会場のどこかの森の中。
 ヘルメットを被り、サングラスをかけた二頭身のアバターがそこにいた。

「どうなってんのよ、これ?」

 アバターこと、野球チーム『デンノーズ』の遊撃手、ピンクが辺りを見回す。
 自分の体がオンラインゲームのアバターになっている事や、周りが全く見覚えのない森の中である事に戸惑いを隠せないようだ。
 あのゲームはパソコンのモニターを見ながらアバターを操作するものだったはずだ。こうやって自分がアバターの中に入るというものではありえない。
 おまけに周りからピンク自身が持つ常人の数倍もの感覚が絶えず情報を拾っている。どうやら今の状態でもリアルでの超感覚は健在のようだ。

(ひょっとして、これがハッピースタジアムの本選? 野球ゲームのはずじゃなかったの?)

 最初に思い浮かんだ可能性は、先日予選を突破したオンラインの野球ゲーム『ハッピースタジアム』の本選というもの。
 ツナミの技術力なら、このようにアバターの中にプレイヤーが入るというような状態もできるかもしれない。
 最初に出て来たあの侍みたいな格好のアバターも、デウエスと同じようなものと思えば納得できなくはない。
 だが、ハッピースタジアムは野球ゲームだ。間違ってもこういう殺し合いなどではないし、何より本選開始はまだ先だ。

(でもこういう事ができそうなのってツナミぐらいしかいないし……ダメね、分かんない)

 少しだけ考えるが結局ツナミが怪しいという事くらいしか思いつかず、考えを早々に放棄する。
 ダークスピアからの警告の穴を見つけた時といい、自分の弱点を見抜いた時といい、こういう頭脳労働はジローの領分であって自分は実際に動く方が向いている。
 ……しかし、もし本当にツナミが関わっているのなら妨害はまずいんじゃないだろうか。
 ダークスピアから散々釘を刺されている状態で、その上こんな大きな行動を邪魔したら今度こそどんな目に遭わせられるか分かったものじゃない。
 だが、それでもヒーローがこんな殺し合いを見逃していいとも思えない。一体どうするべきなのか。

(そういえば、この体はあたしの体なのよね)

 ふと、ピンクの脳裏にある考えが浮かぶ。
 今の自分の体はツナミネット用のアバターだが、リアルの自分はヒーローの一人、桃井百花ことピンクなのだ。
 そしてピンクとしての能力である超感覚は今の体でも使えた。ならばもしかしたら。

「変・身!」

 もしかしたら、変身できるのではないか。
 そう思って、リアルと同じように変身しようとするピンク……が、数秒経っても何も変わらない。

「って、やっぱりできるわけないか」

 どうやらここでは、超感覚は使えてもヒーローへの変身は不可能らしい。
 考えてみれば超感覚は常日頃、それこそゲームでも使っていたし、変身していなくても使えるから今の体で使えてもおかしくはない。
 が、体が違う以上変身できないのは当然と言えば当然である。この分では透視能力の方も使えないと見ていいだろう。
 それに超感覚だって人間の脳の許容範囲を軽く超える情報量を一気に取り扱う以上、今の体ではリアル同様に使えるとは思わない方がいいかもしれない。

「――――あな――――ビじゃ――――」
「――――ゲーム――――ツナミ――――」

「話し声、ってことは近くに誰かいるみたいね」

 そうしていると、北の方から話し声が聞こえた。
 普段の感覚から考えると、少し遠いが視認は可能な程度の距離にいる。
 片方は聞き覚えのない女の声だったが、もう一人は少し前に試合をしたチームのリーダー……確かアドミラルとか言ったか。
 マナーは褒められたものではなかったが、ゲーマーとしての腕は確かだった。
 話の内容から察するにアドミラルは乗っていないようだし、女の方も同様に乗ってはいなさそうだ。
 ここが森の中である以上、こっちは向こうの二人には見つかっていないはず。乗ってないならもしかしたら協力できるかもしれない。
 そう考えて二人に接触するために声の方を見て――――

「――――え?」


     ◆


 時間はほんの少しだけさかのぼる。

「え? あなたはネットナビじゃないの?」
「これはゲーム用のアバターで、ちゃんと操作してる人間はいるんだ。
 それに、ネットナビなんて物は聞いた事も無いぞ。ツナミの新製品か何かか?」

 森の中、ピンク色のネットナビ・ロールと、眼鏡をかけ、大斧(おそらく支給品だろう)を持った二頭身のアバター・アドミラルが話をしている。
 この会場で初めて出会った人物だが、殺し合いには乗っていないとの事なので行動を共にしているのだ。
 今の話題はネットナビについて。名前からして何かのオンラインゲームのキャラとは思えないし、ツナミの新製品か何かだろうか。


「信じられない、今の世の中でネットナビがいない人がいるなんて……
 それにツナミなんて会社も聞いた事ないし、一体どういうこと?」

 そう言うロールも、ネットナビの存在を知らないアドミラルを不思議に思う。
 何しろ何十年も前に開発され、今なおネットワーク社会を構成する重要な要素だ。知らない方がおかしい。
 それに、ツナミという企業の存在も、今聞かされるまで知らなかった。
 真っ先に名前が出るという事は、少なくともネットワーク分野ではかなり大きい会社なのだろうが、それならN1グランプリのスポンサーもやっているI・P・C社の名前が出るだろう。
 全く知らない情報を知っていたり、知っていて当然のことを知らないアドミラルは一体何者なのか。

「ところで、あんたにはどんなアイテムが配られたんだ?」

 そう考えていると、アドミラルが急に話題を変えてきた。
 あまりにも急な話題転換だったが、よく考えてみればまだロールは支給品を見ていない。
 少しおかしいと思うが、道具の確認は確かにした方がよさそうだ。

「え、アイテム? そういえば、まだ見てなかったわね。
 ちょっと待ってて、今見てみるから」

 そう考えたロールは、そう言って視界からアドミラルを外し、メニューを操作してアイテム欄を開く。
 支給されたのは最初の話に出ていたテキストデータ以外だと、一挺の銃とマガジンが5つ。他にも何かあるようだ。
 説明を見ると、『SG550』と呼ばれる現実に存在するアサルトライフルらしい。マガジンはこの銃に対応したものらしい。
 ネットナビである自分は見た事が無いが、アドミラルが言ったようなどこかのゲームの中から持ってきたものなのだろう。
 そうしてSG550の説明画面を閉じ、別の支給品の説明を見ようとして――――






















 ざしゅ。


「――――え?」

 音とともに感じたのは痛み。
 より正確に言えば、肩口から何か重く鋭いもので叩き斬られたような痛みだ。
 予想もしなかった攻撃に思わず膝をつき、その場に倒れ込むロール。
 痛みでふらつく視界を何とか前に向けると、アドミラルが手に持っていた大斧をロールの体から引き抜いている。
 何故アドミラルが斧を? まさか今のはアドミラルがやったのか? 何故? どうして?
 苦痛と疑問が頭を駆け巡る中、アドミラルが口を開く。

「チッ、一回斬った程度じゃ死なないか」

 ……つまりは、そういう事。「殺し合いに乗っていない」というのは嘘だった。
 アドミラルは殺し合いに乗っていて、ロールを殺す為に今まで乗っていないフリをしていただけ。
 それが真相だった。

「アドミラル、どうして……どうしてこんな事……!」

 ざしゅ。
 ロールが問い質そうとするも、アドミラルはそれを無視して再び一撃。
 大斧がロールの体を叩き潰し、引き裂き、痛みを与えながら、HPをガリガリと削っていく。
 戦闘タイプではないロールにとって、受けたこともないような痛みが身を裂き、抵抗を封じる。

「痛い……痛いよ……」

 ざしゅ。
 苦しむ声にも耳を傾けず、一撃。
 幸か不幸か、この斧は元々存在していたゲームでは強力な部類に入る武器だ。苦しむ時間はそう長くはならないだろう。
 ……もっとも、これが弱い武器ならブルースをも上回る持ち前のスピードを使って逃げるくらいは出来たのかもしれないが。
 あるいは、もう少しだけ未来のロールならメットールを召喚して抵抗するという手も使えただろう。
 が、何を言おうがもう遅い。もはや自力で動くことすらかなわないロールには、今やどちらも不可能になってしまったのだから。
 HPはもう残り僅か。あと一撃受けたらそのままHPが尽き、デリートされるのは間違いない。
 そうして、アドミラルが再び斧を振り上げ――――

「い、いや……助けて、ロ――――」

 ――――ざしゅ。



【ロール@ロックマンエグゼ3 Delete】

     ◆


「まずは一人ってとこか」

 そう呟きながら、アドミラルがロールの支給品を回収する。
 真っ先にSG550とマガジンを回収し、装備を自分に支給された両手斧『人でなし』からSG550へと変更。
 FPSやRTSが本業であり、斧以外の武器が支給されなかった彼にとって、こうも早く銃を入手できたのは僥倖だと言うべきだろうか。

 彼がリーダーを務めるチーム・ジコーンズ。
 かつて栄光を誇った強豪チームだったが、近年は大会優勝も出来ずスポンサーからも見放される落ち目のプロゲーマーチームである。
 後がない今、彼らは再起を賭け『呪いのゲーム』と噂されるハッピースタジアムの大会へと参加し……決勝で敗退して消えたはずだった。
 それが今、アドミラルだけがこうやって別のゲームに参加している。
 決勝の相手であるデンノーズが『顔のない女』との試合に勝ったのか、それとも何の関係もない第三者によるものか。
 いずれにせよ、こうして別のゲームに参加している。それが現状だった。

 ドロップアイテムを全て回収し、次に行く場所を考える。
 周りを見ると、すぐ近くに平原が見える。森の中と言っても端の辺りだったという事なのだろう。
 平原に出て少し右を見ると、遠くからでも分かる程の巨大な建物が見えた。
 平原があり、すぐ後ろに森があり、巨大な建物が見える場所となるとD-6くらいしか無い。ならばあの建物は大聖堂か。
 森の中を歩き回るのも非効率的だし、人が集まるであろう建物を目指すのもいいかもしれない。
 考えをまとめると、さっきまでロールのデータ残骸があった場所を振り返り、もう聞く相手がいない答えを告げる。

「さっき『どうして』って聞いたよな? せっかくだから答えてやるよ。
 俺はプロのゲーマーだ。だからどんなゲームだって、誰よりも上手くできるんだ。
 その俺が、ゲームで負けるわけにはいかないだろ?」

 アドミラルには、一つ信じているものがある。
 それは、『プロである以上、どんなゲームでも誰より上手くプレイできる』という矜持だ。
 遊びでゲームをやってる連中とは違う。来る日も来る日も練習し、頭の中をゲームだらけにしている自分達にとって、ゲームとは人生そのもの。
 だからこそ敗北は許されない。人生全てをかけている以上、誰よりも上手くて当然なのだ。
 大会で優勝できずにくすぶっていても、それこそ専門外の野球ゲームとはいえデンノーズに二度敗れた今ですら、この矜持は捨てないし捨てる気もない。
 だからこそ彼はこの殺し合いに乗った。デス『ゲーム』を誰より上手くプレイし、クリアするために。
 敗北が死に直結すると言っても、このゲームに参加する前までやっていたゲームだって似たようなものだ。今更躊躇など無い。
 ツナミの存在を知らない相手がいたり、ネットナビという未知の存在がいるようだが、そんな事は関係ない。ゲームである以上、この手でクリアするのみだ。

「……そう言えば、最初のルール説明の時にあいつがいたな」

 足を進めようとした時に、最初のルール説明の場を思い出す。
 アドミラルにとっての宿敵であるデンノーズのキャプテン、ジロー。
 最初のルール説明の時、彼がそこにいたのが見えた。
 本業ではない野球ゲームとはいえ、二度もジコーンズを、自分を破った……ライバルと認めた男。
 あの男がここにいるのなら、このゲームはリベンジの場にちょうどいい。

「待ってろよ、今度のゲームは絶対に俺が勝ってやる!」

 ――――今度こそ、勝つ。
 目にライバルへの闘志を漲らせ、大聖堂の方へと歩き出した。


【D-6/森/1日目・深夜】

【アドミラル@パワプロクンポケット12】
[ステータス]:健康
[装備]:SG550(残弾30/30)@ソードアート・オンライン、マガジン×5@現実
[アイテム]:基本支給品一式、不明支給品0~2(武器以外)、ロールの不明支給品1~2、人でなし@.hack//
[思考]
基本:この『ゲーム』をクリアする
0:とりあえず大聖堂に向かう
1:ゲームクリアのため、最後の一人になるまで生き残る
2:ジローへのリベンジを果たす
[備考]
※参戦時期はデウエスに消された直後です
※ネットナビの存在を知りました
※ツナミの存在を知らない相手がいることを疑問視しています


     ◆


 全てが終わった後、惨劇の現場からすぐ南のE-6エリア。
 そこではピンクが必死になって走っていた。
 その顔は恐怖に歪んでおり、知らない人物が見たら到底ヒーローには見えないだろう。

(逃げなきゃ、あいつから離れなきゃ!)

 さっきは接触しようかとも考えていたが、あんな惨劇が起こった後ではそんな気など完全に消え失せた。
 何せ見知らぬアバターが惨殺される様を、斧でズタズタに切り刻まれる音を、常人より遥かに鋭い五感でしっかりと捉えてしまっていたのだから。
 人間態の時でも銃撃を痛い程度で済み、ヒーローの姿ならロケット弾にも耐え切り、戦闘用サイボーグすら倒せるリアルの肉体ならまだここまで恐れずに済んだだろう。むしろ退治することもできた。
 だが、この体は野球ゲーム用のアバターだ。RPGの戦闘程度ならこなせるが、それでもリアルの肉体よりずっと弱い。
 もう少し後の……例えばダークスピアとの決闘が終わった頃ならまだしも、今のピンクにこんな状態で戦えるほどの根性は無い。
 とにかく逃げなければ。ピンクの思考はその一言だけで埋め尽くされていた。


【E-6/森/1日目・深夜】
【ピンク@パワプロクンポケット12】
[ステータス]:恐怖、半泣き
[装備]:なし
[アイテム]:基本支給品一式、不明支給品1~3
[思考]
基本:死にたくない
1:アドミラルから逃げる
[備考]
※予選三回戦後~本選開始までの間からの参加です。また、リアル側は合体習得~ダークスピア戦直前までの間です
※この殺し合いの裏にツナミがいるのではと考えています
※超感覚及び未来予測は使用可能ですが、何らかの制限がかかっていると思われます
※ヒーローへの変身及び透視はできません
※ロールとアドミラルの会話を聞きました

支給品解説
【SG550@ソードアート・オンライン】
スイス・シグ社のアサルトライフル。
300m先の的に連射した場合、7㎝×7㎝以内に集弾できると言われる程の高い命中精度を誇る。
劇中ではGGOでダインが使用していた。

【人でなし@.hack//】
.hack//絶対包囲に登場する両手斧。攻撃力30。
装備すると以下のスキルが使用可能になる。
アクセルペイン:両手斧スキル。物理範囲攻撃。
アントルネード:両手斧スキル。闇属性の物理範囲攻撃。
ギアニランページ:両手斧スキル。闇属性の物理範囲攻撃。アントルネードより攻撃力が高い


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006:このままずっと行くのね嘘を積み重ねても 時系列順に読む 008:AI's
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最終更新:2013年08月05日 02:34