俺は確かに「死の恐怖」だった。
三爪痕(トライエッジ)に、志乃を意識不明にしたPKに復讐する為、力を追い求め、仲間を拒絶して、たった一人で戦い続けた。
何も考えずひたすらPKKとして死を振りまいた結果、何時の間にか二つ名が付いていた。
それが「死の恐怖」
それは俺が得た力の証であり、そして同時に俺が何も見ていなかった証拠でもあった。
『さて、やる気が出たかね、諸君。特に『死の恐怖』のハセヲ君。君には期待しているぞ。
好きだろう? 得意だろうPKは? PK100人斬りを成し遂げた君ならバトルロワイアルでもいい結果を残せるだろう』
今しがた榊が言った言葉が蘇る。
榊。何故アイツがここに居やがる。
アイツとはもう二度戦い、そして決着を付けた筈だ。
一度目はギルド「月の樹」のクーデター。その首謀者だった榊と、操られ憑神を暴走させたアトリを相手に戦うことになった。
二度目はPKトーナメント。AIDAに感染し、その力を利用して知識の蛇を乗っ取った榊が再び仕掛けてきた。
アイツはそこで倒れた筈だった。
にも関わらず、榊はああして生きながらえ、そして再びこんなイベントの進行役となっている。
VRバトルロワイアル、と榊は言った。その
ルールはPKトーナメントを更に危険にしたもののようだ。
単独でこんなことを為しえるとは思えない。裏に誰か――オーヴァンのような黒幕が居る可能性が高い。
「…………」
そして、もう一つ気になる点があった。
俺は己の身体を見下ろした。黒い、刺々しい鎧が目に入る。
錬装士(マルチウェポン)3rdフォーム。The World R:2、その仮想世界において俺の分身であるPCだ。
身体に触れてみると、確かに感触があった。それだけじゃない。剥き出しの肌に触れ軽く抓ってみる。痛みもあった。
まるで本物の肉体のように。
いくらM2Dを介そうが触覚までは再現できない。それは考えるまでもなく当たり前のことの筈だ。その常識が破られている。
そして一方、存在する筈のリアルの肉体は「どこ」にいるのか分からない。その感覚には覚えがあった。
「AIDAサーバー……あそこに囚われた時と一緒だ」
The Worldのシステム上存在しないはずのバグシステム、AIDA。
アレは明らかに人間に興味をもっていて、時には異常な力を発生させ人間を観察するような真似をした。
その一つがAIDAサーバー。AIDAが疑似に作ったThe Worldのミラーサーバーであり、その時ログインしていた全てのプレイヤーが囚われたことがあった。
俺もその一人であり、実時間にして数分でしかなかったとはいえ、驚異的な体験だった。
それと似た感覚がある場所。この場もまたAIDAサーバーなのか?
だとすれば危険だ。AIDAサーバーは人の感情を増幅する。碑文使いでない一般PCはより攻撃的になり、争いは加速するだろう。
「……考えても答えは出ないな」
とにかく行動をしなくてはならない。
俺はメニューを開き、幾つかの項目をチェックする。
「ん?」
アイテム欄の中に奇妙なものがあった。
【ハセヲ君へ】と記されたテキストデータだ。
開いてみると、そこには
『to ハセヲ from 榊
親愛なるハセヲ君へ。
開幕の場でも言ったが、君には私も期待している。
そんな君のモチベーションを上げるべく、特別にある事実を教えよう。
【揺光】【志乃】
君と縁が深いこの二人は今この場に来ている』
「なっ……!?」
その文面に俺は声を失った。
揺光。最初は嫌われていたが、打ち解けて以来はアリーナで共に戦い、時には二人でレベル上げなんかもやった赤い髪の双剣士。
志乃。The Worldにログインしたてだった俺に色々なことを教えてくれ、黄昏の旅団を切り盛りしていたギルドのサブリーダー。
だが二人とも――意識不明者になってしまった。AIDAの力によりPKされ、現実世界での意識を失った。
俺は守れなかった。近くまで駆けつけていながら、俺ができたのはアイツらが消える瞬間を見ることだけだ。
「アイツらが……ここにいる?」
俄かには信じられなかった。俺は急いで文面の続きをスクロールする。
『フハハ、君の喜ぶ顔が目に浮かぶようだ。
早く彼女たちに会いたいだろう?
そこでハセヲ君。君に私からご褒美を用意してあげよう。
五人だ。
この場で五人PKすることができたら彼女らの居場所を教えてあげよう。
何、君なら簡単なことだろう? 伝説のPKK「死の恐怖」である君なら。
五人くらいあっという間にPKできるだろう』
榊の悪趣味な言葉が目に入る。
クソッ、と俺は思わず悪態を吐く。
この言葉を嘘だと切り捨てるのは簡単だ。奴を信じるなんてどうかしてやがる。
それでも、自分が僅かながらに希望を感じてしまったことに気付き、俺は苛立った。
「俺は……」
かつての俺ならもしかしたら飛びついていたかもしれない。
誰も言うことも聞かず、がむしゃらに失ったものを取り戻そうと奔走していた頃の自分なら、あるいは榊の甘言に乗せられていたかもしれない。
荒んだ心の苦しみと欠落を、目につくもの全てを壊すことで埋めようとして。
でも、それじゃあ駄目なんだ。もう俺は気付いた。
フィロが遺した言葉、タビ―の決意、シラバスやガスパーとの絆、G.U.のメンバーと肩を並べて戦った記憶。
それらに触れて気付いた。かつての俺は、死の恐怖だった俺は、ただ向こう見ずで自暴自棄になっていただけだと。
「俺は、もう戻らない。『死の恐怖』には」
だから榊。お前の思い通りにはさせない。
それが、俺の決意だった。
俺がそう表明し、榊のメールを消去したときだった。
不意に、それはやってきた。
「お兄ちゃぁぁぁん!」
遠くから声が掛けられた。それも舌足らずの甘ったるい感じの声色だ。
振り向くと、そこに居たのは、
「怖いの。助けて! お兄ちゃん」
「……は?」
目を潤ませこちらを見つめる、年端もいかない少女の姿だった。
◆
その少女はサイトウトモコです、と名乗った。
ハセヲは彼女と共に近くのベンチに腰掛け、何ともいえない困った表情で話を聞いている。
「私、突然こんなことに巻き込まれてしまって、ネットにもそんなに強くないし……もうどうしたらいいか」
「ああ、そう……」
「怖くて怖くて、そんなときにお兄ちゃんに会ったんです。
ハセヲお兄ちゃん、お願いします。私を守ってくれませんか?」
ハセヲは少女の恰好を見た。
王子様のような格好に包んだ幼い少女。赤みを帯びた髪はツインテイルになっており、上目使いにこちらを見るその姿は確かに可愛らしい。
それに子供らしい言動が合わさり、こちらの庇護欲をかき立てるような風体にはなっている。
話を聞くに確かに哀れだし、守るべきなのはハセヲも理解できる。
だがハセヲはどうにも本気になれなかった。
(何というか……あざとい)
そんな印象をどうしても持ってしまうのだった。
彼女の言動が、容姿が、表情が、どうにも本物だと信じることができない。
我ながらスレていると思うが、殺伐とした雰囲気のThe World R:2を廃プレイしてきた身としては、彼女の話を額面通りに受け取ることはできなかった。
下手したらコイツのリアルは40代のおっさんなんじゃないかとさえ勘ぐってしまう。
(そもそも俺に助けを求める時点でな……)
現在の自分の姿――3rdフォームの黒く刺々しい姿は結構威圧感がある。
あり大抵にいえば、悪役っぽい。
それを見て子供が助けを求めようとするだろうか。寧ろ怖がるのが自然ではないか。
「いけませんか……?」
「いや、いけなくはないんだが」
が、目を潤ませる彼女を見ていると、無下にするのも罪悪感が沸く。
それにこんな状況で助けを求める他人を置いていく訳にはいかないだろう。
(まぁ、朔望みたいな奴も居たしな。本当に子供がプレイしてる可能性もあるか)
「あー、分かった。一緒に来い」
「本当ですか! ありがとうございます、ハセヲお兄ちゃん!」
「…………」
従順に頭を下げる少女を見て、ハセヲは思った。
(この場を志乃や揺光に見られたらロリコンだと思われそうだ……)
と。
実際、前にクーンが似たような目に遭ったことがあったので、あまり笑えない話だった。
◆
(ふぅ……、何とか取り入ることに成功したか)
ハセヲにニコニコと笑みを向けながら、サイトウトモコことスカーレット・レインは胸中で呟いた。
言うまでもなく、サイトウトモコは偽名である。ハルユキに《ソーシャル・エンジニアリング》を仕掛けた時に使ったものをそのまま流用させてもらった。
彼女の本名は上月由仁子。バーストリンカーであり、7大レギオンの一つであり《赤》を司る《プロミネンス》のレギオンマスター。
人呼んで赤の王、である。
(少し危険な賭けだったが、その分見返りは大きそうだな)
ユニコはハセヲを見かけた時、どう行動するべきか悩んだ。
何やら悩む素振りを見せる凶悪な外見をしたアバター。外見だけで判断するなら間違いなく危険人物だ。
しかもどうやら開幕の場で主催者に因縁を付けられていた相手。その言葉を信じるなら「PK百人斬りを為しえた有名プレイヤー」らしい。
先制攻撃を仕掛け撃滅するというのも考えたが、流石にそれはアグレッシブ過ぎると思い直し、結局ある作戦を仕掛けることにした。
(ハニートラップ……には流石にならねえだろうけど、ま、とにかく情報を絞り取らせてもらおうか)
無力な子供として接触し、彼のスタンスを確かめた後、可能なら行動を共にする。
そうすることの理由としては、やはり主催者に因縁を付けられていたというのが大きい。
あのやり取りから推し量るに、ハセヲはあの侍とは敵対関係にあるらしい。ならば開幕の場での煽り文句も信用できるとは思えない。
また彼の素性は分からないにしても、とにかく主催者の情報を持っていることは確かだ。
今後どう行動するかは分からないが、そういった類の情報を持っていて損はない。そう判断したが故だった。
とはいえ危険な賭けであったのも事実だ。
ハセヲが本当に危険人物であるという可能性は勿論、バーストリンカーである彼女にとってはまた別の危険もあったのだ。
ユニコは今デュエルアバターではない通常アバターを使用していた。
その外見は生身の人間に近いもので、更にいえばリアルの外見に酷似している。
今後デュエルアバターを使うようなことがあれば、その時はリアル割れのリスクが出てくるのだ。
それはバーストリンカーとしてかなり危険なことだ。こんな状況下でもそれは避けたかった。
しかし結果として、計画はどうやら成功したようだ。
(完全には信用されてないみたいだけどな。まぁあのシルバー・クロウでさえ気付いたんだから当然といえば当然か)
自分が演じたキャラを思い出し、ユニコは内心苦笑する。
あざとすぎる言動。「妹」を意識したそれは流石に露骨だったのか、ハセヲもいぶかしげな表情でこちらを見ていた。
(しっかし、ここはどんな空間なのかね。デュエルアバターは普通に使えるみてえだし、そこら辺も調べる必要がありそうだな)
ユニコはそんな胸中を億尾にも出さず、ハセヲと共に歩く。
彼女はスカーレット・レイン。王として長く加速世界に身を置いた結果、既にその精神は身体の年齢を遥かに追い越してしまっている。
「そういえば……えーとトモコ」
「何ですか? ハセヲお兄ちゃん」
「お前、何か武器持ってないか。双剣か大剣、鎌でもいい」
「武器ですかー?」
そういえば何かあったな。そう思いユニコはメニューを開き、アイテム欄からその武器を取り出した。
種類は双剣とあった。ハセヲのいう条件にも合致する。どうせ自分には無用の長物なので渡すことに何ら未練はない。
「これは……」
そうして渡した武器を見ると、ハセヲは何やら言葉を失った。
「要らないものでしたか……?」
「いや、そうじゃない」
そういって彼は何やら感慨深い様子でその双剣を見つめた。
事情は分からないが、彼にとって何か曰くあるものだということはユニコにも分かった。
それを装備したハセヲは、二三度それを振るう。
ひゅんひゅん。空を切る音が響いた。
使い勝手を確かめた彼は、それを終えるとユニコに向かって言った。
「その、ありがとな」
その双剣の名は【光式・忍冬】
志乃、そして揺光と共に冒険した結果、彼が都合二度手にすることになった双剣である。
忍冬(すいかずら)。
その花言葉は「愛の絆」
【A-2/日本エリア/1日目・深夜】
【ハセヲ@.hack//G.U.】
[ステータス]:健康/3rdフォーム
[装備]:光式・忍冬@.hack//G.U.
[アイテム]:不明支給品1~3、基本支給品一式
[思考]
基本:バトルロワイアルには乗らない
1:この場にいるらしい志乃と揺光を探す
2:トモコとかいう少女? を守る
[備考]
※時期はvol.3、オーヴァン戦(二回目)より前
【スカーレット・レイン@アクセル・ワールド】
[ステータス]:健康/通常アバター
[装備]:なし
[アイテム]:不明支給品0~2、基本支給品一式
[思考]
基本:情報収集
1:一先ず猫被ってハセヲに着いていく。
[備考]
※通常アバターの外見はアニメ版のもの
(昔話の王子様に似た格好をしたリアルの上月由仁子)
最終更新:2013年05月03日 10:19