あらすじ
最後の夏だからこそ、一生に残る思い出を作ろうと決めたんだ。その気持ちに、偽りなんてない。
学園に着き、授業を終えた怜梧。そこにかなかが訪ねてくる。
そこでかなかがギターを始めたことを聞いた後、残るメンバーをどうするかを話し合う予定を立てる二人。
するといつの間にか盗み聞きしていた慎二郎がメンバー探しを手伝うと言う。
かなかと慎二郎は初めて顔を合わせるが、持ち前の親しみやすさですぐ打ち解けるのであった。
かくして、メンバー探しは始まった。
チュン、チュン……。
【奈々子】「怜ちゃ~ん、もう朝よ~」
【怜梧】「んぅ~…………」
【奈々子】「早く行かないと遅刻しちゃうわよ~?」
【怜梧】「がぁ~」
【奈々子】「今遅刻なんかしたら内申下がっちゃって路頭に迷うわよ~?」
【怜梧】「…………」
【奈々子】「……しょうがないなぁ」
がちゃがちゃ。
【奈々子】「むっ?」
がちゃがちゃ。
【奈々子】「くっ、鍵かけられてる……怜ちゃんって意外とガード固いのね……」
【奈々子】「よっ、と」
がきっ。
【奈々子】「はい突破突破~っと」
【奈々子】「うーん、案外怜ちゃんっていい寝顔なのねぇ……」
【奈々子】「はっ、見とれてる場合じゃないわっ!」
【奈々子】「怜ちゃん、朝だってば~」
ゆさゆさ。
【怜梧】「むぅ~」
【奈々子】「まったく、仕方ないわね……こうなったら……」
ごそごそ。
【怜梧】「ん~……?」
【奈々子】「ていっ」
ずしゅっ!!
【怜梧】「ぎゃああああぁぁぁあああああぁぁぁああああぁあっ!!!!!!」
【奈々子】「あら?なんだ怜ちゃん、起きられるじゃないのよぉ」
【怜梧】「あだだだだ……っ」
【怜梧】「な、奈々子さん……?」
【奈々子】「おはよ、怜ちゃん」
【怜梧】「お、おはよ……」
下半身の痛みも気になるが、なんでだろうか、奈々子さんの顔が妙に紅潮している。
【怜梧】「なんか変に尻が痛いんだけどさ、奈々子さん、なんかしたでしょ」
【奈々子】「さぁ?」
【怜梧】「や、さぁ?じゃなくてさ。起こすんだったらもう少し穏便にしてほしいんだけど」
【奈々子】「やだ怜ちゃん、怒ってる?」
【怜梧】「……それなりに」
【奈々子】「でも、怜ちゃん鍵かけてたじゃない。あれじゃ起こせないわよ?」
【怜梧】「奈々子さんがなんかやってくるって予想してたからかけてたんだよ……」
まぁ鍵はきっちり破壊してくれたようで、もはやこの策も意味を成さないな。
【怜梧】「とにかく、これからはこういうことしないように―――」
【奈々子】「うずらの卵って、入りやすそうよねぇ」
【怜梧】「~~~っ!?」
【怜梧】「い、いいい今なんと?」
【奈々子】「だからぁ、うずらの卵って小っちゃくて何個も入りそうよねってことよ」
【怜梧】「ど、どこに?」
【奈々子】「…………どこでしょう?」
【怜梧】「…………」
少しばかり考えてみて、背中に悪寒が走った。
【怜梧】「……明日もよろしくお願いします」
【奈々子】「や~も~怜ちゃんたらぁ、お姉さんがいないとやっぱりダメダメね~」
【怜梧】「もう好きにせえ……」
朝から頭を抱えたくなってきた。
が、やっぱり奈々子さんに反抗したらどうなるかなんてわかってる。
とりあえず、黙って従っておくのも手だろう。
【奈々子】「じゃ、先降りてるからね~」
そんなことを考えつつ、俺は陽気に階段を下りていく奈々子さんの後についていった……。
リビングには、既に朝食が用意されていた。
微かに感じる香ばしい匂い。程よく食欲を誘った。
【奈々子】「顔洗った?」
【怜梧】「うん」
【奈々子】「じゃあいただきましょうか」
卓に着く。
お互い向かい合いながら、横目でテレビが見えるよう配慮された座席。
【怜梧】「今日はパン?」
朝食はときどき和と洋が入れ替わる。
今日はパンにハムエッグ、コーヒーといった極めて簡素なメニューだった。
【奈々子】「ちょっとねー。起きるのが遅くなっちゃって」
【怜梧】「昨日の残りでも良かったじゃん」
【奈々子】「やーよかぴかぴなご飯なんて。あんなのメシじゃないわ」
【怜梧】「……」
相変わらず自己を貫く奈々子さん。
俺の意見なんてまず通らないだろうな。
【怜梧】「起きるのが遅くなったって……夜更かしでもしたの?」
【奈々子】「…………」
視線を浴びせられる。
それも、かなり痛々しいものだ。
【奈々子】「わかってて」
【怜梧】「?」
【奈々子】「わかってて言ってるの?」
【怜梧】「…………」
ここにきて、ようやく俺はこの視線が冗談めいたものじゃない事に気づいた。
俺に真面目な問いを投げかける、真摯な視線。
【怜梧】「……わからないから、聞いてるんだけど」
だったら、俺もそれに答えないといけない。
返した言葉に、嘘はない。正直な気持ちだ。
【奈々子】「ん……じゃあいいわ」
【奈々子】「ちょっとしたヤボ用よ。奈々子お姉さんはたぼーなのです」
【怜梧】「そう……」
【奈々子】「さ、早いとこ食べて食べて。朝は有限なのよ?」
【怜梧】「はいはい」
奈々子さんに諭された俺は朝食を口に運ぶ。
若干冷め始めていたハムエッグを、じっくりと味わった。
【奈々子】「そういえばさぁ」
【怜梧】「んー?」
【奈々子】「昨日、随分と怜ちゃん嬉しそうだったじゃない」
【怜梧】「え、そう見えた?」
【奈々子】「あらら~?自覚なしみたいね~」
【怜梧】「んーそうだったかな……」
【奈々子】「意外とね、いつも誰かが見てくれてるものよ?」
そ、そういうもんなのか……。
とはいえ、昨日俺が上機嫌だったのは紛れもない事実だ。
奈々子さんのいう、『楽しいこと』を見つけられたのだから。
【奈々子】「……で、何があったわけ?」
【奈々子】「奈々子お姉さんがリーディングするにはね、結構、嬉しい事でもあったんでしょ?」
リーディングってなんなんですか奈々子さん。
【怜梧】「ほら、奈々子さんが言ってたじゃん」
【奈々子】「うん?」
【怜梧】「楽しいこと見つけろって」
【奈々子】「あぁ……言った言った!」
【奈々子】「あら?じゃあもしかして……」
【怜梧】「ん、見つけたよ」
【奈々子】「ふふっ、良かったじゃない!」
【奈々子】「も~もっと喜んでくれたっていいのに」
【怜梧】「いや……なんか恥ずかしくて」
【奈々子】「なにぃ?楽しいことって、なんかいかがわしいものなの?」
【怜梧】「いやいやそうじゃなくて!」
【怜梧】「その……バンド、組んだからさ」
【奈々子】「ええっ!?マジでぇ!?」
【怜梧】「ほら、奈々子さんそういうリアクションするじゃん。だから自重してたんだよ」
【奈々子】「む~……」
【奈々子】「でも、何も報告なしってのは寂しいわね……なんか疎外感」
【怜梧】「……」
確かに、少々水臭かったかもしれない。
別に奈々子さんを除け者にするつもりなわけじゃないんだけどな。
【奈々子】「まぁ、怜ちゃんにいい事があったって考えれば問題なしね。良かったじゃない」
そう微笑みながら、賛辞の言葉を送る奈々子さん。
が、正直なところ、今はありがたく受け取るのは難しいのである。
【怜梧】「……ん、ありがと」
【奈々子】「何よ~もっと喜んだっていいじゃない。嬉しくないの?」
【怜梧】「い、いや、さ……」
【奈々子】「あ!そ~だ、早速友達にメールで送ろっと!」
【怜梧】「え、え~とね、奈々子さん……」
どうにも口ごもってしまう。
しかし話はとんとん進んでしまう。否応なしに進んでしまう。
【奈々子】「ね、ライヴはいつなのよライヴは~?やっぱ、駅前のあのライヴハウス借りるの?」
【怜梧】「だ、だからね……」
何故だか俺を置いて奈々子さんははしゃぎまくる有様だ。
ライヴだって?そんなのより、もっと大きな、やるべき事があるってのに。
【奈々子】「あ、チケットはちゃんとちょうだいよ?ドリンクなしとか言ったらお客さんガッカリだかんね?」
トムキャッツから放たれるトマホークミサイルのように次々と質問が浴びせられる。
当然、今の俺に回避するなんて不可能だ。
【怜梧】「―――あぁだーかーらーっ!!」
ついに我が身に限界がやってきた。
強引に奈々子さんの言葉をかき消す。
【奈々子】「ん~?」
【怜梧】「だから……その……」
【奈々子】「なになに?」
【怜梧】「…………」
あぁ。俺ってばかくも弱し。
いざ真実を話そうとすると、覚悟だって挫けちまう。
例えるなら、盛大に友人から誕生日を祝ってもらう中『実は誕生日昨日だったんだ……』と言うような罪悪感。
つまりはそういうわけだ。
【奈々子】「もったいぶらずに教えてよ~」
もったいぶってなんかいません。
むしろ言いたくないんです。この場から逃げたしたいです。はい。
【怜梧】「………………めんば」
【奈々子】「はい?」
【怜梧】「めんばー、たりない。らいぶ、できない。おーけー?」
【奈々子】「…………」
がしゃーん!!
奈々子さんの手からマグカップがこぼれる。
あぁ、それオカンが気に入ってた徳川将軍の名前が全部載ってるやつなのに。
【奈々子】「……まぢで?」
【怜梧】「……まぢっす」
何度だって言ってやるさ。
あぁ……なんて、最悪な朝。
ハムエッグは、とっくのとうに、冷め切っていた……。
がちゃり。
【怜梧】「いってきます」
ドアを開ければ、焼けるような陽光を浴びた。
今日も快晴。ついでに言えば、気温は爽快と言うには程遠いくらい熱い。
【奈々子】「いってらぁっしゃぁ~いぃ……」
家内からは落胆しきった奈々子さんの声が聞こえてくる。
すさまじいほどの落ち込みようだ。まぁ、原因は俺にあるんだが。
【怜梧】「はぁぁ……」
全く……落胆したいのはこっちだって同じなのに。
放っておけば夕方にはまた満面の笑みで夕飯を作ってくれてるんだろう。
だから俺はあまり気にしない方向にした。
……。
【慎二郎】「よお怜梧」
数分ほど歩いていると、背後から声をかけられた。
振り返らなくたってわかる。慎二郎だろう。
【怜梧】「おう」
短く返事をすると、慎二郎は俺の隣に並んだ。
歩調を合わせるや否や、大きく溜息を吐いてくる。
【慎二郎】「っだぁ~……暑いったらありゃしねぇ……」
【怜梧】「登校するだけで汗だくになるなんて話にならないよな」
この時期はたとえ走っても汗をかくわ歩いてても汗をかくわで八方塞がりだ。
慎二郎は特に汗による異臭を気にしているようで、その辺のケアについては抜かりがないみたいだ。
【慎二郎】「ようするにだな」
そして、何の脈絡もなしに慎二郎が口を開く。
目を閉じて何か考え込むような顔のまま、言葉を続けた。
【慎二郎】「うだるような暑さは、当たり前だけど気温のせいによるものだろ?」
【怜梧】「ああ」
【慎二郎】「でも精神的に感じる暑さってのは気温じゃないんだよ。気温なんて温度計さえ見なきゃそうそう気づかないもんさ」
【怜梧】「……そうか?」
【慎二郎】「うむ。で、だな。現に今だって気温何℃湿度何℃風速何mだってわかりゃしないだろ。じゃあなんでこんなに暑く感じるんだ?」
【怜梧】「そりゃあれだろ―――」
【慎二郎】「まぁ黙って聞いてろや。俺が思うにな、こんな風に暑いと感じる最大の原因、それは日射なんだよ!」
問答無用で俺の言葉は遮られた。ちくしょう、覚えてろよ。
というか、そんなのお前が言わなくたってわかることだっての。
【慎二郎】「ここからが本題だぜ怜。じゃあその日射さえどうにかしちまえば暑さだって耐え凌げやしないか?って俺は思うんだ」
【怜梧】「はあ」
【慎二郎】「そこでこんなものを用意してきた」
がさがさ。
慎二郎は手から提げていた紙袋から何かを取り出した。
きっちりと梱包されていて、まだ未開封の長い棒状の何かだった。
取っ手がついていることからそれが傘であることがなんとなく袋ごしでもわかった。
【慎二郎】「なんと、日傘だ」
【怜梧】「見りゃわかる」
【慎二郎】「馬鹿野郎、日傘だからって馬鹿にすんじゃねーぞ。普通の傘は英語でアンブレラだが、こいつは日傘だからフランス語でパラソルなんだぜ?」
おにぎりとおむすびの違いとなんら変わりないだろうが。
激しくどうでもいいムダ知識である。
【慎二郎】「んでこの前の合コンでこの話したらな、美沙ちゃんって子が日傘貸してくれたんだよ」
誰だよ美沙ちゃんって。
ていうか、その合コンって俺が行きかけたやつじゃないのか。
【慎二郎】「ほら見てみろよ、まだ未開封だぜ?」
【怜梧】「で、それがどうしたんだ?」
【慎二郎】「んだよ、釣れないな。まぁいい。とりあえず開けてみるか」
ばりばり。
丁寧に日傘を包んでいる薄い紙を乱暴に剥がしていく。
あぁ、ゴミちらかるからちゃんと仕舞えよな。
日傘を覆っていた外装はあっという間に取れ、その全体のフォルムが現れ―――
【慎二郎】「よっと」
ぽんっ。
まず目を見張るのはドーム状のボディであるにも関わらず異様に小さく、さらに白い生地に奇抜なまでに装飾されたレースが傘全体を覆っている。そして白い。とにかく白い。加えて派手だ。ヤバい何かを感じるくらい派手だ。こんなド派手な日傘を使うのは明らかに一般人の類ではない。呆然と展開された日傘を眺めつつこんな感じの傘ってテレビかなんかで見たよなあ本当に存在するんだなあ、
『いちごちゃんパラソル 日傘用』
どう見てもゴスロリ日傘だった。
【怜梧】「―――」
【慎二郎】「ふぐっ!?」
渾身の力をこめて俺は慎二郎の腹部に拳をめり込ませた。
【怜梧】「公共の場でなんつーもん広げんだテメェは!あぁ!?ついに頭までお花畑ってか!?」
げしげし。
なす術もなく跪く慎二郎に構わず蹴りを入れる。
【慎二郎】「だ、だってお前、未開封だったらわかんねーだろ!」
【怜梧】「だったらせめてその美沙ちゃんって子をよく見てから判断せえ!」
【慎二郎】「わ、わかった怜梧、ちょ、ちょっと落ち着いてはぁんっ!!」
【怜梧】「よし、やめるからその気味悪い声やめろよ」
足蹴をやめると、慎二郎はぬっと立ち上がった。
【慎二郎】「ふう……朝からこんなみじめな姿見せらんねェな」
【怜梧】「いや、フリフリの日傘おっ広げてる時点で充分気を引いてるぞ」
【慎二郎】「しかしまぁ……どうすっか、コレ」
慎二郎は眼下の日傘に目を落とす。
なんつーかまぁ……置いてあるだけで異様な雰囲気を醸し出してるな。
【怜梧】「とりあえず畳んどけよ」
【慎二郎】「あぁ、そうだな」
日傘を閉じてみても、やはりもりもりとレースが派手だ。
人の趣味はそれぞれだし、あまりとやかく言うものではないのかもしれないが、こういうのが可愛いってやつなんだろうか。
なんだか言葉に詰まる。ともかく、一刻も早くこのメルヘンな物体から離れたいのが本音だ。
【慎二郎】「あっ、おい!どこ行くんだよ」
【怜梧】「学園」
【慎二郎】「奇遇だな、俺もだ」
【怜梧】「それなんとかするまでついてくんなよ」
【慎二郎】「わーったよ、しょうがねぇな」
【慎二郎】「んー……」
…………。
【慎二郎】「おっ、オーッス久美ちゃん!いや~今日もあちぃなぁ~」
【慎二郎】「あ、そうだ、これあげる。いいからいいから。ちょっくらはえぇお中元みたいなもんだよ」
【慎二郎】「お~似合ってる似合ってる!んじゃ、また今度遊びにでもいこうや。な?」
【慎二郎】「え、写メ撮りたいって?おっけ、お安い御用だ。……え、俺も一緒に写んの?」
【慎二郎】「しょうがね~な、はいチーズ」
【慎二郎】「じゃ、また後でな~」
…………。
【慎二郎】「これでよし」
【怜梧】「死ねぇぇぇっ!!」
【慎二郎】「うおおっ!?何すんだコラ、あぶねーだろ!」
【怜梧】「るっせテメ、もう来んなや!」
【慎二郎】「く、くそう……どこまでも理不尽なヤツめ……」
【怜梧】「そりゃこっちのセリフだーーーっ!!!」
ばぎっ!
ばぎっ!
ばぎっ!
……。
きーんこーんかーんこーん。
3時限目終了のチャイムが鳴った。
その音が目覚ましとなり、うとうととしていた俺の意識は一気に現世へと戻ってくる。
授業が退屈なのは3年になっても変わらない。まぁ、何があったって普通は勉学が楽しいなんて言えないよな。
【怜梧】「くぁ……」
軽くあくびをする。
さてと、今日の授業はもうない。
後はホームルームとそれまで休み時間だけだ。
【怜梧】「慎二郎は……っと」
教室を見渡してみるが、慎二郎の姿はどこにもない。
元々ふらっとやって来ては勝手にいなくなる奴だっけ。今更気にすることでもないか。
する事もないし、適当に誰かと雑談してるかな……。
【男子生徒】「おーい高峰ぇ」
【怜梧】「んー?」
そう思うや否や、教室の扉付近で戯れていたクラスメートが俺を呼んだ。
誰だろうか。
【男子生徒】「客さんだってさ~」
【怜梧】「はいはいっと」
扉へと向かい、廊下に出た。
【怜梧】「誰?」
【?/かなか】「あ、来た来た」
【怜梧】「……って、東海じゃないか」
すると、来客は東海だったようだ。
そういえば、東海とはクラス違うんだよな。
【かなか】「おはよ、高峰君」
【怜梧】「おはようさん。で、何用?」
【かなか】「うん。それなんだけど、今日、放課後とかって暇?」
【怜梧】「ん、暇だけど」
【かなか】「もし良かったらさ、バンドの事……色々話し合ってみようと思うんだけど、どう?」
【怜梧】「あぁ……そうだな。わり、俺すっかり忘れてたわ」
あぁちくしょう、今朝奈々子さんをがっかりさせたばっかじゃないか。
何大事なこと忘れてんだよ、俺。
【かなか】「も~しっかりしようよぉ。二人じゃバンドはできないよ?」
【怜梧】「悪い悪い。んじゃ、ホームルーム終わったらそっちのクラス行くけど、いいよな?」
【かなか】「うんっ!」
【怜梧】「んじゃあ、またあとで―――」
【かなか】「あっ、ちょっと待って!」
【怜梧】「んー?」
【かなか】「その……やっぱり、バンド組むんだから、あたしなりに何か始めようと思ったの」
【怜梧】「……うん」
【かなか】「それでね、高峰君みたいにギター始めたんだ!」
【怜梧】「おっ、マジで?」
【かなか】「ホントだよ。あたし、お兄ちゃんがいて、バンドの話したら『じゃあギター教えてやる』って言ってくれたの!」
【怜梧】「へぇ……そりゃいいお兄さんじゃん」
【かなか】「えへへ、自慢の兄です」
【怜梧】「もう練習用ギターはある?」
【かなか】「あるよ。お兄ちゃんが前知り合いと使ってた物があったんだ」
【怜梧】「もし良かったら今度持ってきて見せてくれないか?俺も、どんなのか気になるし」
【かなか】「うんっ、じゃ、また後でねっ!」
それだけ言うと、東海は身を翻して自分のクラスへと戻っていった。
とはいえ……東海もギター始めたのか。案外、行動力あるんだな。
さて、あとで慎二郎に用事あるって伝えとかなきゃな……。
……。
きーんこーんかーんこーん。
さて、ホームルームも終わったことだし、東海のとこに行くか……。
【怜梧】「って、慎二郎の奴いないし」
ったく、あいつはどこをほっつき歩いてるんだか。
せっかく用事があるって伝えようとしたのに、これじゃどうしようもないな。
【怜梧】「まぁ、いいか……」
一応メールを送信しておき、俺は鞄を詰めて教室を出た。
……。
東海のクラスのB組は、渡り廊下を挟んで反対側の棟に位置している。
流れるように帰宅していく生徒の波を逆行しながら、俺は教室を目指した。
【怜梧】「……ここだな」
3-Bと書かれたプレートを見上げつつ、俺は扉を開いた。
がらがら。
中へと入る。
ぱっと見ても、やはり生徒の数は疎らだった。
ぽつぽつと室内にいる生徒の中から、東海を探す。
【怜梧】「いないな……」
どこかに用事でもあったのだろうか。
何度探してみても、あの晴れ晴れとした顔の少女はいない。
【怜梧】「ごめん、東海ってどこ行ったかわかる?」
このままぼーっとしていてもしょうがない。
適当にその辺の生徒に声をかけた。
【女子生徒】「え?かなちゃん?えーっと……多分西棟に行ったと思うよ」
【怜梧】「ん、そか。ありがとう」
西棟は俺たちF組の教室がある棟だ。
だとすれば、行き違いになったに違いない。
教室を出て、もう一度渡り廊下に向かった。
……。
がらがら。
【怜梧】「おーい東海、いるか?……って、んん?」
【慎二郎】「でさ~、俺のツレがね、よりにもよって合コンドタキャンするんだよこれが」
【かなか】「え~それはキツいね。ドタキャンはアウトだよー」
【慎二郎】「だろぉ?だから俺もさ、結構頑張って謝ったりしたんだよ」
【かなか】「大変だよね、そういうの」
【慎二郎】「そーそー。まぁ、アイツもそういう事ばっか言ってるから彼女の1人もできねぇんだよなぁ」
【かなか】「だ、大丈夫だよ!生きてればいい事あるよ、絶対!」
【慎二郎】「ありがとうかなかちゃん。きっとアイツも天国で幸せそうに俺を見守っててくれるさ―――ってどわぁぁぁ!?」
ばきっ!!
【怜梧】「さて、何から罰しようかね」
【慎二郎】「け、刑罰は決定事項か」
【怜梧】「貴様に選択の余地などあるかっ!!」
ばきっ!!
ばきっ!!
【慎二郎】「まっ、待て怜梧、誤解だ!後生だ!」
ばきっ!
ばきっ!
【怜梧】「一体どこをどう誤解したら俺が他界した人間になってんだゴラァ!!」
【かなか】「あのぅ……」
【怜梧】「んぁ?ああ東海、来てたのか」
【かなか】「う、うん」
【怜梧】「いやすまんな、ちょっと変態がお前に手ぇ出してたようで」
【かなか】「そ、そんなことないよう!」
【かなか】「高峰君、教室に行ってもいないんだもん。だから刑部君に高峰君がどこにいるか聞いてみたの」
【怜梧】「あ……そうなのか……」
ふむ、ならコイツには悪いことしたな。
【怜梧】「悪かったな、慎二郎」
【慎二郎】「へっ、わかりゃあいいんだよ。全くお前も正直じゃないよな」
【かなか】「それで、刑部君ったら、高峰君が来るまでお喋りしようって、そ、その、ナンパしてきて……」
【怜梧】「前言撤回だ馬鹿野郎ぉぉぉ!!」
【慎二郎】「ぎゃあああああ!!」
【かなか】「……って、二人とも仲良しなんだね」
【怜梧】「おう。血も滴るいい男だろ?コイツ」
【慎二郎】「が……が……」
【怜梧】「まぁ、とりあえずはコイツにも感謝しとくか。東海の手助けしてたみたいだし」
【かなか】「殴ってからそれ言うのも、なんだかおかしいね」
【怜梧】「男ってのは口より手の方が物分りがいいのさ」
【かなか】「そ、そうなんだ……また一つ賢くなった気がするよ!」
【怜梧】「よしっ、その意気だ!」
床にぐったりと伸びている慎二郎は無視しておき、早速俺たちは話し合いを決行することにした。
【怜梧】「とりあえずはだな、バンド組んだのはいいが、メンバーが足りないんだ。これはわかるな?」
【かなか】「うん。テレビとかでも、4人くらいでやってるよね?」
【怜梧】「別に4人って必要でもないさ。正直な話、3人でもいける」
【かなか】「4人だとボーカルとギターとベースとドラム、だよね……3人は?」
【怜梧】「ボーカルがギターかベースってやつだな」
【かなか】「兼用ってこと?」
【怜梧】「まぁ、そんな感じ。ただ、そうなると俺か東海が新しく楽器覚えなきゃいけないから、結構きついな」
【かなか】「じゃあやっぱり4人の方がいいんだ……」
【怜梧】「……そうなるな」
欲を言えば5人だったら完璧なんだけどな。
けれど、メンバーを探すのだって、一筋縄じゃいかない事くらい、わかってる。
そう、主な理由としては―――
【かなか】「でも、今の時期バンドやってくれる人なんているかなあ?」
―――極めてシンプル。ならびに、極めて困難な、問題だ。
何せ今は3年の夏。当然なら受験で躍起になっているところだ。
そんな中俺たちは、ろくに進路も決めずにバンドだなんだと言っているわけで。
……やっぱり、端から見れば、はぐれ者なのかもな。俺たち。
【怜梧】「…………」
……いや。
例えはぐれ者であるとしても、それが『いけない事』だなんて、これっぽっちも思っちゃいない。
東海にバンドを組もうと持ちかけたのだって、単に進路から逃げ出したかったからじゃない。
【かなか】「た、高峰君……?」
最後の夏だからこそ、一生に残る思い出を作ろうと決めたんだ。その気持ちに偽りなんてない。
【かなか】「あのーっ!」
【怜梧】「~~~っ!?」
【かなか】「ど、どうしたの?なんだか急に黙り込んじゃって」
【怜梧】「あ、ああ……悪い、ちょっとぼーっとしてて」
【かなか】「もぅ、しっかりしようよ~。終業式も近いんだし、早いうちに対策立てとかないと……」
【怜梧】「わ、わかってらい」
……やれやれ。あいかわらず考え事してると周りが見えなくなっちゃうな、俺。
【かなか】「それで、どうしようか?何か案とかある?」
【怜梧】「そうだな……今すぐにでもできるのは、やっぱ友達とかその辺の人を誘うって方法かな」
【かなか】「それって、音楽とか未経験の人も?」
【怜梧】「うん。未経験だったらできる範囲で俺も教えるし、あとは教則本とか読んでもらうとか……」
【かなか】「んー……それがやっぱり無難なのかなあ」
まぁ、問題はそこまでやってくれるくらい熱意のある奴がいるかどうかって事だ。
……いや、別に友達がいないわけじゃないけど。
【怜梧】「今思いつくのはこれくらいしかないな」
【かなか】「そっか……じゃあ、あたしも友達に聞いて回ってみるよ!」
【怜梧】「ああ、よろしく頼む」
【かなか】「……高峰君も、ちゃんと聞いて回ってね?」
【怜梧】「う……わかってるって」
【かなか】「……ところで、さっきからそこで伸びてる刑部君はどうなの?」
【怜梧】「んー?あぁ、こいつか」
そういえば、すっかり忘れてた。
【怜梧】「慎二郎はなぁ……正直、音楽のセンスがあるかどうかすらわからん」
【かなか】「どういうこと?」
【怜梧】「その……結構自分の事黙ってたりする節があるんだよ。だから、俺もこいつの全てを知ってるわけじゃないんだ」
【かなか】「不思議っ子だねー」
【怜梧】「同時に、ウソつきでもある」
……ま、そのウソつくタイミングに関しては悪い場合がないんだがな。
【怜梧】「とりあえず、こいつをメンバーに入れんのはパスしとこう」
【かなか】「む~、残念」
【慎二郎】「人脈はあるのにな」
【怜梧】「ホントだよ。ったく、どこまでネットワークを広げてんだか……」
【慎二郎】「ふっ……歩くタウンページとは間違いなくオレのことさ」
【かなか】「うわ、それかなり便利だよね」
【怜梧】「どうせ女の名前しかないんだろ」
【慎二郎】「失敬な。連絡網が一番最初の実力をナメるなよ」
【怜梧】「そうか」
【かなか】「そっかー」
【慎二郎】「ああ……うん……っていうかお前ら早くツッコめよ!!」
【怜梧】「いや、だって面倒そうだったし」
【かなか】「あたしはふつーにタイミング逃しちゃった」
【慎二郎】「お前ら少しはサブの方々に気を使えやっ!!」
【怜梧】「あーはいはい。で、お前何が言いたいのさ?」
【慎二郎】「よくぞ聞いてくれた。実は」
【怜梧】「却下」
【慎二郎】「最後まで聞いてくれよ!お願いだから聞いてくれ!」
【かなか】「どうぞ~」
【慎二郎】「おほん。とりあえず、事情は会話から察したぞ」
うあ、盗み聞きされてただと……。
【慎二郎】「だから、友達の友達の友達まで範囲広げるから、バンド経験のある奴を探してんなら俺にまかせろってこった」
【かなか】「ずいぶん広いね……」
【怜梧】「半分は出会い系なんだよ」
【慎二郎】「変な嘘吹き込むな!!」
【怜梧】「ま、とりあえず期待していいんだな?」
【慎二郎】「ああ。まかせろ」
【かなか】「でもこれは心強いよね!」
【慎二郎】「ふっふっふ。今宵、俺はネットワークを駆け抜ける一陣のサーファーとなるのさ」
【怜梧】「まあ、一応は頼んだぞ」
【かなか】「じゃあ、今日の会議はこれにて閉幕でいい?」
【怜梧】「ああ。お疲れさん」
そう言って、俺たちは席を立ち、鞄を持って帰る用意をする。
すると、東海がそっと寄ってきた。
【かなか】「明日、期待していいよね?」
【怜梧】「……案外、あいつはやる時はやる男だからなあ……まあ、大丈夫だろ」
【かなか】「そっか……」
【怜梧】「心配すんな。まだ始まったばっかなんだからさ」
【かなか】「うん、そうだね。それじゃ、また明日ね!」
【怜梧】「ああ、また明日」
陽気に手を振って教室を出て行った東海を見送った後、俺と慎二郎も教室を出た。
慎二郎はヤケにやる気満々だ。俺なりに、これは期待してみていいのかもな。
そんなことを考えつつ、俺たちは帰路へと着くのであった……。
最終更新:2007年12月30日 00:38