【慟哭と復讐と狂いの人形 3】

―――傀儡と研究者のやり取りによって人ならざる何かに変成させられて数十年が経過した。

改造させられた器は【外法傀儡】のアトリエに放置されていた。
あの後運用してみたものの十全に機能せず、かといって放棄するのも憚られたために死蔵という形で保存していた。

ここから話は地上ではなく、死後の世界でもあり、そうでも無い形容しがたい世界に場所を移すことになる。


――――声が聞こえる。

そう。声が聞こえる。声を構成しているものは一概に言えば、負の感情。
それが男がいる空間を満たしていた。場を構成していた。

――――これは…呪詛の叫びだ。怨嗟の叫びだ。

そう。そういうものなのだ。
霧散した意識をかき集めて状況を把握してみると意識の殺し合いなるものが行われている。
そして自分にもその毒牙は襲い掛かる。

――――嫌だ。聞きたくない。耳障りだ。

毒牙を拒絶する。そんなものを受け入れるつもりなど微塵たりともなく。
むしろその毒牙をかき消さんとして―――

――――喚くな!

百獣の咆哮の如くに叫ぶ。
距離という概念の無い地を踏みしめ疾走する。
物質という概念が焼失した場で全力の攻撃を繰り出す。


拒絶の意思と抵抗が強くなるにつれ呪詛の声や怨嗟の声は掻き消え始める。
そして永遠のような時間でもあり、刹那にも満たないような時間の中で男は確かな自我を再構築していた。
再構築に伴い無自覚のうちに自分の自我しか存在しない場を形成していた。


(………これは地獄なのか?何故…?いや、そうだよな。そうだ。)
(俺は人を殺した。それだけで大罪だよな。)


――――得心したその瞬間――――


―――見事。君は私の歌劇の役者として二度目の生を享受する権利が与えられる。


―――今までの声とは異質の声が響き渡った―――


その声と共に男の目の前に影絵のような男の姿が出現した。
顔は老人にも若人にも見え、男にも女にも見え。それでいて特徴を明確に捉えることができなかった。
抽象的な存在でありながらも、意思は男にとっては好ましくないものだとはっきり理解できた。


「………断る。俺に二度目の生などいらぬ。この地獄で未来永劫燻っていたいのだ。」


二度目の生を与えられるくらいならば未来永劫この場に留まっていた方が良かった。
仮に二度目の生が与えられたとしてもそんなものには価値はない。
生けとし生けるものすべて死ぬ。だからこそ意味があるというのに。だから紡ぐ言葉は―――

「TAKE2など俺は望まない。貴様がなんであろうと俺はその意思を貫く。」

その言葉を聞き、影絵のような男の輪郭が少し浮き彫りになった。その顔は、そこから紡ぎだされる言葉は―――

―――いやはや、何とも強靭な意志を持つ役者だ。

―――いと素晴らしき哉。ますます二度目の生を与えたくなる。

―――絶望する様を高みから鑑賞したくなる。

―――故に君に拒否権はない。そして先ほど私は「権利」と言ったが訂正しよう。

おぼろげながらでも理解できる邪悪な笑み。邪悪な意志。


―――これは「義務」だ。君の意思など私には知ったことではない。

―――精々絶望しながら私を楽しませるがよい。それが君に与えられた「義務」だ。


男の意思は今いる世界から引きはがされ始める。
何処へ?何故?
そんなことを考える暇などなかった。考える余裕など無かった。
今いる場所において意識が霧散し始めたのだから。

そして思いついたかのようにある祝言の皮をかぶった呪言を旅立ちの祝いの如くに授与する



――――――――君は、絶対に到達しえない




そんな言葉。
あまりに抽象的で何を指すのか不明瞭である。
その言葉を最後に影絵のような男は姿を消し、二度目の生を強制された男の意識も途絶える。


次目覚めたときは――――絶望と狂いの時









そして絶望と狂いの時は―――到来した。

気が付くと男はどこかのアトリエらしき場所にいた。
見回すと、吐き気を催す肉と赤。それに生を奪われた、生を待ち望む幾多の傀儡が吊るされていた。

「………ひどく気分の悪くなる場所だな。……!?」

まず抱いた違和感。それは自分の声が人ならざるものへと変貌していたこと。
それをきっかけとして自分の身体を余すところなく見始める。


「―――なん…だよ、これ、……はッ…!?」


男の体は生前忌み嫌っていた傀儡のそれ。温かみも老いも捨て去った身体。
背中や脚部には祖国の技術を搭載させられていた。
そんな人から離れた、まるでロボットアニメのプラモデルのような身体。
プラモデルでは済まされない身体。

腕を―――伸ばす。
ギギギ、と錆びついたような悲鳴が鳴り響く。

足を、首を―――動かす。
やはり先ほどと同じ音がする。

手で顔に触れる。
血は通うことなく、冷たく硬質的であった。

それらから導き出された命令は――――


うっ、があああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ
あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ
あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ
あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ
あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ
あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ
!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!


絶望と慟哭と殺意と狂気と―――それらと共に付いてきた壊れた何か。

これより【狂機人形】の歌劇が開幕する。
その歌劇の題材はよくある復讐モノ。


先もしれぬ復讐と狂気と絶望の幕が――――今上がった。

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最終更新:2011年04月23日 00:54
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