山崎ブログで消されたコメントの記録
2009-04-29 ■イロニーとしての保守、イデオロギーとしての保守。
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あのさ 2009/04/29 07:17※いつの間にか追記して内容が変わっていることがあるので、念のため魚拓を・・・。
http://s03.megalodon.jp/2009-0429-0658-04/d.hatena.ne.jp/dokuhebiniki/20090429/1240953400
『皮肉交じりに、つまりイロニーをこめて』
同じことだろうが。繰り返すな。
『稚拙な内容で、知的刺激に乏しい軽い記事ばかりで占領されるようになったからである。しかも毎月毎月、ほぼ同じような内容の記事が反復され ~ 中略 ~ 保守論壇や保守ジャーナリズムは、一見、盛況のようであるが、しかしそれは、中身のない盛況であって、最近の保守論壇や保守ジャーナリズムには、読むに値する作品や論文が見当たらない。』
『ところが、最近、保守論壇や保守ジャーナリズムで活躍している保守思想家や保守ジャーナリストには、その作品がない。 ~ 中略 ~ ただ、毎月毎月、書き飛ばしている政治的雑文の類があるだけである。』
山崎の文章はいつも「(語義も含めて)反復」と「追認」に文字数を費やすな。
『私は、最近の保守論壇や保守ジャーナリズムに欠如しているものは、自己批評であり自己批判、ないしは保守思想家同士の相互批判であると考える。自己批評や自己批判、あるいは相互批判が欠如していることが、保守論壇や保守ジャーナリズムの思想的劣化と退廃をもたらしている。批判や批評は、もっぱら外部にばかり向けられて、内側に向かうことはない。当然、自分たちは正しい、あいつらが間違っている、というような自閉的なナショナリズムを根拠にした非難合戦になる。それは政治的なイデオロギー論争ではありえても、思想的な論争となることはない。思想的論争のないところに、作品の創造はありえない。』
自分自身のこと言ってるの?全部山崎に当てはまるね。
『というわけで、これから、保守論壇や保守ジャーナリズムの劣化と退廃を、思想的レベルにまで踏み込んで、批判的に総括してみたい、と思う。 ~ 中略 ~ いずれにしろ、私は、ここで、保守論壇や保守系ジャーナリズムに的をしぼって、その思想的劣化と退廃について考察してみたい。』
だから繰り返すなっつーの。
ちょっと楽しみにしてるけど・・・。
http://d.hatena.ne.jp/dokuhebiniki/20090429/1240953400
魚拓
http://s03.megalodon.jp/2009-0429-0719-20/d.hatena.ne.jp/dokuhebiniki/20090429/1240953400
魚拓
http://s03.megalodon.jp/2009-0429-0719-20/d.hatena.ne.jp/dokuhebiniki/20090429/1240953400
文藝評論家★山崎行太郎★毒蛇日記part 10
http://love6.2ch.net/test/read.cgi/book/1239674618/l50
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