「クッ……」

ブルースは吐き捨てるように言った。
その視線の先には今しがた届いた一通のメールが表示されている。
記載された情報に対し思うことは幾つもあるが、何より無力感が胸に突き刺さる。
脱落者に名を連ねているロールの名。それは既にアドミラルとの一戦で覚悟していたことではあった。
あのどうしようもない小悪党の処理に手間取った結果、こうして無用な脱落者を出してしまった。
奴の証言を考えるにその犯行は恐らく自分と出会う前だ。それでもボルドーの対処に手間取らなければ未然に防げたかもしれない。

「ピンク、落ち着け」

心中に曇りを抱えつつもブルースは隣で膝を付くピンクに声を掛けた。
アドミラルに襲われた無力な一般人――であった筈が突如豹変した参加者。
人が変ったかのように剣を振るい、アドミラルの先を行く動きで彼をデリートしてみせた彼女だが、事が終わると呆けたように膝を付いていた。
そこに危うさを感じたブルースは極力刺激しないように会話を試みた。一応その名と大まかな境遇までは聞き出している。

問われたピンクは答えなかった。ただ呆然と虚空を眺めていた。
恐らくその先にメールが表示されたウインドウがあるのだろう。それを見た彼女は今何かを感じているのか。
ブルースにはまだ把握できていなかった。

森の中に静寂が訪れた。
その停滞した間に僅かに苛立ちを覚えつつもブルースは再度問う。務めて、冷静に。

「……あったわ」

するとピンクはぼそりと声を漏らした。

「三つ……まぁ、一つは私が倒したあのアドミラルっていう悪党だからどうでもいいんだけど、
 あとは二つは……まぁそれなりの付き合いだったわね。ゲームでのチームメイト……」

ブルースは掛けるべき言葉が思い浮かばず、ただその拳を強く握りしめた。
ピンクはしばし黙っていたが「まぁリアルで特別付き合いがあったって訳ではないんだけど」と付け加えると、意を決したように立ち上がった。
そして握りしめた鞘を掲げ、

「これ以上、犠牲者を増やさないように頑張らないと。
 私が、私とこのジ・インフィニティが」

そう口にした。
夜明けの光を受け鞘が僅かに煌めく。しかし腕が振るえ断続的に明滅する。
その姿を見たブルースは「落ち着け」と釘を差すように言う。

「何よ、アンタ」
「目先の感情に囚われ先走るな、冷静になれ。
 お前は一般人だろう。勝手な行いをするのは止めろ」
「私は一般人じゃないわ……ヒーローよ」

ピンクはキッとブルースを睨み付けた。
それを軽くいなしながら、ブルースは少し威圧感を滲ませた声で、

「従え。暴走まがいのスタンドプレーは場をかく乱する」
「……でも」
「分かっている。状況が状況である以上、お前の戦力を眠らせるのは得策ではない。
 しかしそのチップは『鞘に収めていればいるほど威力を上げる』という効果なのだろう? 
 ならば基本は後方で補助に徹するべきだ。ここぞというところで前に出ろ。タイミングは指示する」

言われたピンクは不満そうに口を閉ざしていたが、ブルースの言葉に一応は納得したのか、こくんと首を振った。
ブルースは短く息を吐く。これで目の前の不安定な一般人を手元に置くことができた。
本来ならあのとてつもない威力を持つチップは取り上げるべきなのだろうが、ピンクがそれを受け入れないことは容易に想像が付いた。
ならば管理下に置いた方がいい。そう判断してのことだった。

とりあえずピンクが自分に従ったのを確認した後、ブルースは次に取るべき行動に考えを巡らせた。
目下の目標であったアドミラルは既にデリートした。それはいい。時間を掛け過ぎてしまった、という点を覗けばだが。
既にこのバトルロワイアルが開始して6時間が経過している。それまでに自分がやったのは小悪党一人を討つことのみ。しかもあの侍と関係を持つと思しき犯罪者と最初に接触しておきながら、みすみす逃がしてしまっている。
これは叱責されるべき失態であり、ブルースは忸怩たる思いに駆られる。とはいえ立ち止まってもいけない。かといって焦る訳にもいかない。
今度こそミスすることなく迅速に行動する。そう胸に誓う。

では今後どう動くべきだ。カイトたちとの再合流を図ることは難しいだろう。時間が経ち過ぎている。
それに恐らくもうこの森には居まい。先のメールで通知されていた『イベント』がある。この森エリア内では二倍のダメージとポイントが得られるという特殊ルールだ。
要するにこの森は今から『死にやすく』そして『殺しやすくなる』訳だ。まともな神経を持つ者なら森には寄り付かなくなるだろう。まともな者なら。

(やってくるとするとすれば危険な犯罪者……ボルドーやアドミラルのような奴らだ)

これからこの森はそういった手合いが集まってくると考えて良い。
安全を考えるならばすぐに離れ、そして当初の目標であったウラインターネットを目指すべきである。
しかし、ブルースは敢えてそうはしなかった。

「ピンク」
「……何よ」
「俺はしばらくこの森に留まる。恐らくここはこれから犯罪者がどんどん集まってくるからな。
 ――待ち構え、斬る」

予定を変更し、ブルースはそう決めた。
このバトルロワイアルのシステム面や榊の調査も急務ではあるが、それよりもまず犯罪者の掃討をすべきである。
そしてその方針に当たって、この森は丁度いい。危険だからこそ留まる価値がある。
ここ六時間の経験を踏まえての判断であった。

とはいえピンクのこともある。戦意を燃やしてはいるが、彼女はオフィシャルでなく一般人に過ぎない。
もし彼女がその危険性を嫌がるのならば、別の方針を考えるつもりであった。
しかし、言葉を聞いたピンクは、嫌がるどころか目を輝かせて、

「悪い奴らをぶっ倒そうってのね。いいじゃない! やるわよ、私」

そう言ってのけた。
それを見たブルースは確信する。目を放す訳にはいかない、と。
しかしそこでは敢えて何も言わず、森の中へ歩いて行った。後ろではピンクが意気揚々と歩いてくる。その手には薄く煌めく長刀があった。












「助けて下さい!」

それから間もなく、一つの声が森に響いた。
ブルースは身を固くし、声がした方向を見た。幾重にも重なる木々の迷宮の中から行くべき道を見出し、ブルースは駆け出した。
地を蹴り、地上に張る根を越える。その手は既にソードを発現させている。ピンクが後方に追ってきていることも分かっていた。

そうして彼がその場で見たのは、森の中に倒れ込む宵闇色のネットナビだった。
彼は少年のような高い声を漏らしながら、痛みをこらえるように己の腹を押さえている。

「どうした。何があった?」

ブルースは駆けより声を掛けると、彼は「あ……」と安堵したように漏らした。

「お、襲われたんです。僕はただ……歩いていただけなのに」
「襲撃者の特徴は?」
「赤い服を着た……拳銃を撃つ女」

状況的に近くにまだ敵がいる。そう判断したブルースが周りを伺い気配を探る。
と、そこでピンクが追いついてきた。戦意を滾らせた言葉を漏らしつつ彼女はきっと周りを睨んだ。

「何処よ! 悪者は」
「落ち着け。まだ近くに居る筈だ。お前はこのナビを守ってい――」

言い終わらぬうちにブルースは何かを察した。何か、鋭く差し込む殺意の気配を。
ブルースはさっと身を翻し、ピンクとナビを守るようにシールドを展開した。一拍遅れて衝撃が来る。攻撃だ。感触からしてバスターの類と当たりを付けた。

「あらら、分かってちまったか。アンタ、どうやら結構やるようだね」

その声は森の奥からゆっくりとやってきた。
見ればそこには胸元の大きく開いた赤い服を身に纏った妙齢の女性が居た。
巨大な傷が走るその顔には獰猛な笑みが浮かんでおり、鋭い威圧感を放っている。
彼女はその手に持った拳銃をブルースに向け言う。

「でもまぁ、ここで終わりだね」

目の前の女が危険人物だということは容易に想像が付いた。倒れていたナビのいう特徴にも合致しているし、疑う余地はない。
まさしく待ち構えていた悪党という訳だ。

「アイツ……!」
「下がっていろ、ピンク」

隣りで息巻くピンクを制し、ブルースは前に出る。

「一応聞いておく。貴様はここで見境なしに悪事を働くつもりか?」
「あん? アタシにそれを聞くかい。答えは言わなくても分かるだろう? アタシは悪党さ。それに文句があるってのかい?」
「ない。斬り捨てる。それだけだ」

言ってブルースはソードを構えた。青白い閃光が暗い森の下で揺れる。
女は哄笑し、弾丸を放ってきた。重なる銃声。それが戦いの合図となる。
女が放つバスターに対し、シールドで受け止めることは容易だ。その連射性や射撃の正確さは確かなものだが、それを見切れぬブルースではない。
だが、敢えてブルースはシールドを展開しなかった。地を蹴り、赤い影となって女へと迫る。

弾丸と弾丸の合間を縫うように走る。女もただ無闇に弾丸をばら撒いていると見せかけてはいたが、その実しっかりと狙った場所に弾を撃ち込んでいる。
例えば女は弾丸の一面に、一角だけ逃げ得る配置を作っている。そこに安易に逃げ込もうものならば、一拍遅れて放たれた弾丸が待っているという寸法だ。
ブルースはそこまで読んだ上で間一髪のところで弾丸を避けていく。身を掠めたとしても足を止めることはしない。一瞬でも止まれば大量の弾丸がその身に叩き込まれるだろう。

そうして行われた攻防を制したのは、ブルースであった。
弾丸を避け切ったブルースは女へと迫る。既にソードが届き得る間合い――即ちブルースの間合いだ。
弾丸の雨を潜り抜け、彼はここまで辿り着いた。

「はっ、やるねぇ!」

そこまで入り込まれたにも関わらず女は焦る素振り一つすることなく、それどころか寧ろを楽しげに笑って見せた。
ブルースがソードを振るう。迫りくる青い閃光を女は舞うように避け、時にはその銃身で受け止めていく。そこには熟練の動きがあった。
しかしブルースとて並の腕前ではない。非凡な才能を持つ少年、オフィシャルネットバトラー伊集院炎山の絶対的なパートナーである。

ソードが煌めいた。

「うぐっ!」

接近戦での技術でブルースは女の上を行った。
ソードを一閃され女は苦痛に顔を歪める。致命傷には至らなかった筈だが、ダメージが行った筈だ。
とはいえ女もそこで動きを止めるような愚かな真似はしなかった。地を蹴りブルースから離れようとする。ソードの展開にチャージを要するブルースはそれに追撃することができなかった。

「観念しろ。貴様はここで俺が斬る」
「……やれやれ、中々面倒なのが釣れちまったね。こんな手練れな正義漢とはね。
 あの子とは本気さが違うねぇ――ま、どっちが勝つかは意外と分からないもんだけど」

女はそこで再度哄笑し、そして身を翻し去ろうとする。
ブルースは間髪入れず追いかける。恐らく速さでもこちらが上――逃がすことなく、仕留める。
その筈だった。

「……何?」

しかし、ブルースは突如として女の姿を見失った。
追おうとした途端、彼女の姿がふっと消えてしまったのだ。木々の影に隠れたとは思いにくい。それほど距離は離れていなかったのだ。
ならばインビジブル系のチップを使ったのか。そう考えたブルースは奇襲に備え、足を止め周りに警戒の視線を向ける。

「…………」

しかし何も来なかった。しんと静まり返った森があるだけだ。
逃げられた――その事実がブルースに屈辱を味あわせる。悪を斬ると誓った矢先にこれだ。これでは今までと何も変わりはしない。
拳を握りしめ苛立ちに震えていたブルースであったが、ピンクたちを置いてきたことに気付き急いで元の場所へと戻ることにする。
その胸中に靄のように立ち込める苛立ちと屈辱は晴れないが、今は行動しなくてはならない。

「ありがとうございます」

そうして戻って見ると、開口一番そう言われた。今しがた助けた闇色のナビだ。
それに対し「オフィシャルとして当然のことをしたまでだ」と短く返す。そう当然のことなのだ。犯罪者をデリートする程度のことは。
その筈にも関わらず、またしても逃がしてしまった。

「何、逃がしちゃったの? 私が行けば倒せたのに。
 ――このジ・インフィニティで」

そう鞘を掲げ意気込むピンクを尻目に、ブルースは闇色のナビに声を掛けた。

「立てるか?」
「はい。大丈夫です。襲われましたが、すぐに貴方方が助けに来てくれましたので」
「そうか。では幾つか聞きたいことがある」

ナビの状態が予想よりもずっと良好だったこともあり、彼は間を置かず事情を聴くことにした。
受け答えや佇まいを見るに事態に錯乱しているということもない。これなら問題なく情報を聞くことができるだろう。
ナビは従順に頷いて、

「分かりました。色々話します。助けて頂いた身ですし」
「気にするな。職務を果たしただけだ。では先ずお前のことだが……」
「ああいえ、ちょっと待ってください」

そこでナビはブルースの言葉を遮り、

「その前にやることがあるんです――僕らにはね」

そう口にした。
その声色は外見にそぐわず少年らしいボーイソプラノであったが、同時にその根底には粘りつくような陰湿さがあった。
訝しんだブルースが問い質そうとした瞬間、

「砲撃用意――」

背後から聞き覚えのある声が響いた。
















爆音が響く直前、ブルースはピンクを守るようにしてシールドを展開した。
デフォルトの武装としてインストールされているそれは限りなく発動までにノータイムに近いラグしかない。
空間に円盤状のフレームが浮かび上がり紅いテクスチャが張られる、その一瞬の間にブルースは見た。
消え失せた筈の赤い女が、空に浮かぶ金色に輝く砲台を背に笑みを浮かべているのを。
どういうことだ、という疑問が胸に湧き上がるのと同時に、女が背負う砲台が火を吹いた。
熱帯びる衝撃がシールド越しに伝わってくる。その威力は先ほど見せた弾丸の比ではない。
それを受け止める最中、ブルースは闇色を見た。

「何よ、アンタ――」

混乱したピンクの声を上書きするように「ふふっ」と厭な笑い声が聞こえた。
それが今しがた助けた筈のナビの物だと分かった瞬間、ブルースの背中に痺れるような緊張が走った。

「もう一発喰らいなぁ!」
「《魔王徴発令》」

間髪入れず赤い女が二撃目を放とうとする。
同時に背後から絡みつくような悪意を滲ませた声がした。
とはいえブルースは動けない。前からの砲撃を受け止めるのに手いっぱいで背後に迫る危機に対応できない。

「何よこれ」

シールドを展開し再度女の攻撃を受け止める。それを必死に抑えつつも、後ろから迫る黒い影にはどうすることもできなかった。
ただピンクの声が事態が逼迫していることを示していた。

「くっ……ピンク! 退くぞ」

砲撃を受け切ったのと同時に、ブルースはピンクの腕を引き地を蹴った。
とにかく状況を立て直さねばならない。敵から距離を取らなくては。そう判断したブルースは機敏な動きに場を後にする。
途中背後から銃撃が来た。何発かはブルースの身を捉えていたが、ダメージを無視して走った。

逃げに徹したブルースは速かった
幸いにして追撃は来ず、しばらくしてブルースは敵から逃れたと判断した。

「……何だったのよ」

ピンクは膝を付き言った。
その声は困惑に震えている。急変した事態に付いていけないのだろう。

「簡単なことだ。奴らは組んでいたということだ、最初からな」
「それって……あの赤い女と黒いロボットが!?」
「ああ、状況からしてそれしかないだろう」

思えば自分たちはあの黒いナビが実際に襲われたところを見た訳ではない。
助けを求める声を上げることで、集まってくる他の参加者を襲う算段だったのだろう。
守られる弱者と認識されたところで身を翻し、女と挟撃する。そんな目論見だったに違いない。それに自分たちはまんまとハマってしまった。

「自作自演って訳ね……」

何か思うところでもあるのかピンクは言葉尻を濁らせた。
それが何なのかは分からないが、彼女にとってこのやり口は身に覚えのあることだったらしい。

「助けを求めると見せかけて襲ってくるなんて、そんな奴らもこのゲームには居るのね。
 アドミラルみたいな短絡的な奴だけじゃなく」
「ああ、そうらしい。ところでピンク、奴に何かされていたようだがダメージはないのか?」
「うーん……何か吸われるような感じはしたんだけど、私自身にはとくに何もないわね。HPも別に減ってないし」

ピンクは首を傾げながら言った。ジ・インフィニティ鞘がかちゃりと音を立てる。
確かに何ともなさそうではあった。敵は土壇場で攻撃に失敗したということだろうか。それとも後から影響が出てくるタイプの攻撃か。

(何にせよ……警戒しなくてはならない。この場にはよりああいった搦め手を使ってくる犯罪者も居る。
 弱者と見えても、その実深い悪意を秘めているような、下劣な輩が)

見極めなくてはならない。一見して害意はなくとも、警戒を怠らず接し、万が一悪であると分かった時には――斬る。
ブルースはそう胸に誓った。

背中では先程受けた銃撃の痛みが続いている。
イベントの影響もあって威力が上がっているそれは、決して無視できるようなダメージではない。
ブルースは身を苛む痛みにひどく苛立ちを覚えていた。


【E-5/森/1日目・朝】

【ピンク@パワプロクンポケット12】
[ステータス]:HP100%
[装備]:ジ・インフィニティ@アクセル・ワールド
[アイテム]:基本支給品一式、不明支給品0~1
[思考]
1:悪い奴は倒す。
2:一先ずはブルースと行動
[備考]
※予選三回戦後~本選開始までの間からの参加です。また、リアル側は合体習得~ダークスピア戦直前までの間です
※この殺し合いの裏にツナミがいるのではと考えています
※超感覚及び未来予測は使用可能ですが、何らかの制限がかかっていると思われます
※ヒーローへの変身及び透視はできません
※ロールとアドミラルの会話を聞きました
※魔王徴発令でアイテムを奪われましたが気付いてません。

【ブルース@ロックマンエグゼ3】
[ステータス]:ダメージ(小)
[装備]:なし
[アイテム]:不明支給品1~3、基本支給品一式 、アドミラルの不明支給品0~2(武器以外)、ロールの不明支給品0~1、ダッシュコンドル@ロックマンエグゼ3
      SG550(残弾24/30)@ソードアート・オンライン、マガジン×4@現実
[思考]
基本:バトルロワイアル打倒、危険人物には容赦しない。
1:悪を討つ。
2:森で待ち構え、やってきた犯罪者を斬る。









「まぁこんなもんですかね」
「おや? 襲撃は失敗したみたいだが、別にいいのかい?」
「構いませんよ。今回の第一目的はPKじゃなく、僕と貴方の立ち回り方の確認ですから」

襲撃を終えた能美はそう言って見せた。。その口調は余裕を滲ませていた。否、滲ませようとしていた。
ドレイクはその様子に微笑を浮かべつつ、自らのマスターの話に耳を傾けていた。

今回の襲撃――能美が襲われた振りをし、やってきた別のプレイヤーを挟撃するという策だ。
ドレイクが一見して一プレイヤーに見えること、自由に霊体化で姿を消せること、それらを活かした作戦である。
有効な策ではあるが、問題点もある。他の参加者を引きつけることで複数の「乗り気な」プレイヤーを引き寄せかねないところである。
そうなれば逆にこちらが追い詰められてしまう。その為逃走経路の確保もしておく必要があった。
がしかし、実際やってきたのは善人ども――ブルースらであり、その心配は杞憂に終わった。

そして挟撃した訳だが、結果として逃がしてしまった。
その訳を訪ねると能美は「ゲージが足りなかったので」と答えた。

「やはりSon……Servant On時のゲージ管理の方法を考えないといけませんね。
 貴方が破壊したオブジェクト分もゲージは回復するようなので、戦闘続行には問題ないと思いますが、貴方か僕、どちらかがスキルを使おうとすると途端に苦しくなる。
 いっそSon時はゲージ回収と割り切り、溜まりきったところでSoffに移行、僕が必殺技を使用しトドメを刺す、というのもありですかね。
 逆にSoffを基本として、奇襲としてSonにするというのもありですが」
「そうかい。ま、戦略的なことはマスターに一任するさ。アタシは副官だからね」
「勿論です。貴方が口出しする必要は一切ない。僕としてはこんなみみっちい立ち回りの仕方にあまり注力したくはないのですがね。
 英霊……そのデータをもう少し研究したいところです。ゲームでなく、現実に役立つ手段としてね」

そう言って能美は嘗め回すようにドレイクを見た。
その値踏みするかのような目は物を見るそれだ。人を見る目ではない。実に厭な、悪党特有の濁った色をしている。
ドレイクはそれを涼しい顔で受け流した。確かに悪党の視線であるが、しかしこんなものライダーが経験してきた並み居る悪党に比べれば可愛いものだ。

(ま、それでもシンジよりはいやらしい感じだねぇ。性根のねじ曲がり方では良い勝負だろうが)

今後の策を練っているらしい能美に、ドレイクは一つだけ尋ねることにした。

「ノウミ、一つだけ聞かせな」
「……何です、鬱陶しい」
「アンタ何でさっき火炎放射を使わなかったんだい?」

当初の予定では挟撃の際、能美は《火炎放射》を使う筈だった。
高威力高範囲を誇るスキルであるそれを使っていれば、あるいはブルースたちを仕留めることができたかもしれない。何せ彼らは完全に無防備だったのだから。
しかし彼は打ち合わせと違い、《火炎放射》ではなく《魔王徴発令》を発動した。赤い剣士に守られていた女にヒットさせたようだが、何故そうしたのか。

「……女の持つあの刀、あれがどうやらとてつもない強化外装のようでしてね。女が大層大切そうに握っていたんです。
 それを目の前で奪って見せたらどんな顔をするのか、ちょっと見てみたくなりましてね。まぁ目当てのものは奪えませんでしたが」
「はっ、その為にスキルを変えたってか」
「言ったでしょう。今回、彼らのPKは二の次だと。戦術の有効性が確認できるなら何でもよかったんです」

能美は吐き捨てるように言った。そしてそれ切り話は終わりだとでもいうように、口を噤み顔を背けた。
その様子を見てドレイクは微笑を浮かべる。

(結局、この子もシンジと同じだねぇ。どうしようもない悪党だが、どこまでいっても小悪党って訳だ。
 それともただの捻くれた子どもか)

能美はああ言ったが、それでも他のプレイヤーを減らすことができるならそれに越したことはない筈だ。
その機会を彼は逃した。自分の幼稚で下らない願望を満たす為だけに、だ。
陰湿で周到な策を講じることができる知能と、子どもの低レベルな感性が同居している。そのアンバランスさこそがこのマスターの特徴かもしれない。
慎二と同じだ。何かに欠乏している節があるところも含めて、彼らは似ている。
そして似ているからこそ分かる。慎二も能美も、ロクな死に方をしないだろうということを。

(もう少し時間があるなら別かもしれないだろうが、こんな場所じゃあね)

と、そこでドレイクは気付いた。顔を背けた筈の能美が、ちらちらと自分の方を伺っていることに。
最初は何かと思ったが、視線を追っていく内に気付いた。そして弾けるように笑った。

「ハハッ、ノウミィ……アタシの胸見てんな」
「……馬鹿なことを、そんな訳な――頭を撫でるのは止めてください、止めろと言っているでしょう、酒くさ――」
「成程ねぇ、アンタもこういうのが年頃って訳だ」

嫌がる能美を豪快に笑い飛ばしながら、ドレイクは思った。
能美は慎二より少しだけ大人かもしれない、と。慎二はまだこういうことには興味がないようだったから。

(ま、どの道子どもであることには変わりないがねぇ……我が司令官、マスターは)


【E-5/森/1日目・朝】

【ダスク・テイカ―@アクセル・ワールド】
[ステータス]:HP60%、魔力消費(極大)、令呪三画
[装備]:福音のオルゴール@Fate/EXTRA
[アイテム]:不明支給品1~3、基本支給品一式
[思考]
基本:他の参加者を殺す
1:憑神そのもの、あるいはそれに対抗できるスキルを奪う。
[サーヴァント]:ライダー(フランシス・ドレイク)
[ステータス]:HP70%、魔力消費(中)
[備考]
※参戦時期はポイント全損する直前です。
※サーヴァントを奪いました。現界の為の魔力はデュエルアバターの必殺技ゲージで代用できます。
ただし礼装のMPがある間はそちらが優先して消費されます。


054:『死の恐怖』は知っていますか? 投下順に読む 056:Liminality―境界線―(前編)
054:『死の恐怖』は知っていますか? 時系列順に読む 056:Liminality―境界線―(前編)
050:ヒロイックピンク インフィニティ ピンク 064:月蝕の迷い家
050:ヒロイックピンク インフィニティ ブルース 064:月蝕の迷い家
038:慎二とライダー ダスク・テイカー 064:月蝕の迷い家

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最終更新:2013年11月15日 00:16