1◆


「いやぁ、こりゃまいったね」
 と、そんなふうにボヤキながら、ユウキは指で頬を軽く掻いた。
 現在彼女を悩ませているのは、バトルロワイアルそのものよりも、彼女自身の状況が原因だった。

「ここで死んだら現実でも死ぬバトルロワイアル、かぁ。
 まあ、別に死ぬっていうのは構わない……って言うか、既に一回死んだんだけど、これじゃあの時の感動が台無しだよ」

 確かに自分はALOの中で、アスナや《スリーピング・ナイツ》のみんな、その他にも多くの人に看取られて死んだはずなのだ。
 その時の感覚――痛みも感じずに、全身の力が抜けていく様は、今もはっきりと思い出す事ができる。
 だというのに今こうして、自分はALOのユウキとしてここに居る。

「もしかしてボク、幽霊にでもなっちゃったのかな?」

 そんな突拍子もない考えが過るが、あながち否定できないところが笑えない。
 何か不思議な力が働いて、奇跡的に助かりました――なんて夢物語が信じられるほど、お子様ではない。
 それにこのバトルロワイアルと言う状況からして、助かったとは決して言えないのだから。

「仮に幽霊になったんだとしても、また死ぬのは、しかも殺されて死ぬのはイヤだなぁ」
 どうせもう一度死ぬのなら、満足して成仏する方向でお願いしたい。
 そう思いながらも、メニューを開いてアイテム欄を確認していく。
 こんな状況にもかかわらずこういう行動が取れるのは、ゲーマーとしての性か、平常心を取り戻そうとするが故か。

 とにかく支給されたアイテムの一つを選択して装備してみる。
 すると腰の周囲を銀色の光が取り巻き、剣帯にぶら下がった銀色の細剣が現れる。
 それを確認すると、おもむろに細剣を鞘から抜き放ち、一振りしてみる。

 握り心地は悪くない……どころか、むしろよく馴染む。
 まるでこの剣が、最初から自身の相棒であったかのようだ。

「【ランベントライト】か。うん、いい剣だね」
 この剣ならば、“絶剣”と謳われた自身の剣技を遺憾なく発揮できるだろう。
 そんなふうに支給された細剣に満足し、鞘に納めて腰に吊るす。

「けど、これからどうしようか。
 誰かを殺してまで生き残りたいとは思わないし、そうまでしてネットワークを掌握したところでする事なんてないし」

 それにログアウトしても、リアルの体はすでに死んでいるはずだし。

 心の中でそう口にする。
 “死者”であるユウキには、現実に対する思い入れはあっても、心残りはない。
 確かに誰かに殺されて消えるのはイヤだが、誰かを殺してまで生き残るのはもっとイヤだった。

「あ、そうだ。幽霊ってことは、またアスナに会えるのかな?」
 だとしたら、また彼女と会いたいと思う。
 彼女に教えたいものもあるし、また会おうと約束もしたのだ。
 問題は、またアスナに会う為には、このバトルロワイアルで生き残らなければならない、という事だ。

「もう死んでいるのに生き残るっていうのも、なんか変な話だけどね。
 ま、ジッとしていても仕方ないし、とりあえずここから出よ」
 そう言ってユウキは、彼女が現在いる場所――洞窟の出口を目指して歩き出した

 現在ユウキがいる洞窟は、深夜という時間帯も相まって相等暗い。
 地底世界の如きそこは、本来であれば壁に手を当てなければ進む事もままならないだろう。
 その洞窟を平然と歩けるのは、彼女が暗視能力を持つインプだからだ。
 そんな事など意識もせず歩き続け、ふいにユウキは洞窟の変化に気がついた。

 光源などないはずなのに妙に洞窟が明るい。
 辺りを良く見渡せば、すぐに光源の正体に気がついた。
 洞窟の中に所々生えている鍾乳石と、宙を漂う小さな光の球。
 それらが輝き、洞窟の中を照らしていたのだ。
 それらに気を取られつつも、数分後、ユウキは洞窟の最奥に辿り着く。
 そして眼前に広がった光景に、堪らず目を見開いた。


「……………………」
 水底が見えるほどに澄んだ地底湖と、その中心にある、真っ白に輝く大樹。
 この世のものとは思えぬほど幻想的な光景に、感嘆の声も出ない。

 死世所『エルディ・ルー』と真白き大樹『フラドグド』。
 それがこの場所の名であり、それがこの大樹の名である。
 そんな事など知る由もないユウキは、ただただ目の前の光景に魅入っていた。

 そうしてどれくらいの時間が経ったのか。
 数分では済まないが、一時間は経っていないほどの時の後、ユウキは万感の思いを込めて呟いた。

「ああ……綺麗だなぁ………」
 他にもこんな場所があるのなら、もっと見てみたい。
 本当に心から、そう強く思った。

「……そうだね。うん、決めた。そうしよう」
 故にそれが、ユウキの目的となった。
 このバトルロワイアルのマップを見て回り、この地底湖と大樹の様に美しい場所を探すのだ。
 それはきっと、殺すとか殺されるとか、そんな事よりもずっと楽しい事だ。

「そうと決まれば、次に向かう場所を決めないとね。
 ……けど、あともう少しだけ―――」

 ―――この輝ける森を見ていたい。

 そう呟いて、ユウキは死者の国への入口で佇んでいた。


【D-4/洞窟/一日目・深夜】
※洞窟の最奥はG.U.の死世所 エルディ・ルーでした。

【ユウキ@ソードアート・オンライン】
[ステータス]:HP100%、健康
[装備]:ランベントライト@ソードアート・オンライン
[アイテム]:基本支給品一式、不明支給品0~2個
[思考・状況]
基本:洞窟の地底湖と大樹の様な綺麗な場所を探す。ロワについては保留。
0:もう少しだけ、この大樹を見ていたい。
1:次にどこへ向かうかを決める。
2:専守防衛。誰かを殺すつもりはないが、誰かに殺されるつもりもない。
3:また会えるのなら、アスナに会いたい。
[備考]
※参戦時期は、アスナ達に看取られて死亡した後。

【ランベントライト@ソードアート・オンライン】
アスナの使用する、名剣クラスの細剣/レイピア。
鍛冶屋リズベットのプレイヤーメイド。


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初登場 ユウキ 036:Sword Maiden

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最終更新:2014年01月12日 11:27