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1.感覚運動期(0〜2歳)


反復の習慣

環境に適応するために、生得的な反射(吸てつ反射など(口に指を差し入れると吸い付く反射運動のことなんだって))がみられます。また、この頃は偶然にモノをさわるとか、音を聞くとか繋がりのない活動があるだけ。
この頃の赤ん坊は自分自身が自分の行為の元だと認識していないのです。


最初の習慣(生後1ヶ月頃〜

繰り返し同じ行為を行う第一次循環反応によって、新しい行動が獲得されます。この頃は、授乳のさいの吸てつ反射や追視、指しゃぶり、自分の手の運動を興味深くみるなどを繰り返し行います。新しい行動の獲得とは、つまり行為を一般化することです。例えば、積み木を掴むというのは「Aを掴む」と一般化できます。行為の一般化をシェマと言います。また、シェマのパターン化をシェムと言います。
例えば、掴むというシェマがあるとして、積み木を掴むことで獲得されたシェムは、次に目に入ってきた別の対象にも、掴む行為を適用することができます。(シェムの理解は、これでいいのか???)


見ることと把握との協応(生後4ヶ月頃〜

次に、見るシェムと掴むシェムを協応させ、見たものを掴むという行動へと繋げていきます。興味ある結果を生むために同じ行為が繰り替えされる第二次循環反応の時期です。
シェムが子供のなかに存在するためには、同化が必要です。さらに、シェムを別の行為に適用させるためには、状況によってシェムを調節する必要があります。また、それは新しいシェムを構築することでもあり、同化と調節はどちらも存在しつづけます。
同化は主体によって決定され、調節は対象によって決定されます。
例えば、見る、吸う、掴むというシェムが赤ん坊の中にある場合、ある対象物に対して掴むという同化した行為を適用するのは赤ん坊自身です。しかし、対象の大きさによって、片手で掴めるのか両手で掴めるのかなど、掴むという行為に調節が必要です。したがって、調節は対象によって引き起こされているのです。
行為の決定は、主体側の同化と対象側の調節との均衡によって成り立ちます。知能行為において均衡があるのは、主体と対象が互いに妨げあうのではなく、相互に助け合うからだとピアジェは言っているのですが、この均衡化の話がなぜ必要だったのか僕には謎です(苦笑。


二次的シェムの協応(生後8ヶ月頃〜

知能的適応の始まりがあり、新しい事態へ習得したシェムを適用させ、新しい出来事に対して探索行動を行います。
例えば、カーテンの裏に何かあると気づき、それを見るためにカーテンを横にずらそうとしたり、引っ張るなど、目的を達成するための手段を探ることができるようになります。


第三次循環反応と新しい手段の発見(生後11ヶ月頃〜

表象能力が未発達状態での感覚運動的知能の絶頂期。新しい出来事に対して、条件を変えながら現象を探索する試行錯誤、つまり発見する行動が見られます。(感覚運動的知能というのは、生得的な反射から始まる行為を五感や動作から学び、シェムを形成する知能のこと???と理解しておいていいのかな・・・。)


心的結合による新しい手段の発明(18ヶ月頃〜

シェムの内化(行為と停止と洞察による問題解決)と表象的シェムの始まりで、表象的知能への獲得期。シェムによって物や行為の関係性を構築させることを、ピアジェは新しく作り上げるので、発明だと言っています。
ここで言語を使わない理解について触れておきます。言語がないと、例えばものの集合体を表す概念がないとピアジェは言っています。「布の上にある積み木を、布で引き寄せる」という行為は、「AにのっているBを、Aを引くことで寄せる」と一般化されたシェマも概念ですが、「Aがのっている」、「Aが離れている」ているという知覚のみで構成されるため、言語を必要としません。この時点、シェマとしてのまとまりの段階では、内面化された思考のまとまりがないそうです。(書いていて、よく解らない・・・内面化された思考?)シェマでいう概念と比べ、”言語による概念”は同時にたくさんのものを指示できるということです。
行為の一般化、そしてパターン化の生成・発展を繰り返し(ピアジェは主体の活動が分化→多様化→統合化していくことだと言っています)、だんだんと赤ん坊にも自己と対象とが独立しているのだと認識しはじめます。



最終更新:2010年02月01日 19:19