荘厳な聖堂に足を踏み入れる一人の若者が居た。
赤い、黄昏色の衣装に身を包んだ彼は、ゆっくりとその中に入っていく。
コツコツ、と靴音が聖堂内を反響し、高い高い天井まで広がっていった。
「やっぱり、ここは……」
中を見渡し、彼は口を開いた。
外観から予想してはいたが、この聖堂はやはり彼の知っているものだった。
光を受け爛々と浮かび上がるステンドグラス。二列に並んだ参列席には誰も居ない。鉄柵は奥に進むものを拒むかのように打ち立てられている。
Δ『隠されし』『禁断の』『聖域』
3つのエリアワードでダンジョンを生成するThe Worldにおいて、その組み合わせをゲートに打ち込むことでこのエリアは生成される。
ここは他のダンジョンと明らかに異質なダンジョンだった。いやダンジョンといえるかも怪しい。
この場には敵はおろか設定されたイベントも一切存在しない。怪しげな都市伝説だけがプレイヤーの間だけで交わされるだけで、その存在理由は謎に包まれている。
またこの場のポリゴンモデルは、これほど精巧に作られていながら、この大聖堂以外では一切使われていないのだ。
一説にはfragment時代の没データであるなどと言われている。が、実際のところこのエリアの存在理由は多くの開発者でさえ分かっていなかった。
「何で、ここが……」
彼――
カイトがその大聖堂を見つけたのは、この場に転送されてすぐのことだった。
周りには巨大な空洞が――かつては湖があったとされている――あり、石造りの橋が架けられた光景は、The Worldで確かに見たものだ。。
違うのは一点、空だ。この大聖堂は何時も黄昏の中に生成される筈だった。
だが、この場においては、夜の月光を受けてそれは存在していた。
思えば、ここが一つの始まりだったのかもしれない。
オルカが意識不明者になり、何とか謎を探ろうと再びThe Worldにログインして、ブラックローズに出会い初めて訪れたエリア。
この場で彼は腕輪の力に覚醒し、力を手に入れた。データを改変してしまうイリーガルな力――データドレイン。
その力は彼を想像だにしなかった大きな流れへと導いていった。
カイトは困惑と緊張を胸に抱きながらも、聖堂の奥へと向かっていった。
この場でも、このデスゲームの場でも何かがあるかもしれない。そんな淡い思いもあったのだろうか。
「これは……」
聖堂の最奥まで辿り着くと、カイトは言葉を失った。
そこにある筈のものがなかった。
カイトの知る聖堂ではそこに、八つの鎖で繋がれた一人の少女の像がある筈だった。
アウラ。
カイトを導き、The Worldと共に進化していた彼女の像が、そこにはあったのだ。あった筈だった。
しかし、今この聖堂からは姿を消していた。そして代わりにあったのは、誰も乗っていない台座と、そこに生々しく刻まれた傷跡だ。
その傷跡は異様だった。傷などつく筈のないThe Worldのグラフィックを抉り取り、まるで爪痕のように三つの跡が残されている。
それは、時節橙色に光ることで、まるで生きているかのような印象さえ受けた。
ギィ
不意に、背後から扉を開く音がした。
像の消失に気を取られていた彼は、そこで我に返り、振り向いた。
そこに居たのは、黒い服に身を包んだ一人の少女だった。
彼女は先客がいたことに驚いたのか、カイトを見て目を丸くしている。黒い帽子に包まれた桃色の髪が揺れた。
「あ……」
口から零れ出た呟きは短いものだった。
そこにあった感情の色は、この場で他人見たことによる驚きだけではない。もっと何か別のものも孕んでいるようにに聞こえた。
二人の間に一瞬だけ沈黙が舞い降り、静謐な大聖堂の中視線が絡み合った。
「僕はカイト」
カイトはゆっくりと口を開いた。
殺し合いの場で巡り合った最初の他人。だが、声を掛けるのに格別緊張も不安もなかった。
こんな時だからこそ落ち着かないと。寧ろカイトはそんな風に思うことができた。
「よろしく。ちょっと驚かせちゃったかな?」
そう語り掛けると、少女は微笑みを浮かべ「ううん、違うの」と穏やかに言った。
「ちょっと……既視感を覚えただけ。知ってる人に似てたから」
そう彼女は言った。そして靴音を響かせ落ち着いた足取りで近づいてくる。
そしてカイトと向き合いその目をしっかりと見据えながら「私は志乃」と名乗った。
自己紹介を終えると、志乃は今一度聖堂の中を見渡した。
「グリーマ・レーヴ大聖堂……ここにもあったんだね」
「え? このエリアってそんな名前が付いてたんだ」
「うん。『Δ隠されし 禁断の 絶対障壁』や『Θ隠されし 禁断の 古戦場』みたいなThe Worldの仕様には本来存在しないエリア。
そこをみんなロストグラウンドと呼んでてね、各々に名前が付いているの。掲示板にも専門スレがあったかな」
「へぇ。ここ以外にもThe Worldにはこういうところがあったんだね」
八相と戦っていた時期にはBBSを欠かさずチェックしていたカイトだったが、ここしばらくはしっかりと見ることもなくなっていた。
オルカが勝手に広めた.hackersの噂のように、誰かがそういう名前を付けているのだろう。
「貴方もThe Worldのプレイヤーなの?」
「うん。職業は双剣士。何だかよく分かんないことに巻き込まれちゃったね」
「そう……私も、正直よく分からないし混乱してる。呪癒士(ハーヴェスト)だから一人で戦うのも難しいし」
「ハーヴェスト? 呪紋使い(ウェイブマスター)じゃないくて?」
そう聞き返すと、志乃は何やらいぶかしげな顔をした。
何か変なことを言っただろうか。不審に思ったカイトが、ハーヴェストなんて職業は聞いたことがないと言うと、彼女は更に困惑した表情を見せた。
先程の言葉を聞くに、彼女がThe Worldのプレイヤーなのは確実な筈なのだが。
「……カイト君。少し詳しく話を聞かせてくれないかな? 貴方のプレイしていたThe WorldはどんなThe World?」
何かを察したのか、志乃がそう問いかけてきた。
カイトは何故そんなことを問うのか不思議に思いながらも語った。
三つの単語からなるダンジョン生成システム。6種類の職業。三人一組のパーティシステム。サーバーの名前。
そういったことを説明していく内に、志乃は合点を得たらしく「なるほどね」と短く頷いた。
「たぶん、貴方が言っているThe Worldは私の知っているものより古い、リビジョンが変わる前のものだと思う」
「えっ……?」
「私がやっているThe WorldはR:2……ゲームシステムが刷新された新しいThe World」
志乃の言葉は俄かには信じがたいものだった。けれど、その目は真直ぐとカイトを見据えていて、嘘や冗談を言っているようには見えなかった。
カイトはある可能性を予期し、少し緊張しながら、尋ねた。
「志乃。今、何年? 僕の記憶では2010年なんだ」
問われた志乃は躊躇いと戸惑いを見せた後、
「……2017年」
そう、答えた。
カイトは思わず言葉を呑んだ。
まさかと思っていた可能性が現実味を帯びてきたのだ。
カイトも志乃もしばらくの間沈黙していた。この事態が一体どういうことなのかに考えを巡らしているのだ。
「おかしいのは時間かな……それとも、僕の記憶?」
「……分からない」
志乃との齟齬。それから考えられる可能性は二つ。
一つはSFのように時間自体がおかしくなっているもの。
もう一つはカイトの記憶が弄られていて、最低でも七年の期間を忘れてしまっているということ。
後者の可能性はカイトを不安にさせた。記憶がないかもしれない。それは主体である自分自身そのものを疑うことに等しい。
自分が行ったかもしれない行動に一切責任が持てないのだ。堅強だと思っていた足場がふと消えてしまったかのような感覚がカイトを蝕んだ。
「カイト君」
その不安を感じ取ったのか、志乃は優しく声を発した。
「貴方が感じてる不安は……分かるし、それを私は完全に否定することはできない。
でも、これだけは言える。人間の記憶はただのデータなんかじゃないって」
「それは……」
「空白の時間があったとしても、たとえずっと寝ていたとしても、人はその中で何かを感じ取るの。
ゲームのセーブデータみたいに簡単に消したりできるものじゃない」
志乃の語る言葉は重かった。慰めの言葉ではあったが、決して他人行儀ではなく、自分自身に語り掛けている感じさえあった。
「うん。そう……だよね」
「そ、だから大丈夫。貴方は貴方」
そう言って志乃は微笑み、釣られてカイトも笑った。
とにかく状況を変える為には行動しなくてはならない。カイトはそう決意する。
話合った結果、とりあえず地図に記されたマク・アヌに赴くことにした。
プレイヤーが初めて訪れる街、マク・アヌ。多くのものが刷新されたR:2でもそれは変わっていないらしく、悠久の都という名を冠しているそうだ。
とはいえ、リビジョンが変ったThe Worldではマク・アヌも様変わりしているらしい。
このマク・アヌはR:1とR:2、一体どちらの仕様のものなのだろうか。
志乃はその後、聖堂の奥へと目をやった。
アウラの居なくなり、爪痕だけが残る台座に。
カイトもまたそれを見て、言った。
「志乃の居るThe Worldではアウラの像はもうないの?」
「そっか……カイト君は知ってるんだね。まだアウラが居た頃のThe Worldを」
その言葉は何処か寂しさが籠っているように聞こえた。
「うん。R:2はR:1よりプレイヤーのマナーが悪くなっちゃってね。あんまり過ごしやすい場所じゃなくなっちゃんだ。
だから、愛想尽かしちゃったのかもね。The Worldの女神も」
「それは違うと思うな」
カイトはきっぱりと言った。
「アウラは……世界を、The Worldを見捨てたりなんかしないよ。
だから、志乃のThe Worldでも、きっと何処かで見守ってる」
カイトの言葉に、志乃は何も言わなかった。ただカイトの目を見た。
時を越えても信じられることはある。確かにそう思うことができたのだ。
【D-6/大聖堂/1日目・深夜】
※大聖堂はG.U.のグリーマ・レーヴ大聖堂でした。
【カイト@.hack//】
[ステータス]:HP100%
[装備]:不明
[アイテム]:基本支給品一式、不明支給品1~3
[思考]
基本:バトルロワイアルを止める。
1:自分の身に起こったことを知りたい(記憶操作?)
2:マク・アヌに向かう
[備考]
※参戦時期は本編終了後、アウラから再び腕輪を貰った後
【志乃@.hack//G.U.】
[ステータス]:HP100%
[装備]:不明
[アイテム]:基本支給品一式、不明支給品1~3
[思考]
基本:バトルロワイアルを止める
1:ハセヲと合流(オーヴァンの存在に気付いているかは不明)
2:マク・アヌに向かう
[備考]
※参戦時期はG.U.本編終了後、意識を取り戻した後
最終更新:2013年04月16日 23:35