街の外観自体は発展した都市のそれであったが、人の姿は全く見えなかった。
自動車の類も一切走ってはいなかった。所々駐車違反のキップが切られた車があったが、無論中には誰も居ない。
ゴーストタウンという言葉が似合う場所だった。あるいはホラー映画のように人類が死滅した世界だろうか。
パチパチと明滅する街灯の下、一人の男が街を歩いていた。
黒のコートに、サングラスという出で立ちの男は夜の闇に包まれた街の中に、まるで溶け込むようであった。
コツコツという足音が響き渡る。普段ならかき消される筈のその音も、ここでは不気味なまでに良く聞こえた。
(この街……やはりここはマトリックスの中か)
彼――ネオは周りを見渡す。
それは1990年代のアメリカの街並みに酷似しているように見えた。
歩道のコンクリートに触れてみる。ひんやりとした感覚が手から脳へと伝えられた。
確かにそれはここにある――ように感じられる。が、ネオはその感覚が疑似的なものでしかないことを知っていた。
それだけじゃない。目に見える全てのものも、肌に触れる空気も、己の身体でさえも実体を伴ったものではない。
そして、街自体は20世紀末のものに見えるが、それもまたまやかしだ。
「ここ」ではない現実。
そこでは既に百年以上の時が経っている。
そして人類は延々と戦争をしている。自ら作った機械を相手にして、だ。
戦争の結果、世界は荒廃している。このような街が現実内にあるとは思えないし、機械がわざわざこしらえるとも思えない。
マトリックスの中で簡単に作ってしまうことができるのだから。
人間と戦争を始めた機械たちは、その最中人間たちにより当初の動力源を奪われていた。
空を塞ぎ、陽光を遮ってしまうことで、当時太陽エネルギーで駆動していた機械たちを沈黙させることができる。そう人間たちは考えたのだ。
だが、機械たちは自らのエネルギーを確保する更に効率的な動力源を見つけていた。
その動力源とは即ち――人間だ。
人間が体内に持つ莫大な電力を取り出し、動力源とする。
その為に人間は機械に「栽培」され、搾取され続けながら一生を終えさせる。そんなシステムが構築された。
だが、栽培される人間がそのことに気付くことはない。彼らは終わらない「夢」を見せられているのだから。
その夢の舞台こそがマトリックス。そう呼ばれる仮想現実空間だ。
ネオもまたその中で生まれ、20世紀の平和な世界を生きるアメリカ人として過ごしてきた。
不意に訪れる「起きているのに夢を見ている」感覚を抱えつつも、目の前の生活が全てだと錯覚させられたまま。
だが、ある日その価値観は一変する。
モーフィアス、そしてトリニティ。
彼らと出会い、自分は本当の現実を訪れた。
以来、支配から逃れた僅かな人間たちと共に、機械に対して戦いを続けている。
そして彼らは言う。自分は、ネオのことを救世主、だと。
「…………」
僅かに顔を俯かせ、ネオは立ち止まった。
そしてメニューを操作し、アイテム欄の中から一つを選択する。
次の瞬間、彼の手の中には一本の剣が握られていた。
漆黒の剣だ。肉厚の刃が夜の闇の中で不気味に光る。
アイテム欄にあった名前は【エリュシデータ】。どうやらこれが自分に与えられた武器らしい。
現在のところ、自分の有する唯一の武器である。出来れば銃器が欲しいところだったが、それでも何かしら武器があるのはありがたかった。
彼は試しにそれを振ってみる。
ひゅんひゅん、と空を裂く音が鋭く響く。
マトリックスで戦い初めて以来、彼は多くの技を覚えた。正確にいえば覚えさせられた。
カンフー、柔術、空手……、様々な武道をプログラムの形で頭の中に「ダウンロード」する。
そうして覚えた技の中には勿論剣術もあった。
重い剣だ。上手く扱うには少し慣れが必要だろう。
だが、それが実戦に耐えうるものであることを確認すると、剣をメニューへ戻した。
自分の武器を確認すると、次に彼は膝を曲げ、空高くジャンプした。
ジャンプ、といってもその高さは常人の比ではない。ビルの屋上まで一気に飛び上がり、すた、と音を立てて着地する。
マトリックス内での物理法則は現実世界のものと同じだ。
だが、仮想である以上、無視して破ることも可能だ。
まるでコミックに登場するヒーローのような行いを軽々と行ったネオだったが、その表情は曇っていた。
闇に包まれた街は屋上から見てもはっきりとは見渡せなかった。また人の居ない異常さが浮き彫りになり、より不気味さが増しているかのようにも見えた。
モーフィアス。
彼に、告げなければならないことがある。
マトリックスには預言者が居た。
オラクルと呼ばれるプログラムは、未来を見通す力を持っていたのだ。
彼女にネオは救世主であると予言され、モーフィアスはそれを信じて戦ってきた。
時には自分を犠牲にしても、ネオを助けようともした。
だが、それは罠だった。真実ではあるが、それ故にどこまでも狡猾な罠だった。
救世主。
それは機械たちが考案した「人間を効率良く管理するシステム」の一部だった。
一定周期で生まれる異常な力を持った人間。それが救世主として活躍し、機械への反乱、滅亡、そして勢力の再建まで導く。
そうして定期的に勢力は滅亡と復活を繰り返し、管理を容易にさせる。
RELOADを引き起こすトリガー、それこそが救世主だったのだ。
だが、モーフィアスはその事実を知らない。
開幕の場で彼の姿は確認している。
この「VRバトルロワイアル」という舞台が一体何なのかは分からない。あるいはこれもアーキテクトら機械たちの思惑の一部なのかもしれない。
どんな行動を取るにせよ、先ずは彼に伝えねばならない。
例えそれが残酷な真実であろうと。
そう決めると、彼は再び跳んだ。
夜の街へ、その胸に複雑な感情を抱えながらも。
【G-8/アメリカエリア/1日目・深夜】
【ネオ(トーマス・A・アンダーソン)@マトリックスシリーズ】
[ステータス]:健康
[装備]:エリュシデータ@ソードアートオンライン
[アイテム]:基本支給品一式、不明支給品0~2個(武器ではない)
[思考・状況]
1:モーフィアスに救世主の真実を伝える
[備考]
※参戦時期はリローデッド終了後
支給品解説
【エリュシデータ@ソードアートオンライン】
キリトが使う黒い剣。鍛冶屋で作られたものではなく、モンスターからのレアドロップアイテム。
カテゴリーは《ロングソード/ワンハンド》
最終更新:2014年05月18日 22:53