別に何か叶えたい願いがあった訳でもない。
誰かに命令された訳でもなければ、崇高な使命があった訳でもない、
ただ――彼は何かしらの記録となりたかった。
西欧財閥から買い取った優良遺伝子を基に、没落貴族の跡取りとして彼は生まれた。
生まれてから様々な学習を施され、期待された能力に違わずそれを順調に身に付けている。
その結果、未だ8歳という年齢に似合わない非凡な学識や思考力、そして性格を形作ることになった。
そんな彼に、同世代の友人などできる訳もない。
少なくとも現実には。
代わりに彼はネットで一つの居場所を見つけることになる。
ゲームチャンプとして類まれなスコアを次々と打ち立てていく。それが彼の娯楽となった。
ネット上では周りとの現実での孤独感はなかった。
だから彼はゲームを続けた。馬鹿にされていると、知りつつも。
そうしてまだ生き始めたばかりの幼い彼には、一つの目的があった。
自分を生み出した両親から要求されたノルマは単純だ。大成すればいい。
何かしらの分野で多大な結果を残し、その家名を再び世に知らしめる。
その為だけに彼は「設計」され「作られた」。
彼は別に境遇に不満があった訳ではない。
自分には名を残すだけの能力があると思っていたし、その目的に沿って生きようと思っていた。
だから、彼はずっと思っていた。自分は何かの記録に残りたい、と。
ゲームでスコア更新に没頭していたのも、きっとその思いが根底にあったからだろう。
そんな最中、彼がふと聞いた噂がある。
万能の願望機。月で行われる魔術師(ウィザード)の戦い。その参加には死のリスクを伴う。
それを聞いたとき、彼は思ったのだ。
これで優勝すれば、きっと世界に消えない名を残すことができるだろう、と。
それが彼、間桐慎二が聖杯戦争に赴いた理由だった。
@
「死って」
微睡む意識の中、慎二はぽつりと漏らした。
「死ぬって、ああいう……」
そう言ってゆっくりと目を開けると、緑の木々と、その向こうに広がる幾分明るくなった夜空があった。
それをしばし放心したようにぼぅっと眺める。
深い眠りから覚めた後の、身体が鉛に入れ替わったかのような倦怠感が首から下に付いて回る。
どうやら自分は樹にもたれかける形で寝かされていたようだ。背中がチクチクしていて痛い。
「起きたかね?」
聞き覚えのある声が掛けられた。
見ればそこに居たのはヒースクリフだ。
今しがたライダーに相対し、人間でありながらサーヴァントと互角以上の戦いをして見せた男。
――自分を破り、そして何の意図か救って見せた。
「ああ、アンタか……」
「シンジ君、といったか?
地上に降りた途端に、君は気を失ってしまったのでね。
休息も兼ねて森の一角で寝かせておいたのだが」
ヒースクリフは悠然と語る。
最後に見た時と同じく彼の鎧はところどころ焦げ付き、一部装甲が吹き飛んでしまっている。
だが、彼自身は既に万全の状態と同じく、息を整え余裕を持った表情で慎二を見下ろしている。
「場所は【E-5】だ。
あれから多少動いたよ。あれほど派手にやったのだから、他の参加者にも目が付いているだろう。
あの場に留まっているのは危険だった」
ヒースクリフの言葉に、慎二は「そうか」と億劫そうに答えた。
彼の思惑が何にせよ、もう彼と事を構える気にはなれなかった。
それよりももっと考えなくてはならないことがある。
「……ここって死ぬんだな。
敗けたら、本当に」
今しがた刻み込まれた死の恐怖。
電脳死などありえないと思っていた。
ネットで流れる無責任でナンセンスな噂に過ぎない。そう決めつけて慎二は聖杯戦争に参加したのだ。
ただのゲームとして。
「ハハッ……何だよ、ソレ」
額を抑え、慎二は乾いた笑い声を漏らした。
その声は、ひどく自嘲的で弱々しい色を含んでいた。
「死なんて、まだ考えたこともなかったし、考えたくもなかったけど……」
実際に死に直面して分かったことがある。
アレは本物だ、と。
何故かは分からない。何の根拠もない単なる直観だ。
あのまま落下してもまた復活していたかもしれない。そう思い込もうとすることもできるが、それは逃避に過ぎないということも慎二は分かっていた。
「……君はこの場をゲームだと思っていたのだな?
真なる世界ではなく」
そんな慎二の様子を見たヒースクリフが無感動に言った。
そこには嘲りもなければ同情もない。強いて言えばつまらないものを見た、とでも言うような平坦さだ。
「……ああ、そうだよ。聖杯戦争なんて、所詮ゲームだと思っていたさ。
ゲームチャンプとして、僕が名を残すに相応しい……」
その声は徐々に小さくなり、最後になると彼自身何と言っているのか聞き取れなかった。
「聖杯戦争」
だがヒースクリフはその中の一つの単語にだけ反応し、付け加えるように尋ねていた。
「先ほどから言っていたが、それが君が今まで居た仮想世界か?」
「は? 何言って……」
「私は知らないんだ。君の言う聖杯戦争というものをね」
慎二はヒースクリフを目を丸くして見返した。
彼はこの場を聖杯戦争の延長ではないのか。ならば何故それを知らないプレイヤーが居る。
そんな疑問が湧きあがるが、同時に合点が行くところでもあった。
ヒースクリフの力。人間でありながら、サーヴァントと生身で戦う存在など聖杯戦争にシステム上あり得ない。
――だが、この場が聖杯戦争でないのなら。
「ハハッ……そうか、そういうことか」
「説明を頼みたい」
ヒースクリフの言葉に、慎二は沈黙した。
何も言わず、ちらと右腕を見た。そこには赤く刻まれた三画の令呪がある。
恐らくライダーとの契約は切れていない。先ほどの消滅は魔力枯渇によってのものの筈だ。
ならば魔力さえ回復すれば再び現界させることができるだろう。
それを念頭に置きつつ、慎二は語り始めた。聖杯戦争のシステムや内情を、ゆっくりと。
この場が聖杯戦争でないのだとしても、これが殺し合いであることには変わらない。
もしかしたらヒースクリフは慎二から情報を絞り取った後、自分を殺すかもしれない。
ならばどうにかしてライダー再現界までの時間を稼ぎ、せめて自衛はできるようにしなくては。
とはいえ霊体化状態でもサーヴァントは喋ることはできる筈だ。
にも関わらず彼女は沈黙を保っている。そのことからもしや……、と慎二は僅かに不安を覚える
この場が聖杯戦争でないのならサーヴァントの仕様もまた変更されている可能性があった。
(ハッ……あの女だって僕のサーヴァントなんだ。
敗けたことが恥ずかしくて顔を見せられないだけさ)
慎二はそう言い聞かせ、何とか不安を忘れようとした。
サーヴァントを失ったマスターの末路。それは想像するにも恐ろしかったのだ。
@
「ふむ。SE:RA:PHにムーンセル・オートマトン。それに魔術師(ウィザード)か」
一通り慎二の話を聞き終えたヒースクリフは、腕を組みそう呟いた。
そして口を閉ざし、何かを思案するように目を閉じた。彼なりに慎二の言葉を咀嚼し分析しているのだろう。
ヒースクリフとの会話は少々奇異に思えるところがあった。
聖杯戦争のこと以外にも、西欧財閥の支配体制など普通に生きていれば知っているべき情報についてまで語らされたのだ。
時間を稼ぎたい彼からすれば願ってもないことだったが、
そんな子どもでも知っているようなこと(八歳児の彼が言うのだから間違いない)まで尋ねるヒースクリフの意図までは読めなかった。
(お、おいライダー)
そんなヒースクリフを尻目に、慎二はライダーと意思疎通を図ろうと小声で語り掛けた。
休みを取り眠ったことで魔力も多少なりとも回復している筈だ。
どれほどの時間現界できるかは分からないが、それでも現時点では彼女だけが慎二の味方なのだ。
だから、今のうちに話をして起きたかったのだが、ライダーの反応はない。沈黙したままだ。
そのことに胸の内からせり上がるような焦燥が浮かび上がる。
何時ヒースクリフがまた剣を向けてくるかは分からないのに、一体何をやっているのか。
そう怒鳴りたい気分になるが、ヒースクリフの冷徹な瞳が目に入り、慎二は「ひっ」と声を漏らしてしまった。
「そうか……成程、情報提供感謝する。慎二君」
「あっ、ハハッ、別にどうってことないさ……これくらい」
「では、そろそろ――」
「え? ああ、その急ぎ過ぎじゃ……」
「む?」
「いやもう少しここで休んでいてもいいんじゃない――ですかなって?」
曖昧な愛想笑いと身振り手振り使ってヒースクリフを留めようとする。
それを見下ろすヒースクリフの瞳はひどく冷ややかで(少なくとも彼にはそう見えた)慎二は厭な汗が背中を伝うのが分かった。
(ク、クソッ。ライダーの奴さっさと反応しろよ。
これじゃ僕がヤバイだろ。だから早く……っと!?)
と不意にヒースクリフが剣を抜いた。
青白い氷のような刀身が慎二の目の前で揺れ、思わず彼は後ずさりする。
「あのーヒースクリフさん? そのもう少し」
「少し静かにしていてくれ」
「お、おお!?」
と、次の瞬間、ヒースクリフが剣を振るった。
空を切る鋭い音がして、慎二の奇声が森に響いた。
そして、
「おや、気付きましたか?」
だん、と剣が鈍い音を立てて何か弾き返した。
それに伴いどこからか少年の声がした。
「変な視線を感じたからね。それにあれだけ派手にやったのだから誰一人やってこない方がおかしい。
――君のようなレッドプレイヤーがね」
ヒースクリフは慎二を見ず、どこか別の方向を見ている。
その視線を追うと、そこには不気味に佇む黒い異形の影があった。
闇色の装甲にメカニカルな右腕と異様な触手の付いた左腕。頭部のバイザーの向こうには赤紫色の炎が茫洋と浮かんでいる。
そんな、ひょろりとした細身の身体が、夜の森に浮かび上がっていた。
「そうですか。ま、何でもいいですけど」
どうみても人間には見えない姿であったが、響く声自体は子供のそれだ。
その乖離が逆に不気味さを助長しているようにも慎二には思えた。
「さっさとやられて貰いましょうか」
その影はそう言って再び触手を振るった。
鞭のようにしなるそれが遠方より襲う。ヒースクリフはそれを先と同じように剣で弾こうとする。
が、今度はそうもいかなかった。一本は弾くことができたが、遅れるように放たれたもう一本の触手が剣に絡みつく。
「…………」
しかしヒースクリフは焦らない。その膂力を持って触手ごと剣を振り払い、結果影もまた吹き飛ばされる。
少年のうめき声がした。と、同時に今度は肉を切る厭な音がした。
「む」とヒースクリフは漏らす。見れば影は己の左腕を、その右腕に付いたカッターで切り裂き自由になっていた。
自分を傷つけた――と思った途端、その左腕ににょきりともう一本の触手が生えてきた。
「まるでイソギンチャクのような腕だな」
「ヒトデらしいですよ、これ」
そんなやり取りが交わされると同時に、影は再び触手を放つ。
今度はヒースクリフは剣で受けず、代わりに盾でその攻撃を受けた。
ライダーの攻撃を受け切ったその力で触手を弾き返す――と思いきや、防護盾は光ることなく、ヒースクリフの手から弾かれることとなった。
「流石に限界だったようだな」
ヒースクリフはそう漏らし、吹き飛んだ盾には一瞥もくれず、代わりに剣を両の手で握りしめ影と相対する。
影は「ははん」と嘲るように笑い、だらりと触手を地面に垂らした。
彼らの戦いを慎二はヒースクリフの後ろで縮こまるように眺めていた。
サーヴァントが居ない以上、何もできないのだ。もし彼らがこちらに刃を向けた瞬間、全てが終わる。
そう思うと、慎二は気が気でなくなった。
(ライダー、おいライダー!)
必死に呼びかけるが、ライダーからの返答はない。
まさか本当に消えてしまったのか。慎二は多大な喪失感を覚えずにはいられなかった。
(何だよ、僕のサーヴァントだろ!
そりゃうるさかったし、金払わないと働かないしで正直面倒な奴だったけどさ、
僕のサーヴァントになった以上は僕を置いて消えるなよ!)
沈黙する虚空に慎二は懸命に訴える。
そうしている間にもヒースクリフと影の戦いは続いていた。
彼らは一進一退の攻防を続けているようだ。否、僅かにヒースクリフが優勢か。
「……ったく、面倒な人ですね」
戦いの最中影がそう言って首を振るのが分かった。
彼も攻めあぐねているのだ。消耗しているとはいえヒースクリフの技の冴えに衰えはない。
盾を失っていても、その技を使い影の触手やカッターを見事にいなしていた。
とはいえヒースクリフも楽ではないだろう。
彼とてライダーとの連戦だ。あの光る盾のスキルも使えなくなったようだし、余裕があるとはとてもではないが思えない。
「続けるかね?」
「続けますよ。貴方方でしょう? さっき空で派手に撃ち合っていたのは」
「だとすれば君はどうする?」
尋ねられた影はそこで再び「ハハッ」と笑い声を上げ、
「奪わせてもらいますよ。
――その力、そのスキルをね」
影はそう言って、ヒースクリフから視線を逸らす。その先に居たのは――慎二だった。
「先ずは貴方から行きましょうか!」
ヒースクリフを倒すのは手間がかかるのと見てか、影は攻撃対象を慎二に変え襲い掛かってきた。
触手が放たれ、無力な慎二に迫る。ヒースクリフも動くが、間に合うまい。慎二を守るような配置に居た彼だが、戦闘の最中位置がズラされていた。
そのタイミングを狙われたのだ。
「ひっ……!」
慎二は腰を抜かし、情けない悲鳴を上げる。
思わず目を瞑り、そして先覚えた死の恐怖が脳裏にフラッシュバックする。
(僕は――)
何かを思う前に、慎二は叫んでいた。
「ラ、ライダァァァァァ!」
すると、
「アアン、うるさいねぇシンジ。
少しくらい休ませて欲しいね、全く」
声がした。ひどく聞き覚えのある、そして求めてやまなかった声が。
「え?」
「副官使いの荒いマスターだね。本当、アンタは。
ま、それでこそわがマスター、どうしようもない小悪党かい! ハハッ!」
一人の女性が慎二を守るように現れた。同時にその手で触手を弾き返す。
胸元の大きく開いた赤いコートを羽織り、顔に傷の走る彼女は、豪快な笑い声を上げている。
慎二は呆けたようにその姿を見上げた。
彼女こそ慎二のサーヴァントにしてライダー、フランシス・ドレイク。
「何だい、シンジ。バカみたいな顔晒してさ」
「あ、あはは……何だ、お前、居るじゃないか。だったら、返事しろよ」
「そんなこと言われてもねえ、アタシだって休みたい時はあるしね。
あんな戦いの後だったし回復が必要だってことさ……っと、お、ヒースクリフ! アンタも居るんじゃないか」
慎二との会話を最中、近くに立つその姿を見つけ、ライダーは笑みを浮かべ呼びかけた。
「さっきは中々効いたね。 ありゃラム酒より強烈だった!」
「ふ、また会えるとはね。その言葉、光栄に思っておこう」
「で、何だい? この状況?
アタシはシンジの叫びで目醒めたところだからよく分かんないだけどね、アンタはまた敵かい?」
ライダーは慎二とヒースクリフと、そして彼女にしてみれば新顔であるだろう影を眺め言った。
「私としては再戦は止めて貰いたいね。今はそこの彼と戦っているところだ」
「ふぅむ、となるとそうか! 今度の敵はアイツでアンタは味方ってことかい。
いいねぇ、ついさっきまで敵だったのが味方になる――戦場の醍醐味だ」
ライダーは声を立てて豪快に笑い、そして慎二を見て尋ねる。
「それでいいのかい? マスター」
「あ、ああ……」
「そんなに呆けた顔をしなくてもいいじゃないか。折角アタシが助けに来てやったのに」
「って、おい止めろ。頭を撫でるな! ちょっと、おい」
そんなやり取りを見てか、影は呆れるように言った。
「はぁ、何ですか、貴方は?」
「何って、アンタの敵さ。少なくとも今はね」
ライダーは不敵な笑みを浮かべ、影に向き合い、そしてその手に持ったクラシカルな拳銃を向けた。
「じゃあやっちまおうか! シンジ」
「お、おうライダー。行け!」
その言葉を受けライダーは駆けた。多少回復したとはいえ魔力量は相変らず苦しい。スキルの類は使えないと見て良いだろう。
だが、ヒースクリフも居る。互いに消耗しているとはいえ、その技量は共に高い。
加えて二人がかりならば、あの影を相手するには十分だろう。
そして、予想通り二人は優勢だった。。
ライダーが銃で牽制し隙を作ったところで、ヒースクリフのソードスキルが炸裂し、更にダメ押しの弾丸が叩き込まれる。
その流れが何度か繰り返され、影は為すすべもなくやられていくのみだ。
(行ける。行けるじゃないか)
その戦いを見て、慎二は興奮していた。
先ほどまでの恐慌が嘘のように胸が高揚するのが分かる。ライダーが無事だと分かっただけでこうも違うものか。
彼女が登場に、思った以上に自分が喜んでいたことに気付き、慎二は意外な気分になった。
(ふ、ふん。そりゃアイツが居なかったら、僕が聖杯戦争に戻ったときに困るからね。
当然だよ、当然。マスターとして……)
そして、戦いは終わりを見せた。
影は苦悶の声を漏らし、膝を付いた。
ヒースクリフとライダーの連携に、敗れたのだ。
「ははは、ざまぁないね。襲っておいてそれかよ」
慎二はそう言って影に近づいていく。
今後はこちらが嘲笑を向ける番だ。自分たちの力にこいつは惨敗を喫し、こうして無様な姿を晒しているのだ。
これを笑うのは勝者の当然の権利だ。
「全く、アジア圏NO.1にしてゲームチャンプである僕に喧嘩売るなんて、十年どころか百年早いんだよね。
これだから素人って奴はさ。実力差ってものを考えないんだよな」
「…………」
「ま、これに懲りたら精々僕のプレイ動画でも参考に――ってなぁっ!?」
と、それまで膝を着いていた影、突如として動き慎二を襲った。
「慎二君!」「シンジ!」と声が響く。ライダーとヒースクリフも動く。
剣と銃が影に向けられ、そのボディを吹き飛ばす――
「もう遅いですよ。
――《デモニック・コマンディア》」
――前に、影が吐き捨てるようにそう言った。
瞬間、どす黒い光の柱が慎二を襲う。
その光景がまるで闇に呑まれるようで、慎二は恐怖のあまり叫び悲痛な叫び声を上げていた。
その脳裏に浮かぶ死の恐怖。
今しがた感じたあの猛烈で絶対的で圧倒的な欠落感を、また味合わなくてはならないのか――
だが、慎二には予想したような痛みは来なかった。
闇が引いたあとも、何の痛みもダメージもない。ただ何か吸われるような消失感があっただけだ。
慎二が拍子抜けしていると、影が吹き飛ばされていた。ヒースクリフの剣だ。
「あ、はは。何だ、ビビらせるなよ……」
そう強がるように言って、慎二は立ち上がる。
よく分からないが、窮鼠の一噛みという奴だろう。
少々不用意な行動を取った結果、ヒヤっとさせられたが身体はこの通り何てことのない。
後は満身創痍であろう影を叩きのめすだけ。そう思った彼はライダーを呼びつけた。
「よし、やれ! ライダー。アイツを倒せ!」
だが、ライダーは困ったように肩を竦め、
「あーすまないね、シンジ。アンタとはここまでみたいだ」
「は? お前何言って……」
そこで慎二は気付いた。
己の手から、何か、あるべきものが消え失せていることに。
「え?」
右手の甲に刻まれている筈の令呪が消えていた。
サーヴァントとの契約の証にして、聖杯戦争の参加権である筈のそれが。
「おい、何だよ、何だよ……コレ」
「ふふふ、アハハ!」
幼い無邪気さと大人びた粘着さを共に含んだ厭らしい笑い声が響いた。
あの影だ。吹き飛ばされたあの影が、腹を抑えるようにして笑っている。
そして、ゆっくりと立ち上がり、その左手を見せ、
「こういう事です」
その環節の浮き上がる生物的な造形の奇怪な左腕。
その肘の部分に、赤い光が刻まれていた。その光はどこまでも見覚えのあるもので――
@
「僕の……令呪。嘘だろ、そんな……」
影――能美征二/ダスク・テイカ―は、アホみたいに呟く慎二を見て笑いをこらえるのが大変だった。
そう、あの声だ。今まで何人ものスキルを奪ってきたが、その度に奪われた者は似たような反応を示す。
嘘だ。信じられない。一様にそう言うのだ。今ある現実というものを認めることができない。かつてのシルバー・クロウのように。
その様子はどこまでも哀れ滑稽で何度も見ても笑える。しかも今回はデュエルアバターでない、生の人間の顔が見えるのだから堪らない。
「ふふふ、嘘じゃない、ほんとなんですよ。これがね。
これが僕の必殺技、《魔王徴発令》です。効果は単純、対象者のスキル、強化外装を奪います。永続的にね。
この意味、分かります?」
刻まれた赤い紋章――令呪というらしい――を見せびらかすように撫でつつ言った。
元より能美は慎二やヒースクリフのスキルを狙って近づいたのだ。
エンデュランスから命からがら逃げだした彼は、その途中、空を走る巨大な閃光を目にする。
その様相は遠目に見ても壮絶で、思わず息を呑んだが、同時に冷徹な思考も働かせていた。
あれほどの火力、どのようなスキルかは知らないが十分に奪うに値するものだ。
エンデュランスの変身スキルに対抗する為にもアレは奪いたかった。
そう思い、空での戦いを見ていた能美だったが、流石にあの戦いに介入することはできなかった。
ここに来る直前まで有していた飛行スキルがあれば別だっただろうが、今の能美はそれを失っていた。
シルバー・クロウから奪った飛行スキルだが、ライム・ベルの必殺技により手放すことになってしまったのだ。
その事実に屈辱を感じはするが、だが何の因果か自分はブレインバーストを失うことなく、こうして立っている。
ならば報復の機会はあるだろう。バトルロワイアルなど面倒事以外何事でもないが、その事実だけは感謝しておこう。
何にせよ、そうして空での戦いを見ていた能美だが、戦いが終結し二人の人間が空から墜ちてくるのに気付いていた。
彼らが戦っていたプレイヤーだろう。遠目でよく見えなかったが、どこに堕ちたかは大体分かる。
そう思い、森を探索したところでヒースクリフらと遭遇し、今に至る。
あの火力を持つ力は使ってこなかった。ずっと警戒していたが、予想通り彼らは激しく消耗していたようだ。
自分が旨いこと漁夫の利を得たことを認識し、能美はほくそ笑む。
「返せよ! 僕の、ゲームチャンプの僕のサーヴァントなんだぞ!」
「はぁさっきから貴方ゲームチャンプとか言ってますが、貴方もアレですか?
ゲームにやたらのめり込んで、ゲーマーとしてのプライドとか語っちゃう類の人ですか。
全く、何だってそう馬鹿なんです? ゲームなんて下らない。そんな意識に僕を巻き込まないで下さい。
僕ならこの力をもっと上手に使うことができますよ。ゲームスコア以外のことにもね」
「なっ……お前ェ!」
ゲームチャンプ。何て下らない響きだ。バーストリンカーとしての資格がどうこう語っていたシルバー・クロウたちと同じくらいに。
そう嘲ってみせたところ慎二は激昂し、能美に掴みかかろうとしてきた。
だが、それを阻む者が居た。
「おっと、それ以上来るなよ、シンジ」
「なっ……ライダー」
能美に近づこうとする慎二に、ライダーはカチャリと銃を向ける。
今しがたまでマスターであった存在であるが、その行いに迷いはなかった。
「アンタのことは結構気に入っていたんだけどね。
ま、仕方がない。これもまた戦場の常ってね。上官が入れ替わるなんてのもそう珍しい話じゃないさ」
「ラ、ライダー……お前、本当に」
「言っただろう? シンジ。
ついさっきまで敵だったのが味方になる。それが戦場の醍醐味だ、ってね。
なら逆だって醍醐味じゃないか! ハハ!」
向けられた銃口を慎二は呆然と眺めていた。
それを能美は再度嘲笑し、ライダーと呼ばれた女性の隣までつかつかと歩く。
「よーし、アンタが新しい上官か。
アンタも中々の悪党みたいだねぇ、まぁよろしく頼むわ」
背中越しにライダーがそう語り掛けてくる。
能美は己の右肘に刻まれた三画の令呪を見た。
予想通り、このライダーというのはあのワカメみたいな髪をした男のスキルだったらしい。
守るようにして現れたことや先のやり取りから推測したことだが、スキル扱いならば奪えるのではないか。
そう思い決行した強襲であったが、結果はこの通り、しっかりと奪うことができた。
能美は知る由もないことだが、本来サーヴァントのデータ容量は《魔王徴発令》で奪えるキャパシティを優に超える。
ムーンセルで再現された英霊のデータは並の容量でなく、そのスペックを考えればサーヴァントを《魔王徴発令》で奪えるかは否だ。
もし彼がライダーに《魔王徴発令》を発動していた場合、彼女自身はおろか、そのスキルも奪うことはできなかっただろう。それは既に人の域を越えた存在なのだから。
だが、それはあくまでサーヴァントの話だ。
契約と絶対命令権を意味する令呪はその限りでなく、この場において《魔王徴発令》でも奪うことができたのだった。
「で、命令はあるかい? マスター」
「そうですね、フフフ。では、彼らの殲滅を」
「了解っと、じゃあね――シンジ」
能美とライダーのやり取りを慎二は放心したように聞いていた。
呆けた顔をした彼にライダーは容赦なく引金を――
「ここは撤退だ、慎二君」
「はっ、やっぱり来たねぇ! ヒースクリフ」
――引くよりも早くヒースクリフの剣が振るわれた。
その神速の一撃を能美とライダーは散開して避ける。
その間にもヒースクリフは慎二をその手を引き、後ろへ下がっている。
そして、ライダーを一瞥し、
「貴方との戦いは楽しいものだったよ。かの大英雄と対決と共闘の両方ができるとはね。
だからこそ――この結果は残念だ」
「ま、そういうもんさ。戦場は常に一期一会、過去も未来もありゃしない。
一瞬一瞬しかないのさ。その時の巡り合わせ次第で如何様にも転ぶ。
偶然でなく、必然としてね」
そう会話を経てヒースクリフは手元で何かを操作し始めた。
メニューを弄っているようだ。
「……ッ!? 飛行スキル? いや、強化外装の一種か」
慎二の身体を抱えたヒースクリフの身体が浮かび上がり、どこかへ去って行こうとする。何かのアイテムを使ったらしい
能美は思わず驚きの声を漏らす。
考えてみればつい先ほどまで空で戦っていたのだから、この手の技があるのは予想しておくべきだっただろう。
しかしそれでも驚きを禁じ得ないのは、やはり飛行スキルというものが希少という意識があるせいか。
「一度退かせてもらうよ」
「そうかい。じゃあ、また縁があれば会おう。
――じゃあね、シンジ! これで契約解除さ」
隣りでライダーがそう言って豪快に笑っている。
その様に僅かに苛立ちながら「アレを打ち落とすことができるのでは?」と問い詰める。
「ん? ああ、そりゃ無理だ。アンタの魔力が足らない」
「魔力……? 成程、そういう仕様ですか」
能美は己のステータスを確認し、必殺技ゲージが徐々に消費されているのを確認する。
どうやらライダーの召喚、スキル使用にはデュエルアバターの必殺技ゲージを使用するようだ。
恐らく魔力というパラメーターの代用となっているのだろう。
そのシステムが分かったのはいいが、これは少し問題かもしれない。
ライダーを運用すれば必殺技ゲージが常に減っていくことになる。
このダスク・テイカ―は略奪スキルこそ驚異的な威力を誇るが、基礎的なスペックはかなり低い。
それ故に奪ったスキルを効率的に使いこなす必要があり、ゲージ管理のことも考えなければならないデュエルアバターだ。
これまでは飛行スキルと火炎放射との組み合わせで、ゲージを自在に回復する戦法を取っていたのだが、今となってはそういう訳には行かない。
(魔力……? ああそういえば)
己に支給されていたアイテムのことを思い出し、メニューよりそれを装備した。
するとステータス画面に新たなパラメーター[MP]が出現した。
見れば必殺技ゲージの消費が止まり、代わりに[MP]のゲージが徐々に減っている。
礼装【福音のオルゴール】。それが能美の支給アイテムの一つだった。
それを装備することによりboost_mp(70)の恩恵を預かることができた。必殺技ゲージよりもこちらが優先して消費されるらしい。
これによりライダーの魔力運用面では一先ず心配要らないだろう。スキルとやらがどれほどの燃費かも調べる必要がありそうだが。
そうして新たに手に入れた力を確認しつつ、能美は遠ざかるヒースクリフらを見た。
彼らを無理に追う必要もないだろう。既に目的は果たした。自分は力を手に入れたのだ。
それにHPも大分減ってしまっている。
能美は【福音のオルゴール】のもう一つの効果、add_regen(16)を発動した。
効果は一定周期でのヒール、回復だ。これを掛けた状態でしばらく休んでいればまた動けるだろう。
(倉嶋先輩の代わり、とまでは行かないでしょうが、まぁ役には立つでしょう)
そう考え、能美はメニューウィンドウを消した。
そして次に隣りに立つ女、ライダーを見た。
敵として相対しただけでも分かるが、この女は非常にうるさそうだ。
気が合うとは全く思えない。しかしその力は利用に値するのは事実だ。
(ま、精々上手く運用しましょう。この新しいスキルをね)
【E-5/上空/1日目・黎明】
※エアシューズで浮遊中。
【ヒースクリフ@ソードアート・オンライン】
[ステータス]:HP30%
[装備]:青薔薇の剣@ソードアート・オンライン
[アイテム]:エアシューズ@ロックマネグゼ3、基本支給品一式
[思考]
基本:バトルロワイアルを止め、ネットの中に存在する異世界を守る。
1:一先ず身を隠せる場を探す
2:バトルロワイアルを止める仲間を探す
3:能美とライダーから一先ず退却する。
[備考]
※原作4巻後、キリトにザ・シードを渡した後からの参戦です。
※広場に集まったアバター達が、様々なVRMMOから集められた者達だと推測しています。
※使用アバターを、ヒースクリフとしての姿と茅場晶彦としての姿との二つに切り替える事が出来ます。
※エアシューズの効果により、一定時間空中を浮遊する事が可能になっています。
※ライダーの真名を看破しました。
※Fate/EXTRAの世界観を一通り知りました。
【間桐慎二@Fate/EXTRA】
[ステータス]:魔力消費(大)、令呪喪失
[装備]:無し
[アイテム]:不明支給品1~3、基本支給品一式
[思考]
基本:???
1:嘘だろ、ライダー……
[備考]
※参戦時期は、白野とのトレジャーハンティング開始前です。
※サーヴァントを奪われました。
【E-5/森/1日目・黎明】
※どこかに防護盾(半壊)が転がっています。
【ダスク・テイカ―@アクセル・ワールド】
[ステータス]:HP25%(回復中)、魔力消費(小)、令呪三画
[装備]:福音のオルゴール@Fate/EXTRA
[アイテム]:不明支給品0~2、基本支給品一式
[思考]
基本:他の参加者を殺す
1:憑神そのもの、あるいはそれに対抗できるスキルを奪う。
[サーヴァント]:ライダー(フランシス・ドレイク)
[ステータス]:HP70%、魔力消費(大)
[備考]
※参戦時期はポイント全損する直前です。
※サーヴァントを奪いました。現界の為の魔力はデュエルアバターの必殺技ゲージで代用できます。
ただし礼装のMPがある間はそちらが優先して消費されます。
【福音のオルゴール@Fate/EXTRA】
購買部で買える礼装。
boost_mp(70):マスターMP70上昇
add_regen(16):ターン終了時HP小回復
の効果を得ることができる。
最終更新:2013年10月06日 18:58