「マイノリティ」について
この講義で扱うのは、国民国家の枠内で生じる「文化的」マイノリティです。
「マイノリティ」を対象とする問題領域として、
①シティズンシップ
②教育
③歴史
に分けて考えますが、これらがそれぞれ互いに重なり会う領域であることは、言うまでもありません。また、ここでは、「マイノリティ」を便宜上、移民とナショナル・マイノリティに分けて考察しますが、バルト三国の例に見られるように、この二分法は必ずしも絶対的なものではありません。
「マイノリティ」の歴史:参考文献『マイノリティの国際法』(窪誠)
- 「マイノリティ」概念の誕生は、第一次世界大戦後であると言えます。それ以前にあったのは、支配・被支配の関係でしたが、19世紀後半のナショナリズムの展開を経て、国民国家内の関係は、多数派・少数派関係への転回を見ます。
- かなり大雑把なまとめ方ですが、端的に言えば、国際情勢の不安定を避けるため、「マイノリティ」の権利を保障する少数民族保護体制が構築されます。これは、主として東欧諸国を対象としたもので、国際連盟加盟国全てを対象としたものではありませんでした。この少数民族保護体制が、国家内での法の下での平等を保障しようとしたものであったとはいえ、それは、「マイノリティ」の異化を防ぐものであったにせよ、同化を防ぐことにはなりませんでした。それゆえ、国家の枠を超えたシステムが求められることになります。それが、1925年に開催されたヨーロッパ民族会議です。この会議自体は非常にアンビバレントな存在ですが、ある意味で、近代国民国家体制への対抗であったことは間違いありません。
- 第二次世界大戦後、国連の世界人権宣言に少数者の権利に関する条文がないことからもわかるように、力点は「普遍的人権」に移ります。ここに明らかな変化が見られるのは、1970年代になってからです。その変化とは、「差別禁止による統合」から「差異への権利」として言い表すことができます。
最終更新:2010年06月08日 15:42