逃げる。
 ランサーをほとんど完封同前に葬った化け物から逃げる。
 逃げるはアウラのセグメントを持つ魔術師の少女、遠坂凛。
 対して追うはモルガナの生み出した禍々しき波の一相、スケィス

「ったく、しつこいわね!」

 悪態をつきながらも逃げる凛。後方からはスケィスがかなりのスピードで接近してくる。
 ランサーが足止めをしていたからまだ距離があるとはいえ、このままではいつ追いつかれても不思議ではない。
 彼女が目指している逃げ場は日本エリア。確か地図では近くにあった。
 地図を見る限りでは学校が二軒にショップが一つ。おそらく日本の町のような場所なのだろう。
 それならば、今いるような何もない平原よりはまだ逃げやすいはずだ。

「このっ!」

 追ってくるスケィスへとcall-gandorを放って足止めを試みる。
 先程ランサーと共に戦っていた時に使った時にも全く効いていなかったのだから、ダメージがあるとは思っていない。
 だが、ダメージにはならないにしても多少の足止めにはなるだろう――――と思っていた。
 確かにスケィスは止まった。だがそれも一瞬の事。
 一瞬だけ止まった後、何事も無かったかのように再び動き始めた。これでは足止めになんかなりはしない。

(ダメージが通らないのは分かってたけど、足止めにすらならないって言うの……!?)

 その事実に戦慄する。
 何せダメージは通らない。足止めも無駄。おまけに足も速い。ほぼ詰んだも同然の状態だと再認識したからだ。

 が、事実は違う。
 ほんの僅かではあるが、確かにスケィスにダメージは通っているのだ。
 先程までのスケィスならば、一切のダメージが通らなかった。それは事実だ。
 だが、今のスケィスの状態はプロテクトブレイク。この舞台ならデータドレインを使わずともダメージが通る。
 ランサーが自分の命すら捨ててまで足止めをした、その成果がこの状態だ。
 ……今凛が持っている攻撃手段ではどの道倒すことなど不可能であり、ほぼ詰んでいる事に変わりはないのだが。

「痛っ!?」

 そして今、「ほぼ詰んだ」状態から「ほぼ」の字が消えた。
 何もないはずの場所にも関わらず、何かに激突し転倒する凛。
 慌てて正面を見ても、ただの平原以外に何も無い……が、激突した以上何かがあるのは確か。
 目には見えないが、何か壁のようなものがあるのは確実だ。

「嘘、この私がこんなくだらないミスをするなんて……」

 見えない壁があると認識した瞬間、自分のした失敗を悟り愕然とする。
 目の前には平原が広がっているが、その方向には見えない壁。
 こうなっているエリアがあるとすれば、地図に何も表記されていなかったエリアだけだ。
 つまりは、走る方向を間違えてしまったという事に他ならない。
 長年テロリストとして活動してきた普段の凛ならば決してしないような失敗。
 だが、先程の死の恐怖や、相棒と再会してすぐに失った事。そして何事もなかったかのように追ってくるスケィス。
 それらの要因が凛を少なからず動揺させた結果がこれだ。
 今すぐ方向を変えて走ったとしても、今のタイムロスのせいで間違いなく追いつかれる。
 絶望と諦めが凛の心身を支配し始め――――

(……まだよ、こんな所で死ねないわ!)

 ――――その絶望を振り払う。
 自分の足で逃げ切れないのなら、支給品を使えばいい。
 それを可能とする道具は、先程の装備確認で既に見付けてある。
 急いでメニューを開き、アイテム欄からその道具を出して使おうとする凛。
 が、それを手に持った瞬間凛の体が宙へと浮かび上がった。

「しまった――――!」

 浮かび上がる瞬間、自分が何をされたかを悟った。
 ランサーに致命傷を与えた、あの攻撃を自分にするつもりなのだと。
 現に凛の後ろには、先程までスケィスが持っていたケルト十字の杖が浮かんでいた。

 ――――宙に浮かぶ凛の体が、杖に磔にされる。

 ――――凛が自分の手を、正確には持った道具を見る。

 ――――スケィスが手を掲げる。

 ――――凛が支給品に魔力を込める。

 ――――スケィスの手の周りに、腕輪のようなポリゴンが展開される。

 ――――凛の手の中にある支給品が光りだす。

 ――――スケィスの手からノイズが走り、放たれる。

 ――――直撃する寸前、凛の姿が掻き消える。

 ――――ノイズが杖しか無い空間を駆け抜ける。

 ――――凛の姿はどこにも無い。

 後に残ったのはスケィス一体。今のデータドレインで倒したはずの凛の姿はどこにも無い。
 今まで追っていたアウラのセグメントを持つ者を見失い、その場で止まる。
 そのうち、見失ったものは仕方ないとでも考えたのだろうか。
 いなくなった凛……いや、見失ったセグメント1を追う事を一時中断し、改めてセグメントの捜索を始めた。


【C-2/ファンタジーエリア/一日目・黎明】

【スケィス@.hack//】
[ステータス]:ダメージ(微)、プロテクトブレイク(一定時間で回復)
[装備]:ケルト十字の杖@.hack//
[アイテム]:不明支給品1~3、基本支給品一式
[思考]
基本:モルガナの意志に従い、アウラの力を持つ者を追う。
1:アウラ(セグメント)のデータの破壊
2:腕輪の力を持つPC(カイト)の破壊
3:腕輪の影響を受けたPC(ブラックローズなど)の破壊
4:自分の目的を邪魔する者は排除


 ◆


 時間は少しだけ戻り、会場のどこかの建物。
 周囲の壁の張り紙やテーブル、カウンターがある所を見るに、どこかの食堂か売店といったところか。
 尤もカウンターには誰もいないため、少なくとも今は利用できないだろうが。

「デウエスに勝ったと思ったら殺し合いをやらされて、そして今度はどこかの食堂か? 一体どうなってるんだ?」

 その食堂にいた二頭身の人物……アバター名『ジロー』が周囲を見回しながら考える。
 確かここに来る前の最後の記憶は、デウエスとの最後の試合に打ち勝った瞬間。
 最初の場所にいたあの侍はサーバーがどうこう言っていたから、多分ここはネットの中なのだろう。
 だとしたら、全部終わったと思った瞬間に連れ去られたという事か。終わったと思ったらまたも命の危機か。

「そうだ、荷物を見ておかないと」

 溢れ出す徒労感を抑え、メニューを開く。
 ツナミの重役と思われる銀髪の女。彼女からの逃走の際に銃弾を使い果たした経験から、装備の大切さは身に染みて分かっている。
 支給された荷物を調べてみると、支給された荷物の中にDG-0という名の二挺拳銃があった。
 ……いや、拳銃と呼ぶにはかなりデザインが奇抜だし、何より銃身の下からエネルギーでできたような刃が出ているから拳銃と呼べないかもしれないが。
 現実でも生身で巨大フナムシや自立移動する無数の蜘蛛型爆弾、果てはレベル4生物兵器すら拳銃一挺(うち二回は実銃ではないが)で相手取ったジローなら、少しは扱えるかもしれない。

「……ただのフリーターの俺が、何でこう何度も命の危機を味わう羽目になってるんだ?」

 嫌な考えが脳裏をよぎるが、無視する事にした。
 とにかく、すぐにDG-0を装備するが、左手側の銃は持て余し気味だ。
 さすがに二挺拳銃は経験がないのもあるし、何より人を殺したくはない。使うとすれば自衛用くらいだろう。

(おいおい、何甘い事言ってんだよ)
「……誰かと思ったらお前か」

 そう考えていると、何者かがジローの考えを茶化す。
 それは、呪いのゲームの事件に巻き込まれた頃からジローに語りかけてきていた正体不明の何か。
 かつてそいつは、「俺は『俺』だ」と名乗っていた。とりあえずは便宜上『俺』と呼称する。

(死にたくないんだろ? だったらどうするかは決まってるよな?)
「どういう意味だ」

 聞き返すジローだが、何を言い出すかなど既に分かっていた。
 こうやって『俺』が話しかけてくる時は、必ず弱い考えや悪い考えを吹き込みに来る。
 例を挙げるとすれば、「この際逃げてしまえ」「どうせ何をやっても無駄」など。
 漫画などに出て来る心の中の悪魔。『俺』の行動を何かに例えるとすればあれだ。
 ならば今回もまた、ろくでもないアドバイスをしに来たのだろう。

(この殺し合い、乗っちまえよ。
 どうせ生きて帰っても無職のままなんだし、優勝してたっぷり賞品貰って帰ろうぜ)
「ふざけるな! 俺は絶対に、殺し合いなんかしないぞ!」

 案の定である。
 ここは殺し合いの場で、殺さなければウイルスや他の参加者の手で殺される事になって、その上豪華な優勝賞品まである。
 故に死にたくないのなら、もしくは賞品が欲しいならどうしても乗る必要があるのは明白だ。
 だが、人殺しをする気などジローには無い。声を荒げて『俺』へと反論するが――――

(おいおい、殺さないとお前が死ぬんだぞ?
 それに、呪いのゲームで何十人も消してきたんだ。今更何人殺しても大して変わらないさ)

 ――――そう言われて言葉に詰まる。
 デウエスを倒せば全て元に戻るとはいえ、それでも呪いのゲームでかなりの数……3チーム分なら30人弱か。それだけの人を消してきたことには変わりない。
 なら、呪いのゲームと同じように参加者を消す……殺す方向で動いてもいいんじゃないか?

「……それでも俺は、殺し合いになんか乗らない。乗ってなんかやるもんか!」

 その考えを一蹴する。
 かつて先輩と友人が消えた時や、渦木に殺人の疑いをかけられていた時ならばもしかしたら乗っていたかもしれない。
 だが、デウエスとの戦いを乗り切った今のジローなら、『俺』の口車に乗るような事はしない。

(ハハハ……人がせっかく親切にアドバイスしてやってるのに。
 ツナミの人間に爆破されかけた時みたいに、また死ぬような目に遭ってから後悔しても遅いぞ)

 そう言って、ジローを嘲笑しながら『俺』が消える。
 消えた『俺』の言葉が頭に残ってはいるが、それでもきっと何とかなるはずだ。

「デウエスだって倒せたんだ、今回だってきっと何とかなる」

 そう言ってDG-0をテーブルに置き、荷物の確認を再開した。


 こころが5下がった!
 DG-0を手に入れた!


 ◆


 それからどれだけ経っただろうか。一人の青年が階段を上って来る。
 その姿は野球の白い野球のユニフォームを着ており、部活帰りの生徒にも見えなくはない。
 ……ただし、その両手に持っているブレード付き二挺拳銃が無ければの話だが。

「デウエスが関わってる訳でもないのに、ネットの中で現実の体を使う事になるなんてな」

 青年が呟く。その声は確かに先程まで食堂らしき場所にいたジローの声だ。
 先程荷物を調べていた時に、【使用アバターの変更】という項目を見つけ、調べてみた結果がこれだ。
 その姿は現実世界の彼と同じもの。ツナミネットのアバター『ジロー』ではなく、それを操作するプレイヤー『十坂二郎』の姿だった。

 ジローは知らない事だが、この殺し合いの会場では実際に使用したアバターが複数存在するのなら、使用するアバターを変更する事が可能になっている。
 そう考えれば、デウエスとの最終決戦には現実世界の姿で試合に臨んでいたのだから「複数のアバターを使った」とも取れる。
 故にジローがアバターを切り替えられるのも当然だ。

 二頭身のアバターのままでいるより、こちらの方が動きやすいのは確かなので、アバターはこのままにしておく。
 辺りを見ると、目の前には学校によくある昇降口が。どうやら地図にあった日本エリアの学校のどちらからしい。
 ならばさっきまでいた売店兼食堂は、この学校の購買部なのだろう。ついでに昇降口がある以上、ここが一階のようだ。

(ここは学校だったのか。何かあるかもしれないし、調べてみよう)

 そう考え、学校の探索を始める。
 幸か不幸かこの学校、少なくとも足音が聞こえる範囲には乗った人間はいないようだ。
 もし誰かいるのなら、結構大きな声だった『俺』とのやりとりが聞こえているはず。
 それにもかかわらず誰も近付いて来ない以上、聞こえる位置に人がいないか、いるとしても乗ってはいまい。
 とりあえず手近にあった教室に足を踏み入れ……ようとした瞬間、異変が起きた。
 一瞬前まで無かった光が、ジローを後ろから照らしだした。

「なんだ!?」

 そう言い終えるが早いか、後ろに現れた光が消える。
 何が起きたのかと思い後ろを振り向くと、先程までいなかった少女……遠坂凛の姿があった。

 何故彼女がここにいるのか。その答えは先程スケィスから逃げる際に使った道具にある。
 それは、彼女にとっても馴染み深い道具。SE.RA.PHで行われた聖杯戦争で使われていたものだった。
 だからこそ、説明も見ずにすぐさま使う事が出来たのだ。
 消耗品の上に一つしか支給されなかったが、使わなければやられていたのだから仕方が無い。
 道具の名はリターンクリスタル。
 月海原学園一階へと帰還するためのアイテムである。

【B-3/日本エリア・月海原学園一階/一日目・黎明】

【ジロー@パワプロクンポケット12】
[ステータス]:健康、現実世界の姿
[装備]:DG-0@.hack//G.U.
[アイテム]:基本支給品一式、不明支給品0~2(本人確認済み)
[思考]
基本:殺し合いには乗らない
1:え、誰?
2:『俺』が鬱陶しい
[備考]
※主人公@パワプロクンポケット12です。
※「逃げるげるげる!」直前からの参加です。
※パカーディ恋人ルートです。
※使用アバターを、ゲーム内のものと現実世界のものとの二つに切り替えることができます。

【遠坂凛@Fate/EXTRA】
[ステータス]:疲労(小)、サーヴァント消失
[装備]なし
[アイテム]セグメント1@.hack//、不明支給品0~1、基本支給品一式
[思考]
基本:優勝を狙うかは一先ず保留
1:助かった……?
[備考]
※凛ルート終了後からの参戦です。
※コードキャスト「call-gandor」は礼装なしでも使えます。他のものも使えるかは後の書き手にお任せします。
※リターンクリスタル@Fate/EXTRAは消費されました。

【全体備考】
※何もないエリアは見えない壁で仕切られています。
※購買部にNPCがいないため、購買部での買い物はできません。


支給品紹介
【DG-0@.hack//G.U.】
ハセヲXthフォームの使用する双銃。銃身の下にあるブレード部分での近接戦闘も可能。
劇中ではドッペルゲンガー戦のサブイベントをクリアすると手に入る。
ダブルトリガーを使用可能にする「ダブルトリガー」と、HPが減る程破壊力を増す「復讐の弾丸」の二つのアビリティを持つ。

【リターンクリスタル@Fate/EXTRA】
使用すると月海原学園一階にワープする。劇中ではアリーナからの脱出に使われていた。消耗品。
劇中では月海原学園購買部で購入可能な他、アリーナで拾う、エネミー戦で手に入れるなどの方法で入手可能。
本ロワでは主な入手経路だった購買部が使えないため、補充は絶望的である。

023:Sword or Death―選択― 投下順に読む 025:Link
023:Sword or Death―選択― 時系列順に読む 025:Link
002:terror of death 遠坂凛 039:隠していた感情が悲鳴を上げてる――(前編)
002:terror of death スケィス 054:『死の恐怖』は知っていますか?
000:プログラム起動 ジロー 039:隠していた感情が悲鳴を上げてる――(前編)

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最終更新:2013年08月23日 00:49