THE OPERATION LYRICAL_15前編

ACE COMBAT04 THE OPERATION LYRICAL




第15話前編 エースの名を賭けて




地上本部、作戦司令室。
室内に備え付けられている大型モニターで演習空域"円卓"の状況を観戦していた本局の幕僚たちは、明らかに冷静さを失っていた。
無理もあるまい、とレジアスは彼らを見つめながら思う。負ける要素は絶対にない、と彼らが踏んでいた高ランクの魔導師ばかりで編成
された航空隊は、第一波が地上本部戦闘機隊により、バタバタと撃ち落とされている。

「アヴァランチ、ガンキル。撃墜二人目」
「スカイキッド隊、交戦中――フォックス3、命中」
「メビウス1、一人撃墜・・・・・あ、て、訂正。二人撃墜。速い・・・・・・」

淡々と報告すればいいだけのはずなのだが、司令室のオペレーターたちはその一方的な展開に息を呑んでいた。
九七管理外世界にて第二次世界大戦中、旧日本軍の航空機がマリアナ諸島にて米軍に次々と撃墜されたことから"マリアナの七面鳥撃ち"な
どと揶揄されたことがあるが、今の状況はまさにそれが近い。

「一方的過ぎるな・・・・・・どうです? これが我々の実力です」

すでに勝ったかのような笑みを浮かべ、レジアスは本局の幕僚たちに自信の満ちた発言。幕僚たちは何か言おうと口を開きかけたが、オペ
レーターが読み上げた状況報告を聞いて固まった。

「ウィンドホバー、フォックス2――命中、撃墜。本局の魔導師部隊、全滅しました」

レジアスはオペレーターに向かって頷き、状況報告を続けるよう命令する。
固まっていた幕僚たちに耳を傾けると、案の定小声で質量兵器がどうだの、管理局の人間としてどうだのと言っているのが聞こえた。

「何かお話ですかな? 私も是非混ぜてもらいたい」

ぎろりと睨み、しかし口調はフレンドリーにレジアスは幕僚たちに声をかけるが、彼らの返答は沈黙だった。
――だらしのない連中だ。
幕僚たちを一瞥し、レジアスは大型モニターに視線を移す。戦闘機隊は空中戦で乱れた編隊を元に戻し、メビウス1を先頭に本局の魔導師
の第二波を迎え撃つべく北西に向かって進行中だった。
これならば、もう本局も大きな顔をすることは出来まい。地上を守るのは、あくまでも我々地上本部なのだ――。
レジアスがそう考えていたその瞬間だった。突然、大型モニターに映る戦闘機隊に異変が起きた。

「――ウィンドホバー隊、セラック、セイカー被弾。撃墜判定」
「スカイキッド隊、レッドバロン撃墜。空域を離脱」
「何・・・・・・!?」

寝耳に水、とはまさにこのことだろうか。魔導師第二波と会敵した戦闘機隊に、突然撃墜機が出てきた。他の機体もキリキリ舞状態で、無
事が確認できたのはメビウス1に各部隊の隊長たち、ウィンドホバー、スカイキッド、アヴァランチだけだ。
本局の幕僚たちをふと見ると、どうにか落ち着きを取り戻したようで、今度はまるで祈るような視線で大型モニターを眺めていた。
連中も必死、と言うことか。しかし、何故急に撃墜機が出る? 偶然にしてはおかしい、一度に三機も落とすなど――。
よもや、彼は思ってもみなかっただろう。戦闘機隊に撃墜機が出た原因は、今まさにその戦闘機隊を率いているメビウス1にあることを。
仮に今更それを知ったところで、レジアスが出来ることは無い。今は愚直なまでに、円卓で交戦中の戦闘機乗りたちを信じるほかなかった。




一方で、円卓上空高度二万五〇〇〇フィート。
早く目の前の魔導師を片付けて、後方の雲の中で魔力弾の雨から必死に逃れている僚機たちを助けたい。
しかし、Mir-2000を駆るスカイキッドのそんな思惑をよそに、立ちはだかる機動六課の魔導師――フェイトは自慢の足の速さを生かし、
攻撃をことごとく回避してみせていた。
どうにか後ろについてみたが、意図的に彼女は速度を落としているのだろう。ミサイルの最短射程に割り込み、スカイキッドが機関砲に頼
らざるおえない状況を生み出していた。

「当たれよ・・・・・・今度こそ」

ラダー、操縦桿を巧みに操り、照準調整。風に揺れる魅力的な金髪を持った背中に向けて、スカイキッドが引き金を引くと、Mir-2000に搭
載された二門の三〇ミリ機関砲が火を吹く。
赤い演習用の魔力弾はフェイトの背中に迫り、しかし彼女は水平の急機動で回避。横から強いGがかかってきたが、バリアジャケットがあ
る程度緩和する。

「ふぅ、危ない・・・・・・」

背筋に冷たいものを感じつつ、フェイトはその場で反転。長年の相棒バルディッシュを構え、射撃魔法のフォトンランサーを多数展開させ
一斉発射。

「シュート!」
「うお!?」

いきなり真正面から飛んできた大量の黄色い魔力弾を、スカイキッドはラダーを踏み込み、フェイトと同じように機体を急激に横滑りさせ
ることで回避しようと試みる。しかし、横滑りだけでは、迫り来る魔力弾を回避しきれない。スカイキッドはさらに操縦桿を捻り、機体を
ロールさせる。
天地がひっくり返り、胃が裏返りそうになるが、なんとか我慢。魔力弾はキャノピーのすぐ外を飛びぬけていく。回避成功だ。
――とは言え、きついな。
先ほどから驚かされっぱなしだった。この魔導師は快足を誇るMir-2000に追いつき、肉薄して大量の魔力弾を叩き込んでくる。それをど
うにかスカイキッドは、自身の技量で回避している。一方で、こちらの攻撃はことごとく当たらない。人間サイズともなれば、照準も難し
い。
フェイトの攻撃はすべて避けられたものの、彼女は確かな手ごたえを感じていた。これなら、いつか撃墜出来ると。



『ハラウオン、お前さんは六課で一番速い。ならその加速で敵機に食らいつけ』



メビウス1が六課に伝えた、魔導師による対戦闘機戦の戦術の数々。それらは個人個人の能力に合わせたアドバイスも入っていた。
確かに、超音速でも出されない限りフェイトは戦闘機に迫る加速力を誇っていた。さすがは六課最速のオールレンジアタッカーだ。
そして、戦闘機は超音速を出すにはエンジン出力を高める他ないのだが、それは燃料の消費量が増えることを意味する。航空機にとって
燃料は血液も同然、貧血では戦えない。要するに、長期戦になればなるほど戦闘機は不利なのだ。
――そうして、懐に飛び込んで。
再び、彼女はスカイキッドのMir-2000に急接近。もう一度、フォトンランサーを大量に発射する。Mir-2000はアフターバーナーを点火し
加速しながら急上昇、フェイトを振り切る。

「畜生、やりにくいったらありゃしねぇ」

スカイキッドは歯がゆい思いで上昇中の機体を反転、急降下でフェイトに機首を向け、搭載する短距離空対空ミサイル、AIM-9サイドワイ
ンダーでロックオンを図る。しかし、フェイトはまたも水平に移動して、AIM-9のロックオン可能な範囲から逃れようとする。

「頼むから大人しくしてくれ」
「そういう訳には、いかないんです」

スカイキッドのMir-2000は右主翼を垂直に立て、左旋回して彼女を追う。逃げるフェイトの身体を、AIM-9の弾頭が捉えた。
よし、ロックオン――そうスカイキッドが口に出そうとした瞬間、フェイトは急停止、それまでとは逆方向に逃げる。
瞬きしている間に数百メートルかっ飛んでいく速度からの急停止は、さすがにきつかった。肺を締め付けられて、それでもフェイトは軽く
咳き込んだだけで耐えて、再び急加速。急激な機動の連続で身体のあちこちが痛みで抗議して来るが、これも耐える。スカイキッドも追撃、
しかし一度逃がした目標はそう簡単には追いつけない。
いくら高度な誘導機能を持つミサイルでも、弾頭が目標を捉えなければ意味が無い。フェイトはそれを理解して、ミサイルの射程に入って
いる時はなるべく相手の正面に出ないことにした。これなら、ロックオンされない。
そして、一度に大量に放たれるフォトンランサー。下手に一発一発に誘導機能をつけるより、進行方向に向かって弾幕を張った方が撃墜で
きる可能性は高くなる。
ええい――虎穴に入らなきゃ、なんとやらだ。
このままでは埒が明かない。そう踏んだスカイキッドは、思い切ってフェイトに急接近を仕掛ける。アフターバーナー、点火。M53エンジ
ンから赤いジェットの炎が姿を現し、機体の速度を押し上げた。

「勝負だ、金髪のお譲ちゃん。こいつの運動性能を見せてやる」
「――突っ込んできた!?」

機関砲をばら撒きながら、Mir-2000が突っ込んでくる。視界いっぱいに広がる赤い弾丸。どうにかフェイトはそれらを身をよじって避けて、
スカイキッドに逆襲を仕掛けようとする。しかしその寸前、Mir-2000はさっと翼を翻し、フェイトの後方下位に潜り込む。

「下に・・・・・・でもまだ!」

デルタ翼ゆえに安定性は低い分優れた運動性能を見せるMir-2000の機動に驚きつつも、フェイトも負けじと急制動、急加速。上、下、横と
あらゆる角度から襲い掛かるGに耐えつつ、行き過ぎたスカイキッド機の後方に取り付き、バルディッシュを構えようとして――再び、彼の
機体は翼を翻す。今度は頭上をぐるりと一回転して、彼女の後ろについた。
スカイキッドの行った機動は、ブレイク&シザースと呼ばれるものだった。後ろに付かれた時に旋回やロールなどで速度を落とし、強引に
相手の後ろを奪い返す。その相手も同様に後ろを取り返そうと動くため、我慢比べが肝心な空戦機動だ。

「美人とダンスとは、光栄だな!」
「こちらこそ!」

端から見れば、彼らの動きは楽しそうにダンスをしているように見えるかもしれない。しかし、実際は旋回や急制動で身体にかかるGが容
赦なく体力と気力を奪っていく。お互いに耐Gスーツ、バリアジャケットと対策はしてあるが、それにしても限界はあった。
ハーネスで身体を固定しているはずなのだが、急機動の度にスカイキッドは身体をコクピット内に打ち付ける。飛行服の下は、今頃痣だら
けだろう。それでも、引く訳にはいかない。
一方、フェイトも無事では済まない。短い間隔で何度も停止、加速を繰り返し、その度に関節が痛んだ。歯を食いしばって、それに耐える。
迷彩色の戦闘機と金髪の美女、まったく異なる存在が、互いの背後に回ろうと、意地を出す。
二人のそれぞれの相棒たち、Mir-2000もバルディッシュも、必死に耐えていた。

「・・・・・・っぐお!?」

突然、スカイキッドは右目に強い痛みを覚えた。額から流れ出した汗が、彼の右目に入り込んだのだ。
たまらず、左手で目をこする。だが、そのおかげで操縦が乱れてしまった。

「フラついてる? 今なら――」

今までの急機動が嘘のように、フラフラと頼りない動きを見せるMir-2000に好機を見出したフェイトはバルディッシュを構える。今なら時
間に多少余裕がある。ならばフォトンランサーよりも威力の大きな、そして誘導性能も持つハーケンセイバーの方がいい。
だが、その判断は誤りだったことに彼女は気づく。

「ハーケン、セイバー・・・・・・ッ!?」
「くそったれ・・・・・・これしき!」

ここでスカイキッドが意地を見せた。無事な左目だけでフェイトの姿を捉えた彼はエンジン・スロットルレバーを叩き込んで機体を急加速さ
せる。皮肉にも燃料を消耗した機体は軽く、加速力が増していた。そうして放たれた光の刃を振り切り、高速で急旋回。高いGによる旋回の
ため、指先の毛細血管が切れたが気にせず、フェイトを正面に捉え、ロックオン。

「悪く思わないでくれよ――スカイキッド、フォックス2!」

――捉まった。回避はもう、間に合わない。
Mir-2000の主翼下から、AIM-9が放たれる。魔力推進のロケットモーターを発動させたAIM-9はあっという間に音速に達し、フェイトに突っ
込む。せめてもの抵抗として、彼女はミサイルを放ったスカイキッドのMir-2000から視線を逸らさなかった。
ひどくゆっくりと、時間が流れていく気がした。AIM-9の弾頭が真正面から近づき、彼女はそれを黙って待っていた。

「――っく!」

着弾。AIM-9の近接信管がフェイトを捉え、爆発する。演習用のため爆風の見た目だけがリアルなのだが、それでもフェイトはたまらず右
手で顔をガードする。爆風が晴れると、フェイトは少し悔しそうな表情を浮かべた。

「・・・・・・残念、負けちゃった」



同じ頃、高度が下がって一万五〇〇〇フィート。
F/A-18Fを駆るアヴァランチは、空中管制機ゴーストアイの指示に従って見失った六課の魔導師を探していた。

「こちらゴーストアイ、そっちから見てちょうど三時の方向にいるぞ」

どれどれ、とアヴァランチはサブディスプレイに視線を落とす。ゴーストアイが捉えた円卓の全体図が、データリンクを通じてそこに表示
されていた。確かに、ちょうど右の方向に目標と思しき魔力反応がある。

「OK、確認できた……あのちびっ子め、今に見てろよ」

操縦桿を軽く右に倒し、ラダーを踏み込むとF/A-18Fは緩やかに右旋回。旋回を終えてアヴァランチは、前方に細かく千切れた雲が多数浮
かんでいることに気付いた。同時に、機体のレーダーに反応があった。おそらくは、あの雲の中に隠れているに違いない。
ウエポン・システムを操作して中距離空対空ミサイルのAIM-120AMRAAMを選ぼうとして、アヴァランチの手がいや待てよ、と止まった。
――こいつを落としたら、次は後方の僚機たちを助けにいかなきゃならん。射程の長いAMRAAMは温存するべきか。

「おい、何をやっているんだ」

複座戦闘機であるF/A-18Fには、当然のことながら後席にもパイロットがいる。主に見張りと電子装置の操作を任務とするのだが、その後
席がAIM-120を撃とうとしないアヴァランチに声をかけてきた。

「さっさと撃って、味方を助けないと……」
「それはそうだが、あんなちびっ子にAMRAAMをぶっ放すのも大人気ないだろう。機関砲で充分さ」
「そうかい。じゃあさっさとやっちまおう」

後席は明らかに不満げだったが、機長はあくまでもアヴァランチだ。
レーダーで捉えた目標の位置を参照にしながら、アヴァランチのF/A-18Fは機首を振り、目標が隠れていると思しき雲に接近する。

「かくれんぼは終わりだぜ……っと、自分から出てきやがった」

突然、雲から赤い外套を身に纏った小さな人影が飛び出してきた。紛れもなく、ヴィータだった。

「この――さっきから黙って聞いてりゃ、言いたい放題人をちびっ子とか言いやがって!」

どうやら聞こえていたらしい。声を荒げながら、ヴィータはグラーフ・アイゼンを振り回し、鉄球シュヴァルベフリーゲンをF/A-18Fに向
かって叩き込む。飛んできた四発の鉄球は、しかし機関砲弾やミサイルより遅い。アヴァランチは操縦桿を左に倒し、機体をロールさせて
これを回避する。
ところが、アヴァランチがひっくり返った視界を元に戻すべく機体を水平にすると、そこにヴィータの姿はなかった。

「あれ、どこに行った?」

怪訝な表情を浮かべ、アヴァランチはレーダーに視線を落とす。これも反応がない。
少しだけ嫌な予感が彼の脳裏をよぎる。その瞬間、後席が叫んだ。

「下だ、ブレイク!」
「!」

ラダーを蹴飛ばして、さらに操縦桿を捻る。ぐっと身体をGが締め付けると同時に、F/A-18Fの翼が翻った。その傍らを、鉄球がかすめ飛ぶ。

「下から!? あいつめ、いつの間に……」

確かに、レーダーは真下まではカバーできない。後席が身を乗り出して、下を警戒してくれなければ撃墜されていただろう。
エンジン・スロットルレバーを押し込み、速度を上げてアヴァランチは機体を上昇させ、ハーフ・ロール。逆さまになった視界の中で首を
上げて、下から不意打ちをかけてきたヴィータを探す。彼女の赤い外套は、この青空だとさぞ目立つだろう。そう思って後席と協力してア
ヴァランチは目を凝らすが、ヴィータの姿は見当たらなかった。

「いない……そっちはどうだ?」
「ダメだ、俺にも見えない」

後席も同じらしい。アヴァランチは舌打ちして、機体を水平に戻す――その瞬間、真正面から小さな少女がこちら目掛けて突っ込んできた。
手には明らかに体格を無視した大きさの鉄鎚。

「ううぉおおりゃーーー!!」
「なんだと!?」

たまらず、アヴァランチは操縦桿を前に突いた。F/A-18Fは機首を垂れ下げ、急降下。下からのGのおかげで頭に血が上り、視界が赤くなっ
ていくが、アヴァランチと後席は思い切り踏ん張ってこれに耐える。
その甲斐あって、かろうじてヴィータの鉄槌を回避することに成功した。

「なんだあのパワフルなちびっ子は!? いったいいつの間に正面に回りこんだんだ!?」
「俺が知るかよ。いいからほら、上昇。追いつかれる」

冷や汗を流しながら叫ぶアヴァランチを、後席がなだめる。どうにか落ち着きを取り戻した彼は機体を上昇させる。
一方、ヴィータは会心の一撃が外れたことを悔しく思いつつも、案外勝てそうな気がしてならなかった。



『視認距離の戦闘ではレーダーより目視が重要になる。ヴィータ、小さいなら小さいなりにその利点を生かせ』



最初この一文を見た時は、ヴィータは機嫌を悪くした。あまり小さい小さいと言われるのは、彼女にとって面白くない。だが、よくよく考
えてみれば、小さいということは見つかりにくいという事なのだ。いくら戦闘機の機動性や加速力が自分たちより優れていても、不意打ち
なら関係ない。メビウス1はそれを見越していたのだろう。
――しかもなんかあいつ、あたしのことを舐めてるようだしな。油断大敵ってことを教育してやる。

「もう一度、今度は横から叩き込んでやる」

カートリッジ、ロード。グラーフ・アイゼンが機械的な音を立てる。ヴィータはF/A-18Fに気付かれないよう、わざと低めに高度を取り、
しかし素早く動く。
ベストと思われるポジションに辿り着き、鉄球を浮かび上がらせ、彼女は雄叫びを上げながらグラーフ・アイゼンを振り抜く。

「――ぶち抜けぇぇぇ!」

鉄球が、無防備なF/A-18Fの側面に迫る。しかし、これもF/A-18Fは急上昇で回避。主翼と胴体の間からバイパーと呼ばれる水蒸気の白い煙
を吹き出しながら、あっという間にヴィータを振り切ってしまう。

「くそ、また外れか……どうなってんだ?」

完璧な不意打ちだったはずなのだが、とヴィータは苦々しい表情を浮かべつつ、ひとまず手近にあった雲の方に身を隠す。
F/A-18Fは複座だが、それゆえパイロットたちはそれぞれ別々の方向を警戒することが出来る。今の攻撃は、後席が反応し、アヴァランチ
に回避するよう伝えたのだった。
一方、あらゆる方向から好きに撃たれ放題なアヴァランチは、とうとうウエポン・システムに手を伸ばしていた。

「こうなりゃもう温存なんてやってられん」
「最初からそうすればよかったんじゃないかな……」

後席のぼやきが胸に響くが、アヴァランチは構わず、使用する兵装でAIM-120を選択。ある程度上昇したところで反転、機首のレーダーが
ヴィータを捉える。

「レーダーロックオン、いつでもいける」
「了解。雲に隠れたってこれなら通用しないぞ……フォックス3!」

ミサイルの発射スイッチを連打。主翼下から、合計四発のAIM-120が切り離される。わずかに高度を下げて、尾部のロケットモーターが点
火すると、AIM-120の群れはまっすぐ、ヴィータの隠れている雲に向かって突っ込む。

「うわ、ヤバイ……!」

雲の隙間から突っ込んでくるミサイルの群れを目撃したヴィータは雲を飛び出し、一気に急加速。衝撃が彼女の小さな身体を弄るが、気に
する余裕はなかった。
それでも、ミサイルの群れは加速し追撃してくる。音速を超えるスピードで迫るそれを振り切ろうと言う考え自体が無茶だった。
――あれは、痛かったな。
突然、ヴィータの脳裏に蘇るのは、苦い記憶。不用意に前に飛び出した結果、黄色の13の発射したミサイルをもろに食らい、医務室送り
にされたあの経験は、もう忘れられないだろう。

「もう、同じ目にあうのはゴメンだ……!」

意を決して、ヴィータはグラーフ・アイゼンを握り締める。そして何を思ったかその場で急停止、迫りくるミサイルと正面から対峙する。
カートリッジをもう一度ロードし、グラーフ・アイゼンをラケーテンフォルムに。
ここから先は、完全に自分が独力で思いついた。メビウス1が見たら何と言うか。
すぅっと息を吸い込み――ヴィータはグラーフ・アイゼンを構える。

「逃げられないなら、立ち向かっていくまでだ……うぉおおおおおお!!」

ぶん、と空気が唸った。ヴィータはグラーフ・アイゼンを持ったまま、その場を回転を始める。ゆっくり、だが少しずつ回転速度は上がっ
ていき、最後には見る者全てを圧倒する強大な暴風のようになった。ラケーテン・ハンマーだ。
突っ込んできたAIM-120に、人格はない。彼らは淡々と自分が捉えた目標に向かって突き進み、爆発し、破壊するだけだ。それゆえ、四発
のAIM-120はまっすぐヴィータの繰り出すラケーテン・ハンマーに突っ込み――横から思い切り殴りつけられ、近接信管が作動する前に全
身を木っ端微塵にされた。四発、いずれもがである。

「な……」

その光景をはるか上空で眺めていたアヴァランチは、開いた口が塞がらなかった。機動やチャフなどで回避ではなく、ミサイルに自分から
突っ込んで撃破するなど、思いもよらなかった。
しかも、このパワフルな少女は回転の勢いを借りて、そのまま突っ込んできた。

「あんなもん食らったらバラバラになるぞ。ホントにこれは演習か!?」

エンジン・スロットルを叩き込み、アフターバーナー点火。しかし、その加速は鈍い。F414エンジンは強力な推力を誇るエンジンだったが、
機体の方が重いため、加速力はあまりないのがこの機体の弱点だった。
逃げるF/A-18Fの背後に、暴風と化したヴィータが迫る。

「叩き落としてやる――!」

アヴァランチは背筋に冷たいものを感じながら、回転しながら突っ込んできたヴィータを見た。
ちょっと、侮りすぎたな――。
後悔したその瞬間、機体に強い衝撃が走り、機首が跳ね上がった。グラーフ・アイゼンがF/A-18Fの胴体に叩きつけられたのだ。演習のた
め威力は控えめだったが、それでも一時的な操縦困難に追い込まれた。

「この、ふぬ、くそ……!」

操縦桿とエンジン・スロットルレバーを必死に操作する。搭載されている電子制御システムの手助けもあって、なんとかアヴァランチの機
体は安定を取り戻した。そして、聞こえてきたのはゴーストアイの声。

「アヴァランチ、撃墜」
「……言われなくても分かってらぁ」

酸素マスクを外し、不機嫌な表情を露にして、アヴァランチは言った。



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最終更新:2009年02月21日 16:34