HALO THE LYRICAL
第1話「異界の地にて」
白い空間には窓が存在せず、時計も存在せず、その空間にあるのは長机が一つ。机を挟むようにして粗末なソファが二つ。入口の天井に監視カメラが一つ。
ソファの片方に異形の戦士は腕を組み、目を閉じて座っていた。
時間は数十分前に遡る。
突然現れた女、『フェイト・T・ハラオウン』と名乗った女性は、手持ちの黒い長杖を異形の戦士に向けている。対する異形の戦士『アービター』も、プラズマライフルを構えたまま、じっと動かない。
アービター自身もただ構えている訳ではなく、先程の言葉の一つ一つを確かめていた。
まず、『時空管理局』
聞いたことも無い名前だが、恐らく何らかの組織であることは間違いないだろう。
しかし、時空を管理するとはどういう意味だろうか? 今はあまりに情報が少ないため、これは後回しにした。
次に『執政官』
先程の管理局内での階級であるに違いない。しかも、最後に『逮捕する』と確かに言った。
逮捕権限を持っている、ということは、執政官とはそれなりの地位であろう。
これに先ほどの言葉を統合すると、時空管理局とはこの世界における法的機関であり。目の前のフェイトという女性は、管理局に所属する逮捕権限を持った地位に付いている人物、となる。
一通り確認を終えアービターは、
「……」
無言でプラズマライフルを下ろした。肩の力を抜き、両腕を垂れ下げる。
相手に抵抗の意志が無いことを確認し、フェイトは一瞬だけ安堵した。すぐに気を引き締め更に警告を促す。
「武装解除を願います」
先程より若干柔らかい声で呼びかける。異形は無言で、しかしゆっくりと指示に従い始めた。
まず、持っていたプラズマライフルを地面に置く。次に腰に手を回し、短い棒をゆっくりとプラズマライフルの隣に置いた。
更に青い球体を二つ腰から取り出し、先程の装備よりも慎重な手つきで球体同士を放して置いた。
球体を置くと、異形はその場から数歩後退りする。
これで全てだろう。武装解除を確認したフェイトは、上空に待機していたヘリに着陸許可を出す。
すぐにヘリが降下し、ローターは回転させたまま着陸、辺りに風を撒き散らす。後方のハッチから数人の作業服を着た人間が出てきた。手にはジェラルミンケースを持っている。
作業服の人間達は迅速にそれでいて慎重に、アービターの置いた装備を次々ケースに収めてゆく。全ての装備をケースに収め、更に手近にある機械の破片も幾つかケースに収めた。フェイトに作業が終わった旨を伝えると、全員ヘリに戻って行った。
「同行を願います。乗ってください」
「……」
次の言葉にもアービターは大人しく従った。ゆっくりと歩き、フェイトの脇を通過する。フェイト自身も異形が自分の脇を通過する際に、一瞬だけ目が合い緊張した。
ヘリのハッチに乗り込み、左右に設けられた座席の左側の中央辺りに座った。遅れてフェイトも乗り込み、アービターの向かいに座る。
先に乗り込んだ作業服の一人が、全員が乗ったことを告げると、ヘリは上昇を開始した。ローターを高速回転させ更に大きな風を撒き散らす。月明かりの草原に戦闘の痕跡と機械の残骸を残し、ヘリは飛び去った。
ヘリの内部は重苦しい沈黙で満たされていた。誰も何も喋らず、ただひたすらローター音がだけが機内に響いている。
異形の向かいに座ったフェイトも当初は監視のつもりだったが、いざ座るとなると、中々相手の顔を直視できなかった。
人間ならまだしも、相手は未知の生命体。
2mはあろう長身にトカゲのような外見、見た限りでは顎は四つに割れている。今は腕を組んで目を閉じているが、この異星人と目が合うことを考えると、とても直視は出来なかった。
もしかして昔見た映画のように、口から更に口が出てくるのでは?
血液はもしや強酸性か?
まさか小型の幼体を産み出すのでは?
次から次へとあらぬ想像が更なる想像を呼び、フェイトは一人恐怖していた。
ふと、異形の戦士が目を開いた。長く伸びた首を丸い窓に向ける。ひっ、とフェイトは小さな悲鳴を上げたが、幸いローター音に掻き消され誰にも気付かれなかった。
異形の戦士が見た景色、眼下には煌びやかな人工の明かりが幾つも灯り、都市を照らしていた。所狭しとビルや家屋が建ち並び、いかにこの都市が栄えているかを示している。
首をほんの僅かに右に向けると、都市の中心に一際大きな建造物が見えてきた。中心にそびえ立ち、まるで自身の存在や力を誇示するかのように佇んでいる。
そしてヘリは建造物―――ではなく、建造物からやや離れた位置で降下を開始した。
今度は首を下に向けると、小さなヘリポートが見えてくる。ヘリポートには数人の人間がおり、全員手に何かを持っていた。ヘリは真っ直ぐヘリポートに向かい着陸する。
一瞬だけ機内に揺れが走った後、後方のハッチが開いた。同時に作業服の人間が立ち上がり、ヘリを降りてゆく。入れ替わりに手に短杖や刀剣、観賞用に見える銃を持った人間が入ってきた。
武装した人間たちはフェイトに敬礼すると二言三言、言葉を交わす。一度だけ異形の戦士を見る。
フェイトはヘリから降り、武装した人間がアービターに詰め寄る。全員が険しく、尚且つ恐れるような表情をしていた。
先頭に立った、刀剣を持った男が代表して口を開く。
「付いてこい、妙な真似はするなよ」
促されるままに席を立ち上がり、先導する人間の後を追う。その異形の後ろを数人の人間が追った。
そしてアービターはこの殺風景な部屋にいた。『大人しく待っていろ』と警告され、言われたとおりに先程からソファに座り腕を組んでじっとしている。
ふと、一つしかない出入り口に気配がした。神経を聴覚に集中させ気配を探る。
鉄製の扉の向こうからは微かに話し声が聞こえた。扉越しなので内容は殆ど聞き取れないが、聞こえている限りで人数は恐らく二人。
なにやら片方は慌てるような、心配するような声、もう片方は楽観するような声。
心配する声が何やら捲くし立てており、楽観する声がそれをやんわりと受け流す。しばらく扉の向こうでやり取りが続いた。
結局心配する声が諦めたのか、急に声のトーンが落ち、幾つか声をかけた。
最後に心配する声が楽観する声に一言かけ気配が一つ消えた。同時に扉が開かれる。
入ってきたのは茶色い制服を着た少女。髪は短く、前髪に髪留めを交差させてつけていた。
「大変お待たせしました」
場に似つかわしくない明るい声でそう言うと、少女は異形の戦士の向かいのソファに座る。長机に数枚の書類を広げ、その内の一枚を手に取った。
目が忙しなく書類に書かれた文字を読み取り。少しだけ唸った。顎に手を当て難しい表情を作る。アービターはその間、腕を組んだまま黙って相手の出方を窺っていた。
少女は更に書類を長机から手に取り、読んでは唸るを繰り返す。
ひとしきり読み終え、書類を整えながら自己紹介を始めた。
「まずは自己紹介から、私の名前は八神はやて。ここ機動六課の部隊長を務めています」
「……」
「ええと…」
相手から特に返事が無く、やや困惑気味にはやては続けた。
「えーと、貴方は郊外において質量兵器を運用したとの疑いがかけられています。この件に関して何か言いたいことがあれば、ここで述べてください。その前に貴方のお名前は?」
異形の戦士は口を開きかけ、そこでふと考えた。
自分に名を名乗る資格があるのか?
あの時は『大いなる旅立ち』の真実を知らなかったとはいえ、コヴナントとして、一人のエリート族として、一兵士として闘っていた。
しかし、責務は果たせなかった。今回は共闘したが以前は敵同士として対立した『悪魔』―――
『マスターチーフ』によって預言者は葬られた。
そして自分は責務を果たせなかった異端者として死刑になるはずだった。そこでエリート族、そしてコヴナントにとっても名誉ある役職『アービター』になることを選択し、戦いの中で名誉ある死を選ぶはずだった。
故に、異形の戦士は…
「あー…」
「アービター」
「へ?」
「アービター、それが私の名だ」
突然の発言に、はやては一瞬思考が停止した。
先程から全く反応がなく、てっきり此方の言葉が理解できないのか、はたまた訳の分からない宇宙語が飛び出してくるかと思ったが、目の前の未知の生命体はしっかりと、そして落ち着いた口調で言葉を発した。
その言葉の一つ一つがはやてにも理解でき、声質も中々低い。一瞬だけ口を半開きにしたまま固まったが、即座に調子を戻す。
「アービターさんですね。質量兵器の運用に関して何か言いたいことは?」
「質量兵器?」
「簡単に言えば銃刀類を使ったかどうか、ということです」
「この惑星に不時着した際に正体不明の機械に襲われ、止む無く応戦しその際に手持ちの装備を使用した」
「惑星に不時着?」
目の前の相手の言葉に疑問符を浮かべ、思わず聞き返す。
「ああ、敵の本拠地を破壊し戦艦に乗って脱出したところ突然高エネルギーに飲み込まれ、気がついたら草原にいた」
「ふむふむ…」
手持ちの書類に走り書きで何かを書き込み、顔を上げる。
「敵って言いましたけど、アービターさんは軍隊に所属しているんですか?」
「コヴナントという軍隊に所属していた、というのが正しいな」
「していた?」
「訳があってコヴナントを離反した、そして一時的に人類と手を組んだ」
「人類と手を組んだ…?」
「…コヴナントに所属していたときは人類とは敵対していた、しかし、コヴナント上層部の思惑の真実を知り、上層部の計画を阻止するために人類と一時的に共闘を選んだ。今後も人類とは敵対するつもりはない」
「なるほど…わかりました、深くは聞きません」
ほんの僅かに口籠ったアービターを見て、はやてはこれ以上の詮索をやめた。
手持ちの書類に更に何かを書き込み、ペンの尻でこめかみを突く。
「つまり、アービターさんは任務で敵の本拠地を破壊、戦艦で脱出した矢先に謎の高エネルギーに飲み込まれ、気がついたら草原にいたと…」
「ああ、その通りだ」
「んで、着いて早々ガジェットに襲われて止む終えずに応戦、か…」
「ガジェット?」
「え?ああ、アービターさんが戦った機械は管理局は『ガジェット』って呼んでるんです」
「ふむ…」
更に続けようとしたところで突然扉がノックされた、「ちょっと失礼します」と言ってはやては扉に向かう。
開けられた扉の向こうにはつなぎを着た作業員が、手に黒いバインダーを持って立っていた。
小声で何かを告げるとはやては訝しげな表情になり、耳を作業員に寄せる。作業員は手で覆いを作り耳打ちした。作業員の言葉を聞いた瞬間にはやての目が大きく開かれる。
更に耳打ちを続ける作業員、聞く度にはやてはうんうんと首を縦に振り、相槌を打っていた。
最後に一言告げると、作業員は一礼して去ってゆく。ソファに戻ったはやては真剣な面持ちで突然切り出した。
「アービターさん、もしかしてガジェットを素手で破壊しましたか?」
「ああ、破壊した」
「その際に道具や何かを使いましたか?」
「いや、自分の腕力だけだ。何故そのようなことを聞く?」
相手の質問に答えずはやては下を向き、ぶつぶつと小声で呟く。そしてニヤリ、と口端に意地の悪そうな笑みを浮かべたがアービターからは見えなかった。
顔を上げアービターに声を、若干猫撫で声でかけた。
「そのー、アービターさん?良かったら管理局で働きませんか?」
「……?」
「いや、そのアービターさんの世界が見つかるまで時間がかかりますし。こっちの世界のことは全くと言っていいほど分からんでしょ?だから…」
「単刀直入に頼みたいものだ」
その言葉に猫撫で声をやめ、はやては真剣な表情になった。
真っ直ぐアービターを見つめ、真剣その物の声で語りかける。
「では単刀直入に、アービターさんには是非とも機動六課に来て欲しいんです。六課は設立されたばかりであちこちガタガタなんですわ」
「……」
「オマケに各方面から睨まれているので迂闊には動けない。そこにアービターさんみたいな方が来てくれると非常に助かるんです」
「ほう…」
「ガジェットの残骸を調べた結果、アービターさんは魔法を使わずともはかなりの実力を持っていることが窺えます。だからどうしても来て欲しいんです!!」
「……」
「無理にとは言いません、出身世界が見つかるまでで構いません、だからお願いします!!」
突如立ち上がり、はやては頭を深々と下げた。下げたまま微動だにせず、じっと相手の答えを待ち続ける。
こんな絶好のチャンスを逃したくない。期待と不安が入り混じった胸を押さえつけながら、ひたすら待ち続けた。
当のアービター自身は腕を組み、目を閉じて熟考する。
しばらくの間、重い沈黙だけが部屋を満たした。やがて、アービターが目を開き言葉を紡ぐ。
「いいだろう」
「へ?」
「元の世界が見つかるまでの間だが、その話を受けよう」
「じゃ、じゃあ…」
「何度も同じことを言わせるな。その話、受けよう」
はやては歓喜し、突然アービターの手を握り一方的に握手を交わす。アービターはどこか呆れながらも大人しく手を握られていた。
はやては落ち着いてから、アービターにこれからの処遇を簡単に説明する。
ひとしきり説明を終え再び手を前に出した。異形の戦士が訝しがっていると照れくさそうにしている。
「さっきは失礼しました。では、改めて握手を」
白い整った五本の指に、四本しかない異形の手が交わる。
「機動六課へようこそ!!」
調停者は新たな戦いの入口に立った。
最終更新:2009年09月12日 01:22