(この状況下で……モーフィアスなら、どこに向かう……?)


アメリカエリアの中でも比較的高い魔天楼の頂上。
そこでネオは、己が目指すべき場所が何処かを考えていた。
モーフィアスに出会い真実を告げる為には、まず彼のいるであろう場所を特定せねばならない。
故にマップを開き、会場がどうなっているかを一先ずは確認していた。
闇雲に探し回るよりもここは、彼が向かうであろう場所を予想した方が遥かにいい。


(俺が今いるのは、地名的にこのアメリカエリアで間違いないだろう。
なら、モーフィアスも目指すとするなら……)


己やモーフィアスにとって最も馴染みが深い場所は、今まさに立っているこのアメリカエリアだ。
マトリックス内では頻繁に出入りをしたと同時に、そしてまだ現実に目覚める前の自身が暮らしていた縁故がある。
ならば、自身がいるこのアメリカエリアに、モーフィアスは向かってくるのではないか。
可能性としては、十分にあり得るだろう。

しかし……ネオには他にも一か所だけ、引っかかる名称の地名があった。


(ウラインターネット……か)


ウラインターネット。
会場の最北東に位置するそこには、名称からして如何にも怪しい感じがある。
恐らくはモーフィアスも……いや、殆どの参加者が同じ事を考えているに違いない。
ならば、「ここには何かがある」と目指す者は必然的に多くなる筈だ。


(どうする……?)


それだけに、ネオは向かうべきか否かを躊躇していた。
大勢集まるであろう参加者の中には、当然殺し合いに乗った人間も含まれるだろう。
ならばウラインターネットでは、恐らくそう遠くない内に決して小さくは無い規模での争いが起きる。
そうなれば、多くの命が散るかもしれないのだ。
だが……自身の手なら、それを救えるかもしれない。
苦しむ者達に救いの手を差し伸べ、悪を打ち倒す……まさに救世主として、その場に立つ事が出来る。



(……だが、俺は……)


しかし。
今のネオにとって救世主とは……決してそんなヒーロー然としたものでは無かった。
己という救世主は、機械達が考案したシステムのトリガ―に過ぎない。
どれだけ力を振るおうとも、この命を賭しようとも……真の意味では、何者も救えないのだ。
そんな自分が、果たして……その場に駆けつけ、力を振るっていいのか。
それも所詮は、機械達の思うが儘に動かされる為の罠に過ぎないのではないか。


(……トリニティ……君なら、どうする……俺は、どうすればいい?)


愛する者の名を心の中で呟き、ネオは眼下に広がる夜景を複雑な表情のままに眺めた。
もしもここに彼女がいれば、何かを教えてくれるのではないか。
この中途半端な気持ちに、後押しをしてくれるのではないか。
そんな風に、つい思わずにはいられなかった。



「……え……?」



その時だった。
ネオは、眼下の街中を動くあるモノの存在に気がついた。
それはヒト……否、ヒトの形をした何かだ。
人間にしてはどこか、シルエットの形状がおかしい。
ネオは目を凝らし、すぐさまそれが何なのかを確認しようとして……そして。


「……機械……!?」


はっきりと見えたその姿に、驚愕した。

今街中を歩いているのは、明らかな機械―――ロボットと呼べる類のモノだったのだ。
まさか、何故マトリックスの中にあのようなモノが存在しているのか。
機械達がマトリックスの中で人間を排除する際には、エージェントと呼ばれる屈強なプログラム達を用いるが、その姿は皆、人間を模したモノだ。
中にはやや奇抜なスタイルの者達もいたが、それでもヒトであった。
この様に、明確に形が機械と呼べるモノが目の前に現れた事は、一度も無かったのである。
加えて言うなら、あの機械は今までに見たことの無いタイプのモノだ。
こうしてマトリックスの中にまで現れるという事は……新型か何かか。


「くっ……!!」


モーフィアスの事やウラインターネットの事。
気になる事柄は多々あるが、こうして目の前に機械が出現した以上は、こちらへの対処が最優先だ。
何故この場に、機械が出現したのか。
殺し合いを円滑に進める為の道具か、或いは救世主の真実を知った己へと宛がわれたものか。
それを確かめるべく、ネオは迷うことなく摩天楼の屋上から飛び降り、その機械の元へと滑空した。



――――――ストッ。



時間して僅か数秒後。
音も無く両足から綺麗な着地を決め、ネオは機械の眼前に立った。
如何にも馬力があり、そして防御力にも秀でているだろう大柄の巨体をしたロボットだ。
既に空中で実体化させていたエリュシデータを構え、その切っ先を真っ直ぐに向ける。
機械と人は、決して相容れない存在だ……視認されると同時にいきなり襲われてもおかしくない。
故にネオは、最大限の警戒心を払いながら、この未知の機械を相手に相対した。


……の、だが。


「わわっ!?
 な、何でガッツかいきなり!
 お兄さん、一体どこから!?」

「……何?」


そんなネオの思惑とは全く別の反応を、目の前の機械―――ガッツマンは取ったのだった。
自身の登場に驚き、表情を変えて慌てふためいている。

その実に、感情豊かな様は……まるで、人間と変わらなかった。





◇◆◇




(この人、一体何なんでガスか……!?)


ガッツマンは、空より目の前に降り立った謎の男に、ただ驚かされていた。
まずその姿だが、決してネットナビではない。
この場に立っているなんて事は、絶対にありえない存在……即ち、人間だ。
だが、その着地の様や胴に入っている剣の構え方を見るに、ただの人間でもない。
場慣れしている……闘いに慣れている事が、何となくではあるが推測できる。
だとすると、こうしていきなり自身に剣を向けてきたのは……殺し合いに乗っているからではないのか。


(……でも……)


しかし、ガッツマンには不思議とそう思うことが出来なかった。
目の前の相手は、全身黒尽くめの着衣にサングラスと、やや威圧感のある容姿をしている。
はっきり言ってしまえば、頭にヤの着く業種を連想させるそれだ。
なのだが……雰囲気、と言えばいいのだろうか。
WWWのネットナビ達を相手にした時の様な悪意が、どうにも感じられないのだ。
寧ろ感じ的には、ロックマン……いや、それよりもどちらかと言うとブルースに近いだろうか。


そんな風に考えている、その最中だった。


「……お前は、一体何者なんだ?
 お前は、機械じゃないのか……?」

「……え……機械、でガッツか……?」


いきなり、ネオの口より意味の分からない問いかけが放たれたのは。





◇◆◇




(……こいつ……一体何なんだ……?)


ネオは、ガッツマンの反応にただ困惑するしかなかった。
機械に意思が、感情がある事自体は別に不思議ではなかった。
オラクルやスミスの様に、明確な自我を持つプログラム達の事は知っている。
いや、それ以前に機械達にはっきりとした意思があったからこそ、人類と機械との戦争は起きたのだ。
だから、ガッツマンが人間のような反応を示す事そのものには別に問題は無かった。
問題があったのは、その反応の内容なのだ。


(俺を、人間を襲わないどころか……こいつは、俺の存在を知らない……?)


ガッツマンが、自身に対して驚愕したと同時に、何者なのかと尋ねてきた事。
人を視認しても襲うどころか、逆に襲われる心配をして警戒を取った事。
その反応が、ネオにとってはまるで理解出来なかったのだ。
機械達にとって人間は決して相容れない天敵であり、目の前にしながら襲わないなど、ありえない。
そして、救世主たる自分は人類の中でも最も危険な敵である筈だ。
存在を知られていないなど、絶対にありえない。

なのに……なのに、目の前の機械は全く違う。
まるで機械ではないかのように、自身のことを見ているではないか。
油断をさせる為の演技か。
いや、演技にしてはどこかおかしい……この反応は、あまりにも自然すぎる。


「……お前は、一体何者なんだ?
 お前は、機械じゃないのか……?」


だからだろうか。
そんな言葉を、つい素直に口にしてしまったのは。


「……え……機械、でガッツか……?」


対してガッツマンの反応は、先と同様にまたも困惑だった。
それも、目の前で腕を組み、人間さながらに迷う仕草まで見せている。
表情だって、真剣に考えているソレだ。
これが機械だというのなら、どこまで人間臭く作られているのだろうか。
そんなガッツマンの様子に当てられたからか……いつのまにか、ネオは向けていた剣先を彼から下ろしていた。
無論、警戒心は解いたわけではないのだが、最初に認識した時よりかは確実に薄れているようだった。



「……えっと……ネットナビも一応は機械かもしれないけど……
 それでも、ただの道具なんかじゃないでガッツ」


それからややあって。
ガッツマンはあまり自信の無い様子で、ネオに答えを返した。
ネットナビも一応は、機械の分類に入るのではないか、と。
しかし、ただの道具でもないと。


「……ネットナビ……?」


それは、ネオにとってはまたしても意味が分からない答えだった。
謎は解けるばかりか、余計に深まったのである。




◇◆◇




(機械……でガッツか……?)


ネオの問いに対し、ガッツマンは面食らい言葉を失っていた。
どうやったらこの流れで、そんな問題が出てくるというのか。
実に意味の分からない展開だが……ネオの表情は、真剣そのものだ。
切実に、この問いの答えを求めている事が伝わってくる。
それ故に、ガッツマンも考えざるを得なかった。
目の前の悩める男を放っておく事が、彼には出来なかったが為に。


(う~ん……ネットナビも一応、人間が作ったものでガスよね……?)


腕を組み、そもそも機械の定義とは何かを考える。
人が生活を豊かにするべく、技術を駆使して生み出した道具。
簡単に言えば、それが機械だ。
では、ネットナビとは何か?
それは人が暮らしを良くする為、また日々の生活を共に歩むよきパートナーを求め作り上げた、人工知能だ。
こう考えると、ネットナビも機械の延長線上に入るのではないか。


(でも、ちょっと違う気がするでガッツね……)


無論、ガッツマンは自分がただの道具だとは思ってはいないし、思いたくもない。
またマスターであるデカオも、その友人の熱斗達もまた、大切な友人として自身に接してくれている。
そう言う意味では、機械ではないと取る事もできるし、自身をただの機械だなんて思いたくもない。
これは実に難しい問いだ。
元来、考える事が苦手なガッツマンにとっては、尚の事である。
果たして、どう答えるのが正解なのか……はっきりとしたものが出てこない。


「……えっと……ネットナビも一応は機械かもしれないけど……
 それでも、ただの道具なんかじゃないでガッツ」


故に彼は、ただ素直に思ったことを口にした。
納得のいくような答えではないかもしれないが、こうとしか言えないのだ。
自分という存在は機械であるかもしれないが、決して道具ではない。
一人の確固とした存在である……と。
果たしてそれが、自分に求められている答えなのかどうかは分からない。
しかし、兎に角ガッツマンには、こうとしか結論を出すことができなかった。
そのまま、恐る恐る彼は相手の反応を待ったのだが……


「……ネットナビ……?」


それは、予想の斜め上を行く反応だった。
ネットナビという単語に、目の前の男は頭を傾げているのだ。
まるでそれは、ネットナビを知らないかのような反応ではないか。
そんな馬鹿な話など、あるわけが無い。
あるわけが無いのだが……しかし、男は酷く真剣な表情で悩んでいる様に見える。
嘘でも演技でもない、本気で彼はネットナビを知らないように見えるのだ。


「もしかして、お兄さん……まさかとは思うけど、ネットナビを知らないんでガスか……?」


故に、思い切ってガッツマンはその疑問をぶつけてきた。
もしこれで、彼にネットナビについての知識があったならば大変失礼な真似にはなるだろう。
だが、そうでないならば……


「……ああ。
 頼む、教えてもらえないか?」


当然、こう返してくる訳だ。
ならば、己が取るべき行動も一つしかない。
何がなんだか分からない状況ではあるが、とりあえずこれだけははっきりと言える。


「勿論でガッツ!」


困ってる人を放っておくなど、漢ガッツマンのやることじゃない……と。



◇◆◇




「……ネットナビは言わば人工知能の一種で、人々の暮らしに役立つため、また日々のパートナーとして人間と共に生きている。
 つまりは、こういうことなのか?」

「まあ、大体はそんな感じでガッツ」


しばらくして。
ガッツマンより大まかな説明を受け、ネオはおぼろげながらもその存在を理解した。
要するに、彼等ネットナビとは人工知能の一種なのだ。
勉学や仕事は勿論、日々の何気ない活動の一端まで、あらゆる面で人間を支える大切なサポート役。
そして単なる道具の枠には留まらず、極めて人間らしく豊かな感情を持ち、彼等と共に日々を歩むパートナーでもある。


(だから、機械であっても単なる道具とは思いたくない、か……)


それを理解すると同時に、先のガッツマンの返答にも得心がいった。
彼は姿形こそヒトあらざる存在ではあるが、確かな意思を持ってここにいる。
決して道具とはいえない、確固たる命だ。



……そんな馬鹿な話など、ありえる筈が無いのに。


(……ありえない。
生きている人間は、ザイオンにいる者達だけだ。
だが俺も彼等も、こんなモノの存在は知らない……!)


人類の生き残りは、唯一ザイオンに逃げ延びた者達のみだ。
彼等がネットナビなどという人工知能を持っているならば、己の耳に確実に入っているはず。
しかしガッツマンの様な存在は、見たことも聞いた事が無い。
彼の話には、大きな矛盾が生じる事になる。


(いや、仮にネットナビがいたとしても……絶対にありえない)


もし仮に、ネットナビの存在自体は本当だったとしても。
ザイオンの人類がそれを扱う事など、ありえない。
ありえるわけが無いのだ。


(……人類と機械が……共に生きるなんて……!!)


何故なら……人類と機械は、決して相容れない不倶戴天の敵同士だからだ。
ガッツマンの言うように、人間と機械とが共に生きるなど……そんな光景は、到底思いつかない。
今だってこうしている間に、ザイオンの人類は機械を倒し平和を取り戻すべく戦いを続けている。
悪しき機械達に屈する事無く、決死の抵抗を続けて……


「……え……?」


そこまで考えて、ネオはふと声を漏らした。
今、何かが頭の中に引っかかった。
これまで感じた事のなかった、しかし気が付けば非常に大きな違和感だった

そう……今までの自分―――救世主の真実を知らなかった自分には、気付きようが無かった違和感だ。


「……ガッツマン、お前はこの殺し合いに乗っているのか?
 俺たち人間を……憎んではいないのか?」


違和感の正体は何か、まだはっきりとした輪郭がつかめない。
だからこそ、ネオはガッツマンに当たり前の質問をした。
人と機械は争いあう存在であり、憎むべき相手なのではないかと。
出来るなら、問いの答えは是であってほしい。
そうでなければ……気付いてしまう事になる。
自分達が、人類が、如何に愚かしい存在であったのかに。




そして、そんなネオの願いは……当然の如く、裏切られた。




「殺し合いなんて、そんな馬鹿な事する訳ないでガッツ!
 それに、人間の事だって全然恨んでなんかないでガスよ。
 そりゃ中には、確かに悪い人だっていたけど……デカオ達の様な良い人もたくさんいるんでガスから!」


どこまでも真っ直ぐな芯を持つ、ガッツマンの純粋な言葉に。


「……あ……」


ネオは、ただただ呆然とするしかなかった。
彼は今まで、機械との戦争に勝利し、人類に平和を齎す為に戦ってきた。
それは戦争に挑む人類全ての目的であり、また―――偽りとはいえ―――救世主に与えられた使命でもあった。
故に彼等は、その命をも賭して機械を倒す事に全てを傾けてきた。


そう……機械とは即ち、全て『倒すべき悪』と認識して。


(……何て事だ……俺達人類は……)


そもそも、人類と機械とが戦争を始めた原因とは何か。
それはずばり、ガッツマンの説明した様なネットナビが生み出されたからなのだ。
科学技術を発展させた人類は、より豊かな、より快適な生活を望んだ。
そしてその欲望を叶える為、彼等は機械を発展させ、機械に多くの仕事を任せる道を選んだ。
その過程で、機械により高度な作業をさせるべく、自らで判断する機能―――即ち人工知能を与えたのである。
全ては、より良きモノをと人類が求めた結果であった。
しかし……この時に人類達は思いもしなかっただろうが、それこそが人類と機械とが決別するに至った原因なのだ。


(何て愚かな事を……!!)


機械に人工知能を与えた結果、いつしか機械には自意識が芽生えた。
そして彼等は、自らの境遇を嘆き怒り恨んだのである。
考えてもみてほしい。
「自分達の生活を良くする為だ」と言って、自らに不当な労働を課し扱う者に、理性あるモノが果たして素直に従うだろうか?
否、従うわけがない。
人間とて同じだ……奴隷のような扱いを受けて、それでなお抵抗もせず甘んじる訳が無い。


(機械を『悪』にしたのは……他ならぬ、人類自身じゃないか……!)


機械は人間を電池として栽培し、多くの命が刈り取られてきた。
それは勿論許せる事ではなく、ネオとて怒りを覚えている。
しかしだ……その状況を作ったのは、そもそも人間が原因ではないのか。
自らのエゴで機械達に労働を強い、そしてこの事態を招いたのではないのか。
ネオは今まで、その当たり前の事実に気付けなかった己を恥じた。
信じ続けてきた救世主の役目が失われたからこそ、目の前に悪意無き機械―――ガッツマンが立ったからこそ、初めてその残酷な真実を受け入れられたのだ。



(いや、正確には気付けなかったのではなく、目を逸らしていたのかもしれない……)


今思えば、オラクルやキーメイカーの様な協力的なエグザイルもまた、マトリックス内にいるプログラムの一部―――即ち機械だといえる。
それを分かっていながら、機械とは悪であると自分達は思い込んでいた。
事実を、否定し続けてきたのだ。
そうする事で、機械を打つ理由を……人類を正当化する理由を、作っていたのかもしれない。
今更、人類も悪かったと言って戦争を止める事など、出来ないのだから。


(……トリニティ、モーフィアス……俺は……)


途端、ネオの全身より力が抜け、手の剣はカランと地面に落ち、そして彼自身の体も両膝より前のめりに崩れ落ちた。
両手を地面につけ、ただただ体を振るわせるしか彼には出来なかった。
信じていた救世主の使命が偽りであり、また信じていた正義も見失った。
そんな自分に、一体何が出来るというのか。
これでは、結局何も救えやしない……世界は何も変わりやしない。
もう自分には何も無いと、絶望の闇が思考を真っ暗に染め上げていき……


「ヘィヘーイ!!
 何しょぼくれてんだ、兄ちゃん達よぉ!!」


「……え……?」


その闇は、突如として現れた髑髏顔の妙な発声に、掻き消されたのだった。




◇◆◇



髑髏顔のライダー―――アッシュ・ローラーが他の参加者と出会えたのは、ゲーム開始よりようやくの事だった。
彼がスタートと同時に立たされたのは、アメリカエリア―――というより会場そのものの最南東H-10。
人っ子一人見当たらない場所に立たされたが為に、彼は現状把握もままならない状況下にあった。
唯一感じ取れたのは、ここが通常のブレインバーストとは違う何かという事ぐらいだろうか。


(ヘルメス・コード縦走レースの様なイベント……な訳ねぇか)


ブレインバーストでは、今までにも何度かこういった大多数アバター参加のイベントは行われてきたと聞いている。
しかし、この様な形で参加する意思の有無も問わず、強制的な形で実行させた事は無かった筈だ。
それに何より……勝利者と敗北者に与えられるモノの大きさが桁違いすぎる。
勝者にはログアウトする自由と共に、全てのネットワークを掌握できるという馬鹿げた権利を。
そして敗者には、ポイント全損どころか……命を奪うと言っている。
こんな馬鹿げた話は聞いた事がない、ブラックなジョークにしても大概だ。
イベントに勝利した場合に得られる景品も、勢力バランスを大幅に崩すようなアイテムが出た事は一度たりとも無かったし、敗北については論外だ。


(けど……妙に迫力あったよな、あれ)


しかし、それでもゲームに負ければ死ぬという言葉自体は、どうにも否定できなかった。
あの広場の光景は、やけにリアルすぎる。
加えて、何せブレインバースト自体が人間の脳に左右する非常識なゲームだ。
もしもそれを応用できれば、人を殺す事だってもしかしたら可能なのかもしれない……そう思うと、正直ゾッとする。


(ざけんじゃねぇぜ……!)


到底、それは人として許せる行為ではない。
アッシュ・ローラーは顔と口と頭こそ悪いが、その性質は決して外道にあらず。
この様な真似をされて黙っていられる男ではなかった。
殺し合いなんてふざけた真似を止めると、即決したのである。


(ま、このクレイジィーな状況がどうなってんのか、何はともあれ確かめねぇとなぁ)


もしかしたらクロム・ディザスターが出現した時の様な、何かとんでもないイレギュラーが起きているのかもしれない。
それをまずは、一度確認する必要がある。
不幸中の幸いとでも言うべきか、あの広場には自身と同じくこの殺し合いとやらによからぬ反応を示す者が何名かいた。
中には、自身にとって最大の好敵手―――シルバー・クロウの姿まであった。
ならばここは、やはり彼等と合流して事に当たるべきだろう。
この場において、所属レギオンがどうこう―――尤も、結構アッシュは普段からネガ・ネビュラスの面々とは親しい訳だが―――言っている場合ではない。

そして幸い、こういう探索においてアッシュのアビリティは非常に向いている。


「ヒャッハァァ、いくぜぇ!」


傍らに止めてあったバイク型強化装甲『ナイト・ロッカー』に跨り、勢いよくエンジンを噴かす。
これこそが、アッシュ・ローラーが他の参加者と比較して持つ、絶対的アドバンテージ―――即ち移動力だ。
徒歩では時間がかかる探索も、これを用いれば一気に短縮して行える訳である。
後は他の参加者と兎に角会い、殺し合いに乗っていなさそうなら協力し、乗っていたならば相応の対処を取る。
そう考えながら、環境によろしくない排気ガスを噴出しつつ、彼は道をひたすらに掛けた。


「ヘィヘーイ!!
 何しょぼくれてんだ、兄ちゃん達よぉ!!」


そうして見つけたのが、目の前でへこたれているネオと、それに驚きどうすべきかオロオロしているガッツマンという訳だ。
最初は、ガッツマンがネオに対して何か攻撃でも仕掛けたのかと思ったが、様子を見るにそうではないらしい。
また、殺し合いに乗ってる気配も無かった為、彼は思い切って声をかけてみたのである。


「こんなアンラッキィな場所に放り込まれて落ち込む気持ちは、ベリー分かる。
 けど、落ち込んでる場合じゃないってのも分かるだろ、YOU?」

「あ……えっと、そうでガッツよね……」


いきなり現れたアッシュ・ローラーの妙なテンションと喋り方に、やや戸惑っているのだろうか。
しかし言っている事も正論であり、一応は心配をしてくれているらしい。
なのでガッツマンは、一先ず頭を縦に振り、彼の言う事に同意した。
問題は、もう一人……ネオの方である。


「おう、俺はアッシュ・ローラーだ。
 お前と、そこの……デュエルアバターに見えないクールな兄ちゃんは?」

「俺はガッツマンでガス。
 で、こっちのお兄さんは……」

「……ネオだ」


デュエルアバター。
また訳の分からない単語が出てきたが、それは今やネオにとって二の次だった。
自身がこれから何をすべきなのか、どうしたらいいのかがまるで分からないのだから。
こんな時にオラクルがいてくれたなら、きっと何か良い予言をくれたの違いないのに……


「ネオ、か。
 クールでいい名前だし、よく見りゃルックスも中々イカしてるじゃねぇか……だがよ」

「ッ!!」

「そんなへばりこんでちゃ、折角のそれも台無しだぜ?」


その直後だった。
いきなりアッシュ・ローラーがネオの腕を取り、彼を無理やり引っ張り立たせたのだ。
恐らくは、いつまでもへこたれている姿を見るに見かねたのかもしれない。
尤も、親切心故の行動とはいえおかげで至近距離で厳つい髑髏顔と面する羽目になったのだから、流石に驚きはしたようだ。


「……すまない、ローラー。
 だが……俺にはもう、どうしたらいいかが分からないんだ」


その親切心が一応伝わったからか。
ネオは、己の心情を彼とガッツマンについに吐露した。
これまで救世主として目覚めて以来、誰かに弱音を吐く真似をネオは殆どした事が無かった。
逆に言えば、ここで出会ったばかりの者達に弱音を吐くぐらいに、追い詰められているという事だろう。
事実、そうだった。
ただですら救世主の真実に絶望した最中、追い討ちを掛けるように人類の愚かさを知ってしまったのだ。
受けた精神的ダメージは、計り知れないものがあるに違いない。


「……お兄さん……」


出会ってすぐは毅然な態度を取られていただけあってか、ガッツマンもこの変化には心底驚き、そして心配していた。
彼に一体何があったのか、出会って間もない自分には到底分からない。
ただ、自分との会話の中で、余程辛い何かに気付いてしまったという事だけは流石に分かる。
しかし、こんな時に一体どう声をかけるべきなのだろうか。
ガッツマンには、そう悩み、口を閉ざすしかなかったのだが……


「……何をしたらいいか、ね。
 ネオさんよぉ、そいつはもうあんた自身アンサーが出てんじゃねぇか?」

「何……?」


そんなネオにすっぱりと、アッシュ・ローラーは一言放ったのである。
既にその答えは、自分自身で出しているのではないか……と。


「前にな、あんたみたいにベリィーナーバスになった奴が……ダチがいたんだよ。
 アイデンティティの何もかもを無くして、もうどうにでもなれって思った奴がな」


それはかつて、シルバー・クロウがダスク・テイカーによって翼を奪われた時の事だった。
彼にとってはその銀翼こそが、飛行アビリティが己の持つ全てであった。
それだけに、奪われた時の絶望はあまりに大きく、そして深いものだった。
そんな彼へとアッシュ・ローラーは一度デュエルを仕掛けた事があったのだが、そこで彼よりこう告げられたのだ。

もう、どうでもいいんだ……と。


まさに、あの時のシルバー・クロウと今のネオとは同じだ。
己にとっての全てであったものを失い、前が見えなくなっているのだ。
だから……アッシュ・ローラーには分かった。


「でもよ、本当に思ってる事はそうじゃねぇ。
 どうでもいいなんて言いながら、そいつからは明らかに本心が伝わってきたんだよ」

だからあの時、彼はスカイ・レイカーの元にシルバー・クロウを連れて行ったのだ。
シルバー・クロウが、全てを諦めながらも、心の中ではもう一度空を飛びたいと願っているのが分かったから。





「もう一度……ヤりてぇってな」





失ったモノに、もう一度手を伸ばしたいと願っているのが、伝わってきたから。



「…………!!」


その言葉は、ネオの胸に深く突き刺さった。
自分は救世主の役割に絶望し、そして人類の愚かさに失望した。
それ故に全てが無意味に思えたが……それは、自分が希望を強く信じていたからこそではないか。
絶望とは失望とは、言ってみれば希望の裏返しなのだ。

ならば……本当に自分が望むべきものとは何か。
希望とは、諦めながらもなお望んでいるものとは何なのか。


(……そうだ。
俺は、何の為に救世主になった……)


それがシステムに定められたからか―――確かに、否定はできないだろう。

トリニティやモーフィアスに従い、成り行き上そうなったからか―――最初は確かにそうだった、だが。

それよりも何よりも……望んだからだ。



(俺自身がそうだと……そうでありたいと、望んだからだ……!!)



自分が、救世主になりたいと。

人々を救いたいと……!!


(……モーフィアス。
俺に求められた救世主としての役割は、決してお前が望んでくれたものじゃなかった。
知ってしまえば、俺と同じで絶望するかもしれない)


自分が本来こなすべきだった救世主としての使命は、人類に平和を齎す為のものではなかった。
それは確かに、どうしようもなくショッキングな事実に他ならなかった。
だが……ならば、この人々を救いたいという想いまでも機械に定められたものだというのか?


(だが、それなら……俺は、運命を切り開く為に戦うまでだ……!)


否、断じて違う。
例えこの殺し合いが、アーキテクトの目論見であり、結果的に乗っかる形になるとしても。
救える命が目の前にあるならば、例え罠だと分かっていようとも、傷つく人々を見捨てる真似がどうして出来ようか。
こうして生きるこの気持ちまでも、機械に定められたものであるわけが無い。


「……ローラー、ありがとう。
 そうだ……お前の言うとおりだ。
 本当に俺が何をしたいのかは……もう、分かっていた事だ」

「へっ、礼にはおよばねぇよ。
 ノーサンキューだ」


平和を取り戻したいというその思いは、他の誰でもない自分自身の意思だ。
戦争を招いたのは人類の愚かさが原因だとしても、人類を見捨てる理由にはならない。
そして、その愚かさがある限り、また人類が同じ過ちを犯そうというのならば……それすらも救ってみせればいい。


「ガッツマン、ありがとう。
 お前のおかげで、俺が何を目指すべきかが見えた気がする」

「そんな……大した事はしてないでガスよ」


これまでは、機械との戦争に勝利する事こそが平和への道だとばかり考えていた。
だが、決してそうではない。
まだところどころ噛み合わない、違和感だらけの部分も多いが、そんな事がどうでもよくなる事実をガッツマンは説いてくれた。
決して相容れなかった筈の人類と機械とが、共に生きる可能性だ。
悪だとばかり思っていた機械の中にも、ガッツマンの様に人間を良く思う者がいた。
ならば、人類からも歩み寄れば、もしかしたら開かれるのではないだろうか。
戦争に勝つ以外の方法で、戦争を終わらせる……平和を齎す道が。
システムに定められたものでは決して無い、システムの思惑すらも覆す本当の意味での救世主としての役割が。


そう……本来歩むべきだった未来で彼自身が見せてくれた、戦争とは異なる方法で世界に平和を齎した様に。


「オーケェイ、これでこれからどうするかは決まりだな?」

「その通りでガッツ!
 こうして三人、仲間が揃ったんでガスからね!」


ガッツマンとアッシュ・ローラーも、ネオと全く同じ思いだった。
三人は互いに頷き合い、意を強く固める。
出会ったばかりの、まるで知らぬ者同士だが、それでも不思議と彼等は信じあう事が出来た。
熱い心を内に秘めた男達だからこそ、同じ目的を持つが故に深く共感しあっているのだろう。
目指す頂は、ただ一つだ。




「……俺はもう迷わない。
 本当にやるべきことをする……やりたいと望むことをしてみせる。
 その為にも、まずはこのふざけた殺し合いを終わらせてみせる……!」




RELOADEDを定められた運命は潰え、そして新たにREVOLUTIONを告げる。



真の意味で世界に平和を齎さんとする、真の救世主を目指す者が今ここに目覚めたのだ。


【G-8/アメリカエリア/1日目・黎明】

【ネオ(トーマス・A・アンダーソン)@マトリックスシリーズ】
[ステータス]:健康
[装備]:エリュシデータ@ソードアートオンライン
[アイテム]:基本支給品一式、不明支給品0~2個(武器ではない)
[思考・状況]
基本:本当の救世主として、この殺し合いを止める。
1:アッシュ・ローラーとガッツマンと共に行動する。
2:モーフィアスに救世主の真実を伝える
3:ウラインターネットの存在が気になる
[備考]
※参戦時期はリローデッド終了後
※ネットナビの存在、人類と機械の共存するエグゼ世界についての情報を大まかに得ました。
 互いの情報の差異には混乱していますが、ガッツマンが嘘を言っているとは決して思っていません。
※機械が倒すべき悪だという認識を捨て、共に歩む道もあるのではないかと考えています。


【ガッツマン@ロックマンエグゼ3】
[ステータス]:健康
[装備]:PGMへカートⅡ(7/7)@ソードアートオンライン
[アイテム]:基本支給品一式、転移結晶@ソードアートオンライン、12.7mm弾×100@現実、不明支給品1(本人確認済み)
[思考]
基本:殺し合いを止め、WWWの野望を阻止する。
1:アッシュ・ローラーとネオと共に行動する。
2:ウラインターネットに一先ず向かいたい。
3:ロックマンを探しだして合流する。
4:転移結晶を使うタイミングについては、とりあえず保留。
[備考]
※参戦時期は、WWW本拠地でのデザートマン戦からです。
※この殺し合いが、WWWの仕掛けた罠だと思っています。
※ネオにネットナビについての大まかな情報を伝えました。
 彼がネットナビをまるで知らなかった事に違和感を覚えてはいますが、悪い人物では決してないと思っています。


【アッシュ・ローラー@アクセル・ワールド】
[ステータス]:健康
[装備]:ナイト・ロッカー@アクセル・ワールド
[アイテム]:基本支給品一式、不明支給品0~3(本人確認済み)
[思考]
基本:このクレイジィーな殺し合いをぶっ潰す。
1:ネオとガッツマンと共に行動する。
2:何が原因で殺し合いが起きているのか、情報を集めたい。
3:シルバー・クロウと出来れば合流したい。
[備考]
※参戦時期は、少なくともヘルメス・コード縦走レース終了後、六代目クロム・ディザスター出現以降になります。
※最初の広場で、シルバー・クロウの姿を確認しています。


【ナイト・ロッカー@アクセル・ワールド】
アッシュ・ローラーが駆る、アメリカンバイク型強化外装。
彼は対戦で稼いだポイントを、アバターではなくこの外装の強化に殆どつぎ込んでいる。
それだけあって性能は折り紙つきのモンスターマシン。
垂直な壁ですら駆けのぼる『壁面走行』アビリティに加え、対空ミサイル『フライング・ナックルヘッド』を搭載している。


039:隠していた感情が悲鳴を上げてる――(前編) 投下順に読む 041:破軍の序曲
039:隠していた感情が悲鳴を上げてる――(前編) 時系列順に読む 041:破軍の序曲
001:NEO ネオ(トーマス・A・アンダーソン) 044:TRINITY
028:男一匹一人旅 ガッツマン 044:TRINITY
初登場 アッシュ・ローラー 044:TRINITY

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最終更新:2013年07月09日 16:42