森の中には追う者と追われる者がいた。
二人の距離は時には狭まり、時には広がり、薄暗い森の中を歪な軌跡を描きながらその逃走は続いている。
直接的な戦闘こそ起きていなかったが、しかしそれは紛れもなく戦いであった。
追う者、ブルースは中々敵を追い詰めることができない事態に歯噛みしていた。
カイトとの一件からもう一時間以上経過している。だが未だに彼は逃げた男を捉え切れてはいなかった。
実質的な戦闘力ならば恐らくは自分の方が数段上である。
先は半ば奇襲のような形で一閃に伏さしめたが、たとえ面と向かっての戦闘であっても負ける気は全くしなかった。それを敵も理解しているからこその逃げの一手であろう。
だからこそ今の状況が歯がゆかった。
あの程度の小物に手間取っている余裕はないというのに。迅速な行動を要求される局面でありながら、自分は下手を打ちつづけている。
炎山のオペレーティングがあればこのようなことはなかっただろう。そう思うと、より一層自分が不甲斐なく感じられた。
だからせめて一秒でも早く言を為す為、ブルースは森を駆けた。
赤い影が敵を追う。
オフィシャルとして、正義を掲げる者として。
一方、追われる者であるアドミラルもまた苦境に立たされていた。
不意を打つ形でブルースの拘束から抜け出した彼であったが、それでも追い詰められていることには変わりない。
森という障害物の多いエリアや夜分という状況を上手く利用することでブルースからハイドしているが、それでも時間稼ぎにしかならない。
近くにいることが向こうに分かっている以上、虱潰しに探されてはすぐに見つかってしまう。
罠を仕掛けることも考えたが、ブルースの追跡には抜け目がなく、生半可なものではすぐに看破されてしまうであろうことが分かった。
しかし何時までも隠れていることなどできないだろう。もうすぐ夜が明けるようだし、そうなればブルースの眼を欺くのはより難しくなる。
この場を乗り切るためには何とかしてブルースを倒さねばならない。
その難易度は生半可なものではないだろう。あの熟練した技に、容赦ない心持。カイトやロールたちとは一線を画する存在だ。
だがやらねばゲームクリアに到達することは絶対にないだろう。
その為にも乗り越えて見せる。アドミラルはそう強く誓って見せた。
彼のプロゲーマーとしての矜持が、その思いを強固なものとしていたのだった。
そうして二人は共に確かな覚悟を持って戦いに臨んでいた。
抱いたものはまるで正反対で相容れない信念を持つ二人であったが、しかし共に戦いに望む確かな意思は備えていたのだ。
そんな二人の戦いの渦中に、一人の少女が巻き込まれることになる。
かつてはヒーローでありながら今は覚悟や戦意を全く備えていない、かといって悪を憎む心を忘れた訳でもない、そんな、実に中途半端な少女が。
◇
(うう……こっちに来ないでよぉ)
森の中、サングラスを掛けたカジュアルなアバターが隠れるようにして地に伏していた。
彼女――ピンクは顔上げることなく縮こまる。何も見ようとしていない彼女であったが、森の中に走る揺らぎを「感知」することは忘れなかった。
アドミラルの殺人を目撃して数時間。当初は反射的にどこか遠くへ逃げようとしていたピンクは、しかしその歩みをすぐに止めてしまっていた。
ピンクにはヒーローとして生来備わっていた能力がある。
五感に頼らない感覚で空間を見通し、目的の物を見つけ出す力。抜群の精度を誇る感知能力である。
生身の肉体でなく、ネット上のアバターで呼ばれたこの空間においても、その能力は減衰してはいるものの使用可能であり、
咄嗟に逃げ出そうしたピンクが危険人物を避けるためにその能力を行使したのは至極当然のことであった。
その力を利用しアドミラルのような危険な人間たちからも簡単に逃げることができる――筈であったが、ピンクはまた別のものまで見つけてしまった。
森に潜む影は決してアドミラル一つではなかった。幾つものの存在が動き回っていた。
普段より不鮮明な感知故その会話までは拾えなかったが、幾つもの存在たちをピンクは視た。
動き回る影たちは時には重なり、時には離れ、時には消えゆく。彼らが何をしているかは容易に想像がついた。
殺し合っているのだ。
それがこのゲームの
ルールである。それは彼女とて知っていた。そのルールに乗るような輩がこの場には居ることも。
だから、驚くようなことではなかった。森のあちこちで殺し合う人間たちがいても、ピンクの能力ならば彼らを避けて逃げ出すことはできた筈なのだ。
しかし冷静さを欠いていたピンクはそこで尻込みしてしまった。
この暗い森には多くの殺し合いが起きている。その事実だけで足が竦み、立てなくなった。
極めつけに空に走った巨大な閃光だ。
あの光が何だったのか、詳細までは精度の落ちた感知能力で読み取ることができなかったが、その強大さ、危険さは十分に理解できた。
あんなものに立ち向かうことができる訳もない。そう確信したピンクはもはや逃げ出す意志すら失せ、森の中で一人隠れていた。
その間にも幾つもの殺し合いを感知した。
剣士や銃、ロボット、様々な力が森の中で入り乱れる中、ピンクは何もせずただ縮こまっている。
それでゲームから開始五時間程度を凌いでいた彼女であったが、ここに来て二つの影が自分のいる方へ向かっていることに気付いた。
その二つの影はどうやら追跡戦を行っているようであり、まさに殺し合っている最中であることが見て取れた。
しかもその一方はアドミラル――ゲーム開始当初にロールを惨殺せしめた男である。
何とか自分を見つけずに去って行ってくれ、そう願いつつピンクは木の陰に縮こまっている。
今更逃げ出す勇気はなかった。アドミラルたちは互いのことにしか考えが行っていないようだし、感知能力を使えば逃げることはできたかもしれないが、
それよりも殺人者が近くにいながら動く、ということへの恐怖が優った。
(お願いだから、あたしのことは無視していって……)
そう痛切なまでに願いながら、ピンクは己の手元にある剣を握りしめた。
かちゃ、と金属音が響く。彼女に支給されたアイテムであり、現時点で自衛手段となるものだ。
この剣とピンクの未来予測を使うことができれば、あるいは殺人者を撃退することができるかもしれないが、そもそも今のピンクには戦うという選択肢がなかった。
そうして木の陰に身を潜めつつ、ピンクは殺し合いの様子を伺った。
本心はそんなものから見たくない、目を背けたいと思っていたが、しかし眼前に迫る脅威を無視することなどできなかった。
アドミラルともう一人の存在はピンクから少し離れた位置で戦っている。
その声はかすれかすれにしか聞こえないが、とにかく彼らが敵対関係にあることだけは分かった。
自分を巻き込まないでくれ……、そう強く念じていたピンクだが、彼らは徐々に彼女の元に近づいてくるようであった。
少しずつ迫ってくる彼らにピンクは、あたふたと身を震わせ始める。アバターが木や土と擦れあい乾いた音を立てた。
そして銃を構えるアドミラルの姿が見えた途端、ピンクは「ひっ」と声を上げたしまった。
落ち着いていれば、彼女も見つからなかったかもしれない。
そこからでも全力で走れば逃げ出すことができたかもしれない。
だが今のピンクではどちらもままならず、
「何だ、お前? 確かデンノーズの……」
「あ、あ……」
誰かと交戦していたアドミラルにその身を発見されることとなった。
途端、ピンクは腰を抜かしたようにその場に座り込み、ぶるぶると肩を震わせた。
その震えに恐怖が滲んでいることを見抜いたアドミラルは、そこでニヤリと笑みを浮かべた。
そしてピンクへと銃を向け。誰かへと向けて叫びを上げる。
「おい、ブルース! コイツがどうなってもいいのか!」
ピンクはアドミラルの行いに何もすることができなかった。
人質扱い――その事実を知ってなお、何も動くことはできなかったのだ。
ただただ目の前に迫る鉄色の無慈悲な銃口に目が釘付けとなった。目を背けたいのに、逸らせない。
「……っ!」
どこかで誰かが息を呑むのが分かった。
位置的にアドミラルと戦っていた敵だろう。暗がりで良く見えないが、人質となったピンクに対し注視するのが分かった。
その誰かは立ち止まり、アドミラルと対峙する。
ぴん、と張りつめた緊迫とした空気が場を支配する。
「動くなよ。俺を見逃さなきゃコイツの頭に風穴があくぜ」
「……外道が」
「何とでも言え! でもな、こういうプレイイングだって別にルールで禁止されている訳じゃないんだ。
これもまた立派な戦術の一つなんだよ」
「そういう心づもりで、この場で凶行に走った訳か」
どうしようもない悪党だな、と誰かは冷たく言い放った。
「別に許してもらうつもりはないな。さっきも言ったが、これだって立派な戦術だ。
不利な状況を咄嗟の機転でこうしてひっくり返してみせた。
これがプロの技って訳だよ。お前らみたいなアマチュアには勝利へのダーティーさってのが足りないんだ。
寝ても覚めてもゲームのことばかり考えた俺との差だよ。変なモラルに縛られて思い切ったプレイイングできないんだよな、さっきのカイトとかロールみたいな奴はさ」
「……ロールだと?」
「ん? 知り合いか。そういえば似た感じのアバターだな。
ロールってのは俺がこのゲームで一番最初にPKしたピンクのアバターだよ。所詮アマチュアだったな。ころっと騙された」
アドミラルの哄笑が森の中に響く。
二人のやり取りが頭上で交わされている間、ピンクは一言も発することができず、ただただ恐怖に身を震わせていた。
彼らの言葉は聞こえているのに、上手く認識できない。
とにかくこのアドミラルという男が危険だということは、身に染みて分かっている。
「……そうか」
「ほう、どうした? 何か言いたいのか?」
「何でもない。ただ改めて分かっただけだ。
お前のような悪を斬ること――それがオフィシャルとしての正義だということをな」
告げられたその言葉はぞっとするほど冷たく、ピンクは思わず顔を上げ、その顔を見た。
そして息を呑んだ。
赤いスマートなスーツ、黒のバイザー、鋭角的なシルエット。
森の影の中に浮かび上がったその姿は、かつてピンクらヒーローたちを率いていたある人物に酷似していたのだ。
だが、その錯覚も一瞬のこと。すぐにただの見間違いだということが分かった。
それでもピンクはその姿に目が釘付けになった。手元の剣をぎゅっと握りしめる。
「正義だの何だの言ってるから、お前らは上に行けないんだ。
そういうプレイが楽しいってのなら自由だけどな、お前らアマチュアと違って俺たちプロゲーマーは負けられないんだ。
勝てないものに縋るようなことは言ってられない」
アドミラルがせせら笑う。
正義は必ず勝つ――現実がそうでないことをピンクは知っていた。
しかし、そんな無情な言葉を赤いアバターは斬り捨てる。
「幼稚で浅はかな考えとしか言いようがないな。
オフィシャルが勝つ為に正義を名乗っているとでも?」
ピンクの震えが止まった。
正義の味方――自分は果たして何のためにそんなものをやっていたのだろうか。
ダークスピアがブラックを倒して以来、自分はヒーローとしての活動を止めていた。
それは怖かったからだ。自分よりずっと強い者たちに狙われてしまうことだ。
恐怖に駆られゲームに逃げ、その中で好き勝手に暴れてきた。
(なんで悪い奴らを倒しちゃいけないのよ)
だがこうして目の前で非道が行われているのを見ると、むくむくと苛立ちが募ってくる。
ダークスピアのうんこたれ、と声には出さずピンクは毒づく。
(そうよ、そもそも私は――)
ずっと抑圧されていた感情が急速に高まっていく。
押し潰されるような恐怖が焼き尽くすような昂ぶりへと転じていく。
ピンクは剣を握りしめた。自分には力がある。あるのにこうして地を這いつくばっている。
それは何故か。何故こんな立場に甘んじていなければならないのか。
「はん、オフィシャルとか名乗っていてもその様じゃアマチュアと変らないな。
こんな弱者にかまけて負けるんだよ、お前は」
アドミラルの言葉に、ピンクの中の何かが弾けた。
ずっと縮こまっていた彼女は激昂し、アドミラルへ剣を引き抜く。
鞘から引き抜かれた刀身が、何時の間にか上っていた陽光を受け煌めいた。
◇
その時、アドミラルはピンクのことなど見てはいなかった。
当初見つけた瞬間は思わぬ遭遇に面食らったが、彼女がどうやら状況に対応できない愚図だと分かったことで利用することを即断した。
結果として彼はブルースに対して優位に立っている。
とはいえそれが何時まで持つかは分からない。単純な戦闘では向こうの方が有利ではあるし、何時ブルースがピンクのことを切り捨てるとも分からないのだ。
その為、細心の注意と警戒をブルースにぶつけつつ、過剰なまでの挑発を行った。
こういった対人戦では冷静さを失った方が負ける。
頭に血が上った状態での闇雲な突進というものは、一見して恐ろしいように思えるが、その実対処しやすい。
戦力差をひっくり返すことができるとしたら、そうした相手の自滅を誘発するしかない。
それ故にアドミラルはブルースを挑発し、この場を切り抜けようとしていたのだが、
「ん?」
ここでそれまで地に伏していたピンクに動きがあった。
キッとサングラス越しにアドミラルを睨み付け、その手に持った剣を強く握りしめている。
何をしているのかを気付く前に、ピンクは奇声を発し、ピンクに飛びかかってきた。
「クソッ」
アドミラルは一拍遅れたが、しかし抜け目なく反応してみせ、ピンクに対し引金を引いた。
破裂音を響かせSG550が火を吹く「見えた!」
が、それを何とピンクは目前で避けてみせ、アドミラルに迫る。
脳天へと放たれようとしている刀身をアドミラルは目の当たりにした。
直撃を覚悟したアドミラルであったが、未だ諦めた訳ではなかった。
残りHPは四割程度。ただの剣一撃程度なら耐えられるかもしれない。そこから瞬時にカウンターを放てば逆転できる。
プロゲーマーとして務めて冷静に考えていたアドミラルを――
「これで!」
無限の刃が斬り裂いた。
【アドミラル@パワプロクンポケット12 Delete】
◇
「はぁはぁ……」
肩で息をしながらピンクは己の為した攻撃の跡を見ていた。
迸る閃光を伴って共に放たれた剣はアドミラルの身体を吹き飛ばし、一瞬でその身を吹き飛ばしていた。
その威力は彼を破壊するだけにとどまらず、幾多ものの木を巻き込んでなぎ倒し、地面には人がすっぽりと入ってしまうほどのクレーターが残っている。
それは明らかなまでのオーバーキルであった。
「……これは」
それを端から見ていた赤いアバター――ブルースはその威力を見てか言葉を失っていた。
予想外の展開に驚いているのだろう。正直、彼女自身まさかここまでだとは思っていなかった。
実際、ギリギリのところだったのだ。
アドミラルの弾丸を彼女が間一髪未来予測で避けることができていなければ今頃どうなっていたか分からない。
現実世界、それもジローとの合体中であったのならもう少し上手く動けただろう。そう思うと少し歯がゆかった。
だが今の自分には別の力がある。ピンクは一瞥をくれた後、鞘に剣を戻していった。
ちゃりん、と音をした。納刀が終えたを確認したことで彼女はほっと息を吐いた。
剣――というよりは刀か。これからはこれで戦うことができる。
無論、今までだってできた筈だった。ただ覚悟が足りなかっただけだった。
それがピンクに支給されていたアイテムであった。
説明文によれば「七星外装」と呼ばれる加速世界の中において七つ存在する最強クラスの強化外装の一つだという。
加速世界だとか、強化外装だとか、よく分からない言葉が多かったがとにかく自分はこうして力は得た。それに伴う意志も得た。
「悪い奴は倒さないと。この――ジ・インフィニティがあればできるんだから」
ピンクは震える声で呟く。
その立ち姿は力強く、悪を糾弾する意志も感じられたが、しかしどこか危ういものがあった。
つい先ほどまで恐怖に縮こまっていた情動と急速に手に入れた力の強大さ、そこに不均衡が存在した。。
自分が再起することができたのは、インフィニティという力を手に入れたからか、はたまたブルースの言葉に何かを思い出すことができたからか、彼女はまだ分かっていないのだ。。
そういう意味では、彼女は未だ中途半端なままなのかもしれない。
隣にジローが、彼女をヒーローとして再起させようとしていた彼が居ればまた違っただろう。
しかし彼はこの森には居ない。
それどころか、この空間に居るのはまた別の……
【E-6/森/1日目・早朝】
【ピンク@パワプロクンポケット12】
[ステータス]:HP100%
[装備]:ジ・インフィニティ@アクセル・ワールド
[アイテム]:基本支給品一式、不明支給品0~2
[思考]
1:悪い奴は倒す。
[備考]
※予選三回戦後~本選開始までの間からの参加です。また、リアル側は合体習得~ダークスピア戦直前までの間です
※この殺し合いの裏にツナミがいるのではと考えています
※超感覚及び未来予測は使用可能ですが、何らかの制限がかかっていると思われます
※ヒーローへの変身及び透視はできません
※ロールとアドミラルの会話を聞きました
【ブルース@ロックマンエグゼ3】
[ステータス]:ダメージ(小)
[装備]:なし
[アイテム]:不明支給品1~3、基本支給品一式 、アドミラルの不明支給品0~2(武器以外)、ロールの不明支給品0~1、ダッシュコンドル@ロックマンエグゼ3
SG550(残弾24/30)@ソードアート・オンライン、マガジン×4@現実
[思考]
基本:バトルロワイアル打倒、危険人物には容赦しない。
1:悪を討つ。
2:ウラインターネットに向かう
3:ピンクは……
【ジ・インフィニティ@アクセル・ワールド】
「七星外装」とも呼ばれる、加速世界に七つ存在する最強クラスの強化外装の一つ。
“無限”の名を冠する北斗七星の五番星「玉衝」の長刀であり、原作ではアズール・エアーが所有していた。
「鞘に収めたままでいればいるほど、抜刀直後の一撃の威力が無限に増加する」という特殊能力を持つ。
他の能力も存在するが、そちらは制限されている可能性あり。
最終更新:2013年09月14日 18:35