「全く困ったものですね」
不満気な言葉を漏らしながら石造りの街を行く一人の男の姿があった。
茶色く染めた髪に眼鏡を掛けた彼は、名をウズキと言う。
現実世界の彼は刑事であった。警視庁刑事部捜査第一課特殊捜査第一係、渦木淳二その人である。
人が謎の失踪を遂げる怪奇事件を探っていた彼は、捜査の途中で呪いの野球ゲームの存在を知る。
試合に負ければ画面の中に吸い込まれ消えてしまうという、冗談のような話であったが、次第にそれが真実であることが分かってきたのだ。
以来、仲間を募ってデンノーズとして呪いの野球ゲーム『ハッピースタジアム』に挑戦してきたのだが。
(その途中でこれなんですから、本当に困ったものですよもう)
眉をひそめながらウズキは言う。
大企業“ツナミ”の陰謀の一端をようやく掴んだところだというのに。
いきなり殺し合いに巻き込まれてしまったのではどうしようもない。
それともこれにも裏でツナミが糸を引いているのだろうか。
「だとすると、もしかしたらジローさんやミーナさんもこの場に拉致されているかもしれませんね」
デンノーズのチームメイトたちを思い浮かべる。
これが例の呪いの野球ゲームに関係した事件ならば、その可能性は高い。
自分の陰謀が暴かれるのを恐れた者がこんなことを仕組んだのかもしれないのだから。
何にせよ、彼はこんな殺し合いゲームなどに乗る気はなかった。
刑事である以上、それは考えるまでもなく当然のことだった。
まあ自分の妻とかが居るなら話はその限りではないのだが。
(この状況なら誤って殺してしまったと言っても誤魔化せそうだ)
不穏当な思考を抱えつつも、一先ずは情報を集めるべく街を歩く。
「それにしてもここは一体どこなんでしょう」
マップを開いてみて確認する。
仮想現実だというこの場。ツナミネットと同様に幾つかのエリアに分かれているようだ。
煉瓦で組まれた建物、街中に張り巡らされた水路、と中世的な外観を見るにファンタジーエリアという場だろうか。
「弱りましたねーRPGとかはあまりやってなかったんで」
ツナミネットにも似たような場があり、そこではゴブリンを切ったり燃やしてたりできた。
チームメイトの中にもゼットやピンクといった面子はそこで遊んでいた筈だ。
しかし残念ながら自分はこういうことには疎かった。
(まぁこれは別にゴブリンを相手取るゲームではないのですが)
そう、この場で倒すべき相手はゴブリンやスライムなんかではない。
人間なのだ。人間相手の殺し合い。その
ルールは寧ろバトルエリアのサバイバルゲームに近そうだ。
とにかく装備を確認しておくべきだろう。そう思い。メニューを開くと――
「あのー」
「うわっ」
突然背後から声を掛けられ、ウズキは何事かと振り向く。
と、そこに居たのは白い帽子に緑のスカートを履いた少女だった。
彼女は爛々と目を輝かせ、ウズキに期待の混じった眼差しを注いでいる。
「えーと、何時からそこに?」
「え? さっきからここに居ましたよ」
どうやら自分の死角に立っていたらしい。
刑事である自分の死角を取るとは……、ウズキは目の前の少女が自分に差し向けられた暗殺者である可能性を考えた。
が、そのあどけない表情を見ていると、ただの思い過ごしな気がしてくる。
「私はアトリと言います。よろしくお願いします!」
いきなり快活に名乗って少女は頭を下げた。綺麗に整えられた金髪がさらりと揺れる。
色々と唐突な娘だなと思うが、とりあえずこちらも名乗っておいた。刑事ということは一先ず伏せておく。
「ウズキさんですか。ウズキさん! 一緒にこのバトルロワイアルを打倒しましょう。
大丈夫です。私たちならできます。あの場にはハセヲさんも居ましたし、きっとどうにかなります。
だから、希望を捨てちゃダメです」
「え? あ、はい」
「こんな残酷な殺し合いに乗っちゃあ駄目なんです。憎しみは憎しみしか生みません。
だから、人間は愛を以て人に接しなければならないんです。
榊さんだって今はああなんですけど……ァ……」
立て板に水のように喋りっていたアトリだったが、不意に言葉を止め、今度は目を伏せた。
そして唇を震わせながら、その手を固く握りしめている。
「ごめんなさい……ウザい、ですよね。
私、こんな時だから明るく行こうって思っていたのに、すぐまた震えちゃって。
こんなんじゃ私、ハセヲさんにまた怒られちゃいそうだな……」
「アトリさん、アトリさん。落ち着いてください」
情緒不安定な彼女を宥めるべくウズキは声を掛けた。
刑事としてこのようなケースには慣れている。とにかく落ち着かせなくてはらない。
そしてもう一つ確認しなくてはならないことがあった。
「榊さんと言いましたが、アナタ、あの侍のことを知っているのですか?」
「……はい。知っています」
ウズキは自分の胸が鼓動が速くなるのを感じた。
これは開始早々、重要な参考人に接触できたのかもしれない。
「……ゆっくりでいいですから、あの男のことを教えていただけませんか?」
そう尋ねると、アトリはか細い声で「はい」と答えた。
そして滔々と語り出した。
ネットゲーム「The World」で起こった事件。榊と言う男が何をしたか。そしてアトリが何をされたか。
「ふむ、なるほど。榊はギルドでクーデターを起こし、またシステム上の不具合を利用して貴女を洗脳状態に追い込んだ、と」
アトリの話を聞き終え、ウズキはそう結んだ。
色々と信じがたい部分もあったが、呪いの野球ゲームもあるのだから一概に眉唾な話とは言い切れない。
またウズキはアトリが何かを隠している点も気になった。
嘘を吐いているという訳ではない。恐らく彼女は全てを語ってはいないのだ。
ただのバグ、とアトリは表現したが、一般的なゲームのバグでそのようなことが起きるとは思えない。
そこをついてアトリは情報を伏せている節がある。そうウズキは分析した。
また聞く限り、榊にこのようなイベントを執り行うだけの裁量はなさそうだが、後ろに何者か――それこそツナミあたりが控えているのかもしれない。
「お役に立てましたか?」
ある程度落ち着きを取り戻したアトリが聞いてきた。
それに対しウズキは「ええ」とにこやかに返す。
彼女はまだ情緒が安定していない。そんな彼女を深く追求する訳にはいかないだろう。ある程度時間を掛けて聞き出すべきだ。
ウズキの言葉に、アトリは弱々しくだが笑った。
話を聞くに榊という男を大分慕っていたようだし、話に出た事件に巻き来れた矢先にこんな場に連れてこられては取り乱すのも無理はないだろう。
何度か話に出たハセヲなるプレイヤーに会わせることができればまた変わるだろうか。
「ところで、アナタ装備はどうでしたか?」
「え? 私ですか?」
尋ねられたアトリはメニューを操作する仕草をし始めた。
その動作を先ほど中断されたウズキもまた自分のものを確認しておく。
そうしてアイテム欄を開いてみたウズキであったが、一覧を確認して苦い顔をした。
(ふぅむ……銃器の類はありませんねえ)
自分の最も得意とする武器がないと知って、ウズキは落胆を禁じ得なかった。
現実世界での彼は右腕をサイボーグ化し戦闘能力を上げている。またそれなしでも射撃の腕は結構なものであると自負していた。その腕はこの場でも役に立つだろう。
どんな危険人物や、状況に呑まれ錯乱した人間が居るとも知れない場であるだけに、しっかりと身を守れるものが欲しかったのだが。
「アトリさんはどうです。何か使えそうなものはありましたか?」
「そうですねー……うーん、私が装備できそうな武器はなさそうです」
声を落としてアトリは言った。どうやら彼女も武器と言えるものがなかったらしい。
どのような仕組みでアイテムが支給されているのかは分からないが、あまり良い状況とは言い難かった。
「アトリさん。もしかして銃とかありませんでしたか?」
一縷の望みを掛けてウズキはアトリに問いかけた。
しかし大して期待してはいなかった。
彼女にそんなものが支給されていない場合は勿論、持っていても渡してくれない場合もあるだろう。
こんな場で、しかしも会ったばかりの人間に武器を渡してくれることを期待するほどウズキは楽天家ではなかった。
が、予想に反してアトリは「銃ですか?」と答えた後、あっさりと武器を渡してきた。この娘、色々と危ういところがあるかもしれない。
「これは……確かに銃といえば銃ですが……」
渡されたものを見て、ウズキは渋みの混じった表情を浮かべた。
何故なら、銃は銃でもそれには細長い剣が付いていて、いわゆる銃剣の類のものだったからだ。
表示された名前には【銃剣・月虹】とあった。
「えーと、駄目でしたか?」
「いや、そうではありません。協力に感謝します」
不安げな表情でこちらを見上げてきたアトリに、ウズキは笑みを作って返した。
それを見て、アトリが少しほっとしたのか、薄く微笑んだ。
(銃剣……まあ銃には間違いないですが、さすがに扱ったことはないですね)
第二次世界大戦の頃ならいざしらず、ウズキは現代に生きる刑事である。
このような武器に触れる機会はなかった。普通の銃としても使えるのだろうか。
「それ、ハーヴェストの私じゃ装備できないんで差し上げます」
アトリの言葉に聞きなれないものがあったので、ウズキは尋ねてみた。
そしてどうやらこの武器はアトリがやっていたThe Worldというゲームに由来する武器らしく、その中で銃戦士《スチームガンナー》という職業が本来装備するものだという。
「で、アトリさんは呪癒士……ハーヴェスト。回復を専門とする職業で武器は杖、と」
「そうです」
「残念ながら私も杖に類するものは持っていませんねえ。すいません、一方的に武器を貰ってしまって」
そう言うと、アトリは「そんなことないですよ」といって首を振った。人の良い娘ではあるのは間違いないようだ。
しかしアトリが何も装備できないとなると、彼女はいよいよ丸腰になってしまう。
使い慣れない武器一丁で、民間人一人を守り切ることが果たしてできるだろうか。
と、ウズキが不安を抱いたときだった。
「ミツケタ」
その声には不気味な優しさがあり、こちらの精神を舐め回すかのような、不快感を抱かせる声色だった。
ウズキの背筋に嫌な汗が走る。アトリの顔も強張るのが分かった。
警戒と覚悟を胸に宿し、銃剣を構え、辺りを見渡す。
不意打ちに備え、かすかな音も聞き洩らさないつもりであったが、しかし彼らはいとも簡単に見つけることができた。
石造りの街――アトリが言うにはマク・アヌというらしいが――の道の中心、そこで彼らは堂々と立っていた。
一つの影は道化であった。不気味なメイクを施され、余った袖をだらしなく垂らしている。どことなくファーストフードのイメージキャラクターに近い意匠を感じる。
その眼光はこちらを捉えていた。暗がりで分かりづらいが、特にアトリの方に向いているように思われた。
「おお、何という幸運、僥倖、奇跡……!
こうも早く敵に遭い見えることができるとは!
そうであろう、妻よ! 過食にして拒食のマスター。
貴女に出会えただけでも、我が槍は滾り狂うというのに、おお……!」
もう一つの影もまた異様であった。鍛えられた肉体を持つ男が、血の付着した鎧に身を包み、訳の分からぬことを喚いているのだ。
その手には刺々しい槍が握られており、闇夜で尚光る紅眼も伴って怪人という言葉が似合う。
(見るからに危険人物ですね。そして、ロクに話が通じそうもない)
二人の影を観察し、経験からウズキはそう判断を下す。
彼らの言動はまさしく精神異常者のそれだ。こういった手合いの犯罪者に交渉を求めるのは無理な話だろう。
自然と銃剣を握りしめる手に力が入った。
「すいません、私はウズキというものです。こちらに敵意はありませんよ」
無駄だと分かってはいたが、一応そう声を掛けてみた。
が、彼らはウズキの言葉など耳に入らないようで、勝手に身内で会話を始めている。
「アノコ……キニイッタカナ」
「おお、妻よ! 何という悲劇であろうか!
そう、かようにも我が信仰は砕かれた! 神の愛を見失い、神の愛を否定され、残されたのは堕ちるばかりの我が名声!
だが――! 無辜の怪物と創作されながらも、この手は、ついに真実の愛を得た!」
「オイシソウダナ……」
「妻よ! 悲劇の女にして、真の愛の求道者よ!
生きるために食う獣などとは悲哀が違う。
生きる余興に愛する人間とは濃度が違う。
望むままに愛をむさぼるがいい、拒食の君よ。
愛するものしか口にできぬ女よ!」
聞いているだけで頭が痛くなってきた。あれは会話として成り立っているのだろうか。
とにかく間違いない。あれは正真正銘の精神異常者だ。
「君ヲ見テイルトオ腹ガスイテキチャッタ」
不意に、道化の方がこちらに視線を戻した。
その瞳はウズキを通り越し、後ろのアトリを見ているようだ。
その不気味な視線を感じ取ったアトリは「ひっ!」と小さく悲鳴を上げた。
「アトリさん、合図をしたらこの道を真直ぐ逃げてください」
「え……?」
「私は後で追いつきます。向こうの狙いは貴女のようですし、とにかく一心不乱に走ってください」
ウズキは小声でアトリに呼びかけた。
よく分からないが、向こうはやる気のようだし戦闘は必至だろう。
ならば何もできないアトリは逃がしてしまった方がいい。
「で、でも私も……」
「すいません、アトリさん。私も伝説のスナイパーとかじゃないんで、丸腰の貴女を守りながら戦うなんてことはできそうにない。
だから、貴女にはこの場を立ち去って貰った方が助かるんです」
多少強い口調でウズキはそう告げた。
不安定な彼女にあまりそんなことは言いたくはなかったが、状況が状況だし仕方がない。
言われたアトリは、しばらく顔を俯かせいたが「分かりました」とか細い声で返事をした。それでいい。
「じゃあ、私が向こうに銃を撃ちますから、その音と同時にお願いします」
道化と怪人は未だに何やら話している。が、無視した。どうせ意味の分からないことだ。
ウズキは先ず槍を持っている怪人の方に狙いを定め、銃剣をぶっ放した。
夜の街に銃声が走り、同時にアトリが立ち去る足音も聞こえた。それを確認し、ウズキもまた動き出す。
「たわけ! 己の力量も弁えず向かってくるか」
怪人の声が響いた。弾丸は外れたらしい。普段ならこのようなことはないのだが、やはり慣れない武器が原因か。
諦めずにもう一発。今度は角度を変え、再び怪人を狙う。が、また外れた。
「キャハハハ! 何シテルノ? アノコ逃ゲチャッタ」
「先ずは私を相手にしてもらいますよ」
「よかろう、ならば皆殺しである」
とにかく距離を取ったまま戦うべきだろう。相手はどうやら銃器を所持してはいないようだし、迂闊に近づきさえしなければそうそうやられるものではない。
そう考えつつ、ウズキは建物の影に回り込んだ。アトリの方に行かせないためにも、一定周期で銃弾を放つことも忘れない。
どうやらこの武器、弾丸の補充は必要ないようだ。一定の時間を経れば勝手にリロードされる仕様らしい。
ゲーム染みてる、と考えたところで、これは本当にゲームのものであることを思い出した。
(ゲームでなく、現実の身体ならばもう少し楽に立ち回れたのでしょうが……)
今のウズキの身体は二頭身のアバターだ。現実世界での感覚で立ち振る舞うと痛い目を見ると思った方が良い。
そう思い、戦闘に望んでいたウズキだったが、彼はあることを失念していた。
己の身がアバターであるが故、現実世界の感覚とズレがあるように、
敵の力もまた、現実世界の尺度で考えてはいけないものだということを。
「この不信心者!」
突如として突進してきた怪人が槍を振るい、ウズキの周りの建物を破壊した。
攻撃――BREAK。粉々に砕け散った煉瓦が宙を舞うのが見えた。
その膂力はどう考えても人間のそれではない。ウズキは目を見開いた。
(何ですか……あの怪人は。文字通り化物なのか)
ウズキは戦慄が身に走るのを知覚した。
建物を楽々と破壊してみせる異常なまでの怪力。
恐ろしい形相と相まって、その姿は人の域を超えた怪物であるかのように見えた。
そしてその感覚は一つの観点では正しい。
怪人――ランサーは人間ではないのだから。
更にサーヴァントとしての真名はブラド三世。
後の世に、“吸血鬼ドラキュラ”としてその名を知らしめる、正真正銘の怪物。
(気付かれた……!)
破壊された建物に身を隠していたウズキは、敵に己の位置が掴まれたことに気付く。
怪人は意味の分からない叫びを上げ、こちらに向かってくる。
その光景は、舞台がファンタジー世界のそれであることも相まって出来の悪いホラー映画のようだった。
現実感に乏しい光景――そして実際ここは現実世界ではないのだという。
だが、迫りくる脅威は確かに現実のものだ。仮想現実だろうと、まやかしではない。
ウズキはそのことを認識し、可能な限り冷静さを失わないよう努める。
「この距離ならば……!」
そして撃った。
銃剣が火を吹き、近づいてきた怪人へと放たれる。
武器にも少しは慣れができてきた上に、先ほどよりもずっと近い距離。そしてウズキ自身の射撃技術。
それらが噛み合い、銃弾は確かに敵を捉えた。二発三発、続けられる限りウズキは連射する。
銃弾を受け、怪人はうめき声を上げながら、その身を仰け反らせる。
効いている。このまま押していけば、何とかこの敵を退けることができる。ウズキがそう思った時、銃弾が切れた。リロード時間が来たようだ。
焦らずウズキは走りだす。銃を叩き込まれては、如何に怪人といえどそうすぐには動けまい。
距離を取って、次の接近を待てば――
「供物を天高く掲げ飾るべし!」
突如、怪人が叫びを上げた。そして続く光景に、ウズキは更なる戦慄を覚えた。
怪人はその手に持った槍を、己の身体に深々と突き刺したのだ。グサリ、という肉を突き破る音が街に響き渡る。
完全に気が触れたか……、そうウズキが思った時だった。
「これは……ゴホッ」
ウズキは突然の痛みに声を漏らした。
胸の内から、何かがせり出してくるような、全く未知の痛みが走ったのだ。ウズキは痛みのあまり倒れ込む。
見ると、胸――ランサーが槍を突き刺した場所と同じ場のデータが崩れている。
ランサーの放った技は、ウズキの常識を越えたものであった。
その名を【粛清の儀】という。無論、ウズキには知る由もないことであり、またどうでもいいことであった。
重要なのは一点、想定外の一撃を食らい、まともに動けなくなってしまったことだ。
「アレ? モウオワリ?」
道化の声が近づいてくる。徐々に大きくなる足音が恐怖心を煽った。
ウズキはそれを聞き、何とか立ち上がろうとする。今の装備でこの敵を相手にすることはできない。
ならば、ここはまず撤退を、と思うが、それを阻むかのように、更なる一撃が加えられた。
「ぐふっ……!」
「愚かな不信心者よ!」
怪人の槍がウズキの身を捉えたのだ。
閃光のような痛みが走り、ウズキは苦痛の声を零した。
ここまでか。様々な思いが彼の脳裏に思い浮かび、そして消えていく。走馬灯と言う奴らしい。
最後に、一つだけ思った。せめて、デンノーズの一員として役目は全うしたかった、と。
(ジローさん……どうやら私はもうチームには――)
【ウズキ@パワプロクンポケット12 Delete】
貫かれたその身体は透明化し、ゆっくりとデータが消えていく。銃剣がからり、と音を立てて地に落ちた。
しばらくするとウズキというアバターが居た痕跡は完全に消え去った。
「アノオイシソウナコ……ドコ行ッチャッタノカナァ」
「我が妻よ! 今宵の晩餐は美味なるであろう!」
後に残ったのは、二人の異形のみ。
道化――ランルーくんは思う。たった今、逃がしてしまった少女、中々美味しそうだった。
もうお腹がぺこぺこだ。早く食べてみたい。どのような味がするだろうか。
きっととても美味しいんだろうな。今まで自分が食べてきたものたちのように、とても美味しんだろうな。
それでもって、きっときっと――哀しいんだろうな。
「クスクス……キャハハハハハハハ! ハヤクハヤクタベタイ!
ランルークンハ、クイシンボダカラ!」
彼女の声が街に響き渡る。ランサーはそれを呼応し、喚き散らす。
彼らの声はどこまで不気味で、恐ろしく、同時に少し滑稽で、そして痛みを感じさせた。
【E-2/マク・アヌ/1日目・深夜】
【ランルーくん@Fate/EXTRA】
[ステータス]:魔力消費(中)
[サーヴァント]ダメージ(小)
[装備]:なし
[アイテム]:基本支給品一式、不明支給品2~5、銃剣・月虹@.hack//G.U.
[思考]
基本:お食事をする。邪魔をするなら殺す。
1:美味しそうな娘(アトリ)を追う
走って走って走って、息が切れそうになっても走って(ゲームの中なのに!)、転びそうなってもぶつかりそうになってもわき目も触れず走った。
苦しかった。怖かった。厭だった。しかし、アトリを苛む感情はまた別のものだった。
罪悪感。
それが、痛かった。自分の胸の奥から、何かが突き破られるかのように、せり出してくる。
その痛みに比べれば、肉体的な疲労と恐怖など、ちっぽけなものに過ぎない。
脅かされるのには慣れている。辛く当たられているのにだって慣れている。そこから這い上がる術だって教えられた。
――でも、見捨てたのは初めてだった。
ウズキさん。一緒にバトルロワイアルを打倒しようと誘ったら、快く承諾してくれた人。
間違いなく良い人だった。でも、自分は彼を見捨てて、こうして逃げている。
しょうがなかった。だって戦えなかったんだから。そう自分に言い聞かせようとする。
――嘘! そうじゃないのは私が一番知ってる!
自分は力を持っている。憑神。碑文使いPC。第二相の碑文『惑乱の蜃気楼』『イニス』。
自分は通常のシステムに縛られないPCだ。例え装備できる武器がなくたって、戦える。戦えるはずだった。
ウズキに榊について尋ねられた時、AIDAと憑神に関する情報は伏せた。部外者に伝える訳には行かなかったから。
嘘を吐くのは苦手だし、胸が痛かったけど、仕方がないと思った。これは自分一人の問題じゃないから。
――見捨てる気なんてなかったのに!
だけど、危機が迫ったら、躊躇なく使うつもりだった。秘密なんて関係ない。人の命が掛かっているんだから。
あの変なピエロと槍使いを見た時、本当は使うつもりだった。イニスを呼び出し、彼らを撃退する。それくらいできるって、そう思ってた。
なのにできなかった。いくら精神を集中しようとしても、うまく使えなかった。
あれ? て思った。そうしてまごまごしている内に、ウズキさんが言った。逃げろって。戦えないから邪魔だって。
そんなことない。戦えますって。どうしてあの時言わなかったんだろう。そうしたら、あのまま残って戦えた筈なのに。
憑神はプレイヤーの精神と結びついてる。そう八咫とパイが言っていたのを思い出す。
使えなかったのはきっと自分が落ち着いてなかったせいなのだ。こんな場に呼ばれて、混乱して、戸惑って、そのせいで憑神が呼べなかったのだ。
だから、あの場に残って落ち着けば憑神は使えた筈だった。でも、逃げてしまった。何も言わず、ウズキ一人を残して。
――それは自分が生き残りたかったから。他人を見捨ててでも。
過る思考。アトリは思わず「違う!」と叫ぶ。そんな筈がない。自分はそんな人間じゃないと。
やはりあそこに残って戦うべきだった。ピエロたちは見るからに危険そうだった。ウズキ一人では危ないかもしれない。自分も無理にでも戦うべきだった。
後悔と罪悪感が、切れた堤防のように胸中に流れ込む。こんな自分を、彼は、ハセヲは何というだろうか。考えたくもなかった。
もうこんなネガティブな思考は行けない。理解したはずなのに、歩くような速さで良いから、進んで行かないといけないって。
でも、今の自分は逃げている。全速力で走って、何処か見知れぬ方向へと逃げている。
アトリは空を見た。夜があった。マク・アヌで夜空を見るなんて、変な気分がした。
注ぎ込む月が、まるで逃げている自分にスポットライトを当てているようで、天全てのものから責められているようにすら感じられた。
それでも、アトリは走るのをやめない。どれだけ辛くとも、見えない何かが彼女の背中を後押しする。
とにかくウズキともう一度会うことができたら、謝ろう。そう深く深く誓った。もう遅いかもしれないけど、それだけはしなくてはならない。
――だから、ウズキさん。お願い、生き延びて!
【アトリ@.hack//G.U.】
[ステータス]:HP100%、情緒不安定
[装備]:なし
[アイテム]:基本支給品一式、不明支給品0~2(杖、銃以外)
[思考]
1:逃げる
2:ハセヲに会いたい
[備考]
※参戦時期は少なくとも「月の樹」のクーデター後
※憑神を上手く制御できていません。不発したり暴走したりする可能性があります。
最終更新:2013年04月12日 14:30