「あーもう、やっぱ意味わかんないっちゅーの!」
ビルが立ち並ぶ街の中を、一人の少女の苛立たしげな声が響き渡った。
彼女の名はブラックローズ。かつてThe Worldを救ったドットハッカーズの一員である。
一部プレイヤーの間では英雄とされている彼女だが、今この場では困り果てる1プレイヤーに過ぎなかった。
「考えるの止め! 行動あるのみ」
この場に呼ばれたことが、この前まで戦っていた八相と何か関係があるのか結びつけて考察してみようと思ったのだが
考えても考えても良い答えが出そうになく、結局彼女は先ず自分の足を使ってみることにした。
この前の事件にしてもそうだ。八相と黄昏の碑文の考察だって、浅岡先輩や萩谷先輩の助けがあったからこそであり、一人で考えていても名案というものは思い浮かばないものだ。
ごちゃごちゃと悩むより先ずは行動。そう決めた彼女は剣を引きずって歩きはじめる。
(それにしても、ここ……本物の街みたい。ニューヨーク? とかそこら辺の大都会みたいな)
道を歩きながら、ブラックローズは思った。
The WorldにもΛサーバー・カルミナガデリカのような都会はあった。
だが、それにしたってファンタジー世界のものだ。このような現実の街に則した作りではなかった。
「誰かーいませんかー?」
ブラックローズは呼びかける。声がいやに響いて不気味だった。
誰も居ない夜の街が、まるでダンジョンのように感じられた。
正直足が震えそうになった。こんなとき
カイトが隣にいてくれれば……、と思わずにはいられなかった。
「そこに誰かいるのか?」
と、不意に何処からか返事が返ってきた。
周りを探すと、道の向こう側に一人の少女が佇んでいた。
綺麗な羽の生えた、そして黒いPCだった。
羽と言ってもバルムンクのような白い翼ではなく、漆黒の蝶の羽だ。
その姿には見覚えがあった。開幕の場でロボットに声を掛けていたPCに違いない。
「こっちです。今、行きます」
ブラックローズはそう声を掛けると、車道を通って彼女の下に急いだ。
こんな状況でも車道を見る時に、周りを気にしてしまって少しおかしかった。
彼女の近くに辿り着いたブラックローズは向き合って口を開いた。
「えーと、こんにちは?」
色々迷ったが、結局出てきたのはそんな言葉だった。
ネットゲームでパーティ組む時じゃないんだから、と自分に対し少し呆れてしまう。
「ふっ」
案の定、相手に笑われてしまった。
私が少々気恥ずかしさを感じていると、彼女は「いやすまないすまない」と言って口元を抑えながら言った。
「呼びかけてくる相手が危険人物だったらどうしようかと結構警戒しながら返事したのでね。
きちんと挨拶されるとは思っていなかった。
いや実にすばらしいことだと思うよ――こんにちは」
そう言って彼女は軽く会釈した。その動作も中々決まっていて、優雅さといったものを感じさせる。
何となく寺島良子のことが思い浮かんだ。まぁ彼女とは違い目の前の女性はしっかりしていそうだが。
ブラックローズは気を取り直し、再び口を開いた。
「私はブラックローズ。よろしく」
「私は黒雪姫だ。こちらこそよろしく頼む」
黒雪姫。名は体を表すというか、彼女の容貌に合致した名であるように思えた。
それにしても綺麗なPCだと思う。単純なエディットの上手さだけでなく、彼女の纏う雰囲気のようなものがそう思わせているのかもしれない。
最もだからといって現実の彼女までそうである保障はない。
ネット上のアバターである以上、容姿は勿論、性別でさえ偽ることができるのだから。
「ふむ、奇しくもキミもまた《黒》を冠する名なのだな」
それは彼女にとって何かしら縁深いものを感じさせたのか、彼女は微笑んだ。
そうして軽く自己紹介を済ませた後、黒雪姫はブラックローズの持つを剣を見て、
「それはキミの武器か?」
「え? ああ、そうだけど。何か配られてたみたいだから」
ブラックローズの手にはずっしりと重い剣が握られていた。
赤い大剣だ。重剣士である彼女に装備可能な武器が支給されていたのは幸運だった。
【紅蓮剣・赤鉄】聞いたことがない武器だが、装備するには問題ないようだ。
「そうか……私は何も装備できそうなものがなくてね」
「そうなの? えーと何か私が持ってるもので貴女の職業に合う物があれば」
「ああ、いやいやそうじゃない。私はそもそも戦えないんだ。これはそういったゲームのアバターではないからね」
話によるとそれは学内で使うローカルネットのアバターらしい。
そんな設備がある学校もあるんだな、と少し驚くと同時に自分が状況を見誤っていたことに気付いた。
開幕の場で雑多なアバターを見た時、勝手にみなゲームから来たものだと勘違いしていたが、どうやら彼女のようにゲーム以外の戦闘能力のないアバターも居るようだ。
(戦えない状態のキャラでわざわざ呼びつけるなんて、なんつー悪趣味な奴)
榊の高慢な表情を思い出し、ブラックローズは不快な気分になった。
彼女は戦えないといったが、それでも大多数の参加者は戦えそうな印象を受けた。
となると、彼女のような例外的に非力なの役割は、生贄のようなものではないか。
あるいは美少女型アバターが途方に暮れる姿でも見たいのだろうか。
「あー分かった。じゃあ私と一緒にパーティ組まない?」
「パーティ?」
「そ、まあこの場じゃ別にそんなシステムないけどさ、一緒に行動しようってこと」
「それは……私にはありがたいが、いいのか? ただ足手まといになるだけだぞ」
伏し目がちに言う黒雪姫に対し、彼女は「大丈夫大丈夫」と言い、そして精一杯見栄を張って
「わ、私が守ってあげるから」
などと自信ありげに言ってみた。
実のところ、ブラックローズは不安でいっぱいだった。
ログアウト不可の殺し合い、見知らぬ場、見知らぬシステム、仕掛けられたウイルス、そのどれもが彼女の肩に重圧を乗せている。
(これがアイツ……カイトだったら、こんな状況でも強くいられるんだろうけど)
共に戦った自分の相棒のことを考える。
カイトはアウラから腕輪の力を貰ったPCだ。本来エディットできない筈の赤い双剣士となった彼は、仕様外の力を使って事件を解決へ導いた。
だが、ブラックローズは知ってる。カイトが本当に強いのは、腕輪のせいだけじゃなくその心の強さゆえだと言うことを。
バラバラだったThe Worldのみんなを纏め上げ、ウイルスバグや八相と戦っていった。
そしてクビアとの戦いで腕輪を失った後も、諦めずに第八相『再誕』の『コルベニク』に挑み、見事討ち果たした。
それができたのは一重に彼の真摯な思いがあったからこそである。親友を助けたいと言う。
(でも、アイツにばかり頼っていたら駄目)
同時に、ブラックローズは知っている。
彼は強い。だが、それでも一人の少年に過ぎないということも。
彼女は一度だけカイトが弱音を吐いたときのことを覚えている。
第三相『増殖』の『メイガス』を倒した結果、The Worldが深刻な不具合に陥ってしまったときのことだ。
『Δ隠されし 禁断の 聖域』全ての始まりであるあの場で、彼は彼女に漏らした。自分のやっていることは本当に正しいのだろうか、と。
(だから、私も頑張らなきゃ。アイツとその……相棒で居続ける為にも)
そう思い、せめて言葉の上だけでもしっかりしていようと思った。
黒雪姫はブラックローズのそんな決意をどう受け取ったのか、それは分からなかったが、再び微笑み、
「そうか。ではお願いしようかな、黒薔薇さん」
「うんうん、任せておきなさいって」
実際、話し相手ができるだけでも大分不安が和らぐというものだ。
それだけでも一緒に行動する理由にはなった。
そうして二人は行動を開始した。
ブラックローズが前を行き、時折黒雪姫と会話などを交わす。
が、リアル事情には可能な限り踏み込まないようにしていた。ハンドルネームのまま呼び合い、本名も聞かないでおく。
それはまだ会ったばかりということもあるが、やはりこの場がネット上であるということが大きかった。
(そういうのは、ある程度親しくならないとね。やっぱり)
今ではリアルでも交流があるミストラルらにしたって、初めは微妙な距離感があったものだ。
ネット上で受けるイメージとリアルが乖離していることもままある。そちらを話題にするのはすぐにはできない。こんな場所でもマナーというものがある。
ミストラルにしたって子供っぽい喋りとハイテンションからは想像できないが(性格はあれで素のようだったが)自分よりずっと年上で、更に妊婦だったのだから。
黒雪姫の言葉の端々から学生であり、自分と同年代ということは伝わってくるが、そこに踏み込むのはもっと後からにしよう。
具体的にはもっと仲良くなってから。そう決めていた。
そうブラックローズが思った矢先、彼女らは危機に巻き込まれることになる。
それを成し遂げるには、先ずそれを打開する必要があった。
その攻撃は唐突に上から来たのだった。
「くっ!」
黒雪姫の悲鳴が響き渡った。
ブラックローズが急いで振り返ると、そこには胸に矢が突き刺さった黒雪姫の姿があった。
*
「さっそく一人命中っと」
摩天楼の上から彼女らを見下ろす一人の青年が居た。
髪は橙、痩躯を緑のマントに包み、その手には小ぶりな弓が備え付けられている。
彼こそがアーチャー、黒雪姫を狙撃した本人である。
「ま、ダンナが戻ってこない内にパパッと終わらせちゃいましょうってね」
アーチャーはシニカルな笑みを浮かべ、次の攻撃の準備をする。
彼は予めこの一帯にトラップを仕掛け待ち伏せをしていたのだ。ここを街の構造を見て回り、通る者が多いであろう場と予想してのことである。
(結果はずばり的中。二人ほど可愛い御嬢さんがやってきた、と)
やってきたのは二人の女。褐色の剣士と黒いドレスを着た蝶々だ。
剣士の方は明らかに近接向きと見て、先ずは遠距離攻撃を持っているかもしれない蝶の方に矢を放った。胸部に当たったし致命傷だろう。
この調子でじゃんじゃん獲物を……、と思ったところ下で妙な動きがあった。
褐色の方が蝶に近づき、何やら声を掛けている。そこまではいい。
驚いたのは蝶の方が再び何事もなかったように動き出したことだ。
痛そうに胸を押さえてはいるが、命に別状はなさそうだ。胸を矢が貫通したというのに。
(何だアリャ、そういう類の能力を持ったサーヴァントか? いやそれともまさかアリーナのエネミーみたいにHPとか設定してあんのか)
そう思っていると、立ち直った蝶に褐色が呼びかけている。
すると蝶は踵を返し元来た道に戻っていく。その走りからして作戦などではなく、ただの逃走に見えた。
一方褐色の方は剣を構え、周りを見渡している。どうやら一人で戦う気らしい。
「おうおう、偉いこった。弱者を守る騎士道精神って奴? はー褐色の女騎士様とは格好いいね」
軽口をたたきながら、アーチャーは次の攻撃を準備する。狙いは褐色だ。どうやら蝶の方にロクな戦闘能力はないらしいし、追うのはあとからでも遅くはないだろう。
第二射。
肩に命中。褐色は警戒していたが反応はできなかったようだ。
が、やはり致命傷にはならなかった。褐色はそのまま動いている。普通の人間ならばあれで十分の筈なのだが。
(つまり、普通の人間じゃあないってことか)
だが褐色の顔は苦痛に歪んでいる。蝶もそうだったが、痛みは感じているようだし無敵はないだろう。なら攻撃を当て続けるだけだ。
第三射。
失敗。矢に反応した褐色は地面を転がり回避に成功する。
「お、もう避けるか。やるねえ、さっすが騎士様。だが、その先には――」
その後も何射かしてみるが、どれも避けられた。向こうも慣れてきてるらしい。
だが、それも計算の内。
褐色は転がり逃げていった先で、不意に足を止めた。
身体を震わせ、剣を落とし、ゆっくりと崩れ落ちる。
その近くには、簡単には見えないよう建物の陰に巧妙に隠された異形の木が生えていた。
イチイの木。
アーチャー仕掛けたトラップであり、近づくものを問答無用で毒とする宝具だ。
動きを止めた褐色に狙いを定め、アーチャーを弓を引く。
「狙撃に毒……我ながら汚い手だとは思うがね。ダンナが見たら何ていうか、考えたくもねえや。
曲がりなりにも英霊なら顔ぐらい見せろってか、ま、残念ながら俺はこういう英霊なんで。
悪くは思うなよっと。じゃあな騎士様――」
少し時間を掛けてしまったが、まあこれで一人は脱落だ。
蝶の方を探すのが面倒そうだが、どうせそこまで遠くに行っていないだろう。
と、そこで
「その前に私を相手にしてもらおうか」
不意に声が聞こえ、アーチャーは驚いて振り返った。
(場所がバレた? 誰だ、もしかして蝶の方か――)
が、そこに居たのは予想に反し、蝶でも何でもない、異形の機械だった。
ゴテゴテとした漆黒の装甲が人型の肢体を包み込み、細身ながらもそれは威圧感がある。
そして何より、その手足にアーチャーは目が行った。驚くほど細長いそれは刃のように尖り、月光を受け妖しく光っている。
見るからにインファイター。そんな奴に自分は近づかれてしまったのだ。
「はぁーしまったな。全く別の乱入者ってのは予想してなかった。
あーそうだよな、これは聖杯戦争じゃあないもんな。そういう展開もあるか
なあ黒の……何だ、姐さん? ものは相談と言う奴なんだが、ここは一つ共同戦線とかないか? キルスコアが欲しいってんなら、あの褐色はアンタに……」
「黙った方が良い。その首を刎ねるぞ」
「あーやっぱり?」
「私の獲物はお前だよ、弓兵」
苦し紛れにそんなに提案しては見たものの、どうやら失敗のようだ。
相手は威圧感を振りまきこちらを威嚇している。心なしかその目(だよな?)の部分には恨みが籠っているかのように思えた。
俺がアンタに何したってんだ。そう思わないでもなかったが、とにかくアーチャーは臨戦態勢を取る。
狙撃で決めてしまう筈が、何故かこうなってしまった。しかしもはやしょうがない。顔突き合わせて戦闘など全く性分ではない。が、だからといってできない訳ではない。
「あーあ、アンタも変な奴だ。声なんかかけずバサッとやっちまえば俺は反応できなかったのに。
アンタもあれか、騎士道精神とやらの持ち主か? 我こそは――とか名乗ったりはしないのか」
「良く舌の回る奴だな、お前は」
「そーですよ。どうせ俺はぺらぺら喋る頭の軽そうなハンサムですよ。悪いねえそんな奴にわざわざ決闘を申し込んでもらってっと」
言いながらアーチャーは弓を放った。不意打ちだ。その硬そうな装甲に矢が通用するかは思えないが、矢と言っても普通の矢ではない。
サーヴァントの――英霊の矢なのだ。
が、それを機械は剣と化した手を薙ぐことで弾き返した。
やはり見てくれだけでなく、実力も伴っているか。そう判断するアーチャーだが、もう既に次の行動に移っていた。
「じゃあな」
そう言ってビルから身を躍らせたのだ。ゆっくりと落ちていくアーチャー。
普通なら自殺でしかないが、サーヴァントの自分ならこの高さから落ちても大丈夫だ。
(そして恐らくは奴も――)
来た。一拍遅れて機械もその身を躍らせる。ここからの落下は大丈夫ということか。
それでいい。向こうはこっちを逃げ出したと思って追ってくるはずだ。
そしてそのままトラップへ誘導する。イチイの木はこの周辺に幾つも仕掛けてある。
「まさか追ってきやがるとはな」
心にもないことを口走りながら、アーチャーは地面に着地する。
そして同じように地面に立った機械はこちらを見て、言った。
「その先にある罠なら既に破壊しておいたぞ。お前の下に向かう途中で見つけたからな」
「は?」
「私を誘導しようというのだろう。無駄だからやめておけということだ」
マジかよ。読まれてやがった。ハッタリだったのかもしれないが、どっちにしろ自分の反応で確信しただろう。
アーチャーはやれやれと肩を竦め、
「はぁ厭になるね。しょっぱなからこれでは幸先悪い」
「お前にこの先はない。ここで私が倒す」
「おうおう怖い怖い。全くおっかねえ奴に目を付けられたもんだ。
全く、俺の前世の行いが悪かったのかね」
サーヴァントである彼にとっては皮肉でしかない言葉を吐きながら、彼は弓を構える。
策は尽きた。ならしょうがない。今度こそ正真正銘の一騎打ちと行くか。
精神を集中する。向こうもその気配を掴んだのか、剣を構え、こちらに相対する。
一瞬の静寂が起きる。そして戦いの火蓋切って落とされ――
「【顔のないお――ん? こりゃ」
「行くぞ!」
「いや、待て。待て」
――なかった。
アーチャーはいきなり手で機械を制止し、何やら焦り始めた。
その唐突な行いに機械は一瞬きょとんと手を止めてしまう。
「やっべ、忘れてた。こんなことしてる場合じゃねえ!」
そう言って、アーチャーは踵を返し、そして去っていった。
あまりの速足と唐突さに残された機械はそれを黙って見送ってしまった。
*
機械――ブラック・ロータスはその場に立ちつくしていた。
先ほどまでの軽い感じと違い、アーチャーは本気でこちらに向かってくるようだった。
故に自分も精神を集中し、来たる激突に備えていたのだが、それからいきなりの遁走。
その行いに少し面を食らい、結果として見逃してしまったのだ。
追うべきだろうか。そう遠くへは行ってない筈だし、すぐに追いかければ補足できるかもしれない。
「いや、やめておこう。その前にやらねばならないことがある」
ブラック・ロータスはそう思い直し、踵を返す。その足の向こうにはアーチャーが残したイチイの木と――
「ありがとう。会ったばかりの私のために身を呈してまで頑張ってくれて」
痛みと毒で気を失ったブラックローズの姿があった。
それをブラック・ロータス=黒雪姫は親愛の籠った瞳で見る。そしてそのままイチイの木へと近づいていく。
毒の波動の最中へと足を踏み入れると、強烈な不快感が身を貫いた。こんな中で彼女は戦っていたのか、そう思うとより一層感謝の念を捧げたくなった。
同時に、そんな彼女に自分を偽らなくてはならない罪悪感も。
「すまないな。本当に」
ポツリと漏らした後、ブラック・ロータスはその手を一閃した。
イチイの木に亀裂が入り、粉々に砕け散る。それをブラック・ロータスは冷めた目で見ていた。
ブラックローズの声を聞いた時、彼女は迷った。接触すべきかどうか。
声の主が危険人物である可能性は勿論、ブラック・ロータスの状態であえば、下手するとこちらのことを誤解されるかもしれないという懸念もあった。
いや、誤解ではないかもしれない。自分は多くの恨みを買っているのだから。
ブラック・ロータス。《黒の王》。彼女は多くのレギオンで裏切り者として指名手配されている身分だ。
それ故に彼女は黒雪姫として行動を開始した。リアル割れのリスクもあり、可能な限り自分がブラック・ロータスであるということは隠したかったのだ。
ブラックローズと出会った後も戦えないと嘘を吐き、デュエルアバターの存在を伏せた。
結果、ブラックローズを矢面に立たせ、危険な目に遭わせてしまった。自分の保身の為に。どんな理由であれ、それは事実だ。
「…………」
ブラックローズの顔を見つめながら、今しがたの戦闘で彼女が言った言葉を思い出す。
急の襲撃に対し、彼女は言った。「貴方は逃げなさい! 私が、私が戦うから」と。
「その時のキミは足も震えていた。それなのに私を逃がす為に戦う決意をしたのだ」
その勇気に比べて自分の臆病さは何だろうか。目の前の者に自分の名と力を隠し、おめおめと逃げた。
すぐにデュエルアバターとなり、矢の放たれた角度から予想した狙撃手の下へ急いだが、その間彼女は一人で戦っていたのだ。
せめてハルユキ――シルバー・クロウが居てくれれば飛行能力を使い一瞬で辿り着くことができたのだが。
「あ……ううん」
ブラックローズが軽く声を漏らしたのを見て、ブラック・ロータスはゆっくりとその場を後にした。
この姿を見られる訳にはいかない。何だかんだ言って、結局明かすつもりはないのだ。
そのことにまた後ろめたさを感じるが、何も言わず彼女はその場から去った。
*
「ううん……?」
「気が付いたか?」
ブラックローズが目を覚ますと、そこには立派な白髭を湛えた初老の男性がいた。
ぼんやりとした意識で彼を見つめていると、男性は優しくその肩を叩いてくれた。
そうしてしばらくして頭の靄が晴れてくると、ブラックローズは跳ね起き、周りを見渡した。
「黒雪姫は!?」
「彼女ならここにいる」
見ると彼の言う通り、すぐ傍で心配そうにこちらを見つめている黒雪姫の姿があった。
「大丈夫か? ブラックローズ」
「え? ああ私なら大丈夫だから。貴方こそ問題なかった?」
何しろいきなり矢で射られたのだ。戦闘のできない彼女にはショックだったことだろう。
だが幸いにして大丈夫だったようで、彼女は微笑み頷いた。それを見てブラックローズはふぅと溜息を吐く。
「でも、じゃあさっきの敵は誰が……?」
「それは私にも分からない。戻ってきたらもう居なくなっていて、代わりに彼がいた」
そう言って、黒雪姫は隣に立つ男性を示した。
すると男は丁寧に礼をした後「ダン・ブラックモアだ」と名乗った。
自分より遥かに年上の(少なくとも見た目は)男性にそんなことをされて、ブラックローズは若干恐縮してしまう。
「道を歩いていたら女性の悲鳴が聞こえたものでな。何事かと駆けつけたら倒れる君を見つけたのだ」
「はぁ」
と、なると彼も狙撃手を退けた相手のことは分からないようだ。
まぁ何はともあれ上手く行ったようで良かった。そう考えることにした。
その後、ダンと軽く情報を交換する。彼もこの殺し合いに乗る気はないようだった。
ただ気になるのは狙撃手が矢を使っていた、ということを話したときのことだ。
それまで落ち着いた物腰だった彼がふと眉を顰めたのだ。
それが何を意味するのかは分からなかったが。
そうして話し合った後、彼らは三人で行動することにした。
またダンは仲間が後で合流することになっているらしい。
(それにしても……)
ブラックローズは考えた。先の戦闘で意識を失う直前、かすかに記憶に残っているものの姿を。
上手く説明できる自信がなく、また夢だった可能性もあるので、混乱を避ける為にまだ二人には話していないが、やはり後々きちんと話すべきだろう。
(黒い……何だか怖い感じのロボット型PC)
それが何をやっていたのかは分からない。だが、それをどこかで見た気がするのだ。
あれは自分を救ってくれた味方だったのだろうか、それとも狙撃を仕掛けてきた敵だっただろうか。
判別はできない。
もし味方だったのだとしても名乗り出ないのは何故だろうか。
(何にせよ、ちょっと警戒しといた方が良さそう)
*
「あーやっちまったな。こりゃダンナにバレたかも」
気だるげな声が街に響く。
声の主はアーチャー。ブラック・ロータスとの戦いであることに気付き、急いでその場から離れたのだが、少し遅かったかもしれない。
あること、とは即ち自分のマスターであるダンの接近である。
「初っ端からコレとは全くどうしたもんかね」
あーあ、と彼は頭を抱えた。
結局誰も殺せなかったわ、変な奴に因縁付けられるわ、散々な目にあった。
アーチャーの目的、それはダンの優勝に他ならない。
この場は聖杯戦争ではないようだが、それにしても本質は似たようなものだ。
殺し合い、最後まで生き残ったものが褒賞を総取りする。そんなシステム。
なら優勝を目指すのは当たり前、と思っていたのだが。
「サーのダンナが騎士道に反するとかいうからねえ。
いやそんなん俺に求められても困るっていうか、お門違いっていうか」
ダンはそう思わなかったらしく、アーチャーの得意とする暗殺や毒殺を禁じるばかりか、そもそも優勝を目指さないなどと言い出したのだ。
これは軍務ではなく、また女王陛下の命令でもない。騎士らしく弱者を助けていく。そう彼は言ったのだ。
「はぁ……」
アーチャーは溜息を吐く。マスターの言うことは無理難題にもほどがある。
この殺し合いを覆す? 誰も殺さない? 主催者はこちらの命を完全に握っているのに?
リアリストである彼にはとてもではないが同意できなかった。
だから、彼は選んだ。ダンにバレないように行動し、参加者を減らしておこう、と。
単独行動スキルを活かして辺りを偵察してこいと言われた時、はいはいと頷いておきながら内心ではそう決めていた。
ダンは弱者を見つけたら保護しろと言ったが、そんなことはせずさっさと殺してしまおう。
それも姿を見せず狙撃や毒殺で。ダンには誰も見つかりませんでしたすいませんでいい。そんな風に考えて。
その結果がこれなんだから笑えない。
ダンは戦闘の音を聞き、自分が襲った相手と合流してしまった。姿を見せてはいないとはいえ、敵が矢を使っていたことを知れば疑われることは必至だ。
合流した時、何を言われるか考えたくもない。どこかに罪を被せられる弓使いとかいないものだろうか。
全く変なマスターを持つと苦労するものだ。
「まぁ……気持ちは分かるさ、ダンナ。俺だって本当は――」
言いかけて、彼は口を噤んだ。
とにもかくにも彼に真実を伝えないで参加者を減らして回りたい。
色々言いたいことはあるが、アーチャーのマスターへの忠誠心は本物だった。
*
そうして三人の《黒》の名を持つものたちは肩を並べ、同じ道を行く。
同じ速さで歩いているような彼らであったが、それぞれ互いに隠していることがあった。
ブラックローズは怪しい黒いロボットを見かけたことを。
黒雪姫は己のもう一つの姿と名前を。
ダン・ブラックモアは自らのサーヴァントへの疑念を。
三者三様に秘めた胸の内。
それは彼らの微妙な距離感が生んだことだったのかもしれない。
【F-10/アメリカエリア/1日目・深夜】
【ブラックローズ@.hack//】
[ステータス]:HP50%
[装備]:紅蓮剣・赤鉄@.hack//G.U.
[アイテム]:基本支給品一式、不明支給品0~2
[思考]
基本:バトルロワイアルを止める。
1:黒雪姫、ダンと共に行動する。
2:あの黒いロボットは一体……?
[備考]
※参戦時期は本編終了後
【ブラック・ロータス@アクセル・ワールド】
[ステータス]:HP80%/ローカルネットのアバター
[装備]:なし
[アイテム]:基本支給品一式、不明支給品1~3
[思考]
基本:バトルロワイアルには乗らない。
1:ブラックローズ、ダンと共に行動する。
2:自分がブラック・ロータスであるということは隠す
【ダン・ブラックモア@Fate/EXTRA】
[ステータス]:健康
[装備]:不明
[アイテム]:基本支給品一式、不明支給品1~3
[思考]
基本:軍人ではなく騎士として行動する
1:黒雪姫、ブラックローズと共に行動する
[サーヴァント]:アーチャー(ロビンフッド)
[ステータス]:健康
[思考]
基本:ダンを優勝させる。その為には手段は選ばない。
1:ダンにバレないように他の参加者を殺す。
2:黒い機械(ブラック・ロータス)を警戒。
[備考]
※参戦時期は未定。少なくとも令呪によってアーチャーの毒や奇襲を禁じる前。
岸波のことを知っているかは後の書き手にお任せします。
支給品解説
【紅蓮剣・赤鉄@.hack//G.U.】
「月の樹」の松がPK時代にメインウェポンとして使っていた大剣。
アリーナでのハセヲ戦で使用。敗れた後にハセヲに渡した。
最終更新:2014年11月10日 15:45