「………アーチャー、彼にモカブレンドのおかわりを差し上げなさい?」
「―――はい、ボス。」
アーチャーは自分の持ち場から離れ、ソファーに座るソフィーと、その向かい側のソファーに座る客人の元へと向かう。その間のテーブルにある空のコーヒーカップを取り出しておぼんの上に乗せ、この部屋にある流しの方へそれを運び、おぼんの上の食器を一旦水洗いする。
それをある程度見守るソフィーは、自分の視線を客の方へと向きなおし、マスクは甘く、両足を 組んでいかにもリラックスを見せるような体勢を整えた。
彼女にとって、そのマスクの甘さは“第1印象取るのに大事だ”と言っても過言ではない。
「―――さて、本題に戻りましょう。」
ソフィーがマニキュアで爪が輝いている両手を組み、客は顔を上げた。
隣の窓から通る夕日の太陽光線で輝きを放つ金髪、透き通るような青い瞳、顔立ちは中性的であるが、貴族的な雰囲気も醸し出している。
しかし、体系は背丈の低さが目立ち、幼児的とも言える。その体系に合わない上着のサイズの位置がそれをも物語っている。
上着は白衣だ。
……と言う事は、この小さい体の御客様は医者だと言う事になる。
「―――
ガヴァナー=ブルース君と仰いましたわよね? 御電話で御聞きになった話によりますと、御勤めになっていらっしゃる病院で手術に自信が無いので如何したら宜しいとか………。一体、如何なさいまして?」
甘いマスクの彼女の問いに、ガヴァナーと呼ばれた医者は身震いを起こしながらも、答える。
「………はい。明日、僕が受け持っている患者さんの手術があるんです。それを僕がやる事になって。」
「……成る程、その手術しなければならない程の患者が背負っている病気と言うのは……?」
ソフィーはそう問いながらも、甘い表情を少しずつ変えて行く。
「――――そのぅ……、“肝臓がん”なんです。」
「肝臓がん……って、90年代の中頃にも死亡数が高かった、あの……?」
「……はい、その“肝臓がん”です。明日、そのがんの切除を僕が担当する事になって……。」
「―――詳しく聞きましょう。」
ソフィーは自分の表情を変え、眉間に一~二つくらいのしわを抱えるその瞳の先は変わらないままである。
後にアーチャーがコーヒーセットを持ってきて、そのセットをテーブルに置く。
それを目の当たりにしたガヴァナーは、自分のカップに角砂糖二つとミルクを居れ、スプーンを使ってカップの中の液体をかき混ぜる。
彼はやがて、自分がスプーンでかき混ぜたその液体を口に含んで、落ち着かせる。
肝臓は体の中で最も大きいと言われる臓器で、500以上の様々な仕事をこなし、肝臓は1種類の細胞から出来ている訳ではなく、幾つかの種類の細胞によって出来ている。
がんとして問題となるのは、肝細胞からできる肝細胞がんと、肝臓の中を通る胆管の細胞から発生する胆管細胞がんである。しかし、肝細胞がんは様々な原因による肝硬変症やウィルス性の肝炎など、障害のある方にもできてしまうのが特徴である。
90年代にも、このがんの増加が見られ、死亡数を見ても男性で3位、女性で4位だった。
他には、大腸や胃などのがんが肝臓にも転移した場合にも“転移性の肝臓がん”と呼ばれるが、病気の性格や対処の仕方はまったく異なっている。
肝臓は再生力旺盛と呼ばれる臓器で、正常な臓であれば70%程度切除しても、元の大きさまで再生できる機能を持っている。しかし、肝硬変のような症状があった場合、再生はあまり期待出来ない為、肝不全にならないよう、小さめに肝臓を取る事になる。
手術における皮切法は様々で、術式により選択ができる。
しかし、肝臓は大きな臓器で、例え小さく切除するにしても、安全な手術の為に肝臓全体を見渡す必要がある為、大きな皮切が必要になる。
その手術後の障害は、一部の近くが鈍くなる事以外には特に無い。
が、しかし……この手術で恐ろしいのは、手術後の肝不全だ。手術のあと、徐々に黄疸が進行し、肝臓の機能が失われ、死にいたる事がある。
肝機能が悪かったり、手術中の出血が多かったり、手術後に肺炎等の感染を併発すると肝不全が起こりやすくなる。
このガヴァナーは話によると、肝臓がんを抱えている患者を受け持ち、その患者の手術が明日行われ、その受け持ちの医者が彼なのである。
それにも関らず、過剰な緊張が目立つにも理由があった。
ガヴァナーは3日ぐらい前に、その気の弱みが種となって手術に失敗したと言うトラウマを持っている。摘出すべくメスを持つ際に、その手が過剰に震え、刃先が思う様に動かなかったらしい。
それが何時間も続いた為、手術は一旦中止を余儀なくされ、担当医者も交代せざるを得なかったらしい。それが今でもトラウマとなって、彼の精神を襲うらしい。
「……成る程、前にそんな事が御座いましたの。」
コーヒーカップの中の液体をある程度口に入れた後、溜息をして表情を一変させる。
「はい。あの時、僕は確かに手術に失敗したのに、院長はそのがんの摘出手術を僕にやれって……」
「―――そうでしたの。君にそんなトラウマが御座いましたのね………。」
「ハイ、そうなんです………。」
ガヴァナーの弱み剥き出しの返事の後、ソフィーは溜息をしながらも手に持っているコーヒーカップをテーブルに戻す。
それに続き、ガヴァナーも自分の手に持っているカップをテーブルに戻す。
後、彼は顔の方向をテーブルに向けるが、目線だけはソフィーの方を向いていた。彼女はその表情を見る限り自信に乏しく、オドオドとしている。ただでさえ、小さく見える体が、より自分自身に対する心配が伺える。
ソフィーは、そんなガヴァナーの顔をジッと見つめながら考え込む。後、初対面のせいか、彼女はガヴァナーがこの自分に対して言いたい事があるのに、高まっている緊張感が影響して言いたい事が言えないのだと推測する。
やがて………。
「……あの、僕は一体如何したら良いんでしょう。やっぱり、医者なんか辞めて、御家に帰った方が良いのかな………。」
彼は自分の感情が篭った口を吐き出す。
それに対してソフィーは、向かい側の発言に連動の態度すら取らなかった。彼女にとってこの発言は想定内だったのだろう。
手元にある自分のパイプを右手で掴み、それをソフィーは口に咥えた。
ごく僅かな時が経つ中、パイプは彼女の口から離れ、形の綺麗な輪状の煙が彼女の口から天井へと吐かれる。
其処から彼女はこんな発言をする。
「――――“私たちの最大の弱点は諦める事にある。成功するのに最も確実な方法は、常にもう一回だけ試してみることだ”実に美しい御言葉ですわ……」
「……ふぇ? な、何ですか?」
「あら、ゴメンなさいね? 之はトーマス・エジソンの名言ですのよ。君も彼の事は知っていますでしょ?」
「あ、はい。歴史的に凄く有名で偉大な発明家ですよね?」
「えぇ、その彼が最も多く着手した発明品と言えば、白熱電球。その発光の要に値するフィラメントの発明を行って、およそ何回失敗したと思いまして?」
「……う~ん、えぇ~っと――――千回?」
「ん~、ハズレ。およそ1万回でしてよ? わたくしが今言ったこの数を失敗の方に入れた場合、君ならば如何思いまして?」
ソフィーは席を立ち上がり、このソファー周辺をゆったりと、まるで劇場のステージで演技を披露するかのごとく歩きつつも、客側の彼に質問を繰り返す。
「それは―――やっぱり………目を回しちゃいます。」
「えぇ、誰しもがそう思いましても不思議では御座いませんわね。でも彼はそれを失敗とは言わず、“1万回とおりの実験の積み重ねが一つの成功を生んだ”と言いました……。このような失敗をもバネにしたからこそ、彼は白熱電球を発明する事が出来ましたのよ。」
「……そうですよね。でも、エジソンは発明家だから何度も失敗にめげずに立ち直る事なんて出来ますけど、僕は医者なんです。医者は患者さんの命を抱えている。発明家と違って一度か二度失敗したら、患者の命の危険だって……。」
「―――確かに失敗すればそうなり得る事もありますでしょうけど、君だって彼が実験をした数分の経験はした筈でしてよ? 医者と言う職業は後の事も考えまして、就く為には大変な根気と努力、そして知識が必要ですわ。
にも関らず、君がこうして無事に医者になれたと言う事は、その為に逆境にめげず、試練を乗り越える努力をしてきた証なんだとわたくしは思いますわ。たくさん本を読んで勉強し、その御蔭で医学に関しての知識が頭の中に入って来て、その知識の力で救えた患者も居ますでしょ? お礼の手紙はちゃんと受け取っていまして?」
その後で、ソフィーは自分の座っていたソファーに戻る。
「はい、ボクが前に受け持っていた小さい子から来た手紙は読んでいます。今でも時々貰ったりしています……。」
「ホラ見なさい! 君だってちゃんとやれば出来るんですから、自信を持ちまして、諦めてはいけませんわ。」
「で、でも……。」
「大丈夫、君ならば出来ますわ。その手紙を貰っている限り、君は幾らでもやり直せますわ。わたくしでしたら医者を辞める時、御礼の手紙を全て燃やして勤務先の病院を出て行きますわ。でも、君はまだ手紙を燃やさずに手元にありますでしょ?」
「はい、ファイルに閉じて大事にとってあります。おばさんの看護婦が“御礼の手紙は大事に取っておくものだ”って言ってましたから。」
その時、若い医者の中で、何らかの温かみの感情が芽生えてきた。その後に彼は自分の手元にあるコーヒーを飲み干す。
「このモカブレンド……本当に美味しいんですね。」
「えぇ、これは“Sコープ”って言う農作物市場を扱っているスーパーマーケットで買いましたのよ。買うならやっぱり新鮮の物で御座いませんと。」
ソフィーは自分の顔を甘いマスクに戻す。
後にガヴァナーは自分の手に持っているカップの中の液体を飲み干すと、微弱的に表情を硬くする。どうやら何らかの決心がついたようだ。
「……やっぱり、ボク――――医者を続けます。今度担当する手術もやってみる事にします。」
「それが良いでしょう。どうやら目の輝きが戻ったようですわね?」
「はい。 ―――ぁ、もうこんな時間だ。もう帰らなきゃ……。」
若手医者は席を立ち、彼にとって本来戻るべき場所へと帰ろうとする。
が、その最中に自分の悩み相談料を払うべく、ズボンのポケットから財布を取り出しつつ、目の前の女性に話しかける。
「ぁの~、僕の相談料は幾らなんでしょうか……?」
「あぁ、そうでしたわね。ちょっと待って下さいね~?」
ソフィーは鼻歌を歌いつつも付近にあるメモ帳を取り出し、それを一枚接がした上でテーブルの上の鉛筆に今回の相談料の請求額を書き、それをガヴァナーに渡す。
「えぇ!? こんなに安いんですか!?」
「―――勿論。“只今、格安で悩み相談実施中”って広告に書いてありましたけど?」
「し、知らなかったです。此処の電話番号しか見なかったから………」
「それならば仕方が御座いませんわね。 ――――はい、確かに相談料は頂きましたわ。」
ソフィーの台詞の後半は、ガヴァナーが払った相談料を受け取りつつの言葉だった。医者はやがて此処の主にお礼の言葉を良い、このログハウスを出て行った。
見えなくなるまで来た道を戻る医者の背を、窓から眺めるソフィーはパイプを口から外し、輪状の煙を吐きつつも、何かを思う。
そんな中、其処に彼女の部下が近付いて来た。
女性としてはかなり大柄でやや筋肉質であり、それが故に男性と間違えられてしまう事もあるかも知れない。
顔に残る無数の傷跡は、幼少期からの度重なる喧嘩によるものだろう。彼女の名は狭川凛、他県にある刑務所から5年の刑期に終えて出所し、此処最近になって創尾の地に移り住み、この探偵事務所に就職した新人である。
「ぁの~、カップを提げますね?」
「? あぁ、御願いしますわ。」
凛は彼女の返事を確認したうえで、目の前のテーブルにある空のカップの片付け作業に入る。ソフィーは凛の働き振りを見つつ脚を組んで窓の外を見続ける。
その最中、自分の机で事務を終えたアーチャーは、背伸びして疲れを取る。
「ねぇ、ボス。あの医者はさっき言ってたガンの手術を成功させる事が出来るんでしょうか……?」
「えぇ、彼はちゃんとやれるでしょう。確実とは言いませんけどね? ただ………」
「ただ……?」
ソファーから立ち上がったソフィーは食器棚から使っていないTカップと皿を、そしてTバックを取り出し、新しい紅茶を作ってそれを今出したカップに注ぐ。
「それが成功しても、彼は乗り越えなければならない壁がたんまりとあるでしょう。」
「壁……ですか? 所長。」
「―――えぇ、そうですわ、凛。壁でしてよ? あの御医者さん、何かと御人好しな傾向が御座いますでしょうからね。多分、あのダブダブの白衣も専属の看護婦か或いは同僚のしつこい要望によって着せられたのでしょう。」
考察する女性は続けつつも、カップの中の液体を立ったまま啜る。後にその義理息子が考察に入ろうとする。
「でも、職場は医療機関だし、そんな変な事してる事実が公式に発覚されたら報道局が黙っていませんよ? 大問題にはならないと思いますけど、ネットの総合検索サイトのニュースにでも載ってしまいますよ?」
「確かに発覚されていましたら、今頃そうなっているでしょうね……。 でも御人好しの彼がそんな自分の部下や同僚を庇うべく、上司や他の人間に事実を隠蔽しているといたしましたら?」
「………確かに隠蔽すれば事実が発覚される事はありませんよね。 私が居た刑務所でもそんなふざけはありましたし……。」
「そう、ただのふざけ半分でやっている事でしょうね……。」
机の前で多少の疑問を感じるアーチャー。
彼は席を立ち上がり、自分の分の紅茶を血来る。
それを眺めつつ、ソフィーはソファーに戻り、目の前のテーブルに手持ちの食器を置く。そして脚を組み、楽の体勢を整える。
「それに良い事を教えて差し上げましょうか?」
「―――良い事?」
「そう、良い事。 ………彼は何処かの御曹司か何かでしょうね。」
突発的な推理に凛は驚き、アーチャーはカップの中の液体を飲んでいる最中が為に、慌てて勢い良く吐き出す。
「うッ……ゴホッ、ゴホッ! ど、如何してそんな事が分かるんですか!?」
「それは、彼が使っている化粧道具の匂いで分かりますのよ。あの御医者さん、使っている化粧道具の中にとても高価な―――それも一般の人には金銭的に手が出せないくらいの品も含まれていますわ。アーチャー、“栄誉の瞳”の件を覚えていらっしる?」
「“栄誉の瞳”?」
「ホラ、わたくし達がフランスのパリで怪盗から守ったあの宝石の事ですわ。依頼主でありましたフランチェスカ家の御夫妻は丁度、その化粧道具の匂いがしましたわ。」
「あぁ、確かに高級な化粧用具を使ってましたよね。ホントに大金持ちだったなぁ~……」
「そんな事があったんですか。良いなぁ~……」
凛は二人の過去の事件を聞いて、国外で事件捜査の一役を買った二人を羨ましがる。
しかし、話は直に此処を尋ねた医者の方に戻る事になる。
「何れ凛も国外に付き合ってもらう事になりましてよ? まぁ、それは置いておきまして……彼の化粧用具はおそらく御両親譲りの物でしょう。大人向けの完璧な化粧用具ですからね。多分、医者になりたての頃、支給品として実家から彼が住んでいるアパートにでも送られたのでしょう。誰だって家を離れた自分の子供を心配するでしょうからね。」
「あぁ、そっか。 私も時々、親や刑務所でお世話になった所長から時々野菜とか、味噌とか送られて来る事がありますから……。」
「……そう言えば、御父様お母様とも元気でやっていらっしゃいましたわね。」
「えぇ、刑務所から出所した時に、所長が話をつけてくれたお陰で、両親の方も分かってくれました。」
「今でも仲良くやっているみたいですわね、安心致しましたわ。 ―――さぁさ、事務の再開と行きますわよ? 今日の業務は6時までって決めてますからね。」
ソフィーは上の時計を見て手を二回叩きつつ、アーチャーと凛に業務の再開を呼びかける。この業務は何も変わる事無く6時まで続けて行くのであった。
最終更新:2009年01月02日 21:36