289 名前:双子・告白・髪飾り その1[sage] 投稿日:2012/10/12(金) 02:43:05.33 0
0.1スレで序章だけ投下してそのままになってた双子のお話を約二ヶ月半のブランクを置いて投下
290 名前:双子・告白・髪飾り その1 1/6[sage] 投稿日:2012/10/12(金) 02:43:36.24 0
「ほら、彩花。早く早く」
「待ってよ香菜美~っ……わ、私もう息が……」
「ええい、このもやしっ子め。同じ遺伝子持ってるんだから、もうちょっと頑張んなさ
いよ!!」
「そんなこと言ったってぇ~……」
バスを降りてから、私たちは全力疾走で待ち合わせ場所まで向かった。もちろん、時
間はとっくに過ぎている。タカシにも既にメールでそれは伝えてあるとはいえ、一分一
秒でも早く着かないと時間がもったいない。
「あ、いたいた。タカシーッ!!」
手を振って名前を叫ぶと、駅の壁を背にスマホを弄っていたタカシが顔を上げた。
「よう。おはよ、お二人さんっ……って、あれ? 彩ちゃんは?」
「ハア……ハア……ハア…… 後ろっ……」
手を膝について、荒く呼吸をしながら、立ち止まった私は手で後ろを指す。既に遥か
後ろに置いて来た彩花が、必死で駆けて来ているはずだ。
「わざわざ全力で走って来たのかよ。メールは貰ってんだし、何もそこまで急ぐ必要な
かったんじゃないか?」
「……だって……遅刻したんだし……このくらいは……礼儀として、当然でしょ? 大
体、これでゆっくり来たら、もし今度アンタが遅刻した時に、走って来なくてもいいっ
て事になっちゃうし……」
呼吸を整えつつ、ゆっくりと答える。すると、その時ようやく彩花が追いついて来た。
「ハアッ……ハアッ……ハアハア……ぜいぜい……」
転がりそうな勢いで私たちの傍まで駆けて来ると、その場にしゃがみ込んだ。しゃべ
る事も出来ないくらい息を切らしている。
「大丈夫かよ、彩ちゃん?」
体を屈めて心配そうにタカシが声を掛けるのを見て、私は一瞬、イラッとした気分に
襲われた。私もあんな風に苦しそうにしていれば、タカシに心配して貰えたかも知れな
かったのに、ちょっと悔しい。
「ハア……ハア……ハア……もうちょっと……このまま……」
291 名前:双子・告白・髪飾り その1 2/6[sage] 投稿日:2012/10/12(金) 02:44:13.37 0
タカシが彩花の背中に手を当て、優しくさする。その行為が意味あったのかどうかは
ともかく、彩花の呼吸は徐々に静かになっていった。
「全く……まだ出かける前から体力使い果たしてどうすんだよ」
半ば呆れつつ、面白そうに言うタカシに、彩花がようやく顔を上げた。
「だって……せっかくタッくんと映画行くのに……時間無駄にしたくなかったんだもん……」
私は思わず、ドキッとしてタカシを見た。女の私でもハッとするようなセリフをごく
自然に口にされて、どんな反応をするか気になってしまったのだ。しかし、タカシは少
し呆れたような笑いを浮かべて答えただけだった。
「だからって、限度ってもんがあるだろ? 動けなくなるほど息切らしちまったら、結
局休憩しなきゃいけないしさ。それに、最初っから飛ばし過ぎてたら、疲れて肝心の映
画で寝ちまうかもしれないぞ」
私は思わず胡散臭そうに顔をしかめた。果たしてこの鈍感っぷりは天然なのだろう
か? それとも、わざとすっ呆けたと言うことか? もし天然だとしたら、ちょっとや
そっとのアピールじゃ私たちの気持ちには気付かないだろう。すっ呆けたのだとしたら、
少なくとも彩花に気がないのだろうか? いずれにしても、彩花は苦労しそうだと密か
に考える。
「だ……大丈夫…… 家に帰るまでは、絶対へばったりしないもん。映画で寝るとかだっ
て、ありえないんだから」
「そうか? 前はしょっちゅう、疲れたもう休むって弱音吐いてたじゃん。彩ちゃんが
そんな急にタフになるとは思えないけどな」
ちょっと意地の悪いからかい方をするタカシに、彩花がムキになった。
「べ、別にタフとかそういう事じゃなくて、遊園地行った時とかはいっつも香菜美がは
しゃぎ過ぎて私のペース考えないから悪いのよ。大体、今日だって遅れたのも香菜美の
せいなのに、一人で私を置いて先に走って行っちゃうし、ひど過ぎると思うの」
いきなり矛先が私に向けられ、私は驚きつつも抗議した。
「何でそこで私のせいになるのよ。タカシも私も平気なのに彩花一人バテるのは、アン
タがひ弱だからでしょ? 大体、双子のくせにあたしより体力ないってのは、どう考え
ても彩花の日頃の運動不足が祟ってるとしか思えないわ」
292 名前:双子・告白・髪飾り その1 3/6[sage] 投稿日:2012/10/12(金) 02:44:54.36 0
「ひっど~い。香菜美までそんな事言うなんて」
ようやく体を起こした彩花は、私を指差しつつタカシの方を向いた。
「聞いてよ、タッくん。今日遅刻したのだって、本当は全部香菜美のせいなのよ。私が
もう出ないと遅刻しちゃうよって言ったのに、もうちょっとオシャレしないと、みっと
もなくてタカシに会えないって言うから――」
「ちょっと!! 何てこと言うのよアンタは!!」
私は慌てて彩花の言葉を遮った。それからタカシの方に向き直ると、急いで手を振っ
てそれを否定する。
「違うんだってば!! それは彩花が勝手に言ってただけで、私は単に人前に出るんだ
から、私だってそれなりには身だしなみ整えたいって、それだけなんだから!!」
「そんな事言って、タッくん意識してたクセに~ 香菜美が口に出さなくたって、ちゃー
んと分かるんだから」
「ウソ、ウソだってば、タカシ。こんなの双子の以心伝心とか逆手にとってからかって
るだけで、私はアンタの事なんて何とも意識しちゃいないんだからね」
「またそうやって強がってばかりで香菜美は――」
「はいはい。分かったから、双子同士でケンカすんなって」
見かねてタカシが仲裁に入る。全く、こんなところで私の気持ちを暴露しかねないよ
うな事を言うなんて、一体彩花はどういうつもりなんだろうか? 訝しく思いつつ彩花
を見ると、彩花は肩をすくめてお茶目っぽく舌を少し出して見せた。
「ゴメンなさい。香菜美のせいで遅れた上に、散々走らされたから、ちょっと仕返しし
てみたくなってからかっただけなの。タッくんを困らせる気は無かったんだけど」
「仕返しって、別に私は彩花に悪い事してないじゃない。大体、遅れたのは私のせいだ
けど、走ろうって言ったのは彩花だし」
つい言い返してから、私はハッと気付いてタカシの方を見る。これでまた彩花が言い
返したら、いい加減タカシにうんざりされるんじゃないかと心配になったからだ。しか
し、彩花はキッチリ私に言い返しつつも、巧みに話題を逸らした。
「まさか私を置いて自分のペースで走って行っちゃうなんて思わなかったもの。おかげ
でほら。髪だってボサボサになっちゃった。せっかく朝、セットしてきたのに」
293 名前:双子・告白・髪飾り その1 4/6[sage] 投稿日:2012/10/12(金) 02:45:49.09 0
彩花は手ぐしで髪をかき上げつつ、タカシの方に向けてアピールする。それにタカシ
は小首を傾げた。
「そうか? 元が分からないから何とも言えないけど、そんな変に見えないけどな」
「ううん。だって、髪振り乱して走って来たのよ? 絶対おかしいって」
そう言って彩花はバッグからコンパクトを取り出し、自分の髪型をチェックする。そ
の様子を見つつ、私は何か怪しいのを感じ取った。
「別に、そんな乱れてないって。気にするほどじゃないわよ」
探るように指摘すると、彩花は私を睨んで口を尖らせた。
「香菜美も女の子なんだから、髪型には気を遣わなくちゃダメだって。ちょっと待って
て、タッくん。今、簡単に整えるから」
今度はバッグからヘアブラシを取り出すと、コンパクトを私に差し出す。
「香菜美はこれ持ってて。あと、タッくんも悪いけど、これ持っててくれる?」
ブラシを持ったまま、彩花は器用に髪に着けていたシュシュを外してタカシに渡した。
「あーもう。これだからクセッ毛って嫌なのよね。すぐ跳ねちゃうんだから」
文句を言いつつ、彩花はブラシで髪を整える。私は大人しくコンパクトを持ちつつも、
ついつい疑問に思う。何だって彩花はタカシにシュシュを渡したのか。自分の腕に巻い
ておけばいいのに。そこまで考えた時、私は不意に彩花の企みに気が付いた。
「あ!!」
「何? 香菜美。変な声出して」
いかにもワザとらしく怪訝な顔をする彩花に顔を近付け、私は小声で文句を言った。
「ちょっと彩花。アンタこれ、狙ってワザとやったでしょ?」
タカシにシュシュを渡せば、嫌でもタカシの興味を引かせる事が出来る。きっと、全
力で走りながら、心の中ではちゃっかりとそんな事を計算していたのだろう。いや。も
しかしたら、バスを降りて走ろうと言った時には既にここまでのシナリオが出来ていた
のかも知れない。
「あら? 何の事かしら。私は単に乱れた髪形を直してるだけだし、わざわざ狙って乱
したりする訳無いじゃない」
しれっと言うあたりが、いかにも彩花っぽい。くそう。
「だったら、トイレでも行って直した方が良かったんじゃない? その方がキチンと直
せるでしょ?」
294 名前:双子・告白・髪飾り その1 5/6[sage] 投稿日:2012/10/12(金) 02:46:48.16 0
今度は普通のトーンで指摘する。これだけならタカシには何を言ってるか分からない
だろうけど、彩花を慌てさせればしめたものだ。しかし、残念ながら彩花は全く動揺を
見せなかった。
「だって、もう随分タッくんを待たせているのに、これ以上時間掛けるなんて出来ない
でしょう? はい、おしまい」
ヘアブラシをしまうと、彩花はタカシに向き直った。
「ありがとう、タッくん。持ってくれて」
「ああ。はい、これ」
タカシが手に持ったシュシュを差し出すと、彩花はニッコリと微笑んで受け取り、器
用に髪をまとめる。それからタカシの前でクルリと一回転して聞いた。
「どお、タッくん。私の髪、まだ乱れてたりしないかな?」
「いや。別にどこもおかしくないと思うけどな」
「そお? 後ろ髪とか大丈夫? また跳ねたりしてない?」
ワザとらしく後ろを向いてみせる彩花に苛立って私は思わず怒鳴ってしまった。
「もう。何でそんな事タカシに聞くのよ!! こんなセンスの欠片も無い奴に聞いたって無駄だっての。私に聞けばいいじゃないのよ」
「あら? やっぱり女の子なんだし、男の子の視点から見ておかしくないかどうかが一番気になると思うんだけどな。だから、タッくん基準で考えた方がいいかなって思っただけで」
するとタカシは、ちょっと困った顔で笑い、肩をすくめて見せる。
「おいおい。いいのかよ、俺なんかで。香菜美の言うとおり、俺にそんなセンスないぞ」
「だったら、もっと私達のことしっかり見て、女の子の髪型の事も勉強して。ね?」
わざとらしく厳しい声で睨みつけて、彩花はビシッとタカシの顔を指で指す。
「分かったよ。努力はするさ。まあ、ご要望に応えられるかどうかは分かんないけどな」
そう言いつつ、タカシの目線が私の方を向いたので、思わず突っ込んだ。
「何で私を見るのよ!!」
「え? いや、何となくこっちの方がハードル高そうかな、なんて」
さすがはタカシ。私の性格を良く分かっている。とはいえ、何となくムカつきを覚え
たので、ついその上を行く返事をしてしまう。
295 名前:双子・告白・髪飾り その1 6/6[sage] 投稿日:2012/10/12(金) 02:47:57.73 0
「何言ってんのよ。私は最初からタカシのセンスなんて当てにしてないし、見て欲しい
なんて思ってもいないんだから」
むくれてそっぽを向くと、彩花が口を挟んで来る。
「あら、いいの? じゃあ、タッくんは私だけ見てくれればいいかな」
てっきり窘められるかと思ったら、挑発的な言葉を投げ掛けられて私は思わず彩花を
見る。しかし、ニコニコ笑っている彩花に嵌められたと察し、慌てて顔を背ける。
「す……好きにすればいいじゃない。私の知った事じゃないし」
しかし、強気な発言とは裏腹に、さっきより遥かに弱々しい言葉になってしまったの
が、自分でも悔しかった。
「お前ら、いつまでも双子で言い合ってんなよな。そろそろ行かないと、昼飯食う時間無くなっちまうぞ」
私と彩花のやり取りを、ちょっと呆れたように見つつタカシが口を挟む。それに私達
二人が同時に噛み付いた。
「だっ……誰のせいだと思ってんのよ、このバカ!!」
「む~っ…… タッくん、他人事~っ!!」
「わわっ!! 二人して俺を睨むなってば!!」
そっくりの顔した女の子二人に両側から責められて、タカシは咄嗟に手でガードする。
私はしばらくタカシを睨み付けていたが、フンと荒く鼻息を吐くと、プイッと顔を逸ら
した。
「もういいわよ。ほら、彩花。早くいこ」
肩越しにチラリと彩花を見て促すと、彩花は頷いてタカシの袖を指でつまんで引っ張った。
「うん。タッくんも、早く」
その甘えた仕草が癇に障ったが、怒る事も出来ず私は無言で前を向くとさっさと歩き
出した。
「ちょっと待ってよ、香菜美ってば~ 歩くの速過ぎだって」
制止する彩花の声を無視して、私はさっさと駅のコンコースに向かって歩いたのだった。
続く
最終更新:2013年04月18日 14:23