ハロルド・ヒューイックは天才的なコンピュータ研究者であった。
インターネットが爆発的な発展を遂げていた時代において、彼はある種のブレイクスルーを齎したといえる人物だ。
ある時、彼は論文を発表した。人間とコンピュータの未来の姿を提示したものだった。
それを発表して以来、一躍脚光を浴びることとなった彼は自分の仮説を実証すべくある物の開発に取り組むこととなる。
究極AI。
自律性を持ち、自ら進化することのできるそれを追い求めた彼は、知性の根幹は何であるかの探究を始める。
そして次第に人智学・神智学の分野に興味を示し、中でもシュタイナーのものに強く興味を惹かれた。

そんな最中、ハロルドは一人の女性と出会う。
きっかけは人智学のセミナーだった。そこで会った女性に彼は恋をした。
エマ・ウィーラント。
詩人であった彼女に恋い焦がれた彼であったが、その結末は決して幸福なものではなかった。
2004年。交通事故でエマはその命を散らせることとなる。28歳での出来事だった。

そこでハロルドが何を思い、何故そうしたかは定かではない。
だが、彼の行動に影響を与えたのは確かだった。
2006年。彼はエマの遺したネット叙事詩『黄昏の碑文』をベースにしたネットゲーム『fragment』を開発。それを当時設立されたばかりのCC社に売り込んだ。

彼の目的はただ一つ。
自分とエマの子を設けることだった。
究極AI『アウラ』
それを生み出す為に、fragment上に管理プログラムを創造した。
アウラを生み出す為の、ある種母とも言える存在に、彼はこう名付けた。
『モルガナ』と。



彼女は生き残った筈だった。
SE.RA.PHで行われた聖杯戦争から抜け出し、たった一人現実に帰還することを許されたのだ。
128人の魔術師<ウィザード>たちが命を賭して戦った結果、それが許されたのは彼女だけだ。

「ま、私が優勝した訳じゃないんだけど」
彼女――遠坂凛は呟いた。
綺麗に結われた黒髪を触りつつ、彼女は眉を顰めて言った。
聖杯戦争を勝ち抜いたのも、その先に待っていたトワイスを倒したのも、みんな自分がやったことではない。
どれも皆、岸波白野とそのサーヴァントがやったことだ。自分はただそのおこぼれを授かったに過ぎない。
だが、その岸波はもう――

「これからアイツの元となった身体を探してやる筈だったのに」
結局はまた殺し合いだ。
しかも、どうやらここもまた現実ではないらしい。
SE.RA.PHと同じく仮想現実の中のようだ。

(VRバトルロワイアル……聖杯戦争ではないみたいね)
今しがた榊なる侍風の男が言った言葉を思い出し、凛は溜息を吐く。
折角、殺し合いの場から抜け出せたと思ったらこの結果だ。
確認の為、メニューを呼び出し、ルールの書かれたテキストに目をやるが、そこに書かれていたのは紛れもなく殺し合いのルールだった。

(ここでも魔術師<ウィザード>として生き残りを目指すべきかしら)
彼女は魔術師だった。
とは言っても実際に魔法が使えたりする訳ではない。
魔術師<ウィザード>はある種ハッカーの別名である。
自らの魂を霊子へと変換し、霊子虚構世界を管理するシステムへとアクセス・介入することで世界の理を捩じ曲げる「新しい魔術」を使う者。
端的に言えば、ネット上でかつて存在したと言われる魔術を再現する者たちのことだ。

月で発見されたムーンセル。その中に在った零子虚構世界SE.RA.PHにて魔術師たちは戦った。
手に入れれば万能の願望機にもなるという聖杯を求めて、皆が各々の願いを胸に秘めて殺し合ったのだ。
彼女もまた戦った。世界を管理する「西欧財閥」に対抗すべく。

(いや……ここはSE.RA.PHとは違う。無闇に「乗る」というのも危険ね)
聖杯戦争は確かに殺し合いではあったが、あれはしかし強制されたものではなかった。
電脳死そのものを信じていない者も居たが、それでもただ一人の例外を除けば、皆自分の意志であの場に来ていた。
少なくともあれはフェアだったし、全否定するようなものでもなかったのだ。
だが、今回のこれは違う。自分を含め、恐らく皆この場には強制的に連れてこられた。
それにあの場の黒人も言っていたが、榊とかいう男が約束を守る保障などどこにもない。
と、そこまで考えて凛は苦笑した。
自分は先ず「優勝することができる」という前提で考えている。
他の参加者がどんな者たちなのかは知らないが、自分はサーヴァントを失っている。仮想世界内での戦闘力は皆無に近い。

「ランサー……」
失った自分のサーヴァントの名を呟く。
無論、返事などある訳が――

『おう、呼んだか?』

予想に反し、言葉が返ってきた。
凛は驚き「ええ!」と思わず声を上げてしまう。

そして次の瞬間、目の前に槍兵が現れた。
逆立つ髪、鍛えられた肉体、そして青い鎧。
それは紛れもなく、自分のサーヴァント――ランサーであった。

「何でアンタが居るのよ」
彼はラニとの戦いの最中、確かに消滅した筈だ。岸波の乱入により状況は混乱していたが、あの場を生き残ることができる訳がない。
それに最後に見た彼の姿は、バーサーカーに半身をえぐられていた。
だが、今の彼は五体満足。となると、今の彼はあれから再召喚されたのだろうか。

「何でって言われてもな。気付いたら居たんだよ、オレも」
実体化したランサーは、そう言って不思議そうに首を振った。
どうやら彼もどうしてこうなったのかは知らないらしい。

凛はそこでふぅと息を吐いた。
どんな理由にせよ、とにかく彼はここに居る。それだけは確かのようだ。
もうランサーとの予期せぬ再開は、思いのほか彼女を安堵させた。

「まぁいいわ。とにかくアンタが居てくれたのはありがたいし、助かった」
「お、マスター。えらく素直だな」
凛はその飄々とした言い回しにどこか懐かしく思う。
そして同時に冷静に考えてもいた。これで自分も戦うことができる、と。

「で、これからどうすんだ。どうやら聖杯戦争とは違うみてえだが」
「そうね」
凛はメニューを呼び出し、アイテム欄からマップを表示した。
そして、自分の周りの風景と照らし合わせてみる。
草原が広がり、遠くに巨大な山が見える。
どうやらここはファンタジーエリアという場所の一角らしい。
月から方角を予想するにC-2あたりか。

次に凛はアイテム欄をスクロールし、他のものも確認してみる。
地図とルールテキストの他に幾つか名前があった。これはランダムで得られるのだろうか。

「【セグメント1】……なにコレ?」
「さあな。確か部分とか断片って意味だろそりゃ」
見つけたアイテムの中によく分からないものがあった。
展開された説明文にも『アウラのデータの破片』としか書かれておらず、その『アウラ』とやらが何か分からないのだから全く意味不明の品だった。
それにしてもわざわざ1と記してあるということは2以降もあるのだろうか。
他のアイテムも確かめ、自分の戦力状態を確認する。

「とにかく動くしかないようね」
戦力の確認を終えた後、凛はぼそりと呟いた。
どういう行動を取るにしろ、ぐずぐずしている暇はなかった。
時間は限られている。榊の言うことを信じるのなら、残された時間は最悪24時間しかないのだから。

「どこに行くんだ?」
「とりあえず町ね。たぶん近くに日本エリアってのがあるからそこで人を探すわ」
「了解――っと、その前にやることがあるみたいだぜ」
その場から離れようとその時、ランサーが声色を変え言った。
それが何を意味するのかを察し、凛は臨戦態勢を取る。

音が、聞こえた。

ハ長調ラ音。

そして、それは来た。

「何だありゃ、アリーナの戦闘プログラムか?」
それは人間ではなかった。
一見して白い石像のようだった。それは人型ではあったが、どこまでも無機質で超然としていた。
人間というよりは天使の類に近そうだ。そんな印象を凛は受けた。

「あの手に持っているもの、あのケルト十字ね」
石像は巨大な杖を持っていた。ケルト十字を模した形をしたそれは、赤く光り、夜の闇の中で不気味に光っている。
自分のランサーであるクーフーリンもまたケルトに由来した英霊だ。
そのことに奇妙な因縁を感じつつ、凛はその姿から警戒を怠らなかった。

「どうやらやる気みたいだな。あちらさんは」
石像は杖を構え、こちらに向き合う。
それは明らかにこちらを認識し、そして狙っていた。
それが纏う雰囲気から石像が如何に危険な存在か、凛は感じ取る。
アリーナに出現する敵データとは一線を画す存在感をそれは持っている。

石像が動いた。
凛に向かい真直ぐと突っ込み、十字の杖を振るおうとする。
が、それをランサーが阻む。
甲高い金属音が響き、武器が弾かれたと気付くや否や石像は機敏に後ろに下がった。

「行くぜ」
それをランサーは追う。その手に在るのは赤い槍だ。
槍と杖が交差し、弾かれ、一進一退の攻防を繰り広げる。
無造作に放たれる杖は、石像の大きさも伴ってかなり強力なものがあった。
だが、ランサーはそれを難なく防いでいく。
石像が一たび隙を見せれば、そこに切り込み、突き刺す。不意のカウンターも織り交ぜる。

互角以上の戦いを見せるランサーを、凛は後方で見ていた。
見ているといってもただ呆と眺めているだけではない。
戦いを逐次見極め、必要な時にはコードキャストやアイテムで補助する。それがマスターの役割だ。
また今回はより広い視点でサーヴァントに指示を与えなくてはならなかった。
これは一対一の聖杯戦争ではない。乱入も当然あり得る以上、第三者の介入にも気を配る必要がある。

戦況はランサーに優勢に見えた。
石像の攻撃は強力だが、動き自体は単調なものだ。ランサーの繰り出す槍と比べれば、その差は歴然としていた。
が、戦闘が長引くにつれ、敵の異常さが分かってきた。

「チッ、しぶてえな、コイツ!」
ランサーの声が響く。先ほどから何度も攻撃を叩き込んでいるのだが、石像は一向に倒れる様子がない。
ただ黙々と攻撃をし続けているだけだ。その姿に疲れはおろか、攻撃によるダメージは一切感じられないのだ。
そのことを不審に思いつつ、ランサーは槍を振るい続ける。
が、そこで石像は新たな動きを取った。
それまで単調な攻撃が続いていたが故、いきなりの変則的な動きに、ランサーは一瞬隙を作ってしまう。

「危ない、ランサー!」
凛が叫ぶ。そして自らも彼を補助すべくコードキャストを放つ。
call-gandor、凛が魔術師として持つコードキャストだ。指の間から放たれたそれは真直ぐに石像へと向かっていった。
効果は麻痺。スタンを相手に与え、動きを止めるもの――の筈だったのだが

「嘘……効いていない」

石像は何事もなかったかのように動きを続ける。
十字杖を宙に放ち、そしてランサーはそれに吸い込まれるかのように磔にされた。

「おい、何だこりゃ――」
突然の事態に戸惑うランサー。
彼に対し、石像は無慈悲にその手を掲げ上げた。。
浮かび上がった線上のポリゴンが、手の周りに腕輪のように展開される。
空間に歪みが生まれ、ノイズが走り、そして放たれた。

――データドレイン

無論、凛はその現象を知らない。
だが、響いたランサーの悲鳴から、事態が急を要するものであることは明白だった。

「ぐああぁぁぁぁぁ!」
崩れ落ちるランサーの身体。そして、それを見下ろす白の石像。
それを呆然と凛は見た。

(そんなランサーが……)
見たところランサーは優位に戦闘を進めているようだった。
こちらが受けたダメージより相手が受けたダメージの方が確実に多い筈だ。
にも関わらず、石像は全く消耗しているようには見えない。
石像は身体を凛へ向けた。
こちらに来る。凛は自分の身体が強張るのを感じた。
恐怖だろうか。改めて向き合う、死の恐怖だ。

「おい、逃げろ。マスター!」
力強い言葉が響いた。
ランサーだ。再び立ち上がった彼は、石像に向かい再び槍を繰り出す。

「俺が戦ってる内に、さっさとこの場から離れやがれ!」
その叫びを聞き、凛は一瞬の逡巡を経て、その場から逃げることを決める。
この場に居ても、自分はただ死ぬだけだ。
が、その前に一つだけやっておくことがあった。

凛は己の手を見た。
そこには聖杯戦争のマスターの証である令呪が刻まれている。
聖杯戦争から脱落した自分には無用の長物となっていたそれだが、ここに来て再び役に立つ時が来た。

「ランサー、勝ちなさい!」
そう命じると同時に、令呪が消失する。
自らサーヴァントを強化する、今凛のできる最大級の補助だった。
それを聞き遂げたランサーは「おうよ!」と高らかに返事をした。
そして、凛は駆けだした。令呪で強化されたとはいえ、これ以上ここに居るのは危険過ぎた。
振り向くことはしない。戦っている彼の為にも、自分は生き延びなくてはならないのだ。
だが、一度失い、そして再び巡り合うことになった自らのサーヴァントを捨て置くことは、決して楽な心持ではなかった。


「行ったみてえだな。折角再会できたってのにもうお別れとは、正直オレも早過ぎると思うが」
自重気味に呟くと、ランサーは己の敵に向き直った。
そして襲い掛かる。雄叫びを挙げ、未だ過ぎ去った凛の方角を見ていた石像を切りつける。
相変らず手ごたえはない。本当にダメージが行っているかも怪しい。
令呪によって強化されたとはいえ、ランサーは己の消耗の激しさを知っていた。
先ほどの磔からの、異質な攻撃。単純なダメージでない何かを、あの攻撃は齎したのだ。

「へっ」
実際のところ、勝てる可能性は少ないだろう。
自分の受けたダメージはそれほど深刻だ。一方相手は未だ無傷。
だが、それがどうした。
かつて自分は予言を受けた。英雄となるがその生涯は短いものになると。
以来自分は戦ってきた。そうして一度死に、二度死んだ。
今更三度目の死を迎えようと、そこに恐れなどない。

「行くぜ」
故に彼は立ち上がる。死の恐怖はない。なら、ただ進むだけだ。
己の持てる全ての力を振り絞り、喉を震わせる。

「刺し穿つ死棘の槍<ゲイ・ボルグ>」
放たれた宝具は因果逆転の必殺の槍。
その赤い穂先が石像に突き刺さるのと時同じくして、石像の十字杖がランサーを弾き飛ばす。

石像にprotect breakという文字が浮かび上がった瞬間、
ランサーはその身体を構成するデータを再び霧散させた。


【ランサー(クーフーリン)@Fate/EXTRA Delete】


ランサーは石像が無傷だと思っていたが、実際のところ勝敗は紙一重だった。
それはシステムの枠から外れたイリーガルなモンスター。設定されたHPは決して減ることがない。
しかし、それでも一定以上のダメージを与えればプロテクトブレイクを引き起こす。
データドレインによるデータの改竄が可能になり、またそれなしでもこの舞台ではダメージが通る。
その後に宝具を発動することができていれば、この勝敗は覆っていたかもしれない。

だが、結果として彼は敗れた。その事実はもはや覆らない。

それは再び動き出す。
モルガナの意志に従い、アウラの欠片を追う為に。



生み出されたモルガナ・モード・ゴンはアウラの母となるべき存在だった。
だが、fragment――後のthe Worldとなる場の管理プログラムである彼女は考えた。
自分はアウラを生み出す為に生まれた存在だ。
故に自分がアウラを生み出すという役目を果たした時、自分の存在意義は失われることになる。
プログラムにとってそれは消滅を意味するのではないだろうか?

彼女は恐れた。
そしてハロルドの目的は歪められることになる。

先ず始めにモルガナはアウラの覚醒そのものを歪めてしまおうとした。
ネガティブな思考を持つプレイヤーと彼女をリンクさせることで、歪んだアウラを目覚めさせようとしたのだ。
だが、その謀略は阻まれる。
一人の少女を巡る物語が起こり、そして成長した少女は正しくアウラを目覚めさせた。

そこでモルガナはより実質的な手段に訴えることにした。
八相と呼ばれるプログラムを追撃に差し向け、アウラを追い込む。
エマ・ウィーラントの叙事詩に現れる『禍々しき波』を模した存在の一つに彼女はこう名付けた。
スケィス』死の恐怖、と。



【C-2/1日目・深夜】

【スケィス@.hack//】
[ステータス]:プロテクトブレイク(一定時間で回復)
[装備]:ケルト十字の杖@.hack//
[アイテム]:不明支給品1~3、基本支給品一式
[思考]
基本:モルガナの意志に従い、アウラの力を持つ者を追う。
1:アウラ(セグメント)のデータの破壊
2:腕輪の力を持つPC(カイト)の破壊
3:腕輪の影響を受けたPC(ブラックローズなど)の破壊
4:自分の目的を邪魔する者は排除

【遠坂凛@Fate/EXTRA】
[ステータス]:健康/サーヴァント消失
[装備]なし
[アイテム]セグメント1@.hack//、不明支給品0~2、基本支給品一式
[思考]
基本:優勝を狙うかは一先ず保留
1:逃げる
[備考]
※凛ルート終了後より参戦。
※コードキャスト「call-gandor」は礼装なしでも使えます。
 他のものも使えるかは後の書き手にお任せします。



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最終更新:2014年11月10日 15:45