9◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 ――――そうして。
 全てが終わった後、黒衣の少年――キリトから聞いた話に、堪らず歯を食い縛る。

 ……サチは、ヘレンの力でデータの狭間へと逃げ、永遠に等しい時間を以て死から逃げ続けることを選んだらしい。
 それは時間的には一瞬の事だったらしく、岸波白野とラニとの戦いが決着した頃には、すでに終わっていた出来事だった。
 つまるところ、岸波白野がラニの事を優先した時点で、サチと再会することは叶わなかったのだ。

「永遠に死から逃げ続ける、か……。
 結局あの娘は、洛陽を迎えることすら拒んだのだな」
「ホント、愚かしい選択ですね……。
 人はいずれ死ぬもの。どれだけ拒んだところで、いつかは死に追い付かれるというのに」

 ……ああ、確かに自分は望んだ。
 せめて、サチの命だけでも救いたいと。
 確かにその望みは叶ったと言えるだろう。
 彼女が死を拒み、過去に逃げ続ける限り、死が追い付くことはない。
 彼女は永遠に等しい時間を、思い出の中で生き続けるのだから。
 この結末は、サチにとってある種の救いなのかもしれなかった。

 ……………………。
 ………………。
 …………、ふざけるな。
 こんな結末の、いったいどこが救いだというのか。
 死から逃避し、思い出に逃げ続けることの、いったいどこが生きていると言えるのか。

 そんなものを生きているだなんて、自分は認めない。
 それはただ、死んでないだけだ。救いなどどこにもありはしない。
 これは決して、岸波白野が望んだ結末などでない。

 ……けれど、もはや岸波白野ができることは何もなかった。
 自分にできることは、未来(まえ)へと進むことだけ。
 過ぎ去った過去に立ち止まったサチには、もう二度と手は届かない。

 いや、そもそも岸波白野の声など、彼女に届いたことなかった。
 自分ができたことは、ヘレンを通じて、辛うじて繋ぎ止めていただけだ。
 その繋がりすら断ち切り、彼女はヘレンとともに消えてしまったのだ。
 もはや誰の手も届かない、キリトの声すら届かない、遠い場所(かこ)へと。

 岸波白野には、その事実を受け入れることしかできない。
 たとえどれ程認めがたいものなのだとしても、
 それが、サチとヘレンの、もう変えようのない結末なのだと…………。


 ……そして、この戦いで失われたものは、サチだけではない。
 キリトの恋人であり、ユイの母親でもある少女――アスナもまだ、その命を落としていた。

 アリスを貫いた、ミアの剣。あれはその直前まで、アスナが使っていたらしかった。
 何でもミアの剣は、『碑文』の力でAIDAに侵食されたアスナを救ってくれたのだとか。
 だがオーヴァンの一撃からキリトを庇った際に、どこかへと弾かれたのだと言う。

 ……それはいったい、どんな因果が廻ったのだろう。
 何らかの理由で、ありす達と行動を共にしていたミア。
 AIDAの魔剣に後押しされ、ありすを殺そうとしていたアスナ。
 ありす達の仲間だった彼女の剣が、自らを殺したアスナを魔剣から救い、そしてありすに死を齎したのだから。

 ……もしかしたらミアは、ありす達を止めたかったのだろうか。
 なんて考えるのは、何も知らない人間の、勝手な憶測にすぎないのだろう。
 自分は彼女の事を、何一つとして知らないのだから。

 ……それに結局、アスナは殺されてしまった。
 AIDAから解放されたのだとしても、それでは何の意味もない。

 そう。岸波白野もキリトも、この戦いで多くのものを失った。
 ラニ、ありす達、サチとヘレンに、そしてアスナ。
 自分達はそれぞれの大切な仲間を守りたいと願い、しかし、誰も助けることができなかったのだ。

 ……………………、もし。
 もしあの時、ラニやありす達の事よりも、サチ/ヘレンの事を優先していたのなら、結果は違っていたのだろうか。
 なんて、ありもしない”if”を考えてしまう。
 そうすれば、自分は彼女たちを助けることができたのではないか、と。
 ……けどそれは、二人の少女の心を踏み躙ることと同じ事で、
 それで彼女たちが助かったとしても、きっと代わりに、他の誰かが傷つくことになってしまうのだろう。

 何故ならそれが、このデスゲームのルールなのだから。
 ……その現実を前に、自分は聖杯戦争の時と同じ思いを、あの時よりもずっと強く懐いた。


 ドロップアイテムを回収し、一先ず学園へ戻ろう、とセイバーたちに声をかけ、学園へ向け歩き出す。
 学園を出たばかりではあるが、今の状態で探索を続けることは出来ない。
 キリトの事もあるし、作戦を立て直す必要があるだろう。
 ……だが学園へと向かう足取りは、自分でも思っていた以上に重かった。

「この事を知れば、あの娘は酷く傷つくであろうな。
 その悲しみに心を病んでしまわぬか、余は心配でならぬ」
「ですが、伝えないわけにもいかないでしょう。
 隠したところで、いずれは知ってしまうことですし」

 ユイ。
 このデスゲームにおける、岸波白野の最初の仲間であり、
 キリトとアスナの娘である少女。
 母の死を知った時、彼女は一体どうなってしまうのか。


 ……たった一人の勝者を決めるバトルロワイアル。
 たとえあらゆる願いが叶うとしても、幼い少女が傷つく戦いを、当然なのだとは思いたくなかった。

 これが当然であるのなら――
 このシステムは、根本から歪んでいる。


【B-2/日本エリア/一日目・夕方】

【岸波白野@Fate/EXTRA】
[ステータス]:HP100%、MP40%(+150)、データ欠損(小)、令呪二画、『腕輪の力』に対する本能的な恐怖/男性アバター
[装備]:五四式・黒星(8/8発)@ソードアート・オンライン、{男子学生服、赤の紋章}@Fate/EXTRA
[アイテム]:{女子学生服、桜の特製弁当、コフタカバーブ}@Fate/EXTRA、{ユウキの剣、死銃の刺剣}@ソードアート・オンライン、クソみたいな世界@.hack//、{誘惑スル薔薇ノ滴、途切レヌ螺旋ノ縁、DG-0(一丁のみ)、黄泉返りの薬×1、万能ソーダ、吊り男のタロット×3、剣士の封印×3、導きの羽×1、機関170式}@.hack//G.U.、図書室で借りた本 、noitnetni.cyl_1-2、エリアワード『虚無』、不明支給品0~5、基本支給品一式×4
[ポイント]:0ポイント/0kill(+2)
[思考]
基本:バトルロワイアルを止める。
0:……このデスゲームは、根本から歪んでいる。
1:作戦を立て直すために、キリトとともに学園へと戻る。
2:ハセヲ及びシノン、セグメントの捜索に向かう。
3:主催者たちのアウラへの対策及び、ウイルスの発動を遅延させる“何か”を解明する。
4:榊の元へ辿り着く経路を捜索する。
5:エルディ・ルーの地下にあるプロテクトエリアを調査したい。ただし、実行は万全の準備をしてから。
6:ヒースクリフや、危険人物を警戒する。
7:カイトは信用するが、〈データドレイン〉は最大限警戒する。
[サーヴァント]:セイバー(ネロ・クラディウス)、キャスター(玉藻の前)
[ステータス(Sa)]:HP100%、MP75%、健康
[ステータス(Ca)]:HP100%、MP90%、健康
[備考]
※参戦時期はゲームエンディング直後。
※岸波白野の性別は、装備している学生服によって決定されます。
 学生服はどちらか一方しか装備できず、また両方外すこともできません(装備制限は免除)。
※岸波白野の最大魔力時(増加分なし)でのサーヴァントの戦闘可能時間は、一騎だと10分、三騎だと3分程度です。
※アーチャーとの契約が一時解除されたことで、岸波白野の構成データが一部欠損しました。
※エージェント・スミスに上書きされかかった影響により、データの欠損が進行しました。
 またその欠損個所にデータの一部が入り込み、修復不可能となっています(そのデータから浸食されることはありません)。

【キリト@ソードアート・オンライン】
[ステータス]:HP85%、MP60%(+50)、疲労(極大)、深い絶望、ALOアバター
[装備]:{虚空ノ幻、虚空ノ影、蒸気式征闘衣}@.hack//G.U.、小悪魔のベルト@Fate/EXTRA
[アイテム]:折れた青薔薇の剣@ソードアート・オンライン、不明支給品0~1個(水系武器なし) 、基本支給品一式
[ポイント]:0ポイント/0kill
[思考・状況]
基本:??????
0:アスナ…………サチ…………。
1:……………………。
2:レンさんやクロウのことを、残された人達に伝える。
[備考]
※参戦時期は、《アンダーワールド》で目覚める直前です。
※使用アバターに応じてスキル・アビリティ等の使用が制限されています。使用するためには該当アバターへ変更してください。
SAOアバター>ソードスキル(無属性)及びユニークスキル《二刀流》が使用可能。
ALOアバター>ソードスキル(有属性)及び魔法スキル、妖精の翅による飛行能力が使用可能。
GGOアバター>《着弾予測円(バレット・サークル)》及び《弾道予測線(バレット・ライン)》が視認可能。
※MPはALOアバターの時のみ表示されます(装備による上昇分を除く)。またMPの消費及び回復効果も、表示されている状態でのみ有効です。

【折れた青薔薇の剣@ソードアート・オンライン】
刀身の中ほどから折れてしまった、鍔元に薔薇の装飾が施された青白い氷の剣。
武器破壊状態にありながら消失していない理由は不明。

【虚空ノ影@.hack//G.U.】
蒼海のオルカが使用する、手斧の様な形状の禍々しい刀剣。
  • SPドレイン+50%:通常攻撃ヒット時に、ダメージ値の50%を自分のSPとして吸収する

【魅惑スル薔薇ノ滴@.hack//G.U.】
薔薇の護拳の拵えが咲く、刀身全てが光で構成された刀剣。
第六相の碑文使いのロストウェポン。マハの碑文を取り込み、それが励起したことによりパワーアップした。
  • 魅惑ノ微笑・改:通常攻撃ヒット時に、50%の確率でバッドステータス・魅了を与え、かつレンゲキがより起きやすくなる


    10◇


 そうしてフォルテは、アリーナへと辿り着いた。
 キリト達との戦いから撤退した後、近くにあったゲートを使用しワープしてきたのだ。
 だが目的地へと辿り着いたというのに、その表情は憤怒に彩られたままだった。

「ッ、ァア……ッ!」
 抑えきれない怒りを発散するために、周囲にエネルギーを解き放つ。
 荒れ狂う力の奔流に、アリーナのオブジェクトが破壊され一瞬で瓦礫と化す。
 だが心中に渦巻く激情は、僅かにも静まることはなかった。

  “―――他人を不意打ちしてPKするのが、絶対的な力?―――”

 フォルテの目的は、何者にも負けぬ“力”を得ること。
 その力で全てを……人間を破壊することが、自分に残された唯一の行動論理だ。
 ―――“より強く”。
 己が名の意味であるそれを証明するためだけに、これまでの日々を生きてきたのだ。
 ………だが。

  “―――ただPKするだけなら、貴方が小娘と言ったありすにだってできるわ―――”

 あの女――アスナは、それを否定した。
 あろうことがオレを、何もできないまま巻き添えで死にかけた、無力な小娘と同列に語ったのだ。
 そしてその直後の戦いで刻まれた、またも“絆の力”に追い詰められて撤退するという屈辱。
 それが、フォルテの胸中に静まらぬ憤怒を燃え盛らせていた。

「ッッッッ………!!」
 感情のままにもう一度、今度は地面へとエネルギーを叩き付ける。
 あっけなく粉砕されるアリーナの床。その力が人間に直撃すれば、容易く死に至ることは間違いない。
 だがそれを再認識してなお、荒れ狂う感情が落ち着く気配はなかった。

 ……ああ、認めよう。
 確かにオレは間違えていた。
 ただ相手を破壊するだけでは意味がない。
 “絶対的な力”を証明するならば、不意打ちなどせず、真正面から叩き潰すべきだったのだ。
 そうすることで初めて、相手に言い訳の余地を与えることなく、敗北を刻み付けることができるのだ。


 何者にも負けぬ、絶対的な力。
 目安としては、シルバー・クロウのようなナビが使っていた力か、あの女のようなバグによるイリーガルな力だろう。
 あの二種類の力は、明らかに通常のプログラムを逸脱していた。
 そしてアリーナでは現在、強力な敵と戦えるイベントが開催されているという。
 さすがにあのような力は手に入らないだろうが、もしかしたらその片鱗くらいは見つかるかもしれない。
 ついでにレアアイテムも手に入るというのなら、挑んでみる価値はあるだろう。

 ……だがその前に、まずHPを回復させておくべきだろう。
 自身の残りHPは、残り5%程度。もはや風前の灯火と言っていい。
 こんな掠り傷すら致命傷になり得る状態では、まともに戦うことなど不可能だ。
 実際、先の戦いで敗れた原因の半分は、僅かなダメージすら避けるあまりに、未来予測に頼り過ぎてしまった事なのだから。

 ピンクとやらから奪ったこの未来予測は、あの女が持っていたとは思えないほど強力な力だ。
 この能力がある限り、自身の能力が及ぶ限りにおいて、ほぼ全ての攻撃に対応することが可能だろう。
 だが同時に、この能力は相応のデメリットを秘めていた。
 そのデメリットとは、周囲から獲得した膨大な情報によって生じる処理能力への負荷。
 つまり無暗矢鱈と未来予測をし続ければ、その演算のためにラグが発生し、頭痛のようなノイズが襲い掛かってくるのだ。

 戦いの後半、キリト達の攻撃に対処しきれなかったのはそのためだ。
 未来予測と同時に生じる頭痛(ノイズ)に、次の未来予測が遅れだしていたのだ。
 それさえなければ、ブルースから奪ったソードが破壊されることも、
 あの女がユウキとやらから受け継いだというスキルを食らうこともなかった筈なのだ。

 加えてそのせいで、【死ヲ刻ム影】も失ってしまった。
 あの大鎌は現状、シルバー・クロウのあの力に対抗できる唯一の武器だ。
 それを失ったという事は、あの力に対する対抗手段を失ったに等しい。
 あの力に対抗するためにも、あれに代わる武器を手に入れる必要があるだろう。
 もっとも、あの力そのものを手に入れてしまえば、その必要はなくなるのだが。


 振り返り、先ほど自分が使用したばかりのゲートを操作する。
 ただし転送先は、日本エリアではなくマク・アヌに設定する。
 たしかマク・アヌにはショップがあったはずだ。まずはそこで回復アイテムを手に入れる。
 二度とあんな無様を晒さないためにも、残りHPには十分な余裕を持たせておく必要がある。
 アリーナに挑むとすれば、その後だ。

 設定の完了と同時に転送が開始される。
 胸中に浮かぶのは、これまでの戦いのこと。

 これまでの戦いで、自分が優位であった戦いは幾度もあった。
 だがその度に“絆の力”が戦況を狂わせ、自分から勝利を遠ざけでいった。
 自分が絆の力に翻弄され始めたのは、キリトと出会ってからだ。
 だからだろう。自分にとってキリトとは、“絆の力”の象徴ともいえる存在になっていた。

 そして今回の大敗。
 ここにきてキリトへの苛立ちは、明確な怒りへと変わっていた。
 故に――――

「……待っていろキリト。
 さらなる力を……何者にも屈しない、圧倒的パワーを得たその時こそ、キサマたちの言う“絆の力”を破壊してやるッ……!」

 ここにはいない少年にそう言い残し、フォルテはアリーナから姿を消した。


【G-1→F-2/アリーナ→マク・アヌ/一日目・夕方】

【フォルテ@ロックマンエグゼ3】
[ステータス]:HP5%、MP25/70、オーラ消失、激しい憤怒
[装備]:ジ・インフィニティ@アクセル・ワールド、{ゆらめきの虹鱗鎧、ゆらめきの虹鱗}@.hack//G.U.、空気撃ち/二の太刀@Fate/EXTRA
[アイテム]:{ダッシュコンドル、フルカスタム}@ロックマンエグゼ3、黄泉返りの薬@.hack//G.U×2、SG550(残弾24/30)@ソードアート・オンライン、{マガジン×4、ロープ}@現実、不明支給品0~4個(内0~2個が武器以外)、参加者名簿、基本支給品一式×2
[ポイント]:2120ポイント/4kill(+3)
[思考・状況]
基本:全てを破壊する。生身の人間がいるならそちらを優先して破壊する。
1:マク・アヌのショップに向かい、最優先でHPを回復させる。
2:十分にHPを回復した後、改めてアリーナへ向かう。
3:このデスゲームで新たな“力”を手に入れる。
4:シルバー・クロウの使ったアビリティ(心意技)に強い興味。
5:キリトに対する強い怒り。
6:ロックマンを見つけたらこの手で仕留める。
[備考]
※参戦時期はプロトに取り込まれる前。
※参加者名簿を手に入れたのでロックマンがこの世界にいることを知りました。
※フォルテのオーラは、何らかの方法で解除された場合、30分後に再発生します。
※ゲットアビリティプログラムにより、以下のアビリティを獲得しました。
 剣士(ブレイドユーザー)のジョブ設定及び『翼』による飛行能力(バルムンク)、
 『成長』または『進化の可能性』(レン)、デュエルアバターの能力(アッシュ・ローラー)、
 “ソード”と“シールド”(ブルース)、超感覚及び未来予測(ピンク)、
 各種モンスターの経験値、バトルチップ【ダークネスオーラ】
※バトルチップ【ダークネスオーラ】を吸収したことで、フォルテのオーラがダークネスオーラに強化されました。
※未来予測は使用し過ぎると、その情報処理によりラグが発生し、頭痛(ノイズ)などの負荷が発生します。

【ダークネスオーラ@ロックマンエグゼ3】
闇の力のオーラでダメージが300より低い攻撃はすべて無効!!
ただし、効果時間は他のオーラの半分である15秒程度しか持たない。
なおこのダークネスオーラは、ドリームオーラが【幸運の街】のイベントでランクアップしたもの。

【フルカスタム@ロックマンエグゼ3】
使った瞬間にカスタムゲージが満タンになる。
このロワでは、スキルトリガー再使用待機時間やスキルディレイ、スキルゲージなども該当する。
だたし、バトルチップなど無限使用可能なアイテムの再使用時間は該当しない。


    11◇◆


 そうして、オーヴァンはその場所に現れた。
 空も大地もない、白紙の空間。
 ほんのわずかな間だけ行動を共にした少女――ラニ=Ⅷが訪れたという、創造主の部屋に。
 だがその部屋の様相は、少しだけ異なっていた。
 部屋の中央にあるのは、ベッドではなく安楽椅子であり、その周囲を囲むように額が裏向きに浮遊している。

 ――エリアワード【輪廻する 煉獄の 祭壇】

 それが、オーヴァンがこの場所へと入るために選んだ言葉だった。


 リコリスのイベントの詳細は、すでにラニから聞いていた。
 オーヴァンはあの場から離れた後、ウラインターネットへ通じるカオスゲートを利用し、直接この場所へと侵入したのだ。
 無論正規の手段ではないが、『碑文』と『AIDA』を併せ持つオーヴァンにとって、それは関係のない事だった。
 それにそもそも、ネットスラムにある本来のゲートが壊れていては、正規の手段で入ることなど不可能だろう。

「……ハロルドはいない、か」

 勇者カイトが訪れたこの部屋のオリジナルには、創造主の精神の宿った石碑があった。
 だがこの部屋に石碑はなく、代わりに青く光る直方体が安楽椅子の上に配置されている。
 そのミステリーデータを調べれば、やはり【noitnetni.cyl_3】が手に入った。
 予想した通り、ここはリコリスのイベントで訪れる予定の場所だったのだろう。

「……_3、ね」
 つまりは、三つめのリコリスの欠片(セグメント)。
 それを見て、オーヴァンは得心を得たようにそう呟く。

 実のところこのイベントで、集めるべきセグメントの数は指定されていない。
 それはつまり、最悪の場合、10や20と言った数を求められる場合もあるという事だ。
 だがオーヴァンは、これが最後のセグメントだろうと予想を付ける。
 何故ならここは、勇者カイトが最後に訪れた創造主の部屋だからだ。

 一つ目のセグメントだけならまだわからなかっただろう。
 だが二つ目のセグメントの存在した場所は、暗澹とした荒野だったという。
 加えて転送のために使用したエリアワード――【選ばれし 絶望の 虚無】。
 つまりその場所は、勇者カイトがスケィスと戦ったエリアの再現なのだ。
 そこで本物のスケィスと戦ったというのだから、それも預言者の言う『運命』の一つかと思えてしまう。

 だがなんにせよ、勇者カイトは、一つ目の創造主の部屋で『黄昏の碑文』を知り、そして二つ目の荒野で最初の『八相』であるスケィスと戦った。
 セグメントがその物語に沿って配置されているのであれば、この部屋のセグメントの番号は_3にはならない筈だ。
 だが実際には、創造主の部屋の最初と最後だけを抜き出し、間にスケィスの荒野を挟んで配置されていた。
 という事は、勇者カイトの物語に意味はなく、その部屋自体に何かしらの意味が込められているのだと予測できる。

 セグメントの配置されていた部屋に込められた意味。
 一つ目を『黄昏の碑文』、二つ目を『八相』とするのなら、この三つめは何か……。
 勇者カイトとハロルドがここで邂逅したことを考えるのなら、『創造主』となる。
 だが前の二つの意味との繋がりが無い。
 ハロルドは確かに『The World』の創造主であるが、『黄昏の碑文』の制作者ではないし、『八相』とも直接の関わりはない。
 となると、考えるべきはこの部屋で起きたもう一つの出来事。すなわち―――

「クビアか」

 クビアは『八相』ではなく、腕輪の反存在として腕輪とともに誕生した『影』だ。
 勇者カイトはここでハロルドと邂逅した直後、クビアに襲われ最後の決戦をし、結果として腕輪を失った。
 そして勇者カイトとクビアが初めて遭遇した場所も、スケィスの荒野だ。
 ならばリコリスのセグメントが配置された部屋の意味は、クビアの存在を表しているのではないか?

「あるいは、その誕生を……」

 榊はこの世界がツギハギだと言っていた。
 プレイヤーの力で容易に壊れてしまう、脆い世界なのだと。

 ―――例えばの話だ。
 オーヴァンがその目論見通り『The World:R2』で『真なる再誕』を発動した場合、まず間違いなくその力の影としてクビアは誕生しただろう
 そして反存在たるクビアは、『真なる再誕』が発動するほどに真に成長したハセヲの『死の恐怖』と同等以上の力を持つはずだ。
 ……だがしかし、それで世界が壊れることはまずあり得ない。
 なぜなら、いかに世界中のネットワークに影響を与えようと、所詮は一つのゲーム内での話だからだ。
 『The World』のプログラムに依存している以上、究極的には『The World』そのものを消去してしまえば事態は終息に向かうだろう。

 …………しかし、だ。
 その誕生に、一つの世界が壊れるほどの力が関わっていたとしたら、どうなる。
 あえて脆く作られた世界。跋扈するシステムを超越する力。それらの反存在として誕生したクビアは、いったいどれほどの力を持つ。
 この世界を『The World』だと仮定して、それを破壊するほどの力から生まれたクビアは、はたして一つの世界の内に留まる存在なのだろうか。

 榊の口にしたモンスターエリアの話も、決して嘘ではないだろう。
 そしてもしそのエリアが解放されれば、プレイヤーたちはその窮地から逃れるため、さらにシステム外の力を行使するはずだ。
 ……だがそれは、クビアの誕生、または成長を促進するための餌でしかないのだ。

 無論、これは何の根拠もない憶測にすぎない。
 そもそもこの世界が壊れることなく誰かが優勝してしまえば、クビアは誕生しないのだから。
 それにもし仮にクビアが誕生したとして、榊たちGMは何故それを望む。
 クビアはあくまでも反存在。もしクビアを操れる存在がいるとすれば、それはクビアを生み出す世界(システム)そのものだけだ。
 そしていかにGMと言えど、世界の内側に存在する住人である以上、世界そのものを操る力はない筈だ。
 なぜなら、本当に世界を自在に操れるのなら、こんな回りくどい方法をとる必要はないからだ。

 ……しかしここに、一つだけ疑問が残る。
 一つ目が『黄昏の碑文』を意味するのなら、クビアはそこにどう関わるのか、だ。

 勇者カイトにとっての『黄昏の碑文』は、女神アウラの死と再生……いや、『死』と『再誕』の物語だ。
 女神アウラは、勇者カイトの刃によって一度死ぬことで、究極AIに進化……“女神Aura”へと再誕を果たした。
 モルガナを討つためであろうこの行動を、ある人物は自己犠牲だと称した。
 しかしクビア自身が自己犠牲を行う事はあり得ない。
 なぜなら自らを生み出した存在と相討つことこそが、クビアの存在理由。役割だからだ。
 犠牲とはつまり生贄だ。ある目的のために、代価としてそれを払う事を言う。
 死ぬことそのものが目的である以上、クビアのそれは自己犠牲とは言えないだろう。

 だが……それならば、このデスゲームで自己を犠牲にするのは誰だ。いったい誰が死に、そして生まれ変わるのか。
 クビアをこの物語に組み込むとしたら、その役割は何になる。
 いったい誰が、何のために、神の座に上り詰めようとしている。
 それともあるいは、誰かを………?

「真実の奥の、更なる真実……か」
 デスゲームの理由。GMの目的。クビアの役割。
 そして――このイベントを始めた『意志』は、いったい何を伝えたがっているのか。
 それらの真実に至らない限り、GMたちの裏をかき、その奥の更なる真実を知ることなどできないだろう。


「おや、これは驚いた」

 ふと、背後からそんな声が聞こえてきた。
 振り返ってみれば、そこには見覚えのある白衣の男――トワイス・H・ピースマンがいつの間にか現れていた。

「君か。俺に何か用でも?」
「いや、今回の遭遇は純然たる偶然によるものだよ。
 まあもっとも、あの預言者に言わせれば、これも『運命』となるんだろうけどね。
 私の目的は、そこにあるプレイヤーの残骸の回収だよ」

 その言葉に示された場所を見れば、そこには確かにプレイヤーらしき人型が倒れ臥していた。
 オーヴァンの位置からは額に隠れるよう倒れていたため、気付くことができなかったのだ。

「彼は?」
「彼の名はロックマン。ネットナビと呼ばれるAIの一種だ。
 彼はスケィスとの戦いで随分な無茶をやってね。結果としてこの場所に転送された訳だが……その際に彼を彼たらしめていたプログラムが破損してしまったようなんだ。
 彼はもう二度と動くことはないし、仮にプログラムを修復したとしても、それはもはや彼とは言えない存在だろう。
 よって敗退扱いとし、こちらで回収させてもらう事になった」

 なるほど、とオーヴァンは納得する。
 要するに、ワイズマンやボルドーと同じだ。
 重要なのはプレイヤーが勝ち残ることで、敗北したもの、戦う事の出来ないものに用はないのだ。
 そして逆に、仮にも戦う事が出来るのなら、たとえ弱者であっても構わないという事だろう。

 そう考えを巡らせるオーヴァンの横で、トワイスは何かしらの操作を行う。
 するとロックマンの体が光に包まれ、どこかへと消えて行った。つまり回収されたのだ。

「では、私はこれで失礼させてもらう」
「ほう。前の時と違って、随分と気が早いな。
 そちらは仕事が遅れでもしているのか?」
「……実のところ、プレイヤーに干渉し過ぎだと監督役に警告を受けてしまってね。
 下手に役割を超えて動いてしまうと、次は処罰を受けかねないんだ。
 今回のロックマンの回収にしても、あちらへ戻るついでにと頼まれたことでね。
 だから今後、私からの接触はないと思ってくれて構わない」
「なるほど。GMにもGMなりのルールがあるという事か」

 そして、予想はしていたが、やはりGMも一枚岩ではないという事もはっきりした。
 それこそこのトワイスがその一人だ。
 GMの目的が統一されているのなら、警告を受けるような行動をとるはずがない。
 彼らはそれぞれに目的があり、そのためにGMという立場を利用しているに過ぎないのだ。
 付け入る隙があるとすれば、やはりそこだろう。

「……ああ、そうだ。
 あのロックマンを再利用するつもりなら、これも持っていくといい。俺には必要のないものだからね」
「これは、バトルチップに……サイトパッチ? 確かにこれは、ロックマンが持つべきアイテムだと言えるが……。
 ……なるほど、これも『運命』というやつか。いいだろう、ありがたく使わせてもらうよ」
「それとあと二つ。一つはワイズマンが将来手に入れるはずだったロストウェポンだ。可能なら、彼に渡してやってくれ」
「まあ、ついでだ。この先彼がどうなるかは知らないが、渡すだけは渡しておくよ。
 それで、あと一つはなんだい?」
「これだ」
「これは……」

 オーヴァンが差し出したのは、一枚の黒いプレートだった。
 それを受け取ったトワイスは、アイテム名を確認して怪訝そうに目を細める。

「ISSキットか。だがいいのかい? 君の役割からすれば、これは十分に役に立つと思うが」
「確かにな。だが、俺はこいつらの相手で精いっぱいだ。生憎と自滅する気はないからね。これ以上の余計な同居人はごめんだよ」
 左腕の拘束に触れながら答えるオーヴァンに、トワイスは「なるほど」と納得する。

 オーヴァンの左腕に寄生する<Tri-Edge>は、単体で他の全AIDAを凶暴化させるほど異常な個体だ。
 オーヴァンはそれを『再誕の碑文』の力で抑え込んでいるわけだが、そこに未知の力が加わってしまえば、その天秤が崩れてしまう可能性がある。
 オーヴァンはそれを考慮して、ISSキットを手放すという判断をしたのだろう。

「いいだろう、確かにこれも受け取った。
 だが気を付けるといい。これを手放すという事は、これによって起きる事態が君の手を離れるという事だからね。
 ではアイテムの返礼だ。一つだけ質問に応じよう。もっとも、その問いに私が答えられるとは限らないが」
 その言葉、にオーヴァンは「そうだな」と呟いて思考を巡らせる。

 GMに訊きたいことは、それこそ山のようにある。
 だが応じられるのは一つだけ。しかもそれがトワイスに答えられるとは限らない。
 答えられない、という答えから情報を推測する手もあるが、それをするにはこちらの情報が不足している。
 ならば質問は、彼が確実に答えられそうなものに限られるだろう。
 となると、ここはやはり――――

「では、ハセヲが今どこにいるか。それを教えてもらおう。
 あいつには渡しておきたい物もあるしね」

 未だ遭遇していないが、榊の言葉からハセヲが参加している事は確定している。
 志乃、アトリ、エンデュランス、八咫。
 このデスゲームで多くの仲間を失ったあいつが今どうしているのか。一度確かめた方がいいだろう。
 あの場から離れる際に回収したあいつのロストウェポンも、その際についでに渡せばいい。

「残念だが、彼の現在位置は知らない。その辺りは私の役割ではないからね。
 ……だが、彼に会いたければ、正規の手順でここから出るといい。
 おそらくそれで、彼に近しい場所に出られるだろう」
「……そうか。感謝するよ」

 役割でないと言いながら、何故そう答えられるのか。
 その疑問は口に出さず、オーヴァンはトワイスへと礼を述べる。
 トワイスの答えの理由は予想がつく。大方、少し前に接触していたのだろう。

「では、今度こそ失礼する。
 君がこのバトルロワイアルで何を目的に動くかは知らないが、その健闘を祈っているよ」
「ああ、君もな。せいぜい榊に、よろしく言っておいてくれ」

 互いにそう告げ合って、二人は創造主の部屋から消え去った。
 転移エフェクトの違いは、二人の立ち位置の違いの表れか。

 そうして後に残ったのは、その役割を終えた、何もない部屋だけだった――――。


【?-?/創造主の部屋→?/一日目・夕方】

【オーヴァン@.hack//G.U.】
[ステータス]:HP100%、SP60%、PP60%
[装備]:魔剣・マクスウェル@.hack//G.U.
[アイテム]:{死ヲ刻ム影、静カナル緑ノ園、銃剣・白浪、DG-Y(8/8発)、逃煙球×1}@.hack//G.U.、{邪眼剣、スパークブレイド、妖精のオーブ×2、ウイルスコア(T)}@.hack//、{インビンシブル(大破)、サフラン・アーマー}@アクセル・ワールド、破邪刀@Fate/EXTRA、レアアイテム(詳細不明)、付近をマッピングしたメモ、noitnetni.cyl_3、不明支給品1~10、基本支給品一式
[ポイント]:300ポイント/1kill(+3)
[思考]
基本:“真実”を知る。
1:ハセヲの様子を確かめる。
2:利用できるものは全て利用する。
3:トワイスと<Glunwald>の反旗を警戒。
4:リコリスの調査はGM側からの信用を得てから。
5:ゲームを進めるが、必要以上にリスクを背負うつもりはない。
[備考]
※Vol.3にて、ハセヲとの決戦(2回目)直前からの参戦です。
※サチからSAOに関する情報を得ました。
※榊の背後に、自分と同等かそれ以上の力を持つ黒幕がいると考えています。
※ただしAIDAが関わっている場合は、裏に居るのは人間ではなくAIDAそのものだと考えています。
※ウイルスの存在そのものを疑っています。
※榊の語る“真実”――ゲーム崩壊の可能性について知りました。
※このデスゲームにクビアが関わっているのではないかと考えていますが、確信はありません。
※GM達は一枚岩でなく、それぞれの目的を持って行動していると考えています。

【トワイス・H・ピースマン@Fate/EXTRA】
[ステータス]:健康
[装備]:閲覧不可
[アイテム]:閲覧不可
[ポイント]:-/-
[思考]
基本:ゲームの情勢を“記録”する。
1:ゲームを次なる展開へと勧める。
2:ロックマンのデータを、オーヴァンから受け取ったアイテムと含めて再利用する。
3:第四相のロストウェポンを、ワイズマンへと渡す。その後の事は関与しない。
[備考]
※ゲームを“記録”することが彼の役割です。それ以上の権限はありません。
※破損により機能の停止したロックマン.exeのPCを回収しました。
※オーヴァンから、以下のアイテムを受け取りました。
 {マグナム2[B]、バリアブルソード[B]、ムラマサブレード[M] 、サイトバッチ}@ロックマンエグゼ3、其ハ声ヲ預カル者@.hack//G.U.、ISSキット@アクセル・ワールド

【其ハ声ヲ預カル者@.hack//G.U.】
要に蓮の花飾りの円盤が装着され、扇面が光刃で構成された妖扇。
第四相の碑文使いのロストウェポン。条件を満たせばパワーアップする(条件の詳細は不明)。
  • 不壊の涅槃:通常攻撃ヒット時に、バッドステータス・混乱を与え、弱点属性の追加ダメージを与える

【ISSキット@アクセル・ワールド】
正式名称「インカーネイト・システム・スタディキット」。
生物的な黒い目玉の外貌をした強化外装で、着装すれば強力な心意技が使えるようになる。
この強化外装によって使用可能となる心意技は、威力拡張の《ダーク・ブロウ》と射程拡張の《ダーク・ショット》の二つのみ。
ただし装着者の適性・能力次第では、より強力な心意が使用可能となる場合もある。
しかしそれらは「負の心意」であり、使用者の精神に非常に負担をかけ、また場合によっては性格さえ豹変させてしまう。
さらに一定以上負の感情を溜め込むと、分裂し拡散するという性質を持つ。



116:EXE.Endless, Xanadu, Engaging“再会” 投下順に読む 118:暗黒天国
116:EXE.Endless, Xanadu, Engaging“再会” 時系列順に読む 118:暗黒天国
116:EXE.Endless, Xanadu, Engaging“再会” 岸波白野 119:対主催生徒会活動日誌・18ページ目(帰還編)
キリト
アスナ Delete
オーヴァン 120:月蝕グランギニョル
フォルテ 125:きっと最後はここに帰ってくると思う
110:アリス・ハーモニー ありす in Neverland
115:三番目のアリス トワイス・H・ピースマン 121:ワタクシドモノタタカヒ

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最終更新:2016年10月12日 00:53