4◆◆◆◆


 二人の少女の後をついて、猫の獣人――ミアは歩いていた。
 自分の事をチェシャ猫と呼ぶ彼女達は、二人で楽しげに談笑しながらどこかへと向かっている。
 その次に向かっている場所を、ミアは知らない。
 少女達の仲間という立場にいながらも、ミアは仲間の輪の中にいなかった。

 それも当然だろう。
 二人の少女にとって、ミアは“新しいおもちゃ”という認識でしかない。
 毛色の変わった、物珍しいおもちゃ。飽きたら当然、捨てられる。
 事実ミアは、一度少女達に殺されかけていた。

 ユイが遭遇し、彼女を追いかけたジャバウォックは、その際に召喚されたものだ。
 ミアはジャバウォックの攻撃を辛うじて掻い潜り、逆に一撃を加えた事で生き延びた。
 もちろんただ一撃を与えただけではない。攻撃した際に、武器のアビリティが発生したおかげだ。
 発生した効果は、バッドステータス・魅了。
 効果は一瞬しか発生しなかったが、それでも一瞬、ジャバウォックは少女達の敵になったのだ。
 そのおかげで、ミアは少女達に興味を持たれ、結果生き延びる事が出来たのだ。

 【誘惑スル薔薇ノ雫】――それが二度も彼女を救った武器の銘だ。
 この剣はどういう訳か、今までのどんな剣よりも彼女の手に良く馴染んだ。
 まるでこの剣が、元から自分の一部であったかのように感じるほどに。
 そしてそれほどまでに馴染む剣だからこそ、二回も窮地を切り抜けられたのだ。

 この剣が彼女を救った、二回目の出来事。
 それは少女達を狙った赤光の魔弾を弾き飛ばした事だ。
 あの魔弾を受ければ、生半可な剣では砕かれ、合わない武器だったならば逆に弾き飛ばされていただろう。
 その証拠に、魔弾を弾き返した際の衝撃がまだ抜けず、腕には痺れたような感触が残り、上手く力が入らない。
 この剣だからこそ、ミアの思い描いた通りの結果を齎す事が出来たのだ。


 ここで一つの疑問が残る。
 ミアはなぜ、少女達を救ったのかという事だ。
 おもちゃ扱いされ、いつ飽きて殺されてもおかしくない状況で、元凶である少女を救った理由。
 それは………実を言えば、ミア自身にもわからなかった。

 ミアの“生きて”きた『The World』はネットゲーム。つまり他人と共に楽しむゲームだ。
 その世界でミアは、あるプレイヤーと一緒に様々な楽しみや喜びを見出してきた。
 だからだろうか。たった二人で完結している少女達に、他者と繋がる楽しみを知って欲しいと思ったのだ。

 強いて言えば、ミアは少女達を助けた理由はそれだけだ。
 それがどうして命を掛ける理由になったのかは、ミア自身にも解らなかった。
 だが彼女にはそれが、とても大切な事だと思ったのだ。

「ねぇあたし(アリス)、このご本面白いわ」
「そうねあたし(ありす)、すごく面白いわ」
「書いてあることは難しくて読めないけど、空飛ぶご本なんて初めて」
「それに二つに分かれたわ。あたし(ありす)とあたし(アリス)でお揃いね」

 少女達は今、支給されたアイテムを装備した際に発生した現象にはしゃいでいる。
 アイテム名は【途切レヌ螺旋ノ縁】。ミアの持つ魔剣と起源を同じくする魔典だ。
 月と太陽の意匠がなされたその武器は、白い少女が装備すると同時に二つに分かれ、もう一人の黒い少女にも装備されたのだ。
 それが当然の事だと、ミアは理由もなく納得していた…………いや、理由ならある。
 あの魔典の本体。第五相の碑文。『策謀家』の異名を冠した双子の名は――――――

「ねぇチェシャ猫さん。チェシャ猫さんは、次はどんな遊びがしてみたい?」
「―――そうだね。宝探し、なんてどうかな?
 別に形のある物じゃなくても、綺麗な風景とか、そういう形のないものでもいいんだ。
 自分が『これはいいモノだ。大切にしたい』って思えるモノを探すんだ」
「まあ。それは素敵ね、あたし(アリス)」
「ええ、素敵だわ、あたし(ありす)。でも疲れないかしら」
「疲れたら、お休みしなきゃ。そしたらもう遊べないわ」
「遊べないのはイヤね。もっともっと遊びたいわ」
「そうね。もっとずっと遊んでいたいわ」
「ずっとずっと、ずーっと―――」

 ミアに話を振られたのは一瞬。それ以降はまた、少女達は二人だけの輪に戻っていった。
 その光景に、ミアは思わず苦笑を浮かべた。

「まずは、名前を呼んでもらう事から頑張らないとね」

 少女達の呼ぶチェシャ猫は、少女達がつけた“おもちゃ”としての名前だ。
 いわば、子供が自分のお人形に名前を付けるようなもの。そこに人形自身の意思は関係ない。
 だからもし、少女達がちゃんと名前を呼んでくれたのならば、それは“個人”として認められたという事。
 少女達の輪に干渉する権利を得たという事だ。

 そう言う意味では、岸波白野という人物は近いところに居る。
 少女達は最初から、彼女だけは個人として見ているように感じられた。
 だとすれば、彼女の協力が得られれば、少女達の心を動かせるかもしれない。

「ここに君がいたら、もう少し楽しかったんだろうけどなぁ」
 ついぼやいて、そう言えば、と思いだす。
 あの場に居た、カイトと非常によく似たプレイヤー。
 彼はあの時、間違いなく自分を見てある名前を口にした。

「……マハ……か」
 そう呼ばれるのは二度目だが、その名前を聞くとどうも胸がざわつく。
 もしかしたら彼は、何かを知っているのかもしれない。
 今度会えたら、訊いてみる事にしよう。

「ま、死なないように頑張らないとね」

 岸波白野と協力するにしても、カイト似のプレイヤーに話を聞くにしても、まずは自分が生き残らないといけない。
 そしてこれがかなりの難題でる事は、想像に難くない。
 今一つ『死』というモノが実感できないが、嫌な感じがするのは確かだ。

「ねえエルク、見守っていてくれるかい?」

 アイテム欄から【エノコロ草】を取り出して問いかける。
 当然答えはないが、エノコロ草から香る匂いに、何となく勇気付けられる。
 そうしてミアはエノコロ草をアイテム欄に戻すと、談笑する双子の様な少女達に追従していった。


【F-8/アメリカエリア/1日目・深夜】

【ありす@Fate/EXTRA】
[ステータス]:健康、魔力消費(微小)、令呪:三画
[装備]:途切レヌ螺旋ノ縁(青)@.hack//G.U.
[アイテム]:基本支給品一式、不明支給品0~2
[思考]
基本:アリスと一緒に“お茶会”を楽しむ。
1:新しい“遊び”を考える。
2:しばらくチェシャ猫さん(ミア)と一緒に遊ぶ。
3:またお姉ちゃん/お兄ちゃん(岸波白野)と出会ったら、今度こそ遊んでもらう。
[サーヴァント]:キャスター(アリス/ナーサリーライム)
[ステータス]:健康、魔力消費(小)
[装備]途切レヌ螺旋ノ縁(赤)@.hack//G.U.
[備考]
※ありすのサーヴァント持続可能時間は不明です。
※ありすとキャスターは共生関係にあります。どちらか一方が死亡した場合、もう一方も死亡します。
※ありすの転移は、距離に比例して魔力を消費します。
※ジャバウォックの能力は、キャスターの籠めた魔力量に比例して変動します。
※キャスターと【途切レヌ螺旋ノ縁】の特性により、キャスターにも途切レヌ螺旋ノ縁(赤)が装備されています。

【ミア@.hack//】
[ステータス]:腕力低下
[装備]:誘惑スル薔薇ノ滴@.hack//G.U.
[アイテム]:エノコロ草@.hack//、基本支給品一式、不明支給品0~1
[思考]
基本:死なないように気をつけながら、ありす達に“楽しみ”を教える。
1:まずはアリス達に自分の名前を呼んでもらう。
2:岸波白野の協力を得たい。
3:カイト似の少年(蒼炎のカイト)から“マハ”についての話を聞きたい。
4:エルクに会いたい。
[備考]
※原作終了後からの参戦です。
※ミア(マハ)が装備する事により、【誘惑スル薔薇ノ滴】に何かしらの影響があるかもしれません。

【途切レヌ螺旋ノ縁@.hack//G.U.】
赤い太陽を模したタイプと青い月を模したタイプの、二つの姿を持つ魔典。
第五相の碑文使いのロストウェポン。条件を満たせば、パワーアップする(条件の詳細は不明)。
・無尽ノ機略:攻撃スペルのエレメンタルヒット発生確率25%アップ。及び攻撃スペルの威力が25%アップする

【誘惑スル薔薇ノ滴@.hack//G.U.】
紫色の刀身にバラの意匠をした、異風な形状の刀剣。
第六相の碑文使いのロストウェポン。条件を満たせば、パワーアップする(条件の詳細は不明)。
・魅惑ノ微笑:通常攻撃ヒット時に、バッドステータス・魅了を与え、かつレンゲキが起きやすくなる

【エノコロ草@.hack//】
別名猫じゃらし。いい匂いがする。


     5◆◆◆◆◆


「―――と、いう事らしいです」
 ユイの通訳を聞いて、なるほど、と納得する。
 彼女のおかげで、カイトが何を訴えていたのか、ようやく理解できた。
 簡単に言えば、自分にマスターの代理をやってほしい、という事なのだろう。

「アァァ…………」
 短い唸り声と共に、カイトが首肯する。
 ふむ、と唇に指を当てて考えるが、結論はすぐに出た。
 このバトルロワイアルを生き残るには、間違いなく多くの協力が必要だ。
 腕輪の事もあって苦手意識があるが、彼の助けが頼もしい事に変わりはない。
 カイトへと向き直り、握手を求めて右手を差し出す。
 ――これからよろしく頼む。

「……ヨ%*ク」
 カイトは差し出された右手と、自分の右手をジッと見た後、戸惑いながらも手を繋いでそう言った。
 彼が戸惑ったのはおそらく、握手というものを知らなかったからだろう。

「ハクノさん、私も握手していいですか?」
 カイトとの握手を終えて手を離すと、ユイがそう訊いてきた。
 断る理由もないので、その要望に応じて手を繋ぐ。
 先程は意識しなかったが、彼女の手からは少女らしい柔らかさと温もりを感じた。

「ほら、カイトさんも」
「…………」
 そう言ってユイは、今度はカイトと握手としている。
 その繋いだ手を見て、ユイは嬉しそうに微笑んでいた。
 その光景を微笑ましく思いながら、窓の外へと視線を向ける。
 高いビルが多く見える景観は、ともすれば、いつか夢で見た光景に似ている気がした。


 ユイを通じてカイトから事情を聴く際に、一緒に大凡の情報交換も済ましておいた。
 二人から得た情報は、SAOにALO、そして『The World』。そして彼女達自身の正体の事。
 自分も月の聖杯戦争と、そして自分の正体の事を、既に彼女達に話してある。
 そしてそれらの情報から分かった事は、どうやら事態は、思っていた以上に厄介なものらしいという事だ。

 情報を纏めたところ、どうもそれぞれが知る技術や情報に矛盾があるのだ。
 自分にはSE.RA.PH.での記憶しかないが、聞いた限りでは2030年代になっても、表立った技術は2000年代から変わっていない。
 しかしユイの話では2025年には完全なフルダイブ技術が確立され、魔術師(ウィザード)の真似事が可能となっているらしい。
 ところが2017年に存在したはずの、カイトの語った『The World』というMMOを、ユイは聞いた事がないと言う。

「おそらく、並行世界(パラレル・ワールド)の類いだろうな」
 と、話を聞いたアーチャーはそう言った。
 並行世界。在り得たかも知れない、ifという可能性の世界。
 だがそれを証明する術がない今、深く考える意味はないだろう。
 しかし同時に、今の自分に大きく関わりのある事でもあった。

「そう言えばハクノさん。一つ、訊いてもいいですか?」
 ふと思い至ったように、ユイが質問をしてきた。
 断る理由も無いので、質問を受け付ける。

「今気付いたんですが、ハクノさんの話ではマスター一人に対し、サーヴァントも一人ですよね。
 ならどうしてハクノさんには、セイバーさん、アーチャーさん、キャスターさんと三人もいるんですか?」

 ……痛いところを突いてくる。
 そう思うと同時に、マイサーヴァントが二名ほど実体化する。

「その通りだ少女よ! 奏者のサーヴァントは余、ただ一人で良い! なぜなら奏者は余の物なのだからな!」
「何をおっしゃいますか! ご主人様は貴女の物じゃなくて私のモノです! ていうか、私がご主人様のモノです!」
「な! 貴様こそ何を言うこのピンクなIN-RAN狐め! ええい、そこに直れ! 叩き斬ってくれるわ!」

 ………………はぁ。と、すぐに喧嘩を始めた二人を見てため息をつく。
 セイバー達が実体化すると――戦闘中程ではないとはいえ――魔力を消費する。
 なので、喧嘩をするために実体化するのは止めて欲しいのだが………この願いは聞き届けられそうになかった。

「それで、実際のところどうなのかね?
 誰が君本来のサーヴァントなのか判るか?
 あるいは、この三重契約に心当たりは?」
 実体化したアーチャーの問いに、首を横に振って答える。
 実のところこのバトルロワイアルに呼ばれてからというもの、どうにも記憶があやふやなのだ。

 自分のサーヴァントは一人だったと記憶しているのに、三人それぞれと共に闘い続けた記憶がある。
 他にも、凛と協力し、ラニと戦った記憶があるのに、その逆に、ラニと協力し、凛と戦った記憶もある。
 まるで複数のパズルのピースの様に、整合しない断片的な記憶が入り混じっているのだ。
 ただ、心当たりと言えば―――

 と、メニューを呼び出して、“ある装備”を変更する。
 その瞬間、一瞬のエフェクトに包まれる。
 直後、先程まで“女性”だった自分の身体が、一瞬で“男性”に変わっていた。

「ほう、これはまた」
「どういう事でしょうか」
 二人は驚き、不思議そうに呟く。
 アーチャーまで驚いているのは、最初に装備変更をしてみた時は、セイバー達の喧嘩に掛かりきりだったからだろう。
 ただ、変わった後の姿でいたのに気付かなかったというのには、少し引っ掛かりを覚えるが。

「ハクノさん。それは任意で出来るのですか?」
 ユイの言葉に頷く。
 どうやら支給されていた二つの礼装、月海原学園の【男子学生服】と【女子学生服】を切り替える事で身体も変わる様だ。
 つまり現在は、【男子学生服】を装備している事になる。
 ちなみに身体の性別を決めるためか、同時装備や両方外すといった事は出来なかった。
 強制だからか装備制限からは免除されているようだが、おかしな状態なのには変わりない。
 ついでに言えば、サーヴァントを三騎も従える代償か、自分のアイテムはこの二着の学生服だけだった。

 ――まったく、あの榊という男は何を考えてこんな状態にしたのだろう。
 確かに以前、慎二のイタズラで性別が変わった記憶はあるが、それにしたってこれはヒドイと思う。

「何を言うか奏者よ! そなたが今の姿であろうと、余は一向に構わんぞ?
 先程までの愛らしい少女の姿も良かったが、その男子の姿もなかなかに悪くない……いやむしろ良い!
 男と女、二つの姿を纏めて楽しめてお得ではないか!」
「そうですよご主人様。どんな姿であっても、ご主人様がご主人様である事に変わりはありません。
 まあもっとも、ご主人様は魂的には男性なので、男性の姿の方が好ましいというかぁ、私も妻として嬉しいというかぁ。
 キャッ、言っちゃった(はぁと)」

 ――君達、仲いいね。
 先程まで喧嘩していた二人が意気投合するのを見て、思わずそう口にする。

「良くなどないわ! まぁ余とて、愛人の一人や二人なら広い心を持って認めよう。
 だが、本妻だけはダメだ! 奏者の一番は、余、ただ一人で良い!」
「そうです! 一夫多妻(ハーレム)なんて今どき流行りません!
 ご主人様の愛を受けるのは、良妻賢狐なこの私ただ一人で十分です!」
「むむむ……!」
「ぐぬぬ……!」

 ……いわゆる同族嫌悪というものだろうか。
 どこか似た者同士な彼女達は、だからこそお互いに譲れないのかもしれない。
 そんな風に思いながらも、無言で礼装を交換して女性に戻る。
 なぜかと言うと、セイバーの嫉妬やキャスターのオシオキが怖いとか、そんな理由ではない。

「えっと……ハクノさんは確か、ムーンセルに削除されている最中に巻き込まれんたんですよね」
 ユイの質問に頷くと、彼女はすこし考えるように俯いた。
 そしてすぐに、何かに思い至った様に手を伸ばして額に触れてきた。

「ちょっと、調べさせていただきますね」
 彼女がそう言って目を閉じると、身体にこそばゆい感覚が奔った。
 そのまま数秒ほど待つと、ユイが顔をしかめた。

「これは……酷いですね。中途半端に削除されたせいでしょうか。
 アバターやメモリーを含めた、色んなデータが破損しています。
 ここまで来ると、エラーを起こしていない事の方が不思議ですね」

 それは……またなんとも……。
 自分の事ながら、よく無事に動けているな。

「はい。アバターは所詮データで出来た体ですから、その学生服の礼装で一時的に再構成しているのでしょう。
 ただメモリーの方は、恐らくですが、ハクノさんを知る他の方のメモリーを参照しているのだと思われます。
 セイバーさん達三人との同時契約も、多分その為の処置でしょうか」

 つまり、今自分が覚えている記憶は自分の物ではなく、セイバー達から借りた物。という事だろうか。

「半分はそんな感じですね。正確には、セイバーさん達の記憶をもとに修復されている最中なのでしょう。
 ただその影響は、セイバーさん達も受けていると思われます。ハクノさんの性別が変わった事に、特に疑問や違和感を覚えなかった事がそうかと」

 なるほど。と納得する。
 そう言えばありす達も、自分が男性だったか女性だったかで、一瞬迷っていた。
 おそらく、記憶の矛盾を減らすために、相手側にも参照させているのだろう。

 だが同時に、どれが本当の自分の記憶なのかと疑念が浮かび上がる。
 他者の記憶をもとに修復された記憶は、本当に自分が辿った道筋の記憶なのか、と。

「そう心配するなマスター。もとより記憶というのは曖昧なモノだ。
 例え記憶の全てが偽物だったとしても、その中で見つけた、自分が正しいと思う事を成せばいい。
 それに、ムーンセルの性質を考えれば、記憶の真贋に意味はない。アレは起こりえる可能性の全てを計測し記録するモノだ。
 ならば、今ある君の記憶は、君が成し得た可能性の集まりとも言えるのだからな」

 ………ああ、そうか……そうだった。
 元より自分自身が偽物だったのだ。そしてそんな自分を、彼女達はマスターと認めてくれたのだ。
 悩む必要なんてなかった。自分はただ、自分の思うままに行動すればいいのだ。
 ――ありがとう、アーチャー。

「なに、礼を言う必要はない。私は、自分が思った事を口にしたまでだよ」
 アーチャーはそう言って謙遜する。
 だが彼のおかげで、覚悟――自分が何を目的にするかが定まった。

 ――このバトルロワイアルを、止める。

 月の聖杯戦争も、たった一人しか生き残れないバトルロワイアルだった。
 だがあの戦争には皆、自らの意思で、それぞれの覚悟を懐いて参加したのだ。

 けれど、このバトルロワイアルは違う。
 ユイも、カイトも、もしかしたら他の参加者達も。
 多くの人が自らの意思とは関係なく参加させられているのだ。
 そんな覚悟も何もない戦いを、認める訳にはいかない。

 ――力を、貸してくれるか?
 答えのわかりきった質問を、己が相棒達に投げかける。

「奏者よ。それは答える必要のある問いか? だが、敢えて答えて欲しいのなら答えよう。
 余はそなたが命じるのであれば、そなたの剣となり如何なる敵も討ち倒してみせよう」
「そうですよご主人様。そこの赤い人が剣なら、私は鎧になります。ご主人様には毛一筋分の怪我もさせませんから、ご安心ください。
 あと、私の方がこんな無駄に赤いのより何倍も役立ちますから、是非ご命令は私に下さいね」
「な、何を言うか! 余の方が貴様の何十倍も奏者の役に立つわ!」
「あら。でしたら私はその何百倍も役立って見せます」
「おのれ雌狐め、言わせておけば!」
「まったく、君達には協力するという考えはないのかね?
 だがマスター、彼女達の言う通りでもある。君はただ、君が思う事を、思うままに命ずればいい」

 セイバー達の言葉に、改めて勇気付けられる。
 彼女達がいれば、どんな困難でも乗り越えられる様な、そんな気がしてくる。

「あの、微力ながら私もご協力します。
 出来る事は少ないですけど、少しでも恩を返したので」
「アアァァァアァァ……」
「えっと……カイトさんも協力してくれるそうです」

 ――二人とも、ありがとう。
 そう協力を申し出てくれた二人にお礼を言う。
 ただ、出来ればユイには、安全な場所に隠れていて欲しいのだが。

「でしたら、普段は《ナビゲーション・ピクシー》の姿になっておきますね。
 そうすれば、ハクノさんの制服の胸ポケットに入る事が出来ますし」
 ユイはそう言うと、一瞬光に包まれた後、小さな妖精の姿に変身した。
 なるほど。その姿ならどこにでも隠れる事ができるだろう。
 ……しかし、ならばなぜその姿でジャバウォックから逃げなかったのだろうか?

「この姿になるには、他のプレイヤーの五メートル以内に居ることが条件のようです。
 それ以上離れると、強制的に通常アバターに戻ってしまうみたいでして。
 それにあのジャバウォックは、プレイヤーではありませんでしたし」

 確かにポケットに入るほど小さく、空も飛べるとあっては、狙い辛いことこの上ない。
 だが五メートル以内ならば、いずれは追い詰められるという事か。

 だがとにかくこれで、ユイの安全は確保された訳だ。
 自分の傍に居れば、一緒にセイバー達が護ってくれるだろうし。

「――さて奏者よ。目的も決まり、少女の安全も確保できた。
 となれば次は道程だが、これからどうするかは決めてあるのか?」
 セイバーの質問に、月海原学園を目指すと答える。
 ユイが取得したマップ情報によると、現在位置は【F-9】のホテルだ。
 月海原は【B-3】に在るので、そこへ向かえば自然とマップを横断する事になる。
 そうすれば様々な人物と遭遇できるだろうし、結果として多くの情報を得られるだろう。

「道中で戦闘になった場合の事も考えておかねばな。
 マスターの最大魔力量では、サーヴァント一人が全力で戦えるのは十分。全員揃ってならば三分程度だろう。
 私は単独行動スキルのおかげで、一時間程度ならば魔力供給なしでも行動できるが、どうするつもりかね?」

 セイバー達の事は信頼しているし、大概の相手は倒せると思うが、可能な限り切り札はとっておきたい。
 魔力も可能な限り回復、温存したいので、道中の戦闘は基本カイトに任せたい。
 そう言うと、カイトは頷いて承諾してくれた。
 そんな彼にお礼を言い、指示は任せてくれと胸を張る。
 これでもタイプの違うサーヴァント三騎と共に闘ってきたのだ。多少の自信はある。

「ではご主人様。手早く準備を整え、学園へと向かいましょう。
 あの榊という男の言葉が真実であれば、時間はほとんど残されていません。
 まったく。結果としてご主人様が助かった事には感謝しますが、そのお体にウイルスを仕込むだなんて!
 ………あのクソガキ、マジ許しません!」

 バトルロワイアルの参加者達が感染しているという、二十四時間で発動するというウイルス。
 これがある限り、参加者は必ず誰かを殺さなくてはならない。
 だが同時に、これこそがバトルロワイアルを止めるカギでもあるのだ。

 第一に、一人殺すごとに六時間の猶予が与えられるのなら、その猶予を作り出す“何か”があるはずなのだ。
 その“何か”を突き止め、効果を永続的に出来れば、ウイルスは発動せず、誰かを殺す必要はなくなる。

 第二に、仮に報酬が真実だとし、優勝したとしても、ウイルス自体をどうにかできなければ意味がない。
 なぜなら自分やユイ、カイトのような“現実の肉体を持たない存在”は、どうしたってログアウトが出来ない。
 つまり、ウイルスに感染したアバターを破棄し、現実に帰って生還するという手段は使えないからだ。
 こうして自分達にも優勝する権利が与えられている以上、ウイルスを駆除するワクチンがなくてはならない。
 ならば、ワクチンを獲得し、複製する事ができれば、このバトルロワイアルは完全に止められるはずだ。

「さすがご主人様。すでにそこまで考えついていたとは。
 最弱の身で聖杯戦争を勝ち残っただけあります。情報戦なら誰にも負けませんね」

 だがそれも、みんなの協力があったからだ。
 もし自分一人だったなら、とっくに敗退していただろう。
 それはこの殺し合いでも同じだ。みんなと協力しなければ、バトルロワイアルは止められない。

 ユイへと向き直り、改めて協力を申し込む。
 ワクチンはおそらく榊が持っているだろうから、現状では入手は望み薄だ。
 なら当面の目標は、猶予を作り出す“何か”の解明と、榊の元へ辿り着く経路の捜索だろう。
 つまり、PCボディやマップのデータを詳細に取得できるユイの協力が必要だ。

「はい。任せてください!」
 ユイが小さい胸を張ってそう応える。
 凛やラニがいればより確実だが、彼女達がバトルロワイアルに参加しているかは判らない。
 それに出来れば参加していて欲しくないという思いもある。期待はしないでおこう。

     †

 行動方針が決まり、白野達はそれぞれの支給品を確認して移動の準備を始めた。
 とは言っても、白野の支給品は二着の学生服だけで、カイトの支給品は彼の固定装備で占められていた為、実質ユイに支給されたアイテムを確認して分配しただけなのだが。

 ユイに支給されたアイテムは【五四式・黒星】【空気撃ち/三の太刀】【セグメント3】の三つ。
 一つ目の【五四式・黒星】は念のためにと白野が装備する事になった。
 白野はこの拳銃を持った時、重いな、と呟いた。しかし、ユイにはなぜか、その言葉の方が重く感じられた。
 二つ目の【空気撃ち/三の太刀】はそのままユイが、護身用として装備する事になった。
 この礼装のスキル〈魔力放出〉ならばピクシーのままでも使えるし、彼女が逃げる程度の時間は稼げると判断しての事だ。
 三つ目の【セグメント3】はどうやらカイトに関わる物らしかった。
 しかしカイトは自分が所有するよりも、ユイに持っていて欲しいとの事なので、これもユイが所有する事になった。


 そうして全ての準備が整った後、ユイは一人、窓の外を眺めていた。
 この世界に来てから、彼女が経験した事は全てが鮮烈だった。
 見える世界も。聞こえる音も。香る匂いも。触れる温もりも。
 もっともっと見てみたいと思えるほどに、美しく思えた。

 とりわけ、握手をした時の感触はよかった。
 握った手の柔らかさや温度、微かに感じる血液の鼓動。
 相手と“繋がっている”という感覚が、確かな形でそこにあった。

 けどアレは……『痛み』という感覚だけは、駄目だった。
 痛い思いは、二度としたくない。
 だから怖い思いも、二度としたくない。
 あの『痛み』を思い出すだけで、今にも壊れてしまいそうだった。
 このままこの部屋に閉じこもって、全てが過ぎ去るのを待っていたかった。

 そう思いながらもユイが白野に協力すると決めたのは、『痛み(ソレ)』こそが“生きる”という事だと、知っていたからだ。
 彼女の父――キリトは、『痛み』を耐え抜いて立ち上がり、オベイロンを倒した。
 彼女の母――アスナは、『恐怖』を踏み越えて始まりの街を飛び出した。
 二人は現実で――『痛み』に満ちた世界で、ずっと生きてきたのだ。
 だから自分も、そうありたいと思った。父と母の娘だと、胸を張っていたかった。

「ん……?」
「…………」
 不意にユイの頭が、ぎこちなく撫でられた。
 顔を上げてみると、カイトがジッとユイを見ていた。
 心配してくれたのだろうかと、何となくユイは思った。

 彼の言葉が解るのは、私と彼が同じAIだからだろうか。
 同じNPCでも、白野には彼の言葉がノイズのように聞こえるらしい。
 私やカイトは、既存のコンピュータで作られた“トップダウン型”のAIだ。
 だが白野はいわば、人工《フラクトライト》と同じような、人間を基にした“ボトムアップ型”のAIだと思われる。
 つまり“人間”か“コンピュータ”、そのどちらに近いかが、彼の言葉が理解できるかどうかの境界線なのだろう。

 セグメントを預けられた際に訊いたところ、カイトの目的はアウラのセグメントを護り、主の元へ帰る事らしい。
 ならばセグメントは彼が持っていたらいいのでは? と思ったのだが、彼曰く力不足だからだそうだ。
 というのも、彼は本来の世界――つまりバックアップの完璧な状態で、既に何度も敗北した経験があった。
 そうなると、何のバックアップも受けられないこの世界では、自身の独力だけだと確実性に欠ける。
 そこで代わりに、白野に護られる私にセグメントを託し、彼のサポートを受けながら一緒に護ろうという事らしい。

 なんともNPCらしい合理性というか、らしからぬ自主性というか。
 彼のプログラムが不完全でなければ、私なんかよりもっと人間らしくなっていたかもしれない。
 そうなると、彼を生み出した、究極AIと呼ばれるらしいアウラは、一体どれほどの存在なのだろうか。


  ――ユイ、カイト。そろそろ行こう。

 白野がそう言って出発を促す。
 既に霊体化しているのか、彼女のサーヴァント達は見えない。

「はい、今行きます」
「……………………」

 白野の制服の胸ポケットへと入りこんで、頭だけを出す。
 父とは違う居心地だが、悪くはない。
 カイトも白野の傍に立ち、いつでも追従できる。
 それを確認すると、白野は一つ頷いてホテルを後にした。


 ――『痛み』に対する恐怖は、未だ拭えていない。
 けれど、だからこそ、その『恐怖』に立ち向かうのだ。
 かつて父と母がそうしたように。自分もそう在れるように。
 ……そう。この街が自分にとっての“始まりの街”なのだ――――


【F-9/アメリカエリア ホテル周辺/1日目・深夜】

【岸波白野@Fate/EXTRA】
[ステータス]:健康、魔力消費(中)、令呪:三画、『腕輪の力』に対する本能的な恐怖/女性アバター
[装備]:五四式・黒星(8/8発)@ソードアート・オンライン、女子学生服@Fate/EXTRA
[アイテム]:男子学生服@Fate/EXTRA、基本支給品一式
[思考]
基本:バトルロワイアルを止める。
1:月海原学園に向かい、道中で遭遇した参加者から情報を得る。
2:ウイルスの発動を遅延させる“何か”を解明する。
3:榊の元へ辿り着く経路を捜索する。
4:ありす達に気を付ける。
5:カイトは信用するが、〈データドレイン〉は最大限警戒する。
[サーヴァント]:セイバー(ネロ・クラディウス)、アーチャー(無銘)、キャスター(玉藻の前)
[ステータス(Sa)]:健康、魔力消費(小)
[ステータス(Ar)]:健康、魔力消費(小)
[ステータス(Ca)]:ダメージ(小)、魔力消費(小)
[備考]
※参戦時期はゲームエンディング直後。
※岸波白野の性別は、装備している学生服によって決定されます。
 学生服はどちらか一方しか装備できず、また両方外すこともできません(装備制限は免除)。
※岸波白野の最大魔力時でのサーヴァントの戦闘可能時間は、一人だと10分、三人だと三分程度です。
※アーチャーは単独行動[C]スキルの効果で、マスターの魔力供給がなくても(またはマスターを失っても)一時間の間、顕界可能です。
※アーチャーの能力は原作(Fate/stay night)基準です。

【ユイ@ソードアート・オンライン】
[ステータス]:ダメージ(小)、MP70/70、『痛み』に対する恐怖/ピクシー
[装備]:空気撃ち/三の太刀@Fate/EXTRA
[アイテム]:セグメント3@.hack//、基本支給品一式
[思考]
基本: パパとママ(キリトとアスナ)の元へ帰る。
1:ハクノさんに協力する。
2:『痛み』は怖いけど、逃げたくない。
3:また“握手”をしてみたい。
[備考]
※参戦時期は原作十巻以降。
※《ナビゲーション・ピクシー》のアバターになる場合、半径五メートル以内に他の参加者がいる必要があります。

【蒼炎のカイト@.hack//G.U.】
[ステータス]:ダメージ(中)、SP消費(微小)
[装備]:{虚空ノ双牙、虚空ノ修羅鎧、虚空ノ凶眼}@.hack//G.U.
[アイテム]:基本支給品一式
[思考]
基本:女神AURAの騎士として、セグメントを護り、女神AURAの元へ帰還する。
1:岸波白野に協力し、その指示に従う。
2:ユイ(アウラのセグメント)を護る。
[備考]
※蒼炎のカイトは装備変更が出来ません。

[全体の備考]
・〈データドレイン〉について
データドレインは対象となったプレイヤーのデータを改竄し、初期化または弱体化させます(制限によりロストはしません)。
また対象が何かしらのアイテムを所有していた場合、その中からランダムに一つ、強制的に奪取する事が出来ます。
ただし、対象が腕輪の加護を受けたプレイヤーだった場合、複数のバッドステータスを与えるだけに留まります。
発生する状態異常>毒、呪い、麻痺、眠り、混乱、魅了、減速、ドレインライフ、ドレインスキル

【男子/女子学生服@Fate/EXTRA】
月海原学園指定の標準学生服。
このロワで岸波白野が装備した場合、男子用か女子用かでアバターの性別が決定される。
・boost_mp(10); :装備者のMPが10上昇する。

【空気撃ち/三の太刀@Fate/EXTRA】
フィールドスキル・魔力放出Aが使用可能となる礼装。
長距離に魔力の弾丸を放ち、命中した相手を一手分スタンさせられる。
・boost_mp(70); :MPが70上昇
・release_mgi(a); :魔力攻撃でスタン+長射程/消費MP15

【五四式・黒星@ソードアート・オンライン】
正式名称トカレフTT-33。装弾数は8発。
《死銃》がGGOのプレイヤーを、現実においても殺害する際に使用した拳銃。
実際にはこの銃に現実のプレイヤーを殺害する力はなく、《死銃》の協力者が現実で銃撃に合わせて直接殺害していた。

【虚空ノ双牙@.hack//G.U.】
蒼炎のカイトが使用する、陽炎のように揺らいだ三股の刃を持つ双剣。
その禍々しい形状から、ハセヲが彼を三爪痕(トライエッジ)だと誤解する要因となった。
・ダイイング:通常攻撃ヒット時に、(15%の確率で)対象のHPを強制的に半減させる。

【虚空ノ修羅鎧@.hack//G.U.】
三蒼騎士専用の軽鎧。
・物理攻撃のダメージを25%軽減する。
・魔法攻撃のダメージを10%軽減する。

【虚空ノ凶眼@.hack//G.U.】
三蒼騎士専用の装飾品。
・武芸ノ妙技:アーツの消費SPが25%軽減される。

【セグメント3@.hack//】
分裂したアウラの構造体の一部。
三つ全部集めると……?


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最終更新:2014年01月12日 11:25