ストーリー

怒涛の2020年が終わり、2021年が始まった元日、希望崎学園の数学教師である長谷部智は大いに憤慨していた。
在宅学習になったために増やさざるを得なかった課題の採点が終わらないからではない。

「魔人が……多すぎる!」

そう、長谷部は超がつくほどの魔人嫌いだったのだ。
そしてしかも、身体が元来丈夫なせいでコロナに罹らない魔人たちは、冬休み期間中だと言うのに学校に来て暇を潰しているのである。

左を向いても魔人、右を向いても魔人。これでは長谷部もヒステリックになるというものだ。
おまけに最近の希望崎学園はむやみに治安が良い。
聞くところによると、お昼休みは番長Gも生徒会もみんなで仲良く広場でお弁当を食べているという。
昔は番長Gと生徒会によるい殺し合い――『ハルマゲドン』がたびたび起きて魔人がたくさん死んでいたというが……。
今ではそんなことも起きそうにない、至って平和な希望崎学園なのであった。

「く、くそう……! あいつらみんな、死んでしまえっ!」

怒りに任せて机をガンガンと叩く長谷部だが、そんなもので怒りが治まる彼ではない。
しまいには椅子から立ち上がり、机を力任せに蹴りつけた。

「い、痛っ!」

魔人でもなんでもない、ただの人間である長谷部は小指をぶつけた痛みに耐えかね、そのまま床に突っ伏した。

「ん? なんだ、これは?」

うつ伏せになったままあることに気づいた長谷部。
よく見ると、床の一部が浮きかけているではないか。
なぜ今まで気づかなかったのか。形状からして、かなりの面積が数センチも浮いている。

長谷部はふとした興味心から床の隙間に爪を差し込み、そっと持ち上げようとしてみた。
それは意外にも簡単に持ち上がり、そして次の瞬間には床の中から隠し倉庫のような空間が現れた。

埃が舞い上がるのを恐れ、思わず目と鼻を閉じた長谷部だったが、チリひとつ舞わない。
どうやら床の内部は長谷部が暴くまで完全に人の手に触れられていなかったようだ。

暗い闇の中に頭を突っ込んで中を覗き込むと、一冊のノートがひっそりと収められているのが見えた。
いぶかしがりながらも長谷部はそのノートを手に取り、パラパラとめくってみる。

すると、その中には驚愕の内容が記されていた。

『私の名は、長谷部敏樹。希望崎学園の数学教師だ。
 最近、魔人たちの態度が癪に障る。気に入らない。
 ぶっ殺してやりたい。この世から一人残らず』

奇しくも自身と同じ名字を持つ教師が、自身と同じように魔人への怨嗟を綴っていたのだ。
長谷部は興味津々といった体でノートを読みふけった。

しばらく読んでいた長谷部だったが、ある記述にがぜん興味を惹かれた。
それは、以下のような内容である。

『最近耳にしたのだが、転校生という存在がいるらしい。
 どうやら、喚び出せば報酬次第で願いを叶えてくれるのだという。
 この方法さえあれば、希望崎中の魔人を皆殺しにするなど容易いだろう。
 念のため、転校生を喚び出す方法をここに記しておこう……』

その下にはやたらと長い数字の羅列と、意味不明な魔方陣が描かれていた。
だが、天才数学教師である長谷部智は一見してそれが何なのかを理解してしまった。
それは天使のささやきか、それとも悪魔の誘いか……。
兎にも角にも、長谷部は自身と同じ境遇の男が記したノートから、転校生を喚び出す方法を知ってしまったのだ。

「ククク、これさえあれば……! 魔人は皆殺しだっ!」

雪が降り積もる希望崎学園に、長谷部の狂ったような哄笑がこだました。

人物

長谷部智(はせべ・さとし)

魔人嫌いの数学教師。
奇しくも自身と同じ名字、境遇を持つ男のノートを発見したことから、希望崎学園の魔人を皆殺しにすべく転校生を喚び出す。

セカチュウ

長谷部に喚び出された転校生。
黄色と黒のストライプ模様をした、人語を解する奇妙な獣。
その能力は、超強力な電気信号を送り(この時点で大抵の魔人は即死する)、
周囲の人間の闘争本能を刺激させることで死ぬまで殺し合いをさせる『ボルテッカー』。


最終更新:2021年01月06日 16:31