624 :the day:2006/11/11(土) 18:07:44.56 ID:8n1TFFiG0
The day
The day
始まり。
赤い。
半壊された硬質の扉から、真紅の長い尻尾が飛び出す。
べちゃり、と床に叩きつけられた――機械が垣間見える腕。
半壊された硬質の扉から、真紅の長い尻尾が飛び出す。
べちゃり、と床に叩きつけられた――機械が垣間見える腕。
四方を、鋼鉄で囲まれた広い空間。
中央に巨大な柱が屹立し、その周りを青白いカプセルが設置されていた。
中央に巨大な柱が屹立し、その周りを青白いカプセルが設置されていた。
その空間のビスを埋めた鉄の床は、真っ赤に染まっている。
「お前は……いったい……」
荒い息をつく生存者。
金色の長髪を持った女が、オイルまみれの血に膝を突き、緑に輝く剣を持っていた。
荒い息をつく生存者。
金色の長髪を持った女が、オイルまみれの血に膝を突き、緑に輝く剣を持っていた。
「お前は、いったい何なんだ……!」
剣と同じ色をした、女のボディが未曾有の恐怖に大きく揺れる。
剣と同じ色をした、女のボディが未曾有の恐怖に大きく揺れる。
彼女の周りを埋め尽くす死体。
暴風に巻き込まれたかのような傷口を、天井の薄青に輝く照明の下に晒し、全てが絶命していた。
暴風に巻き込まれたかのような傷口を、天井の薄青に輝く照明の下に晒し、全てが絶命していた。
625 :the day:2006/11/11(土) 18:09:51.00 ID:8n1TFFiG0
彼ら、彼女らの命の証を踏みしめるのは、赤い装甲に覆われた脚。
水音をたて、人影が緩慢に歩む。
いたぶるかのような歩行が、ゆったりと行われた。
水音をたて、人影が緩慢に歩む。
いたぶるかのような歩行が、ゆったりと行われた。
幽鬼の如きレプリロイド――赤いメットを被った少女が迫る。
幼さを感じさせる顔と身体を、オイルで真っ赤に染めあげていた。
幼さを感じさせる顔と身体を、オイルで真っ赤に染めあげていた。
元のボディカラーの赤に、命の紅を重ねる。
少女の右腕が上がり、瞬時にして拳が砲台となった。
少女の右腕が上がり、瞬時にして拳が砲台となった。
「お前は、何なんだ!?」
剣を両手に持ちかえて、女の放った怒号が、真紅の少女に突き刺さる。
剣を両手に持ちかえて、女の放った怒号が、真紅の少女に突き刺さる。
それに応え、少女の口の両端が――にぃ、と弧を描いた。
やっと暖かさを取り戻した、春の始め。
桃色の花弁を大量に身に着けた木々が、並木道を彩る。
時折、ピンクの花びらを落とし、巨大な建造物へと続く通路を雪のように舞った。
桃色の花弁を大量に身に着けた木々が、並木道を彩る。
時折、ピンクの花びらを落とし、巨大な建造物へと続く通路を雪のように舞った。
花びらの絨毯を蹴散らしながら、革靴が突き進む。
靴の持ち主は、スーツの上に白衣を羽織った老人。
靴の持ち主は、スーツの上に白衣を羽織った老人。
627 :the day:2006/11/11(土) 18:11:56.87 ID:8n1TFFiG0
胸の衣嚢に宛がわれた名札には、ケインと書かれていた。
厳しい顔で、桜の匂いのする生暖かい風を割り、遠くにそびえる正五角形状の建物に向かう。
ケインが時計を見下ろすと、短針は八を指していた。
ケインが時計を見下ろすと、短針は八を指していた。
「白衣なんて珍しいな」
からかいを帯びた声が、後ろから流れ出た。
回された灰色の瞳が捉えたのは、背の低い白い影。
からかいを帯びた声が、後ろから流れ出た。
回された灰色の瞳が捉えたのは、背の低い白い影。
「お久さっ! 今日は仕事かな?」
手をあげ挨拶する少女が、人の良い笑みを浮かべ、ケインに向かってくる。
手をあげ挨拶する少女が、人の良い笑みを浮かべ、ケインに向かってくる。
ケインと同じく白衣を、黄色のカッターシャツの上に。
寒くないのか、膝までないジーンズを履きこなしていた。
寒くないのか、膝までないジーンズを履きこなしていた。
「相変わらずだな。――ふざけたボディだ」
ケインは空色をした頭髪がのる顔を一瞥すると、彼女と最後に会った時よりも、背丈が小さくなっている事に気づく。
ケインは空色をした頭髪がのる顔を一瞥すると、彼女と最後に会った時よりも、背丈が小さくなっている事に気づく。
奇異な視線を受け、少女は髪が薄くかかる両肩を竦める。
白の装束に引っ付けられた金色のプレートが、彼女の名をドップラーと周囲に知らしめた。
白の装束に引っ付けられた金色のプレートが、彼女の名をドップラーと周囲に知らしめた。
「ちょっと年齢を低くした」
とんとん、と彼女は赤い靴をステップさせて、桃色の床が破片を散らす。
とんとん、と彼女は赤い靴をステップさせて、桃色の床が破片を散らす。
629 :the day:2006/11/11(土) 18:14:10.54 ID:8n1TFFiG0
「保たれる若さって良いよね。レプリロイドの強みだよ」
自分の身体を見下ろし、ドップラーはにやりとしてみせた。
「保たれる若さって良いよね。レプリロイドの強みだよ」
自分の身体を見下ろし、ドップラーはにやりとしてみせた。
聞き流していたのか、ケインは無言を貫いて踵を返すと、自分の行き先へと急ぐ。
慌てて、さっさと進む男の背中を追うドップラー。
慌てて、さっさと進む男の背中を追うドップラー。
「全滅……だって?」
背の高い老体の歩行に合わせながら、少女が横を向き、暖めていた疑問で口を開く。
隣に並ぶ少女の幼い顔が、苦い思いを浮かべた。
背の高い老体の歩行に合わせながら、少女が横を向き、暖めていた疑問で口を開く。
隣に並ぶ少女の幼い顔が、苦い思いを浮かべた。
梢を揺らす桜。
花びらが二人の頭にかかり、ケインは払い、ドップラーは摘まんで投げ捨てた。
花びらが二人の頭にかかり、ケインは払い、ドップラーは摘まんで投げ捨てた。
「私のむ……」
ケインは言葉を止め、一拍空けて、再び口を開く。
「シグマ以外がな」
ごまかしのためか、垂れ下がる紺色のネクタイの位置を直しつつ、事の絶望的な被害を少女に教えた。
ケインは言葉を止め、一拍空けて、再び口を開く。
「シグマ以外がな」
ごまかしのためか、垂れ下がる紺色のネクタイの位置を直しつつ、事の絶望的な被害を少女に教えた。
「そりゃ、幸い…………じゃないよね。青の子は?」
首を傾げて、ドップラーは最近の興味の安否を尋ねる。
二人の脳裏に、少女のような顔をした青いレプリロイドが浮かぶ。
首を傾げて、ドップラーは最近の興味の安否を尋ねる。
二人の脳裏に、少女のような顔をした青いレプリロイドが浮かぶ。
「着任してなかった」
温度の感じられない、端的な答え。
そっ、と呟き、ドップラーの顔は理解を示した。
温度の感じられない、端的な答え。
そっ、と呟き、ドップラーの顔は理解を示した。
630 :the day:2006/11/11(土) 18:15:51.80 ID:8n1TFFiG0
「精鋭部隊が、全滅、ね。相手は一人だったんだろ?」
「ありえない」
即答の、短い否定の言葉を吐くケインに、力は感じられない。
疲れた顔を天へと向け、視界いっぱいに春の青い空を入れた。
「ありえない」
即答の、短い否定の言葉を吐くケインに、力は感じられない。
疲れた顔を天へと向け、視界いっぱいに春の青い空を入れた。
「そだね。でも、実際にそんなレプリロイドが居る訳だ」
少女は同意し、しかし、自分でそれを否定する。
不承不承といった感じで、首肯するケイン。
少女は同意し、しかし、自分でそれを否定する。
不承不承といった感じで、首肯するケイン。
「とにかく、そいつを検査するらしいが……私の予測を聞きたいか?」
確定されていない予想を少女に。
疲労が溢れる顔をドップラーへ向け、ケインは首を傾げた。
確定されていない予想を少女に。
疲労が溢れる顔をドップラーへ向け、ケインは首を傾げた。
「聞きたいね」
期待を宿す瞳が、ケインの腰元から返る。
期待を宿す瞳が、ケインの腰元から返る。
「――おそらく、彼女は遺産だ」
遺産という単語が、老人から吐き出される。
二人の科学者が沈黙する。
遺産という単語が、老人から吐き出される。
二人の科学者が沈黙する。
次第に、目的地が外観を鮮明に現す。
天まで届けと、白い巨大な壁が伸び、ロビーへのこれまた大きな玄関が威容を誇っていた。
天まで届けと、白い巨大な壁が伸び、ロビーへのこれまた大きな玄関が威容を誇っていた。
その前に、柵で線を引かれたゲートが訪問者を待ち構える。
厳重な警備。そして、それに相応しい重要性を秘めた建造物だと、誰が見ても解る。
厳重な警備。そして、それに相応しい重要性を秘めた建造物だと、誰が見ても解る。
632 :the day:2006/11/11(土) 18:20:02.50 ID:8n1TFFiG0
「へぇ、女の子なんだ」
しばらくして、言葉の端から、ドップラーが予測した。
そして、柔らかそうな頬に手をあて、その話の彼女に興味を示す。
しばらくして、言葉の端から、ドップラーが予測した。
そして、柔らかそうな頬に手をあて、その話の彼女に興味を示す。
「人型の遺産って、珍しいな」
ドップラーの記憶には、これまで見てきた遺産の中に、人型を模した物など該当しない。
ケインも同じだった。
ドップラーの記憶には、これまで見てきた遺産の中に、人型を模した物など該当しない。
ケインも同じだった。
「あぁ、だから、これから検査に立ち合う」
とたん――
「今からなんだ!?」
ドップラーが大声をあげ、喜びの悲鳴をあげる。
失言に近い己の発言に、失意の呻き。ケインは、自分の身体を少女から退く。
とたん――
「今からなんだ!?」
ドップラーが大声をあげ、喜びの悲鳴をあげる。
失言に近い己の発言に、失意の呻き。ケインは、自分の身体を少女から退く。
「見たい!!」
目を、未だ見ぬ科学の結晶が見れるという興奮に輝かせ、万歳するかのように両腕を振り上げた。
目を、未だ見ぬ科学の結晶が見れるという興奮に輝かせ、万歳するかのように両腕を振り上げた。
「ハンター職員じゃない者を、入れる訳がないだろう。自分の研究室に帰れ」
辛辣に言うが、それで引き下がるとは、ケインも長い付き合いから思っていない。
案の定――ドップラーは、老体の脚を細い腕で抱きしめてきた。
辛辣に言うが、それで引き下がるとは、ケインも長い付き合いから思っていない。
案の定――ドップラーは、老体の脚を細い腕で抱きしめてきた。
歩行を邪魔する子供じみた行為に、ケインは頭痛を覚える。
「むぅ、昔の恋人につれないじゃないか!」
頭の痛みが酷くなった。
頭の痛みが酷くなった。
633 :the day:2006/11/11(土) 18:22:30.01 ID:8n1TFFiG0
「もういいもん!! ハッキングしてやる!!」
白衣が、ぎゃあぎゃあと足下で喚く。
諦めの悪い少女に、ケインはうんざりし、今日ここで出会った事を非常に後悔した。
白衣が、ぎゃあぎゃあと足下で喚く。
諦めの悪い少女に、ケインはうんざりし、今日ここで出会った事を非常に後悔した。
ドップラーの気迫と脅しに負けたケインは、
「…………止めろ。解ったよ……本部に掛け合おう」
そう言って、少女にガッツポーズをさせてやった。
「…………止めろ。解ったよ……本部に掛け合おう」
そう言って、少女にガッツポーズをさせてやった。
「はー、あの子か……可愛い顔だねぇ。遺産っていうから、もっと酷いものを想像してたよ」
研究の意も兼ね備える検査室は、二段構造をしている。
研究の意も兼ね備える検査室は、二段構造をしている。
斜めに立て掛けられたベッドのある部屋の上に、キャットウォークのような通路が設けられていた。
動き回る研究員達の頭上を、宙に浮く形で通路が走る。
動き回る研究員達の頭上を、宙に浮く形で通路が走る。
ケインとドップラーは、通路に張られたガラス越しから、事の成り行きを見下ろしていた。
手すりを掴み、冷めた目をするケイン。
その横で、どこから取り出したのか、ドップラーはウサギの顔を座台にした椅子に座る。
手すりを掴み、冷めた目をするケイン。
その横で、どこから取り出したのか、ドップラーはウサギの顔を座台にした椅子に座る。
背広の胸から煙草を取り出し、ケインが目線だけで吸ってもいいかと聞いた。
ドップラーが許さず、首を振って、老人の喫煙を禁止する。
指に挟まれた細く白い筒は、大人しくケインの懐中へと戻った。
ドップラーが許さず、首を振って、老人の喫煙を禁止する。
指に挟まれた細く白い筒は、大人しくケインの懐中へと戻った。
635 :the day:2006/11/11(土) 18:24:59.18 ID:8n1TFFiG0
二人と同じ白衣を着た研究員。
彼等が集まるベッド――眠りにつく少女が身体を横にしていた。
着衣は無く、一糸も纏わない裸身が、遠慮なく外気に晒されている。
彼等が集まるベッド――眠りにつく少女が身体を横にしていた。
着衣は無く、一糸も纏わない裸身が、遠慮なく外気に晒されている。
少女の物か、血を思わす赤いボディが、寝台に隣接する机に置かれていた。
研究員、そしてケインとドップラーの大量の視線が、少女に注がれる。
研究員、そしてケインとドップラーの大量の視線が、少女に注がれる。
物語に出てくるかのような、整えられた目鼻立ち。
腰を越える金色の長髪を持つ頭に、猫の耳を生やすのが異質だった。
腰を越える金色の長髪を持つ頭に、猫の耳を生やすのが異質だった。
しかし、それ以外は何処にでも居る、女になる手前――青春を謳歌する少女のそれだ。
「あの猫耳は、何か意味があるのかな」
ドップラーが笑う。
「静かにしろ」
色の無い目線と言葉で、ケインが少女を嗜めた。
ドップラーが笑う。
「静かにしろ」
色の無い目線と言葉で、ケインが少女を嗜めた。
「むぅ」
小鼻と頬を膨らませる少女など露知らず、研究員達は作業を続ける。
少女の周りに、様々な種類の機器を運び、計器や数値の調整とチェックを行った。
小鼻と頬を膨らませる少女など露知らず、研究員達は作業を続ける。
少女の周りに、様々な種類の機器を運び、計器や数値の調整とチェックを行った。
コードを乱立させる四角い機械が、端にある電極を緑に点灯する。
その横の画面を付ける黒い箱を、白衣のレプリロイドが引きずってベッドに密着させた。
その横の画面を付ける黒い箱を、白衣のレプリロイドが引きずってベッドに密着させた。
637 :the day:2006/11/11(土) 18:28:37.28 ID:8n1TFFiG0
二人の研究員が、先端に楕円形の金属を持つコードを握り、少女に近づく。
数十人の白衣の中に一人だけ、紺の外套を着たフルフェイスの人影が、黒い手袋に包まれた片手をあげる。
数十人の白衣の中に一人だけ、紺の外套を着たフルフェイスの人影が、黒い手袋に包まれた片手をあげる。
自動二輪車用の如きメットの人物が、何かを言ったのか、研究員達は揃って頷いた。
少女へと、検査、そして研究を完遂させる為の紐が迫る。
少女へと、検査、そして研究を完遂させる為の紐が迫る。
金でメッキされた先端が、少女の薄い乳房に宛がわれ、金属に穿たれた穴から零れる液体で接着された。
同じく、腹部に貼り付けられ、そして女性器にまで挿しこまれるコード。
レプリロイド達は、無表情で仕事を続けていった。
同じく、腹部に貼り付けられ、そして女性器にまで挿しこまれるコード。
レプリロイド達は、無表情で仕事を続けていった。
絶縁被覆を施した電線が、少女の身体を埋め尽くす。
そして研究員の一人が押す、機器のスイッチによって、先端が唸りをあげた。
青白い放電の津波が、部屋全体に大きく広がる。
青白い放電の津波が、部屋全体に大きく広がる。
「あ……が……ぐあああああああああああ!?」
突然の痛みと快感――少女が悲鳴をあげた。
股間を突き刺すのが震動し、胸のコードが熱を持ち、残りが火花を散らす。
突然の痛みと快感――少女が悲鳴をあげた。
股間を突き刺すのが震動し、胸のコードが熱を持ち、残りが火花を散らす。
細い首を大きく反らす少女が涎を垂らし、絶叫する。
全身をよじって、痛みを誰かに訴えるのだが、この部屋に救う者などいない。
全身をよじって、痛みを誰かに訴えるのだが、この部屋に救う者などいない。
「……くうっ!! あぐ!? ……ああっ……うああああ!!」
痛みとは別の感覚への反応として、少女の恥毛の生えない股間から、粘着性のある液体を噴出する。
与えられる絶頂の証が、リノウムの床を汚した。
痛みとは別の感覚への反応として、少女の恥毛の生えない股間から、粘着性のある液体を噴出する。
与えられる絶頂の証が、リノウムの床を汚した。
645 :the day:2006/11/11(土) 18:41:34.05 ID:8n1TFFiG0
尚も放電は続き、検査を行う先端部分とくっ付く白い肌が、赤く斑になった。
「えぐいなぁ」
暴君という名の検査に、ドップラーが不快感を隠さず、幼い顔に皺を寄せた。
暴君という名の検査に、ドップラーが不快感を隠さず、幼い顔に皺を寄せた。
「目隠しなら、あるぞ」
ケインが、仮眠用のアイマスクを横に投げた。
黒い布が少女の頭へと着地する。
ケインが、仮眠用のアイマスクを横に投げた。
黒い布が少女の頭へと着地する。
「……意地悪ぅ」
頬を大きくしたレプリロイドの科学者が、すぐさま投げ返した。
老人の胸へと当たり、そのまま左右に揺れながら、廊下へと落ちる。
頬を大きくしたレプリロイドの科学者が、すぐさま投げ返した。
老人の胸へと当たり、そのまま左右に揺れながら、廊下へと落ちる。
「あぐ……ぐうぅ!! あがぁ!!」
検査は一時間以上かけられ、少女にこの世に存在しうる様々な感覚を叩き込んだ。
真っ赤になる顔。
痙攣する身体がベッドを軋ませる。
検査は一時間以上かけられ、少女にこの世に存在しうる様々な感覚を叩き込んだ。
真っ赤になる顔。
痙攣する身体がベッドを軋ませる。
いつまで続くのか。
少女は激痛に震え、何度も何度も達し、見開かれた目から涙を流し、秘唇から潮を吹いた。
茶色のベッドの革張りが、愛液で水浸しになり、少女の体温の残滓が湯気をたたせる。
少女は激痛に震え、何度も何度も達し、見開かれた目から涙を流し、秘唇から潮を吹いた。
茶色のベッドの革張りが、愛液で水浸しになり、少女の体温の残滓が湯気をたたせる。
「何も得られなさそうだな」
「そだね。ふん……また〝ワイリー〟か」
結果自体には期待していなかったのか、ドップラーは欠伸をして、両腕を伸ばした。
「そだね。ふん……また〝ワイリー〟か」
結果自体には期待していなかったのか、ドップラーは欠伸をして、両腕を伸ばした。
649 :the day:2006/11/11(土) 18:44:53.74 ID:8n1TFFiG0
少女の機械の瞳には、他からは見えぬ情報が展開している。
赤き少女の身体を中心にして、文字列が現れ、解析された内容を主人であるドップラーに伝えた。
赤き少女の身体を中心にして、文字列が現れ、解析された内容を主人であるドップラーに伝えた。
悲鳴が途絶える。やっと検査が終了したのか、機器は動作を止め、広い空間は静寂を取り戻した。
直ぐに機器が片付けられる。
白衣等からは、何の感情も伺いしうる事は出来ない。
白衣等からは、何の感情も伺いしうる事は出来ない。
「先に失礼する。シグマの見舞いに行くんだ」
黙々と解散の準備をする研究員達を一瞥していたケインが、手すりから離れる。
黙々と解散の準備をする研究員達を一瞥していたケインが、手すりから離れる。
「あぁ、行っておいで」
少女は手を振り、了承した。
少女は手を振り、了承した。
ねぇ、とドップラーが笑いかけ、昔からの友人に質問する。
「遺産を作る奴……どんな科学者だったんだろうね。君みたいな、偏屈?」
「遺産を作る奴……どんな科学者だったんだろうね。君みたいな、偏屈?」
ケインの振り向きざまの答えは、
「とりあえず、虐殺機械を作る――異端者だったろうな」
少女の予想通り、そしていつも通り、暖かさは無かった。
「とりあえず、虐殺機械を作る――異端者だったろうな」
少女の予想通り、そしていつも通り、暖かさは無かった。
652 :the day:2006/11/11(土) 18:48:16.54 ID:8n1TFFiG0
ケインの腕に花束など無い。
「経過はどうだ、シグマ」
ベッドに横たわる女性にかける言葉も、簡素なものだった。
だが灰色の双眸には、確かに、包帯を巻く女への気遣いの意が宿っていた。
ベッドに横たわる女性にかける言葉も、簡素なものだった。
だが灰色の双眸には、確かに、包帯を巻く女への気遣いの意が宿っていた。
「た、隊長……!」
黒い背広の後方から、青いボディが飛び出す。
目尻に涙を溜めた少年が、驚くシグマと呼ばれたレプリロイドの胸へと飛び込んだ。
黒い背広の後方から、青いボディが飛び出す。
目尻に涙を溜めた少年が、驚くシグマと呼ばれたレプリロイドの胸へと飛び込んだ。
「わざわざ来てくれたんですか。――悪くないですよ」
金色の髪が揺れ、女がはにかんだ様に笑う。
ケインの労いよりも、涙で濡れた顔を押し付ける少年に対して、頬を赤く染めた。
金色の髪が揺れ、女がはにかんだ様に笑う。
ケインの労いよりも、涙で濡れた顔を押し付ける少年に対して、頬を赤く染めた。
困ったような、そして嬉しそうな表情を浮かべるシグマ。彼女に頭を撫でられる少年。
微笑ましい一つの光景。
微笑ましい一つの光景。
「特に、致命的な問題は見つかりませんでした」
そんな二人を見て、ほんの少しだけ口角を揺るめるケインに、首に聴診器を下げたレプリロイドが横に立つ。
そんな二人を見て、ほんの少しだけ口角を揺るめるケインに、首に聴診器を下げたレプリロイドが横に立つ。
「負傷した右肩部と、その他の裂傷の治療で事足ります」
無駄の無い報告をするバイザーメットの白衣に、彼の上司が満足そうに頷く。
無駄の無い報告をするバイザーメットの白衣に、彼の上司が満足そうに頷く。
654 :the day:2006/11/11(土) 18:51:08.20 ID:8n1TFFiG0
「ありがとう。下がっていい」
頭を下げ、医療師のレプリロイドが部屋を後にした。
頭を下げ、医療師のレプリロイドが部屋を後にした。
「うぅー……隊長ぉ。ほんとに、ほんとに大丈夫ですか?」
「まったくもう……君は。私は大丈夫だから、安心しなさい」
「まったくもう……君は。私は大丈夫だから、安心しなさい」
今日の世界は、決して平和ではない。
戦争、災害、飢餓、疫病。
しかし、この病室だけは、そんなものから切り離され――平和であった。
戦争、災害、飢餓、疫病。
しかし、この病室だけは、そんなものから切り離され――平和であった。
赤い。
赤い。
赤い。
赤い。
全てが赤い。
全ての光景が赤い。
振り向いた、その先も――赤かった。
赤い。
赤い。
赤い。
全てが赤い。
全ての光景が赤い。
振り向いた、その先も――赤かった。
「――っあ!?」
真っ白な天井が現れる。
ベッドから跳ね起き、荒い息をつくシグマの顔は真っ青になっていた。
真っ白な天井が現れる。
ベッドから跳ね起き、荒い息をつくシグマの顔は真っ青になっていた。
658 :the day:2006/11/11(土) 18:55:01.96 ID:8n1TFFiG0
「あれは……いったい……」
強く抱きしめてた事から、グシャグシャになったシーツを蹴飛ばし、金の髪を荒々しく振るう。
強く抱きしめてた事から、グシャグシャになったシーツを蹴飛ばし、金の髪を荒々しく振るう。
「…………わふぅん。いかがなさいました、シグマ様」
女の足元――寝台の下から、犬を模したメットを被った少女が首を出す。
眠たげな目を擦りながら、少女は主人の異常に気付き、シグマに自分の鼻を寄せた。
女の足元――寝台の下から、犬を模したメットを被った少女が首を出す。
眠たげな目を擦りながら、少女は主人の異常に気付き、シグマに自分の鼻を寄せた。
「ベル……お前も、来てくれたのか……」
「あたり前です。シグマ様」
少女の頭を撫で、女は笑みを取り戻す。――しかし、まだどこか翳りがあるものだった。
「あたり前です。シグマ様」
少女の頭を撫で、女は笑みを取り戻す。――しかし、まだどこか翳りがあるものだった。
「あれ? ヴァヴァだ……」
紫の装甲を身に着けた少女が、中庭のベンチに座る少年の視界を横切る。
紫の装甲を身に着けた少女が、中庭のベンチに座る少年の視界を横切る。
遠くで、少年の知らぬ男と歩く少女――ヴァヴァ。
ヴァヴァは、仕立ての良い背広を着た、肥満じみた壮年の男と並んで廊下を歩いていた。
ヴァヴァは、仕立ての良い背広を着た、肥満じみた壮年の男と並んで廊下を歩いていた。
どんな関係なのか、と興味を持ったが、少年は直ぐに手元の雑誌に目を落とした。
様々な花が紙面に咲く。気持ちの良い朝日の下、ガーデンニングの本を読みふけった。
様々な花が紙面に咲く。気持ちの良い朝日の下、ガーデンニングの本を読みふけった。
「エックス、君に頼みがあるんだ」
突然かかった低い声に、少年はページをめくる手を止める。
突然かかった低い声に、少年はページをめくる手を止める。
812 :the day:2006/11/12(日) 00:49:01.28 ID:43vmG7uE0
「わっ……ケイン博士」
驚き、振り向くと、喪服の似合う老人が横に立っていた。
「わっ……ケイン博士」
驚き、振り向くと、喪服の似合う老人が横に立っていた。
「あ、はい。何でしょう?」
「春過ぎとは急だが、新しいレプリロイドが、君の部隊に配属される事になった」
本を閉じて、首を傾げる少年に、ケインは説明する。
新しいレプリロイド――検査を受けた、紅き少女を思い起こしながら、老体は続けた。
「春過ぎとは急だが、新しいレプリロイドが、君の部隊に配属される事になった」
本を閉じて、首を傾げる少年に、ケインは説明する。
新しいレプリロイド――検査を受けた、紅き少女を思い起こしながら、老体は続けた。
「へぇ……。それがどうかしたんですか?」
何故、自分に言うのか。そんな疑問を抱き、少年は、朝日に照る顔を怪訝なものにした。
何故、自分に言うのか。そんな疑問を抱き、少年は、朝日に照る顔を怪訝なものにした。
老人は、一瞬言い淀み、
「――仲良くしてやってくれ」
「は?」
少年の思考を、不可解というものに囚われさせた。
「――仲良くしてやってくれ」
「は?」
少年の思考を、不可解というものに囚われさせた。
「以上だ」
言うだけ言い、ケインは少年を置き去りにして、本部の施設へ戻る。
後方で自分を呼ぶ声がするが、聞こえないふりをして、足を速めた。
言うだけ言い、ケインは少年を置き去りにして、本部の施設へ戻る。
後方で自分を呼ぶ声がするが、聞こえないふりをして、足を速めた。
「遺産を飼いならす、か。……本部はいったい何を考えているんだ」
ケインが胸から書類を取り出す。
ケインが胸から書類を取り出す。
紙面には、猫の耳をつけた少女の写真と、ハンターに従属させるとの指令が載っていた。
既に訓練をさせており、類まれなる手腕をみせているようで、少女に特A級のハンターの称号を与えるとも書かれている。
既に訓練をさせており、類まれなる手腕をみせているようで、少女に特A級のハンターの称号を与えるとも書かれている。
814 :the day:2006/11/12(日) 00:51:39.45 ID:43vmG7uE0
結局、行われた検査で何も得られなかった、謎めいたレプリロイド。
遺産と呼ばれた存在。振るう力は、彼女を職場へと歓迎するハンター――その職員を、先日、虐殺してのけた。
結局、行われた検査で何も得られなかった、謎めいたレプリロイド。
遺産と呼ばれた存在。振るう力は、彼女を職場へと歓迎するハンター――その職員を、先日、虐殺してのけた。
本部の意向に、理解に苦しむケインは、手にする書類を中庭に点々と置かれるゴミ箱へ叩きつけた。
春が終わりを向かえようとし、段々と気温が暑くなってゆく。
だが、ケインの瞳はどこまでも冷え切っていた。
だが、ケインの瞳はどこまでも冷え切っていた。
「仲、よさそうだ」
初夏。
空に浮かぶ白い太陽が、じりじりと光りを強め、地面に陽炎を作り出す。
初夏。
空に浮かぶ白い太陽が、じりじりと光りを強め、地面に陽炎を作り出す。
色素が抜けたのではなく、元の色が真っ白である髪を持った少女が、思案に沈む老人へと声をかけた。
「……ライト博士」
ライト呼ばれた少女は、日より眩しい笑顔を、中庭の小さな運動場で球技に勤しむ二人に向けられていた。
バスケットをする赤と青。少女が一方的に、少年からボールを奪い、ゴールへと投げ入れていた。
ライト呼ばれた少女は、日より眩しい笑顔を、中庭の小さな運動場で球技に勤しむ二人に向けられていた。
バスケットをする赤と青。少女が一方的に、少年からボールを奪い、ゴールへと投げ入れていた。
「へっへーんだ」
「うぅー!」
「うぅー!」
特Aというのを納得できる身のこなしで、少女は相手を翻弄する。
目を回し、打ち倒れる少年。
少女の腕が翻り、またもリングへと、茶色の球が正確に投げ込まれた。
目を回し、打ち倒れる少年。
少女の腕が翻り、またもリングへと、茶色の球が正確に投げ込まれた。
816 :the day:2006/11/12(日) 00:55:59.11 ID:43vmG7uE0
ケインはそれを静かに見つめ、ライトが声をあげて笑う。
「根つめた顔してますよ、ケイン博士」
笑みを崩さず、ライトは隣で黙して座る老人へ、気遣いの声をかけた。
笑みを崩さず、ライトは隣で黙して座る老人へ、気遣いの声をかけた。
その言葉に、きょとんとするケインが、困ったように口元を歪ませる。
自分のそんな姿を、他人に見られたくなかったのだろう。ケインは居心地が悪そうに、身体を揺らした。
自分のそんな姿を、他人に見られたくなかったのだろう。ケインは居心地が悪そうに、身体を揺らした。
「そう、だろうか……顔に注意は払ってなかった」
頬に手をあて、ケインが不器用な言い訳を口にした。
頬に手をあて、ケインが不器用な言い訳を口にした。
それを冗談と取ったのか、ライトが小さく吹き出した。
少女の、可愛らしいが、失礼な態度に憮然とするケイン。
少女の、可愛らしいが、失礼な態度に憮然とするケイン。
笑いながらライトは、取り成すように軽く手を振るい、からかった訳ではないと弁解した。
笑みを浮かべながらでは、説得力は無いが、ケインは一応納得する。
笑みを浮かべながらでは、説得力は無いが、ケインは一応納得する。
「ふふっ、無理しないで下さいね。ん……休憩おわっちゃう――それじゃ、私は」
右腕に嵌められた時計を見やり、少女はスーツの男に向け、小さく礼をする。
右腕に嵌められた時計を見やり、少女はスーツの男に向け、小さく礼をする。
「あ、最近、カウンセラーの許可が下りたんですよ」
ケインに背を向けようとした所で、ライトは髪をかき上げ、そう言った。
ケインに背を向けようとした所で、ライトは髪をかき上げ、そう言った。
818 :the day:2006/11/12(日) 00:59:05.20 ID:43vmG7uE0
レプリロイドの心理を考え、悩みを聞き、それを解決する手助けをする。
カウンセリングの為に、医療室の一部を使用させてくれ――ケインは、そんな訴えがあった事を思い出す。
許可が下りた事に、特別な感慨をケインは受けなかったが、少女自身の嬉しそうな顔に、何かを言わなければならないと考えた。
カウンセリングの為に、医療室の一部を使用させてくれ――ケインは、そんな訴えがあった事を思い出す。
許可が下りた事に、特別な感慨をケインは受けなかったが、少女自身の嬉しそうな顔に、何かを言わなければならないと考えた。
「それはおめでとう」
捻り出したのは、なんの変哲もない祝いの言葉だ。
捻り出したのは、なんの変哲もない祝いの言葉だ。
「ありがとうございます」
普通ではあるが、それでもライトは満足したようで、力強く頷く。
エメラルドの瞳には、カウンセラーとしての決意が漲っていた。
普通ではあるが、それでもライトは満足したようで、力強く頷く。
エメラルドの瞳には、カウンセラーとしての決意が漲っていた。
緩やかに過ぎ去る、なんでもない一日。――永遠と、〝通常〟が続けられていた。
「一体、何を考えているんだ……!」
振り下げられた拳がデスクを叩き、上に載る書類の束と灰皿が、淡く光る照明まで飛んだ。
煙草と灰が床を汚し、書類が部屋にばら撒かれる。
振り下げられた拳がデスクを叩き、上に載る書類の束と灰皿が、淡く光る照明まで飛んだ。
煙草と灰が床を汚し、書類が部屋にばら撒かれる。
ケインは机を蹴り上げ、全てを地へと還した。
彼らしくない野蛮な行為を受け、壁に激突する万年筆が半ばからへし折れ、机の下敷きになったスタンドライトが破砕する。
彼らしくない野蛮な行為を受け、壁に激突する万年筆が半ばからへし折れ、机の下敷きになったスタンドライトが破砕する。
819 :the day:2006/11/12(日) 01:03:25.07 ID:43vmG7uE0
「採掘場で何をしている……! どうして、情報部は何も言わない!!」
怒声に、我関せずと鈴虫が鳴く。
本部の三階に位置するケインの執務室の窓から、夏の名残である蒸し暑さと、秋の到来の声が流れてきた。
怒声に、我関せずと鈴虫が鳴く。
本部の三階に位置するケインの執務室の窓から、夏の名残である蒸し暑さと、秋の到来の声が流れてきた。
ケインの目前に、滅茶苦茶になった私物を飛び越え、大きなスクリーンが垂れ下がっている。
投射器の光りを受ける巨大な画面には、頭を抱えた男の知らぬ所で行われている、本部の〝動き〟が映されていた。
投射器の光りを受ける巨大な画面には、頭を抱えた男の知らぬ所で行われている、本部の〝動き〟が映されていた。
いつから、違和感に気づいたのか、ケインは思い出せない。
ただ、ハンター職員の進退について、書類の処理作業を行っていた時から、ケインの胸の内に疑問が沸いて出てきた。
ただ、ハンター職員の進退について、書類の処理作業を行っていた時から、ケインの胸の内に疑問が沸いて出てきた。
勝手に、任務場所を変更される部下。
意味不明な異動。
説明のされない、内容不透明な任務。
意味不明な異動。
説明のされない、内容不透明な任務。
それらに関する情報を、開示するのを拒否する、同じ職場であるはずの部署。
どこで彼がおかしな事に気づいても、おかしくはなかった程、ハンターは異質な行動をしていた。
「…………暗殺だと」
同時に、各地で暴れるイレギュラーの数が、日を追う毎に勢力を増している事も知る。
同時に、各地で暴れるイレギュラーの数が、日を追う毎に勢力を増している事も知る。
次々に、ハンター幹部が寿命や耐久年度を繰上げ、早めの死を迎える。
スクリーンには、先週末に、人間とレプリロイドの権利の平等化を訴えていた、幹部の一人が破壊されたと表示。
スクリーンには、先週末に、人間とレプリロイドの権利の平等化を訴えていた、幹部の一人が破壊されたと表示。
821 :the day:2006/11/12(日) 01:07:06.56 ID:43vmG7uE0
次に、和平会談のメンバーが連続して殺害されると――人とレプリロイドの生き死にしては、とても簡潔な文章が流れた。
暴走したメカニロイド達が、世界中で、死神の手を広げる。
暴走したメカニロイド達が、世界中で、死神の手を広げる。
摘みきれない頭痛の種に、ケインは全てを放り出したくなった。
しかし、そうさせないのは、ひとえに彼の立場が責任あるものであり、彼自身が責任感の強い人間であるからだ。
しかし、そうさせないのは、ひとえに彼の立場が責任あるものであり、彼自身が責任感の強い人間であるからだ。
「この世界は……本部は……いったい」
ハンター本部で、重要な役目であるはずの老人は、道化という単語を頭から引っ張りだす。
歪む顔を手で覆い、ケインは生まれて初めて、市販で扱われている頭痛薬を服用した。
ハンター本部で、重要な役目であるはずの老人は、道化という単語を頭から引っ張りだす。
歪む顔を手で覆い、ケインは生まれて初めて、市販で扱われている頭痛薬を服用した。
ポケットから取り出した瓶を戻さず、壁へと投げる。
安っぽい音をたて、内包していた錠剤が飛び出しながら、ガラスの破片は弾けた。
安っぽい音をたて、内包していた錠剤が飛び出しながら、ガラスの破片は弾けた。
軽いノックが、上質の木で出来た扉に送られる。
「父さん……」
壊れた机の前にあった椅子へ、額を押さえて腰掛けるケインに、暗く沈んだ声がかけられる。
汚くなった執務室の扉が、金の長髪を流す女を飲み込んだ。
壊れた机の前にあった椅子へ、額を押さえて腰掛けるケインに、暗く沈んだ声がかけられる。
汚くなった執務室の扉が、金の長髪を流す女を飲み込んだ。
ケインの刃物のような瞳が、横目に向けられる。
緑の装甲が、力なく立っていた。
緑の装甲が、力なく立っていた。
「……シグマ。何だ? 私は忙しい」
両手を後ろ手にするシグマに、用も聞かず、彼女の父はおざなりに応対する。
彼女の様子など目に入らず、今後の身の振り方だけが、ケインの頭をぐるぐると回った。
両手を後ろ手にするシグマに、用も聞かず、彼女の父はおざなりに応対する。
彼女の様子など目に入らず、今後の身の振り方だけが、ケインの頭をぐるぐると回った。
822 :the day:2006/11/12(日) 01:12:18.01 ID:43vmG7uE0
「…………いえ、なんでも……ないです。……邪魔して、すいません」
ケインは、女の手に握られた物に気づかない。
悲しげな目をし、もうこちらを見ようとはしないケインに、シグマは優しく微笑んだ。
悲しげな目をし、もうこちらを見ようとはしないケインに、シグマは優しく微笑んだ。
涙を一粒だけ零し、
「……あなたに。父さん――あなたに……迷惑はかけません……」
シグマはそう言って、部屋を後にした。
「……あなたに。父さん――あなたに……迷惑はかけません……」
シグマはそう言って、部屋を後にした。
「さよなら……父さん」
どのぐらい時間が経ったか。
数時間ほど動かぬまま思案していたケインが、一息つこうと、椅子から身を引き剥がす。
壁にかけられた時計が、今の時刻は深夜だと示していた。
数時間ほど動かぬまま思案していたケインが、一息つこうと、椅子から身を引き剥がす。
壁にかけられた時計が、今の時刻は深夜だと示していた。
部屋の隅に設置させた、コーヒーメーカーを操作しようとすると、床から電子音。
引っくり返った電話機が、単調な音を鳴り響かせて、受信を告げる。
引っくり返った電話機が、単調な音を鳴り響かせて、受信を告げる。
「私だ」
丁寧に不機嫌を隠し、ケインが受話器を取る。
丁寧に不機嫌を隠し、ケインが受話器を取る。
『シグマが一昨日の夜から、昨夜にかけて、何処に居たか知っているかね?』
発信者は、挨拶もなかった。
発信者は、挨拶もなかった。
824 :the day:2006/11/12(日) 01:14:05.17 ID:43vmG7uE0
「……は? いえ、存じませんが」
声から、ハンター本部の最高責任者だと思い出し、ケインは少しだけ慌てる。
だが、動揺も綺麗に隠蔽してみせた。
「……は? いえ、存じませんが」
声から、ハンター本部の最高責任者だと思い出し、ケインは少しだけ慌てる。
だが、動揺も綺麗に隠蔽してみせた。
『邪魔をした』
不可解な質問は、唐突に切られ、待機音だけが虚しく続く。
不可解な質問は、唐突に切られ、待機音だけが虚しく続く。
最後の夏の日――平和であるはずの日常から、異常が水面から現れた。
緑を赤く染める秋。
『シグマが本部のデータをハッキングした、との嫌疑がかけられている』
次第に寒さを帯びてきた季節の始まりを、耳を疑う言葉で、冷たく祝す。
ケインは受話器が、振動をしているのを感じ、それが自分の震えによるものだと気づいた。
次第に寒さを帯びてきた季節の始まりを、耳を疑う言葉で、冷たく祝す。
ケインは受話器が、振動をしているのを感じ、それが自分の震えによるものだと気づいた。
「……馬鹿な」
口からでるのは、掠れる一言。
思い当たる節などなく、ましてや、ケインにはそのような事自体が信じられなかった。
口からでるのは、掠れる一言。
思い当たる節などなく、ましてや、ケインにはそのような事自体が信じられなかった。
『早急に、彼女を会議室へ連れてくるように』
相手の事など考えない送信者は、短く告げると、またも強引に通信を切った。
相手の事など考えない送信者は、短く告げると、またも強引に通信を切った。
波が揺れる。
828 :the day:2006/11/12(日) 01:17:47.92 ID:43vmG7uE0
「何……が……」
赤い。
紅葉などという風物ではなく、ハンター本部の一部が炎の巻かれていた。
赤い。
紅葉などという風物ではなく、ハンター本部の一部が炎の巻かれていた。
「シグマ……!!」
ケインは、自分の娘の姿を、おぼつかない足取りで探す。
ケインは、自分の娘の姿を、おぼつかない足取りで探す。
赤い。
全ての光景が、赤に染められていた。
全ての光景が、赤に染められていた。
[第17精鋭部隊隊長、暴走]
「これは、由々しき事だ!! レプリロイドが反乱を……しかもハンターから!!」
肥満の男が、頭から出したのかと思える声で喚く。
それを横目にしながら、ケインは配られた書類に目を通した。
肥満の男が、頭から出したのかと思える声で喚く。
それを横目にしながら、ケインは配られた書類に目を通した。
「――なんですか、これは」
いつから、世界は自分の理解を超えるようになったのだろう。
ケインは、どこで間違えたのか考えるが、答えなど出ない。
いつから、世界は自分の理解を超えるようになったのだろう。
ケインは、どこで間違えたのか考えるが、答えなど出ない。
「二日前から、我々が考えた〝調査方法〟だ」
与える者も居ない。
与える者も居ない。
831 :the day:2006/11/12(日) 01:20:33.13 ID:43vmG7uE0
「……何かの……冗談でしょう」
〝何か〟が自分を追い抜かし、結果だけが足跡として残る。
その足跡は、様々なものに被害を振り撒き、無惨なものだ。
〝何か〟が自分を追い抜かし、結果だけが足跡として残る。
その足跡は、様々なものに被害を振り撒き、無惨なものだ。
「メディアは勿論だが。ハンター職員にも、奴等が事を起こすまで、この事は公表するな」
ケインは理解できない。
ケインは理解できない。
「以上」
彼等は何を言っているのか。
彼等は何を言っているのか。
「待ってください……! この調査方法は、何なのですか!?」
科学者。レプリロイドを作る身の自分に、突き出された悪夢。
科学者。レプリロイドを作る身の自分に、突き出された悪夢。
「以上だ。退室したまえ」
真っ暗な闇色のメットが、老人をみつめた。
真っ暗な闇色のメットが、老人をみつめた。
「これは……レプリロイドの権利は、どうなるのです!?」
いつから、こうなったのか。
いつから、こうなったのか。
レプリロイドは、人間の道具であるという風潮が生まれ、人は傲慢になった。
両者が手を取り合える世界を作る――ハンターの目標。そんな思いは何処へ消えたのか。
両者が手を取り合える世界を作る――ハンターの目標。そんな思いは何処へ消えたのか。
「権利――こうなってしまっては、そんな物など破棄すべきだ」
いつから、自分は何も言えなくなったのか。
いつから、自分は何も言えなくなったのか。
833 :the day:2006/11/12(日) 01:24:31.20 ID:43vmG7uE0
「世界平和のため――我々は、可及的速やかな解決を求める。」
世界平和という単語にすら、ケインは違和感を感じた。
世界平和という単語にすら、ケインは違和感を感じた。
「訓練Σについては秘密裏に運ぶよう、お願いする。以上だ」
フルフェイスの男が、そう言い、会議室の幹部達が揃って頷く。
全てが完結した。
フルフェイスの男が、そう言い、会議室の幹部達が揃って頷く。
全てが完結した。
二週間後。
[ヴァヴァ脱走]
[アイシー・ペンギーゴ異動]
[アーマー・アルマージ異動]
[ブーメル・クワンガー異動]
[バーニン・ナウマンダー、ラボへ]
[第9レンジャー部隊、失踪]
[アイシー・ペンギーゴ異動]
[アーマー・アルマージ異動]
[ブーメル・クワンガー異動]
[バーニン・ナウマンダー、ラボへ]
[第9レンジャー部隊、失踪]
訓練Σは、どこかで行われている。
何かが、どこかで行われている。
何かが、どこかで行われている。
シグマは、何を思い、何を求めているのか。
ハンターは、何を考え、何を目的としているのか。
ハンターは、何を考え、何を目的としているのか。
834 :the day:2006/11/12(日) 01:26:44.74 ID:43vmG7uE0
「私だ」
鳴り響く受話器を取る。
鳴り響く受話器を取る。
「……ケイン博士、マックです!! イレギュラーが高速道路を……!!」
違和感の正体は掴めない。
だが、確実に〝何か〟は息づいている。
だが、確実に〝何か〟は息づいている。
地球――この青い世界に。
<了>