえている、魔導師への攻撃はそれからだ」

ゴーストアイから指示が飛ぶ。その瞬間、メビウス1ははるか上空で何かが光るのが見えた。

「――ブレイク!」

メビウス1の一声で、各機は一斉に各々最適と判断した方向に回避機動。直後、彼らが今までいた空間を引き裂くのは、見覚えのある桜色
の砲撃魔法。
――来やがったな。
酸素マスクを装着しなおし、操縦桿を握り締める。レーダーによれば、四つの魔力反応も散開、散らばった各機に向かっているようだ。
通信機に耳を傾けると、すでに味方は交戦を開始したのが分かった。

「おいおい、俺の相手は幼女かよ」
「……ってめぇ! その台詞後悔させてやる!」

アヴァランチは負傷が癒えて復帰したスターズ2、ヴィータと。

「機動六課のお出ましか。お手柔らかに頼むぞ」
「そう言わずに、全力で来い」

ウィンドホバーはライトニング2、シグナムと。

「美人を撃つのは気が進まないが……悪く思わんでくれよ」
「こちらこそ、よろしくお願いします」

スカイキッドはライトニング1、フェイトと。
そして――。

「と来れば、必然的に俺の相手はお前になるんだな……高町?」
「はい――その通りです」

すれ違い、互いに言葉を交わす。
メビウス1の相手は、なのはだった。魔力リミッターも一部解除され、本気に近い力が出せるようになっている。

「お互い宮仕えだもんなぁ。大方、本局の要請で参戦するよう求められたんだろ?」
「ええ。メビウスさんも、レジアス中将に頼まれて?」
「俺はまぁ、戦闘機に乗ってる時点で参加決定だしなぁ……まぁいい」

とてもこれから戦うような素振りは一切見せず、世間話でもするような口調で、二人はもう一度すれ違う。

「俺の渡した戦術、見た……よな、見たからあんな攻撃してきたんだろう」
「じっくり読ませてもらいました。これから、実践します」
「OK、見せてもらおうか」

再びすれ違う――しかし、今度は違った。思考を戦闘態勢に切り替えて、メビウス1となのは、二人のエースはゆっくりと旋回し、互いに
向き合う。戦いが始まる直前の、一瞬の静寂。自分の呼吸の音だけが、この広い空に響き渡る。

「それじゃあ全力全開で――行きます!」
「来い!」

そして、静寂は突き破られた。
片や、ISAF空軍のエースパイロット、"リボン付き"。
片や、管理局のエースオブエース、"白い悪魔"。
同じエースの名を背負った者による戦いが、始まった。




タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2009年02月21日 16:28