3◆◆◆


 ――――ドン、と。
 ロックマンがフォルテへと目掛けて踏み込む。
 その踏み込みにいったいどれほどの力が込められていたのか。先ほどの戦闘において傷一つ付かなかった闘技場の床が、わずかに振動して軋みを上げる。

「ッ――――!」
「《ダーク・ソード》」
 距離は一瞬で詰められ、同時にロックマンの右腕に黒い光剣が形成される。
 そして降り抜かれる一閃。
 フォルテは咄嗟にその軌道から回避するが、放たれた刃は闘技場の外壁を容易く切り裂き、傷痕としてデータの歪みを発生させる。

「その力……やはりキサマも……!」
 その光景を見て、フォルテはそう呟く。

 ダークマンの《ダーク・シャドー》と同じ“あの力”。
 榊の言葉から推測するなら、おそらくは『心意』と呼ばれるもの。
 それをロックマンは、ソードという形で行使したのだ。

 だがその程度で終わるはずがない。
 榊はヤツを本命だと口にした。ならば当然、その力はダークマンを上回っているはずだ。
 それを証明するかのように、ロックマンは即座に新たな一手を繰り出してくる。

「《ダーク・バスター》」
 ロックマンの右腕が、光剣から銃砲へと変化する。
 直後連続で放たれた黒色の光弾は、当然『心意』によって強化された防御不可能な攻撃だ。
 おそらく純粋な威力という面では、ダークマンの《ダーク・シャドー》の方が上なのだろう。
 だがそれが心意攻撃である以上、迂闊に防御すればその防御ごと削り取られるだろう。
 その点において、単発攻撃でしかない《ダーク・シャドー》よりもロックマンの《ダーク・バスター》の方が厄介だといえる。

 そんな攻撃に対し、フォルテは『救世主の力』を以て光弾に干渉する。
 ネオはフォルテの光弾を、触れることなく受け止め撥ね返してきた。
 それと同様、物理的に防げぬのなら触れることなく受け止めてしまえばいいと考えたのだ。
 ―――だが。

「ッ………!」
 黒色の光弾は僅かに軌道を逸らすだけで、動きを止めることはなかった。
 フォルテは咄嗟に未来予測で弾道を演算し、放たれた光弾をすべて回避する。
 しかし。

「――――――――」
「ッ!? クオ……ッ!」
 フォルテが回避した隙を狙い、ロックマンがフォルテへと接近する。
 しかもその速さは、未来予測とほぼ同等。演算を終えた次の瞬間には、ロックマンは目前へと迫っている。
 強化された自分に迫るその動きに、さすがのフォルテも焦りの表情を浮かべる。

 間合いに入ると同時に降り抜かれる《ダーク・ソード》。
 ダーク・バスターを『救世主の力』で防げなかった以上、同じ心意技であるダーク・ソードが防げるとは思えない。
 そう判断したフォルテは、咄嗟に右腕の心意の刃となっていない部分を掴み、ロックマンの攻撃を受け止める。

 同時に腰の直刀を掴み反撃に移るが、しかし完全に抜き切る前に柄を抑え込まれ、直刀は塞き止められる。
 直後、胴体に衝撃が炸裂し、フォルテはロックマンから弾き飛ばされる。
 フォルテの両腕が塞がった次の瞬間に、ロックマンが蹴りを繰り出したのだ。

 結果生じた、詰めるには一足を必要とする距離。
「グ、オォオ――ッ!」
 フォルテは即座に体勢を立て直し、右手にエネルギーを収束させる。
「――――――――」
 対するロックマンも右腕をバスターに変え、同様にエネルギーを収束させる。

 そうして放たれる《アースブレイカー》。
 AIDA=PCと化したダークマンでさえも一撃で瀕死に追い込んだその技は、しかし。
 フルチャージで放たれたロックマンの《ダーク・バスター》によって、あっさりと掻き消され消滅した。

「チィッ……!」
 勢いを僅かにも衰えさせず迫ってくる黒い光弾を、フォルテは即座に回避する。
 相手が心意を使ってくる以上、《アースブレイカー》であろうと迎撃されることは予測できていた。
 だがそのまま反撃にまで繋げてくるとなると、さすがに厄介だ。

「ならば、こいつはどうだ――!」
 両腕をバスターに換装し《エアバースト》を発動。
 放たれた無数の光弾は、たとえ心意技であろうとソードでは捌ききれず、バスターでは相殺しきることもできない。
 ヤツの手札がその二つしかないのであれば、この戦いは未来予測を有するフォルテに十分勝機があるといっていいだろう。

 ――だが、そのことをGMである榊が理解していないはずがない。
 その榊が、今のフォルテを倒しうる存在として用意したのがこのロックマンだ。
 ならば、ロックマンの手札はまだ尽きていないと判断するのは当然であり。

 それを証明するように、ロックマンは自身へと迫る光弾に対し、左手を前へと突き出す。
 直後その手の先にAIDAの黒泡(バブル)が集束し、盾のように展開される。
 光弾はその盾に弾かれ、ロックマンに傷一つ付けることなく終わった。

「AIDAの盾か……ッ」
 その結果に、どうするか、とフォルテは思考を巡らせる。

 接近戦は《ジ・インフィニティ》による協力無比な一撃があるが、それを決めるための自身の技量が不足しているため不利。
 対して遠距離戦では、《エアバースト》はそれ単体では今のように盾で防がれてしまい効果が薄い。
 加えて《アースブレイカー》は発動のために僅かでもチャージが必要であり、その隙を突かれれば先ほどのように迎撃されてしまうため逆に危険。
 さらに言えば、通常の戦いにおいては協力無比な防御能力である《ダークネスオーラ》も、心意に対抗できる能力ではないため論外。
 唯一心意に対抗できそうだった『救世主の力』も、現実にはわずかに干渉できるだけで実質無意味。

 結論として、取れる選択肢は接近戦しかない。
 こちらの遠距離攻撃が通用せず、防御不能な攻撃を行ってくる相手は、こちらが倒されるより早く倒してしまえばいいということだ。
 そしていかにロックマンが強化されていようと、チャージを終えた《ジ・インフィニティ》を直撃させれば倒せるだろう。
 たとえ己に接近戦等の技術がなくとも、未来予測を駆使すれば十分可能なはずだ。

 問題は、未来予測を行使し続ければ、負荷による頭痛(ノイズ)が発生するということだ。
 たとえほんの一瞬であろうと、頭痛(ノイズ)は思考を遅らせる。そして今のロックマンを相手に、その一瞬はあまりにも致命的だ。
 つまりフォルテがロックマンを倒すには、防御不能の攻撃を回避し続けながら、未来予測による頭痛(ノイズ)が発生するよりも早く、《ジ・インフィニティ》を叩き込まなければならないのだ。

「ハ……上等だ」
 そんな、あまりに不利な状況を嘲笑うかのように、フォルテは凶悪な笑みを浮かべる。

 このロックマンと自分との差など、結局は心意技を使えるか否か、という一点に限る。
 心意技にさえ対処できるのなら、ヤツは決して強敵などではない。
 ならばヤツを倒し、そのデータを喰らい、心意の力を得たその時こそ、オレは最強の存在へと至るだろう。

「行くぞ……!」
 ロックマンが行動するよりも早く、フォルテは自分から攻め込んだ。
 “より強く”。
 自身の名が持つその意味を、何よりも己自身の証明するために。

      §

「ォオオオオオオオ――――ッ!」
 ロックマンとの一瞬で詰めながら、同時にフォルテは右手に《邪眼剣》を抜き構える。

 この邪眼剣は、AIDAを失いただの銃剣となったマクスウェルをオーヴァンへと突き返した際に、代わりにと渡されたものだ。
 《ダイイング》というアビリティを持つこの剣は、ごくわずかな確率でだが、通常攻撃でダメージを与えた際に相手のHPを激減させることができる。
 AIDA=PC化したロックマンに効果があるかはわからないが、ただの武器で攻撃するよりは期待ができる。

 《ジ・インフィニティ》は使えない。
 チャージによってどれだけ威力が上がろうと、これだけでは心意技に対抗できない。
 迂闊に使用して破壊されてしまえば、それこそ勝ち目がなくなってしまう。
 使うとすれば、確実に決められると判断した時だけだ。

「――――――――」
 対するロックマンは、当然のように《ダーク・ソード》を発動。
 右腕に形成された闇色の光剣で、自身へと迫りくるフォルテを迎え撃つ。
 そうして降り抜かれる二振りの光剣。

 だが、二つの光剣が接触するその直前。
 フォルテは唐突に右手首を返し、邪眼剣の軌道を変えロックマンの光剣から逃れさせる。
 心意技でないただの攻撃では、ロックマンの《ダーク・ソード》と打ち合えない。
 故にロックマンと武器を打ち合うなど、前提からしてあり得ないのだ。
 だが軌道を変えた代償として、邪眼剣はロックマンへと攻撃することが不可能となり、
 ――しかし同時に、フォルテの左腕に《ヒートブレード》が展開され、入れ替わるようにロックマンへと襲い掛かった。

 心意技を使うロックマンを相手に、いったいどう接近戦を挑むか。
 そう考えた末に選んだフォルテが導き出した答え。それが二刀流だ。
 近接戦闘でロックマンに勝とうとするのなら、とにかく攻勢に出て戦いの主導権を握り、相手の攻撃を封殺する必要がある。
 二刀流というスタイルを選んだのはそのためだ。
 キリトを連想させることが欠点だと言えるが、こと攻撃速度・回数において、ヤツを上回るものをフォルテは知らない。

 そしてその狙い通りに、《ダーク・ソード》による迎撃は間に合わない。
 《ヒートブレード》は《ダーク・ソード》の軌道を掻い潜るように繰り出されている。
 一撃目を囮として迎撃を誘発させられ、それによって生じた隙を狙われたのだ。
 ロックマンは一瞬でそう判断し、フォルテの一撃を飛び退いて回避。突き出すように放たれた《ヒートブレード》は、ロックマンの体を掠めるだけに終わる。
 がしかし、フォルテは即座に突進し、ロックマンへと再び《ヒートブレード》を振りかぶる。
 当然ロックマンも《ダーク・ソード》を構えなおし、今度はフォルテ自身を狙う形で迎撃する。

 だがフォルテはそれを読んだかのように、互いの距離が詰まる直前で足を止める。
 結果《ダーク・ソード》は空を切るだけに終わり、それを待ってフォルテは残る一歩を踏み出し、
「《ギアニスラッシュ》!」
 暗色のエフェクトとともに放たれる袈裟懸けの一撃。
 それはすぐさま翻り、ロックマンへと逆袈裟の追撃を叩き込む。

 ――これが邪眼剣を装備したもう一つの理由。
 『翼』とともにバルムンクから奪った、剣士(ブレイドユーザー)としての機能。
 片手剣カテゴリに属する武器に設定されたスキルの行使能力だ。
 これならばたとえ《ダイイング》の効果が発生せずとも、通常攻撃だけで戦うよりはダメージを与えられる。

「ッ――――」
 身を切り裂かれる衝撃に、ロックマンがわずかに苦悶の声を漏らす。
 だがAIDA=PC化の影響もあってか、ノックバックは小さい。
 瞬時に体勢を立て直し、状況を仕切りなおそうと再び飛び退こうとする。
 しかしフォルテはその行動を先読みし、そうはさせまいと即座に距離を詰める。
 距離を取られるわけにはいかない。
 相手に心意による遠距離攻撃がある以上、防御に回ればすぐに追い詰められる。

「オオオオオオ―――ッ!」
 高速で、しかし我武者羅に降り抜かれる二振りの光剣。
 いかに戦い方をキリトに似せようと、フォルテに接近戦の技量はない。故に当然、その戦い方は力任せなものとなる。
 だがそれで十分。技量の不足は、未来予測が補ってくれる。
 コンマ数秒先の未来を予測し、ロックマンの行動を制する。防げない攻撃を紙一重で回避し、その隙に反撃を叩き込む。

「――――――――」
 そんなフォルテの猛攻を受け、当然ロックマンは反撃を開始する。
 しかし降り抜いた《ダーク・ソード》はまたも紙一重で回避され、逆に自身へと光剣を叩き込まれる。
 そして生じたノックバックの隙を狙い、フォルテが攻撃スキルを放った――次の瞬間、ロックマンは再度フォルテへと闇色の光剣を降り抜いた。

「なにッ――!?」
 故意にか偶然にか。追撃で放った攻撃スキルに合わせられたその一撃に、フォルテは思わず驚愕の声を上げる。
 なんとロックマンはダメージによるノックバックを無視し、強引に攻撃を敢行したのだ。
 当然そんなことをすれば、ロックマンはフォルテの攻撃をまともに受け、通常よりも大きくダメージを受けることになる。
 がしかし、同時にそれはフォルテを窮地へと追い込む一撃でもあった。

「ッッ…………!」
 武器に設定された攻撃スキルは、“設定された”スキルであるが故に、そのモーションが固定されている。
 すなわちキリトたちの《ソードスキル》と同様、スキルの発動中はそれ以外の行動――つまり回避行動を行うことができない。
 このままでは《ダーク・ソード》の直撃を受け、致命的なダメージを負うことになるだろう。
 いつか経験した、だが立ち位置の逆転した窮地。それを前に、しかしフォルテは未来予測を最大限まで行使し活路を探す。
 そうして闇色の光剣と邪眼剣が、相手を切り裂かんと降り抜かれ。

「ッ、ァアアア――――ッッッ!!」
 光剣が自身を切り裂く寸でのところで、フォルテは不可能なはずの回避を成功させた。
 降り抜かれた《ダーク・ソード》は頬だけを浅く切り裂き、翻り放たれた一撃もギリギリのところで躱し、地面を転がるようにロックマンから距離をとる。
 同時にフォルテの背後に、邪眼剣の切っ先が固い音を立てて突き立った。

 それが、フォルテが回避行動を取れた理由だ。
 降り抜かれた邪眼剣は《ダーク・ソード》と激突し、当然のようにその刀身を半ばで断ち切られた。
 だがそれにより攻撃スキルの発動条件が不成立となり、モーションの強制が解除されたのだ。

「チッ……!」
 フォルテの舌打ちとともに、柄だけとなった邪眼剣が投げ捨てられ、刀身とともにデータ編となって霧散する。

 邪眼剣が破壊されなければ致命傷を負っていたのは間違いない。
 だがその代わり、現状もっとも有効な攻撃手段を失ってしまった。
 あれ以外でロックマンに有効なダメージを与えられるのは、《ジ・インフィニティ》しかない。他はすべて、心意技などで対処されてしまう。
 ……だが、その程度で敗北を認めるわけにはいかない。
 フォルテは右腕をブルースの《ソード》へと換装すると、未来予測演算を開始。再びロックマンへと突進した。

 ――――直後。
 ズキン、とフォルテの脳裏にノイズが奔った。
 先の一撃を回避する際、未来予測を限界まで行使したことで、文字通りに限界が来たのだ。
 それと同時に走った痛みに、ほんの一瞬、フォルテの意識に空白が生まれる。
 その、一瞬のスキの間に。

「――――――――」
 ロックマンがフォルテへと、逆に肉薄していた。
「ッ、ガッ―――!?」
 同時に突き出された《ダーク・ソード》が、フォルテの胴体を貫く。
 この時点ですでに大ダメージ。あとはこのまま引き裂くだけで、フォルテは致命傷を受ける。
 当然ロックマンはそうしようと右腕に力を籠める、がしかし、右腕はピクリとも動かない。
 見ればフォルテを貫いた右腕は、そのままフォルテの左手によって捕らえられていた。

「つ、かまえた……ッ!」
 凄惨な笑みとともにフォルテが呟く。
 これでもはやロックマンは逃げられない。《ダーク・ソード》を発動している右腕は動かせず、バスターへ換装するにしても一拍の間を要する。
 つまりこのままであれば、ロックマンは次のフォルテの一撃を甘んじて受けるしかないのだ。
 それを瞬時に理解したロックマンは、その一拍の間を得るために左腕でフォルテへと反撃する。
 ――――がしかし。

「ハッ、遅い!」
「ッ、――――!?」
 フォルテの全身から放たれた衝撃に、ロックマンの全身が打ち据えられた。

 ダメージはない。だがその衝撃はロックマンの反撃をキャンセルし、その体を強く弾き飛ばす。
 しかしフォルテとの距離が離れることはない。フォルテは捕らえたロックマンの右腕を離さず、結果その場へと縫い留められたのだ。
 加えて全身に重圧が圧し掛かり、あらゆる動作が緩慢なものとなる。
 それは魔剣・マクスウェルに浸食していたAIDAの有していた、そしてそのAIDAを喰らった際にフォルテが奪った能力だ。

 マクスウェルのAIDAの能力は、一定範囲内の存在全員に減速効果を与え、かつ自身に無敵効果を付与するというものだ。
 さらには威力こそ低いが、相手の防御を無視する衝撃波を放てるようになり、一方的に相手を攻撃で来るようにもなる。
 だが減速効果は自身にも適用され、しかも無敵効果は心意技を防げるほどのものではない。
 フォルテがこれまでこの能力を使わなかったのはそのためだ。
 デメリットに見合うだけのアドバンテージが得られない以上、迂闊に使用すれば自滅するだけだ。
 だがこの状況――防御も回避も反撃も封じた今の状態ならば、このロックマンが相手でも最大限の効果を発揮できる。

「終わりだ――」
 フォルテは空いた右手で《ジ・インフィニティ》の柄を掴み取る。
 それまでに溜めたエネルギーに見合うだけの輝きを放ちながら、その刀身が抜き放たれる。
 必殺の一撃を直撃させうる唯一絶対の機会。ここを逃せば次はない。
 ゆえに、この一撃を以って決着とせんと、渾身の力で、『玉衝』の直刀を抜き放ち――――

「――――――――」
 対するロックマンは、弾き飛ばされたことにより体制が完全に崩れている。
 さらには減速効果の影響で抵抗すらままならない。
 まさに絶体絶命の窮地。右腕をフォルテに捕らえられたままである以上、フォルテの一撃から逃れる術はない。
 だがそれでも、この窮地を脱すべく高速で思考を巡らせ、同時に辛うじて動く左腕を突き出し――――

 この戦いにおいて最大の衝撃が、アリーナ全体を振るわせる。
 舞い上がった粉塵が闘技場を覆い隠し、二人の様子を判然とさせない。
 だが、それも数秒。
 そう間を置かずに払われた粉塵の中から現れたのは―――フォルテだ。
 フォルテは右手の直刀を、左手に肘のあたりで絶たれたロックマンの右腕を持ったまま、荒い息を吐いていた。


     4◆◆◆◆


「ハァ……、ハァ……」
 乱れる息をどうにか整えながら、闘技場を見渡す。
 ロックマンの姿は、どこにも見えない。気配すら微かにも感じない。
 どうやら先の一撃で、右腕を残して消し飛んだらしい。
 その残った右腕を投げ捨て、インベントリから完治の水を取り出し使用する。
 イレギュラーなスタイルチェンジを果たしたことで、現在の残りHPなどは確認できなくなっている。
 だが《ダーク・ソード》の直撃を受けたのだ。大きなダメージを受けたことは間違いない。
 ダメージの回復と同時に全身の傷跡も消えていくのを確認して、ようやく大きく息を吐く。

 そうして再び、残されたロックマンの右腕へと視線を移す。
 AIDA=PC化の影響だろうか。右腕はデータ片となることなく、切断された断面から黒泡(バブル)となって散っていった。
 つまりこれで、ロックマンの存在した痕跡は完全に消えた。
 今一つ釈然としないが、これがオレとヤツとの決着ということなのだろう。

「………おい。これでキサマの余興は終わりだろう。さっさとここから出せ」
 司会者席の榊へと振り返り、そう告げる。
 ダメージこそ回復したが、未来予測の負荷や精神的な疲れはそのままだ。
 キリトたちの情報も訊き出したいが、今は少しでも休息が欲しかった。

「………………」
 だが榊は意味深な笑みを浮かべるだけで、ここから出そうとはしない。
「おい、聞いているのか! 今すぐここから―――」
 そのことに苛立ちを覚え、怒鳴り声を上げようとしたその瞬間、ふと視界の隅に黒泡が映り込んだ。
 それが妙に目に付き、なんとなしにあたりを見渡せば、どういうわけか、闘技場全体に黒泡が散っている光景が広がっていた。

「これは……、ガァッ――!?」
 一体どういうことだ。と思ったその瞬間、胸部から黒色の光剣が突き出てきた。
 その刃を見てまず生じたのは、更なる疑問。
 胸を貫かれたことの痛みは、思考よりも僅かに遅れてやってきた。

 理解できない。
 闘技場を覆うこの黒泡が一体何なのか。
 胸を貫く子の光剣は、一体どういうことなのか。
 まったくもって、状況が理解できない。
 そう混乱しながらも、どうにか背後へと目を向ければ、そこにはありえない姿があった。

「キ、サマはッ……!」
「――――――――」
 黒く染まった目の強膜。全身を包む黒い燐光。
 そういった僅かな変化はあれど、それは間違いなく先ほど消し飛ばしたはずのロックマンだった。

「ッ、ァア……!」
 《ダーク・ソード》が引き抜かれる。
 それによって生じた更なる痛みを堪えながらも、即座に背後のロックマンへと直刀を振るう。
「ッ!?」
 しかしロックマンは、刃が当たる寸前で忽然とその姿を消した。
「ガァッ……!?」
 直後、右腕に激しい痛みが走る。
 見れば右腕は、いつの間にか背後に回り込んだロックマンによって、肘のあたりから切り落とされていた。
 バカな。いつの間に移動した? 右腕が。そもそもどうやって生き延びた? 武器が。方法は? いやそんなことよりも―――

「ァアアア―――ッッ!」
 痛みに明滅する思考をどうにか回転させ、マクスウェルのAIDAの能力を発動する。
 同時に無事な左腕を《ヒートブレード》へと換装し、能力の発動によって弾かれ体勢を崩したロックマンへと降り抜く。
 だがロックマンは、その全身を黒い光子に変換させると、自身の近くに漂っていた黒泡へと吸収された。
 そして次の瞬間には、自身から離れた位置にある黒泡から排出され、再び人型へと戻った。

「………今のは、先ほどの意趣返し、というわけか」
 互いの距離が開いたことでどうにか冷静さを取り戻し、改めてロックマンの姿を確かめ、そう呟く。
 回復スキルの類は持っていないのか、ロックマンの右腕は肘の辺りから先が断ち切られたままだ。

「ハッ。人形みたいなやつになったなと思っていたが、なかなかどうしてイイ性格になったじゃないか」
 先ほどの、胸を貫かれたあの瞬間。そのまま薙ぎ払われれば、それでオレは致命傷を負っていたはずだ。
 だがロックマンはそうせず光剣を引き抜き、オレが反撃したことで無防備となった右腕を切り落とすに止めた。
 それが自身の右腕を失ったことに対する仕返しでなければ、いったい何だというのか。

「しかし……なるほどな。そういうことか。
 驚いたぞ。まさか“トランスミッション”をそう活用するとはな」

 トランスミッション。
 ネットナビのホームであるPETからインターネット間、あるいはインターネットのエリア間を移動する際に使用する、ネットナビなら誰もが持っている機能。

 どういう原理を用いたのかはわからないが、ロックマンはそれを“超単距離転送(ショートワープ)能力”として使ったのだ。
 先ほど背後に回ったのも、《ジ・インフィニティ》の一撃から逃れたのも、この“転送(ワープ)能力“によるものだろう。
 そして周囲に漂う黒泡はおそらく、そのための中継地点――つまりは通信ケーブルのようなものか。
 先ほど黒泡となって散ったロックマンの右腕は、ただ黒泡となって消えたのではなく、中継地点である黒泡を作るための媒介となったのだ。

 だが先の《ジ・インフィニティ》の一撃から逃れるには、ワープだけでは不可能だ。
 なぜならあの瞬間、オレはヤツの右腕を掴んでいた。
 もしあのままの状態でワープしてしまえば、オレごとワープすることになるか転送失敗となり、結局オレからは逃れられなかったはずだ。
 でなければ、“自身の右腕を切り落とす”などという、自らに不利となる行動をするはずがない。
 そう。ヤツは自らの右腕を切り落とすと同時にワープすることで、不可避だったはずの《ジ・インフィニティ》の一撃を回避したのだ。

 ―――問題は。
 ヤツの戦闘能力は激減こそしても、まだ失われたわけではないということだ。

 たとえ片腕が失われていようと、ロックマンには心意という強力な攻撃手段がある。
 対してオレは、すべての手札を切った。
 未来予測も、マクスウェルのAIDAも、《ジ・インフィニティ》も。今の自分に使えるものはすべて。
 その上で、ヤツは戦闘能力を残したまま生き残った。
 加えてまだ手札を残している可能性もあるとなれば、オレに残された勝ち目は限りなく薄いだろう…………。

「………ハ。だからどうした」
 まだ終わったわけではない。オレはまだ戦える。
 そうだ。立ち上がるための足も、戦うための力もまだ残っている。
 どれだけ薄いものだとしても、勝ち目が完全に失われたわけではない。
 だというのに、諦めることなどできるはずがない。
 この程度で諦められるのなら、あの日に――人間への復讐を決意したあの時にとっくにデリートされている!

「行くぞ、ロックマン!」
 《ヒートブレード》を《シューティングバスター》へと換装し、ロックマンへと向けて突きつける。
 たとえ力の差が絶望的であろうと、することは変わらない。
 ――――“より強く”。
 この身が完全にデリートされるその時まで、自信を示すその名の通りに戦い続けるだけだ。

「――――――――」
 対するロックマンは、フォルテのその最後の足掻きを、《ダーク・ソード》を構え静かに迎え撃った。

      §

「………終わったな」
 闘技場で行われた戦いの様子を見て、榊はそう見切りをつけた。

「そうかな? フォルテはまだ、諦めてはいないようだが」
「いいや、終わりだとも。
 フォルテが逆転する可能性を否定するわけではないが、それでも覆せないものは存在する。
 たとえ彼のステータスが数値上でロックマンを上回っていようと、その力がシステムの範疇に収まっている限り、ロックマンに勝つことはあり得ない」
 システムを上書き(オーバーライド)する力――心意によって生じる差は、それほどまでに絶対的なのだと榊は語る。

 それは謂わば『The World』における腕輪(データドレイン)、あるいは憑神(アバター)のようなもの。
 133ものレベルを有していたハセヲが蒼炎のカイトに太刀打ちできず、しかしながら再戦の際、三人がかりでとはいえ、その三分の一程度のレベルで打倒し得たのも、憑神の存在が大きい。

 無論、心意を使えればそれだけで勝てるというほど、フォルテは決して甘くない。
 現に彼は、幾度か心意使いと交戦して生き延び、ついにはISSキットによって心意攻撃を繰り出してきたダークマンさえも打倒して見せた。
 それはすなわち、彼の力が規格外の領域に達しているということの証明に他ならない。

 ……だがそれもここまでだ。
 フォルテが心意使いに対抗できたのは、ダークマンとの闘いを除けば、ロストウェポンという武器があってのもの。決してフォルテ自身の力に依るものではない。
 故に、フォルテにある程度以上対抗できるものが心意を使った時、対抗手段(ロストウェポン)を失っている今のフォルテは、心意の暴威を甘んじて受けるしかないのだ。
 そして今彼と戦っているロックマンは、AIDAによってフォルテに迫る力を持ち、ISSキットによって心意の行使を可能としている。
 心意を除く条件が対等となっている以上、今のフォルテがロックマンを倒せる可能性など、絶無に等しい。

 ――――だが。
 それでももし、この状況からフォルテがロックマンを倒す方法があるとしたら、それは――――

「……まあ、君がそう断言するのならそれで構わないが、」
 脳裏に浮かんだ可能性を隅へと追いやり、オーヴァンはそう言ってフォルテに関する話を切り上げる。

 元よりこの戦いの行方などに、オーヴァンの関心はない。
 榊の言葉通り、ここでフォルテが倒れるのならそれはそれで構わないし、もしこの状況からロックマンを倒せたのなら、それほどの脅威だと認識を改めるだけだ。
 どのような結果が訪れようと、彼のすることは変わらない。
 決して譲れぬたった一つの目的のために、利用できるものは全て利用し、障害となりえるものは排除する。
 それだけだ。

「そろそろ教えてくれてもいいんじゃないか? 君たちの目的を」
 そのためにも今は、榊(GM)たちの目的を知る必要がある。
 それの前にはフォルテの生死など、些末なことでしかなかった。

「ふむ。まあいいだろう。本格的に我々に協力するのであれば、それくらいは知っておくべきだろうからな。
 とは言っても、そう難しい話ではない。
 あんたほどの男なら、すでに予想できているだろう? この『世界』が一体何をベースとして作られているかくらいは」

 この『世界』。
 デスゲームの舞台となったこの会場のベースとなったもの。
 ただのプレイヤーの視点からそれを挙げるのは、非常に困難だと言える。
 何しろこの『世界』は、あまりにも無秩序に寄せ集められたエリアで構成されているからだ。
 だがそれでも、あえて基盤となっているものを上げるとするのなら。

「……『The World』、か」

 日本エリア、ファンタジーエリア、アメリカエリア、ウラインターネット、そしてアリーナ。
 この『世界』を構築するエリアは、大きく分けてこの五つだ。
 このうち日本エリア、ファンタジーエリア、アメリカエリアの三つは地続きとなっているが、ウラインターネットとアリーナにはカオスゲートを利用する必要がある。
 そしてファンタジーエリアには、オーヴァンが知る限りでマク・アヌとグリーマ・レーヴ大聖堂が、ウラインターネットにはネットスラムが存在する。
 加えてリコリスのイベントで転移した先の、創造主の部屋を含む三つのエリア。
 これらのことから分かることは、あまりにも『The World』の要素が多すぎるという点だ。

 むろんオーヴァンとてこの『世界』を全て調べたわけではない。
 もしかしたら他のゲームの要素も多分に含まれているのかもしれないし、ただ単に会場造りの参考に『The World』が選ばれただけかもしれない。
 だがそれらの可能性を踏まえた上で、この『世界』の根幹には『The World』があるとオーヴァンは予測していた。
 何故ならこの世界には『認知外迷宮(アウターダンジョン)』が存在したからだ。

 『認知外迷宮』とは、『The World』の裏側に存在する、ロストグラウンドとは異なる仕様外のエリアだ。
 AIDAの影響で生じた歪みによって形成されたといわれているが、実態は定かではない。
 しかし今重要なのはその実態ではなく、このエリアが運営側の組織である『知識の蛇』でも監視できないエリアであるという点だ。
 そしてこの世界でオーヴァンが侵入した『認知外迷宮』は、間違いなく『The World』と同じものだった。

 通常のプレイヤーが入れないエリアというのは確かに存在するだろう。
 本来の『The World』に存在したオペレーションフォルダや、このデスゲームにおいてGMの拠点となっている『知識の蛇』がいい例だ。
 だがそれらは、GMがゲームを運営するために作成されたもの。GMが管理できないようなエリアを、GMが意図して作るはずがない。
 だが現実として『認知外迷宮』が存在していたということは、この舞台の根幹にあるものはGMですら管理しきれない自立性を持ったゲーム――すなわち『The World』ということになるのだ。

「その通りだ。そしてそれが解っているのなら、我々の目的を察するのもそう難しくはない。
 なにしろ我々GMを率いているのは―――」
「“モルガナ・モード・ゴン”――『The World』のかつての女神、だろう」
「ふ、正解だ。さすがはオーヴァン、そこまで察していたか」
「…………」
 榊は感心したようにそう口にするが、この程度のことはある程度以上『The World』に精通していれば容易に気付けることでしかない。

 『The World』の持つ運営ですら管理しきれない不思議な自立性。
 それは『The World』の基幹部分に仕掛けられた、解析不能のブラックボックスが原因だ。
 しかしこのブラックボックスを取り除いてしまえば、『The World』はまともに機能しなくなってしまう。
 そしてこのブラックボックスこそが、究極AIアウラを生み出すためのプログラム――“モルガナ・モード・ゴン”に他ならない。
 だが女神アウラの誕生によってモルガナは役割を終え、消滅した。
 それ以降の時代において『The World』が機能しているのは、『The World』の“神”としての役割を女神アウラが引き継ぎ管理しているからに他ならない。

 そしてこのデスゲームのベースとなっているものは『The World』だと榊は答えた。
 それはすなわち、『The World』の基幹に仕掛けられたブラックボックスもまた同時に存在するということだ。
 しかし如何なる形であれ、女神アウラがこのデスゲームに加担するとは到底思えない。
 ならば当然、このブラックボックスを機能させているのはアウラ以外に管理資格を持つ者――つまりはモルガナということになる。

 本来であれば、これはおかしな発想だ。
 なぜならオーヴァンの時代において、モルガナは消滅している。そして彼女の再起動を、アウラが許すとも思えない。
 だがこうして『The World』がデスゲームの基盤として機能している以上、モルガナの復活は確定的だ。

 ではどうやってモルガナは復活したのか。
 その謎に対する答えを、オーヴァンは既にある程度予測していた。
 それはモルガナの復活以上に突拍子もないものであったが、それが真実であると示すものは、すでにオーヴァンの前に示されていた。
 ―――だが、それは今考えるべきことではない。

「そこまでわかっているのなら、我々GMの目的もすでに把握しているだろう?」
「……女神アウラの消滅、か」

 天才ハロルド・ヒューイック最大の誤算。
 究極AIを生み出すためのプログラム――モルガナ・モード・ゴンの暴走。

 アウラ誕生の過程において、その母体たるモルガナもまた放浪AIのような自我を獲得するに至った。
 それがただの偶然か、あるいは何者かの作為があったのかは定かではない。
 ただ結果として、自我を得たモルガナの懐いた感情は、『死の恐怖』だった。
 モルガナはアウラ誕生によって自身が不要の存在となり死んでしまうことを恐れ、暴走を開始。
 創造主であるハロルドを『The World』内に閉じ込めてまでアウラの誕生を阻止しようとしたのだ。
 2010年に起きた「第二次ネットワーククライシス」は、このアウラの誕生を巡るモルガナとの戦いが原因だ。

「だがそれは不可能だ。なぜなら――」
「なぜなら、アウラは死を迎えることによって、逆に究極AIへと再誕するからだ、だろう?」

 アポトーシス――生と死の様式の一つ。
 皮肉なことに、モルガナが望んだアウラの死こそが、アウラが究極AIとして完成するための最後の工程だったのだ。
 無論、アウラが女神へと再誕したきっかけが“自死”だった以上、ただ死ねばいいというわけではないだろう。
 だが前提条件が“死”であることに変わりはなく、故にモルガナには究極AIの誕生を阻止できない。

「無論、そんなことはモルガナ自身も理解しているとも。
 アウラほどではないとはいえ、彼女もまたあのハロルドが生み出したAI。たとえ狂っていようと、決して愚かではないさ。
 ―――そしてだからこそ、このバトルロワイアルが企画されたのだ」

 榊は語る。
 本来の『The World』のままでは、モルガナにアウラは殺せない。
 故にモルガナは、『The World』を歪めてまでアウラを殺す手段を求めた。
 その結果出来上がったシステムこそが、バトルロワイアルと銘打たれた、このデスゲームなのだと。

「さあ、今こそ教えようではないか。
 このバトルロワイアルがデスゲームである理由。
 我々GMの、その主たるモルガナの目的。
 ――――貴様の求めた『真実』を!」

 そうしてようやく、再誕の求道者は辿り着いたのだった。
 この『世界』の『真実』――その一端へと。


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最終更新:2018年02月14日 15:49