夜、草原を歩く。
風が舞い、生い茂る草がかさかさと擦れあう。
頭上に輝く星々が地を照らし、地平線までおぼろげながらも導いてくれる。

カイトとしては何度も見た光景だった。
無論現実ではなく、バーチャル上でのことだ。
ゲームの中で仲間で集い、共に足並みを揃えて冒険を始める。その際に似たような草原を歩いたこともあった。

その折に、周りの景色の美しさに感動してしまうこともある。
たとえバーチャルであっても、その時に抱いた感情はリアルなのだろうとも思う。
自分は今までこのアバターで得た思いは、決してまやかしなどではないのだ。
そういう意味で、この場はバーチャルであってもファンタジーではなく、リアルなのだ。

(まぁ今はまた別の意味でリアルなんだけど……)
この場は実際の死が絡む世界だという。
バーチャルにおいてのアバターの価値と、リアルにおいての身体の価値はここでは等しいといえる。
そうなればこの世界はもはや、もう一つの現実といってもいいのではないか。

カイトは既に似たような経験をしたことがある。
データを改変するイリーガルなスキル。八相と呼ばれる仕様を逸脱したモンスター。The Worldの根幹となった黄昏の碑文。そして謎の存在、クビア。
友を取り戻すため、自分はThe Worldで戦った。あの時の戦いにあったのは、敗れれば現実に還れなくなるという確かな緊張感だ。
今の状況はその点であの戦いと酷似している。バーチャルでありながらリアルであるというパラドックス。

(それでも景色が綺麗なのはありがたい……かな?)
八相との戦いにおいて、ダンジョンは多くのバグを発生していた。
グラフィックは崩れ、空間には奇妙なソースコードが浮かび上がり、美しい筈の世界が醜く歪んでいたのだ。
正直あまり見ていて気持ちの良いものではなかった。その点、この世界は美しいままなのは素直にありがたかった。

「マク・アヌまでどれだけ掛かるかな?」
「うーん、そうだね……夜明けまでには着く、かな?」
同行する女性PC、志乃の言葉にカイトは答えた。
マップ的には同じファンタジーエリアに存在する大聖堂とマク・アヌだが、位置的にエリアを横断する必要があり、到着までにはある程度時間が必要そうだった。

「それに……さっきの光も気になるし」
カイトは声色を落として言った。
先ほど、大聖堂を出てしばらくした時に、空を巨大な光が走ったのだ。
空に走る幾つもの光線は空を明るくする様子は、ある種壮大さを感じさせ圧巻とも言えた。
砲撃の類のようだったが、それはつまりこの場で既に争いが始まっていることを意味している。
あれ程の火力を持つことは通常プレイヤーには許されない。少なくともThe Worldには。
あるとしたらモンスターだろうか。それとも全く未知の別のゲームのプレイヤーだろうか。

何にせよこのまま何事もなくマク・アヌに辿り着けるとは限らない。
障害があると思っていいだろう。それがモンスターか、人かは分からないが。

「こんなゲームに乗ってしまうプレイヤーが……居るんだろうか」
「……たぶん居ると思う。悲しいことだけど」
志乃は目を伏せて言った。

「前に似たような事件……プレイヤーがログアウトできなくなる事件があったの。私は直接その場に居た訳じゃないんだけど……
 その時も、こういう閉鎖的な環境に耐えられなくなった一部のプレイヤーがPKに走っていた。
 それで何か好転する訳もないのに……」
「…………」
PKと志乃は言う。カイトには馴染みのない言葉だった。自分の知るThe Worldでは既にそのシステムは廃止されているのだ。
プレイヤー層が変ったというThe World R:2では、手ひどいPKが問題になっているようだった。
しかしそれもゲーム内でのことだ。こうしてリアルとバーチャルの壁が薄まった状況で、そんなことをできる人間が居るとは思いたくはなかった。

しかし、現にこうして危険がある以上、そうも言っては居られなかった。
カイトと志乃は互いの装備を確認し、最低限自衛ができるよう武器を装備している。
志乃はカイトが持っていた杖【イーヒーヒー】を装備している。
どうやらこの場では、元のジョブと似た武器ならば一応は装備できるらしく、志乃はそれを使って回復魔法が使えるようだった。
が、イーヒーヒーに付与されているスキル等は使えないらしく、あくまで元から習得していたスキルしか使えないようだ。

一方のカイトはというと、残念ながら双剣カテゴリの武器はなかったので、仕方なく二つの武器を代用する形で双剣を再現している。
右手にはダガーとカテゴライズされる短剣を、左手には志乃から譲り受けたナイフを装備した。
不格好だが、一応双剣士のモーションで武器を振るうことはできた。
また、どちらも中々の武装であるようで、ステータス画面を見ると結構な物理攻撃値を示している。
ただし当然スキル等は使うことはできず、通常攻撃のモーションだけで戦うことになる。
一応カイトは支給されていた【雷鼠の紋飾り】が装備できたので、そちらの回復スキルは使用できる。

と武装を固めてはいるが、これをプレイヤーに対して向けることになるのは、カイトとしても厭だった。
八相との戦いで、リアルを賭けた緊張感というものには慣れていた彼であったが、それでも別のPCに武器を向けたことはなかったのだ。

「何でそんなことするのかな。もうここは……この世界はゲームの一線を越えてしまっているのに」
カイトは思わずそんなことを疑問を口にしていた。
別に答えを求めていた訳ではなく独白に近い呟きだったのだが、志乃はそれを拾い神妙な口調で答えた。

「ゲームじゃないから、かも」
「え?」
「ゲームじゃなく、この場をリアルと何ら変わりない。そう思っているからこそ、怖いんじゃないかな?
 死の恐怖を克服できる人間なんて、きっと居ない。だから、PKに走る。そういうこともあるのかも」
「そう……かもね。でも」
分かり合えると信じたい。カイトはそう言った。

無論それが如何に大変なことかは知っている。ネットには悪意を持った存在が居るし、どうやっても話を聞いてくれない人間も居るだろう。
それでもカイトは仕方ないと切り捨てたくはなかった。八相との一件だって、最初仲間はバラバラだったのだ。
潔白なプレイヤーであるバルムンクは仕様外の力を使うカイトを敵視し、システム管理者であるリョースはまともに話を取り合ってはくれなかった。
協力的だったハッカーのヘルバも、CC社との協働は考えていはいないようだった。
それでもカイトは諦めず、何とか力を合わせようと奔走した。
結果、ブラックローズの助けもあり、一丸となって八相に対抗できるようになったのだ。
オペレーションテトラポッド、オルカ作戦……そうやって纏まったプレイヤーたちは戦った。自分たちの世界を守る為に。

「うん……そうだね、じゃあ頑張ろう」
その言葉に志乃は微笑みを浮かべ、そう言ってくれた。

「最初の場で、私も何人か知り合いを見かけたし……そういう人たちから始めて纏まることができれば、また状況も変わるかもしれない。
 同型PCかもしれないけど……ただ榊が言ってたしハセヲは確実にいると思う」
「ハセオ?」
「ううん、ハセヲ。わをんのヲの方。彼はきっと頼りになると思うから」
志乃と話しながら、カイトは希望の光が見えてきた気がした。
バーチャルでも、いやバーチャルだからこそ、築ける絆もあるのだ。
そんな希望が。












アドミラルは待っていた。
草原に身を伏せ、来るべき獲物をkillする為に。
その手には武骨なアサルトライフルがあった。
月の光を受け冷たく光るそれは、何時でも弾丸を放たれるようその銃口を草原へと向けられている。

彼が大聖堂を見つけたとき、そこから二人のプレイヤーが出てきたのが見えた。
丁度良い、と彼は思った。アイツらを次の獲物にしよう。二対一になるが、装備も先ほどより整っているし、不意打ちで片を付ければ何とかなるだろう、と。
しかし、そこで予想外の事態が起きた。
空に走った光。そして轟音。その音から察するに砲撃の光らしかった。
その光を見た時、アドミラルは焦った。この場にはあれほどの火力を持った存在が居ることに、驚きと焦燥を感じたのだ。
そもそも彼のアバターはこうしたアクションには向かない。ツナミネットのバトルエリアに対応してはいるし、全く戦闘用ではないという訳ではないのだが
それでも二頭身のそれは、激しい戦闘する際にはディスアドバンテージといえるだろう。

これであの火力に対抗できるかといったら、否だった。
今見つけたプレイヤーがあの火力に匹敵するほどの力を持っていないとも限らない。
ロールのように友好的に近づき、裏切るというのも考えたが、それでも二人相手にkillするのは少し難しいだろう。
怖気づいた訳ではないが、アドミラルとて一流のゲーマーだ。無謀なプレイングはしない。

そこで取った戦法は待ち伏せだ。
遮蔽物に身を隠し、一方的に攻撃する。相手に反撃の隙を与えないまま、一気に肩を付ける。
不意打ちなのは変わりないが、正面から相手にするのは極力控えようという魂胆だった。狙撃というのも考えたが、成功率の観点から止めた。

故にこうして彼は草原と森の境界。ちょうど岩と木々により周りから隠されたポイントで獲物を待っていた。
先ほど大聖堂で見かけた奴らがここを通る可能性は高かった。奴らの進行ルート的にエリア南西の街を目指しているように見えた。ならばこの付近を通る見込みは十分にあった。
待ち伏せ。FPSなどでは嫌われることもある戦法だが、それはプレイヤーが安全地帯に引篭る臆病者であることが多いからだ。
だが、アドミラルは違う。しっかりと実力を持ったゲーマーだ。どんなリスクを抱え、どうすればリターンを得られるかは分かっている。
この場でkillされることが、即ち現実での死に繋がるのだということも踏まえた上で、彼はその行動を選んでいた。

と、不意に音がした。
目を凝らすと、そこには先ほど目を付けた二人の男女が居た。

(ふふん、これだからアマチュアは)

アドミラルは内心で笑みを浮かべ、銃を構え直した。
ターゲットは目論み通りここを通った。となれば後は反撃の隙すら与えさせず一気に攻める。
アバターの形からどうやらMMORPG由来の者たちだろう。どこのゲームかは知らないが、対人戦にそう慣れているとは思わない。

アドミラルは息を殺し、待った。最も狙いやすいレンジにまで引きつけるのだ。
焦ってはいけない。これはタイミングが重要なのだから。

そして数十秒後、アドミラルは撃った。狙いは赤い男の方だ。
SG550が火を吹き、音を響かせ、5.56x45mmの弾がばら撒かれる。
世界でも最高水準の小銃とも言われるSG550は高い命中率を誇り、GGOにおいて再現されたその銃もまた優秀な武器だった。
またアドミラルのゲームで鍛えた高い射撃技術も相まって、弾丸は見事命中した。

「うわぁ!」
赤い剣士が悲鳴を上げる。
着弾した場所には、巨大なハンマーで叩かれたかのような衝撃が襲った筈だ。
「カイト君!」ともう一方の女の声がした。どうやら初撃には成功したようだ。

それを確認したアドミラルはすぐさま次の行動に移った。
一つの待ち伏せポイントに留まっているのは愚策だ。戦場は常に動いているのだから。
そうしてアドミラルは移動し、森の中へ入っていく。少し距離を取った後、彼は再び銃を構えた。
こうした戦術が取れるのも、SG550の高い照準性能のお蔭だ。300m先の的に連射すれば、7㎝平方で着弾できるという性能を活用し、撃つ。

今度は女の方を狙った。女は杖を構え、光を纏わせている。魔法スキルに属するものを使おうというのだろう。
それが攻撃用のものなのか、はたまた男(カイトといったか?)への回復用のものなのかは分からない。
が、こういったゲームのお約束として、魔法使いは詠唱中は無防備というものがある。
基本的に前衛が居てこそ成り立つジョブなのだ。ならば今が狙うには絶好の機会となる。
狙いをすまし、アドミラルはトリガーを引いた。SG550が再び火を吹き、弾丸を吐き出す。

「よし」
弾丸は女に命中した。アドミラルの予想通り魔法の詠唱中は無防備だったらしく、身体を仰け反らせ身体が吹き飛ぶ。
それを見たアドミラルは己の優勢を確信する。よし、このまま押していく――

「ファラリプス」
そう思った時、声がした。カイトの方だ。
見ると、そいつは立ち上がり己に対し魔法を掛けていた。優しげな光が彼の身体を包み、癒していく。
アドミラルは舌打ちをした。どうやらカイトの方も魔法が使えたらしい。
向こうが態勢を立て直す前に一気に攻める。そう思い距離を詰めようとする。

「はぁ!」
が、それよりも速くカイトが動いていた。
左右不揃いの剣を構え、素早い身のこなしでアドミラルの下へ駆け出していた。
先の銃撃で方向がバレたらしく、結果アドミラルとカイトは森と草原の境界線で互いに合い向き合った。

舐めるなよ。そう内心で呟き、SG550をカイトへと向けた。
が、トリガーを引く前にカイトが距離を詰め、その剣をアドミラルへと振り下ろした。
間一髪避けたが、その際に態勢を崩しアドミラルは転倒した。

(コイツ……場数を踏んでやがるな)

先ほど屠ったロールとは違う、慣れた動きにアドミラルは毒づいた。
カイトは突然の襲撃を受けながらも、すぐさま状況を把握し戦闘に備えた。
どうやらこの敵は熟練したプレイヤースキルを持っているらしい。

「どうしてこんなことをするんだ!」
カイトは倒れたアドミラルに刃を向けながら、そう叫ぶように尋ねてきた。逃げようとすればすぐさま剣が襲ってくるだろう。
糞、と小さく漏らし、アドミラルは次の行動を考えた。
こちらも斧を取り出して切り結ぶか。いやそれは無謀だと切り捨てる。
ゲーマーとしてスキルで劣っているとは思わないが、この二頭身のアバターで熟練者相手に接近戦は分が悪いように思えた。

「どうしてだって? 優勝する為に決まってるだろ」
時間を稼ぐため、アドミラルはカイトの問い掛けに答えた。
駆け引きの会話ではあったが、それは紛れもなく本心であった。それ以外の答えがあるのか、とすら思う。
『どうして』と先ほどのロールも同じことを聞いてきた。何故そんなことがコイツらは気になるのと言うのか。

「その為に人を殺してもいいと、君は本当にそう思っているの?」
カイトは続けて問いかけた。表情は暗がりに隠れて見えないが、その言葉尻には隠せない驚きが滲み出いていた。
アドミラルは哄笑した。どうやらこのプレイヤーもロールと同じようだ。
如何に卓越したプレイヤースキルを持っていても、所詮はアマチュア。ゲームをただの遊びとしか見てない奴らなのだ。

「勿論だよ。俺はプロなんだ。プロのゲーマーである俺が、お前らみたいなアマチュアに負ける訳には行かないだろ?」
「…………!?」
カイトの衝撃が伝わってきた。いいぞ、とアドミラルは冷酷な思考を働かせる。このまま揺さぶりを掛けてやる

「分かるか? お前らとは見てる世界が違うんだよ。
 ゲームをただの遊びとしか見てないようなお前らとは」
「そんなこと……」
「あるんだなぁ、これが!」
その言葉と共に、アドミラルは反撃に転じた。
突如起き上がり、素早く銃を捨て、メニューから取り出した斧を振りかぶる。
起き上ったことで、カイトの表情が見えた。
信じられない――その顔に浮かんだ驚きは、アドミラルに対する感情を端的に示していた。

斧と短剣が切り結ばれる。
カイトは咄嗟にアドミラルの反撃に対応するが、しかし上手く攻撃を裁けず右手のダガーを弾かれる。

(やはりな……コイツ、熟練者なのかもしれないが、対人戦に慣れてないんだ)

これまでの言動からカイトの弱点を見抜いたアドミラルはそのまま攻勢に転じた。
斧を振るい、カイトに迫る。剣を一つ失ったカイトはそれを上手く防ぐことができず、吹き飛ばされ地面に転がった。

「形勢逆転だな」
倒れたカイトに斧を向けながらアドミラルは言った。
武器を向けるアドミラル。倒れるカイト。構図としては先ほどの全く逆となっている。
が、自分はカイトのように躊躇うなんてことはしない。無駄なく、さっくりとkillする。

「おっと、どこかで見てるんだろ、女!
 変な真似すればコイツの命はないと思え」
アドミラルは初撃以来見失っていた女の方にも言葉を向けた。
無論、変な真似などしなくともカイトの命はないのだが、あくまで布石というものだ。

「じゃあな――素人」
そう言ってトドメを刺そうとした時、カイトが妙な動きをした。
まだナイフを持っている左手ではなく、何も持ってない筈の右手を掲げたのだ。
アドミラルが不審に思っていると、その腕の周りに奇妙なポリゴンが浮かび上がった。
線状に腕に纏わりつくそのグラフィックは、カイトのファンタジー然とした衣装から乖離した奇妙な造形をしており、まるで腕輪のようだった。

その得体の知れなさに、アドミラルはひどく厭な予感がした。
ただのスキルにしては、これはあまりにも――

「使うしか……ないのか」
「何を……!」
呆気に取られたアドミラルの対応が遅れている内に腕輪の光はどんどん高まっていく。
空間にバグを思わせる歪みが走り、不快なノイズがアドミラルの聴覚を刺激する。
そして、それは放たれる。

「駄目だ! やっぱり」
が、その直前カイトが腕を逸らした。
放たれた光はアドミラルの向こう、森の端の木に当たり、その情報を改変した。
光が終わったあと、残されていたのは醜く枯れた一本の木だった。

「ふ……ハハハ!」
その光景を見たアドミラルは、カイトの攻撃が失敗に終わったことを知り、声を上げて笑った。
今のがカイトの奥の手だったらしい。どんなスキルかは知らないが、どうやらコイツは絶好の好機を逃したのだ。

「何だ、今のスキルは? チートか? 最低だな、ハハハ!
 まぁ何にせよ自分で外してちゃ世話ないな」
「くっ……!」
「さて、じゃあ今度こそ終わりだな。二人目と行こうか」
そう言って、アドミラルは斧を向けた。そして力いっぱい振りかぶり――

「二人目、ということは既に一人は手に掛けた訳か」
瞬間、アドミラルの身体は一閃された。
青いソードが身体に刻まれ、激痛がアドミラルの身体を苛んだ。

(第三者の介入だと……!)

HPゲージが大幅に減っていくのを見ながら、彼はうめき声を上げ倒れた。
第三者の介入。謎の介入者はキルカウントを総取りするつもりなのだ。
カイトの腕輪に気を取られ、接近を許してしまった自分のミスだ。


が、その考えはまるで見当違いだった。その介入者は決してそのような意図を持って襲ってきた訳ではない。
ゲームクリアのためでなく、正義の名の下で戦う者。
そんな、まさしく見ている世界が違う者に、アドミラルは斬られたのだった。














倒れるアドミラルの向こうに、カイトが見たのは一人の赤い剣士だった。
剣士、といってもカイトや志乃のようなファンタジー風の恰好とは違う、メカニカルな外見だ。
彼は、倒れたアドミラルに対しバイザー越しに無慈悲な視線を送っている。

「カイト君!」
志乃の声がしたかと思うと、カイトの身体を優しげな光が包んだ。リプス――回復魔法だ。
カイトは志乃に礼を言って立ち上がった。志乃が近づいてくるのが見えた。
彼女も銃撃を喰らった筈だが、何とか立て直すことができたらしい。

「…………」
そんな二人の様子を無視したまま、介入者はアドミラルに対し青く光る剣を向けている。
剣を向けられたアドミラルは死んだように動かない。

「その、ありがとう。僕はカイト……えーと」
「ブルースだ」
カイトの言葉に反応して、顔を向けないまま剣士は短く名乗った。
それを見た志乃も続いて言葉を掛ける。

「うん。危ないところだった」
「問題ない。オフィシャルとして当然のことをしたまでだ。
 それよりも、お前に聞きたいことがある」
カイトと志乃が見守る中、ブルースはアドミラルに対し尋問を開始した。
アドミラルは「何だよ」と呻くように言った。

「お前が知っていることを全て吐け。このゲームは何だ? あの榊という男は何だ?」
「はぁ? 知るかよ。俺はただのプロゲーマーだ。ゲームに呼ばれたからクリアを目指した。それだけだよ」
「それ以外は何も知らないと?」
「そうだよ。クッソ……何で俺が」
悪態を吐くアドミラルを冷酷に見下ろしながら、ブルースは告げた。

「そうか……何も知らない有象無象だったか。ならば――斬り捨てるのみ」
無慈悲な宣告だったが、アドミラルは大して取り乱さず「勝手にしろよ」というのみだった。
寧ろ大きな反応をしたのは告げられた彼ではなく、見守っていたカイトだった。

「ブルース。彼を殺す気なの?」
「そうだが? コイツは紛れもない犯罪者だ。デリートすることに何の問題がある?」
「……駄目だ」
カイトは顔を俯かせ、しかし強い口調で言った。

「それじゃ駄目だ、ブルース。ここはバーチャルだけど、同時にリアルなんだ。
 こんな状況だからこそ、振るってはいけない力もあるんだ」
「何を言う。野放しにしろというのか?」
コイツは、と言ってブルースはアドミラルを示した。

「釈明の余地のない犯罪者だ。襲われたのはほかでもないお前だろう。
 カイト、お前は言ったな。こんな状況だからこそ、と。
 そうだ。こんな状況だからこそ、野放しにしておけない悪というものが存在する」
「でも……!」
「私も、カイト君の意見に賛成かな」
それまで黙っていた志乃が、そこで口を開いた。

「確かにこの人は許されないことをしたと思う。こんな状況でのPKは殺人者と何ら変わりない、というのは分かる。
 でも、PKに対しPKKで対抗していっても、きっと何の解決にもならない。寧ろ榊の思い通りにしかならないと思う」
「……お前らの言っていることは理解できないな」
ブルースは冷たく言った。

「悪は斬る――それのどこに問題がある。オフィシャルの仕事に口を挟まないでもらおう」
「でも!」
カイトとブルースは向き合った。
二人の間に険悪な雰囲気が流れる。が、そこにあったのは敵意ではなかった。
理解できない、納得できない、どうしようも主義主張の対立の結果が、これなのだ。

その対立を見ながら、内心ほくそ笑む存在もいた。

アドミラルは待っていた。
彼は決して諦めた訳ではない。HPゲージが0でない以上、逆転の芽は残っている。そう信じて機会を窺っていた。
そして、機会はやってきた。幸運にも向こうから転がり込んできたのだ。

ブルースとカイトが対立し、互いに向き合っている今、自分に対する注意は薄れている。
不貞腐れたかのような態度も功を奏した。既に奴らは自分を完全に無力化したと思っている。
だが、違う。自分にはまだ手が残っている。
バレないよう素早くメニューを操作する。
そして、アイテム欄から目当てのアイテムを見つけ、【使う】のコマンドを押した。

「【ダッシュコンドル】!」
ロールに支給品であったバトルチップを発動。
本来は攻撃判定を持つ突進を繰り出すという戦闘用チップだが、アドミラルはそれを逃走用として発動した。
身体に加速が急激な掛かり、ブルースの剣先から逃れる。

「ッ!」
「え!?」
ブルースらが困惑と驚きの声を残したのが分かった。
アドミラルは哄笑を上げながら、森の奥へと奥へと入っていく。
今は撤退し、態勢を立て直す。障害物の多い森ならば、撒くことは十分に可能な筈だ。

優勝する。その想いを胸に、アドミラルは逃走した。



【D-5/森/1日目・黎明】

【アドミラル@パワプロクンポケット12】
[ステータス]:HP30%
[装備]:人でなし@.hack//
[アイテム]:基本支給品一式、不明支給品0~2(武器以外)、ロールの不明支給品0~1、ダッシュコンドル@ロックマンエグゼ3
      SG550(残弾5/30)@ソードアート・オンライン、マガジン×5@現実
[思考]
基本:この『ゲーム』をクリアする
0:今は逃げる。
1:ゲームクリアのため、最後の一人になるまで生き残る
2:ジローへのリベンジを果たす
[備考]
※参戦時期はデウエスに消された直後です
※ネットナビの存在を知りました
※ツナミの存在を知らない相手がいることを疑問視しています





「逃がした……だと、またしても」
ブルースは重々しく呟いた。その口調には一度ならず二度も危険人物を取り逃がしたことへの衝撃があった。
彼は一瞬の沈黙の後、カイトを見た。
カイトもまた悔しそうに顔を俯かせている。

「これで分かったか、やはり悪は斬らねばならない」
ブルースはそう告げた。
彼としては別にカイトを責める気はなかった。
オフィシャルとしての活動に一般人による邪魔が入ることはままある。
かつてエレキマン騒動の際、ロックマンと光熱斗の介入により計画が失敗したこともあった。
一々そのことを一般人に当たり散らしても意味はない。苛立ちを感じるのは事実だが、それを責めるよりもまずやることがある。

「カイト、俺は奴を追う。そして斬る」
「…………」
何も言わないカイトを一瞥した後、ブルースは駆けだした。
今ならまだ間に合う筈だ。一瞬で蹴りを付ける。

彼の信じる正義の下、ブルースはその場を後にした。


【D-5/森/1日目・黎明】

【ブルース@ロックマンエグゼ3】
[ステータス]:ダメージ(小)
[装備]:なし
[アイテム]:不明支給品1~3、基本支給品一式
[思考]
基本:バトルロワイアル打倒、危険人物には容赦しない。
1:アドミラルを追う
2:ウラインターネットに向かう



「行っちゃった……」
森へと消えていったブルースを見て、カイトは力なく言った。
結局、分かり合えなかった。そのことに対する無力感が彼を苛んだ。
二人の存在が消え去り、森はひどくしんとしていた。葉がこすれ合う音すら聞こえるようだ。

「さっき、襲ってきた斧の人が言ってた。自分はプロだから、お前らとは違うんだって」
「カイト君……」
「そんな理由で、人を殺せる人が居るんだ。死の恐怖が理由じゃなかった。何も恐れないままこういうことができる人間も、居るんだ」
カイトは顔を俯かせ、自分の右腕を見た。
データドレイン。アウラから得たこの力を、自分はアドミラルに向けようとした。そうしなければ、殺されると思ったから。
しかし、その瞬間オルカの姿がフラッシュバックした。
オルカ――ヤスヒコはかつてスケィスのデータドレインをくらい、意識不明者となった。
この力を人間に向けることが、如何に危険かはカイトは理解していた。

だから直前で狙いを逸らし、アドミラルから外したのだ。
もしブルースが来なければ、あのまま自分はやられていただろう。それは事実だ。

「だけど……駄目だ。PKKしたって、何の解決にもならない」
ブルースの言葉は分かる。自分だって殺人者を許す気にはならない。
だが、分かり合えないと切り捨てていたら、全員が一丸と纏まることなどできる訳がないのだ。

志乃は何も言わなかった。何も言わないまま、カイトの傍に居てくれた。
カイトは振り返り、今まで歩いてきた草原を見た。
そこには変わらず美しいグラフィックで表された世界が広がっている。
同じ世界を見ている筈だった。だが、全く見ているものが違う人間たちも居る。
そのことを痛感した今、その美しさはまた別の意味を持っているように見えた。


【D-5/森/1日目・黎明】

【カイト@.hack//】
[ステータス]:HP90%、SP消費(小)
[装備]:ダガー(ALO)-式のナイフ@Fate/EXTRA
    雷鼠の紋飾り@.hack//
[アイテム]:基本支給品一式、不明支給品0~1
[思考]
基本:バトルロワイアルを止める。
1:自分の身に起こったことを知りたい(記憶操作?)
2:マク・アヌに向かう
[備考]
※参戦時期は本編終了後、アウラから再び腕輪を貰った後

【志乃@.hack//G.U.】
[ステータス]:HP100% 、SP消費(小)
[装備]:イーヒーヒー@.hack//
[アイテム]:基本支給品一式、不明支給品0~1
[思考]
基本:バトルロワイアルを止める
1:ハセヲと合流(オーヴァンの存在に気付いているかは不明)
2:マク・アヌに向かう
[備考]
※参戦時期はG.U.本編終了後、意識を取り戻した後



支給品解説
【ダガー(ALO)@ソードアート・オンライン】
作中でレコンが使っていた短剣。
背丈が低い<シルフ>が良く使う武器。レコンも1年の古参とあって使用ダガーの威力は高い。

【式のナイフ@Fate/EXTRA】
隠しボスである両儀式が使っていたナイフ。

【雷鼠の紋飾り@.hack//】
Lv76の頭部用防具。軽量級装備である為、全ての職業が装備することができる。
スキルは
ファラリプス
リプメイン

【イーヒーヒー@.hack//】
変な名前の杖。変な顔が付いている。
スキルは
ファバクドーン
ウルカヌス・クー
ウルカヌス・ルフ

【ダッシュコンドル@ロックマンエグゼ3】
スタンダードチップの一つ。ヘルコンドルを倒すと手に入る。
少し硬直した後、敵を貫通する突進をかける。威力は180。
ダッシュアタックより硬直が長い。

031:貴方の魂にやすらぎあれ 投下順に読む 033:ありすと空飛ぶ妖精の夢
031:貴方の魂にやすらぎあれ 時系列順に読む 033:ありすと空飛ぶ妖精の夢
008:デスゲームの大会が始まったようです アドミラル 050:ヒロイックピンク インフィニティ
019:ハートレス・レッド ブルース 050:ヒロイックピンク インフィニティ
011:時の階段 カイト 061:Spiral/stairs to the emperor
011:時の階段 志乃 061:Spiral/stairs to the emperor

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最終更新:2013年11月01日 02:04