あらすじ
「2ヶ月だけでもいい。その間だけで、この先ずっと忘れられない、とびっきりの思い出を作ろうぜ」
- かなかと知り合った後日、学園も終え1人で暇を潰す怜悟。
ふと自分のギターの弦が替え時なのを思い出し、駅一つ向こうの楽器店へと向かう。
目的の物も見つかり、適当にぶらついていると聞き覚えのある声を聞く。
店員に何やら声をかけられてしどろもどろになっている少女は、紛れもなくかなかだった。
怜悟はかなかに話しかけ、店に来た理由を聞く。
かなかはただ遊びに来たというが、どうにも胡散臭いと感じた怜悟。先日のギターの件を思い出す。
もしやかなかが音楽をやりたいのではないかと考えた怜悟はかなかと共に楽器店をうろつく。
弦を買い、店を後にした怜悟とかなか。
かなかはぽつりと自分の将来について語り始める。
自分と同じように先の見えない日常に焦りを感じていると知った怜悟は、ほんの思いつきでかなかにバンドを組もうと言うのであった。
休日。
そろそろ学園の1学期も残り2週間を過ぎ始めた。
クラスでもそろそろ学園祭で何を催すかについて議論をし始める頃か……。
そういえば今年は何か飲食物を販売するとかで意気込んでたっけな。
慎二郎が何やら奇を狙ったのか『どて焼き』とか言う関西料理を猛烈にプッシュしていたが、まぁおそらく通らんだろう。
で、そんなクラスの面々が来たる学園祭に向けて多大に妄想を膨らます中、俺はと言えば……。
からんからん。
【怜悟】「…………」
うだるような暑さにどうにか耐え凌ぎ、その地へ足を踏み入れる。
途端に全身を撫でるクーラーの冷気がとても心地よい。
けれど、それだけじゃない。
一帯に薄く香る木の匂い。幾重にも並べられた機材の数々。
そういった些細なことで、自分の気分が少しずつ高揚していくのがわかった。
―――そう、ここは街中の楽器店。
短縮日課で空いた午後の時間を、俺はここで過ごそうとしていた。
もちろん、冷やかしに行くわけじゃない。
【怜悟】「えっと……弦は、っと……」
店内をうろうろして、お目当ての品を探す。
先日からどうにも愛用しているエレキギターの弦の調子がおかしいので、交換用の物を買いに来たわけだ。
…………。
主張の少ないBGMを流し聞きしつつ、弦が陳列している棚を眺める。
良い音を出す要素は、それこそブリッジなど色々な物で成り立っている。
その中でかなり重要な物となっているのが、弦だ。
良い物悪い物も確かにあるが、自分の好みを数ある中から選び抜くのは至難の業だ。
だからこそ適当に選んじゃいけないわけで、今使っているやつを探すのにもだいぶ苦労したっけな。
【怜悟】「……お、あったあった」
陳列された弦の中から一つを取り出す。
そのままレジへと持っていき、代金を払う。
さてと、用件はこれで済んだな。
時間もまだあるし、あとは適当にぶらつくとするか……。
【怜悟】「お、また新しいSG入ったんだな……」
壁にずらりとひっかけて並んでいるギターを眺めていく。
今のギターに不満があるわけじゃないけれど、それでもこうして美麗なギター達を見ていると欲しくなってしまったりするわけで。
【怜悟】「あ~……弾いてみてぇなぁ……」
こうして、ぽつりと呟いてしまう。
やっぱり見ているだけじゃ飽き足らず、体がうずうずしているのがわかった。
【?/かなか】「あ、あの……」
【店員】「はい、何でしょうか」
まぁ、端から見たらかなり怪しい人に見えるかもしれないが。
【怜悟】「……試奏してみっか」
【?/かなか】「あ……えと、その……」
【店員】「はい?」
ともあれ、色々なギターに触れてみるのも悪い事じゃない。
【?/かなか】「え、ええ、えええと、その……」
【店員】「はあ」
そう思って、近くの店員に声をかけようとする。
細長い通路だけど、探せばすぐに見つかるはずだ。
【怜悟】「すいませー…………ん?」
が、声をかけようとして…………妙なことに気づく。
さっきから……何か、耳にひっかかる声がする……。
【?/かなか】「ごっ、ごめんなさい!」
【店員】「は、はぁ?」
たたたたた……。
【怜悟】「……ん?」
誰かがこちらへと走ってくるのが見える。
その姿に妙に見覚えのある俺は、その人が通り過ぎた瞬間後ろから首根っこを掴んでみた。
【?/かなか】「わっ」
いとも簡単に動きが止まる。
掴まれた瞬間の声といい、この制服といい、やっぱり見間違えではないようだ。
【怜悟】「……何してんだ?」
【?/かなか】「え……?あ……高峰君?」
やっぱりというか、なんというか……。
予感通り、先程から俺の気を引きまくっていたのは、つい先日出会ったばっかの少女だった。
【怜悟】「……で?」
【かなか】「えっと……だから……」
【怜梧】「なんでこんなとこにいるんだ」
【かなか】「あー……ひ、暇つぶし?」
さて、何を聞いても口ごもるばっかだし。
というか、嘘ついてんのバレバレだし。
一体どうして東海がこんな所にいるんだろうか。
【かなか】「ほら、学園も短縮だしさぁ、どっか遊べるとこないかな~って思って!」
【怜悟】「店内でのお遊びはご遠慮下さいって書いてあるぞ」
【かなか】「う、うぅ~……」
【怜悟】「ったく……」
まぁ、考えるまでもないのかもしれない。
何しろこの前あんなに興味津々だったんだ、もう一度ギターに触れてみたくなったんだろう。
【怜悟】「別に東海がここにいたって怒られるわけでもねーんだからさ、そんなびくびくする必要ないだろ?」
【かなか】「で、でも……」
【怜悟】「でも、じゃないって。っつうか、逆に目立つぞ?」
【かなか】「そ、そうだよね……うんっ、胸張ってみるよ!」
【怜悟】「よしっ、その意気だ!」
【かなか】「えーっと、まずは……」
【店員】「あの、お客さん?」
【かなか】「ひゃああああっ!?」
【怜悟】「……」
言ってるそばから……ダメだこれは。
とりあえず、困惑している店員さんの相手はできそうにもないか。
【怜悟】「すいません、ちょっとこいつ楽器店は初めてなもんで」
【かなか】「ちょ、ちょっとぉ~……そういうの、恥ずかしいよぉ」
さっきから大声出しまくったり店内走ったりしてる時点で何を言うか。
そろそろ自分が目立ちまくってることに気づいてもいいんじゃないか、お前。
【店員】「は、はぁ……」
【怜悟】「とりあえずギターを試奏したいんですけど、いいっすか?」
ここで東海に用事なんてないだろうな。おそらく、聞いても教えてくれなさそうだが。
【店員】「わかりました。少々お待ち下さい」
【かなか】「試奏って?」
【怜悟】「ん、ギターを試し弾きするってことだよ」
【かなか】「えっ、弾かせてもらえるんだ……」
【怜悟】「まぁ、見ただけじゃわかんない部分だってあるし、実際弾いた方が良し悪しがわかるだろ?」
【かなか】「そっか……そうだよね」
【怜悟】「東海も弾いてみるか?」
【かなか】「え、ええっ!?あ、あたしギターなんて弾いたことないよぉ!」
【怜悟】「知ってるよ」
この前会った時も言ってたしな。
【怜悟】「弾ける弾けないじゃねえよ。大事なのはだな……」
……そのギターが響かせる音を、肌で感じることだと言うのに。
【かなか】「大事なのは?」
【怜悟】「いや……なんでもない」
……でも、途中で言うのを止めてしまう。
どうしてだろうか……。
どうして、俺はこんなにも東海に音楽を勧めるのだろう。
どうして、俺はこんなにも東海に近づくのだろう。
……わからない。
【店員】「……はい、準備できましたよ」
【怜悟】「あ、どもっす」
ぼーっとしていても、わからないか。
何より本人が目の前にいるこの状況で、そんなこと考えても無駄かもしれない。
店員が持ってきた椅子に腰掛け、ギターを受け取った。
べーん。
弦を軽く弾く。チューニングは問題ない。
ややくぐもらせた音が、シールドを通してアンプへと注がれる。
電流となって駆け抜けた信号が音となっていくのがわかった。
【かなか】「ねぇ、そのスピーカーみたいなのってなに?」
【怜悟】「んー?アンプのことか?」
東海はこくりと頷いた。
【かなか】「そこから音が出てるんだ……」
【怜悟】「まぁな。これないと音すら鳴らないし」
【かなか】「えっ?そうなの?」
【怜悟】「一応鳴るっちゃ鳴るけどな」
【かなか】「この前弾いてたやつはその……アンプっていうのはなかったよ?」
【怜悟】「あー、もしかしてアコギのこと?」
【かなか】「う、うん。よくわかんないけど……木っぽいの」
木っぽいとはまた面白い表現だな……。
【怜悟】「あれはもっとでかくて、穴が空いてただろ?そこがアンプの役割をしてるんだよ」
【かなか】「へぇー……そうなんだぁ」
納得したように東海は俺が抱えているギターを眺めている。
【怜悟】「弾いてみるか?」
そんな姿に、どうにも違和感を感じる俺は、また同じ質問をしてみる。
【かなか】「ええっ!?い、いいよ別に!」
【怜悟】「そう言うなって。触ったって壊れたりしねぇよ」
【かなか】「そっ、そういう問題じゃなくて……」
【怜悟】「じゃなくて?」
【かなか】「う…………」
【かなか】「は、恥ずかしいもん……」
【怜悟】「なんだそりゃ……」
【かなか】「それにあたし、ギターなんて弾いたことないから何も弾けないよ?」
【怜悟】「いや、それはだな……」
と、言いかけて、俺は次の言葉を発するのをやめた。
ふと、あることを思いついたから。
【かなか】「……それは?」
【怜悟】「……」
東海の問いに、俺は答えない。
かわりに、首を傾げる東海に向かって―――
【怜悟】「それっ」
【かなか】「―――へっ?」
軽く、ギターを空に放った。
宙を舞うギターは、重力に乗って落下して、東海の手元へと。
【かなか】「わっ、わわわっ!?」
慌ててバランスをとり、なんとかギターを維持した東海。
よし、作戦成功。
【かなか】「ちょ、ちょっと!危ないよ!これお店のでしょ!?」
【怜悟】「んむ。わかっとるわ」
【かなか】「じゃ、じゃあなんで―――」
【怜悟】「人差し指でヘッドから3番目のとこ押さえて」
【かなか】「え?」
【怜悟】「はい、マネしたマネした」
【かなか】「う、うん」
俺の言われた通りに、フレットに指を置く東海。
【かなか】「こ、こう?」
【怜悟】「おっけ。んじゃそれで手前から2番目の弦を弾いてみて」
【かなか】「えと、2番目……」
べーん。
微妙に押しが弱いせいかノイズが混じった音が響いた。
【かなか】「あっ、これ……」
【怜悟】「そ。ドの音だよ」
【かなか】「へぇー……」
東海は自分が出した音色に、感激するようにうっとりとしている。
いや、もしかしたら昔の俺のように、ギターの放つ音に驚いているのかもしれない。
【かなか】「そ、そろそろいいかな?」
【怜悟】「ん?」
【かなか】「いや……ちょっと重くて……」
【怜悟】「あぁ、わりぃな。……よいしょっと」
見た目は軽そうでも、実際持ってみるとそれなりに重みがあるのがギターだ。
アコギは中が空洞な分女の子でも軽々と持てるが、エレキギターとなるとそうもいかないよな。
俺は東海からギターをもう一度ギターを受け取った。
【怜悟】「さてと、ちょっと弾いて終わりにすっかな」
【かなか】「うん!」
俺の試奏に耳を傾ける東海の笑みには、さっきのような緊張はすっかり消えていた。
店の空気に慣れたのか、はたまた緊張までもを忘れてしまったのかはわからないけれど。
俺はと言えば、東海と話しているうちに時間をすっかり忘れてしまっていたり。
そんなわけで、東海の初楽器店来日にはちょうど良かったんじゃないだろうか、と思ってしまう自分がそこにいた……。
……。
【怜悟】「だ~っ、あちぃなぁ……」
【かなか】「ほんとだよねー」
【怜悟】「ったく、もう夕方だぜ?全然気温下がってないんじゃねえのか?」
【かなか】「う~ん……人も多いからじゃない?ほら、人ごみってだけで暑苦しいし」
【怜悟】「あぁーそうだな……早いとこ抜け出すとすっかな」
【かなか】「だね……」
あの後俺は試奏を終えて、この前と同じように東海の賞賛の言葉を聞いた。
やっぱり、すごいと言われるのは嬉しいといえば嬉しい。
正直な話、俺のレベルなんてまだまだたかが知れているので、ああいう人の多いところでベタ褒めされると複雑な気分だ。
【怜悟】「……」
数分が経った。
こうして東海と連れ添って帰るなか、次に何を言えばいいかもわからない。
そんな状況が俺の中でずっと続いていた。
【かなか】「……」
東海も、どういうわけか黙り込んだままだ。
向こうは気づいていないのかもしれないが、何度か俺の方をちらちらと見ているのだってバレバレだ。
【怜悟】「あのさ」
【かなか】「あの―――」
そして、よりによって絶妙に重なる声。
……き、気まずい。
【かなか】「た、高峰くんからでいいよ……」
【怜悟】「い、いや、東海こそ……」
【かなか】「……え、えっと……」
【かなか】「…………」
【怜悟】「どうした?」
【かなか】「あのね……」
短いようで長い間が空き、東海はやっと口を開いた。
【かなか】「あたし……どうして今日、あんな場所にいたと思う?」
【怜悟】「え……?」
【かなか】「おかしいよね。音楽なんて、ずっと昔に学園の授業で習っただけのあたしが、楽器店にいるなんて」
【怜悟】「…………」
別に……おかしいなんて、そんなわけないじゃないか。
そう心では思うけども、それを口にするのは、なんだか場違いのように思えた。
【かなか】「……怖いの」
【怜悟】「怖い?」
【かなか】「うん。でも、襲われるとか、そういうのじゃないの」
【かなか】「もっと、なんて言えばいいかもわかんないくらいの、漠然としてるものなの」
【怜悟】「……うん」
【かなか】「みんな……あたしを置いて、先に行っちゃう」
【怜悟】「……」
【かなか】「こう言うと、なんだか自意識過剰みたいだね」
【かなか】「でも、ホントのことなんだよ……」
【かなか】「みんな自分が今でしかできないことを見つけて、それを思いっきり楽しんで……」
【かなか】「でもね。あたしだけ、何もない」
【怜悟】「…………!」
【かなか】「あたしだけ……みんなと違う。みんながもうとっくにしちゃってることを、あたしはまだ見つけられないの」
【怜悟】「それって……」
それは……つまり……。
俺の呟きに、東海がこくりと頷いた。
【かなか】「あたし、とろいもん。あたふたしてるうちに、いつの間にかひとりぼっちだよ」
【怜悟】「…………」
【かなか】「このまま、何もできないで終わっちゃうのかな……」
【かなか】「あたし……そんなのやだよ……」
【怜悟】「……っ」
ああ……。
やっと、わかった。
【怜悟】「……東海」
どうして、東海が俺に触れ合おうとしたのか。
どうして、東海が俺の演奏に興味をしめしていたのか。
どうして、東海がこんな場所にいるのか。
そして……東海が、何を望んでいるのか。
……全部、わかった。
【かなか】「え……?」
東海は―――俺だ。
俺だったんだ。
何もせず過ぎ去っていく季節を眺めることしかできない自分。
そんな自分に焦りを感じても、結局はどうすることもできない自分。
……俺と、全く同じだった。
【怜悟】「東海は……どうしたい?」
【かなか】「高峰くん……?」
【怜悟】「このままじゃ、イヤなんだろ?何もしないで、最後の夏を終わらしたくないんだろ?」
俺も、何もせずに終わるなんてごめんだ。
見つけなきゃいけない。そう、自分のやりたいことを。
奈々子さんの言葉を思い出す。
『賭けてみたらいいじゃない。最後の青春を全部ぶつけるくらいの、とびっきりの思い出にさ』
そうだ。
最後の青春。
最後の思い出作り。
『今』をぶち壊して、悔いのない、かけがえのない思い出が得られるというなら……。
【かなか】「う、うん……」
だったら……。
【怜悟】「だったら……」
俺は、それに賭けたい。
【怜悟】「俺と……バンド組もうぜ」
【かなか】「え……っ」
【怜悟】「夏休みの間、めいっぱい練習してさ。そんで……学園祭に出よう」
【かなか】「そん、なの……いいの?」
【怜悟】「いいも悪いもない。東海がやりたいかやりたくないかだ」
【かなか】「…………」
【怜悟】「どうだ……?」
【かなか】「でも……あたし、何もできないよ?」
【怜悟】「できなくなんてないさ。夏休みがあるだろ?」
【かなか】「2ヶ月しかないんだよ!?」
【怜悟】「2ヶ月だけでもいい」
【怜悟】「その間だけで、この先ずっと忘れられない、とびっきりの思い出を作ろうぜ」
【かなか】「高峰くん……」
【怜悟】「大丈夫。俺たちならできるさ」
そう、俺たちならできる。
同じ境遇で、同じ思いで、同じことを望む俺たちなら。
【かなか】「…………」
うつむく東海に、俺は手を差し出す。
助けを差し伸べる手じゃなく……仲間への、握手のつもりで。
【怜悟】「…………」
あとは、東海の返事を待つだけだ。
【かなか】「あ、あたし……っ、ぐすっ……嬉しい、よ……」
【怜悟】「うん……」
やっと返ってきた答えは、随分と掠れていた。
その涙に混じった声で、なんとか続く言葉を紡ごうとしている。
【かなか】「~~~っ」
東海はごしごしと目を擦る。
顔を上げると、もう涙が滲むことはなかった。
【かなか】「うん……あたし、やるよ!誰にも負けない、かっこいいバンドになる!」
ふにゃふにゃして、いかにも女の子らしい手が、俺の差し出した手を掴む。
【怜悟】「ああ。よろしくな……東海」
【かなか】「こちらこそ……よろしくね、高峰くん」
お互いに、手を固く握り……微笑み合う。
この瞬間……俺の退屈だった日常は、音を立てて崩れた。
……。
セミがせわしく合唱を続けている。
けど、そんなのだって気にならないくらい、俺たちは強く、そこにいた。
―――セミが鳴いている。
最後の夏が、やっと……俺の中で、始まった。
最終更新:2007年11月17日 00:58