THE OPERATION LYRICAL_26

ACE COMBAT04 THE OPERATION LYRICAL


第26話 MEGALITH


"世の中、全てが思い通りにはならないさ。なぁ、そうだろ?"
――とあるジャーナリストの言葉より。


隕石攻撃から一夜明けたクラナガンでは、陸士たちが救難活動を続けていた。
火災は収まったが、崩れた建物などに閉じ込められた人々はまだ多い。同時に、医薬品も不足していた。ヘリ、トラック、ジープ、果ては空戦
魔導師までもが医薬品の運搬作業に当たっているが、まだまだ足りないのは目に見えていた。

「A地区には陸士三〇二部隊を。F地区はもういいでしょう、作業中の陸士に撤収命令を。三時間の休憩の後、D地区の救難活動に」
「は、はいっ」

地上本部跡地に設置された臨時指揮所では、かつての地上本部副官オーリスが、配下の陸士たちにてきぱきと命令を下していた。
昨夜から一睡もしていないのだが、疲れを感じさせないのは、父が――レジアスが命をかけて守ろうとしたこの地を、市民を救おうという意思
が強いからだろうか。
一通りの命令を終えた彼女は指揮所の粗末なパイプ椅子に座り込み、長机の上に置いてあった、各部の報告書に目を通す。どこもかしこも、深
刻な被害を受けているため、救難活動が思うように進まない。

「どうぞ」
「あぁ、ありがとう――?」

いきなり脇から熱いコーヒーの入った紙コップを差し出され、オーリスはてっきり部下の一人が出したものと思って受け取ったが、視線の先に
いたのは管理局の制服の上に、白衣を背負った女性の姿があった。

「あなたは確か……」

記憶の奥から、女性の名を探し当てる。以前機動六課査察の話があがった際に名簿で見た、シャマルとか言う六課の医務官だ。

「――機動六課は、スカリエッティの確保に向かったと聞きましたが?」
「ええ。でも、がら空きにする訳にはいきませんから」

またいつ隕石が降ってくるとも限らないし、とシャマルは付け加える。同時に角砂糖を持ち出して、オーリスにいくつコーヒーに入れるか問う。

「……二つお願いします」
「リンディスペシャルって言うのもありますが?」
「遠慮しておきます」

角砂糖が放り込まれたコーヒーをオーリスは改めて受け取り、一口飲む。たったそれだけなのに、身体中の疲れが消えていくような気がした。

「――考えられませんね、まったく」
「あら、美味しくなかったですか? まぁインスタントだし――」
「そうではなくて」

コーヒーのことかと思ってシャマルはオーリスの言葉に反応したが、当の彼女は苦笑いを浮かべながら首を振って答えた。

「ほんの数ヶ月前なら、本局寄りの機動六課の方とこうしてコーヒーを飲むなんて、あり得ません。何もかも変わってしまった、あの男がここ
に来てから……」
「――この場に"リボン付き"がいたら、こう言うでしょう。俺はきっかけを作っただけだって」

今はこの場にいない一人のエースパイロットの存在を口にしながら、二人はクラナガンの空を眺めた。昨夜は死の流星群が降り注いでいたあの
空は今は曇り。その向こうでは、彼女らの仲間たちが戦っている。
どんよりした曇り空に何か嫌な予感を感じたのは、気のせいだろうか。臨時指揮所に設置されていた通信機と、ほとんど同時に指揮所に入って
きた守護獣ザフィーラの発した言葉は、まったく同じだった。

「指揮所、応答願う! また隕石が降ってきた!」
「シャマル、外を見ろ! 隕石が落ちてきたぞ!」

はっとなって、シャマルとオーリスは指揮所の外に出る。灰色の曇り空に、はっきりと見える赤い凶暴な姿をした隕石が、いくつも姿を見せて
いた。

「……シャマル医務官、負傷者の救護を引き続き、お願いします。必要なら、陸からも応援を出します」
「ええ、よろしくお願いします。こちらも本局に掛け合って、次元航行艦を出してもらうように頼んでみます」

二人はただちに行動に入る。
ここに来て、もはや管理局内の対立はほぼ消え去っていた。目の前の命を助けるために、陸も海もない。今はただ、自分たちにできることを。


時を同じくして、メガリス付近上空。
空中管制機ゴーストアイは、クラナガンより隕石の落着がまた始まったとの報告を受けていた。すなわち、停止していたメガリスがまた動き出
したのだ。

「急がねばなるまいな……まだクラナガンはダメージを負ったままだ。ゴーストアイより各機、状況報告」

ゴーストアイが各機に通信を送ると、即座に威勢のいい返答が返ってきた。皆、最終決戦ということで士気は非常に高いようだ。

「アヴァランチ、スタンバイ」
「ウィンドホバー、スタンバイ」
「スカイキッド、スタンバイ」

まずは地上本部所属の戦闘機隊、F/A-18Fのパイロットであるアヴァランチ、F-16Cのパイロット、ウィンドホバー。最後にMir-2000のパイロットで
あるスカイキッド。いずれも四機編隊の編隊長であり、配下に同じ機体の僚機を連れている。

「ライトニング1、スタンバイ」
「ライトニング2、スタンバイ」
「スターズ2、スタンバイ」

今度は打って変わって美しい女性の声が続く。機動六課所属の空戦魔導師、フェイト、シグナム、ヴィータの三名だ。いずれもバリアジャケット
に騎士甲冑、リミッターも出し惜しみをせず完全解除済み。今なら戦闘機にも遅れは取らないだろう。

「メビウス1と黄色の13は?」

最後にゴーストアイが問うのは、二機の異機種編隊。尾翼にリボンのマークをつけたF-22と、主翼の先端を黄色で彩ったSu-37。

「メビウス1、スタンバイ」
「黄色の13、スタンバイ」

ユージア大陸最強のエース、メビウス1と黄色の13が返答。ただでさえ一人でも手強いと言うのに、二人のエースが手を組んでしまった。もう
何者でも、彼らを撃ち落すことは叶わないはずだ。
あとはなのはが居ればな、とメビウス1は思う。管理局のエースオブエースは、後方の母艦"アースラ"で待機中の身だ。
――いや、今の戦力で充分だ。今の彼女を戦場に出す訳にはいかない。
首を振って思いを振り切り、メビウス1はふと、ゴーストアイとのデータリンクにより表示される、サブディスプレイのレーダー情報に視線を
落とす。敵味方不明の機影が多数、こちらに迫りつつあった。

「来たぞ、敵の歓迎委員会だ。数は――三〇、後方にガジェットⅡ型と思しき反応もある」

ゴーストアイの言葉を聞いて、各員はそれぞれの兵装のセーフティを解除していく。これを突破しないことにはメガリスに辿り着けず、メガリス
本体に設置されている対空火器の排除もできない。そうなればメガリス停止のために突入する部隊を乗せたヘリは、あっという間に撃墜される
だろう。

「これが最後の戦闘になる――各機、今日は俺の誕生日だ。プレゼントには、終戦記念日を頼む」
「了解、ゴーストアイ。帰ったらお前のバースデイパーティだ」

相変わらずのアヴァランチの調子のいい軽口に、ゴーストアイはにやりと笑い、「楽しみにしておく」と返答。そうして表情を引きしめ、改めて
指示を下す。


「――All aircrft,follow"Mobius1"and"Yellow 13"!」


ゴーストアイの命令により、各員は一斉に加速していく。
迎撃機との空戦、開始。


迎撃に上がったのは例によってZ.O.Eシステム搭載の無人機、Su-35とF-15Eだった。彼らは当然のことながら無人機ゆえ、人格はない。
だが、むしろその方がよかったかもしれない。仮に人格があれば、真っ先に突っ込んできた二機を見た瞬間、彼らは逃げ出すだろう。
突っ込んできた二機――メビウス1と黄色の13は、その圧倒的な技量を持って、敵編隊を混乱に陥れようとしていた。

「13、下に逃げた奴をやれ。俺は上に行く奴を叩く」
「編隊長はお前か、リボン付き?」
「いいからホラ、やるぞ。メビウス1、フォックス3!」

指示を出されることに文句を言う黄色の13を無視して、メビウス1は火器管制装置が選んだ目標をロックオン、ミサイルの発射スイッチ
を押す。今回もステルス性を無視する形で装備された主翼下のAIM-120AMRAAMが六発、一斉に切り離され、ロケットモーター点火。各々がロック
オンした目標に突き進んでいく。
哀れにも標的にされた敵機は回避機動を取るが、AIM-120は無情にも彼らに迫り、近接信管を作動させ、爆発。たちまち六機が後部胴体や尾翼
を破片と爆風により食いちぎられていく。
いきなり先頭部隊を潰された敵機はわらわらと編隊を崩し、上、下と分かれてメビウス1と黄色の13に挑む。上下に挟み撃ちする考えのようだ。
仕方ない、と黄色の13は自分に挑んできた二機のF-15Eを睨み、エンジン・スロットルレバーを叩き込み、アフターバーナー点火。加速する彼の
愛機Su-37はF-15Eと交差し、旋回して後を追う。

「一機いない……?」

F-15Eを正面に捉えた黄色の13は、片割れのもう一機の姿がそこにないことに気付く。
――なるほど、そういう魂胆か。だが!
歴戦のエースの眼は、無人機の考えなどお見通しだった。即座に操縦桿を左に倒し、ラダーペダルを踏み込む。ぐっと若干強めのGが圧し掛かって
きて、Su-37は左にロールしながら、機首を低空へと向けていく。
下へと沈む機体を制御しながら、黄色の13は首を右に振る。姿の見えなかったもう一機のF-15Eが、高速で行き過ぎていった。彼らは一機を囮に
もう一機で黄色の13を撃墜しようと企んでいたのだ。だが、その目論見は読まれていた。
F-15Eが行き過ぎたのを確認すると、黄色の13はただちに機体を立て直す。Su-37は彼の操縦に機敏に反応し、機首を行き過ぎたF-15Eと囮になって
いたもう一機に向けると、ロックオンを開始。

「――フォックス2!」

ミサイルの弾頭が敵機を捕捉したことを知らせる電子音が鳴り響き、黄色の13は発射スイッチを押す。主翼下から勢いよく加速し、敵機に突き進む
R-73短距離空対空ミサイルは確実にF-15Eのエンジンから放たれる、大量の赤外線を捉えていた。
命中、二発のR-73はそれぞれが定めた目標に直撃し、敵機を木っ端微塵に吹き飛ばす。

「上手いぞ13、その調子だ」
「喋ってないで敵を片付けろ、リボン付き」
「かわいくねぇなぁ――っと」

黄色の13の華麗な空戦に賛辞を送るメビウス1だったが、その後方には一機のSu-35が食らいつこうとしていた。いくらステルス機のF-22といえど、
視認距離の格闘戦なら撃墜される恐れが出てくる。
メビウス1はフレアの放出ボタンを叩き、あらかじめ赤外線誘導のミサイルに撃たれないよう対策を打っておいて、その上で操縦桿を引く。F-22の
機首は跳ね上がって急上昇を開始する。
ちらっとメビウス1はGメーターの数値に視線をやる。通常なら「1」と表示されるそれは、あっという間に「8」に達していた。自身の体重の八倍
の重力が、身体に容赦なく圧し掛かってくる。
低い唸り声を上げながら、それに耐える。もう少し耐えれば、黄色の13か、そうでなくても後から続く味方が後方の敵機を排除してくれるはずだ。
高いGのため、首はほとんど動かない。目玉だけを動かしてコクピットの正面上位に設置したバックミラーに目をやると、案の定後ろにいたSu-35は
次の瞬間、爆発していた。
ほっと一息ついて機体を水平に戻して周囲を見渡すと、ヴィータがグラーフアイゼンを片手にF-22のすぐ傍にやって来ていた。

「よう、メビウス1。後ろの雑魚は片付けといたぞ」
「サンキュー、助かった。後でアイスでもおごろう」
「そいつぁ楽しみだ!」

勢いに乗る彼らと彼女は、次々と敵戦闘機を駆逐していった。


メビウス1と黄色の13、それにヴィータが敵機を蹴散らしている間に、戦闘機隊とフェイト、シグナムはメガリス本体に接近しつつあった。
対空砲火のレーダーが、彼らと彼女らを探知したのだろう。メガリスに設置された対空機関砲は一斉に銃口を天に向け、ありったけの弾丸をぶっ放し、
見る者全てが恐れるほどの分厚い弾幕を張った。

「すげぇ弾幕だな……」
「どうした、アヴァランチ? ビビッたか」

あまりの大量の弾幕にアヴァランチは声を上げ、それにウィンドホバーが反応した。アヴァランチはしかし、コクピットの中で首を振る。ここまで
来ておいて、今更何を恐れようというのか。

「馬鹿言うな、ちょっと感想を言ってみただけだ。さぁ、天使とダンスだ!」
「了解、その意気だ!」
「ライトニング、対空砲火は俺たちが引き付ける。その隙に叩け!」

フェイト、シグナムに向けてスカイキッドが言い放ち、戦闘機隊はそれぞれ分散し、上昇。メガリス上空に躍り出ていく。
たちまち、メガリスの装備する無数の対空機関砲、それに地対空ミサイルが彼らにその矛先を向けてきた。
撃ち上げられる対空砲火は、端から見ると無数のアイスキャンディーのようだ。ときどき飛び交う白煙と爆風はミサイルのものだろう。戦闘機隊は
散らばり、各個に思い切り回避機動をやってそれらを回避し続ける。

「――いくら彼らでも、長くは持ちそうにない。テスタロッサ、素早く終わらせるぞ」
「了解、シグナムも気をつけて」

荒れ狂う対空砲火の嵐の中、フェイトとシグナムはメガリスに向かって急降下、急接近。いくつかの機関砲が彼女たちを撃ち落そうと銃口を向けて
きたが、戦闘機よりもはるかに小さい魔導師である。赤いビームのように見える火線を潜り抜けていき、二人はメガリス本体の外面に到着する。
ここまで来てしまえば、もうこちらのものだ。対空機関砲は自分たちの同胞への誤射を恐れて、積極的に撃ってこない。

「飛竜……」

愛剣レヴァンティンを鞘に収めて、カートリッジロード。魔力を上乗せされた刀身は鞘の中で、シュランゲフォルムに。

「一閃!」

力を込めて、彼女は居合い斬りのようにレヴァンティンを振りぬく。変幻自在な長い蛇咬の刀身が宙に舞い、機関砲の砲身を、砲塔を切り裂いて
いく。一振りするだけで、機関砲の群れの一角はたちまち沈黙していく。
――隙間なく集中配備をやりすぎたな。
戦闘の真っ最中だが、シグナムの思考は冷静だった。対空機関砲はメガリスの外面いっぱいに敷き詰められるように設置されており、結果的に
まとめて潰しやすくなっているのだ。
これならば、と彼女が思った瞬間、不意に後ろから殺気を感じて、シグナムは跳躍する。潰し切れなかった機関砲が、彼女の背中に狙いを定め
ていた。シグナムがその場を離れて一瞬した後、今まで立っていた場所に機関砲の弾丸が叩き込まれる。騎士甲冑を持ってしても、あのまま
気付かなければミンチにされていたかもしれない。

「油断大敵か――!」

背筋に冷たいものを感じながら、シグナムは体勢を立て直す。だが、彼女が手を下すまでもなく、生き残りの対空機関砲を真っ二つにしていく
者の姿があった。メガリス上面を駆け回る金色の閃光は、フェイトだ。
機関砲の火器管制は彼女を照準に捉えようと必死に足掻くが、光の如くの速さで迫るフェイトの前には無力だった。やっと正面に捉えたその
瞬間、砲台丸ごとザンバーモードのバルディッシュから伸びる、光の刀身によって叩き切られていく。

「シグナム、まだ終わってないですよ」
「――無論だ」

フェイトに言われて、シグナムはレヴァンティンを構え直し、まだ手付かずの対空機関砲の群れに立ち向かうことにした。


「メガリスの対空砲火、約50パーセントが沈黙。ヘリはメガリスに突入せよ」

戦況をモニターしていたゴーストアイからの指示が飛び、ヘリの機内にいたティアナはいよいよか、とクロスミラージュを握り締める。
彼女だけでなく、スバル、エリオ、キャロ、そして同乗していたベルツ率いる陸士B部隊が、戦闘態勢に入った。

「ちょっと乱暴になる、気をつけろよ!」

ヘリの操縦を務めるヴァイスは機内の彼女たちに一声かけた上で、メガリスに向かってヘリを超低空飛行で突っ込ませる。
半分は沈黙したとは言え、メガリスの対空砲火はまだ動いている。何門かがヘリを見つけて、弾丸を叩き込んできた。ヴァイスはそれらを操
縦桿を巧みに操り、機体にランダムな機動をさせて回避していく。もちろん、決して歩みは止めていない。ヘリは弾幕を抜けながら、メガリス
に迫っていた。

「イテッ! ……ヴァイス陸曹、次に俺たちが乗る時は安全運転で頼む」
「合点承知。そら、降下ポイントだ!」

急機動のせいで頭を機内にぶつけたベルツは文句を言いつつ、ヴァイスの言葉で降下準備に入った。ティアナたちと違って魔導師としての技量
は劣る彼らは、降下方法もロープによる高速降下とアナログなものだ。だが、ここでティアナたちを消耗させる訳にはいかない。メガリス内部
には、おそらく大量のガジェットが待ち構えているはずだった。

「ハッチ開けるぜ、幸運を!」
「了解、ありがとう――さぁ野郎ども、行くぞ。彼女たちに俺たちの勇姿を見せてやれ!」
「了解!」
「GO!GO!GO!」

ヘリの後部ハッチが開き、冷たい風が機内に流れ込んでくる。地面に向けてロープが吊るされ、ベルツを先頭にB部隊の陸士たちは降下していく。
地面に降り立った彼らは、メガリスの巨大さと外気の予想以上の寒さに顔をしかめつつ、手にしていたアサルトライフルやサブマシンガンを構え
周辺警戒。対空砲火は依然として派手に撃ち上げているが、地面に降りた彼らを狙うものは見当たらなかった。
ベルツは上空のヘリに合図を送って、ティアナたちに降下ポイントの確保に成功したと伝える。

「……さぁ、みんな行くわよ。最終決戦、あたしたちの任務は!?」
「リイン曹長をサブコントロールルームまで連れて行く!」
「はいです!」

ベルツからの合図を確認したティアナは降下直前、後ろを振り返って仲間たちに問う。スバルとリインフォースがそれに答え、エリオとキャロ
が続く。

「それから、メガリスを停止させて!」
「最終的には、内部にいるはずのスカリエッティの確保!」
「上出来。それでは、降下開始!」

ティアナの言葉で、六課の新人たちは先に降下した陸士たちの後を追うべく、ヘリから飛び降りた。
バリアジャケットを装着しているというのに、やはり外気はティアナにも冷たく感じた。耳に入ってくるのは、冷たく生物の存在を許さない、
耳障りな風。
――否、それだけではなかった。風に混じって微かに聞こえる、鋼鉄の翼たちの咆哮、すなわちジェットエンジンの轟音。それがなんだか、
ティアナには頼もしく思えた。あの空の向こうで、メビウス1も戦っているはずだった。

「あたしだって……!」

震える腕は、武者震いか。ティアナはメガリスの巨体を睨みつけながら、戦場へと到着する。


メガリス内部、メインコンピュータがある一室。そこに、全ての元凶はいた。スカリエッティ、その人である。
狂人のような薄ら笑いは相変わらずだが、今日の彼は格好が違った。いつもの科学者の白衣ではなく、黒い特殊な宇宙服のようなもので身を
包んでいた。そして、首筋には何かのコードのようなものがぶら下がっている。

「……おや、侵入者か」

笑みはそのまま、内部に張り巡らされたセンサーが、侵入者がいることを知らせてくれた。コンピュータのキーを叩いて、一番近い監視カメ
ラを操作し、侵入者の正体を探る。

「あぁ、また君たちか」

監視カメラに映ったのは、市街地戦用の迷彩服を着た陸士たち、それに続くバリアジャケット姿の少女三人、少年一人。
最初に見た時はなかなか面白いと思ったものだが――今は、もう興味がなくなっていた。それよりもこのメガリスだ。
素晴らしいなぁ、まったくとスカリエッティは天井を見上げ、メガリス全体に愛しげな視線を向ける。
最初に彼がメガリスを見つけたのは、この永久凍土の地で、極めて小規模な次元震が起こった時だった。
あいにくの猛吹雪の日だったので管理局は調査を断念したが、スカリエッティはこれがどうも気になって仕方がなかった。それゆえ、多数の
ガジェットを悪天候で失いつつも、調査を続けた。
その結果、ガジェットのカメラ越しに彼が見つけたのは、まるで王城のような要塞だった。破壊の跡が見られたが、原型そのものは崩れてお
らず、非常に頑丈に設計されたことが目に見えてわかった。
この要塞を調べていくうちに、スカリエッティは驚愕し、徐々に魅せられていった。
内部にあったコンピュータからこれが異世界のものであることを知り、その世界での歴史を見た。小惑星"ユリシーズ"の墜落からなる一連の
ユージア大陸戦争。そして、"ユリシーズ"が生み出した破壊と混乱を思い知らされたはずの人間が、こうしてその悪夢を再現できる要塞を建造
したことから、彼は一つの結論に至った。人は、戦争をやめられないのだと。どうしようもないくらい、殺戮が大好きなのだと。
だから――スカリエッティは行動に移したのである。いかにそれが愚かな行為であるか、身を持って教えてやろうとした。
それが彼の行動理念だった。それが彼の思う人間に対する"救い"なのだと。

「さぁて……それでは始めよう」

スカリエッティは立ち上がり、警報用のスイッチを押す。今頃、各部で待機していたガジェットが一斉に飛び出してくるだろう。
しかし、それだけで彼らは止められるだろうか。そんな疑問がふと沸いて出てきたが、心配いらない、とスカリエッティは自分に言い聞かせた。
いざとなれば、最強の切り札がまだあるのだから。


「おかしい……」

メガリス内部に侵入したベルツたちは、あまりの静けさにむしろ恐怖感を抱いていた。
アサルトライフルの銃口は絶えず正面に向けているが、敵が出てこないのでは意味がない。

「どう思う、ランスター?」
「――どっかで待ち伏せしているんじゃないかと」
「同感だ」

ティアナとお互い指揮官として意見を交わし、ベルツは自ら先頭に立ち、歩みを進めていく。
内部ではかつて戦闘があったのだろうか、いくつもの銃弾による穴があり、手榴弾でも使ったのか、派手に壁がへこんでいる部分もあった。
鼻腔をくすぐるのは、わずかに残った硝煙の匂い。ベルツはあまりいい雰囲気ではないな、と胸のうちで呟いた。少なくともデートスポット
としてはお断りだろう。

「――こいつか」

前進していると、出撃前のブリーフィングにて通達されたサブコントロールルームへと繋がる扉が見つかった。

「押しても引いてもダメっぽいな」
「電子ロックでしょう。リイン曹長、出来ますか?」
「はーい、ちょっとお待ちを……」

ティアナはリインフォースに頼み、扉のすぐ隣にあった端末と思しきものにアクセス出来ないか試みた。これで開くなら、メガリスの発電用
ジェネレーターを破壊して、停電を待つ間でもない。

「――やっぱりダメです。すごく強力な電子ロックが掛けられています」

ところが、やはりそう簡単には開かないらしい。リインフォースは端末から離れ、首を振った。

「仕方ない、予定通りジェネレーターの破壊を待って……っ」

ベルツが口を開いたその瞬間、メガリス内部に警報が鳴り響いた。どうやら、最初からここまで追い込む魂胆だったらしい。今にガジェットの
群れがわんさか押し寄せて来るだろう。

「ただ待たせるだけじゃ悪い、と思ったんだろうな。客が来たらお茶とお菓子もお出ししないと」
「いやなお茶とお菓子ですね」

愚痴をこぼしながら、しかしベルツとティアナは不敵な笑みを交わす。向かってくるなら、迎撃するまでだ。

「ソープ、ジャクソン、タンゴ分隊とチャーリー分隊を率いてそっちの通路を死守だ。残りは俺と一緒にそこのB扉から来る敵を迎え撃つ」
「エリオ、キャロはタンゴとチャーリー分隊の援護に回って。スバル、あんたはあたしと同じでベルツ二尉の援護」
『了解!』

怖いか?と聞かれれば、この場にいるもの全員が頷くだろう。だが、逃げ出したいか?と聞かれれば、全員が首を振る。
もう、逃げ込む場所などどこにもない。立ち向かっていくしかないのだから。


こいつでラスト――!
右へ左へと旋回して逃げ惑うF-15Eの、上でテニスが出来ると称されたほどの大きさを持つ主翼に向かって、メビウス1は機関砲の引き金を引く。
F-22の主翼の付け根に装備された二〇ミリ機関砲が唸り声を上げ、赤い曳光弾がF-15Eの胴体を貫いていく。
穴だらけにされたF-15Eは次の瞬間には爆発、その身を空中へと四散させた。

「ふぅ……」

酸素マスクの中で一息ついたメビウス1は、視線を落としてレーダー画面を確認。すでにそこに敵機の姿はなく、映っているのは味方機のみだ。

「こちらゴーストアイ、全ての敵機の撃墜を確認。残弾、状況知らせ」
「こちらメビウス1、AMRAAMは使い切った。サイドワインダーが二発、機関砲弾が三一〇発。燃料、機体には問題無し」

ゴーストアイに言われて、メビウス1はウエポン・システムを操作し、残存する兵装をサブディスプレイに表示させる。残っているのは短距離
空対空ミサイルのAIM-9サイドワインダーと機関砲のみだ。

「こちら黄色の13、機関砲弾が残り八〇発。ミサイルは、R-73が一発。燃料はまだ大丈夫だ」
「こちらスターズ2、カートリッジはあと二個だが、まだやれる」

黄色の13とヴィータもゴーストアイに報告。ひとまず敵機の脅威は排除されたので、彼らはメガリス上空に向かい、対空砲火の制圧を行って
いるフェイトとシグナム、戦闘機隊の援護に向かうことになった。
とは言え、その必要はあるんだろうか――?
メビウス1の考えは、当たっていた。メガリス上空に到達したはいいが、対空砲火はすっかり静まり、たまに生き残りが散発的に撃ってくるだけ
だった。フェイトとシグナムが大暴れした結果だろう。戦闘機隊も被弾した機体はあっても、撃墜されたものはいない。

「こちらメビウス1、敵戦闘機を全て排除した。何か手伝えないか?」
「こちらスカイキッド――何、あれを全部落としたのか!?」

スカイキッドが驚愕し、続いて戦闘機隊の面々も驚く。たった二機と一人で三〇機もの敵機を全て撃墜したのだから、その実力は推して知るべし
であろう。

「アヴァランチよりメビウス1、せっかく手伝いに来てもらってなんだが、大概の目標は潰しちまった。あとはジェネレーターだけだ。今、ライ
トニングの二人が破壊に向かってる」

アヴァランチの言葉で、メビウス1はコクピットから身を乗り出すようにして、眼下のメガリスを見る。
ほぼ沈黙した対空砲火、それらを素通りして、フェイトとシグナムがメガリスの排気ダクトに向かうのが見えた。
今回は出番無しか、とメビウス1は思う。トンネル潜りは得意なのだが、わざわざ危険を冒して、戦闘機には非常に狭い排気ダクトに突っ込んで
ジェネレーターを破壊することもあるまい。
しかし――思わぬ障害が、彼らの前に立ちふさがった。

「こちらライトニング1、これより排気ダクトに侵入して……わぁ!?」

いきなり通信機にフェイトの悲鳴が入り込んできて、メビウス1は何事かと眼下を見る。
メガリスの三つの排気ダクト、その周囲に、地下からぬっと何門もの速射砲が姿を現していた。隠し砲台に違いない。

「っく……」
「どうした、何があった。ライトニング、応答せよ!」

通信機にいかにも苦しげな声を送ってきたのはシグナムだろう。ゴーストアイが、何事かと彼女に問う。

「――敵の速射砲弾は、いずれもAMFが内蔵されている! 我々では近付けない……!」
「こちらライトニング1……同じくです。物凄い高濃度のAMFが――」

シグナムとフェイトはそう言って、上空へと退避してきた。ただちにゴーストアイが敵の砲撃を分析する。

「――出たぞ。ライトニング2の言うとおり、敵の砲弾にはAMF発生装置が搭載されている模様だ。炸裂と同時に、周囲にAMFの粒子をバラ撒いて
いる。これでは魔導師では無理だ。AMFの影響を受けにくい者……戦闘機が、排気ダクト内に侵入するしかない」
「なんだって!? 無茶を言うなゴーストアイ!」

ゴーストアイが出したとんでもない提案に、ウィンドホバーは驚愕と抗議の声を上げる。
確かに、戦闘機で排気ダクト内に突入するなど、ほとんど自殺行為に等しい。少しでも操縦を誤れば壁面に激突してしまう上、その狭さから乱気
流も発生する。つまり、機体は常に不安定な状況に晒されるのだ。そんな状況下、瞬きする間に数百メートルかっ飛んでいく機体を操り、ジェネ
レーターに致命弾を与え、脱出するなど――

「……分かった、俺が行こう」
「こちら黄色の13、同じくだ」

否、それが可能な彼らがここにいた。メビウス1と黄色の13は、さも当然のように言ってのけた。

「おい、正気かよメビウス1! 対空砲火だってまだ……」
「ヴィータ、別にこれが初めてじゃない。13の方は知らないが」
「任せろ、トンネル潜りなら得意だ」
「――だ、そうだ」

止めようとしたヴィータに、しかしメビウス1は気楽な返事。黄色の13もまた、余裕たっぷりな口調だった。
ゴーストアイは暫し沈黙する。出来ると言っているが、果たして危険な場所に彼らを送り込んでいいものか、他にもっといい対策はないのか。
思考を巡らせるゴーストアイだったが、メガリス内部からの通信が入り込んできた。突入したベルツのB部隊、それにティアナたち六課のフォワード
部隊だった。

「こちらスターズ4、敵と交戦中! 早いとこお願いします」
「来たぞ、K扉に敵だ! 近付けさせるな!」

どうやら、内部に配置されていたガジェットと交戦を開始したらしい。通信の奥では、すでに銃声が響き渡っている。

「アルトマン、手榴弾を使え!」
「畜生、火炎放射器だ!」
「撃て撃て、階段のところだ!」

銃撃戦はかなり激しいようだ。ガジェットの総数は不明だが、その数は多いと見た方がいい。となれば、素早くジェネレーターを破壊しないと、彼ら
と彼女らは袋のねずみにされてしまう。
ゴーストアイは意を決して、メビウス1と黄色の13に通信を入れる。

「――メビウス1、13、やってくれるか?」
「了解、任せろ」
「こちら黄色の13、了解だ」

二機は主翼を翻し、メガリスへと立ち向かう。目指すは排気ダクト内、三つの発電用ジェネレーターだ。それらを全て破壊すれば、メガリス内部の電力
供給は断たれ、サブコントロールルームへの扉が開く。

「13、自信はあるか?」
「愚問だぞ、リボン付き。この程度――」

二機は二手に分かれ、それぞれ別の排気ダクトに向かう。黄色の13はメガリス本体の側面に設置された、排気ダクトに向かって突き進む。

「どうと言う事はない!」

アフターバーナー、点火。黄色の13は愛機Su-37を突撃させた。メビウス1のF-22も同じく、ただし彼はメガリス本体正面、二つある排気ダクトのうち
一つに突き進んでいた。
隠し砲台として姿を現した速射砲は絶えず砲弾を放ってくるが、Su-37は機首をわずかに逸らすなどランダムな機動を取って、速射砲の火器管制を幻惑する。
ガン・スモークと呼ばれる黒々とした煙の中を突き抜け、黄色の13はついに排気ダクト内部へと侵入する。

「――!」

内部に突入すると、Su-37がガタガタと揺れ始めた。乱気流のせいで、まっすぐ飛べないのだ。黄色の13はそれを絶妙な操縦桿とラダーペダルの操作で
耐え抜き、排気ダクト内を進む。
主翼が壁面を引っかきそうになって冷やりとしたが、どうにか大丈夫そうだ。黄色の13は恐怖と胸のうちで格闘しながら、正面を睨む。
――あれか!
排気ダクトの奥、壁面に明らかに付け加えられた形跡のある、発電用ジェネレーターが、彼の視界に映り込んだ。
ただちにウエポン・システムを操作して機関砲を選択。ぎりぎりにまで引き付ける。機関砲の口径は三〇ミリと大きいが、破壊するなら距離を縮めた方が
いい。
酸素マスクから送られてくる酸素をたっぷり吸い込み、落ち着け、落ち着けと黄色の13は自分に言い聞かせる。

「捉えた……!」

絶妙の距離とタイミング、黄色の13は引き金を引く。Su-37に搭載されたGsh-301三〇ミリ機関砲が、待ってましたとばかりに火を吹いた。
放たれた機関砲弾はジェネレーターにいずれも直撃し、爆発。黄色の13は一瞬怯み、しかしエンジン・スロットルレバーを叩き込む。
Su-37は爆風を突き破り、そのまま排気ダクトを駆け抜けていった。
排気ダクトの向こう、眩い空にSu-37は飛び出す。視界が急に明るくなって黄色の13は眼が霞む感覚を覚えたが、身体は愛機と一体化したかのように操縦桿
を引く。Su-37は上昇するが、対空砲火の赤い弾丸が後ろから追いかけてきて、彼は背筋に冷たいものが流れるのを感じた。
これだから対空砲と喧嘩するのは嫌なんだ――。
胸のうちで愚痴をこぼしながら、機体を水平に戻す。眼下に視線をやると同じようにもう一つの排気ダクトから、対空砲火に追い出されるような形でF-22が上
昇してきた。メビウス1も、ジェネレーターの破壊に成功したのだ。

「あぁ、怖い怖い。どうだった、13?」
「ばっちり破壊に成功だ。そっちはどうだ」
「同じく破壊成功。残りは――」

F-22のコクピット、メビウス1が視線を下げるのが見えた。黄色の13がその先を辿ると、三つあるうちで唯一まだ突入されていない排気ダクトがあった。

「アレだけだ。さぁ、行くぞ13。全てを終わらせよう」
「了解だ」

二人のエースは操縦桿を翻し、機体を降下させる。目指すは最後のジェネレーター。これを破壊すればメガリス内部は停電を起こし、サブコントロールルーム
への扉が開く。そうして、リインフォースがメインコンピュータに接続して起動を停止させるのだ。
間違いなく、戦闘は終局へと向かっていた。
だが――メガリス上空の冷たい寒気は、この地に雪を降らせようとしていた。
生命の存在を許さないこの永久凍土の地の寒さが、勢いを増す。それはさながら、メガリス――王が、怒りを露にしたようだった。
怒りの矛先が誰に向けられるのか、それに気付く者はこの場にいなかった。



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最終更新:2009年02月21日 20:40