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「さっそく始まったようだな」
ネットスラムにて相対するフォルテとキリトの姿に、嘲笑と共に榊は呟く。
バトルロワイアルの表舞台から姿を消したキリト達は、いつの間にかネットスラムに現れていた。【プチグソレース:ミッドナイト】も攻略されているが、ゲームクリア自体はプランとして組み込まれているので別段問題はない。
今はフォルテがキリトたちを相手に戦い、オーヴァンがユイを確保するための隙を伺っている。何の力も持たないジローに関しては興味などないし、この戦いに巻き込まれて敗退するだろう。
「しかし、残るメンバーの居所については未だ不明か……もっとも、このデスゲームに残された時間はほんの僅かだ。運命の時が訪れれば、奴らも尻尾を出さざるを得ないだろう」
蒼炎のカイトとミーナ、そしてレオナルド・ビスタリオ・ハーウェイの姿が見えない。恐らく、この3名はどこかに隠れて反撃のチャンスを狙っているのだろうが、この戦いでフォルテがキリト達を屠ればそれで終わりだ。
フォルテは見境なくネットスラムを破壊するだろうが、そこはオーヴァンが上手くフォローしてユイを奪うはずだ。そしてGM側がユイの身柄を確保さえすれば、計画は大幅に進む。
「榊、そろそろ戦いが始まるようだね」
淡々と紡がれた声に振り向くと、トワイス・H・ピースマンが姿を現した。
その表情からは相変わらず感情が見えず、機械のように淡々としている。“役割”の為にトワイス自らが生贄になる時まで遠くないのに、一切の焦りや動揺が見られない。もっとも、余計な騒ぎを起こされるよりは余程マシで、榊自身もトワイスに大したこだわりがある訳でもなかった。
「彼ら……キリトとフォルテの戦いが始まったのも、このネットスラムだ。もうすぐ24時間が経過しようとする中、こうしてネットスラムで出会うことになるとは、何の因果だろうね」
「全くだよ! だが、キリトの命運はここで尽きるだろうな……今のフォルテは碑文やAIDA、そして心意や救世主の力を我が物とし、圧倒的な強化を果たしている! いかにキリト達が優れた力を持とうとも、今のフォルテからすれば赤子も同然だ。まぁ、最後の悪あがきだけは見届けてやることにしたさ」
「でしたら、私も混ぜて貰いましょうか」
トワイスに向けた問いかけを遮るように、新しい声が割り込んでくる。
この場に現れたのはアリスだった。苦虫を噛んだような表情で歩み寄る彼女を見て、榊は嘲笑を浮かべる。
「これはこれはアリス君。何やら穏やかじゃない様子だが……どうかしたのかな?
少なくとも、私とトワイスは“今のところは越権行為に及んでいない”はずだったが」
「何をぬけぬけと……榊、あなたもご存じのはずでしょう? “運命の預言者”オラクルがフォルテと接触し、そして自らの手で脱落をしたことを」
「ああ、そのことか」
さもつまらなそうに榊が答えると、アリスの表情は更に歪んでいく。
その様子に満足感を抱きながら、榊は言葉を続けた。
「“運命の預言者”は自分の意思でフォルテと接触し、そして自らの手でフォルテに吸収された……何を伝えたのかまではここにいる我々は把握していないが、あれは彼女自身の行動だ。私も、トワイスも何の関係もない。
まさか、アリス君は我々がフォルテを誘いこみ、そしてオラクルに接触させたとでも言いたいのかな?
そんなことは不可能だ! あの部屋の扉を操る権限を持っているのは、部屋の主であるオラクルか……それこそ、VRGMユニット、ナンバー001である“彼女”でなければ不可能だ。
そして“彼女”はゲーム進行のためとはいえ、余程のことがない限り特定のプレイヤーのみを優遇するなどありえない。そのことは、君自身がよく知っているはずだが?」
オラクルは部屋から出入りすることができない代わりに、ゲーム中は扉を自由に操作することができる。あの対主催生徒会が集まる月海原学園も例外ではないが、オラクルはそれを行わなかった。
モルガナの目的を果たすためにヒースクリフとオーヴァンに接触したのだから、対主催生徒会を相手に“預言”を使ってはデスゲームを破綻させられてしまう。ダークマンもデータ回収のためにミーナと接触したが、デスゲームの根幹に関する情報は与えていない。
そしてオラクル自身の行動を制限する権限など、他のGMが持っていなかった。故にオラクルの消滅によって、榊またはトワイスがペナルティを与えられるなどありえない。
「もっとも、君が私たちを疑っているのなら好きにすればいいさ。特に探られて困るようなこともないのだから。
ただ、デスゲーム運営の邪魔だけはやめて頂きたいな。計画の第三段階に入るまで、時間は残されていないからね」
アリスを侮蔑するような物言いで釘を刺す。
案の定、彼女から睨まれるが構わない。アリスから疑心を抱かれているが、オラクルの件については無関係だ。コピー・
ロックマン達についても、アリスはおろか他のGMでも触れることができない場所に隠しているため、探られる心配もない。
「……ええ、私とて承知しています。オラクルの部屋は簡単に侵入できるエリアではありませんし、また外部から操作することも不可能であると」
「フフッ、わかっているじゃないか。いかに私とて、彼女の部屋を操る権限など持っていないからね。
そしてフォルテが去った後、オラクルの部屋も侵入不可能となった。恐らく、オラクルが何か仕掛けを施したのだろうが、ここにいる私達では手の付けようがないな……
ワイズマンなら内側から操作できるかもしれないが、君たちも知っているようにあの様だ。ワイズマンのアバターと『第四相の碑文』は、今は諦めるしかあるまい」
オーヴァンとフォルテを見送った後、榊はオラクルの部屋にアクセスを試みたが侵入不可能となっていた。恐らく、オラクルがフォルテと接触する前に何らかの仕掛けを施して、時間経過と共にロックをかけたのだろう。
“彼女”ならばオラクルの部屋にかけられた鍵を解除できるかもしれないが、そんな手間をかける訳がない。計画も第三段階に入ろうとしている今、このような些事に付き合うことは許されないからだ。
「どうやら、これがネットスラムで繰り広げられる最大にして最後の戦いになるだろう……果たして、誰が生き残るのかな?」
榊は嗜虐的な笑みを保ったまま、ウインドウを見続けていた。
1◆
「まさか、こんな所にいたとはな……」
その姿と声を忘れられる訳がない。
キリトにとっては決して解けない因縁で繋がり、幾度となく激突した相手だ。現れたネットナビ・フォルテは獰猛な笑みを浮かべており、全身から禍々しいオーラを放っている。
これまで何度も戦い、その度にフォルテの強さをキリトは味わった。だが、今のフォルテから放たれる殺気は桁外れで、相対するだけで全身に痛みが駆け巡りそうだ。
「……俺も、ネットスラムでお前と再会するとは思わなかったぞ」
もちろん、ここで無様に逃げ出す選択肢などキリトの中には存在しない。
フォルテとの決着をつける時がようやく訪れたのだし、今は守らなければいけない娘と仲間たちがいる。みんなのためにも、ここでフォルテを倒さなければいけなかった。
「力を貸そう、キリト」
黒雪……ブラック・ロータスは俺の隣に立ってくれる。
彼女もフォルテとは因縁があった。聞いた話では、ブラックローズや緑衣のアーチャーと力を合わせてフォルテを打ち破ったらしい。ダン・ブラックモアというプレイヤーの仇でもあるから、黒雪もフォルテと闘いたいのだろう。
「いいや、黒雪。ここは俺に任せてくれ……こいつとは、俺一人で戦わないといけないんだ」
しかし今は、あえて黒雪の助け舟を断った。
「何を言っているんだ!? 奴は君一人の手に負える相手ではない!」
「そうかもしれない。だけど、俺はフォルテと絶対に決着をつけないといけないんだ……それに、黒雪にはユイとジローさんを守ってほしい。二人を戦いに巻き込みたくないからな」
黒雪の気持ちはありがたいし、またフォルテとたった一人で戦うのは危険極まりない。
そんな相手だからこそ、ユイとジローさんを逃がしておきたかった。デスゲームのフィールドには未だにエネミーが潜んでいる以上、不意打ちを受ける危険もある。
何よりも、ユイを胸ポケットの中に潜ませたままにしたくない。ユイがフォルテの攻撃を受ける可能性だってある為、信頼できる黒雪に任せたかった。
「パパ……」
胸元から俺を呼ぶユイは悲しげな表情を浮かべており、声も震えている。
ユイが不安に思う気持ちは充分に理解しているが、ここでフォルテを倒さなければいつかユイにも被害が及ぶ。だから、俺は力強い笑みで応えた。
「俺なら大丈夫だ、ユイ。俺は絶対にみんなの所に帰ってくる……俺がユイとの約束を破ったことがあったか?」
「……いいえ! ありません! 私はパパを信じていますし、誰にも負けない勇者であることを知っています! 絶対に負けないでください!」
ユイは俺の胸ポケットから飛び出し、黒雪たちの隣に向かってくれた。
「キリト……絶対に勝つんだぞ」
「黒雪こそ、みんなを頼んだぞ」
これでたった一つの心配事がなくなり、俺は全力で戦うことができる。
黒雪だけじゃなく、ロビンフッドやクソアイアンもいるから大丈夫だ。黒雪はみんなを先導して、ジローさんとロビンフッドがクソアイアンに跨りながらここから去っていく。ユイはジローさんの肩を借りていた。
みんなの背を見届けた後、俺は再びフォルテに振り向いた。
「まさか、キサマ一人で俺と戦うつもりとはな」
「不満か? フォルテ」
「いいや、余計な奴らにキサマとの一騎打ちを邪魔されては興が削がれる……さあ、始めようかッ!
――《ジ・インフィニティ》ッ!」
その叫びと共に、フォルテは猛スピードで突貫しながらジ・インフィニティを展開し、勢いよく振るってきた。
以前の戦いでも行った戦法を前に、俺もまた双剣を交差させる形で防御を選び、激突した。だが、その衝撃は凄まじく、これまでの戦いとは比較にならない。
「ぐっ!?」
フォルテの一閃によって、俺は悲鳴をこぼしながら弾き飛ばされた。
瞬時に体勢を立て直したが、フォルテの剣戟は迫る。俺は慣れたSAOアバターによるスペックで回避を選ぶが、コスチュームが掠められた。反撃の為、ダークリパルサーでフォルテの刃を弾き返すが、奴の勢いは微塵にも衰えない。
むしろ、いつの間にかバスターとなった左手を突き出し、銃口を輝かせた。
「受けろ!」
光弾による機銃掃射が行われるが、俺は高く跳躍したことで回避に成功する。
しかし次の瞬間、標的を失ったエネルギーの塊が大爆発を起こし、俺はいとも簡単に吹き飛ばされてしまった。爆風に巻き込まれながらも着地し、フォルテを睨みつける。
一方のフォルテは笑っていた。圧倒的な優越感に浸っていて、まるで俺のことなど取るに足りない存在と見下しているように思える。
「どうしたんだ、キリト? 俺とたった一人で戦うと意気込んでおきながら、この様か?」
「ふざけるなっ!」
フォルテの嘲笑が迫るが、俺とて言われっぱなしにするつもりはない。
俺は再び突貫し、ダークリパルサーを振るう。だが、フォルテが持つジ・インフィニティに受け止められてしまい、衝突音が空しく響いた。
鍔迫り合いになり、俺はフォルテを弾き飛ばそうとするも、漆黒の体躯は微塵も揺らがない。ならば、一度背後に飛んで距離を取った瞬間、見てしまった。
何故か、フォルテがジ・インフィニティをストレージに収めていることを。
「キサマに俺の新たな力を見せてやろう……《ダーク・アームブレード》ッ!」
疑問に対する答えは、フォルテの腕から出現した
闇の刃だった。
フォルテが《ダーク・アームブレード》と呼んだ刃は禍々しい雰囲気を放っており、冷や汗を流す。俺が持つダークリパルサーやエリュシデータとは、根本的に何かが違う。
(こいつ、いつの間にこんな力を……!?)
闇の刃に危惧を抱くが、今は深く考えている余裕はなかった。
リズが俺の為に作ってくれた名剣を取り戻した以上は簡単に負ける訳がない。俺はそう言い聞かせながら、エリュシデータを振るう。だが、フォルテの身を守るダークネスオーラによって弾かれてしまった。
しかし、俺はその衝撃すらも利用して、フォルテと上手く距離を取ることに成功する。だが。
(どうすればいい……フォルテには……)
「フォルテにはオーラや予測があるから、ソードスキルは通用しない」
まるで俺の思考を読み取ったかのように、フォルテは言葉を紡いだ。
「奴は俺の戦闘スタイルを把握しているから、一筋縄ではいかない……まさか、キサマがそんな弱音を見せるようになったとはな」
「なっ……お前は、何を言っているんだ……!?」
「フン、ほんの少し見てない間にここまで弱くなっていたとはな。所詮、キサマは”絆”の力とやらがなければ何もできない弱者だったということか」
「……違う!」
嘲りに激高しながら突貫し、俺はダークリパルサーを振るうが避けられた。
(しまった! あいつは……)
「『あいつは先読み能力を持っていた』……知っていながら、わざわざ飛びかかってきたとはな!」
素早く俺の真横に回り込んだフォルテから、がら空きになった脇腹をめがけてハイキックを叩きこまれてしまう。その衝撃で俺は容易く吹き飛び、地面に叩き込まれた。
激痛で悶え、せき込みながらも俺は考えていた。フォルテは先読みだけでなく、俺の思考そのものを把握していて、俺の僅かな挙動すらも読み取った上で戦っている。
だが、ピンクの能力はそこまで高性能ではなかったはず。仮に持っていたとしても、彼女一人では相応の反動が襲いかかるはずだ。
なのに、何故フォルテは悠然と立ったままでいられるのか?
キリトは知らないが、今のフォルテが有する未来予測の能力は格段に強化されている。
ピンクの持つ先読み能力をベースに、『THE MATRIX』の世界で機械に反旗を翻す人類を導いた『運命の預言者』オラクルの予言が加わっていた。オラクルの予言は世界の運命自体を変革する程に凄まじく、またネオやエージェント・スミスの来訪すらも簡単に予知している。
そして今のフォルテは心意と救世主の力を獲得しており、従来のシステムを上書き(オーバーライド)することを可能とした。フォルテは自らの予知能力を応用し、他者の行動だけでなく思考の予測すらも成功した結果、キリトの心すらも読み取っている。
もちろん、フォルテは日本エリアでの戦いにおいて、過剰に未来予測を行えば相応の反動が襲いかかるデメリットも把握している。故に、思考予測を数秒間のみに留めることで、情報処理による負荷を軽減した。
例え僅かな情報でも、思考を読み取られたというプレッシャーを与えれば平常心を崩すことは可能であり、またキリトはフォルテの未来予測のデメリットを知らない。故に、自らの思考が読み取られるという、致命的な不利を背負わされてしまった。
「さあ、次はどうするつもりだ? まさか、こんな所で終わりな訳がないだろうな?」
俺の焦燥すらも見抜いているのか、フォルテは尚も嘲笑してくる。
悔しいが、今のフォルテに対抗する術がまるで思いつかない。いや、仮に策が出てきたとしても、フォルテの予知能力の前では容易く破られてしまう。
「そんな訳……ないだろ!」
それでも、俺はフォルテを目掛けてダークリパルサーを振るうが、オーラで弾き返された。ソードスキルですらなく、ただ勢いに任せた一閃などフォルテにとって何の脅威でもない。
ただ、俺は諦められなかった。ここで倒れる訳にはいかないし、何よりもユイ達に約束をしたから。
「どうかな? キサマは今まで幾度となく俺と戦い、そして勝利を掴んだが……キサマ一人だけで俺に届いたことはなかったはずだが?」
「そ、それは……違う!」
嘲りに心が揺らぎ、そのまま鍔迫り合いに負けてしまう。倒れることだけは避けたが、俺の心は平静を保てなくなった。
口では否定したものの、フォルテの言葉は事実だ。これまでの戦いでは確かにフォルテを打ち倒したが、それは力を貸してくれる恋人や仲間がいたからで、俺一人では確実に負けている。
アスナやシルバー・クロウとの”絆”の力があったが、今は隣に誰もいない。俺自らが黒雪達を逃がすため、殿を務めてしまったのだから。キシナミやレオ達もそれぞれのミッションがあり、助けなど期待できなかった。
「この期に及んで、まだ見苦しい言い訳を続けるのか……まぁ、どうでもいいが。
キサマは結局、あの女……アスナを見殺しにしたのだからな」
「ッ! ア、アスナは……!」
「キサマ達人間がどれだけ”絆”の力を掲げようとも、所詮はすぐに失ってしまう程度のもろさに過ぎない!」
ーーキサマはあの人間を守ろうとしているようだが、守れていない……そして、今まで忘れていたのではないのか?
目の前に立つフォルテと、悪夢の中で見たフォルテの言葉が重なってしまう。
あの悪夢のように、俺は誰も守ることはできなかった。アスナとサチを失い、心を通わせた仲間達はみんないなくなっている。俺を信じてくれたシルバー・クロウだって、オーヴァンによってPKされた。
それでも、守るべき娘であるユイがいるから、俺は戦わないといけなかった。キシナミや黒雪たちだって戦っているから、俺も力を尽くさないといけなかった。その想いがあるから、俺は剣を握って戦うことができた。
「……そんな訳がない! みんなは俺を信じてくれた! だから、俺は戦えるんだ!」
この気持ちを証明するため、俺はダークリパルサーとエリュシデータを構える。
そして、腹の底から叫びながら力強く走り、剣を振るう。案の定、漆黒と白銀の刃はフォルテのオーラに受け止められるが、関係ない。バックステップを取って距離を取る。
少しでもフォルテを足止めするため、俺は構えたが……
「”絆”にそこまでしがみつくか……反吐が出るッ!」
フォルテは憤怒で表情を歪めながら、あの《ダーク・アームブレード》を横に一閃する。
暗黒色のエフェクトに込められた殺意を前に、反射的にダークリパルサーとエリュシデータを交差させる形で構え、防御の型を取った。
……次の瞬間、フォルテが浮かべた笑みの意味に気付かないまま。
「させるかっ!」
迫りくる闇の刃を、俺は二つの刀で受け止める。
しかし、拮抗は起こらない。何故なら、耳障りな破壊音と共に、俺が握っていたダークリパルサーとエシュリデータの刀身が砕け散ったからだ。
「な、何……!?」
美しく煌く欠片が散らばる中、俺は驚愕する。
二つの魔剣がこうも容易く砕け散るなどありえないからだ。確かにフォルテのステータスは凄まじいが、SAOで数多の敵を打ち倒したダークリパルサーやエシュリデータも決して弱くない。
しかし、俺自身の誇りが砕かれたショックに浸る余裕はない。何故なら、フォルテの攻撃は尚も迫るからだ。
「ッ!? 光剣・カゲミツG4だっ!」
俺は反射的にハセヲのストレージから光剣・カゲミツG4を取り出しながら、フォルテの刃を避ける。
理由はない。ただ、フォルテの刃が実体を持たないから、俺もエネルギーで構成された光剣(フォトンソード)で立ち向かっただけ。
だが、状況は悪くなっているし、共に戦った名剣達が破壊された事実を受け入られないままだ。
「ほう? そんな剣を持っていたとはな……」
フォルテは感心したような笑みを浮かべる。
一方で俺は、今のフォルテが持つ剣の正体について推測していた。これまでの戦いでは闇の刃を使っていなかった為、元から持っていた能力とは考えられない。
後天的に得たスキルの産物と考えるべきだろう。
「フォルテ、お前のその剣は……まさか心意なのか!?」
「フッ、やはり気付いたか。そうだ、この俺が心意でキサマの剣を破壊してやったのさ!」
フォルテの叫びに、俺は歯を食いしばってしまう。
黒雪から聞いていたが、まさか心意システムがここまで驚異的だったとは。シルバー・クロウを初めとするブレイン・バーストのプレイヤーが抱く強いイメージを元に事象の上書き(オーバーライド)を発生させて、システム外の現象すらも実現させる技だ。
ならば、フォルテは自らの心意によって武器破壊を成し遂げたのだろう。心意に対抗する術や知識を持たない俺では、カゲミツG4でフォルテを打ち破る方法がまるで思いつかなかった。
『シャアアアアアアアアァァァァァァァァッ!』
俺の焦りを打ち破るように、獰猛な叫び声が鼓膜を刺激する。
振り向くと、どこからともなく大量のエネミーが姿を現していた。奴らは群れを成しながら、俺達に殺意を込めた視線を向けている。四足歩行から全長10メートルは軽く超えるエネミーもいるため、一斉に襲いかかったりなどしたら一巻の終わりだ。
「チッ……水を差す奴らだ」
その一方、フォルテは舌打ちと共に呟く。
そっけない対応に違和感を持ち、振り向くと……フォルテの全身に奇妙な紋章が浮かび上がっていた。紋章の出現に伴い、周囲の空間に歪みが生じていく。
『ッ! アアアアァァァ!』
『キリトさん! すぐにその場から撤退して、黒雪姫さんたちと合流してください!』
続くように、明らかに狼狽したレオの叫びが鼓膜を刺激する。
「レオ!? 何を言っているんだ、今はフォルテと……!」
『いいえ、これは命令です! カイトさん曰く、今のフォルテからはAIDAと同等の反応が検知されたようです!』
「何!?」
その言葉が証明するように、フォルテから放たれるオーラの影響か、ネットスラムが震えていく。
只ならぬ雰囲気にエネミー達も後ずさりするが、もう手遅れだった。
「邪魔者を一匹残らず食らい尽くせ……“ゴスペル”ッ!」
フォルテの叫びと共に世界そのものが大きく塗りつぶされていき、そのAIDAが姿を現した。
サチやアスナ、そしてオーヴァンに憑依したAIDAとは大きく違い、獅子を彷彿とさせる姿だ。漆黒の巨体には赤い筋が走っており、血のような輝きを放っている。
「――――――――!」
そしてゴスペルと呼ばれたAIDAは、世界を震撼させる程の叫びを発しながらエネミーの群れに向かって突貫した。
ゴスペルの威圧感を前にしては数など意味を持たない。ある者は踏み潰され、ある者は爪で抉られ、またある者は一瞬で喰われた。一方的に蹂躙するその姿は、まさに百獣の王にふさわしい。
「これで邪魔者は入らなくなった……さあ、続きを始めようか」
ゴスペルが暴れまわる中、まるで何事もなかったかのようにフォルテは振り向く。
「……フォルテ、いつの間にAIDAまで……!?」
「元はあのアスナとやらのAIDAだ。あの女と違い、俺はゴスペルを従えたのさ」
俺のトラウマを抉るように、フォルテは嗤い続ける。
きっと、俺がアスナを守れなかったことを知った上で、アスナのことを侮辱し続けているはずだ。俺が否定できないことも見抜いている。
そして今のフォルテは圧倒的な優位に立っていることも見せつけているのだろう。心意やAIDAを持っているなら、まだ未知のスキルを所有してもおかしくない。
だけど、俺は逃げるつもりはなかった。どの道、フォルテが展開した空間によって逃げ場を失ったのだから、今は戦うことしかできない。
「……なら、俺はこのカゲミツG4で戦ってやる! 例え剣が破壊されても、俺は絶対に諦めないからな!」
「ほう? その減らず口も、いつまで続くか見物だな!」
圧倒的な不利に陥りながらも、俺は剣を振るう。
俺が握るカゲミツG4とフォルテが構えるダーク・アームブレードは、それぞれ光と闇の輝きを放っていた。
最終更新:2020年06月14日 12:48