シナリオ 7月15日(日曜日)・そのB3
二人の距離
お昼も食べ終わり、時刻は二時を迎えようとしていた。[pcm]
穏やかな日曜の午後。[lr]
午前に比べると、街の雰囲気も少しゆったりとしてる気がする。[pcm]
だけど逆にぼくら二人は慌しくて……[pcm]
あっちへ行こうこっちへ行こうと北上に連れまわされる有様。[pcm]
日中の一番暑い時間にこれだと、さすがにばててしまう。[pcm]
真緒「なぁ北上……ちょっと休まないか?」[pcm]
奏「え!?」[pcm]
真緒「え、じゃなくて、ちょっと休まないかって」[pcm]
奏「………」[pcm]
真緒「ん?」[pcm]
奏「ありがとセンセ。でもアタシは大丈夫だし」[pcm]
真緒「あ、いや……ぼくが休みたいんだけど」[pcm]
奏「え? アタシは疲れてないよ?」[pcm]
真緒「北上はそうでもぼくは駄目だ……死ぬ」[pcm]
奏「もう! そんな事じゃライブ出来ないよ!」[pcm]
真緒「ライブなんてやらないし別にいい……」[pcm]
奏「センセなに言ってるの! そんなんじゃダメだからね!」[pcm]
真緒「駄目と言われてもだな……」[pcm]
奏「センセ! 次はお待ちかねの場所だよ!」[pcm]
真緒「どこへ行くのか知らないけど、そこ行ったら休ませてくれ……」[pcm]
北上に連れてこられたのは楽器店だった。[pcm]
雑貨店や洋服店とは違って、ぼくにも興味がある場所。[pcm]
目にうつる数々の楽器は、さっきまでの疲れを忘れさせた。
[pcm]
真緒「おお、凄いな」[pcm]
奏「凄いでしょ、この辺りで一番大きい所なんだよ!」[pcm]
真緒「おお……」[pcm]
奏「来てよかった?」[pcm]
真緒「ああ、きてよかった」[pcm]
奏「えへへ、それじゃ一緒に見ようよ!」[pcm]
真緒「ああ」[pcm]
真緒「凄いな……このモデルがあるなんて」[pcm]
奏「えー? それは形がロックじゃないよ」[pcm]
真緒「そうか? じゃあ、北上はどれが良いんだ?」[pcm]
奏「アタシ? アタシはこれがいいし」[pcm]
北上がぼくに見せたのはフライングVと呼ばれるギター。[pcm]
名前の如く、V字形のギターだ。[pcm]
真緒「ああ、それもいいね。[l]
でもやっぱりこっちの方がいいな」[pcm]
奏「そかな? アタシその形飽きちゃったし」[pcm]
真緒「飽きちゃった?」[pcm]
奏「だからね、これ買う」[pcm]
真緒「買うって……三十万だよ?」[pcm]
奏「うん。それがどしたの?」[pcm]
真緒「いや、だって……大金じゃん」[pcm]
奏「いつも買ってるよ」[pcm]
真緒「いつも……」[pcm]
真緒(そうだった……お嬢様なんだった……)[pcm]
奏「じゃ、ちょっと買ってくるね」[pcm]
真緒「お、おい、そんな軽く買っていいのか?」[pcm]
奏「店員さんと顔見知りなんだ! それに送って貰うから荷物になんないよ」[pcm]
真緒「そ、そういう事じゃなくて……」[pcm]
言い終える間もなく店の奥に消えていく北上。[pcm]
──三十万。[lr]
ぽんと買えるような値段じゃないよな……[pcm]
訳の分からない事ばかり言ったりしてるけど、
北上も良い所のお嬢様なわけで。[pcm]
そう、ぼくの給料以上のギターをああもあっさりと買える程の……[pcm]
真緒「………」[pcm]
急に自分が情けなく思えてくる。[pcm]
劣等感……なんだろうか。[pcm]
身分なんて無い時代だけど、きっとぼくは庶民で北上は貴族。[pcm]
ごく平凡に育ってきた自分に、そんな彼女の先生がつとまるんだろうか?[pcm]
それだけじゃない。[pcm]
大した物は買えないけれど、今日の記念に北上にちょっとしたプレゼントでも……[lr]
なんて思っていた。[pcm]
だけど、あんな値段をあっさりと買えちゃう子に何を渡せばいいのか。[pcm]
安い物を渡しても喜ばないのは目に見えてる……[pcm]
奏「センセお待たせ!」[pcm]
真緒「あ、ああ」[pcm]
奏「今週には寮に届けてくれるって」[pcm]
真緒「そうか、良かったな……」[pcm]
奏「どしたの? 元気ないよ」[pcm]
真緒「いや……住む世界が違うなぁって」[pcm]
奏「なんのこと?」[pcm]
真緒「いや、いいんだ。気にしないでくれ」[pcm]
奏「気にするし」[pcm]
真緒「なんでもないって」[pcm]
奏「なに? ハッキリ言ってよ」[pcm]
真緒「だから、なんでもないよ」[pcm]
奏「また嘘つくの! 良いから言って!」[pcm]
真緒「………」[pcm]
奏「センセ?」[pcm]
いたわるような優しい顔をした北上が聞いてくる。[pcm]
きっと酷い顔をぼくはしてるんだろうな。[pcm]
真緒「いや……北上に何か買ってあげようかと思ってたんだけど」[pcm]
奏「え? ほんと?」[pcm]
真緒「うん……でもさ、ぼくよりも北上の方がお金持ちだろ?」[pcm]
奏「え……」[pcm]
真緒「何か男として情けなくなってきちゃったっていうか」[pcm]
奏「………」[pcm]
真緒「………」[pcm]
奏「………」[pcm]
真緒「変な事言ってごめん。[l]
でも、男ってこういう事思うんだよ」[pcm]
奏「………」[pcm]
真緒「……北上」[pcm]
奏「………」[pcm]
北上は何も言わない。[lr]
いったい今、何を思っているんだろう。[pcm]
こんな事言わない方が良かったんだろうか……[pcm]
真緒「……さ! もう夕方だし帰ろうか?」[pcm]
奏「ピックが欲しい」[pcm]
真緒「え?」[pcm]
奏「アタシになんか買ってくれるんだよね?」[pcm]
真緒「え、でも、ピック?」[pcm]
奏「そ」[pcm]
ピックはギターを弾く三角の道具だ。[lr]
安い物なら百円から売っているけど……[pcm]
真緒「ま、まぁ、ピックなら買えるけど……」[pcm]
奏「じゃ、買ってほしいし」[pcm]
真緒「でも、わざわざぼくが買わなくても」[pcm]
奏「センセから貰いたいし」[pcm]
真緒「ぼくから?」[pcm]
奏「センセに貰うから意味があるんだし」[pcm]
真緒「……安い物になるけど、それでもいいのか?」[pcm]
奏「高いとか安いとか関係ないし」[pcm]
真緒「北上」[pcm]
奏「センセ、ロックはハートだよ?」[pcm]
真緒(……気をつかってくれてるのかな)[pcm]
真緒「何て言うか……ありがとう北上」[pcm]
奏「えへへ。じゃあセンセ、一緒に選ぼ!」[pcm]
真緒「あ、ああ」[pcm]
真緒「はいこれ。[l]プレゼントとって呼んでいいのか分からないけど、北上に」[pcm]
奏「うん……」[pcm]
真緒「………」[pcm]
奏「あのさセンセ」[pcm]
真緒「ん?」[pcm]
奏「そんなこと気にしなくてもいいよ。アタシは嬉しいし」[pcm]
真緒「うん……ありがと」[pcm]
奏「ギター買っちゃったけど、そのお金はアタシじゃなくてダディーのお金だし」[pcm]
真緒「うん」[pcm]
奏「だからアタシは先生よりもお金なんて持ってないよ。
だって自分で稼いでないんだもん」[pcm]
真緒「そっか、ありがと」[pcm]
奏「でもちゃんと返すんだよ![lr]
アタシが大スターになったらさ!」[pcm]
真緒「ああ」[pcm]
奏「ヘヘ。早く大スターになるためにね、このピックでいっぱい練習するからね」[pcm]
真緒「うん、応援するよ」[pcm]
奏「……アタシ、絶対これ大事にするから」[pcm]
そう言って、手に持ったピックを見つめている。[pcm]
気をつかって喜んでくれてるんだと思うけど、それでも嬉しいものだ。[pcm]
でも、あんな情けない事をなんで言ってしまったんだろう。[pcm]
一回り近く年の離れた、しかも生徒に……[pcm]
奏「ん? なに? アタシの顔になんかついてる?」[pcm]
真緒「あ、いや、ついてないよ」[pcm]
奏「ジッと見てるから、なんかついてるかと思ったし」[pcm]
真緒「ん、悪い悪い」[pcm]
奏「へへ。これさ、今日の記念だね!」[pcm]
真緒「はは、ありがと」[pcm]
奏「帰ったらせえらちゃんにみせびらかそ!」[pcm]
真緒「そ、それは……」[pcm]
奏「ひひ、センセから貰ったって知ったらせえらちゃん大激怒だよ」[pcm]
真緒(……もしかして)[pcm]
真緒(わりと本気で喜んでくれてるのかな?)[pcm]
真緒(なんで八十記が怒るのかは分からないけど)[pcm]
真緒「よし、そろそろ帰るか」[pcm]
奏「え? だって、これからがロックな時間だよ?」[pcm]
真緒「でもさ、もう帰らないと」[pcm]
奏「十九時から開くライブハウスがあるって雑誌に載ってたんだ。[l]
行こうよセンセ!」[pcm]
真緒「ライブハウスかぁ……」[pcm]
奏「だめ?」[pcm]
真緒「行きたいけどそんなお金もないしな。[lr]
それに、みんな帰りを待ってるだろうしさ」[pcm]
奏「ん……なら仕方ないね」[pcm]
真緒「でも今日は十分楽しかっただろ? ぼくは楽しかったよ」[pcm]
奏「うん、アタシも楽しかった!」[pcm]
真緒「ライブハウスはまた今度だな」[pcm]
奏「うん! それじゃセンセかえろ!」[pcm]
怒ったり笑ったり落ち込んだり色々あったけど、
今日はこうして遊べて良かったと思う。[pcm]
北上の違う一面が見れた事、助けられた事。[lr]
きっと教師を続ける限り、忘れないだろうと思う。[pcm]
最終更新:2010年07月19日 07:42