MMR-マガヅンミステリールポルタージュ-

第拾参話

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「見た目はアイツだが、中身は俺に似たんだろ。美人で乳でかいのに女っぽさがないのな」

パピヨンの父アンリは、テラスで彼女の頭を撫でながらよくそんなことを言う。
自分の仇名を娘につけるような変わり者だが、名付けられた本人は彼のことを心から好いていた。

「あなたが育てたからだろう」
パピヨンは皮膚の硬い手の、優しい温かさを感じながら、
父の育てた赤いバラ園をぼうっと眺めていた。

(女っぽさか)

父の言うとおり、自分には母のような淑やかさが無い。
以前はそれを気にして、言葉や身振りに悩んだりしたものだ。
しかし2年前程前、そんなものは無くても生きていけると気付いてからは、
心の思うままナチュラルに日々を過ごしている。

惚れた相手も女だった。

(豆腐……)

最初は犬の仔を可愛がるような気持ちで豆腐にじゃれ付いていたのだが、
今では彼女の横顔やふわりとした柔らかい手に、若干のときめきを覚えるようになっていた。

そして決定的だったのは、豆腐本人の恋。

彼女の赤らめた頬をみて湧き上がったのは、
子供の成長を喜ぶような甘く微笑ましい気持ちがほんの少しと、
唐辛子を燻したような、皮膚を痺れさせる赤黒い何かだった。

最初それを嫉妬と気付いたとき、彼女は一瞬だけ深い自己嫌悪に陥った。
醜い感情の発露に対する苦々しさ。
それ以上にそんなものを噴き出すほど、女である豆腐にのめり込んでいることにショックを受けた。

だがそれも束の間。
彼女は結局それを、最もポジティブな形で受け取った。

(これが私の〝女らしさ〟だ)

恋敵の出現に嫉妬で身を震わせるなんて、実に女らしいことじゃないか。
これは私の喜ぶべき成長だ。

行動的な彼女は早速貯金を少し下ろして、コンビニで映画のチケットを1ダース程買いこんだ。

そんな彼女の変化に気付かないかのように、アンリはいつものように彼女の頭を撫でる。
パピヨンは目を細めて、明日自分がすることを考えていた。


―その次の日の放課後。

マライヤは、一人図書室で本を読んでいた。
耳にはmp3プレイヤーのイヤホンをねじ込んで大音量のレゲエを流し、
唇には禁煙パイプを咥えている。

しかし彼女の頭には、ハッカの香りもイルカの生態も、ヤサ男のエロい主張も入ってはこない。
鍵のかかった頭の中でぐるぐる回るのは、彼女の幼馴染もえニラのことだった。

「……」

最近、といってもここ1年半程のことだが、もえニラは変わった。
背は長身のマライヤをとうに追い越し、日に焼けた顔は精悍に、男らしくなった。
犬に追いかけられて泣いていた、あのもえニラとは思えない。
昔はそうやって泣きべそをかく彼の頭を、マライヤは撫でてやったりしていたのだ。

しかしそれ以上に変わったのは、マライヤのもえニラにたいする感情――。

海洋図鑑もレゲエも禁煙パイプも、それを押し隠す為の道具だった。
勿論、あまり効果は無かったが。

トン。

誰かが彼女の肩を叩いた。
マライヤはイヤホンを片方外そうと手を伸ばしたが、
左耳のそれは、彼女の手が届く前にすっと抜き取られる。

「やあ」
「誰?」

突然のことで、ついそう訊いてしまった。肩を叩いたのは、同じクラスの蝶仮面パピヨンだ。

「恋のキューピッドって言ったら、どうする?」
「病院に行く事をおすすめするでしょうね」
「私は本気で言ってる」

マライヤの冷たい返答に動じず、パピヨンは隣に座って彼女の肩を引き寄せた。
2人の体は、ぴたりとくっつく。
そして先ほどのイヤホンを、自分の左の耳に嵌めた。

「君、脚が長いな」
「あなたは胸が大きいわね」
「ラップか、カッコいいな」
「レゲエ」

なんなんだこの女は。ほとんど話したこともない相手にしては、あまりにも馴れ馴れしい。
パピヨンは、次にマライヤの唇から禁煙パイプを抜いて、自分の唇に咥えて吸った。

「これいいな、フリスクみたいで」
「フリスクを買えば?」
「ここに」

彼女は開いた胸元から2枚のチケットを取り出して、イルカの写真の上に重ねた。


MMR THE MOVIE3~新たなる大予言~
――君は真のこじつけを見たか!?


「映画のチケットが2枚ある」
「……私と一緒に?」
「いや、2枚ともあげよう。もえニラ君とでも見に行きなさい」

心臓が止まったかと思った。

自分がもえニラに抱く感情は誰にも悟られていない、そう思っていた。
前に豆腐さんと話したときはかなり危なかったが、どうにか隠し通したはず。
パピヨンは更に肩を引き寄せ、咥えた禁煙パイプが空いた耳に触れる位に顔を近づける。
そういうことは男にしてやりなよ。喜ぶだろうからさ。

「……どうして? てか余計なお世話」
「最初に言っただろう、恋のキューピッドだって」

彼女はそう言ってイヤホンを左耳から外し、禁煙パイプを再びマライヤの唇に押し込んで立ち上がった。

「幼馴染だろう、気兼ねすることもあるまい。そのチケットは、そうだな、
カッコいいラップ聞かせてくれたお礼ぐらいにおもっておいてくれたらいい」
「だから」

彼女は「じゃね」と手を振って、図書室から出て行った。

「……レゲエだっての」

なんだったんだろう、アレは。

「まあいいか」

最近アイツと出掛けることも少なくなった。これはいい機会かも知れない。
映画を見に行こうなんて誘ったら、アイツはどんな顔をするだろう。
意外と驚かず、スムーズに行くかもしれない。

「……キューピッドだって」

彼女の似合わない台詞を思い出して、マライヤは少し笑った。


――その後、教室で。

「なんですかコレは?」
「チケットというものだ。これを映画館に持っていくと、中で映画を見ることが出来る」
「わーすごいやーってか知ってますよそれぐらい!!」
「あ、豆腐さん、ノリつっこみですね」

神無月さんがほんわりと笑う。

パピヨンは残りのチケットを、教室で駄弁っていた皆に配ったのだ。

「おっこれ見たかったんだ、ありがとう。でも何故突然こんなことを?
この人数じゃ結構な値段だろ」

社長が尋ねた。

「いや、たいした理由は無い。ただ皆で映画でも、と思っただけさ。
今週の金曜の放課後、どうだ」
「その日が映画の最終日のようだな。OKだ」
「とにかくありがとうございます、映画楽しみですね!」
「……楽しみだ」
「MMR映画か、燃えてきたぜ!!」
「俺のが無いんだぜ!」
「悪化は迂闊だから、私が預かっといてやる」
「あ、これ人から聞いたけどナワヤがあんなこブロェッ!!!」
「UUUUUUUURRRRRRRYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYベネ影ネタバレ厳禁ッ!!」
「映画館専用のカメラを作っプギムマ!!!」
「vvvaaaaaaaaaaaaaaacccaaaaaaaaaaaaaaaaaa蟷螂犯罪厳禁ッ!!」

ベネ影と蟷螂が同時に壁に向かって吹っ飛んだ。
いつも通り始まるカオス的グダグダ。

「……?」

その混乱の中の見間違いかもしれなかった。社長本人もそう思い込んだ。
しかし彼は、確かにそれを見たのだ。

仮面の奥で細められた、パピヨンの目の不思議な光を――。

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