暗く冷たい洞窟を進んでいく。
ごつごつとした岩が乱雑に突き出る地面は決して歩きやすいとはいえないが、それでも彼女は足を止めることはない。
時節不安定に身体を揺らしながらも、ぎらぎらとした眼光だけは決して衰えることなく、ただ前を見て進んでいた。
「フフフ……」
不気味な笑みを漏らす彼女の名はボルドー。
ブルースとの一戦から逃れた後、ふと見つけた洞窟に入り込んだのだ。
それはブルースから身を隠すという意味もあったが、何となく、この向こうに誰かが居るのではないかという気がしたのだ。
――弱い者はよく穴倉に隠れこむ。
彼女はAIDAに侵された頭でそう考えた。
無論、そこに根拠などない。強いて言うのならば、どうしようもない悪党をロールしていた頃の経験、なのだろうが、それを彼女がどこまで意識しているかは不明だった。
もしその向こうに誰も居なかったのならば、彼女は癇癪を起こし、苛立ち任せに周りのオブジェクトを破壊していただろう。
逆にいえばその程度で済んだかもしれなかったのだが、幸運にもというべきか、はたまた残念ながらというべきか
彼女の向かう先には一人の少女が居るのだった。
《絶剣》と称された、一人の剣士が。
ボルドーにとって、それは如何なる運命なのか、それとも死神となのか。
何も分からないまま、彼女は死世所へ進む。
◇
「さて、そろそろ動くべきかな?」
そう言って、ユウキはうんと伸びをする。
開始以来、ほとんど動いていない彼女であったが、そろそろ次の場所へ向かおうかと思い立っていた。
次の場所、というのは言うまでもなく、このエルディ・ルー同様『綺麗な場所』である。
マップを開き、どこが良さそうかと目を走らせる。
その行為がまるで観光地に着たときのようで、ユウキは思わず苦笑してしまった。
(あの時の京都旅行、楽しかったな)
もう『生前』というべき記憶を思い起こしつつ、次に向かう場所を考える。
位置的にこの場所は洞窟――マップの中心に近いようだ。
(と、なるとここから近い施設は大聖堂か森か。マク・アヌってのもあるな。
でも、森はかなり広いみたいだし、ちょっと面倒かも)
そう今後の目的地を定めていると、
「…………」
不意に、ユウキの眼が細められた。
しんとした静寂を保っていた地底湖に、何か、不穏な雑音が混じったような、そんな違和を彼女の感覚が捉えた。
鞘からランベントライトを抜く。しゃりんと鞘走りの音がした。
そうして待っていると、
輝ける森に人影が紛れ込んできた。
現れたのは――褐色の肌の凶戦士、ボルドーだった。
「フフ、アハハ!」
ボルドーはユウキを見つけた瞬間、何が面白いのかそう哄笑していた。
タガが外れたように笑う彼女に眉を顰めつつ、ユウキは剣を構えた。
(うわ、見るからに危ない人だね、ありゃ)
その行いもさることながら、アバターの外見もまた凶悪だった。
褐色エディットの女性キャラ……が基になっているのだろうが、そのポリゴンが造形は崩れ黒く変色し爛れたようになっている。
テクスチャが剥離しているようでもあり、あれではまるでバグデータだ。
どこのゲームのものかは知らないが、あんな外見変化を伴う装飾品があるのだろうか。
「ボクは戦う気ないから見逃してくれない?」
どうせ意味はないだろうと思いはしたが、ユウキは一応そう呼びかけてみた。
するとボルドーは目を見開き「ハァ?」と馬鹿にしたように言ってきた。
そして、そのまま奇声を発し禍々しいデザインの剣を構える。下品な舌なめずりも添えて。
(ま、予想通りの展開か)
ユウキは軽く溜息を吐き、疲れたように首を振った。
正直あまり気が乗らない。こういう荒っぽいことではなく、もっと穏やかな世界を見て居たかった。
だが、こうして面と向かって剣を向けられて無抵抗でいる気も、しない。
「しょうがないな。まぁじゃあ、やろうか」
この洞窟の中で羽を展開しても動きにくいだけだろう。ならば地上戦で一対一と行くべきか。
そう思ったユウキは一瞬目蓋を閉じ、意識を集中させる。
そして、次の瞬間、
「テメッ!?」
ランベントライトによる高速の刺突を繰り出す。
ざっ、と地を蹴る音がしたかと思うと、次の瞬間には閃光――ランベントライトが迫る。そう敵には思えた筈だ。
ボルドーが目を見張るのが分かった。ユウキはそのまま速く強く迷いなく一撃を放つ。
ボルドーはだが、ぎりぎりのタイミングで反応し、間一髪その一撃を回避することに成功する。
「ぐふぅ!」
が、その回避は先読みされている。
ユウキはさっと地を蹴り、角度を変え二撃目を放った。
空を切る鋭い音がして、ボルドーの身体は吹き飛ばされていた。
その一連の動作には全くの無駄がなく、美しく洗練された技を感じさせた。
彼女は《絶剣》。ALOに名を知らしめる剣士にして、VRMMOの申し子。
その比類なき反射速度に追いつける人間は居ない。
「ちょっとアスナの真似事をしてみたけど、意外と上手く行ったね。
で、お姉さん。まだやる?」
一瞬の攻防でボルドーを圧倒して見せたユウキはそう問いかけた。
実力差は火を見るより明らか。常人ならばそこで心が折れてもおかしくない筈だ。
「フフフ、アハハ!」
だが、ボルドーはもはや常人とはいえない。
彼女は奇声を上げ、再び向かってくる。そこに理性の色はなく、力任せの暴力だ。
ユウキは仕方なく対応することにする。
命までは奪いたくはないが、少々痛い目を見て貰うことになるかもしれない。
一瞬の思考を打ち切り、ユウキは剣を構える。
ボルドーの突進に対しカウンターを決めようというのだ。
何の策もない突進への対応など、ユウキにとっては児戯に等しい筈だった。
「え?」
そこでユウキが初めて困惑の滲んだ声を漏らした。
と同時に今度は彼女の身体が吹き飛ばされる番だった。ボルドーに跳ね飛ばされたのだ。
途中、羽を展開し態勢を整え、とんと地上に着地する。
「ハハハ……良いねえ、その顔」
「痛……ちょっと予想外かも」
ユウキは剣の当たった腹部を抑えつつ、ボルドーを見た。
タイミングとしては完璧だった筈なのに、何故か彼女の攻撃が当たった――と、少なくとも彼女には思えた。
何かミスをしただろうか。今まで経験してきた対人戦ではなかった類の違和感だ。
と、不意にボルドーのアバターに異変が起きた。
けたたましく笑い声を上げる彼女のアバターにノイズが走り、黒い斑点のようなグラフィックが幾つも溢れ出る。
その不気味な様相は、とてもではないが正規のシステムによる演出には思えない。
(まさかチート……? いや、それともバグ?)
何にせよそれは仕様外の現象に見えた。
先の一撃を喰らってしまってのは、恐らくはアレのせいだ。
対人戦においてのいわゆる『呼吸』のようなものが乱れ、想定外の攻撃となって自分を襲ったのだろう。
「……ちょっと油断できない相手みたいだね」
ユウキはそう口にし、再び意識を集中させる。
今度は本気だ。一切の手加減を加えることなく、相手を完封する。
この湖の美しさも、今この瞬間だけは忘れることにする。そう決めたユウキは先以上の速度で死世所を駆ける。
ボルドーには反応すら能わぬスピードに達したユウキは、
「やぁっ!」
凛とした気合を発し、ユウキはボルドーに容赦なく斬撃を浴びせた。
そして、
◇
「ふぅ、意外に神経削ったなぁ」
数十分後、そうぼやきながら洞窟を後にするユウキの姿があった。
ボルドーとの一戦を彼女は無事勝利を収めていた。
本気を出したユウキに対し、ボルドーは何もできず切り刻まれるのみだった。
あの仕様外の力を警戒してはいたが、それでも実力差をひっくり返されることもなかった。
ボルドーは倒れ、ユウキはこうして生きて次の場所へ向かっている。
とりあえず自衛には成功した訳だ。
(でも、結局逃がしちゃったんだよね)
途中で、流石のボルドーも分が悪いと悟ったのか、アイテムを使い逃走を選んでいた。
元より殺し気はなかったし、自衛、専守防衛という点ではそれでいいのだが、あのような危険人物を逃がしてしまった失敗だ。
せめて武器くらいは奪っておきたかった。
が、今更言っても詮無きことだと思い直し、ユウキは次の場へ向かうことにしたのだ。
一先ずの目的地は大聖堂。その後は遺跡にでも行いくか、そのままアメリカエリアまで足を運んでみるのもいいかもしれない。
そんなことを考え、進路は東に取る。
「でも、何だったんだろ、アレ」
ボルドーの纏っていた黒い斑点のことを思い返し、ユウキは首を捻った。
結局その正体は掴めなかったが、システム外の現象であることは確かに思えた。
幾多のVRMMOを渡り歩いてきた経験がそう告げるのだ。
ボルドーの個人の様子も何かおかしかったし、詳細不明なことも相まって、ひどく不気味な感触だ。
(ああいう感じの人が他にも居るのかなぁ……あんまり会いたくないかも)
【D-5/山/一日目・黎明】
【ユウキ@ソードアート・オンライン】
[ステータス]:HP90%
[装備]:ランベントライト@ソードアート・オンライン
[アイテム]:基本支給品一式、不明支給品0~2個
[思考・状況]
基本:洞窟の地底湖と大樹の様な綺麗な場所を探す。ロワについては保留。
1:東進して大聖堂や遺跡を見て回る。
2:専守防衛。誰かを殺すつもりはないが、誰かに殺されるつもりもない。
3:また会えるのなら、アスナに会いたい。
4:黒いバグ(?)を警戒。
[備考]
※参戦時期は、アスナ達に看取られて死亡した後。
「ハァハァ」
ボルドーは身体を引きずるようにして山を降りていた。
痺れるような痛みが断続的に走り、彼女は思わず苦悶の呻き声を漏らす。
惨めな敗走であった。完封され、一方的に剣で負かされたのだ。
「クソッ……」
ボルドーとて決してプレイヤースキルの低いプレイヤーではない。
ハセヲに何度も挑んではその度に返り討ちにされた身ではあるが、それでもケストレルの一員として、それなりに名の通ったPKではあったのだ。
アリーナにおいても決勝トーナメントに選出されるだけの力はあった。にも関わらず、先の一戦では何もできなかった。何もできずに、負けたのだ。
AIDAに浸食されながらも、その事実を屈辱だと感じることはできた。
「何故だ……私には、運命がヴldk;@vvi」
ボルドーは虚空に向かいそう叫び、そして力なく倒れ込む。
興奮状態で動き続けた彼女の身体に蓄積した疲労、そして今しがた受けたダメージ。
それらが重なり、彼女は気絶するように倒れ込んでいた。
黒ずんだ地面は硬く、身体が斜面をずるずると滑り込み、肌が擦れる痛みが走った。
しかし、それも半身だけだ。AIDAに浸食された部位は、痛みすら伝えてはくれなかった。
倒れ込む彼女の瞳は、未だ明けない夜が映る。
「何故だ……何でだよ、何でみんな……私を、」
か細い声が漏れる。
誰に問いかけた訳でもない。ただ自然と声が零れていただけだ。
その言葉は、AIDAによって暴走した意識の叫びでも、ボルドーというキャラのロールの結果でもなく、
ただの心情の発露だった。単なる、孤独な少女の。
【D-4/山/一日目・黎明】
【ボルドー@.hack//G.U.】
[ステータス]:HP45%、疲労(中)
AIDA感染
[装備]:邪眼剣@.hack//
[アイテム]:不明支給品0~1、逃煙球×3@.hack//G.U.、基本支給品一式
[思考]
基本:他参加者を襲う
1:ハセヲに復讐
[備考]
時期は
vol.2にて揺光をPKした後
最終更新:2013年11月01日 02:08