ACE COMBAT04 THE OPERATION LYRICAL
第27話 Yellow 13
そして死者は眠る、生者に後を託して――。
少し昔、ユージア大陸のある中立都市上空にて。
その日、黄色の13は愛機Su-37と自身の指揮する黄色中隊を率いて、迎撃に上がってくるISAF空軍機を一掃するため、制空戦闘を行っていた。
地面から見れば、その光景はさぞ魅力的なものだろう。
響き渡るのは遠雷のような轟き、見上げれば青空には、いくつもの飛行機雲が互いに回り込みあい、複雑なループを描く。
それはさながら青空をキャンパスにした芸術のような、美しく遠い空の戦い。
――だが、その実態は死に物狂いの命の奪い合いだ。
目の前のISAF空軍機を追いかけながら、黄色の13は頭の片隅でそんなことを考えていた。
ミサイルはすでに使い切った。残すは機関砲のみなのだが、なかなかこの敵機はしぶとく逃げ回り、照準に入ってくれない。
敵機を注意深く観察していると、左主翼を傾け、垂直尾翼のラダーが動くのが分かった。機体の重さを利用して、急降下で逃げを打つつもりの
ようだ。黄色の13はその動きを先読みし、操縦桿を薙ぎ払い、Su-37を急降下させる。
動きを読まれた敵機は黄色の13の正面に自ら躍り出る形になり、その距離は急速に縮まる。機関砲の必中距離に、持ち込まれたのだ。
ちらりと眼下に視線をやると、湖が見えた。その手前には小高い丘があり、このまま降下を続ければ地面にダイヴする羽目になる。
どうする、と敵機に胸のうちで問いかけると、返答はすぐ、上昇という形で返ってきた。合わせて黄色の13も操縦桿を引き、機体を降下から上
昇へと持っていく。主翼が丘を掠め、一瞬だけだったが自転車に乗った少年の影が見えた。
――もらった。
上昇して必死に逃げる敵機が、機関砲の照準に入る。黄色の13は躊躇うことなく引き金を引いた。
三〇ミリの赤い曳光弾が飛び出していき、敵機に降り注ぐ。次の瞬間には燃料に引火したのか敵機は火を吐き、パイロットを射出して湖に突き出
た岬の方へと落ちていった。
「やったか……」
ふう、と酸素マスクを外し、黄色の13は敵機が落ちたと思しき岬を見下ろす。黒々とした煙が上がっているから、機体は落ちた瞬間大破炎上し
てしまったのだろう。
大して感動は覚えなかった。邪魔な敵機を一機落とした、後はせいぜい、脱出したパイロットの無事を祈るだけだ。
彼に罪があったかどうかと言われると――難しいだろう。まさか撃墜した敵機が、岬にあった民家に突っ込み、あの丘の上にいた少年の家族を炎
と衝撃が奪ってしまったことなど、思いもよらないことだった。
それゆえに、この都市を拠点にするようになってから通うようになった酒場、そこで出会った少年が、自分のせいで孤児になってしまったことを
知った時の衝撃は、彼にとって計り知れないものだった。
謝ることは、ついに出来なかった。そればかりか、少年からは銃を突きつけられ、「僕らの街から出て行け、侵略者め」とまで言われた。
撃たれなかっただけでも幸いなのかもしれないが――それはそれで、果てしなく苦い感覚が、黄色の13の胸のうちを支配していった。
最後に"リボン付き"と戦って死ねたことが、ユージア大陸における最後の幸福だった。
しかし、何の因果か死なずに俺はここにいる――。
眼下に広がる氷の大地、そこにどっしりと構えた王――メガリスを正面に捉えつつ、黄色の13は思いを馳せていた。
こいつが動けば隕石がまたミッドチルダの地に降り注ぐ。そうなればチンクたち更正組の命も危うくなる。それだけは、絶対に阻止する。
「スカリエッティめ、自分の子供すら巻き込むつもりか――」
ぎり、と歯を噛み締める。奴の言う"救い"は、自身の独善による粛清のほかならない。ファシストめ、と罵りたい気分だ。
「13、見えるか? あれが最後の排気ダクトだ」
傍らを飛ぶリボンのマークのF-22、メビウス1の言葉を聞き、黄色の13は視線をメガリス正面の左側にある排気ダクトに向ける。
三つあるジェネレーターのうち、二つはすでに破壊した。残るはこの排気ダクトの向こうにあるジェネレーター、ただ一つ。
「リボン付き、あれは俺にやらせてくれ」
「13?」
「けじめをつけたいんだ」
メビウス1は少しの間黙ったが、彼がやむを得ずスカリエッティに協力していて、今はそれを食い止めるべく動いているのを察し、
「了解、上空で援護する」
と了承。黄色の13は敬礼して礼を言い、機体の高度を下げていく。
「ターゲットデータ確認、あと一つ。あと一つだぞ」
空中管制を務めるゴーストアイ、口調は相変わらず冷静だが、明らかにその言葉には焦り、期待、不安と様々な感情がこもっている。
ゴーストアイだけではない。地上本部戦闘機隊のアヴァランチ、ウィンドホバー、スカイキッド、機動六課のはやて、フェイト、シグナム、ヴ
ィータ、この場にいる全員が、彼らを見守っていた。圧倒的な対空砲火と超高濃度のAMF下では、それしか出来ない。あとは、エースの二人に任
せるしかないのだ。
黄色の13はSu-37を降下させ、排気ダクトに正面から立ち向かう。並の者なら萎縮し、突っ込むのを躊躇う対空機関砲の嵐。怖くないなんて嘘
だが、黄色の13は震える身体を無理やり押さえつけて、Su-37を直進させる。
IRST(赤外線探査装置)は、すでに排気ダクト奥のジェネレーターを捉えていた。あとはひたすら排気ダクトの中を突っ込み、機関砲を叩き込んで
しまえばいい。
「……!」
だが、そう簡単には行かせてもらえないらしい。彼の眼はしっかりと、排気ダクトの搬入口にシャッターが下りていくのを目撃した。このまま突
っ込めばシャッターに激突する羽目になってしまう。
黄色の13は操縦桿を引き、Su-37を急上昇させようとして、しまった、と表情を歪めた。シャッターの下りた排気ダクトの周囲に、今まで姿を
見せなかったいくつもの隠し砲台がぬっと姿を現していた。
速射砲と対空機関砲の矛先が、黄色の13に向けられる。やむを得ず、黄色の13はアフターバーナーを点火させ、Su-37を急上昇させる。
高度計の数値が跳ね上がり、Su-37は激しさを増した対空砲火の中を突き進み――いくつかの弾丸が、Su-37の胴体を叩いた。
「13!!」
上空で援護していたメビウス1が、悲鳴のような声で彼の名を叫んだ。
メガリス内部に侵入したベルツのB部隊、それにティアナたち新人フォワード部隊は、開く様子のないサブコントロールルームへの扉を背に、必死
の防衛戦を展開していた。襲い来るガジェットは今まで何度も潰してきた相手だが、その数は尋常ではない。
「こちらタンゴ2、通路6に増援お願いします」
ソープと言うニックネームを持つ陸曹は、MP5を模した魔力式サブマシンガンのマガジンを交換しつつ、別の場所で戦闘中のベルツに通信を入れ
た。そろそろ弾薬が心細くなってきたにも関わらず、ガジェットどもはまだ出てくる。
「タンゴ2、エレベーターを封鎖しろ」
ところが、返ってきたのは了承ではなく命令。向こうもどうやら限界ぎりぎりらしい。だが、確かに前方一〇〇メートルの地点にある資材運搬用
のエレベーターを封鎖すれば、地下から来るガジェットを足止めすることが出来る。
やるしかない、か――。
ソープはサブマシンガンを構え、傍らで戦闘態勢を取っている同僚のジャクソン陸曹、そして共にこの地点の防衛に就いたエリオとキャロに声を
かける。
「ジャクソン、それとエリオ、キャロ! あそこのエレベーターを爆破して封鎖する、ついて来てくれ!」
「なっ……おい、ちょっと待て!」
飛び出そうとするソープの肩を掴み、ジャクソンは彼を無理やり通路の奥へと引きずった。直後、ガジェットたちの放ったレーザーがかすめ飛ぶ。
「――見たろ、この弾幕。普通に突っ込んだって穴だらけにされちまうぞ」
「しかし、それじゃあどうしたら」
「ここを使うんだ」
ジャクソンはにやりと笑って、M16A2を模したアサルトライフルで頭を叩く。
エリオとキャロに向き直った彼は、身振り手振りを加えて作戦の概要を手短に話し始めた。
「まずは向こうのガジェットを一掃する必要がある。キャロ、君は確か補助魔法が使えるんだったな?」
「は、はい。射撃の強化が出来るタイプがあるので、それで――」
ジャクソンの問いに、キャロは緊張した面持ちのまま答えた。ジャクソンは親指を立てて、笑ってみせる。
「察しがいいな。俺とソープの銃にそいつをやってくれ。それとエリオ」
「はい!」
次に、ジャクソンはこの中で一番の高速を誇るエリオに声をかけた。
「この中じゃ君が一番速い。俺たちが銃撃して相手が怯んだら、一気に突っ込め。そして懐に飛び込んでガジェットを撃破するんだ。出来るか?」
「――やってみます!」
「いい返事だ」
ぽん、と二人の少年少女の肩を叩き、ジャクソンはソープに配置に就くよう促す。
「……ジャクソン、お前これが終わったら教師にでもなったらどうだ?」
「あぁ、それも悪くないな――キャロ、頼む」
ソープの冗談に適当に返事しながら、ジャクソンはキャロの方を見た。彼女は頷き、自身のデバイスであるケリュケイオンを掲げ、詠唱を開始。
その間に、傍らでエリオが槍型のデバイス、ストラーダを構えて突撃体勢に入っていた。
――まったく、ガキの癖に一人前の面構えじゃねぇか。
ジャクソンは苦笑いし、アサルトライフルを構える。キャロの詠唱が終了し、ソープと彼の銃にカタログスペック以上の力を与える。
「ブーストアップ・バレットパワー……いけます!」
「よし。まだ待て、スタンバイ」
ジャクソンはソープとアイコンタクト、ガジェットたちのレーザー攻撃が止んだ一瞬に銃撃を始めることにする。
「スタンバイ……スタンバイ……撃て!」
レーザーの雨が止んだその一瞬、ソープとジャクソンは通路に躍り出て、それぞれ威力が強化された文字通り魔法の弾丸を一斉に叩き込む。
サブマシンガンの銃口で閃光が瞬き、アサルトライフルから薬莢が次々と弾き出されていく。きっかりマガジン一個分撃ち切って、ジャクソンは
振り返り、エリオに向かって叫ぶ。
「よし、行って来い槍騎士!」
「了解――!」
ストラーダに装備されているバーニアをフル稼働させ、エリオはロケットの如く通路を急加速し、突っ込む。
先にソープとジャクソンから、ありったけの銃弾を撃ち込まれて狼狽していたガジェットたちは一瞬遅れてエリオを迎撃しようとするが、もう遅
い。気付いた時には懐深くに飛び込まれ、背後に回りこまれていた。
「うおぉおおお……っ!」
咆哮。エリオはガジェットたちのがら空きになった背中に向けて、スピーアシュナイデン、魔力付与されたストラーダで直接攻撃。
AMFが展開されており、多少の威力の減衰はあったが、それで止められるほど、今のエリオは弱々しくはない。ストラーダの刃がガジェットの薄
い背面を切り裂き、貫き、粉砕する。
――そっちからもか!
不意に後方からぞくりとした感覚を覚え、エリオは振り返ると同時に、右手に魔力を送り込む――送り込まれた魔力は電撃に変換され、彼の拳は
雷を纏った。
「紫電、一閃!」
至近距離でレーザーを叩き込んで仕留めようとしたのだろうが、このガジェットは哀れにもそのせいで、エリオの雷を纏った正拳突きをもろに食
らう羽目になった。
背面よりははるかに頑丈なはずの正面装甲が粉砕され、ガジェットは吹き飛ばされていった。
「――すげぇな」
「ああ、まったくもって」
その光景を見ていたソープとジャクソンは顔を見合わせ、ひとまずガジェットが一掃されたので前進、目的のエレベーターにたどり着く。腰の雑
嚢から爆薬を取り出し、もっとも最適と思われる地点にそれらを設置する。
「よし、設置完了だ。各員退避を――っ!」
全ての爆薬設置を終えたジャクソンは立ち上がり、はっとなった。目に見える全てのガジェットを撃破し、一息ついているエリオの後ろに、黒い
影が迫っていた。
「エリオ、伏せろ!」
「え、え!?」
事態が飲み込めていないエリオに舌打ちし、ジャクソンは駆け出す。そうして彼の小さな身体を突き飛ばし、次の瞬間、エリオが食らうはずだっ
たレーザーをまともに浴びた。
「――!」
「ジャクソン! くそっ」
「ジャクソンさんっ――フリード、ブラストレイ!」
ソープが叫び、サブマシンガンを構える。キャロが悲鳴のような声を上げて、彼女自身が使役する飛竜フリードに炎の砲撃を放つよう命じる。
エリオを狙い、結果的にジャクソンを撃ち倒したガジェットに銃弾と炎が叩き込まれ、あっという間に機能を停止する。どうやらひっそりと隠れ
ていたものが今頃出てきたらしい。だが、おかげでジャクソンは重傷を負ってしまった。レーザーで腹部を撃ち抜かれ、出血が止まらない。
そして、悪いことは続いた。
「――ソープさん、エレベーターが動いてます!」
「何!?」
エリオの言葉で、ソープはエレベーターのほうを見た。資材搬入のため大型の設計になっているエレベーターが、地下へと進んでいく。おそらく
は、地下にいるガジェットたちを迎えに行ったのだ。時間はそう長くない。
「ジャクソン――」
「行け、早く行け」
ソープはジャクソンの身体を起こそうとしたが、彼は負傷しているとは思えないほど、強い力でソープを突き飛ばした。
ジャクソンは苦悶の表情を上げながら、懐から爆薬の起爆スイッチを取り出す。その行動の意味を、ソープは理解してしまった。
「ここは任せておけ」
無理やり彼は笑顔を浮かべて、そう言った。
ソープはしばらく悩む表情を見せたが、やがて意を決したかのように、彼は口を開いた。
「……エレベーターの閉鎖は、ジャクソンに任せる。二人とも、ただちに撤収だ」
「そんな!?」
「出来ません!」
当然、エリオとキャロは猛抗議の声を上げた。ソープの指示を無視し、二人はジャクソンの肩を担ごうとする。
「そいつは死んでる、置いていけ!」
だが、ソープが怒鳴ることで、二人は動きを止めざるを得なかった。迷うようにエリオはジャクソンの方を見ると、彼は言った。
「大人の言うことは聞くもんだぜ二人とも――さぁ、行ってくれ」
「――っ」
わずかな逡巡の後、エリオとキャロは苦虫を噛み潰したような表情を隠しもせず、ソープと共に通路の奥へと後退していった。
後に取り残されたジャクソンは起爆スイッチに指をかけ、呟く。
「大人が始めた戦争だ……子供を巻き添えにしちゃ、夢見が悪い」
ぐらっと意識が遠のき始めた。傷口から溢れ出て地面に広がっていく赤い血だけが、妙に目に付いた――そりゃそうだ、これは俺の血だからな。
意識が途絶える直前、起爆スイッチを押した。直後、爆発と共に轟音がメガリス内部に響き渡り、エレベーターが崩れていく。ジャクソンは任務
を果たしたのだ。
しかし、それが耳に入るころにはすでに彼の意識はなかった。戦士の魂は天に召され、残った彼の遺体だけが、エリオたちの無事を願うように安
らかな笑みを浮かべていた。
一方、ベルツたちも押し寄せるガジェットの群れに苦境に立たされていた。
「――っ二尉、背後を突かれました! B扉に敵です!」
同じ場所で防衛に就いていたティアナに言われて、ベルツはアサルトライフルの銃口を後方の扉に向ける。ガジェットが二機、ぬっと姿を現して
いた。躊躇することなく引き金を引き、まとめて撃ち倒す。出てきていきなりの銃撃を浴びたガジェットたちは全身を蜂の巣にされ、一発も放つ
ことなく倒された。
「正面、さらに四……次から次へと、うっとしいわね!」
挟み撃ちにでもするつもりだったのか、ベルツが後方のガジェットを撃破している間に、正面からやって来たガジェットたちをティアナが迎撃。
クロスミラージュからありったけの魔力弾を放ち、いずれも近づかれる前に粉砕する。
「スバル、リイン曹長は無事!?」
「しっかり守ってるよ!」
「健在です!」
正面のガジェットを退治したティアナはスバルに声をかけた。彼女はある意味この作戦の要であるリインフォースの護衛を任されていたが、元気
のいい返事がすぐ、護衛対象のリインフォースと一緒に返ってきた。
とは言え、いつまで持つか――。
表情に焦りを浮かべ、ティアナはクラスミラージュのカートリッジを交換する。潰しても潰しても出てくるガジェットの人海戦術に、いよいよみん
な疲弊の色を見せ始めていた。
ちらっとサブコントロールルームへの扉を見るが、依然として開く様子はない。通信によれば現在ジェネレーターは二つ破壊し、残り一つのはず
なのだが、予想外に強力な対空砲火の前に手間取っているようだ。
「チャーリー1、限界です! 後退します!」
ちょうどその時、ベルツの指揮下にあるB部隊のチャーリー分隊から通信が入った。通信の奥からは激しい銃撃の音が響き、だいぶ押されている様
子が伺えた。
だが、とベルツは苦々しい表情を浮かべる。ここでチャーリー分隊が後退すると、他の分隊への負担が増える。屋内と言う環境上、後退を続けるに
も限界があった。
「――まだだ、諦めるな!」
やむを得ず、ベルツは首元の通信機に繋がったマイクに向かって叫ぶ。非情だとは自分でも思った。
通信の奥で、チャーリー分隊の指揮官が辛そうにため息を吐くのが分かった。その後も激しい銃撃音が続くが、次の瞬間にはチャーリー分隊との
交信は途絶えてしまった。
「チャーリー1、応答しろ! どうした!?」
無駄だと言うことは分かっていた。それでもベルツは何度も通信でチャーリー分隊に応答を呼びかけるが、いずれも返事が返ってくることは無かっ
た。返答すべき者が、息絶えてしまったのだ。
「くそ……」
吐き捨て、ベルツはアサルトライフルを構える。チャーリー分隊が全滅したなら、最短ルートでここにガジェットが押し寄せてくる可能性が高い。
そんなベルツの苦悩する姿を間近で見たティアナは、ゴーストアイに通信回線を開かざるを得なかった。
「ゴーストアイ、ジェネレーター破壊はまだなんですか!?」
「まだだ、もう少し――もう少し、持ちこたえてくれ!」
ああもう、とティアナは通信回線を閉じた。今はゴーストアイの言うとおり、ひたすら持ちこたえるしかない。
手足が痺れるような感覚。意識は朦朧として、視界はぼやけている。
だが、まだ生きている。何とか命を保っている。黄色の13がそのことを認識したのは、キャノピーに付着した何か赤い液体を目にした時だった。
――これは、血? 俺の血か。と言うことは、出血している?
しっかりしろ、と黄色の13は首を振る。そこまでやって、彼はようやく自分の置かれた状況を認識した。
そうだ、最後の排気ダクトに挑もうとしたら、シャッターが下りていたんだ。慌てて上昇したら対空砲火に引っかかり、この様だ。
自嘲気味な笑顔を酸素マスクの中で浮かべ、黄色の13は機体の状況を確認する。
不思議と、愛機Su-37のエンジンは快調に回っていた。ただし燃料タンクに穴が開き、中身が漏れ出している。それ以外は、特に異常無し。被弾は
コクピット周りに集中したらしく、自分の怪我のほうが酷かった。
「13! おい、13!」
はっと彼は視線を右にやる。メビウス1のF-22が、Su-37に寄り添うように飛んでいた。コクピットで、メビウス1が心配そうにこちらを見ていた。
「大丈夫か、おい」
「あぁ……何とかな。メガリスは、どうなった?」
「まだ健在だ……くそ、あのシャッターと対空砲火じゃ無理だ」
メビウス1の言葉を聞いた黄色の13は眼下に視線を下ろす。無意識のうちに高度を上げてしまったらしく、幸いにも対空砲火はここまで届かなか
った。
「こちらスターズ2――駄目だ、近づけねぇ!」
「こちらアヴァランチ、同じくだ!」
何とかして排気ダクト内に突入を試みたヴィータとアヴァランチが、対空砲火に追い出される形で上空へと戻ってきた。
メガリスは、まるで逆鱗に触れられたかのように怒りを露にしていた。フェイトとシグナムが破壊したはずの対空砲火は隠し砲台が次々と現れて勢い
を取り戻している。超高濃度のAMFが展開され、魔導師でも近付けない。
仮に突破できたとしても、排気ダクトには分厚い対弾対魔力仕様の分厚いシャッターがある。過去に戦艦に使用された蜂の巣装甲と言われる、小さな
穴が大量に開いたものを使うことで排気ダクトの機能を損なうことなく、鉄壁の防御を構えているのだ。
黄色の13は状況を認識し、次に自分の身体を見た。どこから出血しているのだろうと身体を探ってみると、太ももの付け根に被弾していることが
分かった。すでに射出座席は血液でぐっしょりと濡れ、コクピットの床に血が流れている。止血は――間に合わない。
「…………」
ふと、彼は飛行服に縫い付けた千人針の存在を思い出す。チンクたち更正組が、せっかく自分の無事を祈って作ってくれたと言うのに、血で真っ赤
になってしまっていた。
「長くは持たないか……」
外は極寒の大地。ベイルアウトしても、救助が来る前に凍死するのが落ちだ。それならば――。
――理由はどうあれ、俺はあの男に協力してしまった。その結果がこれだと言うならば、その罪を今から償う。
意を決し、黄色の13は酸素マスクを外した。そうして操縦桿を捻り、黄色の13はSu-37を降下させる。
「13、何を……!?」
「俺が、シャッターを壊してやる。その後を頼む、リボン付き」
いきなり急降下した黄色の13に戸惑いを見せるメビウス1を置いてけぼりにし、彼は愛機を急降下させる。
ここまでやって、ようやくメビウス1は黄色の13の意思に気が付いた。ただちに自身も操縦桿を捻り、Su-37の後を追う。
「よせ、13! 早まるな!」
「そう言われてもな――もう、止血も間に合わないんだ」
「だからって……うお!?」
いきなり目の前で地上から撃ち上げられてきた速射砲の砲弾が爆発し、たまらずメビウス1は操縦桿を引く。F-22は上昇し、しかしSu-37は構わずメガ
リスに向かって突進していく。
「こちらゴーストアイ、13、やめろ!」
「やめろよ、おい、13!」
「早まらないで下さい!」
「13!」
ゴーストアイも、ヴィータも、フェイトも、みんなも一斉に叫ぶが、彼は止まらなかった。それが余計に、黄色の13の意思を硬化させていく。
こんなにたくさんの人が、自分を呼び止めてくれている。こんなにたくさんの人が、死ぬなと言ってくれている。少年の家族を奪った自分に、テロリスト
に協力していた自分に。
――俺の痩せこけた良心に、そんな言葉はもったいない。
対空砲火を潜り抜け、ついに黄色の13は排気ダクトを正面に捉える。エンジン・スロットルレバーを叩き込み、アフターバーナー点火。Su-37は急激
に加速し、音速を突破する。
先端を黄色で彩った翼が大気を引き裂く。その姿はまるで、燃え尽きる寸前、一瞬だけ勢いを強める炎のようだった。
「もう少し……もう少しだ」
だが、ついに対空砲火がSu-37を捉えた。弾丸が胴体をズタズタに引き裂き、特徴的なカナード翼が吹き飛ばされた。コクピットにも弾丸は達し、部品が
弾け飛び、傷ついた彼の身体にさらに追い討ちをかける。
「まだだ、まだ――!」
しかし、彼の闘志は砕けなかった。黒煙を上げ、それでもSu-37は突撃をやめない。
スカリエッティ、貴様は"救い"のためにこいつを起動させたんだったよな――?
薄れゆく視界に、排気ダクトのシャッターが映ったその瞬間、黄色の13はメガリス内部にいるであろう、全ての元凶に問う。
「守るべきものも無く命を奪っておいて、何が"救い"だ――それは貴様の独善に過ぎん!」
力の限り、叫ぶ。
ひどくゆっくりと、時間が流れていくような気がした。Su-37の機首の先端が、排気ダクトのシャッターに突き刺さる瞬間すら見えた。
走馬灯と言うのだろうか。キャノピーの外で、酒場の少年と少女、黄色の4、そしてナンバーズの皆の顔が浮かんだ。
ようやく、お迎えが来たようだ。元よりユージア大陸でメビウス1に撃墜されたあの時、失った命である。迎えに来るのがずいぶん遅い。
「死人は死んでおくべき、だな――リボン付き、後を頼む」
呟き、次の瞬間、どっと衝撃が押し寄せてきた。
それっきり、彼の意識が蘇ることは無かった。肉体も大空に消えて、地上に戻る事は無い。魂と意思のみが、仲間たちの記憶の中にのみ、存在し
続ける。
「――くそ」
かろうじて口から出せた言葉は、その一言だけ。メビウス1は、最高のライバルにして最高の僚機を失ってしまった。
「13、応答しろ、13!13!」
ゴーストアイが、必死に通信で呼びかけている。返事が来るはずが無いのに、彼は諦めきれないのだ。
「落ち着け、ゴーストアイ……見ろ、排気ダクトを」
普段の冷静さを失ったゴーストアイをなだめ、しかし沈痛な表情を隠すことなく、シグナムが口を開く。
メビウス1は、排気ダクトに眼をやった。黄色の13と言う果てしなく大きな犠牲の末、シャッターは完全に粉砕されていた。
今なら、とメビウス1はエンジン・スロットルレバーを押し込もうとして、思い止まる。依然として強力な対空砲火は、何者の侵入を許そうとしない。
おそらくは、メビウス1でも無理だろう。突入すれば最後、機体をぼろ雑巾のようにズタズタに引き裂かれ、撃墜される。
「ハラオウン、シグナム、ヴィータ、お前さんたちでもダメか?」
「――ごめんなさい」
「すまん、あのAMFでは難しい」
「ダメだ、すまねぇ」
だろうな、と彼は思う。AMFがどの程度魔導師にとって重荷なのか、パイロットの彼には想像つかない。それゆえ、彼女たちの言葉は正しいと考えた。
身をもって体感している者の言葉を信用せずして、いったいどうしろというのだ。
AMFの範囲外から、ミサイルのように途中で撃ち落される心配の無い、長距離砲撃による援護でもあれば――。
そう考えて、真っ先に思いつく人物が一人いたが、無理だとメビウス1はすぐ否定した。万全ではない彼女を危険に晒すのはよろしくない。
だが――まるで彼の思考を読み取ったかのように、彼女は現れた。
「ディバイン……バスター!!」
「――何!?」
空を引き裂く、桜色の閃光。そいつがメガリス上面に設置されていた対空砲、後から出てきた隠し砲台も、まとめて薙ぎ払っていく。
閃光が走った方向に視線をやると、そこにいたのは、紛れも無く彼女――エースオブエース、高町なのはその人だった。レイジングハートを構え、メガ
リスを睨むその姿には、身体の不備など微塵も感じられない。
「対空砲火を抑えます、メビウスさん!」
今のうちに、と付け加えて、なのはは叫ぶ。
――考える暇は無いか。
メビウス1は言われるがまま、エンジン・スロットルレバーを叩き込み、アフターバーナー点火。F119エンジンから赤いジェットの炎が姿を現し、F-22
は猛然と加速していく。目指すはジェネレーター、黄色の13が文字通り命を懸けて開いた排気ダクトの奥地。
「13……あんたの犠牲を、無駄にはしない!」
しぶとく生き残った対空砲火が撃ちかけてくるが、再びなのはがディバインバスターを叩き込み、逐次制圧していく。
突入。主翼が壁面を掠めそうなほど狭い空間を、メビウス1のF-22は突き進んでいく。
乱気流により機体は絶えず振動している。それをF-22の電子制御が必死に抑えようとするが、結局のところ最後はパイロットの技量が全てだ。
まっすぐ、速く、しかし冷静に。水平飛行に全力を尽くしながら、メビウス1は排気ダクトの中を駆け抜けていく。
――見えた、あれだな!
かつてメガリスと対峙した時と、ジェネレーターの位置は変わっていない。視界に映ったジェネレーターに向けて、メビウス1は機関砲の照準を合わせる。
「ガンアタック――13、見てろ!」
引き金を引く。野獣のうなり声のような音を立てて、F-22の機関砲が火を吹いた。
放たれた赤い曳光弾がジェネレーターに着弾すると、パラパラと金属片が飛び散り、小さな爆発を起こす。その爆風を潜り抜け、彼のF-22は排気ダクトを
駆け抜けていき、空への脱出を果たした。
「開いた!」
スバルの言葉で、ベルツとティアナ、追い詰められて後退してきたソープ、エリオ、キャロが一斉に振り返る。
ジェネレーターの破壊により、停電が起きた。サブコントロールルームへの扉が開いたのだ。
「いいぞ、扉が開いた! 突入! 突入!」
我に返ったベルツがアサルトライフルを構え、サブコントロールルームへと入る。内部に三機ほどガジェットがいたが、セミオート射撃で近場のコンソール
を傷つけないよう、的確に撃ち抜き、撃破する。
「邪魔だ、この……!」
鬱憤晴らしも兼ねて床に転がる邪魔なガジェットを蹴飛ばし、ベルツは後方のティアナたちに親指を立てた。制圧した、と言う意味だ。
「曹長、頼みます!」
「了解です!」
ただちに皆がサブコントロールルームに飛び込んできて、リインフォースが駆け出し、手近にあった端末に飛びつく。
リインフォースは停電で落ちた端末を自分の魔力で叩き起こし、メインコンピュータへの接続を行う。プロテクトを手早く解除し、起動停止命令を送り込む。
二秒、三秒と時間が過ぎていくが、停止命令承諾の返答はまだ来ない。ミッドチルダのそれより劣るユージア大陸の電子技術にイライラしていると、ようや
く返答が返ってきた。"停止命令了解、メガリス停止します"と。
「――やりました、メガリス停止を確認!」
『……ぃやったぁ!!』
新人たちが歓声を上げ、ベルツとソープは安堵のため息をたっぷり吐いた。そうして首元のマイクを引っ張り、ゴーストアイとの通信回線を開く。
「あー、ゴーストアイ。喜べ、お前の誕生日プレゼントは終戦記念日だ。メガリスは停止した、以上!」
メガリスの停止。最初は本当かと疑ったが、現にメガリスから発射されていた隕石を落とすための弾道ミサイルは一発も上がらなくなった。クラナガンから
も、隕石の落着が止みつつある、と報告が入った。
「メガリス、完全停止――諸君、よくやった!」
ゴーストアイが言葉を口に出すと、空でも一斉に歓声が上がった。
「ついにやったぞ!」
「メビウス1がやった!」
「終わった……よかった」
「疲れてるな、テスタロッサ? まぁ、帰ってゆっくり休め」
「あたしも疲れたぞ、さすがに……」
はしゃぐ者、安堵する者、表情は様々だが、皆共通することがある。「よかった」と。これで、ミッドチルダに平和が戻る。そうすればまた、日常に戻れる。
だが、ただ一人、メビウス1だけが、酸素マスクを外し、複雑な表情で、眼下を眺めていた。視線の先には、排気ダクトの入り口。黄色の13のSu-37の残骸
が、そこに散らばっている。
「13……」
静かに呟き、ふとメビウス1はなのはの存在を思い出して、振り返る。案の定、彼女がいた。
「――なのは! どうして出てきたんだ!?」
「いてもたってもいられなくて――ダメですか?」
特に悪びれた様子も無く、なのはは笑顔すら浮かべていた。
「ダメですかって……ダメに決まってるだろうが。お前、待機してなきゃダメだろう」
バツが悪そうな表情を浮かべて、メビウス1は言った。だがどういう訳か、怒りのような黒い感情は湧いて来なかった。逆に胸のうちに広がるのは、無理して
彼女が援護に来てくれたと言う嬉しさにも似た感情。
しかし、ここで素直に喜んでいいのか。彼女は待機命令を破った訳だし――矛盾した思考と格闘していると、なのはが口を開く。
「――私だって、メビウスさんと同じ"エース"なんです。後ろでのんびり眺めてるのは、性に合わないんですよ」
「……それは、そうかもしれんが」
「それに」
急に改まって、なのはが言葉を区切る。
「それに?」
「それに、私――」
メビウス1はコクピットの中で、横を飛ぶなのはの次の言葉を待つ。
そう、待っていた。だが、思えばこの時、彼は待つべきではなかった。自分から聞くなりするべきだった。
何故か。時間は待ってくれないし、運命は彼らの事情など知らない。だから、"その時"が来てしまったのだ。
「――待て、なんだこれは……?」
唐突に、ゴーストアイが怪訝な表情を浮かべる。レーダー上に、突如としてIFF(敵味方識別装置)に反応の無い目標、すなわち所属不明機が現れた。
「……ミサイル!? 全機、アンノウンがミサイルを発射! 避けろ!」
ゴーストアイが警告を放つが、あまりにも遅かった。次の瞬間には巨大な閃光がメガリス上空にいくつも巻き起こり、歓喜と安堵の最中にいた戦闘機隊と六課の
魔導師たちを、一斉に吹き飛ばす。
「な……これは!?」
「何がどうなって――」
ただちに戦闘態勢に移行し周囲を警戒するメビウス1となのはだが、状況がさっぱり掴めない。通信回線を開いても、雑音交じりに仲間たちの声がときどき聞こ
えるだけで、それもひどく混乱しているようだった。
ゆえに、メビウス1は気が付かなかった。正面、微かだが赤い閃光が瞬いたことに。
正面に向き直った時には、訳が分からなかった。赤い閃光が自分の方に伸びてきていた。それがこちらに到達する直前、なのはがF-22の前に出て、防御魔法を
発動させたが、閃光をもろに食らった彼女は、はるか遠く、視認距離外に吹き飛ばされてしまった。
「――なのは!?」
我に返り、メビウス1は思わず彼女の名を叫ぶ。すぐさま彼女を助けようとして――レーダーに、ゴーストアイの言っていた所属不明機が映る。間もなく、視認
距離に入ろうとしていた。
所属不明機は前進翼を装備し、機体各部にカナード翼を三枚装着していた。他にも垂直尾翼、エンジンユニット、あらゆる面で、既存の戦闘機とは違うことが
読み取れた。何より目に付いたのは、コクピットにキャノピーが無い。肉眼ではなく、センサーで外部を確認しているのだ。
そして、機体全体を彩るのは血のような赤。
「勝利宣言は、私に勝ってからにしてもらおうか」
通信機に入ってきた声。聞き覚えはあった。こいつは間違いなく――
「なぁ、リボン付き?」
出来ることなら、この声は聞きたくは無かった。だが、こいつは今まさしく、目の前に立ちはだかっている。落とさなければならない。エースとして。メビウス1
として。人として。
「貴様……」
最後に現れたのは、無限の欲望――ジェイル・スカリエッティ。
最終更新:2009年02月21日 20:49