#01
Nefisna'd kertni'ar
目の前を行く船が被弾し、火の手が上がる。
次の瞬間、大規模な爆発が起こり、船は乗員諸共地獄の中へと引きずり込まれる。夢だと思っていた。否、思いたかった。まさか自分が、忌々しい戦禍のど真ん中に居るとは、思いたくはなかった。
左からまた爆風を感じた。謎の物体は、自分から船団に突っ込み、船を破壊していっていた。黒く溝から這い上がってきたかのような見た目に似合わず、目にも留まらぬ速さで船に激突し、破壊する。
その姿は、「悪魔」であった。
「うわっ!?」
次なる爆風は直近で発生し、衝撃が船を揺らした。その衝撃で自分も倒れそうになったところを一緒の船に乗り合わせた幼馴染の玲が支えてくれた。
「燐、こんなところで外見てたら奴らに気付かれるよ!伏せて!」
「気付かれるだって?もう遅いと思うけどね。」
自傷気味に、それでもって笑わずには精神の安定を保てるとは思えなかった。何せ、頭の上を死神が通っているのだから、この状態で正気で居られる方が可笑しいといった感じであった。
「<<奴ら>>は手当たり次第に俺ら人間を殺してるんだ。ベルホヤンスクでだって、都市が壊滅させられた。あいつ等は、人間を見つけてるんじゃない。感知しているんだ。」
瞬間、風切り音が聞こえる。頭上を見上げると漆黒の物体が降下を始めていた。八ヶ崎燐は、そこで死を覚悟した。ただ、あいつ等に勝てる力が欲しい。故郷を追いやったあいつ等を、この手で抹殺すること。そうして、この場を切り抜けるための力が。しかし、自分はここで死ぬ。何も出来ず。無為に。
「クソっ!」
しかし、予想は瓦解した。
頭上に居たはずの漆黒の物体は、粘着質の体液をばら撒きながら二つに割れていた。
『Noi mol furdzvokj. Mi fas jalfkark.』
現れたのは自分と同じ位の、つまり幼馴染の九重玲と同じ位の少女であった。漆黒の死神たちの上を飛び乗りながら、手刀で大量に居たそいつらを破壊していった。為すすべもなく、体液を撒き散らしながら真っ二つにされてゆくその光景に、燐は今までにない興奮を覚えた。
(もっとやれ、そうだ、皆殺しにしてしまえ。)
粗方、自分の船団の上空を掃除した後、彼女はいつの間にか空の上からは消え去っていた。頭の上を飛ぶ悪魔は水平線まで一体も見えなかった。平時と同じような平和な空が、そこにはあった。
西暦2042年、それがブラックイヤーの始まりであった。
正体不明の敵性生命体<ネイムレス>はロシア連邦サハ共和国ベルホヤンスクでの襲撃に端を発し、急激にその版図を広げつつあった。従来の兵器による砲撃は全く用を成さず、アメリカ合衆国とロシア連邦合同による核爆弾によるネイムレスの押さえ込み作戦も功を為さず、その時点で、ネイムレスには全ての近代兵器への免疫のようなものが存在する事が判明した。
ネイムレスに対抗する手段は、10代の子供にしか発現しない異能力である存在理由とネイムレスのコアを摘出したレディネス・ウェポンと呼ばれる兵器の存在であった。このまるでテンプレラノベのような展開に頭を痛めた大人も多かったことであろうが、実際にネイムレスに対抗できる手段として残された手段はこれだけであった。
そうして、存在理由持ちは、選ばれた者であるジェネシスとして世界防衛機構にその身の上を申告し、世界のためにネイムレスと戦う責任を負わされることになった。しかしながら、ジェネシスともあれネイムレスとの戦闘では命を落とす危険性があり、その良い例に「英雄の落日」と呼ばれるネイムレス大群の東京襲撃により、300万人もの人間がジェネシスへの信頼と希望と共に死んでいったのは記憶に新しい。
(ここが……か。)
燐の目の前には、酷く背の高いビルがあった。ガラス張りが光を映して、夕日を地上に写し取っていた。まるで水晶のようなビルの入り口部分に書いてある組織名は『世界防衛機構 日本支部 - World Defence Assosiacion : Japan branch』。燐が世界防衛機構に呼ばれた理由、それは良くは分からなかったが、家に緊急を要する出頭を命令する手紙を出されたからであった。昔、住んでいたロシアのサハ共和国からの脱出船団で見た少女のことを忘れているわけでない。一人で突貫し、故郷を破壊したネイムレスの大群を一瞬で消し去ったジェネシスの一人。彼女の勇姿は、記憶にしっかりと残っていた。
入り口近くに寄ると、反戦系の市民団体がデモ活動を行なっていた。横断幕には『現代の徴兵制を許すな!』だとか『ジェネシスは国際社会の責任を果たせ!』とかと書いてある。確かに世界防衛機構のやり口は汚かった。超大国であるロシア・アメリカ・ドイツ・フランス・日本がジェネシス部隊の編成に成功した後に自分たちで独自の同盟を組むことによって、お互いの防衛線を確実にさせた。代わって、ジェネシスの居ない中国や東南アジア、アフリカ、中南米はネイムレスからの被害を諸に受けていた。ジェネシス持ちである世界防衛機構の同盟国は、ジェネシスの軍事転用を名目とした批判を国際社会から受けないためにジェネシスの海外派遣を渋った。このために、世界中の人々は世界中の無意味な緊張の維持のためにネイムレスに殺されてきた。そのような現状は、広くラブレス・ワールド、つまり愛の無い世界と呼ばれるようになった。
「今日はやけにお客さんが多めだな。我々が居なくては、このように騒げないくせに良くもまあいけしゃあしゃあと機構の目の前まで出てきたものだ。そうは思わないかね、八ヶ崎君?」
え?と問う間も無く肩に手を置かれた方を見ると、スーツを着た男性が目の前に居た。首からかけているカードには、『防衛省防衛装備庁次世代戦闘管理室室長 世界防衛機構 日本支部長』となにやら崇高そうな肩書きが並べられていた。
「ええ、そうですね。」
適当に返すと相手のほうは、非常に渋い顔をした。
「私が君を呼んだんだよ、八ヶ崎君。防衛省防衛装備庁次世代戦闘管理室室長の端島だ。」
出してくる手を無視しながら、端島を睨みつける。
「では、ここで一つ話を付けましょう。私はジェネシスに成れるんですか。」
端島は、顎に手をあてがい、考える様子で燐を見下ろす。
「単刀直入に言わせて貰うが、君はジェネシスには成れる。ただ、」
「ただ?」
言葉の続きが気になり、催促してしまう。
「君はネイムレスを殺す事は出来ない。」
最終更新:2017年12月30日 01:26